兄さえいればいい   作:ようぐそうとほうとふ

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13.傷

 

 ハリー・ポッターは迷路に入ってまず西へ向かった。途中にある課題群にはいささか苦労したが、これまで習ったことをきちんと覚えていればなんとか突破できるくらいの難易度だった。(もちろんハーマイオニーの特訓なしでは不可能だっただろう。)

 方角を確かめながらまっすぐ進むと、突き当りのスフィンクスの部屋で「はじまりがおわり」というメッセージが書かれているのを発見した。

 ハリーはピンときて、元きた道を戻った。これはきっとスタート地点にもどれということに違いない。

 帰りの道のりは行きとは全く違った罠が張られており、とくにスネイプが設置したと思われる賢者の石の試練のような毒薬の論理パズルは迂回せざるを得なかった。ハリーにとってスネイプの影というものは踏むだけでも不吉なものだったからだ。

 そろそろ他の生徒とかち合いそうなものだが、この迷路の構造のせいだろうか誰とも会っていない。ソフィアなんて下手したらスタート地点についたばかりでばったり…なんてこともありそうなものだが。

 そろそろスタート地点のあたりかというところで真っ暗な洞窟にぶち当たった。灯りをつけるとそこには一面蛇が放たれていた。

 ささやき声が聞こえる、秘密の部屋事件の時と同じようにシューッという音の交じった不気味な声だ。

『下へ………下へ………』

 一つだけあの時と違うのはその声に意識や思惑というものが感じられず、まるでレコードのようにその言葉を繰り返している点だった。

「下……?」

 パーセルタングは生まれつきの才能のはずだ。蛇たちがヒントを与える役というのは考えられない。だが蛇たちのいる洞窟は傾斜しており、ここを進むなら下に向かうことと同じだ。あまり深く考えることじゃないんだろうか。

 

 ハリーは少しだけ思案した後、ゆっくりと前へ歩きだした。

 洞窟の蛇たちは素直にハリーから距離を取り、襲ってくるような事はしなかった。それでもなるべく刺激しないようにゆっくり洞窟を下っていくと、そこには背の低い通路が伸びていた。

 

 所々が崩落したのか、積まれたレンガはまだらになっている。壁の至る所から水がたれていて、まるで下水道のようだ。いや…本当に下水道だったのかもしれない。

 間違えた道を来てしまったのだろうか。洞窟の方を振り返ると、緩やかな傾斜は消え、登ることのできない崖ができていた。

 

 進むしかない。

 

 不気味な通路は進むたびに分かれ道があったが、そのどれもが崩落による石か瓦礫で塞がれてほとんど一本道だった。なぜかポイントミーが効かなくなっていたのでありがたかったが、いつの間にか通路の形状が変わることもあるだろう。念の為杖で通路に傷をつけながら進む。昔絵本で読んだように。

 

 しばらくすると、ある地点で通路が広くなっていた。更に壁は下水道のようなものか、装飾の施された厳かな作りになっている。

 一際立派な蛇彫刻のある壁があった。蛇…。ハリーはピンときた。

 

『開け』

 

 そう囁くと部屋の扉が開いた。

 

 荘厳な彫刻の柱に支えられた高い天井。そしてその奥には優勝カップ、炎のゴブレットが据えられていた。

 

 

 

「…………」

 

 

ハリー、だめ。だめです。それは罠です。

 

 私は必死に透明マント越しに見えるハリーへ向けて念じました。アバダケタブラを食らって意識が吹っ飛んだと思いきや、目覚めたら石化呪文を食らって透明マントに包まれ、秘密の部屋の隅に転がされていたのです。

 

 最悪。私、ここで死ぬこともなくただ横たわり続けるんでしょうか。

 

お願い気づいて!

