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ハリー・ポッターにとってホグワーツで過ごした一年間はこれまでの人生で(そしてこれからの人生で)特別な時間になった。
そして二年目の始まりは、一年生の大冒険を超えた波乱を予感させるものだった。
しもべ妖精のドビーがホグワーツに罠が仕掛けられてるとハリーを脅迫した末、ダーズリー家でケーキをぶちまけたり、フレッドとジョージが空飛ぶ車で鉄格子を破壊してハリーを救出したり…。
そしてダイアゴン横丁へ教科書を買いに来た今も、ハリーは自分がとんでもない状況にいることをぐるぐる回る頭で理解しつつあった。
あたりはやけに薄暗かった。ハリーは自分が床に突っ伏していることに気づき、体を起こした。
暗い色の床板は年季が入っているらしくところどころ箚さくれている。(しかもハリーのせいで灰まみれだ)締め切られたカーテンの薄明かりが部屋に差し込んでいる。
部屋の中には棚がいくつかあり、見たことない形のものが並んでいた。灰色の萎びた手や血みどろのトランプ。邪悪な表情の仮面が壁に掛かっているし、天井からは錆びついた棘だらけの道具がぶら下がっていた。極めつけは人骨が積み上がっているカウンターだ。何か怪しい品を売っている店なのだろうか。
少なくとも行くはずだった暖炉でないことは明らかだった。
「あの…」
「シィーーッ…」
ハリーが声を上げようとすると、突然棚の向こうから女の子の声がした。
ハリーが驚き言葉を失っていると、右手前の棚の影から女の子が飛び出してきてハリーの手を掴み、そばにあった義眼の展示された棚の裏に引っ張り込んだ。
「静かにしてください」
突然の出来事にハリーは頷くことしかできなかった。ハリーの手を握っているのはこんなところは似つかわしくない可愛らしい女の子だった。
プラチナブロンドのさらさらした髪にエメラルドのような瞳。ちょっと病的な白い肌。頬には興奮か緊張か、赤みがさしていた。なんだか少し猫っぽい。
自分と同じか少し下のように見えるが、ホグワーツでは見たことない顔だった。
壁を隔てた向こう側で話し声が聞こえた。そしてガチャッと音がして誰かが入ってきた。
「いいですか?絶対に、見つからないでください」
少女はハリーの耳元で囁き、さっと視線を部屋に入ってきた何者かに向けた。
「ドラコ、中のものには一切触るんじゃない」
「なにかプレゼントを買ってくれるんだと思ったのに」
ハリーは驚いた。入り口から聞こえてくるのは憎きドラコ・マルフォイの声じゃないか。そうなると、大人の方は父親だろうか。
二人は何やら話していた。ハリー・ポッターという名前が聞こえた気がするが、ハリーはそれどころじゃなかった。
マルフォイ親子の方を熱心に盗み見している女の子。彼女があんまりにも近くにいるせいで、終始心臓がドキドキしていたからだ。
「おやおやまあ、マルフォイ様。ようこそいらっしゃいました。今日は若様まで…」
店主らしき男の声がして、女の子はますますハリーのそばに寄った。ほとんど抱き合うようになってしまい、ハリーは自分の手をどこに置いておくべきかわからなくなってしまった。
「なるほど…あれは毒だったんですか…」
女の子は店主とマルフォイのやり取りを見てふむふむと頷いていた。
「父上、あれを買ってくれる?」
「あぁ!輝きの手ですね」
ドラコの声がして、女の子は慌てて棚の下に頭を引っ込めた。ハリーの鼻先1センチくらいに女の子の顔がきて、ハリーはこんどこそすっかり言葉を失ってしまった。
宝石みたいに輝く瞳に小さい口。猫みたいな目のうえに生えた睫毛。やっぱり驚くほどに可愛い。ハリーはちいさなビー玉がころころと転がってくさまを思い浮かべた。仕草の一つ一つ、髪の跳ねなんかが小さな体にとじこめられた輝きが零れ落ちてるようだった。
その子は残念ながらハリーを見つめることよりも、マルフォイ親子の会話に夢中だった。
「こちら強盗には最適の道具でございまして。さすがおぼっちゃま、お目が高い」
