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全ての景色が早回しで巻き戻っている。そんな奇妙な光景を夢か現実かわからないまま眺めていた。気づくと、ハリーとハーマイオニーは夕暮れの医務室に立っていた。夕日は落ちる直前で、ガラスから見える森はゆっくりと闇に染まっていた。
「急がなきゃ。この時間、ハリーはどこにいたの?」
「え…えっと…」
「しっかりして!ハリー、シリウスがネズミを噛み殺したのはどこなの?急いでそこへ行くわよ」
ハーマイオニーはキビキビと動き出した。ハリーはまだ事態をうまく飲み込めなかったが、どうやら過去に戻ったらしいということはかろうじて理解できた。
「私はこの時間、図書館にいたから大丈夫。他の人に見られないうちに森へ急ぎましょう」
ふたりは大急ぎで禁じられた森へ駆け込んだ。ハリーはなんとか記憶を辿り、ピーター・ペティグリューが逃げ込んだ森の奥を目指した。
「私達はもしかしたら大変な事をしようとしてるのかもしれないわ」
ハーマイオニーはやけに深刻な顔だった。ハリーは未だに自分がどんな状況に置かれているのか正確に理解できていない。ただ聡明な彼女を悩ませるほどの何かが起きている、ということを察することしかできない。
「何をするつもりなの?シリウスの犯行現場を見たところで……僕らにできることは何もないよ」
ハリーの言葉にハーマイオニーは首を横に振った。
「あのね、あのネズミの死体。私達の時間ではピーター・ペティグリューの死体である可能性とただのネズミの死体である可能性、どちらもあるわ。それはつまり、どっちでもあるということなの」
「は?」
ハリーはポカンとしてハーマイオニーを見つめた。ふざけているのかと思ったがハーマイオニーの表情は真剣だ。
「だから、あのネズミがピーター・ペティグリューかどうか、誰も観測してないってことなの。シリウスだって森を駆け抜けてくうちに混乱してただのネズミを噛み殺したかもしれないでしょう。ダンブルドアでさえ、動物もどきの死体の検分はすぐにできない」
「え…じゃあこれはペティグリューじゃないの…?」
「それはもう問題じゃないの」
ハリーは自分のポケットにまだ入っている死体のことを思い出して急に気持ち悪くなってきた。この死体がなんなのか、もう問題ではない?意味がわからない。
「ハーマイオニー、もっとわかりやすく言ってくれ!」
ハリーが声を上げると、ハーマイオニーは頭を悩ませながら絞り出すように答えた。
「つまり今、この過去で……シリウスを騙して本当にただのネズミを噛み殺させたら…シリウスは罪を犯していないことになるわ。現在にも影響は出ないはず。…いえ…ペティグリューの存在が未来にどんな影響を及ぼすかはわからないけど…」
ハリーは唖然とした。まさしく目から鱗だった。
過去に戻りピーター以外のネズミを噛み殺させることでシリウスの犯した罪をなかったことにできるとハーマイオニーは言っているのだ。
つまり未来を変えてしまうのだ、と。
しかしそんなことしていいのだろうか?
