妹と仲直りしたい   作:Shinsemia

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 更新が遅れてしまい申し訳ありません。ここ最近忙しく、執筆の時間をまとめて取るのが難しくなっています。今後の更新速度は状況次第となりますので、その点をご理解いただけたらと思います。







第十七話

 

 真っ暗な道を歩く。街灯の頼りない光だけが、足元を淡く照らしていた。空を見れば月の青白い光があって、小さく輝く星々がいくつも広がる。周りには誰もいないからひどく静かで、学校で茜と文化祭を回ったのはついさっきのことだったはずなのに、あれからずいぶんと長い時間が経ったような錯覚があった。

 住宅街をしばらく歩けば、住み慣れた一軒家が見えてきた。二階を見ても、明かりはついてない。ドアノブに手をかけて回すと、強い抵抗を感じた。

 

 ……やっぱり、帰ってないか。

 

 ポケットから鍵を取り出して、ドアノブに差し込む。ガチャッとした音と共にドアが開いて、真っ暗な家の中が僕を出迎えた。

 

 

「……ただいま」

 

 

 ぽつりと呟いた声が闇の中に消える。パチッと明かりをつければ、人工的な光がフローリングの廊下を照らす。靴を脱ぐときに、もう一足あるはずの革靴が無いことが分かって、ため息をついた。

 リビングに寄らずそのまま二階へと向かって自室に入り、照明をつけた。父さんが昔使っていた部屋は広々としていて、僕は途端に自分がちっぽけな存在だと感じた。

 

 ぼふん、と。

 ベッドに倒れ込む。

 

 倒れこむ体を柔らかく受け止めるクッション。羽毛の上でふわふわと浮くような夢心地。

 仰向けになって、天井の照明に向かって手を伸ばせば、指と指の隙間から木漏れ日のように光が差し込む。

 

 ……遥。

 

 僕の双子の妹で、ずっと一緒に暮らしてきた家族。僕にとってかけがえのない大切な存在。怜悧で凛然とした美貌と、濡羽色の美しい長髪。誰が見ても、美人だと評される僕の妹は学業も優秀で、ずっと自慢だった。

 昔は仲が良かったけれど、中学を境にそうでもなくなって。でも、今は少しずつ関係も改善されてきて。

 

 ……それなのに。

 

 

『──彼方と兄妹になんて、生まれたくなかった!』

 

 

 

 ……。

 

 ゆっくりと体を起こす。カバンの中から()()()()を取り出して、テーブルの上に置いた。

 

 

 ──青い日記。

 

 

 部室で拾ったこの日記は、以前に遥の部屋で見つけたものだった。どうやら部室で、遥がカバンから落としていってしまったらしい。あのときは遥も脇目も振らずに駆けだしてしまったため、気づかなかったのだろう。

 

 ……この日記には、何が書かれているのだろう。

 

 カバーに触れれば、ひんやりと冷たい感触が指に伝わる。それは真冬の冷たさで凍り切った鋼鉄の扉のように厳然としたものだった。

 もし、この日記を読んだら。遥の気持ちを知るためのヒントを得られるのだろうか。今まで避けられていた理由も、どうしてあんなことを言ったのかも、その全てが……。

 

 

「……」

 

 

 伸ばした手が止まった。

 

 遥に、僕を避けていた理由を尋ねたあの日の記憶が蘇る。つらくて苦しそうな表情の遥が、今でも鮮明に思い出せてしまう。

 家族とはいえ、僕が今やろうとしていることは決して褒められたことではない。誰にも見せたくないからこそ、誰にも知られたくないからこそ、こうやって日記を書く人もいるのだから。

 

 ……だけど、それでも僕は……。

 

 

 

「……ごめん、遥」

 

 

 

 躊躇いがちに伸ばした手に、力を籠める。

 僕は、そっと日記を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 〇〇月××日

 

 

