妹と仲直りしたい   作:Shinsemia

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第八話

 

 

「最近、何かあった?」

 

 

 昼休みの時間。

 

 騒がしい教室の中でお弁当箱を開く僕に、隣の茜が突然そう訊いてきた。彼女は不思議そうな表情のまま首を傾げている。僕はその言葉に当たらずとも遠からずな感覚を抱いた。もやもやとした霧がかった中。求めていた何かに一瞬だけ触れて、でもすぐに離れてしまったかのような一抹の不安に似たものだった。

 

 

「……別にないけど」

「そう? それにしてはなんかぼーっとしてない?」

 

 

 ……実のところ、茜の言うことは的を射ていた。僕は確かに考え事をしていた。それは、最近の妹の様子についてだ。

 

 

「……」

 

 

 天気がひどくて学校が休みになった先週。僕は雷に怯えていた遥にお願いされて一緒に寝た。トラウマというほどのものではないが、妹が極端に苦手なものの一つだ。寝てる間も妹は僕にくっついて離れようとしなかった。

 

 

「……妹のことがよく分からないんだ」

「え? また喧嘩しちゃったの?」

「そうじゃないけど……」

 

 

 むしろ逆だった。今まで冷たくされていた自覚はあったのだけれど、あの日以来それが薄れているように感じた。僕がただ過敏に反応してるだけかもしれないけど。

 妹との距離感と言えばいいのだろうか。今までは一方的な拒絶によって明確に線引きされていた関係だったけれど、今は消しゴムで消した後の線のようにぼやけている。

 別にそれが悪いということはない。その線は僕が消したくても消せなかったものだから。

 

 僕がどう言えばいいか悩んでいると、後ろから人の気配を感じた。

 振り向くとクラスメイトの女の子が数人。

 

 話を聞くと、彼女たちはどうやら茜と同じ陸上部員のようで、彼女に連絡事項があるので伝えたいとのことだった。そして茜に内容を伝えて少しの間談笑すると、またね、と言って離れていった。

 別になんてことはない会話。ただ一つ気になったのが彼女たちが話をしている間、話をしていない僕を妙に気にしていたことだ。あれは何だったのだろう。

 

 茜は彼女たちを見送ると、ふぅと一息つく。その表情は心なしか疲れているようにも見えた。普段の茜は華やかな女の子グループの中でもムードメーカーみたいな存在だ。でもそれが茜の陰の努力によって保たれているものだと知っている人はあまりいないように思う。会話を嫌っているわけじゃないと思うけど、人に合わせるのはそれなりに苦労するのだろう。

 

 

「ごめんね、カナ。話の途中だったのに」

「いや、いいよ」

 

 

 僕と茜は隣の席同士だしいくらでも話はできる。問題なのは僕だ。クラスメイトとはほとんど交流がない。あっちの方も茜に話しかけながらも僕のことをチラチラと気にしていた。気まずいのかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、茜が何故かムッとした顔で僕を見ていることに気づいた。

 

 

「カナ。また自分が悪いと思ってるでしょ」

「……え、なんで」

「だってカナ、いつもそういう顔するもん。……カナはさ。自己評価が低すぎると思うんだよね」

 

 

 そういう顔って言われてもピンとこない。それと自己評価が低いとはどういうことだろう。首を傾げていると茜はどこか微妙な表情をしながらため息をついた。

 

 

 

「カナってね、女の子の間だと人気あるんだよ?」

「……そうなの?」

 

 

 

 なんというか、すごい意外だ。僕が普段から話をする女の子といったら茜くらいで、性別関係なく他のクラスメイトとは全然話さない。そういう自分を自覚してるからこそ、茜の言うことに疑問を持った。

 ……まあ、それは置いておくとして、そもそも僕なんかのどこに惹かれる要素があるというのか。特筆すべき能力もないし、目立つようなタイプじゃない。今の席は窓際の後ろの方だが、まさにそれがお似合いの人間だ。

 

 冷静に自分を分析していると茜が「それに」と付け足した。

 

 

 

「カナ。笑うようになったから」

「……え」

 

 

 

 ……笑う? 

