兄さえいればいい   作:ようぐそうとほうとふ

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03.フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店にて

 ドラコとソフィアは入店した途端顔を見合わせた。フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店は人気作家ギルデロイ・ロックハートのサイン会でとても混雑していたのだ。

 教科書は書店側で取り置かせている。ただ「駅に運んでおいてくれ」と言付けてサインするだけですぐに用事自体は終わりだ。なのにこんな混雑に巻き込まれてしまうとは、なんだか損した気分だった。

 

 ソフィアは人だかりを眺めながらドラコにたずねた。

「兄さん、ロックハートの本読んだことあります?」

「いいや。売れてることも知らなかった」

「そうですか。教科書として買わされて、気の毒ですね」

 

 ソフィアはそう言ってふらりと階段の方へいってしまった。ドラコもなにか学業に役立つ本はないかと変身術関連の棚を物色した。昨年度の成績はハーマイオニー・グレンジャーに次ぐ二位という屈辱を味わった。しかも三位とも僅差と、気を抜けない結果だった。

 さきほど父にボージン・アンド・バークスで指摘されたとおり、努力なくして逆転の目はあり得ない。

 

 棚には高度な変身術の本しかなく、今買っても活かすことはできないようなものばかりだった。ドラコはため息をついてソフィアの姿を探した。

 

 ソフィアは客の間をすり抜けるように本をいくつか手に取りパラパラめくっては本棚に戻していた。一人でいるときのソフィアはとても凛としていて、ドラコの知ってるソフィアじゃないみたいだ。

 

 ドラコがソフィアの方へ歩み寄ろうとしたとき、突然ロックハートのサイン会をやっているほうで大きな歓声が上がった。

 

「もしや、ハリー・ポッターでは!?」

 

 続いてフラッシュがバシャバシャとたかれ、拍手が上がった。ロックハートが壇上でポッターと写真を撮っているのが目に入り、マルフォイは思わず立ち止まった。

 ソフィアも本を選ぶ手を止め、急に騒ぎ出した人混みを見ていた。

 

「あら。あれがハリー・ポッターだったんですか?」

 ソフィアは驚いたようにその人混みの中心を見て言った。

「そうさ。でも特別なのは額の傷だけさ」

 

 ソフィアは好奇心たっぷりの瞳で人々の隙間から見えるハリー・ポッターを見ていた。ハリーの傷はドラコから見たら本当にただの古傷に過ぎないつまらないものだというのに、誰しもがハリーに引き寄せられる。

「兄さんったらいつもハリー・ポッターに夢中ですよね」

 予想外の言葉にドラコはギョッとしてソフィアを見た。悪戯っぽい、からかうような目をしている。

「はあ?そんなことない。あいつが目につくせいさ」

 ドラコの言い分を聞くとソフィアはやれやれ、と言いたげな微笑みを浮かべて言った。

「兄さん、好きの反対は無関心なんですよ」

「ソーフィーア…何が言いたい?」

「きゃ!怖い顔」

 ソフィアは笑ってひらりとドラコの視線を交わすように人混みに向かって移動した。するとロックハートの大きな声がした。

 

「せっかくです!子どものファンにも私とふれあう機会を。なんせ今日の夜には…おっと!まだオフレコでしたね。さあ、そこの後ろで見てる子も前へいらっしゃい!」

 

 ドラコは一瞬、その声が誰のもので誰に向かっていってるのかわからなかった。人混みがさっと割れた。そしてその奥にいるロックハートとハリー・ポッターと目があってようやく自分たち兄妹に向かって言ってるのだとわかった。

 ハリーはソフィアとドラコを見て小さく驚きの声を上げた。

 

「まあ。それは光栄ですね、兄さん」

 

 ソフィアは全く動じずロックハートの誘いに乗った。ドラコは「げっ!」と内心ぎくりとした。こんなのに関わるなと言う暇もなく、ソフィアは壇上へ歩いて行ってしまった。妹は昔から好奇心ばかりが旺盛で、警戒心や羞恥心は全く追いついていないのだ。

