妹と仲直りしたい   作:Shinsemia

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 たくさんのお気に入り登録、評価をいただきましてありがとうごさいます。率直に申し上げて、すごく嬉しいです。誤字報告をしてくださった皆様にも、大変助けられています。
 また、いただいた感想は全てが皆様の温かさに満ちていて、感謝の言葉しかありません。筆者として、これ以上ない喜びです。

 この物語はゆっくり進んでいきます。どうか、最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 


第九話

 

 

 熱い湯に体を沈めると、一日の疲労がじんわりと溶けて広がっていく。秋真っただ中の今。気温も徐々に下がり始めてきて、昼と夜の寒暖差が大きくなっている。夜はすこぶる寒く、体の芯から温めないと風邪をひいてしまいそうだ。

 

 ちゃぽんと、雫の落ちる音を聴きながらふと思い出す。

 

 ……そういえば、そろそろ文化祭か。

 

 僕と妹の通う高校の文化祭はテスト終わりから少しの間を空けて行われる。クラスの出し物はそれぞれの話し合いで決められるが、僕のクラスは確か喫茶店に決まっていた。

 みんな日々の勉強やら部活やらで忙しい毎日だが、文化祭の準備期間に入れば一致団結して準備に取り組む。クラスのみんなは割と乗り気で、話し合いの中で積極的に意見を出していた。

 

 

「……」

 

 

 入浴剤を溶かした湯を手で(すく)い取る。薄緑色のそれはほとんどが瞬く間に零れ落ちていき、ごくわずかのみが残った。

 

 仲間外れの存在。

 一人ぼっちの存在。

 

 正直に言うと、僕はあまり乗り気じゃない。もちろん、クラスで指示された仕事にはちゃんと取り組むつもりだし手を抜くつもりもない。

 

 ……だけど、いつからだろう。こういうイベントを楽しめなくなったのは。

 

 母さんが亡くなったのが小学校低学年の頃。僕はその頃、世界の何もかもに甘えていた。家族みんなで過ごす日常が当たり前。学校に行って、家に帰れば母さんの優しい笑顔があって、夕方になれば家族みんなでご飯を食べて。そんな毎日がずっと続いていくのだと信じていた。

 

 でもそれは、無邪気に作り上げた砂の城。

 ふとした瞬間にさらさらと崩れ去っていった。

 

 今思えばその頃から、僕には心を許せる相手というのがいなかったかもしれない。

 母さんが亡くなったと知ったときの先生の哀れみの顔。クラスメイトの奇異の視線。通夜のときに親戚が投げかけてきた同情。

 

 全部が怖かった。

 

 当たり前の毎日から脱線したのは僕で、彼らは安全に舗装された道から見下ろす。それだけならまだよかったかもしれない。僕が嫌だったのは、妹までもがそういう目で見られることだった。

 

 だから僕は妹の傍にいることを決めた。僕にとって妹のために時間を費やすのは当然のことで、周りとの人付き合いは二の次になった。

 そのせいか、小学校では友達がほとんどできなかった。たまに話をする知り合いは何人かいたけれど、所詮はその程度。中学校ではその妹にも避けられてしまい、完全に孤立していた。

 

 そういう経緯を辿っているからか、学校生活には大した記憶がない。

 

 

 湯気立つ浴室は白く霧がかっていて、思考を(もや)の中に埋めていく。入浴しているにもかかわらず、温かな温度は次第に感じられなくなる。

 

 

「……」

 

 

 ……やめよう。これは僕の悪い癖だ。

 

 マイナス思考を繰り返すことに意味なんてないのは分かってる。それでも反芻(はんすう)してしまうのは、抉られた傷跡を時折思い出してしまうから。 

 

 

 湯船から上がる。まとわりついていた熱は一気に薄れていき、代わりに肌寒い空気が肌を撫でた。

 

 早く体を拭いて着替えよう。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 髪を乾かして脱衣所を出る。リビングにつながる廊下は薄暗い。でもそれだけじゃなく、いつもよりも肌寒さを感じていた。