 茜がじっと僕の瞳を覗き込んだ。鳶色の瞳に映るのは僕の鏡像。

 

 長く綺麗なまつ毛に縁どられた瞳。整った顔立ちがすぐ近くにあって、薄くリップの塗られた小さな唇からはかすかな呼吸の音が聴こえる。

 

 

「カナは自分じゃ気づいてないみたいだけど、前はずっと暗い顔してたんだよ」

「……」

「だけど、今はちょっと明るくなったかな? なんていうか、すっきりした顔してる。今のカナって、結構話しかけやすい雰囲気だと思うよ」

 

 

 ……僕は無意識の内にそんな顔をしていたのか。自分のことは自分が一番分かっているつもりだったけど、そんなことはなかったみたいだ。僕はずっと、自分でも気づかないうちに感情を制御できていなかった。

 

 それはたぶん、母さんを喪ったあの日から。

 

 僕は自分が強くありたいと願っていた。じゃないと妹を守れないから。その気持ちが空回っている自分はひどく滑稽で情けなくて、何よりも惨めだった。

 だけど今は、そのわだかまりもほぐれてきている。それがこうも表層に表れてしまうあたり、僕もまだまだだなと思った。それともただ、茜が鋭いだけか。

 

 

「さっきの子たちだって、本当はカナと話がしたいから遠回しにあたしに話しかけて来たんじゃない?」

「いや、流石にそれはないでしょ……僕に好意がある人なんていないだろうし」

 

 

 ピクっと。

 茜は引っ掛かったように形の良い眉をひそめた。そして、ジトっとした目つきで甘く僕を睨んだ。

 

 

「そんなことありますー。カナは女心が分かってないよ」

「まあ……そう言われたら何も言えないけど」

 

 

 むすっと頬を膨らませる茜。まるでリスみたいな、小動物特有の可愛らしさに似たものがあった。

 僕が何か気に障ることでも言ってしまったのか、茜はどこか不満げだった。

 

 

「……茜、もしかして怒ってる?」

「怒ってませんー」

 

 

 何故かぷいっとそっぽを向く茜。怒るというか拗ねてると言う方が適切だろうか。その態度が妹に似ているようで、僕は思わず苦笑した。

 

 机の上には弁当箱。学校の昼休みは穏やかに過ぎていく。周りを見れば各々が友達同士でおしゃべりしながら箸を進めていた。小さなコミュニティがそれぞれの場所で形成されているけれど、僕の席はどうだろう。茜と過ごすこの時間もその一部なのだろうか。

 

 ……あれ。

 そこで僕は、疑問を覚えた。

 

 

「そういえば茜。最近、他の友達と食べてないよね? どうして?」

「……」

 

 

 茜は普段から仲の良い友達グループの中でご飯を食べていたはずだ。それが最近は自分の席で食べるようになっていた。時期的には茜と二人きりで出かけたあのときくらいから。

 あの日以来。雰囲気と言えばいいのか、そういったものがわずかだが変わった気がした。見た目の変化こそ少ないけれど、よく見ればいつもよりも髪が艶やかでよく手入れされているのが分かるし、前にも増して女の子らしくなったと思う。

 

 茜に問うと、何故か先ほどのツンとした表情のまま頬をうっすらと朱くした。制服のシャツから覗く白く綺麗な首筋まで朱が差している。

 

 そして肩をふるふると震わせて。

 

 

「き、気分だよっ、たまたまカナと一緒に食べたくなっただけっ。それ以上の意味はないから! 本当に!」

「わ、分かったから」

 

 

 セミロングの茶髪をさらさらと揺らしながら詰め寄ってきた。何を焦っているのか、まくしたてるように喋りだす。

 僕は判然としないながらもその勢いに逆らえず頷いた。触れられたくない話題なのだろうか。茜は一頻り話すと、あ……、と小さく呟いて俯いてしまった。

 微妙な空気が流れる。弁当箱を見ればまだ全然箸が進んでいない。昼休みももう半分を切っていた。どうやら長い間話し込んでいたらしい。

 

 茜は恥ずかしそうにしながらも自分の席に戻り、再びご飯をもそもそと食べ始めた。

 

 ……いったいどうしたんだろう? 

