妹と仲直りしたい   作:Shinsemia

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 読んで下さる皆様に深い感謝を。


第四話

 

 

 窓から差し込む光が、静かに朝を彩り始める。朝の決まった時間に起きているからか、季節の変化というものをひしひしと実感する。ついこの間まではうだるような暑さが続く夏だったような気がするが、今はもう秋一色だ。

 秋と言えば、読書の秋という言葉がある。僕自身、読書は好きだし、ぎりぎり趣味と言えるものだった。

 

 ……そういえば、遥は文芸部に所属していたな。

 

 お弁当の準備をしながらぼんやりと考える。活動内容は小説の執筆だったり評論だったり、様々だと聞く。学校での茜との何気ない話の中で聞きかじった知識だ。それに、妹はコンテストで賞を取るくらいには実力がある。もし機会があれば、一つの話題として訊いてみるのもありかもしれない。

 

 ……妹の機嫌次第だけど。

 

 

「はい、遥。お弁当」

「……ん」

 

 

 いつものように、巾着袋にお弁当を入れて渡す。

 

 昨日から一夜明けた今日は金曜日。時間通りに起きて、ご飯の準備をして。妹もご飯が出来上がる頃にはリビングに降りてきて、朝食を食べた。昨日のことがあったとはいえ、さっきまでは普段通りの朝の時間を過ごした。

 

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 手早く食器を片付けにかかる。蛇口をひねれば冷たい水が出てきた。秋に入りたてとはいえ、朝はすっかり冷え込んでいる。水で濡れた手が冷たくて痛いけれど、少しの我慢だ。さっさと終わらせて僕も学校に向かおう。

 

 洗剤で泡立たせたスポンジで、カチャカチャと食器を洗う。

 

 

「……?」

 

 

 ふと、未だに動かない妹の姿が目についた。

 僕をじーっと見ながら、何か言いたそうだった。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 遥はお弁当箱を手に持ったまま動かない。だけど僕と目を合わせると、冷たくそっけなく、でもやわらかい口調で口を開いた。

 

 

「……なに言ってるの?」

「え?」

 

 

 カバンの中に弁当箱を入れ、制服のスカートをひらりとなびかせながら背を向けた。

 長い濡羽色の髪が美しく、さらさらと揺れる。窓から差し込む逆光に照らされて、きらきらと輝いているように見えた。

 

 遥がちらりと後ろを向く。

 そして、僕を横目に見て言った。

 

 

 

 

「学校、一緒に行くんでしょ」

「……あ」

 

 

 

 

 水道から流れる水の音が、一瞬消えた気がした。

 思い出すのは、つい昨日の出来事。

 

 

 

『一緒にご飯食べたいし、学校にも行きたい。それって、そんなに変なことかな……?』

 

 

 

 僕は昨日、確かにそう言った。紛れもない僕の本心だ。だけどまさか、妹の方からそう言ってくれるとは思ってなかった。僕の方から歩み寄るこそすれ、妹からはあり得ないだろうと思っていた。

 

 でもそれは、どうやら僕の思い違いだったみたいで。

 

 

「……」

 

 

 遥は居心地が悪そうにそわそわしていた。慣れないことを言っている自覚はあるのだろう。今までの態度を考えれば、ある意味自然なことだ。軽く腕をさする仕草は、昨日も見たものだ。

 

 

「……うん、ちょっと待ってて。すぐに片付けるから」

「……別に、ゆっくりでいい」

 

 

 いつもの朝。

 でも、ちょっとだけ違う展開。

 

 その変化は、僕には望ましいものだった。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 妹と二人並んで通学路を歩く。

 数年ぶりのことだ。

 

 通りすがる人々が、たまに僕たちに注目するのを感じる。双子の兄妹というものは珍しい。小学校の頃も一時期は騒がれたものだ。でも、それも所詮は一過性のものだった。

 

 

「……」

 

 

 妹は凛とした佇まいで、姿勢よく真っすぐに前を見て歩く。冷涼な美貌に怜悧とした相貌。鋭い目つきに刺々しさすら感じることもあるが、妹は学校では人気があった。モデルのような端正な顔立ちやすらりとした体型は憧れの的らしい。

 その一方で、近寄りがたい雰囲気をまとっているのも確かだ。クラスメイトがときどきそうやって噂しているのは僕も知っていた。

 

 でも、昨日の美玖を見る限り友達がいないわけではない。詳しい交友関係は知らないけど、孤立していないことに内心ほっとした。もっとも、妹の側からすれば余計なお世話かもしれないけれど。

 

 

「……なに? さっきからじろじろ見て」

 

 

 遥を見ていると視線に気づかれた。

 不審そうに眉をひそめる妹。僕はそれが妙に嬉しかった。

 

 

