妹と仲直りしたい   作:Shinsemia

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 見切り発車で始めた小説ですが、お気に入り登録に加え、なんと感想までいただきました。心より感謝申し上げます。


第一話

 

 小鳥のさえずりが、一日の始まりを告げる。

 

 時計を見れば時刻は朝の六時。目覚まし時計にセットしてあるのはその三十分後だけど、もうこの時間に起きるのが習慣になっていた。

 

 布団の温もりを名残惜しく思いながらベッドから降りて伸びをする。空は清々しい青に満ちていて、雲一つない快晴だった。白い太陽の光が窓越しに眩しくて、思わず手で遮った。

 

 部屋から出て一階のリビングに向かう。まずは今日の弁当を作らなきゃいけない。秋も近づいてきたこの時期、冷たい水を恨めしく思いながらお米を研ぐ。ある程度研ぎ終わったら炊飯器にセットしてスイッチを入れる。あとは昨日の晩御飯の残りのスープとサラダ。そして目玉焼きを作って、食パンを焼けば今日の朝ごはんは完成。

 ちょうど出来上がったところで、二階から足音が聞こえる。どうやら妹も起きたらしい。制服をしっかりと着こなす妹が、少しだけ眠そうに目をこすりながら降りてきた。

 

 

「おはよう」

「……おはよう」

 

 

 声こそ若干眠そうだが、身だしなみは綺麗に整っている。ブラシでもしたのか、髪はいつも通りさらさらで艶やかな輝きを放っていた。

 

 準備も終わり、二人で席に着く。妹はトーストにマーガリンを塗り始めた。僕も妹も、トーストにはマーガリンを塗って食べる。こういったところは、本当に妹と嗜好が似ている。妹が塗り終わって、僕に無言でマーガリンの入ったパックを差し出す。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 塗って一口かじると、ふわっとした香りと共にサクッと音がする。食パンを焼いただけだが、充分なおいしさだ。

 

 昨日に引き続き静かな食事の時間。僕にとって数少ない、妹と共に過ごす時間だった。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 朝食を摂った後は、二人分のお弁当を作る。時短のために冷凍食品を使うこともあるが、基本的には自分で作った。たとえば小さなハンバーグや、ポテトサラダ。そしてほうれん草のおひたしなんかがそうだ。

 二つの弁当箱に均等に盛り付けて、蓋を閉じれば準備完了。青い布とピンクの布を取り出し、ひとつずつ包んだ。

 

 

「はい、遥」

「……ん」

 

 

 小さく頷いて受け取る。高校に入ってからはずっと僕がお弁当を作っているが、妹はいつも綺麗に全部食べてくれる。普段の会話は乏しいけれど、そういうところは作ってる側としては嬉しかった。

 

 

「……今日も、帰りが遅くなるから」

「うん、分かった」

 

 

 部活で忙しいらしい。賞を取ることもあるくらいだから、毎日熱心に取り組んでいるのだろう。妹はカバンの中に弁当箱を入れるとリビングを出て、そのまま先に家を出た。

 

 僕は妹と一緒に登校しない。妹が嫌がるからだ。中学生の頃に一度はっきりと、一緒に行きたくないと言われたことがある。学校でも話しかけてこないでと言われ、そのときは流石にショックを受けて呆然としてしまった。

 だけど僕は、妹を殊更問い詰めるようなことはしなかった。双子の兄妹とは言え、男女の違いも目立ち始める多感な時期。僕と一緒にいることで居心地が悪くなることもあるだろうと、そう割り切った。

 

 ……でも、内心ではやっぱり悲しくて。僕は妹にどう接すればいいのか分からなくなってしまった。昔みたいな接し方がだめなのであれば、自分なりに変えていくしかない。その手掛かりを、僕は今でも探し続けている。

 

 

「……」

 

 

 きゅっと水道の蛇口をひねる。朝食に使った食器を洗い終えた。そろそろ僕も出なきゃいけない時間だ。ソファに立てかけてあるカバンの中身を一度確認し、お弁当箱を入れる。そして電気、火元の確認をしてから玄関に向かう。

 

