「いいな〜。ソフィアは呪文がうまくて…」
隣で大鍋をかき混ぜてるコリンが言いました。今は魔法薬学の授業時間中です。今日はおできを治す薬を調合しています。ちなみに一緒に受けているのはレイブンクローの子たちです。
「僕なんかマグル生まれだからさ。下手っぴなのかも…」
彼は他の生徒たちと違って私がマルフォイだからという理由で避けたりしないいいやつです。単にマグル生まれだからしがらみを知らないだけかもしれませんが。
「環境の違いですよ。すぐに同じくらい使えるようになります」
「そういうもんかなあ」
「ええ。生まれた血筋よりも生まれ持った力の問題です」
「ソフィアが言ってもなんか説得力ないよ!」
「え…そ、そうですか…?」
スネイプが私語をしている私達をキッとにらみます。
スネイプはスリザリン贔屓で有名です。でもグリフィンドールに所属するにも関わらず、私には少しだけ成績の付け方が甘い気がします。
そういえば父が入学前によくスネイプ先生の話をしていました。先輩後輩の仲だったようです。一応気にかけてくれているのでしょうか。
なんにせよ彼のそのような態度をスリザリン生以外の生徒が快く思っているわけがなく、グリフィンドール生に至っては"スネイプ"はある種の呪いの言葉のように扱われています。
授業が終わり、みんなが大鍋を片して足早に教室を去っていきます。授業中、グリフィンドールのジョー・ブラウンが誤って大鍋を爆破してしまったため、終了時間がだいぶ伸びてしまいました。
私は現像につかう暗室の予約がせまっているというコリンの代わりに片付けをやってやりました。
教室を最後に出ると、なぜか廊下に女の子がひとり立っていました。
「……」
私はそっと近づきました。女の子は上を向いています。彼女の見てる方向を見ると、バックが照明に引っ掛けられていました。
「バッグが勝手に飛んでったんだ」
女の子は突然そう言いました。
「浮遊呪文では?」
私の返事に女の子は肩をすくめます。金髪で、妙なちきりんなカブのイヤリングをしています。ふわふわした夢心地の口調…そうだ。レイブンクローで浮いている生徒がいるとどこかで聞きましたね。たしか名前はルーナ・ラブグッド…だった気がします。
「まったく。呪文のうまいバカは困りますね」
私は杖を抜いて照明を揺らしバッグを落としました。
「ありがとう。…あ」
落とした衝撃でインク瓶が割れてしまったようです。バッグの端っこがどんどん黒く滲んでいきます。
「あ、ごめんなさい。レバロ、直せ。スコージファイ、清めよ…」
現状修復完了です。溢れたぶんのインク以外は。
ルーナは嫌な顔をするかなと思いました。けれども感心したような顔をして私をまじまじと見ています。
「あんたすごいね」
「いえ別に」
「対象を視認しないで魔法を使ってる。それ凄いことだよ」
「そうなんですか。知りませんでした」
ルーナはここまで会話してやっと私が誰なのか気にしてくれたみたいです。急にぽんと手を叩きました。
「あんたグリフィンドールのマルフォイだ」
「ええ。ソフィアです。よろしく」
「あたしはルーナ。…バッグありがとう」
「気にしないでください。インクをだいぶこぼしてしまってすみません」
ルーナはバッグを拾ってポンポンとホコリを払いました。
「あんた嫌なやつだって聞いたよ。でも全然そんなことないね」
「わかりませんよ?裏でスリザリンのスパイをやっているかもしれませんし」
「あたしはレイブンクローだから別に関係ないけど」
ルーナはなんと言うか、会話のリズムが独特みたいです。けれども別に嫌な感じではありません。
「…ですね。じゃあ私達仲良くやれそうですね」
「そうだね。よろしくねソフィア」
私達はそのまま夕食に向かいました。基本的には自分の寮で食べるのですが、厳格なルールというわけでもありません。食べる時間も意外とばらついているのでグリフィンドールの席に来てもらいました。
ちなみにレイブンクロー生は結構閉鎖的というか、他の寮の人とつるむことは少ないようです。
ルーナの話を聞きながらコーンスープを飲んでいるとすでに食事を終えたジニーがやってきて向かいに座りました。
「ソフィア。それに…あ、えーっと、ルーナだっけ?」
「うん。ウィーズリー…ウィーズリーの…」
「ジニーよ。よろしく」
ジニーの前にジャムとヨーグルトが出てきました。ジニーはそれを美味しそうに食べます。ジニーははじめこそルーナの独特さに戸惑っていましたが、すぐに打ち解けました。
どうやらルーナはレイブンクローの中で浮いているらしく、一人の男子生徒にターゲットにされているみたいです。ジニーは復讐すべきだと主張しました。私も頷いておきました。
「もし私たちの前でそいつが変なことしたらぶっ飛ばしてやるわ。ね、ソフィア」
「ジニー、レディーがぶっ飛ばしてやるだなんてはしたないですよ」
「でもソフィアは上級生の股間を蹴っ飛ばしたでしょ?」
「ウソ?ソフィア、あんたやるね…」
「ち、違います。そんなことはなかったです」
「なんで隠すの?みんな知ってるのに」
きーこーえーなーい。をして私はしらを切り通します。ええ、だって乱暴者だと思われちゃったらこまりますもの。
それからルーナとはお昼休みにたまに一緒のテーブルで食べるようになりました。
このように友達もたくさんできました。けれどもすべてがこのように順調ではないのです。
「よお」
ある日、観客席でスリザリンの練習を眺めていると、いきなり喧嘩腰に話しかけられました。
「兄貴のおもりかい?それともグリフィンドールのスパイ?」
「どちらかといえば前者です」
エイドリアン・フリントでした。
ドラコにシーカーの座を奪われてからかなりひねくれているみたいです。
まあそれだけではないのでしょう。多分私はスリザリン寮では嫌われています。兄は気を使って言いませんが、きっと血を裏切るものだとか落ちこぼれだとかなんとか散々言われているに違いありません。
グリフィンドールからも立派な闇の魔法使いはたくさん出ているのに、悲しいですね。
「ドラコは凡百の選手と変わらない。他のチームメンバーもさ。いいのは箒だけだ」
「そうですか。あまり興味がなくて違いがわかりません」
「妹としてどう思ってるんだ?君の兄貴が親の七光りで調子に乗っているのを」
「スリザリンではそれが正しいのでしょう?あなたもそうしてきたはずです」
「僕は…そんなことない」
「あら、お兄さんの存在を忘れるなんて薄情なんですね」
「ッ…お前、兄貴の前と今じゃずいぶん態度が違うじゃないか」
「猫かぶる必要ないじゃないですか」
「…むかつくやつ」
「そうですか。とにかく、兄のやり方は別に何も間違っていません」
「…そうかよ」
エイドリアンはそう言って立ち去りました。グラウンドのほうへ視線を戻すと、頭に何かがぶつかりました。クアッフルです。エイドリアンが投げたんでしょう。
「だ、大丈夫?」
スリザリンの一年生がびっくりして声をかけてくれました。
「ええ。なんてことないです」
ドラコはハードな練習にだいぶ疲れているようでした。元々体育会系というわけでもありませんし、ご覧のとおり色白で、いかにも貧弱そうでしょう?
