あのあと私は快眠…というわけにはいきませんでした。なんと男子寮にシリウス・ブラックが侵入し、グリフィンドール生全員が恐慌状態に陥ったのです。私はものすごく眠かったのですが、怯えるマリアを安心させるためにずっと抱きしめて背中を擦ってました。
今回の件でよかったのはガドガン卿がクビになったことくらいですね。
「僕が寝てたらビリビリって何かを引き裂く音がして、隙間風がサーッてきたんだ…そして目が冷めたら、カーテンの片側が引き千切られてて、ブラックが僕に覆いかぶさるように立ってるのがわかったんだ!ドロドロの髪を振り乱した骸骨みたいで…あいつは僕を見た。それで僕が叫んで、逃げたんだ」
「ひぁあぁ…ロン、無事で良かったね…!!」
私は若干うんざりしながら廊下でロンの話を聞いていました。マリアが何度も同じ話を聞きたがるからです。ロンの横に立つハリーも同じくうんざり気味でした。
マリアはロンの話に聞き惚れ、恐怖をエンタメとして昇華し始めています。まあ間違っても女子寮には来ないと思いますし四六時中怯えられるよりはいいですね。
「あ、ロン!」
そうしているとトンクスが私達に声をかけてきました。
「またブラックの話してるの?」
「だって聞かれるから!」
トンクスはからかうようでした。ちなみに彼女はロンのお兄さんと同級生だったらしく、すでに挨拶は済ませているそうです。
「ごめんね、まだブラックの侵入経路見つけられてないんだ。魔法の痕跡もないし…」
「前回もだけど、一体どうやって入ってきたんだろう」
「はいはい!私、校内に内通者がいると思う!」
「マリア、迂闊なことを言ってるとホントに内通者がいた場合、消されますよ」
「え?やだやだこわい」
「あは!まあありえなくもないけど…」
トンクスはうーんと悩んでいました。そこでハリーがぽつんとつぶやきます。
「でもさあ、どうしてブラックはロンの悲鳴を聞いてトンズラしたんだろう?」
たしかに大量殺人鬼がここまできて誰も殺さず悲鳴を挙げられたから逃げるのは妙でした。ベッドを間違えて動揺したんですかね?それともじつは小心者なんでしょうか?
「まあトンクスがいるなら安心か…闇祓いだもんね」
ロンが励ますように言いました。しかしトンクスはギクッとした顔をします。
「う」
「うん?」
「実は…まだ正式な闇祓いではなかったり…」
「え?」
「いやいや、まあほとんど、実質そうだから!」
「僕てっきり…!」
「でも安心して、吸魂鬼くらいなら簡単に追い払えるからさ」
特別監査チームは当然魔法省の手のものですから、シリウス・ブラックの逮捕に躍起になるべきでした。ですが息巻いているのはアンブリッジのみで、みなさん思い思いに過ごしているようにしか見えません。
ダウニー氏に至っては“自分の担当教科には問題なし”として校内のあらゆる場所を調べて回っています。最近わかったのですが、彼はおそらくホグワーツの完全な地図を作りに来ているのだと思います。それこそ秘密の部屋への配管を含むすべての地図です。そっちが真の目的なんでしょうね。
ケインズ氏はハーマイオニーがつくった授業計画書を一度破り捨て、ハグリッドへの手助け禁止を言い渡しました。なので現在魔法生物飼育学はディリコールを始めとした透明になる生物さがしが主な内容で、ドラコは「はじめは楽しいが、飽きる」と食傷気味でした。
私はマリアと別れ、図書館周辺に秘密の抜け道がないか探しました。禁書の棚に直通しているような隠し扉とか開いてる窓は都合良くはないでしょうが。
そうしているとすぐそばの廊下で「このことはファッジに報告します!」と怒り心頭の怒鳴り声が聞こえてきました。
何事かと歩いていくと、ケインズとアンブリッジが険悪な雰囲気で相対していました。アンブリッジのくしゃっと歪んだ怒り顔と目が合うと、私だと気づいて急に柔らかく微笑みかけます。
「あら、ソフィアさん…」
「こんにちは、ミス・アンブリッジ。ミス・ケインズ」
ケインズは返事もせず、ただ目を見開いて私を見つめています。幽霊でも見たかのような顔をするので、私はちょっと戸惑います。
