兄さえいればいい   作:ようぐそうとほうとふ

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02.吸魂鬼

 

 

 ホグワーツ特急での兄はとっても不機嫌でした。というのも、魔法生物飼育学の教科書、『怪物的な怪物の本』に手を噛み千切られそうになったからです。

 ケトルバーン先生はなんというか大変型破りな方なので、持ち主の四肢を食い千切ろうとする教科書を採用するのもまあ不思議ではないのですが、授業でどうやって参照するのかとっても気になります。

 

「聞いたか、ソフィア。今年はどうやら吸魂鬼が学校を警備するらしい」

「そのようですね。よくダンブルドアが許しましたよね」

「どんな生き物なんだろう…あのアズカバンの看守だなんて」

 ドラコの疑問は少しピントがずれています。あれは生き物なんかじゃありません。ですが指摘をしたところであまり意味はないでしょう。私も多分一度も遭遇したことがないはずなので偉そうなことは言えませんしね。

「生徒に近づくことはないって言っても薄気味が悪いよ」

「そうですね…」

 私は窓の外を見ます。薄暮の草原に雨が振り始めていました。

 

「そういえばさっきすぐ隣の車両でポッターたちを見かけたよ。シリウス・ブラックに命を狙われてるっていうのに呑気なもんさ。新聞に載ったウィーズリーたちをみたかい?」

「ええ」

「……ソフィアはそれどころじゃない?」

「え?あ…ごめんなさい、兄さん」

 私ったら貴重なドラコと二人きりの時間を物思いなんかに費やしてしまいました。学校ではいつも一緒にはいれません。三年にもなると選択科目が増え、勉強も忙しくなってくるでしょう。

「やっぱり心の底では不安みたいです」

 ドラコはアズカバンの囚人のことだと思ったでしょう。それでも構いません。ドラコはよしよしと頭をなでてくれたのでもうそれでオッケーなのです。

 今が好機なのでは?私は息を呑んで切り出しました。

 

「兄さん」

「なに?」

「ずっと気になっていたんですが、なぜ髪型を変えたんですか?」

「は…?」

「いえその、今の髪型も私は好きなんですが、よく言うじゃないですか、髪型を変えるのは…そのー…恋をしてるからだとか」

「恋?まさか…違うよ!単にクィディッチ向きじゃなかったから…」

 なんだ。聞いてしまえばなんと拍子抜けする理由でしょう。内心肩をなでおろしました。

「よかった…まさかパンジー・パーキンソンあたりと付き合おうなんて考えているんじゃないかと気が気でなくて」

「彼女は…まあ…僕に好意を抱いてるだろうけど…ソフィアは苦手?」

「はい」

 

 パンジーとは一度も話したことはないのですが、ホグワーツからの列車で私がドラコに抱きついたとき、鬼のような目で睨まれていました。それはもう、怖かったですよ。

 実はこの列車の発車直前、彼女はコンパートメントに押し入ろうとしていたのですが、ドアに魔法で鍵をかけてノックの音を消して退散させることに成功しました。

 

「ソフィアはませてるね」

「ん…?いえ、あらゆる可能性を考えているだけです」

 

 まあ誰であろうと、ドラコの隣に私以外の誰かがいるのは許せませんけど。

 グリフィンドールに入ったことを今更後悔しはじめました。ドラコにその気がなくてもどこぞの馬の骨が取り入ろうと躍起になるかもしれません。

 せめてグリフィンドールに入った意義を見つけるために、もう一度日記を誰かに渡して遊んでみましょうか?…それだけはだめですね。トム・リドルのやる事は予測が付きません。

 

 

 私はドラコに2年生で学習する内容についていろいろ聞きました。内心全く興味なくても、いい成績を取りたいというポーズは大切です。

 そうこうしているうちに窓の外では日が沈んで真っ暗な空に凍てつくような雨が降っていて、まるで海の底を走っているようでした。

 

「もうそろそろ着くな」

 

 ドラコがそう言って自分の荷物をおろそうとしたとき、急に列車が減速しました。蹌踉めくドラコにとっさに抱きつき倒れないよう支えます。(やましい目的ではありませんからセーフです)

