妹と仲直りしたい 作:Shinsemia
「お待たせー!」
アウトレットモールの中にある時計台付近のベンチに座っていると、聞き覚えのある溌溂とした声が耳に入った。声の方を向くと、セミロングの茶髪とショルダーバッグを揺らしながら走ってくる女の子。
クリーム色の肩出しセーターはふわりとやわらかそうで、明るい雰囲気を感じる。
あまり派手ではないフリルのついたグレーのスカートは等身大の女の子らしさが表れていて、裾から健康的な細い脚を覗かせていた。
タタッと駆け寄ってきた彼女は、はぁはぁと息を荒げながら膝に手をつく。そして、髪を軽く耳にかけながら、上目遣いで僕を見上げた。
「ごめんね……っ、はぁ……ちょっと、準備に手間取っちゃって……」
「いや、大丈夫だよ」
待ち合わせた時間から少し過ぎているが、別に気にならなかった。
今日は茜の買い物に付き合う日。
待ち合わせ場所をどこにするかメールで訊いたら、ここを指定された。しかし、買いものに付き合うだけというのもお礼にならない気がしたので、一応ここら周辺の店をリサーチして、良さそうな喫茶店をピックアップして連れて行こうかなと思ってる。彼女の買い物が終わったら、休憩がてら寄るとしよう。
「……あの、さ」
今日のプランを思い起こしていると、茜は脚をすり合わせるようにもじもじとしながら、訊いてきた。
「その……この格好、どうかな……?」
「良く似合ってるよ。可愛いと思う」
やっぱり、こういうのは気になるものなのだろう。休日にこうして会うのは初めてだから、僕の方も変な格好をしていないか少し緊張してる。
しかし、あらためて茜を見ると、おしゃれに気をつかってるのがよく分かる。学校の茜とは雰囲気が違って新鮮だ。
「そ、そうなんだ。……よかった」
ほっと胸を撫でおろす茜。茜なら割とどんな服でも似合いそうな気がした。
「ここに集合ってことは、やっぱり服?」
「うん。他にもちょっと、色々見たいのがあるから」
荷物持ちといったところだろうか。力にはあまり自信ないけど、精一杯務めさせてもらおう。
……
……
「カーディガンとかコートとか、冬物を見ようかなって」
茜の言に従って、店を転々と回る。しっくりくるものがないのか、ときどき試着したり、自分の体に合わせては元に戻したりということを繰り返していた。
「カナは何か欲しいものとないの?」
「服にはあまりこだわらないかな」
ブランドものとかもよく分からない。出かけること自体少ないし、安物をまとめて買うくらいだ。
父さんから僕と妹それぞれにお小遣いが支給されるが、めったに使うこともなく、ほとんど手つかずだ。そんなことよりも、家計のやりくりの方に頭を使っている。仕事で家に全然いない父さんに代わって普段の生活費に関しては僕が管理していて、それなりに大変だった。
でも今日くらいは、何かに使うのも悪くないかもしれない。
「えー、もったいないなあ。素材はいいのに」
「素材はいいのにって……」
つっけんどんな物言いに思わず言葉を失ってしまう。けれど、それが何故か面白くて苦笑してしまった。
「別に僕はいいよ」
「……そう?」
不安そうな茜。ひょっとすると、僕がいやいや付き合っているとでも思っているのかもしれない。そもそもこれは、茜に対するお礼なのだから僕のことは全く気にすることないんだけど。
「僕は僕で楽しんでるから」
茜は気の置けない友人だ。彼女の雰囲気がそうさせるのか、一緒にいて嫌だなと思うところは全くない。
普通は誰にだって、ここは良いけどここは嫌だなと思うところはあるものだ。だけど、茜にはそういうところがない。それが彼女の特徴……いや、魅力と言えると思う。
道行く人々とすれ違いながら次の店へと向かう。土曜日ということもあって、ショッピングに来てる人は中々に多い。家族連れやカップル。様々な人間関係がそこにはある。
「……あ」
ふと、茜がとある店の前で立ち止まった。僕も彼女の後ろから店の中を覗き込む。そこはアクセサリーショップだった。
「茜って、こういうのに興味あるんだ」
「え……あ、あはは。やっぱり、似合わないかな……?」
あたしって、女の子っぽくないし……と、自嘲気味に笑う茜。男勝りな性格があるところは否定しないけれど、かといって女の子らしくないなんてことはない。
……そっか。
それで今日会ったときも不安そうな顔だったのか。
今の彼女はいかにも女の子らしい格好をしてる。それが普段の自分のイメージとかけ離れてると思っているのだろう。
「……ちょっと中に入ってみようよ」
「え……でも」
「いいから」
半ば強引に茜を連れて店の中に入る。
小綺麗な店内の装いを見渡すと、ネックレスやブレスレット、他にも髪飾りなど、それなりの種類の女性用のアクセサリーが並んでいた。価格を見ると、そこそこ高いものもあった。ガラスケースの中に入ってるものなんかもある。