「こめんなさいね、どうも難航していて」
「え…はあ。ああ、ハグリッドの件ですか?」
「ええそうですわ。ケインズがこうも強情だとは思いもしませんでした」
アンブリッジはケインズを睨みます。ケインズは咳払いをしてから答えます。
「私は要請どおり、まともな授業が行われるよう指導しているだけです」
「聞いたところによると魔法生物飼育学の授業はだいぶ安全になったそうですし、いいんじゃないでしょうか」
私のリアクションにアンブリッジは微妙な顔になります。
「ですがここ数ヶ月の指導で、あいつが出したのはレタス食い虫のみですよ?授業として成立していないでしょう」
「とはいっても、アンブリッジ。代わりの教師がいないのです。あなたが連れてきてくれるなら私も対応を変えましょう」
「言いましたわね?見ていなさい」
アンブリッジはふんっと鼻を鳴らしました。ケインズは呆れたような視線を投げてから踵を返し去っていきました。
「あなたのおかげね」
アンブリッジが急に私に微笑みかけました。
「は?どこがですか?」
「いえ、きっとそうですわ。ケインズは魔法省に入るときアブラクサス・マルフォイさんに口利きしてもらったんですよ。きっと恩義に感じているはずです。あなたがいるからきっと少しは態度を変えたんだわ」
またも意外なところで祖父の名を聞き、私は少し驚きました。あの堅物そうな魔女がそんなことで態度を変えるかはわかりませんが、まあそういうことにしておくが吉でしょう。
「あの、代わりと言っては何なんですが…私どうしてもほしいものがあって。アンブリッジさんにしか頼めないんですが…」
「あら、なにかしら?なんでも言って頂戴」
「その…私どうしても禁書の棚に入りたくて。調べたいことがあるんです」
「え?禁書の棚に…ううん。あなたに許可を出すというのは難しいわね。ああ、でもそうだわ!そこへ立ち入る先生の手伝いということにすればいいのよ。そうね、ではこちらからダウニーに話を通しておきます。彼は立ち入り自由ですから」
「ありがとうございます」
「…ね、ソフィアさん」
「はい?」
「あなた…ハリー・ポッターと仲が良いんですってね?」
「ええ、まあお友達です」
「そうなの。ファッジが本当に、本当に気にかけているって伝えておいてね」
「わかりました、ミス・アンブリッジ。ではごきげんよう」
ファッジはハリーに気に入られたくて必死なんですね。まあ生き残った男の子と笑顔で握手してる写真を撮るだけで魔法界から大反響ですものね。…そういえばロックハート、お元気でしょうか。
そんなこんなで週末、上級生たちはみんなホグズミード村に行きます。ドラコは最近私を避け気味でしたが、お土産はいるかと聞いてくれました。私は百味ビーンズが好きなのでリクエストしました。ちなみにドラコは百味ビーンズの味のうち90種はまともではないと思っているので、私を変な目で見ます。それでも買って来てくれるのだから優しいですよね。
図書室へ向かっていると、トンクスとすれ違いました。
「おっと、ソフィア。元気?暇?」
「元気ですよ。今日はやることもないし図書室へ行こうかなと」
「つまり暇ってことだね!ルーピン先生のところに遊びに行こうと思ってるんだけど一緒にどう?」
「構いませんが…なぜルーピン?」
トンクスは急に周りをキョロキョロしてから声を潜め、囁きました。
「ここだけの話…ブラックの内通者じゃないかって監視してるんだ」
「へ?……ああ、同級生だったからですか?」
「そう。それに新任の先生だし念の為って言われちゃってさ…」
「誰にですか?」
「監査チームのケインズだよ」
「魔法生物規制管理部の彼女がどうして?」
「さあね。でも一応あの人のほうが立場が上だし、ルーピンのことは嫌いじゃないからいいんだ」
「ふうん…」
ルーピンはどう見ても人畜無害ないい人なのに、どうしてケインズが疑うのでしょうか?闇祓いや魔法法執行部ならともかく、彼女は魔法生物規制管理部。特別注意を払うような立場でしょうか。
