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思えば、僕はソフィアの本心を一度だって聞いたことがなかった。
ソフィアは小さい頃から世界に愛されているような子供だった。僕よりもずっといい子で、清純で、微笑むと周りに花が咲くようで、従順で、時にいじらしいワガママを言う。いつからか、それが仮面のように作られたものへすげ変わっていた。
小鳥を殺したあの日、僕は自分がソフィアに感じた恐怖を押し殺した。
けれども、僕はそれをなかったことにしてしまった。
ソフィアが変わってしまったそのとき、僕は妹を見捨てていたのだ。
ソフィアが望む姿しか見てこなかった。見ようとしなかった。それは多分、ソフィアという一人の人間に対して一番残酷なことだ。
だから僕は…
「ソフィア、僕が小鳥を逃してしまった日のことを覚えてる?」
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その時の私はまだすべてに愛されていると信じていました。世界に祝福され、このままずっと幸せな日々が続いていくと信じて疑いませんでした。
恵まれた家柄、容姿、才能、優しい家族。朝起きてから寝るまで、何もかもが満ち足りた毎日。苦しみなんてせいぜい苦手な野菜を食べなきゃいけない事だと思っていました。
けれども6歳になった頃、どうやら人は死ぬらしいということになんとなく気付きました。祖父、アブラクサス・マルフォイが龍痘で倒れたからです。
祖父は私をよく膝に乗せてくれました。祖父はドラコのことも可愛がっていましたが、膝に乗せるのは私だけでした。
祖父は本を読み、私は本を読む祖父を見上げたり、窓の外を見ようと身じろいたりしていました。
どんなにつまらなくても私は膝の上からどく事ができませんでした。祖父の体は私を抱くとき不自然に緊張していました。なのでなんだかどいたら悪い様な気がしました。なんだかどいたら怒られてしまうんじゃないかと思ったのです。
そんな祖父が倒れたとき、私は本当に心配しました。かなり重い病だとわかったとき、父が涙ぐんでるのを見て私も泣いてしまいました。
やがて祖父は美しい白髪をバッサリと切り、聖マンゴに入院しました。元々かなりの高齢だった祖父は病室で静かにその命を終えるのだろうと思いました。
死ぬという言葉は知っていました。けれども、その意味は幼い私にはまだ本当の意味で理解はできないものでした。
病室の祖父は包帯まみれで、ドラゴンの鱗のような疱瘡は治しても治してもきりがありません。日に日に窶れていく祖父と疲弊する両親を見て私は心を痛めました。
ドラコも家にいるときはいつも難しい医療の本を読んでいました。
ドラコは書庫のカーペットに寝そべり、私も隣に並びました。窓から見える雲を眺めたまま二人でしばらくそうしていました。
「にいさん、お祖父様は死ぬの?」
「わからない」
私の質問にドラコは悲しそうな顔で答えました。
「どうして生き物は死んでしまうんだろう…」
私は答えられませんでした。けれどもできることならば、ドラコを悲しませるものをできる限りなくしてあげたいと思いました。
私は祖父が死なないようにできる限りのことをしようと決意しました。病室で退屈しないように本を持っていってあげたり、お手紙を書いたりしました。お見舞いの日はドラコと一緒に大したことのない日常のいろんなことを必死に面白おかしくお話しました。
祖父のことは少しだけ苦手でしたけど、愛に満ちた世界にいると思っていた私は彼も同様に愛していましたし、なによりも死んでほしくありませんでした。
はじめこそ祖父は喜んでくれました。ですが闘病生活が続くに連れ反応は鈍くなり、次第に何も言わなくなりました。
あれだけ大きく見えた体もどんどん萎んでいき、お膝に乗ったらそのまま折れてしまいそうなほど頼りなくなってしまいました。
個室のベッドに力なく横たわり天井を見る祖父を見ると心が痛みました。元気だった頃の祖父からはまるで想像できないほどに、彼は弱っていったのです。
ある日の事です。見舞いの最中、父と母は癒師に呼び出され退室しました。ドラコは私のために飲み物を買ってくると言い病室から出ていってしまい、私は病室で祖父と二人きりになってしまったのです。
父と母はきっと祖父の命が間もなく尽きるであろうと告げられているに違いありません。父はきっと泣かないでしょう。しかし、心は深い悲しみに暮れています。
祖父本人もそれがわかっているはずです。床に伏せる前はとても厳格で英明な方でした。家族の私達がこんなに悲しいのなら、死んでしまうとわかっている祖父自身はどんな思いをしているのでしょうか。
私はどうしていいかわからず、呆然としている祖父の手を握りました。
冷たく、乾いた手です。
「アブラクサスお祖父様…」
私がささやくと、祖父はカッと目を見開き手を振り払いました。
こんな枯れ枝のような体のどこにそんな力が残っていたのでしょう?
