兄さえいればいい   作:ようぐそうとほうとふ

23 / 39
11.陰

 ハグリッドの代わりにやってきたローランサン・ザバツキは生徒たちに大いに好評でした。ヴィーラのハーフという美貌により女子からロックハート以上の絶大な支持を得ていますし、なによりも授業内容がなかなか楽しいものみたいです。

 彼は天馬の乗馬教室をやり始めたのです。もちろんマルフォイ農園で大量繁殖を開始したイーソナンの。

 まあなんと、商売上手なことで。生徒たちに飼育をやらせつつ未来の顧客育成をし、さらにホグワーツで新たな足として採用しないかダンブルドアにかけあっているみたいです。ローランサン、なかなか強かですね。

 ハグリッドはというと、退職のショックもほどほどにローランサンと仲良くなっているようです。まあ魔法生物好き同士気が合うのは不思議じゃありません。もしかしたら亜人同士というのもあるのかもしれませんけど。

 

 ようやく目的を果たした特別監査チームは5月中旬にホグワーツから去ることが決まったそうです。

 

「やだよー!闇祓いになれなかったらどうしよう」

 トンクスは嘆いていました。そんなに私達と別れるのが寂しいのか、と思ったら全然違いました。

「何回でもやればいいじゃないですか」

「あのねえ、そんなの期末試験の前の一週間がずーっと続くのと一緒だよ」

「私は別に試験前日だろうとそこまで切羽詰まりませんので」

「もしかしてソフィア、成績悪い子?」

「失礼な!去年はちゃんとした試験もなかったので総合点でしたけど成績は良かったです!」

「えー…ホグワーツの試験ってそんなぬるいもんじゃないと思うけど…」

「私、マルフォイ家の子女ですよ。成績が悪くてもなんとかなりますよ」

「うわ。いやな子だね」

 トンクスは私を見て呆れたような笑顔をしてから、改まったような真剣な口調で言いました。

「でも…ルーピンの監視は続ける」

「ルーピン…なにか怪しい点でも?」

「うん。なんかたまにやけに真剣に、薄汚い羊皮紙を見つめてるんだよね。それに月に一度…私の監視をまくんだ。だからソフィア、もしルーピンが不審な動きをしていたら、フクロウで知らせてくれない?間違ってても怒らないからさ」

「いいですよ」

 と言いつつも、ルーピンがシリウス・ブラックに協力するような人とも思えないのですが…。ですがせっかく仲良くしてくれる従姉妹のお願いなら仕方ないですね。

 

 監査チームのお別れ会ではアンブリッジは長々と演説をかましてくれましたが、まあ要するに今後も教員は気を引き締めて、生徒は試験に向けて頑張ろうということを希釈して言っているだけでした。

 ウィーズリーの双子は邪魔だった監視の目が減っていささか気が楽になったみたいです。以前はアンブリッジの新聞切り抜きを魔法で口をへの字に変えて《魔法省は君を欲している!》というポスターを飾っていましたが、今日それを剥がしました。

 

 

「それで……ローランサンはそのまま学校、トレローニーは停職のまま、実技なしで自習…。占い学が本当に軽視されてるのがわかるな」

 

 六月も近づいて蒸し暑くなってきたこの頃。私とドラコは木陰でピクニックです。クィディッチもないので週末、よくこうして一緒にいてくれます。

 ドラコは私の告白から、特に変わらず接してくれているようにも見えますが、前よりもずっと慎重になっているような気がします。

 私を傷つけないために?いいえ、違う。私が本当のことを言ってないとなんとなく気付いているのでしょう。

 

「兄さん、占い好きですか?」

「僕は別に、嫌いでも好きでもないけど。だいたい馬鹿らしいだろう、お茶っ葉が未来を暗示してるとか…」

「私、オリバンダーに予見者の素質があるって言われましたよね」

 私は飲んでいた紅茶のカップに持ってきたポットの残り全部を注いで、底をのぞきました。

 

「どう?なにかわかるか?」

「おお………お?うーん……」

 

 そういえば私占い学の本なんて一度たりとも読んだことありません。茶葉は底の形に合わせて円形にこびり付いていますが、これを形に当てはめるなら…なんでしょう?

