兄さえいればいい   作:ようぐそうとほうとふ

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12.獣

「ソフィア・マルフォイさん」

 

 私は振り向きました。フクロウ小屋から森を見下ろしているときのことです。

 聞き覚えのある声だと思ったら、ユリカ・ケインズでした。黒いスーツに黒い髪、夏目前の青々とした森と空の前だと間違って垂らしてしまったインクのように不自然です。

 彼女はもう監査チームの人を解かれ、ホグワーツに用はないはずです。

 

「私に何か用ですか?」

「あるわ。あなたの秘密に関すること…」

「私に秘密なんてありません」

 

 秘密と聞いて私は内心わくわくしました。いえ、だって私とは一体何かという問いにはちょうど行き詰まっていたところですから。そこで私の“秘密”を引っ提げた人物が登場したわけですから興奮しなきゃ失礼ってもんですよ。

 

 

 

「以前夫のことを話しましたよね」

 

 私はケインズに促されるまま、禁じられた森の中へ進みます。日が傾きつつある空は木立に遮られ見えません。ケインズの進む道なき道は次第に薄暗くなっていきました。

 

「ええ」

「夫が消えたのは1979年のことです。私は何年も…夫の遺品を調べ上げました。そこに何があったと思う?」

 やれやれ、どうももったいぶった話し方ですね。そういう受け答え、するのは好きでもされるのは我慢がなりません。特に私の知りたいこととなればなおさらです。

「知りませんよ。私にいちいち聞かないで勝手に喋ってください」

「ならいうわ。あなたの名前よ、“最後の贄だ。私をソフィア・マルフォイに捧げよう”。あなたの生まれ年は1981年よね。どうしてあなたの母親が身籠るよりも前にあなたの名前があるの?」

 私は困惑しました。彼女の言っていることが真実かどうか怪しいというのがまずありますが、見たこともないケインズ氏の命が私に贄として捧げられるというのがまず上手く結びつきません。

 

「断片的な夫のメモ、手記、私との会話…なにもかも繋ぎ合わせても、夫と“盟友”たちが何をしようとしているのかわからない。私には理解出来なかった。でもこれだけはわかる…まだ生まれていないはずの、あなたの名前がある…」

「……さあ。名前は予め決めてあった。それはいいです。いつ生まれたかは問題ではないのでは?」

「違うわ!!」

 尋常ならざる様子のケインズに私はたじろぎます。その動揺をどう受け取ったのか、ケインズは

 

「私、見つけたの。写真よ」

 

ステュクス・ダイブ 1942

 

 写真にはそう書かれています。十名ほどの魔法使いが並んだ集合写真でした。中央にいる人物に目がとまります。

 

「これは…」

 

 写っているのは若かりし頃の祖父と思われる人物でした。美しいブロンドに父そっくりの顔立ちの若い男性です。そしてその隣にいるのは……私?

 

「ブリジット・キンブリー。あなたの母の名じゃないかしら?」

「………知りません…」

 私は写真を裏返しました。立ち位置に応じて名前が書かれています。アブラクサス・マルフォイの隣にいる“ブリジット・キンブリー”どこかで聞いたことのある名前です。

 

 ステュクス・ダイブ、1942

 

 これはなんのことだかさっぱりですが、この中央にいて一人ファー付のコートを着た20代そこそこの人物はどう見ても私にしか見えないのです。ケインズが私の母親だと確信するのも無理もないでしょう。

 私が成長したらそうなるであろう姿。私にさえそう思わせる私に似た誰か、それがブリジット・キンブリー。

 

「あなたのために私の夫は死んだの?」

 

「……仮にそうだとして、私はそれを知らないしどうすることもできませんよ」

 飄々とした様子の私にケインズは顔をワナワナとさせながら尋ねます。

 

「何も…感じないの?」

 馬鹿なことを聞きますね。見ず知らずの他人が、しかもとっくに消えた人間が私のせいで死んだかどうかなんて本当にどうでもいいことじゃないですか。私が泣いて謝ろうと本気で贖罪しようと、その命は還ってこないのに。

 

「ええ。私は兄さえいればそれでいいので。元より私が…そうですね、言葉が難しいのですが…普通でないことは知っていましたし」

 ケインズは私を睨みつけました。私はニヤリと笑います。

 