 もちろん、季節は秋に差し掛かっているから気温がある程度低いのは当たり前だけど、これはそういったものとは少し違う。軽く湯冷めしてしまっただろうか。

 

 リビングに着けば、ソファに座りながら読書する妹の姿。傍らにはホットミルクの入ったマグカップ。

 

 キッチンに向かい、冷蔵庫から牛乳を取り出して同じようにホットミルクを作る。肌寒い季節にはやっぱり温かい飲み物が飲みたくなるもので、それは妹も同じようだった。

 作り終わり、ソファに座りながら一口含む。斜向かいにはパジャマ姿の妹がいて、静かに呼吸しながら読書を進める。落ち着いた時間だった。

 

 

「……」

 

 

 ぼんやりとこの間のことを思い出す。

 

 大雨で雷も落ちてきたあの日のことは妹の方もかなり恥ずかしかったようで、翌日の朝に「お願いだから忘れて」と言って、顔を真っ赤にしていた。

 別に家族なんだからそんなに恥ずかしがることでもないと思ったけれど、普段の態度が態度だけに、そういうわけにもいかないのだろう。

 最初は僕と顔を合わせると気まずそうな顔をしていたけれど、それも次第に元に戻ってきた。

 

 

 

「……なに、彼方」

「……え」

 

 

 

 涼やかな声に、はっと意識を戻した。

 

 本に落としていたはずの視線が、いつの間にか僕に向けられていた。どうやら見つめすぎてしまったらしい。

 お風呂から上がった後の妹の髪は本当に綺麗だ。真っすぐで長い濡羽色の髪は艶やかに潤っている。

 

 そして、僕がプレゼントしたヘアピン。妹にプレゼントしたあの日から、ずっと毎日着けてくれているようだ。その白い花は、澄み切った夜のような美しさの中で静かに輝いていた。

 

 

「あ、いや……。この前勉強を見てもらったお礼、まだしてなかったなって思って」

 

 

 咄嗟に思いついたことを話す。流石に思っていたことをそのまま話すのは恥ずかしかった。ただ、嘘は言ってない。

 

 妹は僕の言葉を聞いてかすかに目をしばたたかせると、はぁ、と小さく嘆息した。

 

 

「別にいらない」

「でも、遥のおかげでこの間のテストも出来が良かったし……。何かお礼させてほしいな」

「……もう、もらってるからいい」

 

 

 そう言って遥は、髪を一撫でした。そこは丁度ヘアピンが着いている辺り。さらりと揺れる髪が、妹の白い肌の上を滑る。

 別にそこまで高価なものじゃないし、あくまでこれはプレゼントだ。お礼とはまた違う。でも、あまりしつこくされても嫌だろうか。

 

 

「……」

 

 

 会話が途切れる。静かで落ち着いた時間が再び訪れる。

 だけど、もうちょっと何か話をしたい。そんな気分だった。

 

 ……そういえば、この間美玖に図書委員の仕事を手伝ってもらったとき、彼女はこう言っていた。遥はクラスの中では孤立している方だと。

 美玖が言うには、それでも問題はないのだと言っていた。妹は美玖と友達ではあるが、そこまで周りと積極的に交流を深めるつもりもないだろう。

 

 ……。

 

 

「……遥。この前話した僕の友達のこと、覚えてる?」

「……覚えてるけど、突然なに?」

 

 

 前触れもない急な話に、遥は訝し気に眉をひそめた。

 

 これは僕の我儘だ。僕は遥に無理やり友達を作ってほしいわけじゃないし、どの口が言えたことかと思われるだろう。

 ただ僕は、妹と共通の友達をつくりたかった。そんな半ば打算的な思いが含まれていた。

 けれど、妹に信頼できる友達をつくってほしいのも本音だ。それに、茜には間接的とはいえ妹のことで世話になったし、僕と妹の関係もある程度把握してる。

 

