さて、無事入学式の翌日から授業が始まり学校生活がほのぼの過ぎてくわけです。
今年は吸魂鬼というおまけ付ですが、まあ学内に出没しないだけあの怪しげな日記よりも害はないかもしれません。
ちなみにトム・リドルの日記は私のカバンの奥底で丁重に封印されています。家においておくのも気がかりですし、カバンの底に敷いとくのが一番いいと思いました。あれの名前はわかりませんがどういうものかはわかります。身につけるのは危険です。心身に悪影響が出る恐れがありますから。
今年はゆっくりまったり彼がどういうものなのか研究するのも悪くありませんね。もっともジニーに見つかってはまずいので、彼と話す場所は考えなくてはいけませんが。
新しい先生のうち、ハグリッドとは残念ながら関わる機会はありません。魔法生物飼育学は三年生からですから。
ルーピン先生は文句なしにいい先生だと思います。授業もわかりやすいし、話し方もくだけてて生徒にかなり好かれるタイプです。現に授業後はみんな次の授業が楽しみでたまらないといった様子です。
二年生になって始まった薬草学では去年と同じくマンドラゴラの栽培で、終わる頃には全員ドラゴンの堆肥の匂いが染み付いてしまっていました。一緒の授業だったスリザリン生に至っては体調不良者がでていました。(アストリア・グリーングラスです。まあ彼女はもともと体が弱いので仕方がないでしょう)
「もう最悪!」
初回の授業を終え、マリアは半泣きです。みんなで校舎へ戻っている途中、私を見つけたスリザリンの生徒が駆け寄ってきました。ダフネ・グリーングラスです。妹を心配して待っていたのでしょうか?
「よかった、ソフィア!」
ダフネは私に駆け寄ってきました。
「あのね、さっき私達魔法生物飼育学の授業だったんだけど…ドラコがヒッポグリフに襲われて大怪我しちゃったのよ。医務室にいるから行ってあげて」
「なんと…」
私は絶句しました。場合によっては私はハグリッドを殺すかもしれません。私はダフネにお礼を言うのも忘れて大急ぎで駆け出しました。
医務室に突っ込むようにして駆け込むと、マダム・ポンフリーがブチ切れました。マダム・ポンフリー、私はこれまで一度もお世話になったことがありませんけど厳しい方なのですね。
「ここは病室ですよ!?」
なので私もキレ返します。
「兄が!ドラコがいるはずです!」
「ああ、ミスター・マルフォイの妹さん…。奥のベッドですよ。いいですか、くれぐれもお静かに」
私は一礼してそのベッドの方へ早足で近寄りました。そして勢いよくカーテンを開けると、ドラコの手を握って励ましてるパンジー・パーキンソンがいました。
「あ、ソフィア……あーしまえ!杖をしまえ!」
「い、妹さん…来たのね」
私が杖を握ってるのを見てパンジーはさっと手を引っ込め、椅子からどきました。私は杖をしまいパンジーを無視してそこに座ります。
「何があったんです?」
私の剣幕のせいかドラコはちょっとおされてます。パンジーはどっかに行きました。
「まいったよ。あの森番、僕を野獣に襲わせたんだ」
「…ヒッポグリフはとても賢いんですよ。兄さん、なにか失礼なことをしたんじゃないですか?」
私の言葉にドラコはびくりとなります。図星だったんでしょう。
私は本当に心配したのです。襲われて大怪我としか聞いてなかったので、足で蹴られて踏み潰されてぐちゃぐちゃになってるとか、腹を食い散らかされたとか、最悪を想定して駆け付けたのです。なのにカーテンを開けてみればパンジーにデレデレです!