 ブレーキの嫌な音が響き、列車は完全に停止しました。しかも急に照明が落ち、どこからか悲鳴が聞こえてきました。私とドラコは抱き合ったまま顔を見合わせます。

「事故…でしょうか?」

「まさか、ありえない」

 

 ドラコは窓の外の暗がりに目を凝らします。しかしどんどんガラスが曇るのでよく見えません。

「なんだ…これ。結露…?」

「兄さん…()()()…」

 

 ぎぃーーー、と。

 ドアの開く音がやけにはっきり聞こえました。車両をつなぐドア音でしょう。ばたん、と言う音がした途端、コンパートメントのドアのガラスが一気に曇り、冷気が隙間からどっと流れ込みました。息が真っ白になって、鼻先がぱっと朱く染まります。

 ドラコは私を強く抱きしめました。ドラコの心臓が激しく脈打つのがわかりました。ドラコは意外とビビりなのです。

 

 曇ったガラスの向こうで黒い影がぬうっと横切りました。一切足音がしないまま。悪寒が走り抜けました。同時に、心の底から凍えそうな()()()が私の全身を震えさせます。ドラコの腕の力が強くなりました。

 

 そうしてどれくらいたったんでしょうか。5分も経っていなかったと思います。冷気が止んだ途端、コンパートメントに明かりが灯りました。

「何だったんだ今の…?」

 ドラコは曇りの取れたガラス越しに外を確認してからドアを開けました。他の生徒たちも同様に、恐怖を掻き消すように何事かと声を荒げています。

「みなさん!どうか落ち着いて。首席で監督生の僕が車掌に話を聞いてきますから!コンパートメントで待機していてください!」

 先頭の方でパーシー・ウィーズリーがそう叫んでいますが、誰もそんなの聞いちゃいませんでした。監督生が機関部へ向かったあと、後ろの車両から生徒が一人駆け込んできました。

 

「ハリー・ポッターが吸魂鬼に襲われたって!」

 

 これのせいで余計車両は混乱しました。

「なんだって?ハリーは生きてるのか?」

「気絶したって!生きてると思う、多分」

「どっちだよ」

「吸魂鬼が列車に入ってきたってこと?」

 

 生徒たちの興奮っぷりをみてドラコはとても不満そうです。

「フン、ポッターは吸魂鬼が怖くて勝手に気絶したのさ」

 兄さんのハリー・ポッター好きはとりあえず置いとくとして、本当に生徒が襲われたのなら由々しきことです。ダンブルドアはかなり怒るでしょう。

 シューーッと煙を吐き出す音がして、電車が動き出しました。みんな渋々コンパートメントに戻ります。私とドラコも向かい合って座りました。

 

「ねえ、兄さん。さっき通ったのは吸魂鬼でしょうか」

「たぶん…な」

 先程の感覚を思い出してか、ドラコは少しブルっと震えました。これ以上あんなものの話はしたくない。そう言いたげにドラコは無理やり笑顔を作りました。

「さーて…晩餐のメニューはなんだろうな」

「去年と同じじゃないんですか?」

「いいや、肉の種類とか結構違うんだよ」

「それじゃあ急いで向かわないといけませんね」

 

 在校生たちはホグワーツの校舎へはセストラルの馬車を使って行くようです。セストラルは死を目撃した人間にしか見えない骨だけの馬です。見た感じはおどろおどろしいのですが、気性の穏やかな生き物です。空を飛ぶこともでき、方向感覚にも優れているので旅の良き友として愛用する魔法使いもいたそうです。兄やほとんどの生徒にはきっと見えていないのでしょう。

 

 馬車ではブレーズ・ザビニとグリーングラス姉妹が乗り合わせました。ザビニに関しては少しだけ知っています。隣のベッドのマリアが彼に片思いをしているからです。

 彼の母親は美人で有名な魔女らしく、その遺伝子を継いでなかなかチャーミングな顔立ちをしています。ダフネ・グリーングラスとアストリア・グリーングラスの姉妹はよく似ています。アストリアの方は同学年なので面識はありますが、こうして向かい合うのは初めてです。