「えー…燃え盛るアーチをくぐるライオン…試験に向けてアワアワ…な日々を送るということですかね」

「すごい、当ってる。っていうか現状を言っただけじゃないか」

「バレちゃいましたね」

 ドラコはやれやれと笑いました。

「何かわからないことある?あったら教えてやるから遠慮なく言うんだよ」

「当たり前じゃないですか!兄さんは頼るためにいるんですもの。ね」

 

 勉強で悩んだことはおろか、初めて習う呪文ですら間違えない私がドラコに本当に聞きたいことは、私を愛してるかとか私のことが好きかとか、そういうことです。間違っても口にしませんけど。

 ああ、不安で項がチリチリする。

 兄さん。どうして私に優しくするの?

 

 

 

 

 

 

 思えば僕は小さい頃から当たり前のように自分と自分の家族が一番だと思っていた。血筋も一番。権力も一番。魔法界で一番の純血。魔法の才能もなにもかも、とにかく自分が優れていると信じて疑わなかった。

 その歪な優越感は成長するにつれちょっとずつ修正されていったが、それでもやはりマルフォイという家に生まれた自分は優れているのだという自信はいっさい揺らがなかった。

 それは妹も同じだと思っていた。

 妹は、かわいい。妹はとても頭が良くて大人びてて、知性に溢れていた。これで時折自分を卑下するのは妹なりの処世術なのかと思っていたのだが、最近本心からの言葉だとわかった。

 

 あの日、ソフィアはお祖父様に己の本心を見透かされ軽蔑されたのだと語った。その本心というのが兄のドラコ以外どうでもいいなんていじらしい、いわば子供っぽい感情で、ソフィアは自分を身勝手だと自覚していた。

 ソフィアが語った本心は間違いなく真実だろう。だが果たして、それが本当にあった事かはかなり怪しい。

 たしかにお祖父様は厳しい方だったが、幼い妹をその幼さ故の傲慢さで蔑むような人ではない。ソフィアが病室で語られたことはもっと別のことであり、それがきっかけで影を抱えたのではないかとドラコは思った。

 

 真実を追求するのは果たして正しいことだろうか。

 ドラコはそうは思えなかった。それはきっとパンドラの箱だ。

 その箱に詰まっているものは、多分恐ろしく不吉なものだ。あんなに美しい輝きが曇り、澱むほどのものが入ってる。

 

 ドラコは自分がもう一度同じ過ちを繰り返そうとしているのをうっすら自覚しながら、それ以上暗がりへ近づくのを恐れ、やめてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別監査チームも去り、大きなイベントも特になく、光陰矢の如し。あっという間に6月がやってきました。湿っぽい空気に太陽をたくさん吸い込んだ木立が天へ向かって争いながら伸びていきます。

 試験が近づいてきて、みんな図書館や談話室で教科書とにらめっこです。多くの生徒にとってシリウス・ブラックへの恐怖より、酷い成績表が届いて親から雷を落とされる恐怖のほうが現実的になってきました。

 

 違うのはハリー・ポッターくらいでしょうか。彼は親の敵であるシリウス・ブラックには並々ならぬ憎悪を燃やしているようですから。

 

 復讐。

 

 私にはその気持ちがよくわかりません。私が復讐するべき相手を持たないせいなのかもしれません。強いて候補を上げるならあのエクリジスとかいう怪しげな少年なのでしょうが、いざ「成敗!」となっても一体何の敵なのか、そもそも何をされたから怒っているのか。復讐して何がどうなるのか。何もわかりません。

 

 私はこの(おそらく)不死の体を憎むべきか感謝すべきか、まだ迷いがあります。たしかに今の時代に不死であることはなんのメリットもありませんし、シャイマや祖父の言うとおり世界に在るべきではないのでしょう。

 

 でも私はここにいるんだからしょうがなくないですか?

