「あのーなぜ僕はここに居るのでしょう?」
開幕第一声がこれで失礼。でも本当にそれしかいうことが見つからない。
場所は分かる。スキマ妖怪の気まぐれで何度かここに落とされたことがあるし、その時に場所の名前も聞かされたからだ。
その名も『白玉楼』。『冥界』と呼ばれる幽霊があちこちに漂う場所に存在する和風の建物で、ここには実質冥界の管理者ともいえる亡霊が住んでいる。ちなみに幽霊と亡霊の差だけど、実体を持った人間の姿をしているのが亡霊らしい。
で、その屋敷の主人が、目の前の縁側で佇みながら、にこにこして僕を見つめていた。
「お久しぶりねー。私のことを覚えているかしらー」
気の抜けるおっとりボイス持つ彼女の名前を忘れるわけがない。『西行寺幽々子』。『死を操る程度の能力』を持つ亡霊姫という、聞いただけなら物騒すぎる彼女であるが、僕が最も印象に残っているのは幽々子がご飯を食べている時のことだ。
とにかく食う。めちゃくちゃ食う。平気で常人の四、五倍は食べる。いやもっといくこともあるかな? 宴会に参加するときは、宴会会場の住民プラス彼女の従者、『魂魄妖夢』も台所に立たないと成り立たない。ちなみに宴会に参加するときは僕も調理場に立つこともある。
「前に会ったのは春の宴会でしたっけ? 博麗神社でやっていた」
「そうよー。あなたったら頑なにお酒を進めても飲まないものだから、ちょっとがっかりしちゃったわ」
「飲むと頭痛がするんで勘弁してください」
幻想郷の住民は平気で酒を飲む。僕より年下でも飲んでいる人もいる。法律や警察など存在しないので取り締まられることはないが、それに関わらず僕は単純に酒とは合わない体質らしい。
「ダメですよ幽々子様、そういうのは。外の世界では……えーっと、あるはら? と言って、非難を浴びる対象になるそうですよ」
二本の刀を背負った妖夢が、背後から主人を言い咎める。心なし彼女の背後にふよふよ漂る彼女の半霊も、うんうんと頷いているようにも見える。
「あるはら、北欧に似たような名前の神殿があると聞いたことがあるわー。死者の魂が集まる場所とか。まあ、白玉楼にピッタリね!」
純日本系のお姫様である幽々子から北欧神話の話が飛び出すとは思わなかった。こう見えて千年以上亡霊として生きて、いや死んでいるので、蓄積された知識というのは僕ら人間よりずっとずーっと多いものとなっている故か。
「そろそろ最初の質問に答えてもらいたいんですけどねぇ」
「あら、ごめんなさい。実は今日あなたと妖夢で勝負してもらいたいのよー」
「……はっ?」
勝負、デュエル、決闘、エトセトラ。聞き間違いでなければ今この亡霊姫は、幻想郷でも随一の剣の使い手である妖夢と戦えと、そう言ったらしい。
「いやいやいやいやそんなの無理ですって! 妖夢が剣術でも弾幕戦でも強いのを僕は知ってますし! 最初っから勝負になりませんって!」
「やってみなければわからないじゃない?」
やってみないと何も、何度か試しに竹刀で戦ったことあるけど、ものの見事にぼろ負け。本人は悪意がなかっただろうが、「すみません! 手加減していたつもりでしたけど……」と言われてなおへこんだ記憶がある。
「今回の勝負。私にとっても、幽々子様にとってもためになるものと思いましたので、私からもお願いします」
「妖夢まで……ためになるってどういうこと?」
剣道の全校大会でいいところまでいった程度の実力の僕が、妖夢や幽々子のためになるとは一体何だろう。いろいろと考えていると、幽々子が折りたたんだ扇子でちょいちょいと後ろを指していたので、首をひねって背後にあるソレを見た。
