妹と仲直りしたい   作:Shinsemia

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第十一話

 

 

「……こう?」

「そう、そんな感じ」

 

 

 トン、トンと。包丁がまな板を叩く音が不規則に響く。肌寒い秋の朝。いつもと同じ朝食を作る時間だけど、今日は僕一人じゃなかった。

 

 

「ちょっと意外だなあ」

「……なにが?」

「だって、料理教えてほしいなんてさ。今までそんな感じもなかったから」

 

 

 そう言うと、遥が包丁を叩く手を止めてジトっとした目を向けてくる。切れ長の目が鋭い視線を飛ばしていた。

 

 

「私の勝手でしょ」

「まあ……そうなんだけどさ」

 

 

 ヘアゴムでくくられた濡羽色のポニーテール。制服の上からシンプルなデザインの藍色のエプロンを着けている。髪を真っすぐに下ろした普段の格好とは全く違っていて、新鮮な感じがした。だけど、鋭い眼でツンと冷たく言われるのはもう慣れたものだった。それにしても、今朝リビングに降りてきたときは驚きすぎて言葉も出なかった。いつもならまだ遥は寝ている時間のはずなのに、何故か起きていて、僕を見るや否や『料理を教えて』と言ってきたのだから。こうして妹と隣並んで朝食を作るなんて、少し前までは考えられもしなかった。

 

 ……それも、僕が倒れたことが原因だろうか。そう考えると、申し訳なく思う気持ちが出てくると同時に、妹の不器用な優しさが嬉しくもあった。本人に言っても否定されるだろうけど。

 

 

 真剣な眼差しで野菜を切っていく遥を後ろから見守る。ときどき手が震えるのを見て不安だったけど、包丁捌き自体は丁寧だから一先ずは口出ししなかった。

 僕も自分の作業をしなきゃいけない。遥の隣で、同じように包丁を使ってトントンとキャベツを切り刻む。あとはベーコンエッグと味噌汁でも作れば朝食の完成だ。あまり凝ったものは作らない。

 

 隣の遥の様子を窺う。

 

 

「あっ」

 

 

 すると、不意に聴こえた声。丁寧に野菜を切っていた遥だったけど、手元が狂ったのか、歪な形に切り落とされてしまった。料理は見栄えも重要だ。でも最初からそこまで気にしてもしょうがない。最初はこんなもんだ。僕のときもそうだった。

 

 器用な妹のことだし、すぐに慣れてくれるだろう。

 

 

「そこはもうちょっと指を丸めた方がやりやすいかも。こんな風に……」

「え……」

 

 

 遥の左手に触れて、直接やり方を教える。久しぶりに触れた手は思ったよりも小さかった。僕の手が大きいのか、それとも遥の手が小さいだけなのか。いずれにせよ、幼い頃の記憶とはだいぶずれていた。白魚のような指はほっそりとしていて肌白く、触れた瞬間に不意に柔らかい感触が伝わってきた。包丁を持つ右手にも手を添えて、一連の動作を再現する。ゆっくりと、丁寧に。

 

 

「こんな感じかな?」

 

 

 均一な厚さで刻まれた野菜がまな板の上に並ぶ。お手本通りのやり方さえちゃんと押さえれば、あとは自分のやり方にアレンジできる。なにせ、僕がそうだったから。

 

 遥の方を見る。すると、ぱっちりと目が合った。距離は思ったよりも近い。長いまつ毛とかすかに見開かれた瞳が眼前にあった。

 

 

「さ、触らなくていいから」

「あ……ごめん」

 

 

 するっと。遥の手を握っていた僕の手が宙を切った。言葉で教えるのって結構難しいから、つい触れてしまった。そうだ、昔とは違う。触れられるのが嫌なのはごく当たり前のことだ。最近の出来事の中で、そんな簡単なことすら忘れていた。

 ……ちょっと調子に乗ってしまったかもしれない。遥がぎこちない様子で、再び料理に取り組み始める。一応、さっきのアドバイスはちゃんと聞いてくれていたようだ。

 