 そしてカバンを肩にかけ、誰もいない家を眺めた。

 

 

「……行ってきます」

 

 

 小さく放った言葉は、静まり返る家の中に消えていった。

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

 学校の教室に着いた。だいたいクラスの半分くらいだろうか。まばらに人がいる教室はかすかな喧騒に包まれていた。

 教室に入ってきた僕のことをみんながちらっと見るけれど、すぐに関心を失くしたように視線を外す。僕は友達が少なく、クラスの中でも話せる人はほとんどいない。

 だけど、そんな僕にも一応知り合いはいる。自分の席に着くと、僕はカバンを机の横に引っかけた。隣の席には、ぐでーっと腕を伸ばしながら机に突っ伏す女の子。寝てるのだろうか。

 

 それに構わず、僕は早速隣の席の女の子に挨拶した。

 

 

「おはよう、(あかね)

「……んー」

 

 

 声に反応してぴくっと身体を揺らす。そして、眠たそうに目をこすりながら徐に顔を上げた。

 

 彼女の名前は茜。セミロングで明るめの茶髪が特徴で、さばさばした性格をしている。

 

 そのためか、彼女は男女問わず友達が多い方。顔立ちは綺麗、というよりも可愛いと言うのが適切だろうか。彼女は男勝りなところがあるけれど、クラスに何人かいるいわゆる”可愛い”女の子の一人で、よく告白されることもあるらしい。本人は興味ないのか、全部断ったらしいけれど。

 

 

「寝不足?」

「うん。昨日やってたドラマがすごい面白くてさー」

「練習で疲れてたんじゃなくて?」

「それもー」

 

 

 茜は陸上部に所属している。僕は彼女が毎日夜遅くまで居残り練習していることを知っていた。彼女は身体を起こすと、ふわっとあくびをもらしながら手を口元に添えた。窓から差し込む陽光に照らされる彼女の茶髪がまぶしかった。

 

 

「……よし!」

 

 

 すると、さっきとは打って変わって力強く気合を入れる。こうしたメリハリのつけ方が茜の特徴だった。溌溂とした表情をする彼女がそばにいるだけで、こちらも活力が湧いてくるような気がした。

 

 

「ところでさ、カナ」

 

 

 ”カナ”というのは僕のことだ。

 

 ”彼方”だと読みにくいのだと言われ、それ以来この呼び方で定着している。初めは違和感があったけど、今はそんなこともなくなった。

 

 ちなみに妹は僕のことを普通に”彼方”と呼ぶ。それも最近では、名前すら呼ばれなくってしまったけれど……。

 

 

 

「妹ちゃんとはどんな感じなの?」

「……え?」

「ほら。最近」

 

 

 

 グサッと刺さる言葉。

 

 まるで僕の胸中を察しているようだった。ちょうど妹のことを考えているときに言われてしまった。

 茜には妹のことをある程度話したことがある。特筆すべきことではないし、もしかしたら兄妹仲が悪いなんて、世の中にありふれたことなのかもしれないけれど。

 

 

「……微妙、かな」

「……うそ。全然うまくいってないでしょ」

 

 

 スッと目を細めて、僕の目を覗き込む。

 

 茜はクラスのムードメーカのような立ち位置で、だからこそ人の心の機微に敏感だ。ちょっとやそっとの嘘は、茜には通じない。彼女はときどき、こうして妹のことを訊いてくる。それが決して興味半分ではなく、僕のことを心配しているからだということは彼女の目を見れば分かった。

 

 黙り込んでしまう僕に、茜は呆れたように小さく嘆息しながら、ふっと、柔らかい笑みを浮かべる。そして唐突に、僕のほっぺたをつんつんとつついてきた。

 

 

「それにしても、本当にそっくりだよね。カナと妹ちゃん」

「そりゃあ、双子だし……」

 

 

 顔だけなら、一見しただけじゃ分からないだろう。

 そんなことを考える僕の顔を、茜は不満げに見つめた。

 

 

「しょげた顔してたらさ、どんどん気分が落ち込んでいっちゃうよ?」

「……そんな顔してる?」

「してるよ。ここ最近ずーっと」

 