たしかにこの死体がピーター・ペティグリューのものであるとハリー自身も断定することはできない。おそらくシリウスですらも。
シリウスが殺したのがただの鼠ならば…ペティグリューという生き証人を法廷に呼び出し罪を認めさせることかできる。シリウスの手は汚れていない。
もう、監獄に行く必要はない。
ペティグリューがこの場で死んでいたとしたら…シリウスは罪人のまま、罪を重ねるだけだ。そしておそらく、吸魂鬼の手にかかり死刑になるだろう、
そんなのはおかしい。12年も言われのない罪と友の裏切りで苦しんだ結果、残酷な死を与えられるなんて…考えるだけで気が狂ってしまいそうだ。そんなの絶対正しいことじゃない。
ハリーはさっきも見かけた変わった形の木や崖を見て道を間違ってないことを確かめた。あの時は無我夢中だったが、暴れ柳からほとんど一直線ではしっていたことに気づいた。
シリウスがペティグリューの死体を咥えていた開けた岩場を見つけた。あの時のシリウスの表情。それを思い出し、ぶらりと震えた。
ハリーはようやくハーマイオニーに告げた。
「…………わかった。……やろう」
「いいのね?」
「うん。だって…やっぱり僕は、シリウスに手を汚してほしくない。その結果何が起きても、受け入れるよ」
「……わかったわ。じゃあとりあえずスキャバーズ…じゃなくて、ピーター・ペティグリューを捕まえる罠をはらないと」
「代わりの死骸はこれでいいかな?」
「そうね」
ハリーとハーマイオニーは静かにそこで待った。日は暮れて、遠くで遠吠えが聞こえてきた。ルーピンの遠吠えかもしれない。ハリーは呼吸を整えた。
「周囲一帯に呪文をかけたわ。これで小型動物が来たら検知できる。私がそのまま空中へふっ飛ばすわ。ハリーは」
「死骸を生きてるように動かし、シリウスに襲わせて、すぐに逃げる」
「これで…影響は出ないはずよ」
「どうしてもペティグリューを捕まえちゃだめなの?」
「ええ、だってあのあとすぐ先生方は森へ入っていったから、あいつを捕まえる時間なんてないわ。私達は逆転時計を使ったあの時、あの場所に必ず戻らなくちゃいけない。それも誰にも見られずによ」
「……わかったよ」
ハリーは頷いた。遠くから草の根を掻き分け迫ってくる音が聞こえた。緊張の瞬間だ。
ハーマイオニーの呪文は完璧だった。バスッという音がして、拳くらいの大きさの生き物が高く宙へ飛ばされたのがわかった。ハリーはすかさずネズミの死体を呪文で浮かし、地面スレスレで移動させた。
黒い犬が茂みから飛び出した。そしてネズミに向かって大きく口を開けた。やけに濡れた犬歯が生々しかった。そして、そのままばくりとネズミに噛みついた。
「うまくいったわ…!」
ハーマイオニーが小声でいった。
「急いで戻るわよ!」
「う、うん…」
ハリーはペティグリューを捕まえたい気持ちをぐっと押し殺した。自分たちは運命を変えてしまったかもしれないこと。それでも、シリウスが罪を犯していない未来へ進めること。それだけを考えた。
全てを飲み込むには自分は幼すぎるような気がした。
吸魂鬼の大群がシリウス目掛けて飛来してきたのが見えた。ハーマイオニーが怯えるのがわかった。ハリーは杖を握り、いつでも守護霊が呼び出されるよう構えた。
ふいに悲鳴が聞こえた。女の人の声だった。とっさに声の方向を向くと、木々の間から吸魂鬼に襲われている人影が見えた。吸魂鬼はその人の顔にほとんど自分の顔をくっつけている。そして女の人の口からはぼんやりと輝く光の球のようなものが見えた。
吸魂鬼のキスだ。
ハリーは気づけば、守護霊を出していた。牡鹿の守護霊が駆け寄ってきたせいで吸魂鬼は魂を吸い出しきれずそのまま逃げ出した。
「ちょっと…!」
ハーマイオニーが非難の声をあげた。
「君、人が死ぬのを見過ごせっていうの?」
「それは……そうだけど!」
ハーマイオニーはハリーを制し、その人の様子を伺った。
「気絶しているみたいね…あんな状況だったし姿を見られたりはしてないはずだわ…それにしてもどうしてあんなところに倒れてるのかしら」
「わからない…」
ハリーはケンタウルスのフィレンツェが言っていたことを思い出した。魔法省の職員が一人キスされた…。ハリーはこれで今度こそ明確に運命を変えてしまったことになる。
「いいわ…とにかく、もう余計なことをする前に帰りましょう」
校舎に帰り、柱の陰から医務室から出るダンブルドアを見送ったとき、ハーマイオニーが小さくいった。
「ねえ聞いて。さっきは咎めるようなことを言ったけど…命を守るためにとっさに動いたあなたは立派よ」
「ありがとう」
ドアを開けるとちょうど自分たちの姿が消えた直後だった。ロンが目を見開き口もあんぐり開けて驚いている。
「君たちついさっきここから消えたのになんでドアから入ってくるの?」
「ロンには今から説明しなくちゃね…」
ハリーはベッドに倒れ込んだ。二時間ほど余計に今日を過ごしたわけだ。疲れて当然である。しかも感情も体力も思考も使いすぎた。どうして年度末はこうとんでもない事件に巻き込まれてばかりなんだろうか。
でも今年は誰かを救えただけマシなのかもしれない。いいや、それ以上だ。シリウスとルーピンにはまだまだ両親のことをたくさん聞きたいし、一緒に過ごしたい。話したいこともたくさんある。
自分はやれることはやった。ハリーはそれだけを考えて、気づいたらすっかり寝てしまった。
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ある魔法使いが森で迷子になりました
すると森には三匹のこわい吸魂鬼がいたんです
魔法使いは死を覚悟しました。守護霊の呪文は使えません
しかし魔法使いは無傷で森から帰ってきました。吸魂鬼が興味を示さなかったのです
なぜでしょう?
