妹と仲直りしたい 作:Shinsemia
後日、エピローグも投稿します。
一日中の疲労がたまった体が悲鳴を上げる。息切れが激しく、肺に送られる冷たい空気が、体の中を凍てつかせるようだった。初冬の澄み切った空気は、氷の刃のように胸を切り刻む。
痛む胸に顔をしかめ、はぁ、はぁと息を切らしながら立ち止まった。
……どこにいるんだ。
ポケットの中からスマホを取り出しても画面は真っ暗。メッセージの通知は一切ない。何も言わない端末を、ポケットに押しこんだ。
家に帰ってどこにも遥がいないことを確認してから、結構な時間が経つ。おそらくただの外出だと自分に言い聞かせてみても、ひたひたと迫る焦燥感は一向に消えない。
近所の商店街。コンビニ。小さな書店。ちょっとした外出なら、きっとそのあたりだろうと考えて真っ先に探したけれど、一向に遥は見つからない。
夜に染まる街は昼間とは打って変わって、ゴールの見えない迷路のよう。街灯の淡い光はその足元しか照らさず、先の道までは見せてくれない。
「……」
どうして僕はいつもこうなんだろう。肝心な時に限って上手くいかない。どうしても話さなくちゃいけないことがあるのに。ずっと苦しんでた遥に、どうしても伝えなくちゃいけないことがあるのに。
遥の日記を読んでしまったあの日。遥の気持ちを知って、ひどく動揺した。一つ屋根の下で、ずっと双子の兄妹として暮らしてきた僕たち。僕はただ、家族として遥が大切だった。大切にしなくちゃいけなかった。それが、母さんとの最後の約束だったから。残された僕たちが、たとえ母さんがいなかったとしても、ちゃんとやっていけるってことを証明しなきゃいけなかった。
けれど、遥が僕に対して抱いていた気持ちは別物だった。決してあり得ないと思っていた感情だった。僕を避けだしたあの日から。いや、あるいはもっと前から。遥の根底にあったものは違っていた。僕はそのことを、きちんとした事実として受け止めなければならない。
だから改めて、僕の考えを、思いを。
今度こそちゃんと伝えたい。
「……」
先の景色は深い闇。息苦しさを感じて、空を見上げた。
何も遮るもののない広々とした星空は、地上の全てを遍く照らす。精一杯手を伸ばしても届かない星の一つ一つ。澄み切った夜空を彩る幻想は、人々の瞳全てを魅了する。
冷え切って固まりそうな手を、そっと空にかざした。
──わぁ!
「あ……」
聴こえた声に、はっとした。
その声は、どこか聴き覚えのあるあどけない声。既視感のような何かだった。周囲を見回しても、当然だけど子ども一人いない。
でも、確かに聴こえた。脳裏をよぎったその光景を必死に思い出す。ずっと昔、同じようなことがあった気がした。
いつ、どこで。
──みて、かなた!