「ですがあなたの持っている情報は私のためになりそうですね。どうにかして情報が降ってこないか祈っていましたが、私自身が撒き餌になっていたとは僥倖です」

 

 杖を出した私を見て、ケインズも同じく杖を構えました。

「私は…もともと杖の戦闘は得意じゃないの」

 

 ざわ、と木々が揺れ、地面に影が落ちます。同時に急にあたりの空気が冷えました。

 

「だから汚い手を使うわね」

 

 

 

 

 ハリーは薄暗い通路を杖を掲げながら進んだ。ルーモスであたりを照らすこともできたがしなかった。この先にいるであろうルーピンに自分の存在を知られたくなかったからだ。

 その通路は自然にできた穴を利用して作られたように見えた。土壁や地面にはどこかの木の根っこがはみ出している。

 ハリーは進んでくうちに自分が今学校のどのあたりにいるのか全くわからなくなってしまった。しかしその矢先、上へと続く階段を見つけた。

 

ドーン!

 と何かが倒れる音がした。やけにくぐもった音だ。すぐ上からではない。

 ハリーは杖の明かりを消し、慎重に上へ上がった。上がった先にあったのは傷んだ木の床と壁だった。一体どこだろう?漏れ入る光から少なくとも森の中でないことはわかった。

 上から怒鳴り声が聞こえた。

 

「全て、すべてお前のせいだ!」

「ひぃいいい!」

 怒声、そして悲鳴。どちらもルーピンの声じゃない。怒鳴り声の主は聞いているだけでただならぬ憤怒を抱えていることがわかった。ハリーはやたらと古い階段を慎重に上った。

 

「あのとき、私はなんとしてもお前を殺すべきだった。なのに…なのに、クソ!クソ!」

 ひときわ大きな破壊音が聞こえた。ハリーはますます息を潜めた。しかし次に聞こえてきた声に、思わず声を上げそうになってしまった。

「シリウス!」

「止めるな!ムーニー…」

 怒鳴り声の主はシリウス。シリウス・ブラックなのだ。耳の奥がぐらりと煮立つのがわかった。

 

「今怒ったって、全ては起きてしまったことだ」

「12年だぞ?!私は12年もの間あの地獄よりも酷い場所で…この機会を待っていた。この裏切り者を殺す機会を」

 

 ハリーはここで気付いた。ブラックを諌める声はルーピンのものだった。ならばブラックが追い詰めている相手は…殺そうとしているのは一体誰なんだ?

 

 

「お前があのとき臆病風に吹かれなければ、ジェームズもリリーも死なずに済んだんだ!ピーター・ペティグリュー!」

 

 ハリーは今度こそあっと声を上げてしまうところだった。

 ピーター・ペティグリュー

 忍びの地図に名前のあった、死んだはずの人間。

 

「許してくれ、シリウス。怖かった…怖かったんだ。例のあの人はとても恐ろしい…知っているだろう?」

「黙れ!」

 バーンという音がして、同時にペティグリューの悲鳴が響いた。ハリーは物音のする部屋のドアの隙間を覗いた。

「お前が秘密の守人だったのに!お前は約束も秘密さえも…なにも守れない。守れないどころか…!」

 

 両親の仇はシリウス・ブラックではなくピーター・ペティグリューだった。突然突きつけられた事実にハリーの頭は混乱してた。そして苦しむように頭を掻きむしるボロボロの服を着た男、シリウス・ブラックの姿を初めて見た。その横でルーピンが途方に暮れたような表情でブラックを見つめている。

 

「わたしの最大の過ちは、お前と…こんな言葉、言うことすら腸が煮えくり返りそうだ!そうとも、お前を友だと、思ったことだ!」

 

 今度こそブラックはペティグリューを殺そうとしている!ハリーは無我夢中でドアを蹴破り、シリウスが手に握った杖めがけて武装解除呪文をかけた。

 

「ハリー?!」

 

 ルーピンが驚きの声を上げ、ハリーに杖を向けた。しかしハリーの視線は真っ直ぐ、ここしばらく両親の敵だと思いこんでいた人物へ向けられていた。

 

