妹と仲直りしたい   作:Shinsemia

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第七話

 

 

 

『こわいよぉ……! かなたぁ……!』

 

 

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

 汗ばんだ体が嫌に苦しくて目が覚めた。秋の真夜中なのに、じとっとよどんだ空気。耳を澄ませば、しとしとと水の滴る音。

 

 緩慢に体を起こす。額にかいた汗で髪が貼り付いて鬱陶しい。

 カーテンを開けば、真っ暗な視界の中を無数の線のようなものが(よぎ)った。今日という日の天気はどうやら悪そうだ。近頃はそんなに悪い天気じゃなかった。雨が降ることも少なかったし、清々しい青空ばかり見ていた気がする。

 

 けれど、今日は違うようだ。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 何か夢を見ていた気がする。遠い昔の、郷愁に満ちた記憶。

 しかし、それは目を覚ますと同時にひどく曖昧なものへと変化し、微睡の向こう側へと溶けていった。

 

 ……それにしても雨か。嫌だな。

 

 濡れてしまうから洗濯物も干せないし、傘をささなきゃいけないから買い物に行くのも一苦労する。思考はいつだって、生活のことで埋め尽くされる。父さんが仕事で家にいないのだから、当然のことではあるのだけれど。

 

 ベッドから降りる。

 無性に喉が渇いたので、水を飲むために部屋を出てリビングに向かう。トントンと廊下を踏む足音が響いた。

 

 リビングの電気を点けると、パチッとスイッチを押す音と共に、眩しい光が目を襲った。

 目を細めると、ぼやけた不明瞭な視界が徐々にその輪郭を取り戻す。真っ黒なテレビ、規則正しく時を刻む時計の針。それらを視界に収めながら、コップを手に水道の蛇口をひねった。

 

 あおるように口に含み一気に飲み干す。乾いた砂漠に一滴の水を垂らすように、あっという間に吸収された。

 

 

「……はぁ」

 

 

 コップをシンクに置く。こうして水分補給をしたが、頭の中がもやがかったような気持ち悪さは抜けないままだ。

 なんとなく部屋に戻る気分にもならず、気まぐれにテレビをつけた。リモコンのボタンを押す感触は久しぶりだ。最初に目に入ったのは深夜のテレビニュース。どうやら天気は予想以上に悪いみたいで、明日の午後から雷が落ちると話していた。

 

 チャンネルを変えて他の番組を確認すれば、深夜アニメやよく分からない特番がやっていた。しかし、いずれも心惹かれるものではなくただのノイズのようにしか聞こえない。

 

 ……妙に寝つけない日だ。

 

 というよりも、何故目を覚ましてしまったのか。普段は一度眠りについたら朝まで起きることはないはずなのに。

 

 テスト期間も終わって、気が緩んでしまったのだろうか。しばらく集中して勉強してたから。

 

 妹の教えの甲斐あってか、成績もそこそこ伸びた。自分で勉強して分からないところを一通り洗い出して、遥にまとめて質問する。そういう形式で見てもらっていたのだが、意外とすんなり理解出来るもので、妹の教え方が上手いのが分かった。

 

 もっとも、やっぱり部屋には入れてくれなかったから、遥の部屋を訪ねて僕の部屋に来てもらうということの繰り返しだったけれど。

 

 いずれにせよ、妹との交流が増えたのは僕にとってささやかな幸せだ。

 

 

「……」

 

 

 ピッ、とテレビを消す。

 ここにいても意味はない。部屋に戻って寝直そう。

 

 一つ欠伸をもらしながら、リビングの電気を消した。

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

 その連絡が来たのは早朝のことだった。学校からの連絡があって、今日は休みになることが伝えられた。天気予報によると、午後の天気が著しく悪くなるらしい。午前中はそこまでではなかったけれど、大事をとって休校にするのだと言っていた。

 

 今朝、起きてきた妹にそのことを教えると、一つ嘆息して部屋に戻って行った。まあ、気持ちは分かる。折角早起きしたのに肩透かしを食らった気分だ。

 

 結局今日は、家にずっと引きこもったままだった。

 

 

「……それにしても、一日中休みになるとはね」

 

 

 リビングのキッチンから外を眺めながらぼやく。外の雨風は強く、窓をガタガタと揺らしている。

 