 さっきのことは忘れて、僕もまた、朝食とお弁当の準備に取り掛かった。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 途中でアドバイスを挟みながら、朝食が完成した。遥には味噌汁を作ってもらった。具材は先ほど切ってもらった野菜。初心者が作る料理としてはやりやすいだろう。

 

 

「……どう?」

「うん、おいしいよ」

 

 

 よそわれた味噌汁を一口啜ってそう答えた、調味料の類は、分量さえ間違えなければひどい味にはならない。具材は少し歪なところがあるけれど、初めてにしては上出来じゃないだろうか。そんな感想を伝えると、強張っていた表情が和らいだ気がした。

 

 しかし、妹の手料理を口にする日が来るとは。家事は全て僕が担当するのが当たり前だったし、別にそのことを負担に思ったことはない。ただ、こうして興味を示してくれるのは嬉しかった。

 

 

「……もっと簡単にできると思ってた」

「ん……今は慣れてないから手間取ってるだけだよ。すぐにできるようになるよ」

 

 

 実際、工程自体は単純だから覚えるのは難しくない。僕よりも頭の良い妹ならあっという間だろう。それに、料理に取り組む姿勢は真剣そのものだったし、中途半端なところでは投げ出さないと思う。

 

 

「……今日の夜もいい?」

「……? いいけど……」

 

 

 遠慮がちに訊いてくる遥。不思議な気分だった。それほどまでに料理に興味があるのか、それとも……。

 

 

「部活もないから」

「ああ。そうなんだ」

 

 

 じゃあ、早めに帰って来るってことか。それなら手伝ってもらおう。

 

 箸を進めていく。穏やかな朝の時間は、学校で忙しい毎日の中では緩やかな時間だ。二人きりの食卓だけど寂しくはない。そういえば、こんな風に話しながらご飯食べるのって、いつ以来だろう。静かに食べるのも悪くないけど、裏を返せばそれは寂しいとも言える。ちらっと妹の様子を確認する。姿勢良く、綺麗に食べ進める遥。普段と特に変わらない。

 

 だけど、その表情が少しだけ和らいで見えるのは、きっと気のせいじゃないと思いたかった。

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

「風邪の間って結構暇だよね。念のために休んでるだけで、ずっと寝てるっていってもやっぱり途中で起きちゃうもんね」

 

 

 移動教室だった授業の帰り。騒がしい廊下を茜と二人で歩いているとそんな話題が上がった。

 僕は学校を二日間休んでこうして復帰した。遥は宣言通りに病院まで僕に付き添ってきたけど、流石に丸一日休むのはどうなのかなと思った。病院に行った昨日も、その時点で既に回復しつつあったし、医者からもただの風邪だと言われた。でも、特に問題ないことを伝えると安心したようだったから、それはそれでよかったのかもしれない。

 

 

「カナは何してた?」

「ん……本を読んでたかな」

「へえ。本とか読むんだ」

 

 

 一日中暇だった。だから、二日分の授業の範囲を勉強して、その後はずっと本を読んでいた。本棚には様々なジャンルの本がぎっしり詰まっている。暇つぶしにはもってこいだった。

 茜に話すと、関心を示したように言葉をもらす。自分の趣味のようなものだけど、そういえば茜にはこういう話をしたことがなかった。

 

 

「妹が小説を書いてるからっていうのが大きいかな」

「小説?」

 

 

 茜はピンとこないようだった。そういえば、彼女は遥が文芸部に所属していることを知らない。僕が一通りそのことを説明すると、納得いったように頷いた。

 

 

「どんな小説を書いてるの?」

「確か……恋愛小説って言ってたかな」

「……なんか意外かも?」

 

 

 茜は遥と面識こそないが、どういう性格なのかはある程度知っている。クラスの中で話題になることあるし、そのイメージとギャップがあるのだろう。僕も、遥が恋愛小説を書いてると初めて知ったときは似たような反応をした。

 

 

「……恋愛、かぁ」

 

 