「ボージン、私としては息子には強盗よりマシなものになってほしいがね」
「と、とんでもない。そんなつもりは…」
「もっともこのままの成績ではこの輝きの手とやらが入り用かもしれないが」
「違う。僕の責任じゃない。みんなが贔屓するんだ、あのハーマイオニー・グレンジャー…」
「私はむしろ魔法族でもない小娘に全科目の試験で負けているおまえが恥じ入るべきだと思うがね。そればかりか実技でも留学生に負けてると来ている…」
ハリーはドラコがごにょごにょとなにか言い訳しているのがわかった。
「さて、リストの話に戻ろうかボージン。私は急いでいてね…妻と娘が待っている」
「さようで。ええ……この量でしたらでしたら明日にでも引き取りに参ります」
「ではそのように頼むよ」
ドアの閉まる音がして、マルフォイ親子が去ったことがわかった。店主はドアが閉まった途端さっきの腰の低さを吐き捨てるようにつぶやいた。
「ごきげんようマルフォイ閣下様。ふん。噂が本当ならあんなリスト、あんたが隠し持ってるものの半分にもなりゃせんさ…」
店主が階段を上がる音を聞いて、ようやっと女の子はハリーのそばを離れてくれた。そしてハリーの襟をちょいちょいとひっぱると、勝手口からひらりと外に出た。
「緊張しましたね」
女の子はそう言ってニッコリ微笑んだ。
ホッとしたいのはやまやまだったが、残念ながら店を出ても路地は薄暗く、なんだかいかがわしい雰囲気で満ちていた。
それでも外の空気を吸ったことでハリーはようやく平静をとりもどし、やっと自分のメガネが割れていることに気づけた。
「君、なんであそこに?っていうかここはどこ…?」
「あなたこそ、ここがどこだかわからないのですか?煙突飛行ネットワークできたのに?」
女の子は興味深けにハリーをつま先から頭のてっぺんまで見つめた。ハリーは途端に恥ずかしくなった。今の自分は煤だらけでかなり汚いはずだ。
「僕、煙突ははじめてで…本当はダイアゴン横丁に行くはずだったんだ」
「面白い冗談ですね。そんなことあるんですか?」
女の子はさもおかしそうにうふふふっ、と笑った。ハリーは恥ずかしくて顔がかあっと赤くなるのを感じた。
「ダイアゴン横丁はここを出たらすぐですよ。迷子さん。…あっ、急がないと。それではごきげんよう」
女の子はハッとして駆け出してしまった。ハリーは名前も聞く暇もなかった。そして一人置き去りにされたことに気付き、天を仰いだ。
ホグワーツ二年生になるこの日の出来事をまとめると、怪しい店に迷い込んだと思ったら可愛い女の子に出会って、マルフォイ親子の怪しい取引を目撃し、一人で知らない場所に置き去りにされたわけだ。
「なんて日だ…」
やっぱりどうしたって今年も大変な一年になる。ハリーの中で予感は確信に変わってしまった。
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妹は明文化されていない世界の理の一つだ。つまり妹とは兄にとって抗い難い摂理そのものであり、時に風が吹くように訪れ、消える。そんな存在なのだ。
ドラコ・マルフォイには妹がいる。
彼女はソフィアという名前で、春の朝の日差しのような無垢な少女だ。
ソフィアはドラコにとって花というよりかは猫のような存在で、慈しみ愛でるというよりかは付かず離れず互いに可愛がっているような、兄妹として適切な距離にいる。
妹は軽やかに歩く。
リズミカルに
ピンと張った弦の上を歩くように
あるいは、ピアノの鍵盤を叩くように
ドラコは目の前を歩くソフィアの後ろ姿を見てそんなことを思った。
透き通るようなプラチナブロンドの髪が歩調に合わせふわふわと舞っている。
新学期が始まるダイアゴン横丁の人混みの中だというのに、妹はまっすぐ歩く。まるでまわりが彼女を自然と避けるように。
スカートの裾が翻り、自分より10センチほど低い頭が、ふいに振り返った。
「どうして私の後ろを歩くんですか?兄さん」
ソフィア鈴が鳴るような声で問いかけた。エメラルドグリーンの瞳がドラコを捉える。
