代表選手八名は大広間から出てすぐ、気ままに動き出す階段ホールへ誘導されます。マクゴナガルが杖を出し呪文ロコモーターを唱えました。
すると中央のタイルが凹み、地下へ行くための深い穴があきました。
マクゴナガルは神妙な面持ちで選手たちを見てから穴の中央へ向けて杖を振りました。すると中央に石板とそれへ渡る橋がかかります。
「地下には我々教職員と魔法省職員で作った迷宮が待ち構えています。あらゆる罠、魔法生物、それらをかわし、あるいは倒して優勝杯まで辿り着いたものの勝利です」
なんと大掛かりな。代表選手たちの間にも緊張と動揺がひろがります。なんとも生徒同士戦いやすそうではありませんか。監視の目はもちろんあるのでしょうがね。
「迷宮内にはスタッフが巡回しています。何かあったら事前に連絡していた花火の呪文を打つように。音響弾になっているので我々がすぐ駆けつけられるようになっています。では…一位のセリルダ・グリンデルバルド。あなたからスタートです」
セリルダ・グリンデルバルドは私に向きなおりました。
「ソフィア・マルフォイ、アナタが下につく頃にはゲームに決着がついてるかもしれませんわね」
「なら楽でいいですね」
セリルダは臆することなく石板に乗り地下へ消えていきました。しばらくすると石板がまた現れ次いでセドリック、クラム、ハリーと下へ向かいました。
そしてついにドンケツの私の番です。私はその石板によろよろと乗って険しい顔をしたマクゴナガルを見ます。なんだかやりにくいですね。
「マルフォイ、SOSの出し方は問題ありませんね」
「ええ、先生。怖かったら動かないので大丈夫ですよ」
「気をつけて」
まあほどほどに。
石板はすう、と下へ下へ降りていきました。真新しい石壁はこの課題のためだけにここが掘られたことがわかります。
“なぜ”よりにもよってここに?
何メートルくらい下ったんでしょうか?しばらくすると底に着きました。
ホールのような形状です。下はもともとあった岩のようで、転ばない程度には平らに加工されてるみたいです。そしてこのホールを中心にして八本の道が伸びています。選んで進めということのようですね。
なるほど、こういうのって最下位にハンデがあるもんだと思って不公平な順番だなあと思ってたんですが、これだと一番手のほうが不利ですね。
「そしてなんなんでしょうね、この既視感は」
とりあえず真正面の通路を進みます。ここが一番誰かが通ってそうだからです。しばらく進むと二メートル半四方くらいあった通路がだんだん狭まっていきます。
二十メートルほど直進したでしょうか。すこし広い空間に当たります。そして破壊されたレンガの山がありました。このトンネルは石をそのままほったような作りでした。ゴーレムかなんかが待ち構えていたんでしょうかね。
この調子で先に通った誰かの道を選び続けることができればリスクを回避してゴールに近づくことができるわけです。
「…なんか私ってこういう小賢しいことばっかしてますね」
いいとこなしです。
まあ別に格好つけたいわけじゃないのでいいんですけど。
さて、ここからは最初のホールのように左右に通路が分かれています。人は無意識に左を選ぶらしいですが…え?右でしたっけ?どっちでしたっけ。まあ私の目的は何もゴールを目指すことではありません。
左手の法則とか言いますし、左を選びましょう。
しばらく進むと廊下の天井近くの篝火がなくなり真っ暗になっていました。簡単には行きませんね。
ルーモスして照らすのもありですが、光めがけて飛んでくる化物とか罠ではたまりません。ちょっと戻って篝火を失敬し、魔法で闇に向かって飛ばします。ざわ、と音がして壁が漣立ちました。
「……これは……」
壁一面にぎっちりと黒い虫がはりつき、明かりを避けるようにして犇めいています。めまいがする光景です。光を避けるならルーモスで問題なく突破できるんでしょうが、私には気持ち悪すぎて無理です。
この場で悪霊の火で焼き尽くすのも名案だと思いましたが、そんな派手な魔法を行使して目立っては面倒です。