 今日も彼方に冷たくしてしまった。家にいればいつでも会話できる環境だけど、私は意図して彼方を避けている。そのことに、きっと彼方も気づいてるはず。

 私は家に帰りたくない。だからずっと部室に入り浸っている。部活のある日も、そうでない日も。部活用の文集を書いたり本を読んだりして、家に帰るのを遅らせている。

 

 彼方は部活に入っていない。家の掃除や買い物、それに洗濯物の取り込みやご飯の準備が忙しいから。

 ……彼方だって本当は、部活に入りたいかもしれないのに。そう思うと、果てしない罪悪感が肩に重くのしかかる。

 私が部活という建前で彼方を避けている時間が、彼方にとっては自分のために使える貴重な時間かもしれないのに。

 

 ……それでも。

 

 家に帰ればいつも、彼方の優しい『おかえり』が待っていて。その何気ない一言が嬉しくて。

 それなのに私は、何も返事しない。返事することができない。

 

 こうして日記を書いてるときだけしか、私は私の気持ちを吐き出せない。

 

 

 

 

 〇〇月△△日

 

 

 彼方がとうとう、どうして自分のことを避けるのかと訊いてきた。昔、私が彼方とよく遊んでいた公園だった。おぼろげな記憶だけど、よく彼方に手を引かれていたのだけは覚えてる。

 

 彼方は真剣な表情と不安な表情を交互に浮かばせながら、私に穏やかに問いかけた。むしろ、今まで問い詰められなかったことが奇跡的だった。

 私が彼方を避けだしたときからずっと、曖昧な時間に苦しんでいたのはきっと彼方の方だ。

 彼方は私に嫌われていると思っていた。私のせいで、自己卑下を繰り返すようになってしまった。私の態度が、彼方をあんなにも苦しめていた。

 

 ……ごめんなさい。 

 

 本当はそう言いたかった。昔みたいにごめんなさいして、仲直りして、双子の兄妹として振舞って。その関係に我慢できない我儘な子ども。それが私だった。

 

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「これは……」

 

 

 最初のページに書かれていたのは、本当につい最近のことだった。日記に書かれていたのは、他でもない遥の本心。

 あの日、僕は遥と向き合おうと決めた。避けられたままでいるのが嫌で、僕は茜の後押しもあって勇気を出した。夕方も終わりの近い、公園での出来事だった。

 

 ……遥は、そんなことを考えていたのか……? 

 

 全く予想だにしなかった日記の内容に、僕は混乱した。いつも冷たい妹の姿と、この日記の内容が全く一致しなかったから。遥は一体、どんな思いでこの日記を綴ったのだろう。ただの記録としてなのか、それとも……。

 

 判然としない日記の内容からは、だからこそ妹のありのままの気持ちを感じ取れる。まとまった気持ちではなく、揺れ動くさざめきにも似たそれは、寄せては返す波そのものだった。

 

 僕はそんな不思議な気持ちになりながらも、次のページをめくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ☆☆月◇◇日

 

 

 今日はすごく嬉しいことがあった。彼方がヘアピンをプレゼントしてくれた。

 

 最初は彼方が女の子と出かけると知って、私はデートに行くのだと思ってた。彼方は優しい。その優しさに惹かれた子がいるのだろう。

 だから彼方が帰ってきて、突然プレゼントを渡されたときは本当に驚いた。そんなそぶりもなかったし、何よりも今までに経験がなかったから。彼方は気に入らなかったら捨ててもいいと言っていたけど、そんなことするわけない。

 

 こうして日記を書いてる今も、ふとした拍子に立て鏡を見てしまう。彼方がプレゼントしてくれたヘアピンはとても綺麗で、私の趣味に合っていた。部屋の照明を受けて輝く白色に、自然と表情が緩んでしまう。

 

 もっと、ちゃんとお礼を言いたかったな。

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 遥にプレゼントしたヘアピン。綺麗な文字で綴られた文面から、妹の気持ちが伝わってくる。

 

 