 

 

 結局昼休みの間。

 

 それっきり話をすることもなく時間が過ぎた。

 

 

 

☆─────☆

 

 

 

 図書室に向かう。

 

 本来なら真っすぐに帰宅する時間。けれど今日は委員会の仕事があった。僕は図書委員に所属しているのだが、何でも、図書室の先生が書庫の本を整理したいのだとか。僕以外の委員はみんな部活に所属していて、僕に白羽の矢が立った。どうせ暇だから別に構わないのだけど、話を聞いたところ小一時間はかかりそうだった。

 静かな廊下に上履きの音が木霊する。騒がしい昼休みの時間とは打って変わり、静謐で物寂しい廊下。窓から見下ろせる校庭には運動部で精を出す人たち。それぞれが自分なりの目標をもって活動している。

 僕はどうだろう。自分のために何かを頑張ってきたことなんてあっただろうか。

 

 

「……あれ、彼方くん?」

 

 

 図書室の扉に手をかけたそのとき。

 耳をくすぐる女の子の声が響いた。

 

 横から現れたのは黒髪のショートカットの女の子。ぱっちりと大きな瞳をきょとんとさせながら、制服のスカートをなびかせタタっと駆け寄ってくる。

 

 

「美玖はどうしてここに?」

「わたしは本を探しに来たの。部活に必要だから。彼方くんは?」

「僕は図書委員の仕事」

 

 

 美玖の話を聞くと、普段はこうして図書室に足を運ぶことはあまりないのだとか。部室内で事足りるらしい。ただ、正確な情報を知るためにネットではなく、書籍を資料として使いたいときに図書室を利用するらしい。

 二人して図書室に足を踏み入れる。図書室特有の落ち着いた雰囲気と匂い。薄暮の光がゆるく差し込む図書室には僕たち以外誰もいない。

 

 

「本、探すの手伝おうか?」

「え? でも委員会のお仕事中でしょ?」

「まあ……ちょっとくらいならいいんじゃないかな」

 

 

 美玖はぽかんと口を開けた。けれどすぐに表情を崩してクスクスと笑った。

 

 

「じゃあ、お願いしてもいいかな?」

「うん」

 

 

 対面の美玖は目許を緩めながら小首を傾げて可愛らしいポーズをする。ショートの黒髪がさらさらと揺れた。

 美玖の探している本をパソコンのデータベースから探し出して場所を調べる。書庫の奥の方だ。丁度いい。

 

 道すがら美玖と話をする。話によると、妹と美玖は同じクラスなのだと言う。それは今ここで初めて聞いた事実だった。同じ文芸部に所属しているという点しか、僕は知らなかった。

 

 

 人気のない書庫まで着いた。埃をかぶっている本や、廃棄予定らしき本が隅の方にぎっしりと積み上がっている。先生に言われたのはこの中から指定された本のみを抜き出して紐でまとめることだ。しかし、冷静に考えると結構な重労働だ。

 

 僕はそれを横目に、棚の本に指を滑らせた。

 

 

「えっと……これかな」

「あ、そうそう、これ! ありがとう、彼方くん!」

 

 

 棚に収まっていた書籍を取り出して美玖に手渡す。これで彼女の用事も終わりだ。

 

 

「じゃあ、僕は仕事があるから」

「あ、うん……。あれ、そういえば他の委員は?」

「いないよ」

「……え?」

 

 

 きょろきょろと見回す美玖に言うと、びっくりしたように目を見開いた。確かにこういう反応が普通かもしれない。だけど引き受けてしまった以上、弱音は吐かない。

 

 先生から事前に渡されたプリントを取り出し、一つ一つ書籍のタイトルをチェックする。埃の被った本のページは色褪せていて、年季を感じさせた。本の場合、そういう長い歴史をふとした瞬間に触れることができる。電子書籍にはない実物ならではの魅力だ。

 そして次の書籍を探そうと屈んでいた体を起こしたとき。横からすっと白い手が伸びてきた。

 

 

「……美玖?」

「わたしも手伝うよ。本を探してくれたお礼だと思って。ね?」

 

 

 美玖は更に、「二人でやった方が早いし!」と言って僕が持っていたプリントを見ながら本の整理を始めた。大変そうな僕を見かねたのだろうか。

 

 

「部活はいいの?」

「うーん。ちょっとくらいならいいんじゃないかな、なーんて」

 

 

 美玖はちろっと舌を出しながら茶目っ気たっぷりに言った。さっきの僕の言葉のなぞりか。

 だけど人手があるのはありがたい。僕は美玖にお礼を言いながら作業を再開した。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 静かな空間に息遣いと物音が響く。

 

