兄さえいればいい   作:ようぐそうとほうとふ

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11.継承者の敵

 煩わしい試験が終わりました。

 生徒たちはまだまだ残ってる他の科目をどうやっつけるかで頭がいっぱいです。

 壁の文字が見つかり騒ぎになり寮へ押し込められる前に私はするりと人混みを抜け、三階のトイレに行きました。

 当然人はいません。いつもはゴーストや教師が見回りをしているのですが、試験期間中故に教師は不参加。簡単にたどり着けます。

 

 トイレに入るとマートルがいました。

 マートルは私を見るとギクリとしてパイプの中へ逃げていきます。この前のやりとりで相当嫌われてしまったみたいですね。都合がいいです。

 

 私は蛇の彫刻のある洗面台の前に立ち、ジニーの記憶で見た通りの音を出しました。

 

 すると洗面台が動き、したから大穴が出てきました。私は特にためらうことなく飛び込みます。

 穴から続くパイプは巨大なすべり台のようになっていました。暗くてヌルヌルしていることを除けばエキサイティングで楽しいかもしれません。(ヌルヌルは嫌いです)

 かなり地下まで滑り降りたことでしょう。地面に放り出されたときには、自分がどれくらい深くにいるかもよくわかりませんでした。

 服を清め、あたりを見回します。大人でも通れそうな石のトンネル。それも相当古いものです。

 

 杖先に明かりをともし、ひたすら前へ歩きます。トンネルはグネグネ曲がっていて、方向感覚が狂いそうでした。

 しばらくすると壁に当たりました。二匹の蛇が絡み合った彫刻が施されています。その目にはエメラルドがはめ込まれ、輝いていました。

 私はもう一度ジニーの口にしていたシューシュー音を出しました。すると蛇の彫刻がスルスルと滑り、解け、壁が消えました。

 

 壁の先にある空間は部屋というよりかはエントランスのようでした。

 蛇が絡まり合う彫刻が施された石柱が何本も聳え、高い天井を支えています。緑色の明かりが灯っているのですが、炎とも電光とも言えぬ正体不明の光です。私はてっきり居住スペースがあるのではと思っていたのでがっかりです。

 息を吸うと、澱んだ空気が肺に落ちてきました。長年閉ざされていたので仕方がありませんが、不快ですね。

 一番奥まで進むと、巨大な石像が待ち構えていました。年老いた魔法使いの像です。これがサラザール・スリザリンでしょうか。

 

 あとは日記を持っている彼を待つだけです。

 私はいつも歌ってる鼻歌を口ずさみます。

 

If you were the only girl in the world,

And I were the only boy,

 

 どこで聞いたのか思い出せませんが、誰かが私に歌ってくれたのを覚えています。歌っていると、胸の奥がなんだか切なくなります。なんでですかね。

 

 天井から何かが這いずる音がしました。嫌な感じがします。私は杖を構えました。

 

Nothing else would matter in the world today…

 

 私は歌うのをやめ、神経を研ぎすませました。這いずる音はどんどんこちらへ近づいてきます。天井からホコリと石の欠片が落ちてきました。

 それとほとんど同時に秘密の部屋の入り口を誰かが開けました。

 

 緑色の灯りに照らされた人物は、エイドリアン・フリントでした。

 顔色が悪く、目が虚ろです。私のことが見えてるのかも分かりません。柱に手を当て、こちらによろよろと歩いてきます。

 

「ソフィア、あの壁の文字はどういうことだ?」

 

 察しの悪い人ですね。それにどういうわけか()()()()エイドリアンです。ジニーのように操られているようには見えません。

 

「そのままの意味ですよ」

 エイドリアンは手を振り上げ、キレ散らかします。

「僕は継承者の忠実な下僕だ!何がまがい物だ!そもそも君が僕にこの日記を渡したんじゃないか!」

 まったく無様で見ていられませんね。ひょっとしたら彼ならば強い意志をもってあの日記と対等な関係を築けるんじゃないかとちょっぴり期待していたんですが、まあこんなもんですか。

「ええ。私が渡しました。けれどもこんなくだらない襲撃事件をさせるためなんかじゃありませんよ」

「なに?」

 