 

 頬杖をつきながら、茜はその細い指でやっぱりつついてくる。

 

 

「原因、まだ分からないの? カナが何かしたんじゃなくて?」

「……」

 

 

 僕が遥に避けられるようになった原因。時期だけで言えば、中学校に入りたてくらいのときだ。入学して間もなくして、妹との仲はギクシャクしてしまった。

 ある日突然、いつものように一緒に登校しようと家を出たとき。

 

 

『もう学校では話しかけないで』

 

 

 放たれた言葉に、僕はただ混乱した。その日はたまたま機嫌が悪かっただけなのだと思っていた。

 けれど、実際はその日だけじゃなくて。あの日以来、僕は妹との距離感が全く分からなくなってしまった。

 その原因は、未だにはっきりしていない。でも、なんとなくこうなんじゃないかなと思うことがある。

 

 

「……たぶん、逆じゃないかな」

「……逆?」

 

 

 茜はやっと、つつく指を止めた。

 

 

 

「僕が何もできない人間だから、愛想を尽かしたんじゃないかな」

 

 

 

 片や優秀な妹。片や無能な兄。

 

 姿かたちがよく似ていても、能力の部分で大きな差がある。別にそういったことを直接言われたことはない。だけど、周りの目が雄弁に語っている。目は口ほどにものを言うとされるが、まさにその通りだと思う。誰も彼もがそうとは言わないけど、何度か経験のあることだった。

 

 茜は呆気にとられたのか、口をぽかんと開けていた。

 けれどすぐにまた、呆れたようにため息をついた。

 

 

「……もう、しょうがないなあ」

「……?」

 

 

 茜はやれやれとでも言いたげに首をすくめてみせる。僕の考えは的外れなのだろうか。 

 

 

「ね、今日の放課後は空いてる?」

「……え?」

「放課後だよ、放課後」

 

 

 茜のセミロングの茶髪が、白い陽光を受けてきらきらと輝く。

 換気のために開けた窓から吹き込む風。かすかに甘い香りがした。

 

 

「空いてるけど……」

「じゃあさ──」

 

 

 彼女はにっこりと笑った。

 

 

 

「──放課後、どこか遊びに行こ!」

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

 秋も近い季節。

 涼しい風が、金木犀の甘い匂いをのせながら吹く。

 

 放課後になった今、僕は茜とファーストフード店に訪れていた。店内は僕達と同じように学校帰りの学生や、主婦らしきおばちゃんたちが駄弁っていた。適当に飲み物を注文して席に着く。

 

 

「ん、これおいしい!」

 

 

 茜は新発売のシェイクを一口飲み、感心したように言った。流石は有名なファーストフード店、といったところだろうか。

 僕は炭酸飲料を頼んだ。ストローを差して、硬いプラスチックをかじる。パチパチと口内で炭酸が弾けた。

 

 

「カナも飲む?」

「……いや、いいよ」

 

 

 シェイクの入った容器をひらひらと振る茜は、ちぇー、つまんないのー、と言って不貞腐れたようにまた飲み始める。茜は僕にとって数少ない友達だ。それも、無理に合わせる必要がない居心地のいい関係だった。

 

 

「カナとこうして放課後にどこか寄るのって、何気に初めて?」

「……そうだね」

 

 

 茜はそもそも陸上部だし、彼女の放課後は基本的に練習でつぶれる。僕は何もやってないし、放課後は真っすぐに家に帰り、掃除したり読書したりして過ごしていた。

 

 

「……」

 

 

 対面の茜は楽しそうに頬を綻ばせる。基本的に、自分からは喋らない僕が相手なのに、どうしてそんなに楽しそうなのかはよく分からなかった。

 

 

「あのさ、茜」

「んー?」

 

 

 ストローからちゅーちゅーとシェイクを啜りながら小首を傾げる。

 

 

「どうして……」

 

 

 どうして、茜は僕を誘ったのだろう。こんなこと今までに一度もなかったはずだけど……。

 

 

「……ね」

 

 