私は驚き、祖父の顔を凝視しました。
祖父は私を見つめ、吐き捨てるように言います。
「触るな。穢らわしい」
「………え?」
私は聞き間違いかと思いました。だってこれまであんなにも可愛がってくれた祖父が私を
けれども祖父の顔はこれまで見たことないほど嫌悪で歪んでいました。
「お祖父様、今なんて…」
「お前など、作るべきではなかった」
祖父はまるでうわごとみたいなことを言います。けれども目は私をしっかりと見ていて、それが意志と意識を伴い発せられる言葉なのだと痛感しました。
私は聞き返します。
「作るって…?」
「間違いだった」
祖父はそうつぶやくと気絶するように目を閉じ、枕に頭を沈めました。私はあまりのことにしばし椅子の上で呆然としていました。
穢らわしい
お前など作るべきではなかった
間違いだった
祖父の言葉が頭の中で何度も反芻されます。私は、あまりに聡明すぎました。すぐにその言葉の真意に辿り着いてしまいました。
私はルシウスとナルシッサの子ではなく、アブラクサスが誰かと成した子なのだと。
吐きそうになるのをこらえました。
祖父のそばから逃げ出したいのに、足が動きません。私は震える声で祖父に聞きました。
「お祖父様……私は……私はお父様の子じゃないんですか?」
「………ソフィア」
「はい」
「お前は、この世にあってはならないものだ。かえりなさい、誰かを傷つける前に…」
「帰るって…?ねえ、お祖父様…!」
祖父はもう私の言葉に答えませんでした。今にも途切れそうなか細い声でずっと「間違いだった…」とつぶやくだけです。
私は、お父様ともお母様ともお兄様とも、本当は家族じゃなかった…?
帰るって、どこに?あの家は私の帰る場所ではないというの?
私は、不義の子なのでしょうか。
これまでの時間は何だったのでしょうか。父は、母は知っているのでしょうか?
私は…
「ソフィア、はいこれ」
「ひゃっ」
ドラコが病室に入って来ているのにも気づけませんでした。私は必死に平静を装い、ドラコの手渡したジュースの瓶の蓋を開けます。
「ありがとう、兄さん」
「お祖父様、寝ちゃった?」
「う、うん。そうみたい」
私は瓶の中身を一気に飲んだせいで少し気持ち悪くなりました。なのに、味は全然覚えていません。
家に帰ってからも、いえ。それからずっと、私の頭の中では祖父に言われた言葉が渦巻いていました。
祖父はずっと私を愛しているふりをしていました。そして最後の最後で、それをやめてしまった。
私はここにいるべきではないのです。私は、誰かを傷付ける。それはきっと…ドラコだ。
私は懊悩で押し潰されそうでした。ただただ辛くて、どうしようもなくて、真実を知りたくて。私の出生に関する書類がないか、祖父の書斎をすみからすみまで探しました。
そうこうしているうちに祖父がついに死んでしまいました。
私は宙ぶらりんのまま祖父の葬儀に参加しました。父も母も兄も、深い悲しみに暮れています。祖父が生前関わったたくさんの人も涙に暮れていますが、それは本当の悲しみなのかわかりません。
私は泣けませんでした。だって、祖父は私を裏切ったんです。ぽっかりと空いた心の空洞は憎しみや混乱や疑問で埋まってしまい、悲しみの入る余地がなかったのです。
喪服の列をぼんやり眺めながら、私は一人で座り尽くしていました。
「あなたがソフィアちゃん?」
「…え?」
正面から声をかけられてもそれが自分に向けてのものととっさに気づけませんでした。私はワンテンポ遅れて声の主を見ました。
「へえー。アブラクサスさんが預かっていた
浅黒い肌に豊かな黒髪の少女です。初めて見る顔でした。なのになんというか、無礼です。
「あなたがあたしたちが必死に守んなきゃいけない
「あなた誰ですか?」
「あたしはシャイマだよ。よろしくね、ソフィアちゃん」
「……」
シャイマは私に手を差し出しました。握手しようと言ってるのでしょうか。こんな空気感で?