 這いずる音が私の真上で途絶えました。そして背後にある石像の顔の部分がごとりと動きます。石像の顎がゆっくりと開いてきて、そこからぬらりと燦めく鱗が見えました。

 私は歌うように唱えます。

 

Aguamenti(水よ)

 

 More satiata(満たせ、満たせ)

 

 Mutatio(そして変化せよ)

 

 

 秘密の部屋の化物。

 それが鎌首を擡げ、這い出てきます。それが私の推測どおりの生き物ならば、目を見ては終わりです。

 

「秘密の部屋の伝説の化物と戦う気か?ハッ…いいね!相手をしてやるよ」

 

 エイドリアンの口からシューッという息が漏れました。私はそれをかき消すように叫びます。

 

Lacarnum Inflamarae(炎上せよ)

 

 秘密の部屋の中が光と熱で真っ白になります。熱気が膨張し、爆ぜ、肌を炙ります。

 私は先ほど上から垂れていた下水だか雨水だか分からないものを満たし、可燃物へ変化させました。そこに火をつければ完全にヤツの目を眩ませられます。

 そいつがピット器官をもっているかはしりませんけど、体温により私の場所を検知することはできなくなるでしょう。それにすくなくとも私からも炎越しにやつの目を知覚することはできません。

 

 となると残された感覚はー。

 

 私は踵で床を打ち鳴らしました。

 

「来いッ」

 

 叫んだ途端です。私の背後にあった炎が掻き消されました。私は即座に喉に杖を当てます。

 

Sonorus Maxima (轟け)

 

 私の声が破裂するように屋内に轟きました。鼓膜までもを破壊しそうな大音量にエイドリアンも耳を押さえて倒れこみました。

 

「……さて…」

 

 私は魔法で布をだし、後ろに横たわる巨大な蛇にかぶせ、縛ります。魔法で縄の結び目を消し、そのまま固い鎖に変身させました。これでうっかり目を見ることもありません。

 これがかの有名なバジリスクでしょう。初めて見ました。鱗もとげとげですし、黒くてかわいげが皆無です。これじゃあとてもペットには向きませんね。

 

「よくも…」

 

 エイドリアンがふらつきながらも立ち上がりました。

「何が目的なんだ!ソフィア・マルフォイ」

「全く、まだエイドリアンですか。あなたじゃなく、あなたを操ってるその日記の中の人と話すためにここまでしてるんですよ。早く代わりなさい」

 エイドリアンはきょとんとした顔をしました。

「トム・リドルと?馬鹿だな。こんなことしなくても日記に文字を書き込めばいいだけじゃないか。なぜこんなまわりくどい事をする?」

「それに書き込めば心への侵入を許すことになります。やがて魂を擦り減らされ、()()()を奪われる。私はそうなりたくないので」

 エイドリアンは絶句しました。怒りでしょうか?絶望でしょうか。私にはよくわかりませんね。

 

 11月のある日、私は「スリザリンとしてあるべき姿であろうとするあなたにぜひ受け取ってほしいのです」と言ってエイドリアンに日記を手渡しました。

 そしてこれが秘密の部屋の鍵であると告げました。

 

 エイドリアンは半信半疑でしたが、私が「例のあの人の忠実たるしもべであるマルフォイ家が隠し持っていた…」とか「自分では扱い切れなかった」とか「あんな姑息な手段を使ってシーカーの座を勝ち取った兄なんかよりあなたのほうが継承者の手助けをするに相応しい」とかなんとか言っちゃったりして。

 現に彼は日記のベストパートナーだったんじゃないでしょうか。自我を持って地下までやってきたところからそう思えます。彼はきっと日記と意気投合して襲撃を楽しんだ。だったらお楽しみの代償を払うのに文句は言わせません。

 

「さっさとトム・リドルを憑依させてください。あまり長時間みんなの前から姿を消していたくありませんからね」

 

 私がそう言うと、エイドリアンはひどく顔を歪ませ私を睨みつけました。口がわなわなと震え、今にも罵詈雑言が飛び出してきそうです。

 

 

 刹那のことでした。冷たいものが私の背後によりそい、そして肩口に深く、その牙を差し込みました。

「え…」

 突然のことで私は唖然としました。

 バジリスクは布越しに私に鼻息を吹きかけています。生暖かくて、気味が悪い。傷口から滲み出た血がシャツを汚しました。ぬらぬらとした舌がそれを舐めているのがわかります。