 

「よかったらさ、紹介させてくれないかな。きっといい友達になれると思うんだ」

 

 

 茜のことを思い出す。

 彼女は人に合わせてしまうタイプだと自分で言っていた。それならばむしろ、逆に妹とは相性がいいのではないだろうか。遥は人に合わせることはきっとしないし、下手に明るく振舞うタイプじゃない。

 

 

「……友達……」

「うん……。別に無理に会話しなくてもいいから。だから──」

 

 

 僕の数少ない友人を遥にも知ってほしい。それに、優しい子だから大丈夫。そんな思いを込めて、言葉を続けようとしたとき。

 

 ぱたん、と。本を閉じる音が挟まった。

 

 

「……」

 

 

 遥は、ソファからすくっと立ち上がった。

 

 

「あ……遥」

「……別に、いい」

 

 

 リビングを出ていく遥に思わず手を伸ばす。妹の表情は見えないけれど、あまり良い機嫌じゃなさそうなのは確かだった。

 階段を上る足音が聴こえる。そしてそれは徐々に遠ざかっていき、やがて消えた。

 

 ……余計なおせっかいだったろうか。

 

 静寂が支配するリビングは先ほどドアを開けたからか、暖房がついてるにもかかわらず冷たい空気が流れ込んでくる。さっき作ったホットミルクも、既に湯気をたてていない。

 

 妹はやっぱり、友達をつくるのは嫌なのだろうか。茜のことを話題に出すと機嫌が悪くなるのは分かっていたことだ。だけど、ここまで嫌がるとは思ってなかった。

 

 

「……」

 

 

 途端、ぶるっと寒気がして身をすくませた。やっぱり湯冷めだろうか。

 

 ソファから立ち上がり、使い終わったマグカップをシンクの流しに置いて水で軽く洗い流す。冷たい水にピリピリと肌を刺すような痛みを感じた。

 きゅっと、蛇口をひねる。そしてキッチンスペースから出ると、ぽたぽたと落ちる水滴の音を耳に、リビングのドアの横にある電気のスイッチをパチッと消した。

 

 階段を上って自室へと戻る。部屋の中は暖房も効いてないからか、嫌に寒かった。

 電気を消してベッドにもぐりこむ。部屋の中も当然静かで、身じろぎする音しか聞こえない。

 

 

 ……遥には、明日謝ろう。

 

 

「……おやすみ」

 

 

 僕は、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

 黒い服を着た大人たちが忙しなく動き回る。

 まだ小学生の僕と妹は、それを見上げることしかできない。

 

 僕と妹は訳も分からないままその式に参加していた。いや、分かってはいる。信じたくない事実を無情にもまざまざと見せつけられることに、心が耐え切れなくなりそうで現実逃避していただけだ。

 

 黒い服を着た多くの大人たちが何事かを話している。父さんはその集まった人たちに挨拶して回っていた。僕と妹も父さんに着いてきていたが、見たことない人たちがほとんどだった。僕には全く面識のない人たち。それなのに父さんは、丁寧に挨拶して話をしている。

 僕が気になったのは、挨拶に行く人たち一人一人が僕と妹を悲しそうに見てきたことだった。物心がつき始めてきた僕は、その意味をなんとなく理解していた。

 

 同情、哀れみだ。

 

 

『……』

 

 

 僕の手を強く握る、小さくて柔らかい妹の手。

 

 この場所に来てから、僕はずっと妹の手を握っていた。参列する大人の人波に呑まれないように、ずっと。

 妹は俯いたままだった。伏せた顔は陰っていて全く元気がない。だけど、いつもよりも手を握る力が強かった。

 

 

『──』

 

 

 父さんと大人たちが話してる内容は、僕にはあまり理解できなかった。難しい単語がいっぱい出てくるし、何よりもその内容を僕には細かく説明してくれないから。

 

 僕と妹のいるこの空間だけが、ぽっかりと穴が開いてしまったようだった。

 