 作業を開始してから十数分。美玖に付き合わせてしまうのを心苦しく思っていたが、彼女の方は「気にしないで」と言って手伝ってくれている。僕は美玖とは付き合いが短いけど、これまでのことから察するにお人よしなんだろうなと思った。

 そうでなければ、妹の友達にもなってないだろうし。……なんて考えるのは、流石に妹に失礼だろうか。

 

 ……遥、か。

 

 

「……っと」

 

 

 手が滑ってしまい、積み上げられた本の山を誤って崩してしまった。関係ない本まで床に転がり落ちてしまっている。一つため息をついて、回収しようと身をかがめる。古めかしい本を一冊一冊丁寧に積み重ねる単純作業だ。

 

 そして、最後の本に手を伸ばそうとしたとき。

 簡潔に記されたそのタイトルに、思わず手を止めた。

 

 

 

『近親婚の歴史』

 

 

 

 ──馴染みのない言葉だった。

 それは、古代の国々で受け継がれてきた歴史の陰。古代では近親婚が容認されていたり、僕の住むこの国でも皇族間で行われていたりしたことがあるらしい。

 表紙を開いて目次を見れば、各国の近親婚にまつわる歴史が、地域別に分けられて並べられている。最後の目次には、こう記されている。

 

 

『この国においては、近親婚は認められない』

 

 

 ……近親婚、か。

 幼い頃に無邪気な妹に結婚したいと言われたことがあるが、それを思い出してしまった。

 

 しかし、全く考えられないことだ。兄妹で結婚なんて、遥か昔の、遠い彼方の出来事。あまつさえ、僕と妹は仲が良いとは言えない。一切の想像もつかなかった。兄妹で恋愛感情を抱くことなんて、果たしてあるのだろうか。

 

 それはきっと、閉鎖的な世界での禁じられた行い。人類の歴史の積み重ねの中で生まれたタブー。おとぎ話にも似た、ただの幻想のように思えた。

 

 

 

「──彼方くん? 大丈夫?」

「ん……大丈夫だよ」

 

 

 

 先ほどの本を元に戻していると、物音に心配してくれた美玖が近くに寄ってきていた。彼女の方も作業が一段落したようだ。彼女が手伝ってくれて本当に助かった。

 

 ……そういえば、今は美玖と二人きり。一つ訊きたいことがあった。

 

 

「……美玖は、僕と遥の仲が上手くいってないのは知ってるんだよね?」

「え?」

 

 

 僕の突然の問いに、美玖は目をしばたかせた。妹と仲がいいのであれば、そういう事情は良く知ってることだろう。今はだいぶ緩和されてはいるけれど、僕は妹に一方的に避けられていた時期がある。この間は雷に怯える妹と一緒に寝たけど、あれは例外だ。

 

 美玖は宙を見上げて考える。そしてやがて、指で小さく丸を作りながら、ちょっとだけね、と言った。

 

 僕が知りたいのはクラスでの妹の様子だ。普段の会話の中じゃ全然聞くこともないし、そもそも妹のクラスに知り合いなんていなかった。ただ、今日初めて美玖が妹と同じクラスだと知って、丁度いい機会だと思った。

 

 それを美玖に伝えると、苦笑混じりで語り始めた。

 

 

「そうだねー……遥は結構孤立してるところがあるかも。刺々しい雰囲気してるし、近寄りがたいっていうか」

「……やっぱりそうなんだ」

 

 

 僕が身に染みて分かっていることだ。冷涼な空気を纏って怜悧な相貌をした妹は、さながら刺々しい薔薇のようだと言える。容姿端麗で成績優秀な妹が家でも同じ態度だと知るのは僕だけだ。

 

 

「そう考えると、彼方くんって正反対かもね」

 

 

 徐に、美玖が僕に近寄った。

 ふわっと、甘い香りが鼻をかすめる。

 

 

「彼方くんはなんか、あったかい感じがする」

 

 

 胸元近くから僕の顔を見上げる美玖。褒められてると受け取っていいのだろうか。

 そして美玖は、僕から離れると柔和な笑みを浮かべた。

 

 

「遥なら大丈夫だよ。話す友達がいないわけじゃないし、いじめとかもないから」

「……そっか」

 

 

 ほっと安堵した。妹のいない場所で、こうして回りくどく誰かに頼る自分に情けなさを感じながら。

 目を伏せながら呟くと一拍間が空いて、小さく声が響いた。

 