幼い声が僕の名前を呼ぶ。聴き馴染みのあるその声を、僕は誰よりも知っている。
「……そうだ」
声のする方へ、僕は走り出した。もしかしたら、それはただの幻聴なのかもしれないけれど。今はただ、その声を信じて走る。
ずっと昔、僕は同じ空を見上げたことがある。十年ちょっとじゃ変わることのないこの空を、僕は間違いなく見たことがある。そのとき手に握っていた、小さく温かい手のひらを覚えてる。
「はぁ……はぁ……」
先の見えない迷路を、迷わず駆けていく。誰かが示してくれなくても、教えてくれなくても、迷うことはない。僕の足は、自然と
住み慣れた街並みが、たとえ暗がりに潜んで見えなくなっても。真っすぐに見えた道が、本当は歪んだものだったとしても。
僕が行きつく場所は変わらない。
運動不足の体を叱咤して走り続けると、呼吸に伴って喉が痛み出した。けれど、それを無視してとにかく走る。一歩ずつ前に、決して止まることなく。
この先の角を曲がって、真っすぐに進んで。
突き当りを左に曲がって、そのまま進む。
体が覚えている道筋に、僕はただ従う。
その先には、きっと。
「っ……はぁ」
ざっと、地面を踏みしめた足音を最後に、僕は立ち止まった。荒い呼吸を整えながら、膝に手をつく。
月の光に照らされる濡羽色の髪。そこに小さく輝く白いヘアピン。シャツの上からカーディガンを羽織って、下はロングスカートに身を包んでいる。こんなに寒いのに、必要最低限な服装だと思った。
「……遥」
誰もいない公園。僕の声は、存外に響いた。
空を見上げていた遥はピクっと肩を揺らして、僕の声にゆっくりと振り向いた。
「彼方……」
かすかに見開いた目。けれど、それも次第に伏せられ、間もなく逸らされた。そして、白い吐息を漏らして小さく呟いた。
「……嘘つき。夕方前には帰るって、言ってたのに……」
今はすっかり夜の時間。僕は確かに、夕方前に帰ると約束していた。
「ごめん、帰るのが遅くなって」
「別に。勝手にすればいいじゃない……」
投げやりな態度。それが遥の本心じゃないってことくらいは、僕にも分かる。強がってみても、本当にどうでもいいことなんて実はなくて。
「どうして遥はここにいたの?」
遥は僕をちらと見るとまた顔を背けて、気まずさを隠せないように腕をさすった。僕もそうだけど、遥も夜中に出歩くイメージはない。だから、何故ここにいるのか不思議だった。思い当たる節は……。
『夕方前には帰るって、言ってたのに……』
……。
「ひょっとして、心配して探してくれてたの?」
「っ……そんなんじゃないわよ。ただ散歩してただけ」
図星だったのか、少し動揺が見えた。もしそうなら、メールでも送ってくれれば良かったのだけど。でも、メールするのも気まずいと思ったのかもしれない。
遥は散歩してたと言い張るけれど、夜中に外出してるところなんて見たことないし、嘘だろう。たぶん、たまたまここで鉢合わせしたんだ。
荒い呼吸も落ち着いてきた。寂れた公園には子どもはおろか、大人一人いない。散歩するにしても、景色のいい場所とは言えない。
……散歩、か。
「……ならさ。ちょっと付き合ってもらってもいい?」
涼やかな風が頬を撫でる。
見晴らしのいい場所にまでやってきた。
自然豊かな街というわけではないけれど、長く住んでいれば名スポットのようなものはいくつか知っていた。
家からそこそこ遠い場所のここは小高い丘。近隣の幼稚園や小学校では、よくここにピクニックに来る。もちろん、僕も遥も幼い頃に来たことがある。
ときどき、後ろに視線を向ける。遥がついて来ていることを確認するためだった。素直に着いて来てくれるかどうかだけが心配だったけど、とりあえず安心した。
「晩御飯は食べた?」
「……まだよ」
「そっか」
その場凌ぎの会話。何の面白みもない事務的な会話は、当然中身を伴っていない。
思えば、僕と遥はいつもそうだった。そもそも家の中でも会話なんてなかった。どこの家でもありふれているであろうそれは、僕たちの間では存在すること自体に意味があった。