「だって、まさか許してくれると思ってなかったから」

「……許すって?」

「一緒に登校すること」

 

 

 妹に一緒に行きたくないと言われてからずっと独りだった。家を出るのも、家に帰るのも。

 原因は教えてくれなかったけど、今はこうして隣並んで歩いている。ちぐはぐな感じがして、どうにも不思議な気分だった。

 

 

「……」

「あ……責めてるわけじゃないんだ」

 

 

 黙りこくる妹に、慌てて訂正する。

 気を悪くしただろうか。

 

 

「ただ、僕は嬉しくて……」

「……そう」

 

 

 その声色に負の感情がないことが分かり、安堵する。言葉には気をつけなきゃいけない。こんなことでせっかくの仲直りのきっかけが台無しになるのは嫌だ。

 

 

「……遥って、文芸部だよね? 普段はどういう小説を書くの?」

「……いきなりなに?」

「なんとなく知りたくなったんだ。こういう話をすること、今までになかったから」

 

 

 妹は雑談を好まない方だ。自分の趣味嗜好を人に話すことは滅多にない。だから少しずつ、本当に些細なことから、妹との仲を取り戻していきたい。

 でも、流石に話してくれないか。そう思って別の話題を考えていたとき、遥がゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「……恋愛」

「……え?」

「だから、恋愛小説」

 

 

 

 僕は思わず立ち止まってしまった。それくらい、妹の口から出てきた単語が意外だった。

 

 ……恋愛? 

 

 

「なに、文句あるの?」

「あ、いや……」

 

 

 鋭く睨まれる。

 

 恋愛小説、か。恋愛を題材に小説を書いているのであれば、ひょっとすると妹は恋愛経験があるのだろうか。普段の様子からは色恋沙汰の気配なんて微塵も感じなかった。

 僕は恋愛なんてしてる暇はないから無縁の話だ。興味がないわけではないけれど……。

 

 

「そっか。やっぱり書くのって難しい?」

 

 

 妹は一瞬、質問に面食らったように目をしばたかせたが、やがて憂いを帯びた顔をした。

 

 

「……そうね、難しいわ」

 

 

 妹の視線の先には群青の空。昨日の夕方は曇っていたはずだが、いつの間にか広々とした紺碧が広がっていた。

 

 

「もしよかったらなんだけど、今度見せてもらってもいいかな?」

「え……」

 

 

 今度は遥が立ち止まった。体を硬直させ、呼吸すら止まったように微動だにしない。そして次第に、あり得ないとでも言うように、首を横に振った。

 

 

「だ、だめっ」

「……そっか、それは残念」

 

 

 いきなりこんなこと言われても、それは困るに決まってるか。だけど、いつかは読んでみたいと思う。

 

 妹がどういうことを考えて、どういう世界を創るのか。少しでも知りたい。そしていつか、昔みたいに……。

 

 空を見上げれば、雲一つない快晴。

 空は、いつもよりも明るく見えた気がした。

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

 朝の教室は静かだ。

 

 僕の登校時間が割合早いこともあり、クラスメイトが集まる前にここに着くからだ。それは僕の隣の席の茜も同じだったようで、既に着席していた。

 

 

「おはよう」

「あ……お、おはよ~」

 

 

 頬杖をついてぼーっと窓の外を眺めていた茜は、僕が声をかけるまで来たことに気づいていなかった。昨日のことを引きずっているのだろうか。茜の性格からして、そんなことはないと思ったんだけど。

 

 

「茜、ありがとう」

「……え、なにが?」

「昨日のこと」

 

 

 茜なりの気遣いは、彼女にとっては大したことじゃなかったかもしれない。僕という、大勢の友達の内の一人の悩みを気まぐれで聞いただけかもしれない。でも、僕はどうしても彼女に感謝の言葉を伝えたかった。

 

 

「実は、あれから妹とちょっと話したんだ」

「……そうなんだ、どうだった?」

 

 

 茜はふっと笑みを浮かべた。

 セミロングの茶髪が窓から吹く風に揺れる。優しく、甘い香りが鼻をくすぐった。

 

 

「うーん……よく分からなかったかな」

「え?」

 

 

 曖昧な言葉に首を傾げる茜。

 自分でも不明瞭なことを言っている自覚はあるけれど、はっきりとしたことは言えない。腹を割って話をした、とまでは言えないから。氷山の一角が顔を覗かせただけで、再び水面の下へと隠れてしまった。

 

 

「……でも、話ができるってだけでも充分なんだ」

 

 

 だって、一時期はほとんど無視みたいな感じだったから。会話のない食卓も、廊下ですれ違うときに見向きもされなかったことも、全部慣れきってしまっていた。

 でも、それじゃあダメだって、茜が思い出させてくれたんだ。

 

 