 

『……父さん』

 

 

 僕は父さんに外の空気を吸いたいと言った。このままここにいては、妹はきっと苦しむから。父さんは小考の後に、あまり遠くには行かないことを条件に許可を出してくれた。

 父さんは決して僕たちを蔑ろにしているわけじゃない。これは大人としてやらなきゃいけないことだって、幼い僕でも分かっていたことだった。

 

 妹の手を引いて会場の外に出る。

 

 むわっとした暑い空気が肌を撫でた。初夏の瑞々しい緑の匂いが風に乗ってやってくる。

 この暑い気温の中、大人たちはみんな長袖の礼服に身を包んでいた。だってそれが、社会によって定められたルールだから。ルールには逆らえない。

 

 

『暑いね』

『……』

 

 

 妹は何も言わない。ただ、こんなに暑いというのにより身を寄せてきた。

 会場の外には全然人がいない。駐車場には参列する人たちの車が整然と並ぶだけだし、わざわざ葬式の会場付近に足を運ぶ人もいない。 

 

 ミンミンと。セミの鳴き声が聴こえる。

 

 その小さな体で自分の存在を証明するように、力の限り鳴く。夏特有の鬱陶しいぐらい騒がしい音が、広く、遠く響いていく。

 照りつける日差しが暑くて、僕と妹は建物の陰に隠れながら踊り場付近の階段に腰掛けた。

 

 

『何か飲む?』

『……』

 

 

 ポケットに入っていた百円玉の存在を思い出し、遥に問う。けれど妹は何も言わず、ふるふると首を振る。

 母さんが亡くなってから、妹はずっとこんな感じだ。食欲も全然ないし、学校にも行きたがらない。溌溂な笑顔は一切なくなって、家の中を流れる空気はどんよりしていた。家の中の明るかった日常はぷっつりと途切れ、先の見えない不安だけが募る。

 

 どうすればいいか分からず、足元に目を落とす。

 

 

『……あ』

 

 

 視界の端に、一匹のセミの死骸が映る。

 

 物言わぬ骸となった死骸に生命は宿っておらず、何も反応しない。たとえ姿かたちを保っていても、命なきそれはモノでしかない。

 

 ……どうして、命はなくなるんだろう。

 

 僕は分からなかった。もうあの温もりは二度と戻ってこないって分かっていても、僕には受け入れることができなかった。こんなにつらいことが、世の中ではありふれたことだなんて信じたくなかった。

 

 ……それとも。そう信じてしまえば、母さんの死に納得できるのだろうか。

 

 幸せだったあの日々が。

 宝物のように輝いていたあの日々が。

 

 泡沫(うたかた)の夢のように消えてしまったことが、仕方ないことなのだと。

 

 僕は、納得できるのだろうか。

 

 

 

『……?』

 

 

 

 袖を引っ張られる感触に、僕は顔を上げた。そこにはいつの間にか、黙り込んだ僕を心配そうに見る妹。瞳は不安に揺れていて、今にも泣き出してしまいそうだった。

 

 ……そうだ。

 僕がこんな顔をしてちゃいけない。早く立ち直らなきゃいけない。

 

 

 

『……』

 

 

 

 でも、僕の手は情けなく震えていて。

 うだるような暑さなのに、何故か寒くて。

 

 苦しい。どうしようもなく、苦しい。

 

 

 僕は──

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

 カーテンの隙間から差し込む光に目を覚ます。いつも通りの目覚めのはずだった。

 

 けれど僕は、強烈な違和感を抱いた。

 混濁した意識と異常な悪寒。強い不快感と気だるさが纏わりついているのが分かった。そして、喉の奥からせり上がってくる衝動。ゴホゴホと、激しく咳がもれる。

 

 掛布団の隙間から入り込む空気が嫌に冷たい。肌をひと撫でされただけで鳥肌が立ちそうだった。

 

 ……どうやら風邪をひいてしまったようだ。

 