 今は既にすっかり日も暮れて夜だ。時間が経つのはあっという間で、冬に近づくにつれて日もどんどん短くなっている。

 晩御飯の準備を進める手を止めず、今日を振り返る。といっても、大したことはしていない。今日は一日中、本を読んで過ごしただけだから。

 

 思えば、僕の趣味が読書になったのは妹の影響が大きかった。妹が中学の頃から文芸部に所属していたのは知っていたが、その頃にはもう、僕は避けられていた。だから、何か妹と接点を持つために本を読むことを始めた。

 

 妹がどういうジャンルを好むのかは分からなかったら、とにかく活字であれば何でも読んだ。だけど、結局その引き出しを使うこともなく、ただの趣味になった。

 

 ……そういえばこの間。妹にどういう小説を書いてるのか訊いたら、恋愛小説だと言っていた。

 

 おたまで味噌汁を混ぜながら思い出す。

 固まっていた味噌はお湯に溶けていき、やがて境界がなくなった。

 

 

「……」

 

 

 妹にはそういう、いわゆる恋愛する相手がいるのだろうか。その手の噂は特に聞いた覚えもないし、正直イメージも湧かない。

 

 ……でも、もし。

 妹が本気で好きになるような人が現れたら。

 

 僕はきっと、心の底から祝福できるだろう。

 

 

 ──妹が幸せになること。

 

 

 母さんが亡くなってから、僕はそれだけをずっと考えてきたのだから。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 夕飯も食べ終わり、お風呂から上がった。

 湯だった体を冷ますように、パタパタと手で扇ぎながらリビングに向かう。

 

 ソファには妹が座っていて、姿勢よく本を読んでいた。

 

 これも最近の変化の一つ。僕がお風呂から上がると、妹はこのリビングで就寝の挨拶をしてから寝るようになっていた。

 日常生活の中のちょっとした変化。他人から見ればきっと些細なことで、取り立てて話すことじゃないかもしれない。

 

 だから僕は、この状態を自然なものとして受け入れる。これが”異常”ではなく”正常”なことであると信じて。

 

 

「また強くなってきたね……」

 

 

 カーテンを開く。雲はそこにあったはずの夜空を全て覆い尽くしていた。そして、相変わらずの激しい雨。びゅうと吹く風は遠くにある木々をなぎ倒す勢いで、窓はガタガタと揺れ動いていた。

 

 

「彼方。私もう寝るね」

「あ……うん。おやす──」

 

 

 ──その瞬間。

 

 ピカッと、鋭い稲光が奔った。

 

 

「うわっ」

「きゃっ!」

 

 

 数舜遅れて、轟くような音。

 びしゃんと地面を激しく打つ音の後に、ゴロゴロした残響音のようなものが、地響きのように家を揺らす。

 

 激しい雷が、リビングにいる僕たちを襲った。

 

 荒れ狂う空が、一筋の雷を落とした。神の怒りに触れた咎人を罰するように。触れてはならない禁忌に足を踏み入れた者を叱責するように。

 

 そしてまた、一際大きな輝きが見えて。

 うねりを上げるような大きな音が窓を震わせた。

 

 

「──あ」

 

 

 ふっと、辺りが真っ暗になった。気づけばリビングに点いていたはずの明かりが消えていて、いきなり暗闇の中に放り出された状態になっていた。どうやらブレーカーが落ちてしまったらしい。

 

 ……とりあえず懐中電灯を持ってこないと。

 

 

「か、かなたっ。いる?」

「ん……?」

 

 

 妹の慌てた声が聞こえる。暗闇に視界が慣れていないため、声のした方を見ても妹の姿は見えない。停電なんてそうそうあるものじゃないし、不安な気持ちになるのは分からなくもなかった。

 

 不明瞭な視界の中、記憶を頼りに壁伝いに歩こうとする。

 

 

「いるよ。ちょっと懐中電灯持ってくるから、座っ──」

「ま、待って!」

 

 

 けれどその瞬間。

 鋭い声が聞こえてきて、足を止めた。

 

 ぎゅっと腕を掴まれる感覚。小さく柔らかい手の感触が、パジャマ越しの僕の肌に伝わった。本当に偶然だが、妹の手は僕の腕を掴んだらしい。

 

 

「……遥?」

「……一人に、しないで……」

 

 

 ふるふると。腕に伝わる妹の震え。

 顔は全く見えないが、遥は雷にひどく怯えているようだった。

 

 ……なんだろう。前にも似たようなことが──

 

 

 

『こわいよぉ……! かなたぁ……!』

 