なぞなぞ?
そうだね…その魔法使いは動物もどきとか、狼人間とか、変身術に長けてた?
いいえ
闇の魔法使いで、吸魂鬼を操れるほどの実力がある
吸魂鬼は魔法使いに興味すら示さなかったのです
魔法使いは自称で、じつは魔法生物
いいえ、ちゃんと人の形をしています
じゃあ…魂がなかったんじゃないか?
私をバカにしてるのですか?
単純な答えが最も真実に近いものだよ。ソフィア
魂がなかったら動いたり喋ったりできないんじゃありませんか?
たしかにね。でも同時に、魂だけでは動いたり喋ったりできないだろう。僕のようにね。
それでも魂がないなんて納得はできませんね
たしかに完全に無いとは考えにくいね。
人が肉体と魂で構成されてるとしたら、ゴーストは体を、吸魂鬼は魂を失ったものだと仮定できる。彼らは片翼を失いあの世に行くことができずいつまでも地上に縛りつけられている。
ではそれをこの世につなぎとめているのはなんだろう
それがあるから欠けたものもこの世に存在し続けることができるんじゃないか?
それはなんです?
僕もそこまでは
肩透かし
わるいね。
まあつまり…その何かさえあれば僕の意識が存在するように。記憶と僕が僕であるという認識さえあれば、魂がかけらしかなくても人とほとんど同じように振る舞えるんじゃないだろうか?
僕はヴォルデモートのかけらなんかとしてではなく、トム・リドルとして考えることができているだろう
つまり人が人として存在する条件とは完全な魂を持つことじゃない
意識だよ。自我といってもいい
魂の模造品か、吸魂鬼の認識できない魂のかけらか…とにかくそれをもとに、名が与えられ、記憶が折り重なり、意識が生まれる
そして君は、君として存在している
なるほど、たしかにあなたはあなたの意識があります。肉体さえあれば自分で秘密の部屋を開けたり閉じたりしてそうですね。ヴォルデモートの意思など関係なく
ああ。それにしても、その魔法使いは自分を普通の人間だと思って生きていたのだろうね
かわいそうに
何がかわいそうなんですか?
だってそれは、人じゃないってことじゃないか
はあ?全然かわいそうじゃないんですけど。残念ながらそのたぐいの絶望は私は経験済みです。むしろそれを込みで、私はこの世界を謳歌してますが?
そんなにムキにならないで、ソフィア。僕と君はとっても似てるってことさ。人外同士仲良くできると思うのだけど
ごめんです
「ソフィア?」
私はトム・リドルの日記を閉じて声のした方へ振り向きました。フクロウ小屋の入り口でハリーが立っていました。人が来ない場所を選んでいたのですがそれでもやっぱり誰かと鉢合わせしますね。
「こんにちは、ハリー」
「驚いた。なんとなく寄ったら君がいるなんて」
「驚きですか?たしかにマルフォイ家令嬢的にはこの場所は好ましくないですね」
「あ、いやそういうことでもなくて…ええーっと…元気?」
「元気ですよ」
「いろいろあったけど、今年も終わりだね」
吸魂鬼の大動員にも関わらずシリウス・ブラックは捕まりませんでした。
いつまでたっても成果が見えないこと、学校を訪れた魔法省職員が襲われ病院送りにされたこと等々により吸魂鬼は学校から追い出されました。ダンブルドアもこれでやっと安心でしょう。
試験は無事すべて終わり、トレローニーは復職。ハグリッドは夏休みの間で検討ということになるそうです。
あ、でもトレローニーは水晶玉を新調しなくちゃならないようですが。吸魂鬼の大動員の日、いつも使っている水晶玉を落としてしまい、粉々に砕けたそうです。
そしてリーマス・ルーピンは、生徒たちより先に夏休みです。…いえ、正確に言うならば、彼はシリウス・ブラックが校内に現れ、消えた日に一緒に消えました。気まぐれな家出だったのかもしれませんが、今更戻ってきても彼の席はもうないでしょう。彼が狼人間であることがバレてしまったせいです。
バラしたのはスネイプでした。
兄をはじめとするスリザリンの生徒たちが騒ぎ立てたおかげで、あっという間に保護者から大量のふくろう便が送られてきたそうです。