 ザビニはどうやらガチガチの純血派とは距離を置いているみたいです。美貌という武器があるおかげでしょうか。それでも兄と仲がいいのは、張り合うジャンルが違うからでしょう。

 グリーングラス姉妹は二人とも穏やかそうです。ダフネの方はパンジーと一緒に歩いてるのを何度か見かけたくらいなのでよく知りませんが、アストリアは本当におとなしいです。尤もこれに関しては彼女の体が弱いことに起因しているみたいですが

 アストリアは本当に体が弱いらしく、去年も実はクリスマス休暇以降学校に来れていませんでした。今年はちゃんと通いきれるといいですね。ダフネはいつも気遣わしげに妹のそばにいるので大変好感が持てます。(妹に優しい人間に悪い人はいませんからね)

 

 ダフネは馬車が走り出し休暇中の出来事を話し終わったあと、いよいよと言わんばかりに切り出しました。

「さっきの本当に吸魂鬼のせいだったのかしら」

「ああ、僕らのコンパートメントの前を通ってったみたいだ」

「うわ…どうだった?」

「すごく寒かった。それに…なんだか嫌な感じだった。氷の中に閉じ込められてるみたいな気持ちになった」

 ドラコはうなずき、もっともらしく答えます。

「学校の中に入ってきたりしないよね…?」

 アストリアはとても不安そうに姉の袖を掴んで言いました。そのムーブ、可愛いので真似しましょう。

「ダンブルドアが許しませんよ」

「にしてもシリウス・ブラックの警戒でなんでホグワーツに吸魂鬼なんて派遣するのかしら…」

 「そりゃブラックはあの人の狂信者で、ハリー・ポッターの命を狙ってるからさ」

 ザビニはフンと笑って答えます。どっちも馬鹿らしいと言わんばかりです。彼は死喰い人が身内にいないし、家庭や恋愛というまた別種の修羅にいる人なのでどちらよりでもないのでしょう。

 

「まったく、どいつもこいつもポッターポッターポッター…」

 ドラコは相変わらずハリーが好きみたいです。やれやれ。

 それにしても、みんな不気味なほどにエイドリアンについて触れません。グリフィンドール生の私がいるからでしょうか?いえ、きっと違います。

 エイドリアンは“怪我”の療養のため長期休学と言うことになっています。まあ確かにあれは重傷でしたね。実際彼は聖マンゴ病院の呪文性損傷の階あたりにいるのでしょう。

 いささかやり過ぎたかな、とも思いました。けど命があるならいいじゃありませんか。私には他者を踏みつけにしてでも知らなきゃいけないことがあるんです。

 真っ暗な木立の向こうに灯りが見えました。ホグワーツ城の灯りです。遠目に見る城はなんて美しいんでしょう。すぐ横の湖には生徒たちが乗っている小舟の灯りが点々と見えます。まるで夜空の星星のようです。

 

 馬車を降りるとだいたいみんな同じ寮の生徒同士で固まってしまいます。ドラコとはここでお別れです。

 私はドラコをぎゅっと抱きしめてスリザリンの女子たちを牽制しておきました。ドラコは頭を撫でてくれました。抱っこの報酬としてのなでなでは妹として当たり前ですが、年齢的にどうなんでしょうね。もしかしたらそろそろしてもらえなくなるかもしれません。

 

「あ、ソフィア」

 

 声をかけられ振り向くと、ルーナがひらひらと手を振ってました。後ろの方でロジャー(私がナメクジに変えた人)がびくっと震えました。

「知ってる?今逃げてるシリウス・ブラック、実は人狼なんだって」

「え?ええ…じゃあ満月の夜は気をつけます」

 私は城に入ろうとしているグリフィンドールの生徒たちに合流しました。ハリーとハーマイオニーはマクゴナガルに呼び出されたらしく、不在でした。どうやら吸魂鬼に襲われたのは事実のようです。