「いや、なんだか不思議でさ。人混みなのに、まっすぐ歩くから」
「変なことを言いますね、兄さんは」
ソフィアはクスリと笑った。
「ねえ兄さん、さっきは父上と一緒にどこ行ってたんですか?」
ドラコはぎくりとした。ソフィアにノクターン横丁の怪しい店に行ってたなんて言ったら自分も連れて行けと言い出すだろう。父上がソフィアを連れて行かなかったのは、もちろん女の子だからと言うのもあるけど、行ったら間違いなく店に並んでいるあらゆる品を試そうとするからだ。
「秘密。僕と父上の男の秘密だ」
「ふふっ。なんですか?それ。ダサいです」
「なんだと!」
「あはは」
ソフィアは楽しそうだった。ソフィアは一人でいる時はとても渋い顔をしていることが多い。だからドラコは笑っているソフィアを見ると安心する。
「二人共、はぐれてしまわないように」
ソフィアの前を歩いていた父、ルシウスが後ろをちらりと見て声をかけた。ソフィアははあいと花のように返事をした。
ソフィアはくるりとターンしてドラコの手を捕まえた。そのままするりと腕に抱きつき、ニッコリと笑った。
「こうしててもいいですか?」
ドラコは苦笑いした。兄として妹のいじらしいお願いを無碍にはできない。
「店までだぞ」
「はい」
ソフィアは昔からこんなふうに甘え上手だった。あまりに見事なので、ドラコは実は彼女が計算してやってるんじゃないかとも思ったほどだ。たとえ計算でも、結局妹の言うことは聞いてしまうだろうが。
イギリスの魔法使いの子どもはみんなオリバンダーの店で初めての杖を買う。
店に入るとオリバンダー老人はカウンターからニコリと微笑んだ。
「やあどうもこんにちは、マルフォイさん。杖をお探しですね」
「ぜひ娘にあった杖を探してくれ」
母、ナルシッサがソフィアの背中をそっと押してカウンターの前へ通した。オリバンダーはソフィアを見ると眉をちょっと上げた。
「…君は…前にもここに来たことが?」
オリバンダーの目に不信感がよぎった。
「ええ。兄さんの杖を選ぶときにお店の前まで」
しかしソフィアはにっこりと笑って答えた。オリバンダーはふうむと唸ってからたくさんの杖の箱が詰まった棚から一つ、あたらしめのをとってソフィアに渡した。
「ではまずこれを振ってご覧なさい」
一本目の杖はソフィアが持った途端オリバンダーの白髪の中から急に小鳥が飛び出してきた。
「ハシバミにユニコーンの毛…25センチ、曲がりやすい。これも悪くはないが、一応もう一本」
オリバンダーは笑って次の杖を差し出した。
二本目の杖はどうやらしっくりきたらしく、振った途端そばにおいてあった花瓶の花が満開になり、芳しい香りを放った。
「おお!素晴らしい」
オリバンダーの顔がぱっと明るくなった。ソフィアも杖の握り心地が気に入ったらしく、その杖をじっくり眺めた。
「ギンヨウボタイジュにドラゴンの心臓の琴線。39cm。しなやか。……美しい杖ですよ。銀葉菩提樹の杖は神秘の術に秀でてると言われています。娘さんはひょっとしたら予見者の素質があるのかもしれませんな」
「ふむ。父親としては神秘部なんぞに娘はやりたくないがね…。それにしてもすぐにぴったりのが見つかってよかった。ではそれを貰おう」
「ありがとうございます」
ソフィアは手渡された杖を持ってドラコにニッコリと微笑みかけた。ドラコも微笑み返した。
杖店を出るとドラコとソフィアは書店で教科書を注文しに、両親は二人にプレゼントを買いに行くことになった。ダイアゴン横丁での子供だけのお使いにナルシッサは強く反対したが、ルシウスはプレゼントは秘密のほうが楽しいよと諭し、なんとか同意した。
「ね、兄さん。どうして書店までは手を繋いでくれないんですか?」
「それは…さっき同級生とすれ違ったし」
「恥ずかしがり屋さんなんですね」
私は無理やりドラコの手を絡め取りました。ドラコはあっと呟くも、しっかり絡んだ指を見てため息をつきます。
「ソフィアには敵わないよ」
ええそうでしょう。妹とはそう言うものです。