 

 むしろ私はエクリジスや祖父やその背後にいる盟友たちに感謝したい。私はこの体が何なのか真実を知るために努力し、足掻くことができる。これを生きがいと言わずしてなんといいますか。兄可愛がりだけでは七年間も退屈を埋めるのは不可能だと思っていたところです。

 どう思うか決めるのは真実を知ったあとにしましょう。私は兄から拒絶されぬ限り死ぬことはないのです。

 

 

 

 

 私はルーナと一緒に北側の日のささない庭で問題を解きあっていました。お互いに問題を作り、答えていくのをずっと繰り返すのです。あきたら教科以外の他愛もない問題を出したりして頭を休めます。

 ルーナはレイブンクローなだけあっていい問題を出してくるので私も手を抜けません。

 

「問題です。私は疲れてます。休憩が必要でしょうか?」

「問題じゃないけどいいよ。あたしも疲れた」

 

 ルーナはそう言うとクィブラーを広げて読み出します。彼女の父親の編集しているトンチキな雑誌で、今日の特集は月の裏側のナチス魔法省から飛んでくるフクロウならぬ隕石通信についてらしいです。(なんと…)

 とんでも雑誌ですが、何故かそれなりに売れているらしいしアメリカからもかなり注文があるそうです。私にはわからない世界です。

 

「ねえこれホントかな?魔法省は神秘部で世界を裏返しちゃう巨大な魔法陣を建設してるんだって。……魔法陣ってどんなのだっけ」

「大昔、魔法使いが使っていたものですよ。一夜城を作ったり、膨大な数の敵を屠る時など、一人の魔法使いでは賄いきれない魔法を使うときにかかれた紋様のようなものです」

「詳しいね」

「この前一緒に受けてた魔法史でやったんですけどね…」

「だって魔法史って眠いんだもン」

「まあ起きてるほうがマイノリティなのは認めますが」

 魔法史のビンズ先生はゴーストなのでどうも生者たる生徒たちの気持ちに鈍感なようです。なので私は興味のあるところ以外で彼の話を聞くのを諦め、教科書を読むことでカバーしています。

 

「神秘部って時間を止めたり戻したり、死者を蘇らせたりしてるって本当かな?」

「たしか神秘部は“時間”“運命”“死”を研究しているはずですから、もしかしたらですね。この前読んだ本に書いてありました」

 ユリカ・ケインズの旦那は神秘部でした。アブラクサスの企みは神秘部と深く関わっている可能性がとても高いです。なんて言ったって私は“死”なないのですから。

 とはいえ神秘部ほど閉鎖された部署はありません。調べることはほぼ不可能な気がします。

 

「死んだ人にもう一度会いたい。遥か昔よりある愚かな願望です」

「愚かだけどわかるよ。あたしも会えるなら会いたいもン」

 

 私の馬鹿。ルーナのお母さんが亡くなっていることをすっかり忘れていました。

「あ……ごめんなさい…」

「ううん。いいよ。もし蘇りの石を使っても、お母さんにとって不幸なことになるもン。やっぱりやっちゃいけないことなんだ」

「ああ、三兄弟の物語ですね」

「うん。あたしはあの中ならマントがほしいな」

「私は絶対杖ですね。死ななければ最強です」

「それじゃあ物語にならないよ」

 そんなおしゃべりに興じているとあっという間にご飯の時間になって、眠くなって…そうやって毎日が過ぎていくんです。それはとても素敵な事なんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリーは混乱していた。占い学の教諭、シビル・トレローニーの豹変をどう理解すればいいのかわからなかった。

 

 

 まるで取り憑かれたような…としか言うほかない。現に彼女は自分で口にした言葉をすべて忘れていたようだし、あのケロッとした顔はさっきまで不吉な予言を口にした人と同一人物とは思えなかった。