「色々あるんだね」
「う、うん……そうだね」
茜は居心地が悪そうにそわそわとしていた。茜が気にしていることはなんとなく察しているが、この場合、場違いなのはむしろ僕だ。
「茜はどういうのが興味あるの?」
問うと、恥ずかしそうにとある方向をちょこんと指さした。そこには細いチェーンのネックレス。先端には小さなハートが施されている。
試しに着けてみるように言うと、少し戸惑いながらもおずおずと手を伸ばした。首に回し、セミロングの髪を少しかき上げる。
さらっと髪をなびかせると、茜は上目遣いで僕を見た。
「似合うと思うよ」
「ほ、ほんと……?」
僕が頷くと、彼女はほっとしたようにはにかんだ。
「ちょっと、色々見ていってもいい?」
やっぱり興味があったみたいで、目移りさせながら商品を物色し始める。
それにしても、こういうところに来たのは初めてだから今更ながら緊張してしまう。店内にいるのもほとんど女性だし、浮いているのは間違いない。
やはりこういった装飾品というのは女性にとっておしゃれの一つなのだろう。周りの人もそれぞれ友達と楽しそうに話をしている。華やかな雰囲気が店内に溢れていた。
夢中になっている茜をそっとしておいて、辺りを散策する。それにしても、アクセサリーか。
そういえば小さい頃から、妹はこういうものには興味は持たなかった。装飾品の類を身に着けて出かけるところもあまり見たことがない。
「あ……」
──ガラスケースの中に、ひっそりと輝く小さな髪飾り。
それは花の形を模した小さなヘアピンだった。名札の説明欄には、アネモネの花を模したものであると書かれている。
白く彩られた精巧なあしらいは、決して目立つものではないけど、注視すれば美しいデザインであることが分かった。
……ヘアピン、か。
「すいません、これください」
我ながら現金なことをしてる自覚はある。別にこれで妹が心を開いてくれるだとか、機嫌を直してくれるだとか思っているわけではない。ただ、話のきっかけの一つにでもなればと思った。
店員にプレゼント用の包装をしますかと問われたので、お願いしますと答えた。ヘアピンは小箱に入れられ、その周りを覆うように包装される。
……思い返してみれば、僕は妹にプレゼントを贈ったことなんて一度もなかったな。それは逆もまた然りなのだけど。
本当ならアルバイトでもして自分で稼いだお金で買いたいのだが、学校から禁止されている。僕と妹の通う高校は、曲がりなりにも進学校だから。
紙袋を受け取り、茜の元に戻る。
彼女は相変わらず頭を悩ませていた。
「何か良いの見つかった?」
「うーん……」
茜は二つのアクセサリーを持って見比べていた。
迷っちゃうなぁ……と、首をひねっている。
「どっちにするか迷ってるの?」
「うん……カナはどっちがいいと思う?」
……僕に訊くのか。
茜が持つネックレスは、ハート形とフェザー形の二種類。先端の形状が違う程度の差だった。僕は別にどちらでもいいと思うけれど……。
僕はフェザー形のネックレスを示した。
「こっちかな」
「こっち? じゃあ、そうしようかな」
茜はあっけらかんと言って、即決した。
……って。
「いいの? それで」
「うん、カナに選んでほしかったから」
「……どうしてまた?」
問いかけると、茜は宙を見上げながら人差し指を唇に当てる。そして、軽くからかうような笑みを浮かべて言った。
「なーいしょ」
アクセサリーショップに寄った後は彼女の用も終わったので、僕の方から喫茶店に連れて行った。雰囲気もいい店で、彼女の方も喜んでくれた。ゆったりと話をしながら、店のおすすめであるコーヒーやケーキやらを楽しんだ。
そうしているとすっかり日も暮れてしまったので、茜を家の近くまで送った。彼女は遠慮したけれど、流石に一人で帰すのは躊躇われたから。最寄りの駅から数駅先まで乗って行って、そこで解散してから帰路に就いた。
時間を確認すれば、晩御飯の時間をとうに過ぎている。暗い住宅街に差し掛かり、数分ほど歩いていたがやっと家まで帰ってきた。
……今日はどうだったかな。
ちゃんと、茜に対するお礼になっていただろうか。
玄関のドアを開ける。
「ただいま」
靴を脱いでいると、リビングの明かりが目に入った。上がってリビングの中を確認すると、ソファに座りながら本を読む妹の姿があった。
「遥?」
「……おかえり」
遥は既にお風呂から上がった後のようで、パジャマに身を包んでいた。テーブルの上にはマグカップ。テレビもついておらず、静かな空間だった。
「晩御飯はちゃんと食べた?」
「食べた。そんな子ども扱いしないで」