 茜はぼうっと宙を向きながらぼやいた。いつの間にか、行き交う生徒の話し声が響く廊下を抜けていて、リノリウムの床を上履きが踏みしめる音だけが響いていた。廊下の窓は換気のために空いていて、ときどき冷たい風が流れ込んでくる。校内に植えられた木々の葉がゆらゆらと揺れる様が視界に映った。

 

 歩いていく内に階段に差し掛かる。

 

 

「一つ、訊いてもいい?」

 

 

 気づけば、茜は立ち止まっていた。階段の踊り場には僕と茜の二人以外に誰もおらず、喧騒も遠くに聴こえる。立ち止まった茜は何を躊躇っているのか、「あの……その……」と意味のない言葉を放つ。セミロングの茶髪と鳶色の瞳は同期するように揺れていて、太腿をモジモジとすり合わせていた。

 目を伏せて、きゅっと唇を結んだ。茜の胸に抱きかかえられたノートと教科書が、少しだけひしゃげたように見えた。

 

 そして。

 

 

 

 

「……カナって、好きな人とかいるの?」

 

 

 

 

 窺うような上目遣いで僕を覗く。期待と不安のようなものが交差する瞳からは、感情が読み取れない。

 ……好きな人、か。全く考えたことがなかった。恋愛経験なんてゼロだし、そういう関係に発展するような友達すらいなかった。たまにクラスの人たちが、誰に告白したとか誰に告白されたとかいうのを話しているのは知ってるけど、自分には縁のない話だと聞き流していた。

 

 

「いないかな」

 

 

 女の子の知り合いといったら、遥、茜、美玖の三人くらいのものだ。もっとも、遥は妹だし除外していいだろう。美玖とは知り合って日が浅いし、普段の交流もあまりないからいまいち性格が掴み切れていない。

 

 

「そう、なんだ……」

 

 

 頭の中で整理していると、緊張を含んだ茜の表情が弛緩した。女の子は色恋沙汰に興味があると言う。茜もまた、その内の一人に含まれているのだろう。

 

 

「そういう茜は好きな人、いないの?」

「え!?」

 

 

 逆に茜に訊いてみる。するとびっくりしたように声を上げて、頬をうっすらと赤らめた。この反応を見る限りだと、心当たりがありそうだ。ひょっとしたら、心に決めた人がいるのかもしれない。可能性があるとすれば、同じ部活の陸上部員あたりだろうか。そもそも茜はクラスの中でも人気がある方だし、何回か告白されたこともあると聞く。クラスの誰かでもおかしくない。

 

 

「……い、いないよ」

「あれ……? そうなんだ」

 

 

 候補をあれこれ考えていると、顔を背けながら否定された。どうやら考えが外れてしまったらしい。あるいは、ただの照れ隠しかのどちらか。でも、あまり深く訊くのも嫌がりそうだしこれ以上はやめておこう。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 教室に戻ると、帰りのホームルームが始まった。委員会や担任からの連絡事項。クラスで共有しておくべき情報。聞き流してもさして問題ないものもあるけれど、今はそうも言えない状況だった。

 

 もうすぐ文化祭だ。

 

 着々と準備が進む中、クラスのみんなが文化祭を待ちわびていた。教室の後ろにある棚には、当日に使う装飾品の材料がぎっしりと詰め込まれていて、文化祭に向けての気合の入りようが見えた。

 複数のクラスメイトが教壇に立ってチョークでカツカツと黒板を叩く。分担した作業の進捗報告だ。喫茶店を模すからには教室内の装飾をそれなりにしっかりしたものにしたいという意見があって、一部の道具は自作することになった。具体的には、テーブルクロスやカーテン。そしてどうやら僕は、風邪で休んでる間にテーブルクロス担当になっているようだった。ちなみに茜も同じ担当だ。

 

 

「う~ん……」

 

 

 委員の人から渡されたプリントを見て作業の内容に目を通していると、隣で茜が頭を抱えていることに気づいた。何か悩んでいるようだ。

 

 

「どうしたの?」

「……ちょっとね」

 

 