来た道を戻ると、ゴーレムのホールがあるはずです。しかし私がたどり着いたのは更に天井の低い狭い廊下です。ちょっと覗いてみるとすぐに曲がり角があり、道が分岐しています。迷宮の中の迷路とでもいいましょうか?面倒です。
あの通路は一本道でしたので、迷うなんてことはありません。どうやらこの地下迷宮、壁が動いてるようですね。迷宮を進んでいればいずれ代表選手たちがかち合うようにできているのでしょう。特定の選手の後追いは難しいですね。
戻って虫の通路じゃないことを祈るか、迷路を進むか。少し迷って私は迷路をぶっ壊すことにしました。
「レダクト 粉々」
ええ、ぶっ壊しますとも。幸いレダクトはそんなに難しい魔法でもありません。優勝を狙ってるつもりはさらさらありませんから単にここで襲われたら嫌だという意図ですがね。
崩れた壁はもとに戻る気配がありません。よし、と一歩進むと通路の奥でキラリと光るものが見えました。
そしてほとんど同時に火柱がこちらに向かって吐き出されました。
「ひゃ…!」
私は慌ててマンティコアのコートの中に隠れます。まわりの壁の残骸と地面が焦げるような臭いがしました。
見ると、そこにいたのはキラキラした宝石をその殻に纏う火蟹でした。
「いやいや…まあそう扱いにくい生き物ではないでしょうが…!」
通路を壊したことで怒らせてしまったようですね。低く唸ってまたもう一度火を吐き出そうとします。火蟹は名前と異なり、蟹というよりかはリクガメのような形をしています。ただ足だけは蟹です。亀ならまあひっくり返せばなんとかなるかもしれませんが、甲羅が宝石でごてごてしてるのでうまくできるかわかりませんが。
「虫よりかは…マシですね」
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私と火蟹の大戦闘といったら、今後のマルフォイ家の偉業リストに名を連ねてなきゃおかしいわ!ってレベルに白熱したものでした。
ええ、実のところ足を引っ掛けただけなので盛りに盛る必要があるのですが、ロックハートあたりに代筆を頼めないか、今度あったら聞いてみます?
廊下を進むと、急に開けたところに出ました。足元には草が生えており、天井は高く夜の色をしています。
そしてその草原の中心に誰か倒れています。私は近づき、その顔を見ます。
「ルイス・モンタギュー…」
目は見開き、恐怖というよりかは絶望の表情を浮かべて事切れています。死んだというよりもまるで肉体がその時のまま停止したかのようです。こういう死体には心当たりがあります。マッドアイの授業でやりましたね。
「死の呪文、ですか」
「そうだ」
返事に驚き前を向くと、ドミニク・ブラッドレイの姿がありました。肩にかかったダームストラングのマントが透明マントになっていたようです。
「あなたが彼女を殺したんですか?」
「なぜそう思う」
「だって放っておいてここで待ってるなんて不自然でしょう。しかも透明マントなんか被っちゃって」
切れ長の瞳が私を見つめています。ルイスの死体なんて全く気にもとめずに。そこで私は確信しました。ああなるほど、彼が私を殺したがっていた犯人だったんですね。
「私を待っていたんですか?そして間違ってルイス・モンタギューを殺した?」
「半分正解で、半分違う。ルイス・モンタギューを殺してしまったのは大いなる間違いではあるが、必然だ」
ルイス・モンタギューが死んでいる、にもかかわらずスタッフが駆けつける気配もない。監視の目はおそらく死んでいる。ならば全力でドミニクと戦っても問題ないですね。
ただわかりません。私を殺すのが目的だった男が、なぜ同級生の好意を向けられていた女の子を殺すのか。
「……なんで彼女を殺したんですか」
「さあね。君がそれを知ってどうするんだ」
「そうですね。怒ってもいいし、呆れてもいいですけど、とりあえずわからないことをすっきりさせたいんですよね」
「傲慢だ、ソフィア・マルフォイ。すべてを知りたいなんて願望は」
「もしかして…リータ・スキーターを殺したのもあなただったりして」
