妹と仲直りしたい 作:Shinsemia
テスト期間も近づいてきた今日この頃。あまり勉強をしていなかったり、課題をサボったりしてた人たちが地獄を見る期間。でも、僕も人のことは言えない。頭がいいとは言えないし、成績も微妙な方。それなりに努力しても、所詮はその程度のもの。
本日最後の授業も終わった。荷物をまとめて教室を出る。
「……あれ、彼方くん?」
これから先のことを憂いていると後ろから声がした。
振り返れば、ショートカットの黒髪とロングの黒髪。美玖と遥だ。
二人並ぶと、姉妹のように見えなくもない。彼女は「奇遇だね!」と言ってこちらに寄ってきた。
奇遇も何も、同じ学校なのだからごく自然なことではないだろうか。僕がなんとも言えない顔をしていると、美玖はこてんと首を傾げた。あざといポーズに見えるけど、それが彼女に似合っていた。
「一緒に帰ろ!」
以前も似たようなことがあった。そのときは買い物帰りに偶然、美玖と遥にばったり会って、成り行きで一緒に帰った。
妹の方を見る。もし嫌そうな顔をしていたら、僕は一人で帰るつもりだった。けれど、意外にもそんな顔はしていなくて。
「……いいわ」
そっけない口調はそのままだったけど、声音はどこかやわらかくて。長い黒髪をさらりと撫でながら言った。
その髪には、白く輝く花形のヘアピン。
僕がプレゼントしたのが数週間前。その翌日から早速つけてくれた。最初に見たときはまさかつけてくれると思ってなかったから、二階から降りてきて妹の髪を見て、しばらく呆然としてしまった。
「……」
僕がヘアピンをぼうっと見ていると、妹がそのことに気づいて気まずそうに髪を触った。濡羽色の艶めかしい輝きの中で、ひっそりと咲く一輪の花。決して派手ではなく、凛然とそこに存在する様は、妹にぴったりだと思った。
「……じゃあ、一緒に帰ろっか」
「うん!」
美玖は元気に頷いた。相変わらずフレンドリーというか元気な子だ。
校門を出て帰路に就く。この期間中は部活動もないため、いつも自分が下校するときに比べるとだいぶ人が多い。隣接する街路樹を横目に、涼しい風が吹く道を歩く。秋は不思議な季節だ。春のように暖かくはないけれど、どこか優しい冷たさがある。
歩く最中、テストの話題が上がる。お互いに成績は中間あたりをうろうろしているようで、特筆すべきことなどなかった。一方、妹については言わずもがな。成績優秀、品行方正とは正に妹のことを表していた。
「彼方くんと遥って、一緒に勉強とかしないの?」
「……そういえば、したことないかな」
中学生になってから僕は、妹に避けられていたから。
「じゃあ、遥に教えてもらえば? 彼方くんは知ってると思うけど、遥ってすごく成績いいし」
当然知っていることだ。僕よりもあらゆる面で秀でた才能を持つ妹に対して劣等感を抱いたこともある。
……まあ、僕の心情はどうでもいいとして、一緒に勉強か。流石に妹は嫌がると思う。だって僕は物分かりが悪い方だし。そもそも僕を部屋に入れないのだって、一人が好きだからだろう。
妹の方を見れば、やっぱり──
「……別に、いいけど」
「……え」
ぼそっと。
でも、確かに聞こえた。
遥は鞄を肩に掛け直し、腕をさする。白く綺麗な肌をした頬は、うっすらと朱に染まっているのが分かる。僕と視線を合わせようとはせず、わずかに目を逸らした状態のままだった。美玖は、「ほら、遥もこう言ってるんだし!」と強く勧めてくる。
そもそも、それを言うなら美玖自身が勉強を見てもらうという発想にはならないのだろうか。
……。
「えっと……じゃあ。後でお願いしてもいいかな」
「……分かった」
美玖を間に挟んだ向かい側に遥はいる。その表情は良く見えなかった。美玖はというと、僕の視線に気づくとにっこりと笑った。
なんだか狐につままれた気分だ。彼女を通して妹と話をする。美玖はクッションみたいな存在だなと思った。
……
……
美玖と別れ、妹と二人きりになる。今日はたまたまテスト期間のため帰りが一緒になったが、普段の下校は別々だ。妹は部活があるから。
秋の風が吹いてきて、わずかに目を細ませる。枯れ葉がひらりと落ちゆく。そろそろ本格的に冷え込む時期だ。一年が経つのはあっという間で、僕も妹も今や高校生。同じ時に生まれ、同じ時間を過ごしてきた。