でも、それだけじゃ足りなかった。だから遥は僕への態度も中途半端にしかできず、自分の想いに押しつぶされそうになっていた。
きっかけが必要だったんだ。
「……っと。この辺がいいかな」
歩いた時間は二十分くらいだろうか。結構な距離を歩いた気がする。開けた場所に出て、一息ついた。首元に滑り込む冷涼な空気に、一瞬体をすくめた。もうちょっと厚着して来ればよかったかもしれない。
「なんなのよ。こんなところに連れてきて」
「本当は公園でも見えるとは思うんだけど、ここの方が良く見えるかなって」
「……なんの話?」
訝しむ遥に対して、僕は何も言わずに空を見上げる。根拠はないけれど、僕には予感があった。
雲一つない空。全てをさらけ出した空には満天の星。そこまではさっきと特に変わらない。
けれど、きっとそろそろ。
「あ──」
きらりと流れた一筋の光。
闇夜を駆ける輝きが、遠い空で瞬いた。
それは一つの流れ星。
小さな光の弧は、意地悪くもすぐにその姿を隠してしまう。
「……きれい……」
後ろから小さく声が上がる。どうやら後ろにいる遥も、ちゃんと見えたようだ。
「タイミングが良かったみたいだね」
「あれって……」
「流星群、だって」
午前中、偶然見かけたニュースでやっていた特集。どうやらそこで言っていた通り、今日は流れ星がよく見えるようだ。初冬の澄み切った空と、広々とした丘の上。肌寒さなんて忘れてしまうくらい綺麗な星の輝きに、僕と遥はしばらくの間空を見上げる。
星の知識なんて何もないし、気の利いた表現も思いつかないけれど、幻想的なその光景はただ美しかった。
小学生のときも、中学生のときも、高校生となった現在も。
「これを見せるために、ここに来たの?」
「偶然だけどね」
正確な時間も把握してなかったから、本当に偶然だ。だからこそ、僕はこの偶然に感謝した。気まぐれな流れ星が、僕たちの目の前を過ったことに。
「……ねえ。遥はこの前、僕にこう言ったよね。『私のこと嫌いになったでしょ』って」
こうして、話すきっかけを作ってくれたことに。
「え……」
いつの間にか隣まで来ていた遥と、空を見上げながら話す。
「あの日。遥の日記を読んでからずっと考えてたんだ。自分はどうするべきなのかって」
「……別に何かする必要なんてない。彼方は何も悪くない。悪いのは私」
寂しい声が聴こえた。自責に駆られて自らの首を絞める遥の言葉を、僕は黙って聞く。
「どんな小説を読んだってそう。いつだって赤の他人に恋して、結ばれて。それが普通のことなんだって、物心がつき始めてから初めて知った」
でも、と。声音が震えた。
「いつになってもっ……。私は、彼方に恋してる自分を消せなかったっ……。彼方を見ると胸が苦しくなって、ドキドキしてっ……」
血の気の薄い唇を浅く噛みながら、今にも倒れそうなくらい体を震わせて。
「彼方にこの気持ちが知られたらって。それを考えると、怖かったっ……」
それがどれほど苦しい葛藤なのか。針の筵の最中にいるようなその痛みを、僕は知らずにいた。
「だからお願い、彼方。あのことはもう、忘れてよっ……」
僕たちはただの兄妹。それは分かり切った事実。だから、遥の気持ちは閉じ込めておかなきゃいけない。僕は兄として接さなければならない。社会の常識に則って、正しいと定められた道を辿らなければならない。
「……遥」
……だなんて。
そんなこと、今は関係ない。
「──え?」
不意をつくような形で、遥を抱きしめた。耳元に感じる吐息。胸元を灯す体温。
孤独に戦ってきた妹の体は、見た目よりもずっと細く、折れてしまいそうなほど。
ずっと背を向け合っていた。正面から向き合ってなんていなかった。だからもう、終わりにしたい。
「な……」
すぐ近くで、遥の声が耳に届く。
「なにっ……するのよ」
はっと気づいた遥が、僕を押しのけようとしてくる。けれど僕は、それに構わず抱きしめる力を強めた。