 

 

 ──一つの光景がフラッシュバックする。

 

 僕の肩に顔を埋めるのは妹。目をぎゅっと瞑って、びくびくと震えながらしがみついていた。幼い頃の記憶の一欠けらが、失われたピースを埋めるようにカチッとはまる。そしてそれは、鮮明な記憶となって呼び起こされた。

 

 ……そうだ。

 遥と一緒の部屋だった頃、同じようなことがあったんだ。

 

 どうして僕は忘れていたんだろう。

 妹は、雷が苦手なんだ。

 

 

「……足元に気をつけて」

 

 

 ぐっと。妹の手を握った。

 温かくたおやかな人肌の感触に包まれる。

 

 突然手を握った僕に対して、妹は何も言わなかった。切れ味の鋭いナイフのような気の強さはなりを潜め、ただ雷に怯える子どものようだった。

 

 玄関の靴箱に隣接する棚には、懐中電灯が入っている。幸いにもすぐに見つかって、ちゃんと機能することを確認した。真っ暗な世界を、一筋の光が照らす。

 

 しかし、妹はそれでも怯えているようで、ゴロゴロと響く外の轟音に身を震わせていた。停電自体は大したことじゃないが、雷はやっぱりダメみたいだ。

 

 僕たちの住むこの家には、脱衣所にブレーカーがある。いざというときのために脚立も置いてあるので、あとはブレーカーのスイッチを入れるだけだ。

 リビングを通り、脱衣所まで来ると、先ほどお風呂に入っていたことの名残か、かすかにむわっとした空気が僕たちを迎え入れる。

 

 妹の手を離す。

 

 

「あ……」

 

 

 名残惜しそうな、寂しそうな声が聞こえる。でも、暗闇に目が慣れてきたのか。またしがみついてくるようなことはなかった。

 

 脚立を設置し、懐中電灯で照らしながらブレーカーを確認。パチンと、スイッチを入れる。

 

 白い光が部屋を灯した。

 

 

「これで大丈夫だね」

 

 

 激しい雨音と、強く吹く風。

 更に、雷のゴロゴロとした音。

 

 外は悲惨な状況だろう。自然災害に対しては人は無力で、抗うことができない。偶発的に発生したそれらに対処する術なんて無いに等しい。

 

 ……こういうときは、さっさと寝てしまうのが一番かもしれない。

 

 

「じゃあ、寝よっか」

「え……」

 

 

 外はうるさいし、唯一の趣味ともいえる読書に集中できる状態じゃない。もっとも、眠るうえでもそれは同様なのだけれど。

 

 上に向かうためにリビングを出る。

 

 ──くいっ。

 

 

「……?」

 

 

 そんな僕のパジャマの袖を妹が掴んだ。ちょこんと、控えめに。

 妹は唇をきゅっと結んだまま何も言わない。ただ無言で、何かを訴えかけるように袖を引っ張っていた。

 

 けれど次第に、口を開いては閉じてを繰り返し始めて。

 やがて、小さく蚊の鳴くような声で言った。

 

 

 

 

「今日、だけ……。一緒に寝ても、いい……?」

「え……」

 

 

 

 

 

 恥ずかしいのか、顔は俯かせたままだった。ただ、震えたままの手の振動だけが妹の状態を表していた。まるで、迷子になった子どもが、やっと見つけた親の手を掴むように。

 

 

「一緒に寝るって……」

「……」

 

 

 遥は何も言わない。僕もまた、まともに答えられない。あれだけ僕を拒絶していた妹の甘えるような姿が、あまりにも衝撃的で、でもやっぱり懐かしくて。

 

 無神経かもしれないけど、今日の天気が雷であることにちょっとだけ感謝した。

 

 

「……遥はいいの?」

「……」

 

 

 パジャマを握る手が、一層強くなった。

 

 ……そっか。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 パチッと部屋の電気を消す。

 

 ベッドに身を潜り込ませた。僕がいつも寝てるベッドだけど、スペースが狭く感じる。それは当たり前のことだ。だって、今はこのベッドに二人も寝ているのだから。

 

 妹は僕がベッドに入ると、かすかに身をすくませた。正直、妹がベッドで僕が布団でも敷けばそれでいいんじゃないかと思ったけど、パジャマを握る手を離してくれなかった。

 

 

「やっぱり、ちょっと狭いね」

「……うん……」

 

 