 身体が宙に浮きました。強く挟み込まれて鎖骨が音を立てて折れました。

 

「ぁ…」

 

 視線を下に動かすと20センチはゆうに超える牙が肩口から心臓近くまで刺さっています。

 

「げふっ」

 

 悪寒が走り、口と鼻と目から大量の血を吐き出しました。やはり伝説通り、毒の牙を持っているようです。

 バジリスクは私の体を離しました。私は地面に打ち捨てられます。杖は落ち、闇の中に転がっていきました。

 

 燃え盛る炎はどんどん消えていきます。

 私の体からも血がとめどなく流れていきます。赤黒い血液。生命の滴り。外気に触れた赤は微かに燃える光を飲み込む黒に変色していきます。

 

「は、は、は、は、は…!」

 エイドリアンは笑いました。勝ち誇ったかのような高慢な笑い声です。

 

「だめだよお嬢さん。トドメはすぐに刺さないと」

「あなた…トム・リドル……」

「そうだ。まずは礼を言わせてもらおう。ジニーから持ち主が変わって非常に快適だったよ。書き込まれる彼の不満は僕には全く共感できなかったけど」

 

 やっと本命の登場です。私は深呼吸をして傷口をおさえ、何とか上体を起こしました。

 

「ほう、起き上がるとはね。首の骨が折れたと思ったんだが」

 口の中にたまった血を吐き出すと、血とは思えないほど真っ黒でした。口周りをぬぐい、彼をにらみつけます。

「時間があまりありませんので簡単に答え合わせをさせてください。あなたはヴォルデモート卿…そしてスリザリンの子孫ですね」

「そうさ。僕は記憶にすぎないけど、このときからすでにヴォルデモートを名乗ろうと決めていた」

 トム・リドルは勝ちを確信しペラペラと話し始めます。

 

「秘密の部屋を開いて何をする気だったんです?」

「なに、はじめは驚いたよ…誰かがこの日記を開くなんてね。何してやろうと思った矢先、ハリー・ポッターの存在をジニーにより知った。はじめは彼を殺すつもりだったが、途中からは違う。君さ。君はなぜ僕を止めようともせず、かと言って助けたりもせずにいた?本当にただ話すためだけに?」

「そうです。…ふむ。ハリー・ポッターを殺すつもりだった…というのは拍子抜けですね。てっきりもっとなにか壮大な企みがあるのかと」

 

 私の態度にトムは明らかな不快感を示しました。顔に出やすいタイプみたいですね。

 

「もう一つ…あなたは記憶に過ぎない、と仰っしゃりますが、どう考えてもあなたには意思がある。肖像画や記憶の断片なんかじゃない。…だとしたらあなたは一体何なのです?」

「君の知り得ない何かさ」

「言うつもりはないのですね。結構です。調べようと思えばいくらでも如何わしい本がありますしね」

 

 トムはもうにやにや笑う事すらやめました。私を汚物でも見るかのように睨みつけてきます。

 

「…聞くところによると君の父親は僕の下僕の一人だそうじゃないか。なのに僕に敬意も払わない。それはなぜだ?」

 

 何かと思えばつまらないことを聞きますね。どうも学生時代の彼は自信満々、プライドの高い少年だったようです。ドラコが悪化したらこんな感じかもしれません。

「私にとってあなたはご主人でもなんでもありません。父の人間関係は私には関係のない事です」

「そうか。死に際にそこまで虚勢がはれるとは勇ましいね」

 私はゆっくり立ち上がりました。血を失ったせいでふらふらしますが何とかなりそうです。改めてトム…いえ、エイドリアンに取り憑いたヴォルデモートを見つめます。

 

「ありがとう。私の知りたい事はまあまあ知れました。もうおわりにしましょう」

「おわりにするだって?」

 

 トムは笑います。私はその後ろで袋をかぶったままうねうねととぐろを巻くバジリスクを睨みつけました。そして右手を広げ

 

Reducio (縮め)

 

 ぎゅっと握ります。するとバジリスクの首に巻かれた鎖が一気に縮み、血肉の湿った音がしました。血しぶきが上がり、蛇の首が千切れ飛び、水溜りに落ちました。

 