 

 しかしその願いも虚しくハリーはそのまま優勝カップに手を伸ばし、虚空へ消えていきました。あの感じはポートキーでしょうか。

 どこへ飛ばされたのやら。罠を仕掛け、ついでに私を殺してくれたクラウチ氏に聞くほかありませんね。

 というかあれはクラウチ氏だったのでしょうか?死喰い人の誰かだったとしても父のお友達であるはずがありません。いくら内心父にムカついていたとしても、私を手にかけるなんてリスクを取るでしょうか?たとえ死なないと知っていても。

 

「いい撹乱になるかと思ったが…思い違いだった」

 

 死の呪文をかける前にクラウチはそう言いました。あれはドミニクが私を殺そうとしていたのを知っていたような口ぶりです。しかし協力者とは思えない。ハリーを殺すために彼を利用したのでしょう。

 

 ハリーが消えてすぐ、再び扉の開く音がしました。透明マントが剥がされると、そこには見知らぬ男が立っていました。痩せこけた頬に病的な眼光、服を見てようやくわかりました。バーティ・クラウチの中にいた誰かです。

「こんな子どもを仕損じるとはな。優勝候補と言えどもまだ学生か」

 私は軽口の一つでも叩いてやりたい気分でしたが、まあ石になっちゃってたらどうしようもないですよね。

 私も情けなく思っていたところです。不死であることに高を括っていた結果、ドミニクに甚振られしまいには無力化されてしまうんですもの。

 

「ソフィア・マルフォイ。あの方への手土産としては申し分ない。なによりあのいけ好かないルシウスの鼻を明かせる。…しかし、お前は一体何なんだ?」

 男は杖を振りました。口のところだけ急に弛緩します。喋れるようにしてくれたみたいです。親切ですね。

「あなたこそ何なんです?クラウチさんのなりすまし?」

「軽口とは涙ぐましいな」

 男は嘲笑します。

「お前が俺の名前を知ったところで、なんの意味もない。俺は死んだと思われているからな。幽霊みたいなものだ」

 そこで天井の方から地響きのようなものが聞こえました。だんだん近づいてきています。

「……ダンブルドア、もうここまで迫るか」

「どう逃げるおつもりで?壁を抜けるつもりですか」

「ああ、それもいいが俺ならもう少し賢い方法を使う」

 男は懐からなにか鏡のようなものを取り出してそこへ呟きました。そしてそれをポケットにしまうとまた私を見ます。

 

「ルシウス・マルフォイはお前が何なのか知っているのか?」

 さっきからの言動からしてこの男は父上に敵意を抱いているようですが、そういう奴らはだいたいアズカバンにいるはずです。誰なのかさっぱりですが、お姫様待遇を期待することはできませんね。

「さあ……私にもよくわかりませんからね。アブラクサスに聞くしかないでしょう。もう死んでいますが」

「不死の仕組みはなんだ?」

「さあ。こんな子供にわかるわけないじゃないですか」

「その態度があの方の前でどれだけ保つかみものだな」

 

 バシッという音がしてしもべ妖精が一人現れました。うるうるとした瞳で男を見つめています。ホグワーツでは姿くらましはできないはずですが、なるほど。しもべ妖精は例外だったんですね。

「ウィンキー、館へ」

 ヴォルデモートのところへ?冗談じゃありません。ハリーの死体が転がってるかもしれないし。

 

 

 男は私を担ぎ上げました。

 

 と同時に私の口から大量の血液と肉片が吐き出されます。

「な…」

 男は血溜まりに落ちた肉片を見てギョッとします。まあ当然でしょう、それは私の舌ですから。

 舌を噛み千切った私の口から流れ落ちる血。男が次の行動を起こす前にすかさず発火させます。ぼわ、と空気が爆ぜるほどの熱気に男は悲鳴を上げて私を振り落とします。

 地面に落ちた衝撃と舌を噛み千切った失血で私は気絶…いや、一瞬死にました。そして意識が戻って即転がって燃え移った火を消します。ああ、これはちょっと無様かもしれません…。