 でも、いつまでもベッドにもぐりこんでいる場合じゃない。朝ごはんを作って、お弁当も作って。それに、洗濯物も干しておかないと。家事は毎日行わなければならないものだ。

 

 ベッドから降りる。

 

 

「……っ」

 

 

 上手く立てずにそのままずるっと床に座り込んだ。呼吸も荒く、頭がくらくらと揺れるような気持ち悪さに、頭に手をやる。

 

 

 ──コンコン。

 

 

 ノックの音が聴こえる。頭に響くその音に一瞬顔をしかめた。

 

 

「……ぁ」

 

 

 しかし、僕は答えることができない。声を出そうとすると、それを阻むように喉が痛む。そんな僕を不審に感じたのだろう。ドアの向こうから声が聴こえてくる。

 

 

『……彼方? 起きてる?』

 

 

 凛とした涼やかな声には、かすかな戸惑いが含まれていた。いつもなら下で朝食を取る時間なのに、まだ全く準備していない。こんなことは初めてだ。

 だけど僕は、動くことすらままならない。呼吸に伴う吐息がやけに響いて、頭を殴りつけるような痛みが支配していた。

 

 

『……入るわよ?』

 

 

 ゆっくりとドアが開く。

 

 部屋に入ってきた遥は制服に身を包んでいた。学校に行く準備を既に済ませているのはいつも通り。しっかりとブラシを通した濡羽色の髪は腰のあたりまで伸びていて、艶やかな輝きを放つ。

 

 ただ……。

 

 

「……え……」

 

 

 いつもと違うのはその表情。僕のぐったりした姿に目を見開いて呆然としていた。それはそうだろう。逆の立場だったら僕も同じような顔をする。

 

 ……ああ、ほんとしくじったな。

 気が緩んでしまっていたのだろうか。

 

 遥ははっと意識を戻すと、慌てたように駆け寄ってきた。

 

 

 

「──彼方!」

 

 

 

 床に座り込んでベッドにもたれかかっていた僕を労るように、そっと起こす。

 そういえば、こんな風に誰かから触れられるのって久しぶりだ。

 

 遥は僕の前髪をかき上げると、ぴたっと手のひらを当てた。小さくて、冷たい手が吸いつくように肌に触れる。

 そして同じように自身の前髪をかき上げると、ゆっくりとおでこ同士をくっつけた。

 

 長いまつ毛と純度の高い瞳が真正面にあって。

 さらさらと揺れる髪から、ほんのりと甘い芳香が香った。

 

 

「……すごい熱」

 

 

 嫌な予感というものは当たりやすい。昨晩の悪寒はこの前触れだったのだろう。

 

 

「っ……。大丈夫……だから……」

 

 

 軋む関節を無視して立ち上がろうとする。遥をどけて、床に手をつきながら体を起こした。

 

 早く、ご飯を作らないと。

 

 ふらふらと覚束ない歩みで廊下へ出ようと向かう。だけど、体はやっぱり言うことを聞いてくれない。夢遊病者のような足取りはすぐに平衡状態を崩す。部屋のドアに手をかける前に倒れそうになった。

 

 そのとき。

 ふと、体を抱き止める柔らかい感触。

 

 

 

「大丈夫じゃ……ない!」

 

 

 

 硬い床に倒れ込むはずだった僕の体は気づけば、妹の温もりに包まれていた。

 

 首元辺りに力なくもたれかかる。制服の柔軟剤の香りと、遥自身の甘い香りに鼻腔が満たされた。

 耳元から切羽つまった声が聞こえる。混乱しているのか、声は震えているように思えた。

 

 大袈裟だなあ。ただの風邪なのに。

 

 

 

「──!」

 

 

 

 耳鳴りがひどい。何も聞こえなくなってきた。

 薄れてゆく視界と共に、意識が徐々に暗転する。

 

 

 僕はそのまま、深い闇に落ちていった。

 

 

 

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