みんみんみん、みんみんみん
渓谷の上にある森から、セミの大合唱が投げかけられている。まだ夏は始まったばかりだというのに、元気なことだ。
そんな中、天から降り注ぐ太陽からの夏の日差しが、容赦なく僕の肌を焼いていく。
幻想郷にも日焼け止めがあってよかったとつくづく思う。鈴奈庵の仕事は主に歩いての移動が多いため、対策していないと夜に風呂に入る時なんかが地獄になる。今日の仕事はないけど。
「うーん……釣れるには釣れるんだけどなあ……」
ちらっと横のバケツを見る。水を張った金属バケツには渓流釣りでの釣果があるが、数はあるがサイズが振るわない。一人で食べるには十分であるが少し不満だった。
「あやや、人間のあなたがここで釣りとは」
「あれ、文?」
僕が座っている大岩の隣の岩にふんわりと烏天狗の射命丸文が降り立った。黒いスカートに白い半袖シャツという夏スタイルだ。
「この辺りは結構野良妖怪が出没するんですがねー」
「そこは、ほら、これを持っているからじゃないかな」
ズボンのポケットから紫色のお守りを取り出す。と、取り出した瞬間に何かを感じ取ったようで、文は少々顔をひきつらせた。
「あの巫女さんの霊力がひしひしと伝わってきますねぇ……」
「弱い妖怪ならこれで追い払えるって。ちなみにこちらの商品のお値段はと言いますと」
「体よく宣伝マンになっているじゃないですか」
「というのは置いておいて……おっと、またヒット」
ぐいっと竿がしなり、慌てて『霊夢印の妖怪絶許護符』をしまって竿を引く。……が、やっぱりそこまで大きいやつではない。食べる分には申し分ないけど、釣りをするならどうしても一発ドカンとでっかいのを釣りたい。
「鮎ですね。すでに何匹か釣れているようで」
「今日の夕飯用には十分釣れているんだけどね。もっと釣れたらよかったら何匹かもっていく?」
「よろしいんですか?」
「このサイズなら二匹もいれば夕食用には十分だし、何なら家まで来て一緒に夕飯を食べていく?」
「幻想郷最速の可憐な少女をお誘いですか? 結構大胆なんですねぇ」
わざとらしくウィンクをして茶化す文を尻目に、釣れた魚を針から離してバケツに入れて、竿を振って釣り糸を再び川に投げ入れる。
「もー無視しないでくださいよ」
「あいにくと女の子を無理に誘うほど肉食系じゃないからね」
「ほほう? この間魔理沙さんに働いた狼藉についてはどう釈明するんですか?」
「ぶっ!?」
持ってきた竹の水筒から水を飲もうとしたところにこれである。
「なんで文がそんなことを知っているんだよ!」
「あやや、噂は本当でしたか。カマかけた甲斐がありましたねぇ」
うっふっふと含み笑いをしつつしっかりとメモを取る文。この烏天狗はこういうところがあるもんだから隙を見せられない。
「少し前から魔理沙さんがあなたに対して、なんとなく若干怯えているような様子が見受けられましたので、彼女の友人のアリスさんにそこはかとなく聞いてみたんですよ。いやあ、ご本人の口から裏が取れてよかったです」
「よし、今度宴会を開くとき文のお酒だけお酢を混ぜることにしよう」
「そういう地味な報復はやめていただけませんか?」
「あるいは麦茶にめんつゆを……」
「あーもうわかりましたから! とりあえず食べ物関連で復讐するのはやめましょうよ!」
もともと記事にしないつもり……いや、文のことだからしそうだから怖い。天狗の新聞はエンターティンメント性が強いからむしろ積極的に採用しそう。ここは確実に口封じするべく根回しが必要だと見た。
「鮎何匹欲しい?」
「六匹は固いですねぇ」
「文ひとりじゃそんなに食べられないよね?」
「開いて干せば少しはもつんですよ。炊き込みご飯もいいですねぇ」
「む、それは聞き逃せないな」
正直鮎の食べ方は塩焼きぐらいしか思いつかなかったが、バリエーションがあるというならがぜんやる気も出るというもの。
「んじゃ俺の分とで十二匹だ!」
「おー頑張って下さーい!」
あまり誠意が感じられない文の応援を受けて、気張って竿を握り直す。すると。
ビンッ!