 死ぬと同時に石化呪文が解け、炎で撹乱する完璧な作戦ですね。私の口まで火傷するところ以外は。

「バーティぼっちゃま……!」

 屋敷しもべがキィキィ声で叫びました。

 ここで止まりません、相手は私より上手です。私は口内に残っていた血を吐いて男に向かって失神呪文を発射します。

「麻痺せよ」

 男の背広はべったりついた私の血が全部燃えてるせいで火だるまです。必死にそれを脱ぎ捨てているところでした。

「護れ!」

 男はすぐに防御します。すかさず私は柱を破壊し距離を取ります。出口目掛けて走ったところで緑の光線死の呪文が頭のすぐ横を飛んできたので柱の陰に隠れます。

「ぼっちゃま…おやめくださいませ!どうかウィンキーとともにお屋敷にお帰りになってくださいませ…!お怪我を治療します」

「黙れッ…!ああ…ウィンキーすまない、違うんだ…。クソ、ガキが…」

「バーティってまさかあなた、クラウチの息子なんですか?アズカバンで死んだ」

「ああそうとも。あの世から蘇ったのさ」

 あら、私の前でそれを言われるととたんに陳腐に感じますね。

 また地響きが聞こえます。今度は上からではありません。

「どうでしょう。ここは円満にすませませんか?私は事を大きくしたくありません。これ以上あなたの邪魔をしない、あなたはこのままヴォルデモート卿のところへ帰る。ウィンウィンでは?」

「そうだな、悪くない」

 私はホッとしました。しかし次の言葉をかけようとした瞬間、燭台が柱ごと私の足を貫いていました。

「だが良くもない」

「ああ…今日はこんなのばっかり…!」

 無理やり足を引き抜いて走り出します。バーティの方を振り返り床に向けて攻撃します。一面に張っている水でささやかな目くらましです。出口まではあと少し。

 バシッ、と音がしました。そして突如目の前に腕を目一杯広げた屋敷しもべが立ちはだかります。彼は杖を振りかぶり今にも死の呪文を放つ寸前です。

 私は迷いなく屋敷しもべの頸を掴み、バーティの方へ振り向きました。

 屋敷しもべはパニックによりキィーーっと叫び、バーティは思わず振りかぶる杖腕を止めます。ここで声なんてかけません。このまま首をへし折って殺そうとした矢先

 

ガン

 

 と、今度こそこの秘密の部屋の扉が叩かれました。そして扉が開き始めました。

 

「ッ……!」

 

 私はとっさに屋敷しもべをバーティへ向かって投げました。バーティは屋敷しもべをキャッチしたまま空中へ消えます。

 そして私はそのまま地面に倒れることにしました。いえ、演技ではないのです。なんだかすごく疲れました。

 

 汚水なのか何なのかわからない濡れた地面に落ちると、自然と意識が遠のいていきました。今日だけで私は何回死んだんでしょう。

 

 とても長い一日だった気がします。寝逃げで追求を逃れたって、まあ責められないでしょう。多分。

 

 


 

 

 

 ハリーが恐ろしい墓場から生還した以外の様々な出来事がホグワーツ城を混乱に陥れました。なにより混乱していたのは警備全般の責任者になっていたアンブリッジであり、聞くところによると事態が明らかになるにつれ顔がみるみる青くなり、しまいには灰色になってゴーストに紛れて消えてしまったとか…いえ、後半はもちろん創作です。

 

 ハリー・ポッターがバーティ・クラウチの策略により秘密の部屋に誘導され、ポートキーに改造された優勝杯によりどこともしれない墓場に飛ばされる。

 それだけでも大事件なのに、その墓場でヴォルデモート卿が復活したとか言うもんだから魔法大臣ファッジは憔悴しきったハリーに掴みかからんばかりの勢いで怒り散らかしていました。

 さらには地下迷宮内でのドミニク・ブラッドレイによるルイス・モンタギュー殺人事件。加えてイゴール・カルカロフによる他選手への禁じられた呪文による妨害行為など、もう現場は滅茶苦茶です。

 

 そういうわけで私、ソフィア・マルフォイが秘密の部屋で倒れてたことなんて、当然埋もれてしまうわけです。

 

 ええ、当事者である私は一人、実家の寝室でぼうっと外の景色を眺めています。

 今回の事態で愛すべき私のモンスターペアレントが黙っているわけがありません。次に目を覚ましたら私は自宅へ運ばれていて、むりくり呼ばれた聖マンゴの院長が傍らで「彼女は健康です」と診断してくれていました。