「色々なことを考えてた。どうするのが正しいのかとか、どうしたら元に戻れるのかとか。でも、そういうことを考えるのをやめたとき。僕は思ったんだ」
兄妹であること。それが僕が、僕である証だった。あまりにも弱くて情けない自分は、その言葉に頼ることでやっと立ち直れた。けれどそれは同時に、自分自身がそこにはいない証でもあった。
右と言われれば右に進んで、左と言われれば左に進む。それは言うことをちゃんと聞く
そう。難しく考える必要はなかった。ただ一つ、自分の気持ちだけを考えたときに、僕が思ったこと。何もかもを取り払ったときに、一つだけ残っていたもの。
「僕は嫌じゃなかったよ。遥が僕のことを好きだって知って。嫌いになんてならなかったよ」
それに、僕が遥の想いを知ったときに考えたのは、どうしたら遥をその苦しみから解放できるのかということだ。あのときはあまりの衝撃に上手く言葉に表すことができなかったけれど、僕はやっと、確かな芯を持って言葉にすることができた。
「……嘘、よ……。そんなの……」
「嘘じゃないよ」
僕は遥の気持ちを知っても、気持ち悪いだなんて思わなかった。遥の気持ちの形が家族愛か近親愛か。僕はただ、その気持ちの形ばかりを気にしていた。けれど、美玖と話をして僕は気づいたんだ。大切なのは形じゃない。誰が決めたことでもなく、僕自身が遥をどう思うかだって。
「同情しないでよっ……」
「違うよ。慰めの言葉をかけてるわけじゃない。ただ、自分の気持ちを正直に話してるだけだよ」
嘘偽りのない、本当の気持ちを。
他でもない遥のために。
「ねえ遥。覚えてる? 昔こうやって、二人で抱き合ったことがあったよね」
「っ……。それが……何よ……」
嗚咽混じりの声。僕は目を閉じながら、昔を思い出す。
母さんが亡くなったあの日。僕が自分を見失いそうになって、ただ倒れそうになったあの日。僕が前を向けたのは、妹がいたからだった。
「あのときも今も、こうしてるとすごい安心するんだ。遥はどうかな……?」
頬に触れる遥の髪からはやっぱり甘い香りがして、波打つ鼓動のリズムがひどく心地よくて。
「そんなの……訊かないでよっ……」
ぎゅっと。僕の背中を掴む手に力が入った。
……そう言えば、こんな風に気持ちを伝えたことってあったかな。僕が遥のことを大切に思うこの気持ちを。
「……正直言うと、僕のこの気持ちが恋愛感情かどうかは分からない。でもね──」
気持ちを伝える勇気を、僕はもらったから。
今度こそ、大丈夫だから。
「僕は遥のことが好きだよ。何があっても、それは変わらないよ」
「あ……」
不安で怯える妹の体。僕は、安心させるために背中に回した手を、ちょっとだけ緩めた。
大切なのは、遥の想いをもっと知りたいという気持ち。遥の想いを嬉しいと感じる、素直な自分の気持ちだった。それはもしかしたら、世界のルールから外れことなのかもしれない。周りの人からは引かれ、疎まれるものかもしれない。
でも、僕が大切にしたいのは世界のルールじゃない。たった一人の妹の遥だ。
「だから遥──」
抱きしめていた身体を離す。呆然としている遥の頬を、手で包んだ。母さんが亡くなったあの日から、ずっと願っていたこと。
指先で
「もう、泣かないで」
弱くて、強がりで、泣き虫で。苦しいのに、助けを求めることもせずに。自分が悪いからって、そんな風に決めつけて。自分の気持ちを押し殺すことで得られるような、嘘の安寧はいらない。
そんな寂しい独りぼっちは、終わりにしよう。
「かな、たっ……。かなたぁ……。うぁ……あぁ……」
大人のような静かにすすり泣く声が、子どものように大きくしゃくりあげる声へと変わっていく。
ずっと昔、しゃくりあげて泣いた妹をあやしたときみたいで、少しだけ懐かしい気持ちが胸に燻った。自分のやっていることが、これから先の幸福に繋がるかどうかは分からない。所詮、その場凌ぎの対症療法でしかないのかもしれない。
