妹と仲直りしたい 作:Shinsemia
書きたくなったので書きました。
プロローグ
僕には双子の妹がいる。
僕の名前が
今は亡き母がつけてくれた名前で、父さんから聞いた話によると、僕たちが双子であると判明したときに名前を決めたらしい。
二卵性双生児の僕たち。顔立ちはよく似ていて、好きな食べ物も嫌いな食べ物も同じ。身長は僕がちょっとだけ高いけど、ほぼ同じ。
大きく違うところがあるとすれば、髪の長さくらいのものだろうか。妹の方は女の子らしく、髪を長く伸ばしている。ストレートの濡羽色の髪は艶やかで美しく、通りすがる人の目を引きつけてやまない。
端正な顔とすらりとした体型。怜悧と凛然を兼ね備える僕の妹は、クラスメイトの間では氷のようだと言われていた。鋭い目つきとそれが似合う美貌。真冬の厳寒のように毅然とした存在。加えて妹の美点はそれだけにとどまらず、成績優秀で品行方正。文学部に所属していて活躍しているらしい。何かのコンテストで入賞したこともあるのだとか。
それに引き換え、僕は決して優秀な人間とは言えない。成績は真ん中くらいで運動はてんでダメ。本当に妹と同じ血が流れているのかと疑ってしまうほどに、そういった部分は似なかった。部活にも所属せず、趣味は読書くらい。一緒に外で遊ぶような友達もいないため、休日は家で過ごすことが多い。
……まあ、僕のことはどうでもいい。何はともあれ、僕は優秀な妹のことを誇らしく思っている。だけど、一つだけ悩みがあった。
──ガチャっと玄関のドアが開く音。
リビングのソファに腰掛けていた僕の耳に、確かに届いた。
「ただいま」
響くのは凛とした声。
涼やかな空気が家に流れ込んだ気がした。
リビングを出て玄関に向かう。そこには制服に身を包んだ女の子。靴を脱ぐために背を向けていて顔は見えないが、ロングの綺麗な黒髪はいつも通り。
部活から帰ってきたばかりの僕の妹が、そこにはいた。
「おかえり、遥」
「……」
声に反応して、妹がちらっと僕の顔を確認する。その表情は冷淡で、感情を読み取ることができない。鋭い目つきに物怖じしかけるけど、なんとか堪える。
けれど、妹からの言葉はない。
「何か飲み物でも飲む? ちょうどさっき、買い物に行ってきて──」
「いらない」
簡潔に一言。
小さく形の良い唇から放たれる端的な言葉。
靴を脱ぎ終わって妹が家に上がる。そして、リビングのドアの前に立つ僕の横を通り過ぎて、階段を上っていった。
トントン、と階段を上る足音は徐々に遠ざかっていき、やがてキィとドアが開く音と共に一切の音が消えた。
「……」
……やっぱりだめか。
中学生くらいの頃からか、妹は僕を避けるようになった。僕と妹は、小さい頃は何をするも一緒だった。一つのおもちゃを二人で変わりばんこに遊んだり、公園のブランコで背中を押してあげたり。喧嘩することもあったけど、最後にはちゃんとお互いに謝って仲直りできた。
でも、今はそうじゃない。
これは喧嘩じゃない。喧嘩にすらなってない。
「……遥」
僕の双子の妹。
これが最近の、僕と妹のいつものやり取りだった。
夕飯の時間。テーブルには二人分の食器。
父さんはあちこちを飛び回る人で、僕と妹が高校生となった今では家を空けることが多くなった。
配膳を進めていると、階段を下りる音が聴こえ始める。毎日決まった時間に食事をするため、わざわざ呼びに行く必要はなかった。
リビングのドアが開くと、制服からラフな私服に着替えた妹が入ってきた。
「ちょっと待ってて。飲み物淹れて──」
「自分でやるからいい」
僕がコップを持ってこようとすると、妹はぴしゃりとそう言って、すたすたとキッチンに向かった。冷蔵庫の中からお茶の入ったペットボトルを取り出して、
そしてテーブルに戻ってきて、自分の席と僕の席にコトッと置いた。
「あ、ありがとう」
「……別に」
ぼそっとそう言って、席に着いた。ぶっきらぼうで口数が少ない妹だけど、こういう何気ないところでは優しかった。
「じゃあ、食べよっか」
僕も席について、いただきます、と小さく唱えた。