それにしても彼女の口ぶりは私とお祖父様についてなにか知っているようでした。
「シャイマ…さん…。おたからというのは…?」
「え?なんも知らないの?やだな〜。ソフィアちゃん、まああたしも何もかも知ってるわけじゃないけどさ!」
「………教えてください」
「だから、ソフィアちゃんは特別なんだよ。だからアブラクサスさんが預かってたの」
「それってつまり…私は里子ということですか?」
「里子って!」
シャイマは吹き出しました。そんなにおかしいことを言ったでしょうか?
「でもそうだよね、血の繋がってない家族の中でお姫様みたいにしてるんだもん。あたしが守る必要なんてないと思うんだけどね」
「わけがわからないんですけど」
私はこめかみを押さえました。ぐるぐると地面が回るような感覚がして、座っているのすら辛くなってきました。そんな私を見るシャイマの目に感情は宿っていません。ものを見るように私を見下ろしています。
「ねえソフィアちゃん。あなたは知らないだろうけど、あなたのせいでたくさんの人が死んだの。だから絶対逃げないでね」
シャイマはそう言って、立ち去りました。
私は葬式が終わってから自分の部屋で祖父とシャイマの言ったことを何度も何度も思い出しました。
私が何者なのか、結局なにもわからない。わからないまま、私の過ごしてきた幸福な日々はすべて偽物だったことが顕になっていく。
私はアグラクサスの不義の子なのかと思いました。けれどもそういうわけではないようです。私は、この家族となんの関わりもないナニカ。
私のために何人も死んだ?どうして。
完成?何が?
私は間違いで、誰かを傷つけるの?
どうしてそんな私が幸せに暮らしているの?
逃げるな?
何から。
穢らわしい私。
間違いの私。
生まれてくるべきではない私。
いずれ誰かを傷つける私。
ここにいるべきではない私。
「ドビー…」
私が小声で呼ぶと、バシッと音がしてドビーが来てくれます。
「どうされました?ソフィアお嬢様」
「私を殺して」
「え…?」
「私を殺してよ」
「な、何をおっしゃられますか。ソフィア様、お気分が悪いなら…」
「いいから私を殺しなさいよ!」
私はハサミを床に投げつけました。ドビーは泣きながら怯みます。
「それを拾って刺しなさい」
「い、嫌でございます!」
「主人の命令が聞けないの?」
「この命令ばかりは聞けません!どうか、どうかお許しを…」
「………もういい。そこから絶対に、死んでも動かないで」
私は自分でハサミを拾い、ドビーが止める隙もなくそれを首に刺しました。
ドビーが引き攣り、しゃくり声をあげて倒れる音が聞こえました。首から血が吹き出し、視界が黒く霞むのがわかりました。気が遠くなり、私は目を閉じて倒れます。
しばらくして、目が覚めました。首元がガビガビしていて気持ち悪いです。どうやら生きているようです。
横でドビーから目をまんまるにして私を見ていました。
「助けたんですか?」
「い、い、い、い………いえ……」
ドビーは過呼吸になっています。目の前で主人が自殺したショックで今にも倒れそうです。
「ど、ドビーはそ、ソフィア様を助けることが、できませんでした。命令で…。ですが血が…勝手に止まったのです。ドビーが手を出すまでもなく」
ドビーは目を白黒させています。あの出血で血が勝手に止まるなどあり得ないことです。私は手を首に当てました。ハサミが刺さっていたはずの場所に傷はありません。
「……………ありえない……」
私はもう一度、ハサミを腕に突き立てました。ドビーが悲鳴を上げます。
痛みで吐きそうでした。けれどもきちんと目で見て確かめねばなりません。
深々と刺さったハサミの根本からどくどくと血が流れます。腕の筋肉が痙攣しハサミが落ちるとどばっと血が溢れ、そしてその下から真っ赤な肉がみえました。そしてみるみる、皮膚が肉を覆います。
「………何…?これ……」
私はドビーに固く口止めをして帰しました。そして血溜まりの中で立ち尽くします。
こんな再生力、普通の生き物じゃありません。魔法使いでも人でもない。
祖父の拒絶の意味が今度こそ本当にわかりました。
私は人間の形をしているだけの、別の何かなのだ。
死なない“
ああ、さぞや滑稽だったでしょう。こんなモノが家族に甘え、はしゃぎ、死の縁にあるものに生の喜びを伝える様は。
この世の理から外れた、なんて気味の悪い体。
穢らわしい、私。
私は血溜まりの上に吐きました。
鉄の匂いと饐えた胃酸の匂い。
じゃあ一体何のために?なぜ私はここにいるの?