でも、大丈夫。僕たちは一人じゃない。一人ではつらくて投げ出してしまいそうな現実も、遥と一緒なら。
一人ではなく、二人の答えを見つけられると思うから。
……
……
二人並ぶ帰り道。遥は僕の後ろではなく、隣にいる。その間の距離は近くはないけれど、遠くもなかった。
「すっかり暗くなっちゃったね」
「……彼方のせいでしょ」
「はは……それもそうだね、ごめん。でも、遥も遥だよ。夜に一人で出歩くなんて」
「それは……」
口籠る遥。もうその反応で答えを言ってるようなものだけど、自分の口からは言いたくないらしい。意地っ張りで気の強い性格の表れだった。
ついさっきまで泣いていたせいで赤くなった目元。それでいて軽く睨みつけてくるものだから、あまり迫力はなかった。
「そもそも、彼方もどこに出かけてたのよっ」
「僕はまあ……色々」
「色々ってなによ」
ジトっとした視線が、容赦なく追撃をかけてくる。拗ねた顔だった。色とりどりの表情だけれど、いずれもどちらかと言えばマイナス方面。もっとも、遥が満面の笑みを浮かべたり喜んだりするところなんて、全く想像できないけれど。
緩やかな坂道に差し掛かる。花も咲かせず、葉も咲かない木々の合間。その狭い道の間で、僕と遥は少しだけ身を寄合う。
手の甲が、かすかに触れ合った。
「あ……」
同じタイミングで、僕と遥は立ち止まった。見上げた夜空には、二つの流れ星。
瞬く間に消えゆく光に、願いごとをする時間なんてなくて、ただ眺めるだけだった。けれど、その一瞬は、瞼の裏で思い起こせるくらいに焼きついた。
「……ねぇ、彼方。さっき、恋愛感情かどうか分からないって言ったわよね?」
ふいに、遥が尋ねてきた。
「……? 確かに言ったけど……」
「……それなら」
遥は、軽くつま先立ちになった。
そして。
「ん……」
突然、頬に触れた柔らかい感触。フローラルな香りが鼻をくすぐると共に、温かい体温を感じた。
それは一秒にも満たない時間だったかもしれない。けれど、頬に残るかすかな熱が、その刹那が確かに存在したことを証明していた。
遥がつま先立ちを止めて、こてんと僕の胸に頭を預けた。よく見れば、首筋から頬にかけて肌が赤らんでいた。
「……ぃ……の」
「……?」
「い、いまの……ドキドキ、しなかった?」
もぞもぞと、シャツ越しにかかる声がこそばゆい。
「……よく分からなかったかな」
「ドキドキはしなかった……?」
「しなかったけど……」
そう言うと頬を赤くしたまま、少しつまらなそうな顔をした。もしかしたら、ドッキリさせたいとでも思っていたのかもしれない。ドキドキではなく、どぎまぎはしたけれど。
「でも、嫌じゃなかったよ」
「……なんか複雑」
「そこは許してほしいかな」
僕は恋愛感情というものを知らない。だから遥との間に、齟齬のようなものがあるのかもしれない。それは仕方ないことだ。だから僕は、少しずつ遥の気持ちを知っていきたい。自分の気持ちも、もう一度最初から。
夜中の遅い時間。遠回りをした散歩。それも、そろそろ終わりだ。しばらく歩いて、やっと家が見えてきた。
「晩御飯はどうする? リクエストがなければ僕が適当に作るけど」
ポケットから鍵を取り出しながら遥に問う。すると、シャツの裾をくいっと引っ張られた。
「……約束したじゃない。料理を教えてくれるって」
「……あぁ」
「『あぁ』ってなによ。もしかして忘れてたの?」
「そういうわけじゃないよ」
ただ、律儀に覚えていたのが意外だっただけで。
「そうだね、一緒に作ろっか」
「……うん」
料理を教える約束は、まだ続いてるんだ。いや、料理だけじゃない。
これからも色々なことを経験して、その度に小さな約束を積み重ねていって、途切れていた今までの時間をひと縫いずつ丁寧に紡いでいく。僕と遥ならそれがきっとできるから。
目の前にあるのは真っ暗な家。僕は鍵を開けて、電気を点けた。
色づき始める家の中。
僕と遥は、魔法の言葉を唱えた。
「──ただいま」