 僕の言葉の意味を悟ったのか、ストローから口を離すと、茜はどこか優しい眼差しを僕に向けた。透きとおった鳶色の瞳が、僕の目を射抜く。

 

 

 

「あたしが怪我しちゃって大会に出られなかったときのこと、覚えてる?」

 

 

 

 ──それは、僕が茜と話すようになったきっかけだった。

 

 

 春の終わり頃。

 僕は、隣の席の彼女とそこまで話をしない方だった。

 

 ただの隣の席の人。お互いそういう認識だった。にこやかで明るい性格の女の子。僕とは違って友達が多く、社交的な茜。

 

 けれど、ある日……。

 

 

『うぅ……、っ……ひっ……くぅ……』

『……え?』

 

 

 誰もいない教室。

 夕方の光も薄れ始める時間。

 

 僕はその日、学校に置き忘れてしまった教科書を取りに戻った。誰もいないと思っていた教室のドアを開くと、そこには僕の隣の席の女子がいた。

 

 彼女は、自分の席に座って嗚咽をもらして泣いていた。ボロボロと大粒の涙を流しながら、手のひらで目元を拭う茜の姿。いつも笑顔が絶えない彼女が悲しそうに、そして悔しそうに、顔を歪ませていた。

 

 僕が教室に入ってきたことにも気づかない彼女を目の前に、僕は呆然と立ち尽くしていた。

 

 

「あれ、今思うとすごい恥ずかしかったなー」

 

 

 あははー……と、茜は照れくさそうに頬をかく。彼女にとってはあまりいい記憶じゃないかもしれない。でも、僕はそうは思わない。 

 だってそれは、彼女が一生懸命に頑張った証だから。大会に出られなかった絶望がどれほどのものかなんて僕には分からないけれど、あんなに綺麗な涙を流せるくらいに打ち込めるものがある。僕にはそれが、なんだか羨ましかった。

 

 ……確か、あのあと……。

 

 

「あのときのカナ、結構キザだったよね」

「えっ」

 

 

 悪戯っぽく笑みを浮かべながら、僕の顔を覗きこんだ。セミロングの茶髪がさらりと揺れる。

 

 

「だってさ、無言でハンカチ差し出してくるんだもん。すごいびっくりしちゃった」

「いや……なんて言葉をかけていいか、分からなかったから……」

「女の子が泣いてるのに、声もかけないの?」

「……ごめん」

「……ぷ」

 

 

 あはは、と小さく吹き出して茜が笑う。

 

 からかい混じりなのかもしれないが、耳が痛かった。異性と接する機会もあまりなかったし初めてのことだったから、そのときはただただ戸惑った記憶がある。

 

 ドアを開けた音にも気づかずに泣きじゃくる茜に僕はゆっくりと近づいて、今彼女が言ったようにハンカチを差し出した。

 

 茜は笑い過ぎたのか、目尻から涙を流した。そしてそれを軽く指先で拭った。

 

 

「……でもね。あたし、それがなんだか嬉しかった」

「……え?」

 

 

 茜は頬杖をついて窓の外を眺める。行き交う人々は千差万別で、誰一人として同じ人はいない。

 

 

「あたし、結構人に合わせちゃうタイプだから。あそこでもし慰めの言葉とかをかけられたら、きっと心の底から泣けなかったと思う」

「……」

 

 

 言葉というものは難しい。言葉とは思いを伝える手段だ。言葉にしなければ考えを共有できず、理解してもらえない。でも、言葉はときに人の思いを縛り得る。言葉と思いは紙一重。

 

 善意があるにせよ、悪意があるにせよ、それが人の心にどう影響を及ぼすのかはその人次第。

 

 

「カナに見つかっちゃったのは本当に偶然だったけど……。見つかったのがカナで良かったなって、あたしは思うんだ。何も言わずにそばにいてくれて、なんかほっとしちゃった」

 

 

 だからね、と茜はつぶやく。

 そして真っ直ぐに僕を見つめた。

 

 

「──カナは、何もできない人間なんかじゃないよ」

 

 

 ……そっか。

 やっと分かった。

 