「シリウス・ブラック……」

「ハリー…」

「ハリー違う、シリウスは…」

「全部聞いてた」

 

 ハリーはペティグリューに杖を向けた。壁際で縮こまるペティグリューは薄汚れて太った小男だった。

「一体…どうしてこの人がここにいるんですか?」

「彼は動物もどきだ。ネズミに変身することができる」

 ハリーの疑問にルーピンが答えた。そしてそれをシリウスが繋いだ。

「そうだ。私とジェームズ、そしてこのペティグリューは未登録の動物もどきでね。こいつは私に追い詰められた刹那、機転を利かせて自分の指を千切ったあと、ネズミになって逃げていたんだ。…12年もの間!」

 ハリーは驚愕した。考えるだけでも最悪な人生の過ごし方ではないか。

「12年もホグワーツでネズミを?」

「いいや、違う。こいつはウィーズリー家のペットとして飼われていたのさ」

「え……まさか…スキャバーズ?」

 その名前にペティグリューは仰々しく反応し、ハリーに縋った。

「そ、そうだ。ああ…ハリー…わたしをここで殺させないでくれ。そうだ、ロンが悲しむ…あんなに私のことを心配して…」

「黙れ獣!その汚い口でハリーの名を呼ぶな!」

 シリウスが吠えた。ハリーはシリウスに杖を向けるか迷った。ペティグリューは自白している。彼を捕まえればシリウスの無罪が証明できるのではないか。

 

「とにかく…この人は殺しちゃだめだ」

 

 ハリーの言葉にペティグリューがぱっと明るい顔をした。シリウスは怒りが抑えられないという顔でハリーを見た。

「なぜだハリー。こいつは君の両親をあの人に売り渡したんだぞ!そればかりじゃない、罪の無いマグルを大勢殺した。そしてその罪を……全て、わたしに引っ被せた!」

 シリウスの怒りは尤もだ。ハリーも当然わかっている。

「だからこそ、ここで殺しちゃだめだ。吸魂鬼に引き渡さないと。あなたの無実をきちんと証明して、そのうえでこの人自身が罪を償わなきゃ」

 

 ハリーはペティグリューをちらりと見た。こんなに惨めな加害者は見たことがなかった。それでもやはり、ここで彼を殺しては結局誰も救われないと思った。

 

「きっと…父さんもそうする」

 

 ハリーの言葉にシリウスは苦悶の表情を浮かべ、泣き崩れるようにして壁にもたれた。心の底ではそうするべきだと強く感じていたのだろう。

 

「では…ペティグリューを拘束しようか」

 

 ペティグリューは叫び、逃げ出そうともがいた。しかしルーピンはすかさず彼の体を縛り上げ、失神呪文をかけた。

 

「ハリー…わたしのあとをつけてきたんだね」

「あ…はい。忍びの地図を見ているのを見つけてしまって」

「いや、わたしの不覚だ。でも…結果的に良かったのかもしれない」

「あの、ルーピン先生は知ってたんですか?…シリウス・ブラックが無実だって」

「いや。恥ずかしいことにわたしは友を信じてなかったのさ。ピーターの名前をこの目で見るまでは」

「ハリー、君が我々の作った地図を持っているとはね」

 シリウスは杖を拾い、ペティグリューを浮かせた。

「縁を感じるよ」

「僕、ついさっきまであなたのことを仇だと思ってた」

「それは…しょうがない」

 

 ハリーたちは通路へと降りた。しかし下りた途端「ノックス」と呪文が聞こえ、あたりが真っ暗になった。そして赤い閃光が走り、シリウスの悲鳴が聞こえた。

 

「ちょっと!スネイプ先生、何してるの?!」

 

 パッと明かりが戻った。通路に立ちはだかるのは杖を構えたスネイプと、驚き困惑しているトンクスだった。

 

「スネイプ、話を聞いてくれ」

 

 ルーピンは杖を納め、両手を上げていた。シリウスとシリウスが浮かせて運んでいたペティグリューは地面に落ちていた。シリウスは苦しそうに唸っていて起き上がることはできなさそうだ。

 