トンクスと一緒にルーピンの部屋を訪ねると、ちょうど私たちの学年のレポートを採点している途中でした。
「おや…今日はソフィアも一緒かい」
「そう、私達従姉妹同士仲良しだから」
「そうでもありませんが」
「え?!」
「ちょうど休憩したかったんだ」
ルーピンは快く部屋に通してくれました。前回と同じ銘柄のティーバッグで紅茶をいれてくれます。
「ソフィアのレポート、なかなかよかったよ。ただ全体的に淡白だね。個人的にはもう少しソフィア自身の感想とかがあればなって思うんだけど…」
「だって先生、バンシーってとっても退屈なんです」
「そう?じゃあ何か課題のリクエストはある?」
「それは当然のように課題無し!ですね」
「そりゃそうか」
トンクスは紅茶に砂糖とミルクを入れてぐいっと飲みます。私もミルクだけ入れて飲みます。ストレートより美味しいです。今日のお茶菓子はトンクスが持ってきたダイアゴン横丁そばのパン屋のラスクです。
「トンクスたち監査チームはいつまで学校にいるんだい」
「本当は3月には審査終了のはずだったんだけど、ブラックのこともあって魔法法執行部がホグワーツに置きたがってるみたい。まあもともと私以外こっちに来たがってた人ばっかりだし文句は出てないけど」
「来たがってた?」
「そうだよ。基本志願。私は闇祓い見習いだからほぼ強制だったけど」
「それはなんというか…意外ですね。熱心なのはアンブリッジだけだと思っていました」
ケインズあたりなんかはねじ込まれたと聞いたのですが…やっぱり実情は想像より違うんですね。噂話はあんまり当てになりません。
「ああ、でもそういえば熱心すぎてトレローニーが停職になるよ」
「え。それは初耳だが…ダンブルドアは許すのかい?」
「魔法省の教育令のおかげでね。でも最長二週間だから」
「へえ。ハリーは喜ぶでしょうね」
ハリーは未だに毎度死の予言を押し付けられて心底うんざりしているみたいです。なのでトレローニーが停職になればそれはもう喜ぶでしょう。
「でも停職中に代わりができる先生がいないからまだわからないんだって」
「占い学の専門家はそうそういないからね」
「だからあんなインチキ先生が採用されるわけですか…」
「いや、彼女は高名な予言者、カッサンドラ・トレローニーの曾々孫だからね。インチキとは言い切れないよ?」
「だとしたら余計たちが悪いじゃないですか。血が廃るとはまさにこのことです」
「お、今のはマルフォイ家っぽい」
「ぬー」
トンクスはむすっとした私を見て愉快そうに笑います。それを見てルーピンも釣られて笑います。なんかトンクスとルーピンは兄妹みたいに見えて勝手に好感度が上がっていきますね。
「君たちは仲良しだね」
「はあ。仲良しと言えば…ルーピン先生はシリウス・ブラックとポッター夫妻と、あとブラックに殺された人とも同級生なんですよね?仲良かったんですか?」
ルーピンは一瞬笑顔を凍らせました。そりゃそうです。
「え…あ、ああ。そうだね。とても仲が良かった。いつもジェームズとシリウスの後を追っかけて、いたずらの尻拭いをしたよ。まあ時々参加もしていたけれど」
「悪友ってやつだね。いいじゃん」
「うん、当時は先生たちの手を焼かすのは楽しかったけど、先生になってみるととんでもないことしてたって気づくね」
ルーピンはどこか寂しげに笑いました。
大人になって学校に戻っても、かつての仲良しグループも彼一人。懐かしさよりも寂しさの方が勝つのでしょう。
ほんの少しセンチメンタルな空気が流れたその時、暖炉から突然煙がぽんっとあがり、スネイプの声が聞こえてきました。
「ルーピン!話がある」
ルーピンは驚いた顔をしたあと、苦笑いしました。
「やれやれ、スネイプ教授閣下がお呼びみたいだ」
「じゃあ私達も失礼しよっか」
「ええ、紅茶をごちそうさまでした」
「うん。それじゃあまたね二人共」
ルーピンはフルーパウダーを握り暖炉に消えました。トンクスはルーピンの部屋から出た途端自分の見回り当番を思い出し駆けていきました。最近は警備が厳しくなって一人で歩いてると必ず誰かに叱られるので、私は急いで談話室に帰りました。