「そうだ。尤もそちらに関しては問題とも思っていない…」
ドミニクはすでに杖を握っている。私も杖を握っている。視界を遮るものはない、ならば
「Locomoto…」
しかし私の呪文は途中で遮られました。地面から突然粘土でできた槍がコートの外に出た私の両膝関節を貫いたからです。痛みに全身の筋肉が引きつります。
「う……ッ」
ドミニクはさらに杖をすばやく振ります。事前に準備して待っていたところにのこのこやってきて悠長に話してた私が大馬鹿だったわけです。
「プロテゴ、護れ!!」
私は槍で固定されたまま天井から落ちてくる石の剣を弾きます。いくつかはコートに当たり、私に傷をつけることなく地面に落ちます。さすがマンティコアのコート。しかし関節が固定されては動けません。
術者を倒さなければ。
すぐに彼に向き直りますが、落ちてくる無数の剣に気を取られたのが致命的でした。
「これはとってもクソッタレってやつですね…」
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「あなた、なかなかいいわね」
リータ・スキーターは値踏みするような目で私を見てからにたりと笑う。下品な女だと思った。
「冷たい眼差し、大スターの陰に隠れた天才…人気出るわよ。コンプレックスとか、あるざんしょ?そういう関係性が読者にウケるわぁ」
クラムのことは好きだった。朴訥としているが心は真っ直ぐで、芯は熱い。自分にないものを持っていた。
「ルイス・モンタギュー。彼女は恋人?あら、違う?ふぅーむ…多少はこういう要素があっても面白いと思うのだけど」
ルイス・モンタギューのことも嫌いじゃなかった。真面目すぎるきらいがあったが、自分の能力を正当に評価し、好意を寄せてくれていた。
「ご両親については……最愛の父との死別…フムフム…あら?お母さんはご存命で?」
けれども私が他人と打ち解けようとする瞬間、いつも私の前に私の出生の秘密が立ちはだかる。私は本当ならば、この場にいてはいけないのだから。
不義の子、すなわち穢れた血。
「お母さん、今はマグルの世界で暮らしているのね。てっきりお父さんとは死別かと思ったけどそうじゃないざんすね?随分複雑なのねえ」
水中人に囚われた母親。助ける気力なんて一切わかなかった。ただこのまま死んでくれれば、と願った。
「人質が、母親?フフッ…!今一番人気の友人を救ったあなたのプライベートをみんな知りたがってるざんす!連絡先を聞いても?…まあその気になれば調べられるのだけど」
狂った父のことを思い出す。怪物、怪物、怪物。不死の怪物に心を奪われた父は私にとっての怪物だった。
この女も怪物だ。
「大当たりだ」
気取った声で男は言った。ライラック色のふざけたマントに眼帯。私はただ彼をにらみつける。ギルデロイ・ロックハート。祖父を訪ねに来た男は、《ブリジット・キンブリー》を探していた。私はクラムの応援のためにちょうどイギリスに渡っていた。そのホテルに突然彼が現れたのだ。
「ちょうど、不死の怪物について調査しているんだよ。その怪物が人に害を与えるものなのか…ね」
「杞憂だ。そんな怪物いやしない」
「……どうだろうね?」
意味深に微笑むロックハートはどこか危ういバランスの上に立っているようで不気味だ。いや、不吉だった。
「そうそう…ブリジット・キンブリーに生き写しの少女がいるのを知っているかな」
そして私は怪物の姿を見た。
「ブリジット・キンブリーとその仲間たち…神秘部の無言者を中心とした《盟友》と自称する連中だ。彼らは《死》に関する研究をしていた。これは公的な書類でも確認できることだが…私の雇い主はどうもそれだけじゃないと思ってそうだ」
「アルバス・ダンブルドア…彼のような魔法使いがなぜあなたを」
「さあね。まあこういうあまり周囲に知られたくない取材は私の専売特許みたいなものだ」
ブリジット・キンブリーの著書の内容は私とロックハートしか知らない。ロックハートは自分が単なる便利な情報屋として利用されることに不服だった。ダンブルドアもあれがどんなものか知っていれば彼には頼まなかったろう。