 話を聞くと、どうやら部活の方でも出し物をするらしい。茜は陸上部にも所属している。部活とクラスの出し物の両方を両立するのは中々に大変だ。そして案の定、多忙な身らしくてクラスの方の準備があまり進んでいないようだ。

 

 

「あたしって、お裁縫とか苦手でさー……」

 

 

 僕は裁縫がある程度できるから問題ない。制服のボタンの付け替えや、ほつれたところを縫うくらいはできる。テーブルクロスは流石に作ったことはないけど、指示された内容を見る限りではそこまで難しくなかった。一介の高校生が行う文化祭だし、見栄えさえそこそこに整っていれば問題ない。

 

 

「よかったら手伝おうか?」

「え? でも……」

「僕は部活やってないし、どうせ暇だから」

 

 

 遠慮する茜に気を遣わせないように付け足す。実際暇なのは事実だし、これくらいの手伝いなら問題ないだろう。

 茜は一瞬、悩むように眉をひそめたけど、僕の言葉に考えを改めてくれたのか、やがて表情を崩した。

 

 

「……じゃあ、お願いしてもいい?」

 

 

 僕が一つ頷くと茜は「本当はちょっと焦ってたんだ」と苦笑した。茜には部活動だってあるし、平日は授業の課題もある。疲れもあるだろうし結構大変だろう。

 

 

「今日は空いてる?」

「うん……大丈夫。部活もないから」

「それなら今日やっちゃおうか。……ただ、場所が問題かな」

 

 

 学校でやるにしても落ち着かないし、何より道具が足りない。他のクラスや学年でも同じ道具を使う人がいるから。僕は少人数で作業する方が好きだけど、茜はどうだろう。ここでみんなとわいわい話をしながらやった方が好きだろうか。

 

 

「……それなら」

「……ん? どこかいい場所思いついた?」

「いや……その……」

 

 

 すりすりと頻りに手をすり合わせる。羞恥に染まる頬はかすかに赤らんでいて、指先同士をちょこんとくっつけたり離したりしていた。あどけない子どものような仕草だな、と思った。

 

 

 

「……カナのお家とか……だめ?」

「……え?」

 

 

 

 ……僕の家。

 

 予想外の案に驚いてしまった。思い返せば、今まで友達が家に来たことなんて小学生以来なかった。だから茜の言葉の意味を飲み込むのに時間がかかった。

 茜を家に招く。それを想像すると、不思議と心地よい感覚がする。僕はたぶん、嬉しいのだろう。人との関り合いが薄かった今までのことが間違っているとは思わないけれど、だからと言って正しいとも思っていなかった。

 

 ただ……。

 

 

「……だめ?」

「いや、だめというか……」

 

 

 問題なのは僕の家の状況だ。母さんはいないし父さんは海外にいる。このままだと茜と二人きりになってしまう。だけど、別に変な気を起こすわけじゃないし、わざわざ二人きりになることを言ったところで余計な緊張をさせてしまうだけだ。

 どうしようか迷いながら茜を見ると、不安そうに上目遣いをしながら僕の表情を窺っていた。ただ、その瞳には期待の色が表れている。茜を見るに、そういったことは気にしないのかもしれない。そう考えて、僕は口を開いた。

 

 

「……分かった。僕の家でやろっか」

「ほんと? やった!」

 

 

 僕がOKを出すと、茜は先ほどとは一転して嬉しそうにはしゃいだ。別に家に来ても面白いものはないけれど、その姿を見てちょっとだけ心がくすぐったくなった。

 ホームルームも終わり、クラスメイト達が各々動き出す。教室内の様子を見るに、半数くらいは教室に残って文化祭に向けての作業をするみたいだった。

 

 席を立ってカバンを肩に掛けた。

 

 

「じゃあ、行こっか」

「うん!」

 

 

 




 












 いつも読んでいただきありがとうございます。あたたかい感想や評価だけでなく、誤字脱字報告もしてくださり、とても助かっています。

 練習中の身ですが、これからもお付き合いいただければ幸いです。








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