 さっきのは全部ドビーにこっそり買ってきてもらっている新聞から得た情報です。

 

 父も母も私に多くを聞こうとしません。恐ろしい目にあったと思われているので、無理に喋らなくてもいいよと抱きしめられるくらいでしょうか。私も「はい…」と弱々しく頷いてみたり。

 

 バシッと音がして部屋の中にドビーが現れました。

 

「ソフィア様、新聞と…今日はお手紙を預かってまいりました」

「ありがとう、ドビー」

 

 手紙?と思って封筒を見てみるとドラコからでした。

 

 

ソフィアへ

 

 怪我の具合はどう?父上と母上は君が落ち着くまでそっとしておいてあげたほうがいいと仰ってたが、ソフィアのことだ。どうせもうピンピンしているだろう?

 残念なことに犯人だと思われていたクラウチは自宅の庭に埋められていた。死後10ヶ月は経っているって。僕らが見て居たのはクラウチに化けた「真犯人」だったわけだ。ソフィア、君は答えを知ってるんだろうな。そしておそらく、父上もご存知だ。誰にも話さないほうがいい。

 ホグワーツでは三大魔法学校対抗試合の閉会式が終わったところだ。だがまあ、誰一人喜ばしいって感じじゃなかった。ポッターが優勝になったのも真犯人の策略があってのことだから、当然不満が噴出している。僕としては少し愉快だよ。

 

 君のことはほとんど誰も気にしてない…というと流石に傷つくかな…。とにかく、他のことが大変すぎてみんな動揺してる。僕はもちろん心配してるしいつだって気にかけているよ。

 夏休みが待ち遠しい。どうか大人しく、か弱い妹を演じていてくれよ。きっと父上は今お忙しいだろうから、母上のことを気にかけてやってくれ。

 

君の兄、ドラコより

 

 

 ドラコったら、あんまりにも私を心配していませんね!そりゃ怪我一つないと診断されましたし、私が燃える杭で串刺しにされたくだりを知らないからでしょうが…。

 

 流石に今回の件、私が無傷というのは不審に思われているでしょう。ダンブルドアあたりが出てきたら私もちょっと面倒です。バーティ・クラウチJrを逃したとしれたら裁判にかけられちゃうかもしれません。

 バーティ・クラウチJrを生かして戻したのは私の秘密をダンブルドアに漏らさないためでした。しかしヴォルデモートにはどうでしょうね。

 クラウチの目的はハリーを利用してヴォルデモートを復活させることだったのでしょう。どうせ分霊箱みたいな変な闇の魔術を使ったんでしょう。その事を日記の魂のかけらに教えてあげるべきかずっと悩んでいます。

 ヴォルデモートの手はルシウスを通せば私へは簡単に届きます。

 

「やっぱり殺しておけばよかった」

 

 私の言葉にドビーが肩を震わせます。私も思わず自分の言葉に笑ってしまいます。こんなセリフを言うなんてドラコの妹として失格ですね。

 いえ、もう事態は私の猫かぶりで済むようなものではなくなっているのでしょう。

 

 

 私は寝間着を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になって鏡の前に立ちます。

 

 そこには半身に入れ墨がはしる私の身体が映ります。カラスの羽根のように暗い色で刻まれたルーン文字が背中から今回ドミニクに穿たれた肚と心臓にかけて陣のように規則的に刻まれています。

 

「27の分霊箱で構成された肉体……私はあと何回死ねるんでしょうね」

 

「ソフィアさま……ご自身の命を削るのはもうおやめ下さい」

「いいからクリームを塗ってください」

 

 こんな紋様が見えたらどんな場所でも目立っちゃいますからね。なーんて…。ドビーに言っても笑ってはくれないでしょう。

 あざを見えなくしてくれるクリームをドビーは少し震えた手で塗ってくれます。ドビーのことを深く傷つけてしまったことを思い出します。時が経てば体の傷は消えても心の傷は簡単には消えません。私もそう。

 でもそう悲観することはありません。なにも傷跡のない人生なんてきっとつまらないですから。14歳の小娘が言うセリフではないですね。でもどうしてでしょう、そんな気がしてくるんです。

 

 

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