どれだけ仲が悪かったか知りませんが、大人気ないですね。
唯一トンクスだけは彼とシリウス・ブラックを庇っていたのですが…むべなるかな。あまりに変な供述らしく、ルーピンに丸め込まれたと処理されたようです。彼女はそう簡単に自分の信念を変えたりする人ではないと思ってたのですけどね。なぜシリウス・ブラックをかばったのやら。
まあルーピンが狼人間なのには薄々気づいていたので、これも想定どおりですね。
今年は去年のようなイレギュラーのない穏やかな年でした。
病院送りにされた職員、ユリカ・ケインズが生きていたこと以外は。
絶対に死んだと思ったんですけどね。ケインズの生存はあの場に私と彼女以外の第三者がいないとありえないことです。
吸魂鬼の集まった先にシリウス・ブラックがいたとしたら彼が助けたのか…。とにかく、ケインズの襲来には警戒しないといけません。困ったな。
「ハリーは大変だったでしょう。シリウス・ブラックに命を狙われて」
「あー、うん。誤解だったんだけどね…」
「誤解?」
「他の人を狙ってたってわかったんだ」
「ふうん…?よかった…でいいんですか?」
「うん。よかったよかった」
ハリーはニコッと屈託なく笑います。大変な目にあったのに特に変わらず笑っていられるのはすごいですね。
私が私の真実へたどり着いたとき彼のように笑っていられるんでしょうか?
死なない体
魂の模造品
私はちゃんと兄の妹でいられるんでしょうか?
兄は、私を嫌わないでいてくれるんでしょうか?
穢らわしい。
私を捨てたアブラクサスの声が今でも頭で木霊する。私はひとでなし。他者を踏みつけても何も思わない。一人ひとりの命のことなんて、ホントはなんとも思ってない。軽蔑に値する、人でない何か。
それでも私は兄にだけは赦されたい。
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川のせせらぎが聞こえて、ルーピンはハッと目を覚ました。人狼から人間へ戻ったときはいつも二週間は寝ていたんじゃないかというくらい体が痛い。
体を確認すると、破れた服の隙間から血が流れていた。脱いでみると肩口や腹に噛み跡が残っていた。懐かしき友の噛み跡だ。
あれからどうなったんだろう。記憶がほとんどない。というよりは思い出そうとすると人狼のときの混乱や不安、悲しみといった記憶が噴出してしまうため、まともに思い出すことができないのだが。
ルーピンは川に入り、全身に纏わりつく獣の臭気と泥を清めた。冷たい川の水で頭が冴えてきた。ここはホグワーツ城からかなり離れているのだろう。おそらく禁じられた森から続く山麓だ。
自分は学校に戻るべきだろうか?いや…
自分が人狼であることがバレてしまった。シリウスへの尋常ならざる恨みを抱いたスネイプが、彼と再び手を取り合ったルーピンを許すはずがない。
そうだ、シリウスはどうしたのだろう?自分を必死に止めようとした彼。きっとここまで誘導したのも彼のはずだ。朧気ながら遠吠えを聞きそれめがけ駆け出した記憶がある。
川からあがり、ボロ切れのようになったシャツで頭を拭いていると背後の茂みから物音がした。
「リーマス…」
振り返るとシリウスが立っていた。ルーピンとシリウスは抱き合い、しばらくの間沈黙のうちに互いの無事を喜びあった。
「あれからどうなった?」
ルーピンの質問に、シリウスは視線をそらした。そして静かに言った。
「私は…逃げたワームテールを噛み殺した」
ルーピンは絶句した。考えうる限り最悪の結末だった。ワームテールはすでにこの世を去ったとされる人物だ。世間からしてみればなんの影響もない。しかしシリウスにとっては事件の生き証人は失われ、殺人という罪を犯したことになる。
なにより、ハリーの気持ちを踏みにじってしまった。
ルーピンは学校にはもう戻らないと決めた。シリウスをこのまま一人で放っておけない。
「友よ。私が君を見捨てていた12年の償いをさせてくれ」
ルーピンの言葉に、シリウスはすぐに返事ができなかった。たださめざめと涙を流すほかなにもできなかった。