本をパタンと閉じると、非難の眼差しを向ける。今朝の内にカレーを作り置きしておいたのだが、どうやらちゃんと食べてくれたらしい。
んーと背伸びをして、肩をほぐす。久しぶりに遠出したからか、くたくただった。
「私、もう寝るから」
「あ……待って」
部屋へ戻ろうとする遥をとどめる。今の内に渡しておかないと機会がなさそうだ。
紙袋をごそごそと漁る。妹はそんな僕を訝しむように見ていたが、一先ずそれを無視した。
紙袋の中から例の小箱を取り出して、差し出す。
「……?」
「ちょっと開けてみて」
遥に開けるよう促す。相変わらず不可解な面持ちのままだったけれど、僕の言う通り包装を丁寧に開いて、シンプルな意匠の小箱を膝の上に乗せた。
そして蓋を、パカっと開いた。
「あ……」
遥は中に入っていたものを見ると、小さく声を上げた。そこにあるのは花形のヘアピン。
そして、困惑した目を僕に向けた。
「これ……どうして、いきなり」
「アクセサリーショップに立ち寄ったんだけどさ。遥に似合うかなって」
「だから、そういうことじゃなくてっ」
珍しく言葉につかえる遥。
その姿にサプライズが成功したみたいな気持ちになって、軽く笑みを浮かべた。
「今までさ、兄らしいことを何一つしてなかったから。何かプレゼントでもと思ったんだ」
「……だって、私たちは双子じゃない。どっちが上とか、あんまり関係ない……」
「まあ、そこはあまり気にしないで」
これは自分なりのけじめみたいなものだ。床に臥せっていた、あのときの母さんの言葉を忘れないための。
……というのは、半分本音で半分建前。僕がただ純粋に、妹がこの髪飾りをつけている姿を見たいだけだった。
「……デートしてたんじゃないの?」
「え? ……いや、デートじゃないよ。相談に乗ってくれたお礼に、買い物に付き合ってただけだよ」
「……相談?」
「うん、ちょっとね」
流石に本人には言えないけど。
「……」
遥は髪飾りをぼうっと夢心地のように眺める。やっぱりこうして見ると、このヘアピンは妹の長い濡羽色の髪に良く映えると思う。
でも、無理強いはできない。
「もし趣味に合わなかったら、捨てるなりなんなりしていいから」
「……え……」
頬をかきながら冗談めかして言う。
物置程度の存在にはなってくれると嬉しいけれど、どうだろうか。僕は男だし、妹がどういったものを好むかは分からない。妹は普段からヘアピンとかはつけていないし、邪魔になる可能性だってある。
……ああ。
考えれば考えるほど、良くない気がしてきた。
マイナスな思考がどんどん湧いてくる。僕はいつも失敗してばかりだ。妹からしたら、僕がこれで機嫌を取ろうという浅ましい思考をしていると思われてもおかしくはない。
そんな負の渦に飲み込まれそうになる寸前。
ふっと風を切る音が聴こえて。
「──捨てるわけない!」
──いつの間にか、僕の間近に妹がいた。
透明感のある瞳がはめ込まれた双眸が、立ったままの僕の顔を下から覗き込む。
きゅっと真一文字に結ばれた桜色の唇。
長いまつ毛に縁どられた大きな瞳。
ふわっと香るのはシャンプーとコンディショナーの甘い匂い。熱を帯びた瞳は水面に揺れるようにわずかに揺らめいていて、頬はかすかに赤かった。
しん……と、突然訪れた静寂。小さな息遣いだけが聴こえる。身を乗り出す妹の長い黒髪が、さらさらと揺れた。
「……捨てるわけ。ない、から……」
小さく呟くと、再びソファにぽすんと座る。そして、髪飾りの入った小箱を大切そうにぎゅっと胸に抱いた。
まるで、宝物でも扱うようにそっと優しく。
でも、力強く。
その反応が妹らしくなくて、僕は一瞬、言葉を失った。
「あ……えっと……」
妙な沈黙が場を支配する。さっきまで近寄りがたかった雰囲気は一気に霧散し、どこか背中がむず痒くなるようなくすぐったさが残った。
「……そっか。そうしてくれると嬉しい」
「……」
黙ったまま、小さく頷く。
素直な反応に戸惑ってしまう。気の強いところのある妹だけど、今はそんな気配は全くなかった。
「わ、私。もう行くからっ」
「あ……」
荷物を手早くまとめると、遥はそそくさとリビングを出て行ってしまった。ポツンと一人取り残され、静寂がこの場を支配する。
正直、思っていた反応と違った。もっと興味なさげに一瞥するだけか、受け取ってくれるにしても、そっけない感じだと思ってた。
……僕からのプレゼント、ちょっとは大切に思ってくれているのかな。もしそうだったら嬉しい。
「……ふぅ」
ソファに深くもたれかかる。今日は久しぶりにたくさん歩いて疲れた。
上を見上げればリビングの白い照明。僕以外は誰もいないリビング。話し相手もいないし、時計の針の進む音しか聞こえない。
でも不思議と、もう少しここにいたいと思った。