 そう、予言。

 あれはきっと、予言だ。

 

今宵、定まった運命は打ち砕かれる。朽ちゆくはずの帝王は古き召使いと新たなる手先を得るだろう。忘却の果てに消え行くはずの魂は、再び君臨する

 

 しかし散々これまでインチキにしか見えない予言を食らってきたハリーには、どんなに異様な雰囲気で言われようと安安と信じられるものではない。

 第一言っていることがよくわからない。

 

「あら」

 

 混乱しながら塔を降りていると下でソフィアとすれ違った。黒い革の手帳を読みながら歩いて勉強していたようだ。

「顔色が悪いですね。またトレローニーになにか言われたんですか」

「ああ…まあね」

「あ、そういえば今日こっそりトンクスが来ているんです。もし見かけたら私はフクロウ小屋にいると伝えてください」

「トンクスが?わかった」

「では」

 残念ながらソフィアはあんまり人と話す気分じゃないようだった。ハリーは特に行くところもないが、気持ちのいい天気だしハグリッドの小屋にでも行こうかと足を向けた。それに混乱したときは不思議とハグリッドの小屋に行きたくなるのだ。

 

 ハグリッドの小屋に向かう途中、青い顔で地面を睨むように屈んで歩くルーピンを見つけた。手に持った羊皮紙とにらめっこしながら何かを探しているようだった。あれは忍びの地図に違いない。ハリーは直感した。

 忍びの地図はこの間スネイプに見つかり、結果的にルーピンに没収されてしまったのだ。しかしあれは呪文を唱えないときちんと使えないはずだ。なぜルーピンが使っているのだろう。そしてあんな地面で誰を探しているんだろう?

 

 ほんの出来心だった。ハリーはルーピンの後をつけた。ルーピンはまた調子が悪いようで、ハリーの尾行にも気づかないくらいにいっぱいいっぱいの様子だった。

 ルーピンの表情は真剣だった。ハリーはただならぬものを感じ、自分の杖をポケットの上から撫でた。

 

 ルーピンは忍びの地図からハッと顔を上げた。そしてそのまま暴れ柳の方まで小走りでかけていく。

 ハリーは去年暴れ柳に車で突っ込んでそれ以来だったが、相変わらず唸りを上げるように枝を時々揺らしている。ルーピンが入学した年に植えられたと言っていたっけ。

 ルーピンは意を決したように暴れ柳へ一歩近づいた。

 ハリーはあっと声を上げそうになった。暴れ柳は容赦なくルーピンを潰そうと太い枝を振り上げた。しかしルーピンはその打撃の軌道をギリギリで読み、横に飛んで回避した。地面にめり込んだ枝をひょいと跨いで幹の方へ身体をかがめた。

 枝が持ち上げられたとき、ルーピンの姿は消えていた。ハリーは驚きのあまり目を擦ってしまった。ルーピンはまるで暴れ柳に吸い込まれてしまったように消えた。

 もしかして暴れ柳には秘密の入り口でもあるんだろうか?

 ここでハリーはハッとした。ハニー・デュークスの地下室へ続く隠し通路と同様のものがあの木の下にあるとしたら?

 

 ハリーは不快な音を立てて揺れる暴れ柳を見上げ、ぎゅっと拳を握った。そして挫ける前に駆け出した。

 暴れ柳の枝がハリーめがけてぶぅんと唸りながら飛んできた。横殴りに振るわれた枝を地面に屈んで避ける。枝がかすって血が出たがそんなことを気にする暇はない。

 急いで立ち上がり、ルーピンの消えた場所目掛けて地面を蹴った。暴れ柳は容赦なくハリーに向かって枝を振り下ろす。

 間一髪だった。ハリーは暴れ柳の木の根本にある虚のようなところへ落ちていた。

 土と葉っぱを払い立ちあがると、その下が通路になっていることがわかった。ハリーはつばを飲み込み、一歩踏み出した。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。