 激しい雨が窓に叩きつけられる音が騒々しい。そのせいか、妹もやっぱり眠れないみたいだ。

 

 

「その……。ごめん、彼方」

「なんで謝るの?」

「……だって、嫌でしょ? こんなにくっついて……」

 

 

 薄暗くて妹の顔はよく見えない。でも、震えた声音から察せる感情は分かりやすいものだった。不安や恐怖。妹は、やっぱり僕の妹だった。

 

 

「全然嫌じゃないよ。むしろ、こうして頼ってくれて嬉しい」

「……そう、なんだ」

 

 

 妹の温もりを傍で感じる。

 

 

「……そっち向いてもいい?」

「……いいよ」

 

 

 天井を向いたまま答える。

 隣で身じろぎするように動く妹。

 

 そして、僕の肩にそっと触れた。

 

 母さんが亡くなってから、妹は甘えるべき相手がいなくなってしまった。父さんは当時も仕事で忙しかったし、親戚だって近所には住んでいない。

 

 強いて言うなら、兄である僕がその対象になるべきだった。でも、僕たちは双子だ。この間も遥が言っていたが、どちらが年上だとか、年下だとかはあまり関係ない。僕と妹は、鏡合わせのように同じ存在だ。だから、僕もどう振舞うべきか初めは分からなかった。

 

 だけど、自分なりに色々考えた。家事だって妹の遊び相手だって、何だってした。僕は兄だから、我儘なんて決して言わない。学校で嫌なことがあっても、父さんが家にいなくて不安なときも、弱音なんて言わない。僕が兄であるために必要なことはやってきたつもりだった。

 

 その結果、僕は妹に避けられるようになった。

 

 どこで何を間違えたのか、今でも分からないままだ。

 

 

「……」

 

 

 本当はすぐにでも訊きたかった。僕を嫌っていないのであれば、どうして僕を避けていたのかって。

 ……でも、今訊くのは卑怯な気がした。それは、怯えて弱っているところにつけ込むようなものだから。

 

 だから、これは答えてくれなくていい。

 

 

「……僕さ、やっぱり分からないや。どうして遥が僕を避けるようになったのか」

 

 

 独り言のように呟く。

 

 中学生に入った頃。それは、妹が僕を部屋に入れてくれなくなった時期でもある。父さんが出張で家を空けることが多くなったのもその頃で、僕は家族がバラバラになってしまったような錯覚に陥った。自分に足りないもの分からないまま、ずるずると時間ばかりが過ぎてしまった。

 

 

「でも、いつか……。教えてくれると嬉しいな」

「……」

 

 

 返事はなかった。

 もう、眠ってしまったのだろうか。

 

 ふあ、と一つあくびをする。

 心地よい微睡が僕を誘う。意識が埋没していく。

 

 

「おやすみ……」

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

『かなたー!』

 

 

 

 幼い妹が駆け寄ってきて僕の手を握る。ぽかぽかした体温が熱いけれど、それが妹の確かな温もりだった。

 

 

 母さんが亡くなってから数ヶ月。

 妹もやっと立ち直ってきた。

 

 父さんと僕の二人で妹を慰めようにも、中々上手くいかなかったけど、それでも時間をかけてゆっくりと傷を癒してきた。

 

 父さんは仕事で忙しく家を空けることが多い。だから僕は、休日の真昼間から妹を連れ出して、外に散策に出かけていた。双子の僕たちを周りの大人が微笑ましそうに見守る。そんな風に他人の視線に敏感になってしまったのは、母さんの死が影響しているのかもしれなかった。

 

 

『わぁ……! みてみて、かなた!』

『ん……?』

 

 

 街を歩き回っていた僕たち。すると妹が足を止めて、何かはしゃぎたてながら僕の名前を呼んだ。

 妹が僕の手を引っ張った先には、ガラス張りの壁。そしてその向こうには、豪華絢爛なドレス。美しいシルクがふんだんにあしらわれた、精巧なつくりの衣装。

 

 

『これはウエディングドレスだね』

『……ウエディングドレス?』

『うん、結婚式でお嫁さんが着るやつだね』

『……およめさん……』

 

 

 妹は、ぼうっとそのドレスに見惚れる。まだまだ小さい僕たちは、そのドレスを下から眺めるだけだ。

 思い出すのは母さんのウエディングドレス姿。それはアルバムの写真で見たものでしかなかったけれど、はっとするほど綺麗だったのを覚えている。

 