「はあーい、屋外調理場セット完了よ」
ぎょろりと無数の目をのぞかせるスキマから半身を出している大妖怪、『八雲紫』が言っている通りに、一通り調理器具が置いた調理台を示した。
「……紫さん、あんた何してんの?」
「幽々子にはきっちりとした敬意をもった口調なのに、相変わらずひどいわね」
そりゃ紫さんが現れるときと言ったら、大概変な話につき合わさられるか、どこかにスキマで飛ばされるかの二択だし。今回も家でゴロゴロしていたらいきなりスキマで落とされたし。あっ、時々うちの炊き込みご飯がなくなっている時もあったなぁ。『境界を操る程度の能力』で基本どこでも現れるから、時々スキマ越しに手を伸ばして他人の物を盗み食いしているらしい。
「とにかく、今からあなたには料理対決をしてもらうわ。対戦相手はさっき言った通り妖夢よ」
「料理って……ふつーの料理しかできないけど?」
外の世界で暮らしていたころは両親が共働きだったため、必然的に夕飯とかは僕が用意していた都合上、自炊には慣れている。が、あくまで自分で食べるだけなのでそこまで凝ったものは作れない。食費だってバカにならないのだ。
「その外の世界でいう普通の料理を食べてみたいのよ。普段の妖夢の料理との比較もしたいし。だから、いっそうお料理対決っていう形式をとってみたわー」
「ごめんなさい。お二方のわがままに付き合わせる形になってしまい……」
「紫さんはともかく、妖夢にはいろいろと良くしてもらっているからいいよ」
「私はともかくって何よ」
「私は何もしていないのかしらー?」
若干二名からブーイングが聞こえたが無視をする。妖夢は時々人里で出会って、そのまま買い物に付き合う間柄だ。どこの店でどの食材が割安かを把握しているので、よくお世話になっている。
「ルールの説明よ。材料は紫がスキマから出してくれるから、遠慮なく申し立てなさい。一時間という制限時間で、夕食に相応しい献立を作る。みそ汁と白米はもうすでに妖夢が用意してくれたからそれは考慮しなくていいわ。それじゃあ二人とも、準備はいーい?」
今は夕暮れ時なのでこのまま夕飯にするということか。ならば僕、妖夢、紫と、幽々子のブラックホール胃袋に合わせた量を作らなければならない。そう考えると意外と時間に余裕がない。
「私はいつでも。幽々子様見ていてください!」
「やるだけやってみますよ」
「うふふ、妖夢、あまり張り切りすぎないでね。それじゃあ始めー!」
こうして、幽々子のほわほわ声による合図とともに、第一回冥界お料理対決が始まったのであった。
「はいそこまで。一時間たったわよ」
「つ、疲れた……」
調理の様子? 切ったり煮込んだり焼いたりと、一般的な調理工程を経ただけだから特に特筆すべき点はないよ! 仕方ないじゃん、僕は料理人ですらなくて十代の一般人なんだから。
普段自分の食事を作る時の十倍もの食材を切った気がする。量が多すぎて同じ料理を二つの皿に分けるという手間がかかるほどだ。
料理中妖夢の方を気にする余裕はなかったが、終わってから見ると、おお、豪華な料理が盛りだくさんだ。普段から幽々子はあんなに食べてるの? 対して僕は、肉じゃが、塩焼の鮎、ゴボウと人参のきんぴら、だし巻き卵と至って素朴。鮎にはミョウガを付けて彩りを加える工夫をしてみるが、華やかさで言ったら向こうが上だ。普通に料亭を出したほうが良いんじゃない?