 

「……逆に質問してもいい?」

「……?」

「彼方くんは遥のこと、どう思ってる?」

 

 

 美玖は近くの椅子を引っ張ってきて座りながら僕に問う。美玖と遥は気心の知れた仲。おそらくそのあたりの話は妹自身から聞いたことがあると思うけれど……。

 僕も椅子を引っ張ってきて座る。木製の椅子がぎしっと軋みを上げた。美玖には少し、話しておいた方がいいかもしれない。

 

 

「……大切な妹だと思ってるよ。できれば、昔みたいに仲良くしたい」

 

 

 美玖が僕と遥の仲を気に掛けてくれるのはなんとも不思議な気分だった。自分の家族間の話を知り合いとはいえ、他人に心配されるのは初めてのことだから。ましてや美玖は同学年の高校生。こういうのを相談できるのが友達なのかもしれない。

 

 妹に避けられ始めたのは中学生くらいの頃。小学生から中学生に上がれば、当然だが環境が大きく変わる。人間関係もリセットされるし、慣れないことが続いて疲れもストレスも溜まるだろう。

 中学生はよく多感な時期だと言われる。いわゆる思春期だ。僕と妹は双子だけど性別が違う。偏見かもしれないけれど、女の子の方がそういうところは繊細なのだろう。

 

 一つだけ予想外だったのは、それが一過性のものじゃないということだった。いつの間にか妹との会話もなくなっていって、その状態をずるずると引きずってしまって今に至る。

 

 

 緩いため息をもらす。美玖に一通りのことを話した。こんなこと言われても、他人である美玖にはどうしようもないことだと分かっている。だけど、こうして胸中を誰かに打ち明けることで、もやもやした気分が薄れていくのもまた事実だった。

 

 美玖は黙って僕の話を聞いていた。

 そして、そっか……と呟くと、顔を上げた。

 

 僕を真っすぐ射抜く眼差しがそこにあった。

 

 

 

「……彼方くんはどうしても知りたいの?」

「え?」

「遥に避けられた理由、どうしても知りたい?」

「……もしかして、美玖は知ってるの?」

「……うん」

 

 

 

 言葉を失った。まさか美玖が知ってるとは、露ほども思ってなかった。

 

 でも考えてみれば当たり前のことだ。家族だからこそ、ましてや当事者相手だからこそ話せないことは誰にでもある。そうなると、悩みを相談できる人物なんて自然と限られてくるものだ。それが遥にとっては美玖だった。

 

 ……もし僕がここで知りたいと言えば。美玖はそれを素直に教えてくれるのだろうか。

 

 知りたくない、と言えば嘘になる。もし美玖が妹の真意を知っているのであれば教えてほしいというのが本音。

 だけど、脳裏をよぎるのはあの日の妹の顔。あのときの妹は、何かにひどく怯えて怖がっていた。遥は自分の問題だと言っていたが、その意味も未だに分からない。ただ一つ言えるのは、問いただすことで妹が苦しむであろうという事実。

 

 だから。

 

 

 

「……いや、今はいいかな」

「……え?」

 

 

 

 誰にだって言いたくないことの一つや二つは存在するものだ。双子とはいえ、それを暴く権利なんて僕にあるのだろうか。

 それに僕にとって一番大切なのは避けられていた理由じゃない。妹との関係を改善していくことだ。理由が分からなくても、一歩ずつ前に進めているのならそれでいい。

 

 だからいつか、妹の方から話してくれるのを待つ。

 

 美玖を見ながらはっきりと告げる。瞳から緊張の色が解けていき、やがて彼女はいつもみたいに優しい表情を見せた。

 

 

「……そっか」

 

 

 強張っているように見えた美玖の肩から力が抜けたのが分かった。美玖としても、妹のいない場所で秘密の話をするのに居心地の悪さを感じていたのだろう。

 椅子から立ち上がる。暗くならないうちに早く帰らなきゃ。今日の晩御飯はどうしようかな。

 

 そんなことを考えながら、改めて美玖に言った。

 

 

 

「これからも妹のことをよろしくね」

「……うん、大丈夫だよ。だって──」

 

 

 

 美玖は一瞬目を伏せた。

 そして小さく頷きながら、優しく微笑みを浮かべた。

 

 

 

「わたしは、どんなときでも遥の味方だから」

 

 

 

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