吹いてくる風に、そっと髪を抑える妹。さらさらときめ細やかな黒髪が揺れた。肌寒いのかかすかに身を震わせているようにも見える。かく言う僕も同じで、もう少し下に着こんで来れば良かったと後悔した。
こうなるとやっぱり温かいものでも食べて、体の芯から温まりたい。
「……っと、思い出した」
「……?」
「遥、先に帰ってて。僕は買い物してから帰るから」
夕飯の材料がなくなっていることを思い出した。このままだと夕飯が作れない。
「……私も行く」
「え? いや、僕一人で大丈夫だよ」
「いいから」
方向転換して商店街に向かおうとする僕の横に着いてくる遥。別に、僕一人でも荷物は持てるんだけど。
もしかしたら、料理のリクエストでもあるのだろうか。まあ、僕と妹の好物はほとんど一致してるから、リクエストされなくてもお望み通りのものは出せると思う。
家のある方とはズレた道に差し掛かる。隣の妹は、普段通りの冷然とした佇まい。怜悧な相貌を崩さず、真っすぐに前を見て歩く。しかし、まさか買い物に着いて来てくれると思わなかった。
今日はシチューを作るつもりだ。妹にそのことを伝えると、首を小さく動かし同意。
最近の妹との関係は、前みたいにとは言い難いけれど少しは元に戻れてるのかなと思った。まだ妹から避けていた理由を明言されたわけじゃないから、根本的な解決には至ってない。それでも、ゆっくりとわだかまりが解けていくことを祈った。
しばらく歩くと商店街に着いた。野菜や果物を売る八百屋、質の良い肉を売る精肉店。この辺りには顔なじみが割と多く、たまにおまけしてもらうこともある。高校生でこうも頻繁に食材を買いに来る人はやっぱり珍しいのだと言っていた。僕たちの場合は、事情が事情だから仕方ない。
「あ……どうも」
考えたそばから、八百屋のおじさんに声を掛けられる。すると、隣の妹の存在に気づいたようで、ニカっと笑った。
大きくなったなあと、感慨深そうなおじさん。妹は記憶がないのか、戸惑っていた。
この商店街は僕たちが幼い頃からある。その頃は、母さんに連れられて何度もここら辺に来たことがあるからおじさんは僕たちのことを覚えてる。シチューに必要な野菜をいくつか選ぶ。おじさんは気を良くしたようで、いつもよりサービスを多めにしてくれた。ありがたいことだ。他にも肉やシチューのルウが必要だ。それと、明日と明後日の分の食材を買っておこう。
店を次々と回る。ときどき顔見知りの店主やおばさんに挨拶をしながら回っていると、いつの間にか両手にはいっぱいのレジ袋だ。
「……彼方、私も持つ」
「ん……。じゃあ、こっちお願い」
流石に見るに見かねてか、妹は僕が片手に持っていたレジ袋を取る。それにしても、不思議な光景だ。妹と食材の買い出しに出かけることなんて今まではなかった。
「……いつも、こんなに重いもの持ってるの?」
「え? ……そんなに重いかな」
確かに今日は普段よりも多めに買い物をした。だけど、そこまで気になるものじゃない。妹は華奢な方だし、負担が大きいのかもしれない。
「重いならやっぱり僕が──」
「い、いいっ。私が持つ」
僕の手から逃れるように身を退く。
……本当に、なんだろう。
気が強いと言うか強情というか。
今だって重そうに顔をしかめているし、内心では我慢しているのだろう。でも自分から持つと言い出した手前、今更投げ出すわけにはいかない。真面目な妹らしい責任感だった。
「……じゃあ、こうしよっか」
「あ……」
ぐいっと。
遥に近づいてレジ袋を一緒に持った。こうすれば妹も持てるし、僕も手伝える。
気まずそうに顔を背ける妹。別に気にすることじゃないし、むしろ手伝ってくれてるからありがたい。
「手伝ってくれてありがとう、遥」
「……別に」
ふいっと、顔を逸らす妹。気まぐれで手伝ってくれただけかもしれないけれど、僕はそれが嬉しかった。
夕飯を食べ終わって、テスト勉強をしていた。遥は自分の分の勉強を終わらせてから僕の分を見てくれると言っていた。なので、それが終わるまでは僕も一人で勉強だ。
授業の合間に茜とも話をしたが、僕は勉強が得意ではない。茜も同様で、赤点を取らないように頑張らないと、と言って張り切っていた。部活に入っている人が赤点を取ると、当然補習に時間を取られて部活に参加できなくなる。陸上部みたいに大会に出るような部活はそこの辺りがやっぱり厳しい。