「
「ダンブルドアは……さあね。私個人としてなら…そうだな」
ロックハートはしばし考える。かつてチャーミングと魔女たちを魅了した顔は傷と苦労によるシワで歪んでいた。
「私はこれでも名のしれた冒険家にして小説家だった。しかし…話すと長いが…キャリアを失ってしまってね。商売道具の顔も、信用もだ。このネタで私はなんとしても再起を図りたい。そんなところさ」
「………あなたの描くストーリーはどんなものだ?」
「…ん?質問の意図がわからないが」
「つまり…怪物はどうなるべきだと思う」
「そうだな。陰謀は暴かれ、悪人は報いを受けて、少女は救われ、私の頬にキスをする。これが美しく正しい物語ならね。……でも君はそういうのは好きじゃなさそうだ」
「ああ、嫌いだ」
私の言葉に彼は邪悪に笑った。
「私もだよ」
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ドミニクはとっくに呪文を唱え終わっていました。燃え盛る炎が浮遊して、発射されました。
コートを使えば耐えられるはずです。私はコートを翻し、自分の身をガードしました。しかし重い衝撃とともに、私の腕を太い杭が貫通しました。
「がッ……!」
衝撃と、膝を破壊されたことによる動きの制限で私の頭は真っ白になります。
次の瞬間には腕だけでなく、胴や太ももに杭が刺さり、衝撃に負けて槍が砕け、私は地面に倒れます。
ドス、ドス、と容赦ない音を立てて杭が私の肉を貫き、骨を砕き、掌を穿ちます。杭全体は燃えていて、肉の焼けるいやな臭い。
そして痛みすら冷める熱が患部に伝わります。心臓、肝臓、子宮、両肩、両腕、両手、両脚にそれぞれ2本。計13本の燃える杭が、私を地面に磔にしている。
「あ………ぐ………ッ!」
「悲鳴すら、出ないだろう」
息すらできない私をドミニクは見下ろす。
「レダクト、レダクト、レダクト…」
肋、上腕、まだかろうじて無事だった股関節を、ドミニクは破壊していく。そのたびに私の喉から制御できない悲鳴のようなうめき声が出る。
口の端からドロリと血が流れた。ごほ、と絞り出した息と一緒に血の霧ができた。
「そう、普通の人間ならもう死んでいる。ソフィア・マルフォイ。お前はやはり怪物なんだ」
「………ど……みにく……」
痛みにもうろうとする。体が空っぽになってそのまま全部流れ出してくような気分だ。痛い、痛みのことだけしか考えられない。
「ど……して……わたし、を……」
ドミニクは私の目を見る。そしてまだ貫通していない肝臓に刺さった焼けた杭を踏んで穿く。この火はおそらく悪霊の火だ。マンティコアの皮をも貫く杭。体にずるりと侵入すると同時に周囲の体組織を焼き尽くす。
「あああああああああああ!!!!」
生まれて初めてこんな悲鳴を上げた。痛い、痛い、いや。怖い。
「それでもお前は死なないんだ、ステュクスの魔物め…」
「あ……あぁ……あぐ…」
私は杭を抜こうと右肩に刺さった燃え盛る杭の先端を掴んだ。手のひらが、焼ける。
「無駄だ」
私にまたがったドミニクは憐憫の目で、杖を構えたまま言う。
「いっっ………あああああああっ!!」
抜こうとした途端、杭はより激しく燃える。私の手がほとんど炭化していく。それでも私は絶叫してそれをひきぬいて、遠くへ投げた。おぞましい、脳を撫で回すような不快感。
ようやく抜いたまるい穴にどろりと血がみちた。傷口は焼かれているはずなのに、穴に血が満ちて傷を塞ぐ。
「……怪物め……」
息も絶え絶えの私にドミニクはそう吐き捨てた。怪物。
「どうして…こんな……ことを…」
「不思議か。誰もお前に真実を告げなかったのだな。哀れなことだ」
悪霊の火は狐火のように小さく燃えている。ドミニクの制御化にある残り12本の杭は私の肉と血を焼き続ける。じりじり、じわじわ。けれども私の体はそれくらいでは死なない、つまり、意識が続く。
ドミニクは私を見つめる。アブラクサスの瞳が重なる。
「ブリジット・キンブリーを知っているか?」