 

 ロックハートはたしかに“チャーミング”な顔をしていた。だがそれだけだった。ロックハートは無造作のようでいて完璧に整えられたブロンドの髪をさっと払い、ソフィアに愛想よく微笑んだ。

 

「やあはじめまして。もちろん君は私のファンだろうね」

「いいえ」

 

 ソフィアの返事にロックハートの笑顔が凍りついた。しかしすぐに大袈裟とも思える笑顔で上書きされる。

 

「そうですか!ですが今年は()()()教科書として私の本が採用されていますからね!すぐにそうなることでしょう。きっとこれは…特別な本になる」

 

 ロックハートは本の山から一冊とってサインしてソフィアに渡した。

「ありがとうございます。それにしても随分たくさん本をお書きになっているのですね」

「ええ!ありがたいことに売れ行きも好調で、早く次を出せとうるさくって。新しい冒険に出る時間もない」

 ソフィアはその本をパラパラとめくり、一番最初のページにでかでかとある著者紹介を見ていった。

「あなたはずいぶんお若いですよね?それでこれだけ密度のある冒険をしたとなると、皆さん聞きたがるのもうなずけますね」

「たしかに、素晴らしい体験を共有するのは私の使命と言ってもいいかもしれませんね」

 ロックハートの言葉にファンが悩ましいため息をついた。ソフィアは淡々と口調を変えずに聞く。

 

「本当に、それだけたくさん冒険を?」

 ロックハートの口のはしが笑顔の形に固まり、そのままぎこちなく聞き返した。

「え?」

「あなたが旅を?」

「そうですよ。じゃなきゃ書けないでしょう」

「なるほど、では三年前の冬は南へ北へと大移動だったわけですね。移動キーをお使いに?」

 ドラコはロックハートの顔つきが変わるのを見逃さなかった。これまでの笑顔とほとんど変わらなくみえるが、瞳から笑いが消えていた。

「…ええもちろん!新作の『私はマジックだ』を読んでくれればきっとわかるでしょう。今日は来てくれてありがとう」

 

 ロックハートはなぜか急に話を切り上げ、ソフィアを追っ払った。そしてハリー・ポッターのそばでロックハートを見ていた別の子どもにターゲットを変えた。

 ドラコは自分に飛び火しなくてホッとした。ソフィアは気になったことはとことん追求する質なので、このままロックハートが止めなければ討論会のような質疑応答が始まっていたかもしれない。

 

 ソフィアはもらったサイン本を山に戻してからドラコのもとへ帰ってきた。

 

「びっくりしたな」

「そうですね。もっとお話をききたかったです」

「へえ?そんなにソフィアの興味を引いた?」

「ええ。だって()()()()彼は大した冒険家じゃないですか」

 

 ドラコはそこで視界のはしにロックハートから逃れることができふらふらとその場からさろうとするハリーを見つけた。

「あ、兄さん…」

 ソフィアが不満そうな声で引き止めるがドラコはパッとソフィアのそばから離れて声を張った。

 

「おや!ポッターじゃないか。いい気持ちだろうね、有名人のハリー・ポッター。ちょっと書店に行くだけで一面大見出しとは」

 

「ほっといてよ」

 

 ドラコの挑発にハリーではなく赤毛の少女が突っかかってきた。ウィーズリー家の末娘だろう。ドラコは全身から漂う貧乏臭さが兄弟そっくりだと思った。

 

「おや、ポッター。ガールフレンドかい?」

 

 そう言うとその娘はとたんに顔が髪より赤くなった。ポッターが何かを言い返そうとしたとき、ロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーが人混みから顔を出した。

 

「なんだ、君か。ハリーがここにいてびっくりしたのか?」

 ロンが露骨に不快な顔をした。ドラコは負けじと言い返す。

「君こそここにいるなんてビックリだな。だってこんなに買い込んだら、君のご両親は一ヶ月は飲まず食わずだろう?」

 ロンの耳が髪と同じくらい真っ赤になったと思った途端、やつはなんと、鍋を振り上げた。ロンの妹とハーマイオニーの上着を引っ張り抑えるのと同時に、ドラコの前にさっと人影が立ちはだかった。