 彼女がどうして、放課後に僕を連れ出したのか。これは茜なりの慰めなのだろう。ふっと、肩の力が抜けた気がした。

 

 僕は今までずっと、自分が無能であると卑下していた。いや、実際にその事実は変わらないのだろう。僕は妹に劣等感のようなものを抱いていたのかもしれない。妹に避けられるようになって、自分の胸がぽっかり空いてしまったような気がしたあの時期。学校でも家でも、僕はずっと笑えていなかったと思う。

 

 でも少なくとも茜は、僕という人間を認めてくれている。その気持ちを言葉にして伝えてくれた。

 

 それが心強くて、嬉しくて。

 茜の言葉に、心がくすぐったくなった。

 

 ……。

 

 

「……ありがとう、茜」

 

 

 自然と、笑みが浮かんだ。

 

 こうして笑うのはいつぶりだろう。高校生になって……いや、妹から避けられるようになってから初めてかもしれない。

 

 ……茜には、本当に感謝しなくちゃいけない。

 

 

「……」

「……?」

 

 

 伏せていた顔を上げると、茜がどこか呆気に取られていることに気づいた。まるで、珍しいものを見たみたいに口をぽかんと開けていた。

 

 

「……茜?」

「え、あ……。な、なに?」

 

 

 僕が声をかけると、はっと我にかえった。

 

 茜は何故か、動揺したように指で頬をかき始めた。心なしか、頬がうっすらと朱いようにも見える。

 

 

「大丈夫? 顔が赤いけど……」

「だ、大丈夫! 大丈夫、だから……」

 

 

 ぶんぶんと手を振ると、制服のスカートの裾をぎゅっと握った。

 

 もじもじと膝の上に置いた手をすり合わせながら、あの……その……、と、いつになくはっきりしない言葉をぼやく。

 

 そして痺れを切らしたかのように、頭をがーっとかき始めた。

 

 

「ちょ、ちょっと用事思い出したから、先に帰るね!」

「え? あ……」

 

 

 そう言うや否や。

 

 茜は突然席を立って、トレイを持って駆けだしてしまった。慣れないことをして、恥ずかしくなったのだろうか。

 

 でもきっと、明日には元に戻っているだろう。根拠はないけど、なんとなくそう思った。

 

 

「……僕も帰ろうかな」

 

 

 席を立って、後片付けをする。妹は今朝、今日は遅くなると言っていた。買い物して帰って、課題を少しやったら夕飯の準備でもしよう。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 買い物を済ませて店を出る。部活帰りの高校生がたまに通りかかるのを横目に歩みを進める。ちょうど部活の終わる時間帯。空は夕方のオレンジ色の光で包まれていて、陽がだんだんと落ちていくのが分かった。

 

 思えば、小学生の頃はこれくらいの時間になると妹の手を引いて帰ったものだ。僕と妹にとって、主な遊び場は近所の公園だった。父さんは土日でも仕事で忙しかったから、僕は妹をよく外に連れ出していた。

 

 砂場やブランコ、滑り台。砂の城を二人で作って僕が誤って壊してしまったときは大泣きされたこともあるし、家ではおもちゃを取り合って喧嘩したこともあった。

 

 ……全部、懐かしい記憶だ。

 夕焼けの色に、過去を回想してしまう。

 

 

 そんな景色に見惚れていたからだろうか。

 僕は()()に気づかなかった。

 

 

「……あ」

 

 

 ──向こう側に、二人の女の子の姿が見えた。

 

 一人はショートカットの黒髪の女の子で、僕の知らない子だった。

 

 だけどもう一人は。

 

 艶やかな濡羽色のロングの髪。すらりとした体型に冷涼な雰囲気。怜悧な顔立ちは端正で、まるでモデルみたいだった。

 僕は彼女をよく知っている。だって、血のつながった家族なのだから。

 

 彼女は隣の子と何か話しながら歩いていたが、やがて僕の姿に気づいて、ぴたっと歩みを止めた。冷静沈着な彼女だけど流石にびっくりしたようで、かすかに目を見開いた。

 

 僕は、気まずい気持ちになりながらもゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「……遥」

 

 

 

 

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