「ん、あれ?」
「引っ掛かりましたか?」
竿が大きくしなって、糸が張り詰める。俗にいう地球を釣り上げたというやつか、いや違う。
「少しずつ動いている……」
「という事は、特大のヒットということですか?」
「そういうことに……ふんぐぐぐこれは重い!」
両足で踏ん張っているがびくともしない。どうやらかなりの大物がかかったようだ。幻想郷の湖には巨大なナマズとかいるらしいけどここは渓流だ、どんな魚なのか見当がつかない。
「ちょ、ちょっと竿折れませんか?」
「そこらへんは大丈夫……魔理沙伝いに河童に頼んで作ってもらった妖怪の釣り竿だから。でも重さは何ともならない、文手伝ってーっ!」
「しょうがないですねぇ」
ひょいっと岩の間を飛び越えて、僕のすぐ脇へスタンと着地。そして僕の後ろから手を重ねるように竿を握ってくれた。
同時にむにゅんと好ましい感触が背中に伝わる。お互いに薄着だからダイレクトに熱も伝わってくるが、それはこの季節では暑いだけ、背中の感触も今は釣り竿に集中するべきなのでいったん思考から排除する。
「「せーのっ!」」
力を合わせて竿を振り上げる。烏天狗由来の文の怪力もあって、水底から何かがザッパーン! と勢いよく飛び出し、僕たちの上に落下した。
「おっと」
「うげっ!」
烏天狗由来の反応速度で華麗に避けた文と、釣りあげた勢いで尻餅をついた上に釣り上げた何かの下敷きになる僕。何ともリアクションの差が激しいことか。というか文は密着していたんだから僕を助けてもよかったと思うの。
そして、僕は自分の体に乗っかるその大物を見た。
大きなカバンを背負った、緑のキャスケットをかぶり青色髪のツインテールをした女の子。
「河童ぁ!?」
「悪いかよー!」
吊り上げられた少女、河城にとりは不機嫌度マックスで答えた。
「大体人間が妖怪の山に警戒度ゼロで来ること自体が問題なんだよ」
「まあそこは彼ですし。お仕事で来ることもありますからね」
「なんだか肌にピリピリ来る霊力も感じるし、潜って警戒した矢先にこれだよ」
文とは別の岩の上でぐちぐち文句を言い続けるにとり。川の中の状況など知るすべがない僕らは彼女が潜んでいたことに気づかないのも当然であったが、被害者本人はそんなこと関係ない。
「まーまー、彼が鮎を提供してくださるようですから」
「もちろんキュウリもついてくるよね?」
チラッチラッと横目で要求してくるにとり。きゅうりなら新鮮な奴が人里の八百屋で売っているが、むしろキュウリでいいのかと思ってしまう。河童だからいいのか。
問題は釣果のノルマがまた上がってしまったこと。釣り歴イコール幻想郷居住歴である僕が、一日で十八匹もの釣果を出すことなどできるのか?