 日記のページを一枚、また一枚とめくっていく。

 日常生活の何気ない一コマだったり、学校での美玖との会話だったり。そして家での僕の様子など、書いてあることは多岐にわたっていた。

 

 

「……遥」

 

 

 僕の知らない遥の一面が書かれた日記。遥が何を考えて、一日をどう過ごすのか。僕は今更になって、初めて知った。

 

 僕は続けて、次のページをめくった。

 

 

 

 

 

 

 

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 ##月※※日

 

 

 彼方が倒れた。今朝、彼方が珍しく寝坊してると思って部屋に行ったら、彼方は苦しそうに床に座り込んでいた。

 頭が真っ白になった。母さんが亡くなった日のことが頭の中を埋め尽くして、体が震えだした。

 

 一日中彼方を看病してたら目が覚めてくれて、一先ず安心したけど、もしかしたら何か重い病気にでも罹ってしまったのかと思ってやっぱり怖くなった。それなのに彼方は何でもないように笑って、また私に引け目を感じるように謝ってくる。彼方がそうやって卑屈になってしまったのは、きっと私のせいなのに。また彼方を傷つけた。

 

 それでも彼方は私のことを、妹として本当に大切に思ってくれてる。彼方の気持ちは嬉しい。毎日お弁当も作ってくれて、夕飯のときは一言二言、話しかけてくれて。

 私がわざと嫌われるように冷たくしても何も変わらないでくれた。

 変わってしまったのは私の方。ただの双子の兄妹でいられれば、きっと幸せだった。

 

 ……いえ。むしろ、()()()()()()()()……。

 

 母さんの言葉を忘れたことは一度だってない。

 

 

 ──ずっと兄妹で仲良く。

 

 

 彼方とは双子の兄妹だけど、なんだかんだ言って彼方は兄らしく振舞おうとする。幼い頃、私は我儘だったから。我儘を言っても受け止めてくれる彼方に甘えていた。それが彼方に兄としての自覚を芽生えさせたのかもしれない。

 

 それが、こんなにもつらいことになるなんて、思ってもなかった。

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「……え」

 

 

 

 ぞわっと。背筋に何かが迸る。

 得体のしれない何かが、背後から忍び寄ってくる。

 

 

 ……わざと嫌われる?

 それに、“兄妹じゃなければ”って……。

 

 どういう、意味だろう……。

 

 これ以上見てはいけない。本能も理性もどちらも警鐘を鳴らしてくる。これ以上は後戻りができなくなってしまうと訴えてくる。

 分からない。どうしてこんなに不安な気持ちになるのか分からない。

 

 

 なのに僕は、次のページをめくってしまった。

 

 

 

 

 

 

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 △△月□□日

 

 

 彼方が友達を連れてきていた。話に聞いていた通り可愛い女の子だった。正直、どう接すればいいか私には分からなかった。だけど話をしてると、彼方の言う通り性格の良さそうな子だった。

 彼方に連れられて何故か部屋で話をすることになったけれど、あの子に対してつれない態度を取ってしまった。私は、どうしても不安だったから。

 

 そして何よりも、分かってしまった。茜の彼方を見るその眼差しに込められた意味を。茜の彼方に対する気持ちを。それは、私がずっと心に秘めていた想いと同じだった。

 

 いつも優しく接してくれる彼方。毎日優しく話しかけてくれる彼方。

 

 私はずっと前から。

 そう、ずっと前から。私は──。

 

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「……あ……」

 

 

 

 次の一文を見て、時が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 私は、彼方のことが好き。

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 ページに触れる手が震える。何故なら。

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 兄妹としてではなく異性として、私は彼方が好き。ずっとそばにいたい。

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 言葉に込められた、その本当の意味を理解してしまったから。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 いつも優しく私を気遣ってくれる彼方が好き。私がたまに話しかけると、柔和に笑むところが好き。本当はもっと素直に話したい。私は彼方のことが大好きだって伝えたい。

 でも、もしこの気持ちを伝えたら、きっと彼方に気持ち悪いと思われてしまう。私は怖い。彼方に嫌われるのが怖い。それなのに、この気持ちを塞ぐためには、彼方に嫌われなきゃいけない。

 

 ……私は、どうしたらいいんだろう。

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

 

 ガタガタと、手が震える。日記に書いてあることが、理解できるけど理解できない。ただの文字の羅列なのに、僕はまるで眩暈がしたかのようによろけてしまう。

 

 遥が……。

 僕のことを……? 