談話室にはホグズミード帰りの生徒がたくさんいて花火を飛ばしあったりしていました。うるさいですね。
ついこの間ブラックが寮に侵入したというのに、よくもまあこんなに楽しく過ごせるものです。いや、しんきくさい談話室のほうが過ごしにくいかもしれませんが。私もいい加減この寮の雰囲気には慣れてきました。
「ソフィア、これ」
翌日、お昼を食べたあとドラコがお土産の百味ビーンズをたくさん渡してくれました。
「わあ!こんなにたくさん、ありがとうございます」
「それに今日は嬉しい知らせだ。父上がケインズにしびれを切らしてハグリッドを今学期いっぱい停職にした」
「あら。じゃあ代わりは誰が?」
「父上の知り合いの、ローランサン・ザバツキという人らしい」
なんと。夏休みに父上と行ったマルフォイ農園の美しい園長の名前じゃありませんか。完全に身内を引っ張ってくるとはさすが父上です。
「それでさっきあのけだものの小屋を見物しに行ったら、あいつみっともなく泣き喚いてた」
「おやまあ。さっき聞こえた遠吠えみたいなのは彼でしたか…」
「ようやくまともな授業が受けられるようで一安心さ。また腕を怪我してクィディッチに出られなかったらお前を泣かせる機会を失っていたからな、ポッター!」
「えっ」
突然キリッと宣戦布告するドラコの視線を追うと、ハリーが立っていました。この人混みでよくハリーを見つけたものです。というか私と話してるのにまっさきにハリーに視線を奪われるってどういうことなんです?ぐぬぬ、汚いぞ、ポッター。
「なんだよマルフォイ、藪から棒に」
「どんなに立派な箒を使ってても、吸魂鬼を見て気絶するような意気地なしじゃあ僕たちには勝てないね」
「なんだよ、去年のお前たちの自己紹介か!」
ハリーの傍らにいたロンが負けじと言い返します。
「レイブンクローの試合で見ただろ。ハリーのプレイは最高だ」
「シャイマの猿芸にたまたま落ち度があっただけ… バコッ いった!!」
ドラコの頭にクアッフルが飛んできていい音を立てぶつかりました。そして怒鳴り声とともにシャイマがツカツカとやってきます。
「ちょっとドラコ!あんた今あたしの悪口言ったでしょ!!」
「シャイマ!兄さんにものを投げつけるなんてッ…!」
「ソ、ソフィア…杖はしまいなよ」
杖を構える私にシャイマは全く動じません。シャイマは怒り心頭のままハリーに対してびしっと向き合いました。
「あたしがハリーに負けたのは…!えーっと…実力ではなあい!箒の性能差なんだからね!次はあたしもファイアボルトに乗る!そんで絶対に勝つから!」
「もうレイブンクローの試合はないだろ」
「黙りなさいロン!」
「ま、まあ落ち着いて…」
「ハリーが言うんじゃない!……フン。そーだ。ドラコに一つ教えてあげるよ。ハリーの飛行には弱点がある。ファイアボルトは三次元的曲線を描くとき箒のしっぽがめちゃくちゃ遊ぶ!その時の僅かな軸のブレが、繊細な操舵を必要とする瞬間と被ったとき…致命的遅れに繋がっていたよ!」
「そんな弱点があったなんて…!自分じゃ気づかなかった!」
「シャイマ、ポッターがその場にいるときに伝えてどうするんだよ!」
「あはっ。だって私グリフィンドール優勝に賭けてるし〜じゃねー」
シャイマはそう言って消えました。嵐のような女ですね…。
「ふん…せいぜい実力に見合わない箒で遊んでるんだな」
「ハリーはファイアボルトを自分の手足みたいに使ってるさ!行こうぜ」
ロンが捨て台詞を吐き、ハリーと共に去っていきました。私はドラコをじっと睨みます。ドラコはにらまれる覚えはないぞと言いたげな目をしています。
「…もう!なんでハリーばっかり…」
「は?ばっかりって…?」
「別に」
むくれる私に、ドラコはちょっとかがんで目線を合わせて言いました。
「ソフィア…」
「はい?」
「グリフィンドールの応援はすごいだろうけど、僕を応援してくれる?」
「当然です!緑いってん、兄さんを応援しますからね」
「よかった」
ここでこういうことを言うのは反則では?と私は思うのです。
「私は何があっても兄さんの味方ですよ」