料理はいつも、僕が作っている。母さんのいない僕たちだが父さんは料理ができず、出来合いの弁当を買ってくることが多かった。でもそればかりだとやっぱり飽きるもので、当時小学生だった僕は料理の本を読んで勉強を始めた。そのおかげか、高校生となった今は、人並みに料理ができるようになった。
「……」
「……」
カチャカチャと、食器の動かす音だけが薄暗いリビングで響く。父さんのいない食卓にもすっかり慣れた。僕も妹も喋るのが好きというわけでもない。だから静かに食事をする。
今日の夕飯はオムライスとサラダ、それにオニオンスープ。オムライスは僕の幼い頃からの好物で、妹もまた同様だ。
テーブルを挟んだ向かいには、もくもくとご飯を食べる妹。あまり会話がない僕と妹だけど、こうして一緒にご飯を食べてくれるだけで嬉しかった。
「……部活の方は、どう?」
タイミングを見計らって話かける。全く会話がないというのも物寂しいものだった。
「……どうって、何が?」
「いや……上手くいってるかなって」
「別に。普通」
雑談らしい雑談とも言えない妹との会話。無視されることもあるけれど、たまにはこうして一言でも返事をしてくれる。
「そっか」
それっきり会話もなく、お互いに食事に集中する。でも、会話のない食事なんてあっという間に終わってしまうもので。僕も妹も、ほぼ同じタイミングで食べ終わった。
遥が手を合わせて、「ごちそうさまでした」と小さく呟く。夕飯時にはこうして妹の声を聞くことができる。ちっぽけなことかもしれないけれど、僕のささやかな楽しみだった。
遥は食器をキッチンに持っていって軽く水ですすぐと、自室に戻って行った。妹はご飯を食べたらいつもすぐにお風呂に入る。今はたぶん、自室に着替えを取りに行ったのだろう。
「……ふぅ」
一息つく。
別に妹と一緒にいることで気疲れをしたわけじゃない。ただ、いらないことを言って不機嫌にさせてしまわないかが心配だった。
今までも、どうやったら妹と昔みたいに話せるかをあれこれ考えてきた。でも、遥がどういった趣味を持っていて、何に興味を持つのか。血のつながった兄妹だというのに、結局分からずじまいだった。妹の方はそういったことをあまり話したくないようで、質問するたびに不機嫌になってしまう。だからもう
自分の分の食器を抱えてキッチンに向かう。スポンジを軽く水で濡らし、洗剤で泡立たせた。基本的に家事は僕が担当している。朝食も、昼の弁当も。特に面倒と思ったことはない。昔がどうだったかは覚えてないけど、今の僕はそれなりに家事が好きだと感じている。
「……あ」
ふと、シンクの一角を見れば空になった妹の弁当箱があった。さっきキッチンに行ったタイミングで置いていったらしい。
妹と仲良く話すこともないし、兄妹仲はお世辞にも良いとは言えないけれど、文句の一つも言わずに僕の作ったご飯を食べてくれるのは、なんだかんだでありがたかった。
……
……
妹がお風呂から上がったあと、僕もお風呂に入り終わって一日のやるべきことが終わった。先ほどまで勉強机で明日提出の課題をやっていたがそれも終わったし、明日の授業で使う教科書類もしまった。あとは寝るだけ。
ピっと、リモコンのスイッチを押して消灯する。徐々に失われる光。部屋はすぐに真っ暗になった。何も見えない視界の中、ある方向に顔を向ける。その向こう側には妹の部屋。
僕は
妹が使ってる部屋は、昔は僕と妹が二人で使っていた。と言っても、小学校低学年くらいまでだろうか。しかし、その頃になると流石に物心というものがつき始めて。当時、父さんが物置代わりにしていたこの部屋を僕の部屋として使うことになった。
……妹は今、何をしているだろう。
明日に備えて既に眠っているだろうか。それとも、真面目に勉強でもしているだろうか。
僕と遥は双子の兄妹なのに。
十数年も、ずっと一緒だったのに。
僕は、妹のことをほとんど知らない。
「……」
一つ屋根の下。こんなにも近くにいるのに、いつからか妹がとても遠いところにいるような気がした。
だからこそ、たった一つだけ言えることがあった。妹の気持ちが分からない僕にでも分かる簡単な事実。
そう──
僕はきっと、妹に嫌われている。