「紫、これは……ねぇ」
「ええ、見ただけで勝敗が決まったわ」
何やら二人でこそこそ話しているが、あえて僕と妖夢に聞こえるぐらいの声量でしゃべっているので丸わかり。
うん、これは負けたな。分かっているけど。
「じゃあさっそくだけど、試食タイムに入るわよー」
「私と幽々子で、食べ比べるわ」
そう言って、屋敷の奥で観戦していた二人は立ち上がり、僕と妖夢の成果物を一つ一つ味見していった。
「ちゃんとジャガイモが煮崩れしていなくて味が染みてて、美味しいわー」
「あ、ありがとうございます」
「だし巻き卵って、きれいな形を作るのって難しいのよ? これはなかなかいい出来栄えね」
「おいしかったら何よりだよ」
幽々子と紫双方からお褒めの言葉を受けた。妖夢の方も似たような反応をしていたが、少々妖夢の反応は過剰な気がする。主人やその友人に褒められると上がってしまうようだ。
「それじゃあさっそく、結果発表に移させてもらうわー」
「幽々子さん、試食と言いつつ随分食べましたね?」
「幽々子様ですからいいんですよ」
不思議と説得力がある妖夢の弁明。とにもかくにもどっちが夕食に相応しいかを二人が決める。ちなみに二人がそれぞれ別に選んでしまうと引き分けになってしまうので、話し合って決めるが……先ほどの会話からして妖夢が勝つだろう。炊事経験は明らかに妖夢が上だし。
「では、今回の勝負の勝者は……だららららららら」
えっ、セルフ効果音? などと思う間もなく。
「じゃん、あなたよ、自称一般人A君?」
「え……え―――っ!?」
なんで、どうして? 混乱したのは僕の方だ。一方妖夢も直前まで腕組して勝利を確信していたようなポーズをしていたのに、なんだか口から魂が抜けて半霊が二つになっているように見える。元から髪が白かったのにもっと真っ白だ
「いい? 二人とも、今回のお題をもう一度振り返ってごらんなさい」
「夕食に相応しい献立を作る……?」
「そう、決しておいしいほうでも、美しいほうでも、選ばれる材料にはならない。とはいっても、もちろんどちらも素晴らしいのならそれに越したことはないわよ?」
「ゆ、幽々子様、それでは紫様と共に何を見て判断されたのでしょうか?」
ようやく帰ってきた妖夢が、動揺を隠せないまま質問した。
「それはね、『食材の安さと工夫』よ」
「「はっ?」」
妖夢とそろって素っ頓狂な声を上げる。
「妖夢? あなた勝負に燃えて少し高い食材を使っていたでしょう?」
「それは、確かにそうですけど……」
「それに対して、彼は普段使っている食材と変わらないものを使っていたわ。紫が観察していたから間違いないわよー」
「ちょっといま聞き捨てならない言葉が出たんですけど」
それはつまり紫がいつの間にかストーカーじみた行為をしていたことだ。それに関しては後で追及するとしよう。
「ほぼ毎日妖夢のご飯を食べているからわかるわー。いつもお財布と相談して、その中で最高の料理を出していることはね。でも、今回は張り切りすぎたわね?」
「うう……」
しゅんとしている妖夢。なんだかかわいい。
「彼は普段自分が食べているものをそのまま作り上げたわ。質の低さは工夫でカバー。味も盛り付けもあなたが上だけど、家庭度があるなら彼が上ね。あなたも料理が上手なのは知っているけど、普段から繰り返し食べるのなら、彼のほうが適しているわー」
謎の単位が出てきた。なんだろう家庭度って。
「というわけで妖夢、残念ね」
「まだまだ半人前ねー」
敗北した妖夢に審判を下した二人がそれぞれ慰めの声をかける。ただ普通に作っただけである僕としては少し居心地が悪い。
「さてそれでは、お料理が冷めないうちにみんなで頂きましょうか」
「あっ、よく考えたら二人ともそれぞれがきっちり人数分の食事を作ったから、全体で二倍の量に……」
「心配する必要ないわ。スキマで暇な人を何人か拉致……招待すればいいから」
言いかけてやめたようだけど、全部言ってたからね?
まあそんなこんなで、白玉楼の住民と紫の式神たちを交えたささやかな宴会が行われるのであった。
お料理選手権なのに、肝心の調理工程とか丸まるカット。そういうのは苦手なので今後改善していかねば……。