普段なら溶けるほど心配し甘やかしの限りを尽くすところですが、優しくできません。
「……ソフィア…怒ってるよな」
「いえ別に」
「こういうときのソフィアは怒ってるだろ?」
「怒ってません!…心配して走ってきたのに……もう」
「やっぱり怒ってる。……ほら」
ドラコは体をずらし、隣を手で叩きました。私はそこに移動します。二人並ぶ形になるのでドラコの表情はわかりません。肩にドラコの体温を感じます。
「心配してくれてありがとう」
「それは…妹として当然です。その傷、大丈夫なんですか?」
ドラコの右手は包帯でぐるぐる巻です。獣の爪で切り裂かれるなんてドラコにとってははじめての大怪我だと思います。
「ああ、うん。血はものすごく出たけど…ポンフリーは痕も残らないだろうって」
「よかった…」
私は胸をなでおろします。ハグリッドを殺すという選択肢は消えました。
「パンジーのことはごめん。断りきれなくて」
「……兄さん」
私は兄さんの肩に頭を乗っけます。顔が見えないから、今なら素直になれる気がします。
「わがままを言ってごめんなさい。でも、私はたまらなく不安になるんです。兄さんにとって私がいらなくなってしまったら…私はもう生きていけないと思います」
「ソフィア、そんな事にならないよ。今日のは僕が悪いし…」
あ、地味にドラコに非があるという言質を取れてしまいました。まったく、兄さんは私(妹)に甘いんだから…。
「そうですよっ!もう次はないんですからね」
「アズカバンに行くようなことはだめだぞ」
「ふふ、今年は引き渡しが楽ですね」
そうやって笑い合ってると次の授業の開始を告げる鐘が聞こえてきました。私は立ち上がり、ドラコのほっぺにキスをして立ち去りました。これくらいはセーフです。
近頃兄に甘えることができるのも今のうちだけ。そんな気がしてならないのです。
私はドラコに甘えたおかげで一日中ルンルンでした。あまりの機嫌の良さに一緒に魔法薬を煮ていたコリンは怯えていました。このご機嫌は数週間は続くかもしれませんね。けれども現実はそうはいきません。
翌朝、ドラコの怪我について父上から心配とお怒りの手紙が届きました。すでに理事にハグリッドの解任案を提出したそうです。ですが教員の人事権はダンブルドアが握っているため、時間がかかるそうです。代わりにヒッポグリフを処刑してはどうかと考えているようですが、私はそれには反対しておきました。私、動物好きなので。
それに魔法生物保護に多額の寄付金をだしていたマルフォイ家がヒッポグリフを殺すのは外聞がよくありませんからね。
仮にハグリッドを教職から追い出すとしたらダンブルドアを追い出すか、新規にそういう権限を持った役職を設立する他ないでしょう。前者はすでに失敗してますし、新しい役職を作るには半年くらいは根回しや調整で時間を食うかもしれません。
「君のアニキ、やってくれたね」
朝食の席で珍しくロンから話しかけられました。なんだかムスッとしてます。一言言ってやりたくなったんでしょうか。
「兄の行動を予測できなかったハグリッドにも問題があるでしょう」
「ふん、やっぱり君もマルフォイなんだな」
「やめてよ、ロン。ソフィアは関係ないでしょ」
「いえジニー、私はドラコの妹です」
「そういうことじゃなくてね」
「ですがロン、あなたは誤解しています。私個人としてはハグリッドには感謝しているのですよ」
「は?なんで?」
「それは……ふふ…秘密ですけど」
「な、なんだよ…気味悪い!」
「もー…ソフィアいこう?」
1年間一緒にいたジニーはそんな私には慣れっこです。ジニーと私は次の変身術の授業に向かいます。
「ソフィアのブラコンっぷりには呆れを通り越して感心する」
「光栄です」
「褒めてはないわ」
授業を終えてから、私はドラコと一緒に広間で勉強する約束をしていました。スリザリン生のみなさんも席に座る私にもうさすがに慣れたみたいで何も言ってきません。
「あのウドの大木にいつまで授業を任せる気なんだか。おかげで僕はクィディッチの試合に出られるかどうかもわからない」
ドラコはぷんすこしています。右手が使えないせいで日常生活には不便しているようですが、そこはザビニが手伝ってくれてます。ええ、女よけに私が必死に頼み込んだんです。現金を渡そうとしたのですか断られました。
「兄さん。けれども体を張ったかいはありますね」
「どういうこと?」
「だから、ハグリッドを教職から追い出せるじゃありませんか。そのためにやったんですよね?」
「え…あ!ああうん。そうだな、確かに…」
「理事である父上が騒げば何かしらあるでしょう。よかったですね、計画通りでしょう」
ドラコもしたり顔で乗ってくるかと思いました。けれどもドラコはなんだか神妙な面持ちで私の顔を見つめてきます。
「……ソフィア」
「え?」
「ソフィアは……」
「はい?」
「ソフィアはそんなこと考えなくていいよ」
「……そうですね。たしかに、策略は深窓の令嬢には似合いませんね」
しまった、です。
私、少々調子に乗りすぎてしまいました。ドラコになにか不穏なものを感じさせてしまったようです。いや、よくよく考えると私って不穏の塊ですよね。だってバジリスクに噛まれても死なないんだもの。
それだけじゃありませんよ。習ってない呪文だってすっと出ちゃうし、杖なし無言呪文だって本当はできます。来たことないロンドンの通りに見覚えもあるし、わけのわからない石碑の夢も見ます。
私の目的は私の正体を知ることです。私がなぜこんな体なのか、真相を知る人物は死んでしまいました。ですがその背後にいる何者かは、いつか必ず私の前に現れます。シャイマ・オリバンダーの親族がおそらく鍵を握っているのでしょう。
この体に感謝するべきと思う方もいらっしゃるかもしれません。ですが私は死ぬことのできない生など何も面白くありません。今が例えば中世だったら、天下統一を目指し戦いに明け暮れ、ヴァルキリーとか呼ばれて充実してたかもしれませんね。
けれども今は無味乾燥の20世紀末なのです。
一体何を志せばいいのでしょう?