「ほーらがんばれがんばれ。私たちの夕飯は君にかかっているんだぞー」
「もちろん釣れなかったときは先ほどの特ダネが……分かっていますよね?」
「すんごいやりづらい……」
なんでこうなってしまったか、僕はただのんびりと釣りをしていただけなのに。
「なんならちょちょいとさ、私がその釣り竿に手を加えて効率化してやろうか? それ私が作ったやつだし」
「具体的にはどんな機能が付くのかな?」
「まず竿が分裂して糸が複数本垂らせるようにするだろ? 釣り針も人間の手みたいな形にして自動追尾するようにして……」
「すんません、改造でも魔改造への方向性は無しにしてもらえませんか」
釣りとは釣り人と魚との勝負だ。釣りの道具を最適化するのはともかく、釣りとは何ぞやと疑問がつくような改造はなけなしのプライドが許さない。
「そんじゃあじみーな改造だけど、使っている仕掛けをもっとだましやすいものに変えるかな」
そういうとにとりはスカートについている無数のポケットの内の一つから、鮎にそっくりの形をした疑似餌……つまりルアーを取り出した。
「それなら今使っているよ」
「そんなちゃちなものじゃないさ。川の流れを利用して発電して、こいつが勝手にヒレとかを動かすんだ。何の力も持っていない君でも問題なく使えるよ」
「ふーん……よく見れば結構リアルに出来てるなぁ」
さっきから釣り上げている鮎と比較しても、細かな差異はあれど魚を騙すには十分な精巧さだ。
「試作品の性能チェックもかねて、一個無料でプレゼントだ。さあ早速試したまえ盟友!!」
「タダだっていうのならありがたく貰うよ」
タダより高い物はないというが、試験運用のための提供なら特に請求されるいわれはないだろう。
ちょうどまた釣れて竿を引き上げたところなので、最初からついているルアーと交換する。
「こうしてみると、こっちの疑似餌は随分と雑な作りですねー」
「ほっとけ新聞屋」
釣りをし始めたきっかけはほぼ無一文だった時に食糧確保のためにやったことだ。釣り道具を買うお金なんてなかったため、釣り竿を含めてすべて手作りしたのだ。今では竿はこうして新しいものと交換したが、ルアーは当時のものをそのまま使っている。
そんなこんなで付け替えが完了し、心機一転して竿を振る。
「どうですか、もう釣れました?」
「まだ入れたばっかだよ。っていうか二人ともどっから将棋盤を出したの?」
二人は川の岸辺の方に移動して将棋を指し始めていた。もう飽きたな。
「むっ……早速ヒットが……おおっ?」
またもやズシンと釣り竿に重さが加わる。根掛かりではなく、しかも今度はかなり動きが激しい。
「おお? 河童ではないねぇ」
「これはひょっとして本当に来たんじゃないですか?」
「さ、さっきより重いいぃ……」
にとりの時の大物度が十とすれば、今度は十三といったところか。さっきでも文の助力がなければ持ち上げられなかったのに、これは本格的に川の主とかでも釣れたのではないだろうか?
「へ、ヘルプ二人とも……」
「今いいところなんで後にしてもらえますか?」
「こっちも今忙しいから別の人に頼んでおくれよ」
「二人とも僕に夕飯を預けたとか言ってなかったっけ!?」
何とドライな妖怪たちだろうか。本気でご相伴を預かろうという気があるのか疑いたくなる。
「しょうがないなぁ君は。ほいほいほいっと」
するとにとりがやれやれと肩をすくませながらカバンから何か機械のようなものを次々に射出させた。それらは次々に僕の手足に装着され、最終的に人間に合わせた骨格のような形状になる。
「えーっとこれは?」
「『にとり印のやせっぽちな自分ともおさらばスーツ』さ! これで今の君の筋力は通常の三倍となる!」
「ネーミングどうにかならなかったの? というか詳しいメカニズムは!?」
「気にするな若者。ロマンというものは多少のごり押しがものをいう世界なのさ」
「ほらほら、逃げちゃいますよ?」
「理解できないけど理解するしかなーい!!」
唸れ、マイ筋肉。にとりのアシストスーツの加護を受けて、剣道時代と幻想郷で培った体力を存分に発揮するのだ!
「うおぉぉおおおお!!」
ドバァーン!!
渾身の力を込めて竿を振り上げると、太い水柱が上がり、ついに川面から釣り上げることに成功した。
「やりましたか!?」
「それは言っちゃだめだよ文さん」
水柱も収まり、糸の先で引っ掛かっている大物を見た。
ぴちぴちと動かす大きな尾びれに、青い鱗。それが下半分の特徴。上半分は随所にフリルがあしらわれた深緑色の和装で、ヒレ耳の少女がいた。
「「「人魚だーー!!」」」
「私ですーっ!?」
服の襟の部分にルアーをひっかけたわかさぎ姫が、両手に鮎がいっぱい入った網を持ってぶら下がっていた。
その後、なんやかんやあって彼女から鮎を大量ゲットしたのはまた別の話。ボーナスポイントをゲットした気分だった。
三千文字ぐらいのライトなお話にしたいのにどうしても超えてしまう……。