 

「ちょっと!まさかそれで殴るつもりですか?許しませんよ」

 

 ドラコにはロンが息を呑むのがわかった。

 ロンとドラコの間に割って入ったのはソフィアだ。美しいブロンドに、エメラルドのような瞳。足なんか細くてバンビみたいだ。そんな子が両手いっぱいを広げて立ち塞がったおかげで、後ろの二人も一瞬ドラコのことを忘れてしまった。

 

 ロンが絞り出すようにして聞いた。 

「君、誰?」

「私はソフィア・マルフォイ。鍋をおろしてもらえませんか?」

「妹?マルフォイの…?」

 

 ウィーズリーは驚きからようやく立ち直り、ふりあげた鍋をおろしてまたドラコとソフィアに向き直った。

「妹に守られてるのか、マルフォイ」

「そんなんじゃない」

 ドラコはそれにカッとなってソフィアの肩を掴み、後ろへ退けた。

「ちょっと兄さん!」

 ソフィアが抗議の声を出す。

「ソフィア、下がってろ。どうせ殴れやしないさ」

「試そうか?」

 売り言葉に買い言葉、ウィーズリーはギュッと拳を握りしめている。

「だめだってばロン!」

「馬鹿なことはやめてください!」

「そうよ!やめなさいってばロン!」

 ウィーズリーが今にも殴りかかりそうなのを必死にポッターが止め、前に出ようとするソフィアをドラコが止め、場は混迷を極めた。

 

 

「なにをやってるんだ!」

 

 すると人混みをかき分け、ウィーズリーの父親がやってきた。ドラコを見ると眉をひそめた。アーサー・ウィーズリーとドラコの父、ルシウス・マルフォイは犬猿の仲なのだ。

 

「まったくひどい混雑だ。さあ外に出るぞ」

 

「おぉや。これは、これは、これは…アーサー・ウィーズリー」

 

 ロンたちが退場しようとした矢先、ルシウスがタイミングよく来てしまった。それを見てアーサーは露骨に顔を顰めた。

 

「やあ、ルシウス」

「アーサー、お役所は忙しいらしいですな?何度も何度も抜き打ち調査を…。残業代は当然払っていただけているのでしょうな?」

 ルシウスはウィーズリーの末娘の鍋から使い古しの変身術の本を引っ張り出し、笑った。

「ああ、これを見る限りどうやらそうでないらしい。安月給で魔法使いの面汚しをやってるというのにこれじゃあ、酷なものですな」

「魔法使いの面汚しの意味について、おそらく我々は意見が違うようですな」

「さようですな」

 ピリピリした空気だ。ドラコはふん、とルシウスの語調に合わせてせせら笑った。ソフィアはというと、ハリーと見つめあっていた。

 

「すくなくとも、こんな連中と付き合っているようじゃ君の家族は落ちるとこまで落ちたってことで間違いないようだがねえ」

 

 ルシウスがたまたま居合わせてしまったグレンジャー夫妻を見てそう言った途端、アーサーはルシウスに飛びかかり場は騒然となった。ドラコは慌ててソフィアの手を握りその場を離れた。

 たまたま通りかかったルビウス・ハグリッドが割って入って、ようやく騒ぎがおさまった。

 

 ルシウスはウィーズリーに捨て台詞を吐いてから乱れた髪を整え、ナルシッサの待つ駅へ歩いていった。ソフィアはドラコにちょっと遅れて店を出てから、ドラコの手をぎゅっと握った。

 

「兄さん」

「なんだ?」

「あのロンって子と兄さん、彼の父親とお父様の関係にそっくりじゃないですか?」

「だとしたら最悪だよ…大人になるまでずっと腐れ縁だ」

「そういう友達もいいじゃないですか」

「ソフィア、いいか?僕と奴らは絶対友達じゃない!!」

「あら、怖い顔」

 

 

 

 

 

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