「話はこれからやってくる()()()闇祓いと大臣にするといい、ルーピン」

「来たのがわたしでわるかったね…」

「ピーター・ペティグリューだ、スネイプ。死んでいたはずのやつが生きていた。シリウスは濡れ衣だったんだ」

 スネイプは残酷な笑みを浮かべ、せせら笑った。

「我輩に申し開きをしてどうする」

「杖をおろせ!」

 ハリーも杖を上げ、スネイプを狙った。

「ポッター、そこからどいてこちらへ来い」

「嫌だ!」

 そんな状況を見かねてトンクスが怒鳴り声を上げた。

「スネイプ先生、あんまりにも横暴じゃないか!」

「トンクス、君もルーピンがシリウス・ブラックの協力者だと疑っていたのだろう。ご覧の通り旧交を温めていたようだ。示し合わせて嘘をついているのかもしれん」

「何言ってんの?!ハリーが無事なんだから、ブラックは私達の敵じゃないでしょ」

 スネイプはうんざりしたような顔でトンクスに何かを言おうとした。しかしハリーの足元からスネイプの顔めがけてバシュッと音を立てて呪文が発射された。

 スネイプはそれをくらい後ろに倒れた。

 トンクスは驚き、杖を構える。シリウスはハッ!と笑ってから杖を放り投げた。

「スニベルスめ…!昔から全然変わってないようだな」

「君もだよ…まったく…」

 ルーピンはシリウスを助け起こした。警戒するトンクスにハリーは歩み寄った。

「トンクス、この二人は大丈夫。だからとにかく、城へ戻ろう」

 

 ハリーはトンクスに今までの経緯を包み隠さず話した。ところどころルーピンが補足を入れ、トンクスはなんとかそれに納得してくれたようだ。

 

「まさかクルックシャンクスが犬に化けたシリウスに協力してたなんて…」

「犬と猫って普通仲悪いよね?」

「あの子は本当に賢い猫だ。私は断然犬派だが、猫派に転向しそうだよ」

 

 ペティグリューはシリウスが、スネイプはルーピンが運び、ようやく出口が見えるところまでやってきた。

 

「トンクス、多分君の説明がわたしの命運を分けるだろうから…よろしく頼むよ」

「う、うわー。責任重大だね…」

 

 シリウスの言葉にトンクスが胃が痛そうな顔をした。

 穴から這い出るとあたりはもう薄暗かった。夕暮れもほとんど沈んでしまい、疲労感がどっと押し寄せてきた。

「とりあえずダンブルドアに知らせないとね…」

「あ、トンクス。そういえばソフィアが……」

 

 そこでシリウスが異変に気づいた。

 

()()()()…!」

 

 空には煌々と満月が昇りつつあった。

 ルーピンは硬直し、月をじっと見つめていた。背負っていたスネイプは落ち、ペティグリューがハッと目を覚ました。

 

 ルーピンは唸り声を上げ、苦しみだした。みるみるうちに体が膨れ上がり、服は破れ、そこからつややかな毛皮が見えた。

 変身だ。ハリーは今自分が見ているものがおとぎ話のワンシーンにしか見えなかった。ルーピンはすっかり狼人間の姿に変わってしまっていた。

 

「やっぱりルーピン先生は…狼人間だったのか!」

 シリウスがハリーを後ろにかばい、ルーピンに杖を向けた。トンクスは守護霊の呪文を唱えると、白く輝くウサギがでてきた。ウサギは猛然と校舎へかけていく。

 

「あっ…」

 ハリーは目を覚ましたピーター・ペティグリューがネズミに変身するのを見つけた。トンクスもそれがわかったらしい。

「ブラック!ここはわたしがなんとかするからそのネズミを!」

「わかった」

 

 シリウスは大きな黒い犬に変身し、するりと縄を抜け出したピーター目掛けて走った。

 

「シリウス!」

 ハリーは思わずそれを追いかけ、走り出した。

 

「ああもう!」

 トンクスは叫んだ。目の前ではルーピンが走っていくハリーを追いかけようとしている。すかさず足縛りの呪文を発射するが、なんと足の力だけで拘束を引きちぎってしまった。

 そしてトンクスの方を睨みつけると、グルルルル…と低い声で唸った。

 

「でもネズミ追っかけるほうが狼人間の前よりマシかもね…」

 

 

 

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