 結婚とは、好き合う男女が添い遂げること。

 共に生きることを誓い合うことだ。

 

 

『……ねえ』

『ん……?』

『けっこんすれば、ずっといっしょにいられるの?』

『……』

 

 

 僕はそこで何も言えなかった。だって、母さんは亡くなってしまったから。僕がそこで肯定してしまえば嘘を言ったことになる。

 黙ってしまった僕に対し、妹は不思議そうに首を傾げる。そしてニコッと笑いながら『もしそうなら!』と、言葉を続けて。

 

 

 

 

『わたし! かなたとけっこんしたい!』

『……え……』

 

 

 

 

 妹は無邪気に笑いながら言った。

 

 僕と結婚したいという言葉。妹はその意味というものをよく理解していなかったのだろう。一緒に暮らす男女という程度のニュアンスしか、その言葉には含まれていなかった。それは間違ってないかもしれないけれど、正しくはない。

 

 だけどそもそも、兄妹で結婚はできない。

 

 

『……それはできないよ』

『えー、なんで!』

 

 

 苦笑を浮かべながら話す僕に、不満そうに頬を膨らませる妹。あどけない顔で、むすっとする姿は可愛いものだった。

 僕は妹を守らなければならない。母さんが死んで、父さんも仕事で忙しい現在。妹の傍にいられるのは、兄である僕だけだ。

 

 だからこそ──

 

 

『でもね』

 

 

 妹の手を強く握る。

 決して離れないように。

 

 僕たちは双子の兄妹。それはこの世界でも珍しい関係。

 赤の他人同士である夫婦なんかよりも、ずっと強く、確かなつながり。

 

 決して消えることのない、たった一つの絆。

 

 

 

『僕はずっと傍にいるよ』

『……ほんと? かなたは……ずっと、そばにいてくれる?』

『うん、だって僕たちは──』

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

 また、夢を見ていた。

 断片的な記憶が気まぐれで見せた夢。偶然か必然かは分からない。

 

 秋だというのに暑苦しい感覚。僕は寝苦しさを感じて、朧げに意識を戻す。ぬるま湯にたゆたう心地よさと苦しさがない交ぜになって、言いようのない感覚に囚われる。

 暗い天井をぼんやりと眺める。でも、何か違和感がある。いつもよりもやけに暑いような気がする。

 

 

「……た。……かなたぁ……っ……」

 

 

 違和感の原因を探ろうとする僕の耳に、かすかに声が届いた。

 胸元あたりに温もりを感じ、そっと顔を傾ける。

 

 するとそこには──

 

 

「ん……はぁ……っ、かなたぁ……」

 

 

 僕の着るパジャマに顔を埋めるのは遥。肩の部分をちょこんとつまみ、甘えるような小さな声が唇からもれる。どうやら、僕が起きていることには気づいていないようだった。

 

 ……思い出した。

 僕は妹と一緒に寝ていたんだった。

 

 シャンプーとコンディショナー、そして女の子特有の甘い匂いがぶわっと香る。妹は身を震わせながら、頻りに荒く呼吸していた。加えて、脚のあたりにもぞもぞとした刺激を感じる。

 ひょっとして、まだ怯えているのだろうか。小さく肩を震わせながら、僕に絡みつくようにぴったりと抱きついていた。

 

 外は土砂降りの雨。

 雨音がひどくうるさい。

 

 やっぱり、雷はまだ怖いらしい。今日になるまで長らく忘れていたことだった。過去をぼんやりと思い出していると、声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 

 

 

 

 

「……き。……す……ぃ……」

 

 

 

 

 

 ……何を、言ってるんだろう……。

 

 

 ただのうわ言なのかぼやきなのかは分からないけれど、確かに声が聴こえる。ぎゅっと目を瞑りながら長いまつ毛をふるふると震わせる遥。

 いつもの涼やかな美貌とは違い、悩ましげに眉をひそめて熱を帯びた声をもらす。声を聞き取るために意識を取り戻そうとする。

 

 

「っ……」

 

 

 けれど、睡魔に抗えない。強い風音も窓に叩きつけられる雨音も気にならない。

 濁流にゆっくりと飲み込まれるように、意識が混濁していく。表層に浮かびかけていた意識は、再び闇の中へと落ちていく。

 

 

 大丈夫……僕がいるから……。

 

 

 激しく打つ雨音の中。

 再び、泥のように眠りについた。

 

 

 

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