 

 そんなの、おかしいはずだ。兄妹なのにそんな気持ちを抱くなんておかしい。それは現代社会で間違いなく異端なもので、忌避される思いだ。この世界の理から外れた異性愛で、決して許されることのない関係。

 僕と遥は兄妹だろ? 双子の兄妹としてずっと生きてきたじゃないか。幼い頃は仲良く遊んで、喧嘩なんかもして、そのたびに母さんに叱られて。家族らしい家族として生きてきたんだ。

 それなのにいつからか、何かが変わってしまった。言葉にできないその何かによって、僕たちは()()()()()から脱線してしまったんだ。

 

 僕は何も知らなかった。気づくこともできなかった。妹が僕に対して抱いていた気持ちも、その苦しみも。ずっと近くて、ずっと遠い僕たちの関係が、どうしようもない葛藤を生み出してしまっていることも。

 

 

「っ……」

 

 

 平衡感覚が失われたようによろけそうな僕の目に、窓の外の光景が映る。

 

 外に浮かぶ宵闇には、静かに輝く三日月の明かりが灯る。太陽の光に照らし出されるそれは、一部分しか輝いておらずその全貌を見せてはくれない。

 

 ……僕は、どうしたら……。

 

 

 ──そのときだった。玄関のドアが勢いよく開く音が聴こえた。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 ドタドタと、階段を真っすぐ駆けあがってくる音。その音は、僕のいるここへと近づいてきていた。この家に出入りする人なんて、僕以外には一人しかいない。

 

 まずい。今すぐ、この日記を隠さないと。

 

 それなのに、僕の体は石のように固まってしまって動けない。呼吸さえ止まってしまった数秒間はスローモーションのように長くも感じて、僕はその狭間に囚われていた。

 

 一歩、また一歩と。階段を駆け上がる足音が、部屋の前までやってきた。

 

 

 

「──!」

 

 

 

 バタンと、大きな音を立てて、ドアが開く。

 そこから見えたのは。

 

 

 

「はる、か……」

 

 

 

 鬼気迫った表情の遥。

 

 制服に身を包んだままで、肩にカバンをかける遥は、はぁ、はぁと息を切らしていた。必死に走ってきたのか、濡羽色の長髪は少し乱れていた。肌寒い外を走ってきた遥の頬は、薄い赤に色づいている。

 

 でも、それも数瞬の姿だった。

 

 遥の視線がゆっくりと、僕の顔から僕の手元まで移る。僕が手にしていた青い日記に気づくと、目を大きく見開いて口をパクパクとさせた。

 遥の顔から、血の気が失われていく。ただでさえ白い肌が、徐々に真っ青になっていった。

 僕はやっぱり動けなかった。遥の日記の内容を見たショックはそれほどまでに大きくて、思考も体も動かせなかった。

 

 部室での出来事の後、遥がどこに行っていたのかは知らない。けれど、何故こんなに焦って帰ってきたのかは分かる。

 遥は気づいたんだ。誰にも見られないように肌身離さず持っていたはずの日記が、いつの間にかカバンの中から消えていたことを。

 

 そして……。

 

 

「……彼方……」

 

 

 僕がこの日記を読んでしまったことを。

 

 日記を読んで固まっていた僕の耳に、遥の震える声が響く。

 

 

「……まさ、か……」

 

 

 掠れそうな声が、痛いくらいに耳に突き刺さる。

 

 

 

「まさか……見た……の……?」

 

 

 

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