 二人並んで歩くとき、ジニーは嬉しそうに休暇で行ったエジプトの事を話してくれました。

 みんな久々の再会に浮足立っています。マリアはやたらにくっつくし、コリンは夏休み中カメラは没収されていたらしく、そのうさを晴らすようにみんなの写真を撮ってくれました。

 

 組分けの儀式を見物し終えた頃、ハリーとハーマイオニーがコソコソと戻ってきました。

 ハリーは私の隣に座ると嬉しそうに「やあ!」と言いました。校長がまだ話しているので私は軽く会釈しました。

 校長が吸魂鬼の話に差し掛かったあたりでどこからかクスクス笑いとヒソヒソ声が聞こえてきました。それはきっと全てハリーに向けられているのでしょう。

 思えばいつもハリーはこんな感じです。ドラコはいつも誰かに注目されてるハリーを妬んでいるフシがありましたが、こんなの全然羨ましくありません。

 

 魔法生物飼育学のケトルバーン先生は手足が残ってるうちに余生を楽しみたいとのことで退職なさったそうです。新しい先生はなんと森番のルビウス・ハグリッドでした。グリフィンドールからは驚きと喜びの声が、スリザリンからは怒りと抗議の声が聞こえてきました。

 そういえば私とハグリッドは気が合うかもとダンブルドアに言われていましたね。ドラコが気に入らないでしょうから仲良くする気はありませんけど、来年以降話す機会は増えそうですね。

 

 そして新しい闇の魔術に対する防衛術の先生が紹介されました。リーマス・ルーピン先生という優しげな人です。まあなんにせよ、ロックハート以下ということはないでしょう。

 ちなみにロックハートは秘密の部屋事件で負った怪我により退職しました。商売道具、治るといいですね。

 

「見て、スネイプの顔」

 向かいのテーブルのロンがハリーに話しかけます。スネイプは苦虫を百匹は噛み潰したような顔をしています。彼は闇の魔術に対する防衛術を教えたがってるらしいのですが、毎年毎年落とされてるみたいですね。かわいそうに。

「今年もスネイプの魔法薬学を受けなくちゃならないの、憂鬱だ」

 ハリーは私の方を向いて話を振ってくれました。私とロンの仲はよくありません。というかロンが私を一方的に避けています。少しでも打ち解けるよう気を使ってくれてるんでしょうか。

「そうですね」

「君は別に憂鬱でもなんでもないだろ。贔屓されてるんだから」

「ロン!」

「いえ、いいんです。たしかに話を合わせただけで憂鬱でもなんでもありませんから」

 ロンと仲良くなる必要はそんなにないのですが、こうもつんつんされてると少しやりにくいですね。彼はなんやかんや寮内で発言権を持っているしもう少しだけ仲良くなれるよう頑張ってみてもいいかもしれないです。

 

「ソフィア。聞いてよ〜。父さんったらね、連続殺人犯が魔法使いなら今年はホグワーツに行くのはよせって言うの!去年の秘密の部屋事件のときはなんも言わなかったのによ?!でっかい蛇と殺人犯……どう考えても蛇のほうがやばいよね?」

 マリアは夏休み中魔法が使えなかったことやマグルの父親に話が全く通じないことにだいぶくさくさしていたみたいです。彼女の母親は魔女ですが、早くに亡くなって父一人子一人らしいです。

 私がベッドに腰掛けた瞬間そう言って私に抱きついてきました。

「あ〜癒やし」

「それはよかったです」

 彼女はマグルの家で育ったおかげで昨年度に引き続き他の人から猛烈に感じるマルフォイ家というレッテルを無視してくれてます。

「マリア、ソフィア困ってるよ」

 ジニーがそう注意すると、マリアは今度はジニーに抱きつきに行きました。やめてよー!と言ってる割には楽しそうです。久々の再会でみんなテンションが高いようです。

 グリフィンドールを選んでよかったかもしれません。スリザリンじゃこんなふうにワイワイはできなかったでしょうし、なにより兄のために四六時中気取ってなきゃいけなかったでしょうから。

 

 行きの電車ではちょっと後悔しましたけど、なんやかんや私はみんなと過ごす日々が好きです。本当にそう思います。

 

 

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