勉強してから二時間ほど経った。教科書に載っている例題や、章末問題を一通りやったが、いまいち理解できない部分というのがやっぱり出てくる。
「……ふぅ」
さて、そろそろ遥のところに行ってもいいだろうか。妹に勉強を教わるというのも中々に情けない話だ。自分に思わず苦笑してしまう。
自室を出て妹の部屋の前に向かう。廊下は涼しく薄暗い。しかし、妹の部屋のドアからはかすかに光がもれていた。
部屋の前に着き、コンコンとノックする。
「……あれ?」
もう一度ノックする。でも、やっぱり返事がない。妹にはこのくらいの時間に来てほしいと言われていたのだが。
一度、下のリビングに降りる。けれど誰もない。そこには静謐な空間が広がるだけだった。お風呂に入ったという可能性も考えにくい。いつも、夕飯を食べ終わってすぐに入るから。
階段を上り、妹の部屋の前まで戻ってきた。三度目のノックをしても、返答はなかった。
妹はこういった約束ごとに関しては義理堅い。だから、忘れているということは考えにくいし、そもそも返事がないのもおかしい。
……申し訳ないけど、開けさせてもらおう。
入らないでと言われてはいるけれど、これくらいは許してほしい。僕自身、妹の部屋が今どうなっているのか知りたくもあったから。
キィ、とドアが開く音がする。
どこか懐かしさを孕んだ香り。
久しぶりに見る妹の部屋は、女の子の部屋にしては殺風景だった。本棚、テーブル、勉強机、化粧台。アンティーク調のものが多く、可愛らしいというよりはシックな感じだ。女の子らしい、かすかに甘い香りを伴う部屋の中は、記憶の中のものと随分違っていた。
そして、妹は。
「……」
すぅ、すぅと。
小さな寝息。
ノートや教科書類を開きながら突っ伏すのは僕の妹。
パジャマ姿で、女の子座りの格好をしたまま寝ている。普段の冷然とした佇まいなど、ともすれば幻だったのではと思うほどに。
相当に珍しい光景だ。妹は基本的に部屋にこもっているから、こうして眠る姿を見るのはかなり久しぶりのことだった。
部屋にそっと足を踏み入れる。このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。下から毛布でも持ってきて、かけてあげた方がいいだろうか。でも、そうしたら僕が部屋に入ったことがバレてしまうし……。
そんなジレンマの最中の僕のことなんて露知らず、妹は穏やかな顔で寝息を立てる。白い肌を滑る艶やかな黒髪。そして、花形の白いヘアピン。こうしてつけてくれているのを見ると、どこかくすぐったくなるような温かさが心に灯る。
……プレゼントしてよかったな。
「……ん……」
小さく身じろぎする妹。一瞬、目を覚ましたのではないかと思いドキッとしたが、どうやら杞憂だったらしい。長い黒髪の隙間から見える横顔は穏やかだった。
妹が動いた拍子に、テーブルの上のシャーペンがころころと転がる。
そして、何かにぶつかって止まった。
その先には見慣れない一冊の本。教科書やノート類に混じっていて気づかなかった。青を基調とした涼しげなカバーが綺麗な一冊の本がそこにはあって。
手に取って表紙に書かれた英単語を確認する。
そこには、”DIARY”と書かれていた。
……日記? なんとも珍しいものだ。日記なんて。小学校の頃に宿題で書かされていた記憶しかない。しかし、遥はこういうものを書くのか。文芸部に所属しているし、そもそも文章を書くことが好きなのかもしれない。
「……?」
よく見ると、表紙と一ページ目の間に何かが挟まっている。僕はそれを、ゆっくりと抜き出した。
「……あ……」
──挟まっていたのは、一枚の写真。
色褪せないようにフィルムでカバーされた向こう側にあるのは、幼い頃の僕と妹。おそらく昔、親が撮ったものだろう。
夕方の公園にいる僕は、妹と手をつないでにこやかに笑っていた。覚えていないくらい昔の、小さな思い出。
……妹は、ずっとこの写真を持っていたのか……。
「……」
そっと写真を戻した。
遥が僕を嫌っていないという言葉。別に信用してなかったわけじゃないし、嘘をついてるとも思ってはいなかった。
だけど今一度。
こうしてその証を偶然にも発見して、心の底から安堵した。
「……」
時間を見れば夜の十時。
今起こすのも可哀そうだし、このまま寝かせておこう。
……おやすみ、遥。
心の中でつぶやき、部屋を後にした。