私の存在がドラコにとって害になるなら私は喜んで身を引きましょう。……なーんて言ってみてもいいのですが、あいにく私は生来強欲な質らしいです。
私は世界の形に自分を変えることなんてしません。世界を私の形に合わせます。そのために、私は私の正体を知りたいのです。
ドラコと別れ、ぼんやりと禁じられた森を眺めながら物思いに耽っていたところでハリーに会いました。
「あ…やあ。どうしたのこんなところで」
「いえ、ぼんやりしていただけですよ。ハリーこそどうしたんですか?」
「僕はハグリッドの様子を見に。昨日あんなことがあったから…」
「ああ…兄がごめんなさいね」
「いや…正直言ってあいつは最低だって思ったけど…ソフィアが謝ることじゃないよ」
ハリーは申し訳なさそうにしていましたが私も本気で謝ってないので問題ありません。
「そうだ!ソフィアも一緒に行かない?バックビークが危険じゃないってわかってほしいんだ」
「バックビークって言うんですか、あのヒッポグリフ……いいですよ」
「よかった。じゃあ行こう」
ハリーはハグリッドの小屋へ続く坂道へと手招きしました。私もそこを下りていきます。初めて行く道です。小屋の前まで行くと、なんだかどんよりとしたオーラが漂っていました。
「ハグリッド…?」
ハリーのノックにも返事はありません。ドアを開けると中には誰もいませんでした。
「バックビークのところかも。行こう」
森の中に入って獣道を進みました。実り豊かな秋を控えて実のなっている木がいくつかあります。青い匂いが鼻をくすぐり、新鮮な空気が肺を満たします。
「ハリー、私は別にハグリッドに怒っていませんよ」
「ほんと?でもマルフォイを怪我させちゃったわけだし…」
「兄はたまにうっかりさんなのです。可愛いですよね」
「…?」
ハリーは頭の上に疑問符を浮かべていました。わかってもらえなくてもいいんです。
「あ、やっぱりいた」
木立を抜けて開けた場所に行くと巨大な人影が見えました。ハグリッド、近くで見るのは去年の入学式以来です。
「おお、ハリー…それに…?」
ハグリッドは私が誰だかわかると怯えた表情を見せました。体が大きいわりに繊細な人みたいです。
「安心してハグリッド。ソフィアは怒ってないよ。バックビークの様子を見に来てくれたんだ」
ハグリッドはそれを聞くと肩を撫で下ろしました。そして咳払いをするとあらたまって頭を下げました。
「すまんかった。お前さんのお兄さんに怪我をさせちまって…」
「お気になさらず。治る怪我ですので。それよりも私もヒッポグリフを見てみたいのですが」
「お、おう。そりゃええ!バックビーク」
ハグリッドが指笛を鳴らすと木立の向こうから大きな影がこちらへ歩いてきました。ヒッポグリフです。鷲の上半身に馬の下半身の魔法生物でグリフィンと馬の間の子だと言われています。翼をゆっくり伸ばし、こちらをじっと観察しています。
この個体は凛々しい顔つきに美しい毛並みを持っています。知性を感じる眼差しは私を少し警戒しているようでした。
「おお、ええぞソフィア。ヒッポグリフは目をしょぼしょぼさせるやつを信用せん。しっかり目を見て、次はお辞儀だ。ヒッポグリフっちゅうのは礼儀を重んじる生き物でな。ほれ、ゆっくり…」
私はヒッポグリフにお辞儀をし、そのまま待ちました。ヒッポグリフもしばらくしてから前足を折り、お辞儀を返しました。ハリーが息を呑む音が聞こえました。
「よーしソフィア!触ってもええそうだ。よかった…昨日のことで人嫌いになってやせんか心配してたんだ」
この半巨人は人嫌いになってるかもしれないヒッポグリフと私を触れ合わせようとしてたのですか。スリザリンの生徒に嫌われるのはそういうところのせいではないでしょうか。
と思いつつも、ヒッポグリフに気に入られたのは素直に嬉しいです。ヒッポグリフはクルッと喉を鳴らし、私に嘴を差し出しました。撫でると木でできた器のような手触りがします。
「バックビーク、僕を覚えてる?」
ハリーがゆっくり前に出ると、ヒッポグリフは嬉しそうにハリーの方へ向きます。賢くて優しい生き物ですね。ドラコはもう近づきたくないでしょうが、私はやっぱり魔法生物が好きです。
ハリーと私で翼の付け根を撫でていると、ヒッポグリフはなんだか飛びたそうに羽ばたきました。
「ああ…バックビーク。すまんな…飛び回るのは禁止されとる…」
「え?なんで?」
「理事会からの要請だ。人を傷つける可能性のある動物を校内で野放しにするなっちゅーな」
「そんな!ひどい…」
ハリーは憤慨しています。
「残念ですがしばらくは従ったほうがいいですよ。これ以上酷い決定がくだされないように大人しくしてるほうが賢明です」
「君のお父さんはバックビークをどうするつもりなの?」
「そうですね…昨日までは処刑するつもりだったみたいです。でもそれはやめてくれるように頼みましたから」
「処刑…」
ハグリッドはショックで口をあんぐり開けていました。そのあと涙ぐみながら私に礼を言ってきました。
「ソフィア、おやじさんを止めてくれてありがとうなあ…!」
私は処刑は止めてもハグリッドの退任は止めるつもりはないので、そんなお礼を言われるとなんだか良心が痛んでしまいます。昨年度末にダンブルドアに言われた言葉も瑕疵となって良心がちくちくささくれまみれです。まったくもう。