「なっ……!杖なし魔法だと…ッ」

Accio(来い) 杖よ!」

 

 私は杖を呼び寄せ即座にトムに向けて呪文を唱えます。

Reducto (砕けろ)

「ぎゃあ!!」

 悲鳴が聞こえました。うーん…この悲鳴自体はもしかしたらエイドリアンかもしれせんが…とにかく。彼の杖腕を粉砕しました。彼は痛みでのたうち回ります。それを足で押さえつけ、蹴り、うつ伏せに寝転ばせます。

 

「ソフィア・マルフォイ…おまえはなんだ?なぜ死なない…!バジリスクの毒はとっくに回っているはずだ」

 あらあら。小悪党みたいなことを言いますね。リトル・ヴォルデモート卿としてはがっかりな振る舞いです。私は首をこきりと鳴らして答えます。

 

「毒が回ったって死ぬとは限らないじゃないですか?」

 

 私は肩にある牙が刺さった傷口を見せてやります。ぽっかり空いた空洞の中には文様が浮き上がり肉が盛り上がり、すでに新しい皮が張ってきています。トムはぎょっとした顔をします。

 

「ありえない…」

 

 トムは絶望的な声を上げました。

 

「ありえない、なんてことはございません。でなければどうして未だに無言者などが存在するのでしょうか」

 私の血糊はゆっくりと焦げ付き、地上から天に降る淡雪のように灰に変化し空に溶けていきます。

 

「私の秘密を知りたいですか?」

 

 トムは息を呑みます。私はニヤリと笑います。

 

「私も、私の秘密が知りたいのですよ」

 

 

 

 

 

 こうして、秘密の部屋事件は人知れず幕を閉じた…。とはいきません。

 もし仮に誰かがこの部屋に辿り着いたら私にとって非常に都合が悪いです。

 

 ハリー・ポッターはパーセルタングです。彼が入り口を見つけてしまったら…?可能性としては捨てきれません。なんと言っても彼は去年、賢者の石を守る試練の数々を突破しているのですから。

 

 問題はハリーだけではありません。先生方だって秘密の部屋を探すのにやっきになるに違いないでしょう。ならばもう、誰もこの部屋に入ることのないよう物理的な障害を作るか、探す理由を無くすしかありません。

 つまり、この腐敗を始めたどでかい蛇の死体が上がればいいのです。バラバラにしてパイプに流し、学校の蛇口をひねればそこら中にバジリスクの体液がぶちまけられたりするのも面白いですね。流石にどうかと思うのでやりませんが。

 

 私はバジリスクの死体を運びやすいように一時的にトランクに変身させました。片手にトランク、片手で杖を持ち、気絶したエイドリアンを浮かべて出口まで行きます。トム・リドルの日記は自分のポケットに突っ込んであります。

 

 改めて見ても、なんて陰気な場所でしょう。滑り台の降り口まで来たらバジリスクの死体をもとに戻し、エイドリアンを地面に転がします。

 

 

「エイドリアン・フリント。ご協力感謝します。これで皆さんあなたのことを認めてくれますよ」

 

 私は彼に忘却呪文をかけます。そして入念に生まれてからこれまでの記憶をぐちゃぐちゃにかき混ぜてやります。

 そして倒れたエイドリアンから離れ、バジリスクの死体の上の天井めがけて爆破呪文をいくつか発射します。天井が崩落し、バジリスクの死体は瓦礫で押しつぶされました。石のいくつかはエイドリアンも潰していますが、まあ死にはしないでしょう。杖もいい具合に折れていますね。

 

 部屋に至るまでのトンネルは石畳を動かしたり壁を作ったり、またそれを壊したりして偽装しました。これで簡単にたどり着けはしないだろうし、バジリスクの死体が上がった以上むやみに探索しないでしょう。

 それに怪しい生徒が、錯乱した状態ではありますがちゃんと発見されますしね。見ようによっては彼が化物を仕留めたようにも見えますし、彼にとっても悪くはない結果ではないでしょうか?

 

 暗くぬめぬめした穴を魔法で一気に登ります。シャツについた血はなんとか拭い取りました。あとは急いで寮に戻るだけです。

 

 はあ。なんだかとっても疲れちゃいましたね。

 

 

 

 

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