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それを教えてくれたのが、兄さん。あなたなんです。
なーんてこと、ドラコに言えるわけないじゃないですか。私は座席から立ち上がり、私の言葉に衝撃を受け固まっているドラコに微笑みかけます。
「私は昔から、兄さんのこと以外どうでもよかったんです。祖父はそれを見抜いていました。上っ面だけの私を軽蔑していたんです」
生徒たちはレイブンクローの敗北に落胆の声を上げながら退席していきます。私とドラコだけが止まっている。私達だけが。
「私には兄さんだけ。兄さんだけ幸せなら、他が死のうがどうだっていいんです。だから小鳥が邪魔だったのは、私です。身勝手で、醜い。でも私はそれでいいんですよ」
「ソフィア……」
「行きましょう、兄さん。お腹が減りました」
もちろんドラコがこんなことで納得してくれるとは思いません。けれども、ドラコは優しいのです。私の深い傷を察して、これ以上突っ込んだりしないでしょう。だから大好きなんですよ。
さっきの言葉は嘘ですけど、本心です。本当はこんなこと言うつもりはなかったんですけどね。ほら、重い女の子って嫌われるじゃないですか。
家族というものは本来どんなに拗れても縁の切れないものです。兄と妹の関係は、その中でもなによりも濃い関係のはずなんです。
けれども、私は血の繋がりのない他人です。父と母は知っているはずです。ですが親というものはもともと他人なのに家族になることのできる稀有な人間ですから、私と“家族”になれたんでしょう。
でも兄は違うんです。だから私は、私の秘密をドラコに一番知られたくない。
そのために強い毒で事実から目を逸らしてもらわないと。
グリフィンドールに戻ると談話室ではお祭り騒ぎでした。ハリーが中央で担ぎ上げられ、双子を筆頭に歌いながら踊っています。私はそんなに楽しめる気分でもないのでベッドに戻ろうかと思いました。するとすみのほうで本を読んでいるハーマイオニーを見つけました。
「どうも、隣いいですか」
「あ、ソフィア。どうぞ」
「みなさん浮かれてますね」
「ええ、そうね…」
ハーマイオニーはファイアボルトの件に続きスキャバーズのことがあったせいでハリーとロンとはずっと気まずいようです。一人で寂しいときはハグリッドの小屋で授業計画を作るのに付き合っているそうてす。
「ソフィアもハグリッドのところにいかない?」
「遠慮します」
「そうよね…」
ハーマイオニーはため息を吐きました。
「あのケインズって人、本当に中立すぎるわ。中立すぎて、ハグリッドは何もできない…言うこと全てが正論なんだけど、人に対して全然配慮がないんだもの。そりゃハグリッドは多少危険意識が薄いのは認めるわ。でも動物が書面通りに動くわけないじゃない」
ハーマイオニーは随分病んでいるようでした。聞いたところによると同じ時間に2つ授業をとっていたり、混乱して別の授業に出そうになったりしているそうです。身体の疲れと心の疲れのダブルパンチなんでしょうね。
「またアズカバンに行くよりマシなんじゃないですか?」
「…うん。そうよね…っていく理由はないけどね?」
「うちの父上のことです、まじでキレたらやりかねません」
「厄介よね、明確な立場を持ってないのに顔だけは利いて…ってごめんなさい」
「いえ、構いませんよ」
おしゃべりをしているうちにハーマイオニーも少しは気が晴れたのか、ベッドに戻る頃には少しだけ明るい表情をしていました。
私もすこしはドロッとしたよくわからない気持ちを呑み込めた気がします。
下ではまだお祭り騒ぎが続いていますが、私はもう寝るとしましょう。
それではおやすみなさい。