「そうできたのは、茜のおかげなんだ。だから、ありがとう」

「う……べ、別にそういうのいいからっ」

 

 

 昨日に引き続いて茜は照れたのか、わざとらしくぶっきらぼうに唇を尖らせる。その姿に、昨日、茜が途中で帰ってしまったことを思い出す。茜はもぞもぞと所在なげにしていて、彼女の特徴であるさばけた感じは今はなかった。

 

 

「それでなんだけどさ、何かお礼させてほしいんだ」

「え……。い、いや。いいよ別にっ」

 

 

 茜は気恥ずかしそうに腕をぶんぶん振って、断ろうとする。

 

 

「でもそれじゃあ、僕の気が収まらないよ」

「……カナって、変なところで強情だよね……」

 

 

 ぽつりと小さく言った。

 

 僕が強情だったことって今までにあっただろうか。少なくとも、学校でそういうところは見せた記憶はないんだけど……。案外、傍から見ると違ってみえるのかもしれない。

 

 

「うーん……あ」

 

 

 ふと、茜が何か思いついたように伏せていた顔を上げた。

 

 

「その……明日、空いてる?」

「空いてるけど……」

 

 

 明日は土曜日だ。特に予定は入っていない。

 

 

「じゃあ……その。買い物に付き合ってほしい……」

「……? そんなのでいいの?」

「……うん」

 

 

 しおらしく頷く茜の姿は、今まで見たことがなくて新鮮だった。

 

 しかし、出かけるだけか。それはお礼になっているのだろうか。何かプレゼントでもした方がいい気がする。やはりこういうのは形が大切で、感謝の気持ちがあればそれでいいかというと、首をひねるところではある。

 

 ……とにかく、何か考えておくとしよう。

 

 

「分かった。明日出かけよっか」

「……うん!」

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

 

 晩御飯も食べ終え、学校の課題もやり終わった。

 

 明日は土曜日だ。僕は専ら、休日は読書と家事で時間を潰しているが明日は違う。

 クローゼットの中からいくつか服を取り出して、ベッドの上に並べながら頭を悩ませ始めたのは結構前。明日着ていく服の選定だ。一緒に出掛ける人がいるのだから、恥ずかしい格好はできない。

 

 コンコン。

 

 ノックの音が響く。この家にいるのは僕を除いて一人しかいない。僕が「どうぞ」と言うと、ガチャっとドアが開く。

 

 

「彼方、お風呂」

 

 

 パジャマ姿の遥が姿を現した。

 お風呂から上がったばかりだからか、濡羽色の長い髪はかすかに湿り気を帯びてしっとりとしていて、頬はうっすらと朱い。

 

 時計を見れば、すっかりと針が進んでいる。どうやら長い時間考えこんでいたみたいだ。

 

 

「うん、分かった」

 

 

 ハンガーに掛かった服を整理しながら返事をする。持ってる服の種類は少ないが、組み合わせを考えればそれなりにパターンが多い。

 妹は僕の部屋の中が気になるのか、わずかに顔を覗かせた。僕が妹の部屋に入ることは許してもらってないけれど、僕の方は別に問題ない。見られて困るものもないから。

 

 

「……なにしてるの?」

「ん……ああ。明日着ていく服を選んでたんだ」

「どこか出かけるの?」

「ちょっと友達とね」

 

 

 茜は僕の友達だ。それも異性の。となると茜に恥をかかせたくないし、それなりの格好をして臨みたい。でも僕はファッションセンスなんてないだろうから、ネットで拾ったコーデを真似ようと思っていた。

 

 そうだ、丁度いいし妹の意見も訊いてみようかな。

 

 

「……それって、昨日言ってた女の子の友達?」

「うん、そうだよ」

 

 

 ……? 

 

 質問に答えると、何故か妹は不機嫌そうに眉をひそめた。そういえば、美玖に同じ話題を出されたときも同じような反応をされた。

 

 

「……そ、頑張ってね」

「え、あ……」

 

 

 一言告げて、遥はドアを閉めた。

 ベッドの上には色々な服が散らばっている。

 

 ……行っちゃったな。相変わらず不機嫌になるタイミングや理由ははっきりしない。けれど、一時に比べればマシだと思った。

 

 それにしても、明日はどうしようか。僕の方からプランを考えるのは当たり前だとして、茜は何に興味を持つのだろう。さばさばした性格からして、ゲームセンターあたりが妥当だろうか。あるいは、女の子らしくウインドウショッピングとかに行くのはどうだろう。

 

 いずれにしても、これはお礼だ。

 ちゃんと考えて、茜に楽しい時間を過ごしてもらおう。

 

 

「……あれ?」

 

 

 ふと、さっき妹に言われた言葉を思い返す。部屋から立ち去る直前に言われたこと。

 

 

「……頑張ってねって……なんだ?」

 

 

 

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