けれどもハリーとの戦いに向け頑張っています。ドラコは頑張り屋さんなのです。そんな兄のことを悪く言うなんてエイドリアンは酷い人ですね。
「ソフィア?見ててくれたのか」
「はい。お疲れ様です」
私はグランドに降り立ったドラコに水筒に入れたお茶を手渡しました。美味しそうに飲んでくれて私も嬉しいです。
ドラコの好きなお茶はドビーにちゃんと聞いてきました。ホグワーツの厨房の場所を見取り図で確認してしもべ妖精たちに場所と道具を貸してもらい、淹れてきたのです。
「ありがとう」
「いえ。見てて楽しかったです」
「嘘だね。ソフィアは昔からクィディッチなんて興味ないだろう」
「心変わりしたかもしれませんよ?」
「ソフィアは…なんていうかそう簡単に変わらない気がするな」
「そうですか?」
ドラコから見た私。きっと完璧な妹に見えてると思っていました。気まぐれで、わがままだけど憎めなくて、可愛い…そういう私に。でもその考えは少し修正しといたほうが良さそうです。
それよりもドラコが私のことをちゃんと知っていてくれて嬉しいですね。
「離れてみてわかったけど、ソフィアは思ってたよりずっと大人だ」
「なんでそんなことわかるんですか?」
「だってソフィアはグリフィンドールで上手くやれてるだろう?スリザリンの僕としては複雑だけど、安心したよ」
それはいけないですね。たしかに私はグリフィンドールにいるのになんの苦労も感じていませんし、兄がそばにいないからといってどうということもありません。
でも兄が私がそばにいないことを当たり前のように思われるのは嫌です。
「そんな。兄さんがいないと私なんて全然だめです。今だって…」
ドラコの袖を掴みました。土と芝のきれっぱしがついてます。
「今だって、一緒に手をつないで帰りたいですよ。いつもは虚勢を張ってるんですからね」
「そうだったのか?」
さあね。
本当のことを言うと、自分でもよくわからないんです。
「だから…校舎まで一緒に歩いていいですか?」
「ああ、もちろん」
ドラコは手を繋いでくれました。本当に優しい人です。
私は強く握り返しました。痛いよ、とドラコは笑います。どんなに強く握っても私の想いは伝わりませんよね。だから力を弱めて笑い返します。
「…ごめん、やっぱりちょっと恥ずかしいかもしれない」
しばらく歩いて城が近づくと、ドラコはそう言って手を離そうとします。学校生活のせいで羞恥心が育ってしまったんですね。昔なら気にしなかったのに。
「あ、だめですよ。はなしたら罰ゲームですから」
「罰ゲーム?どんな?」
「ううん…どうしましょう」
「ソフィア、いじわるしないでくれよ」
私はわざともたつきます。ドラコは歩く速度を落としてなんとか人に見られる前に手を離そうとしています。かわいいですね。
「じゃあ…私の言うことをなんでも聞くとかどうですか?」
「わかった、それでいいよ」
「本当にいいんですか?絶対ですよ。これは破れぬ誓いよりも重いんですからね?」
「もちろん、約束するよ」
ドラコはぱっと手を離しました。私が微笑むと、ドラコもはにかみます。この笑顔が他の人に向いたらと思うと耐えられませんね。
「あ」
と小さな声が聴こえた気がしました。その声の方を向くと、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人組がいます。やってきた方角的にハグリッドの小屋に遊びに行っていたのでしょう。なんともタイミングが悪い。
ドラコは早速好戦的な笑みを浮かべてハリーの方へ向き直ります。私が本当に用心しなきゃならないのはどこぞの馬の骨よりも、ハリーなのかもしれません。
「おやポッター、ハグリッドの小屋帰りかい?何が楽しいんだか…ウィーズリーだったらわかるんだけどね。実家を思い出すんだろ?」
「マルフォイ!」
ロンは早速杖を取り出そうとして、それで先日えらい目にあったことを思い出しました。しかたなく杖をしまって苦虫を噛み潰したような顔をしています。
「ちょっと、ねえ。あなた妹の前でよくそんな事が言えるわね」
ハーマイオニーから鋭い指摘です。けれどもドラコにそんな挑発は通用しません。
「そんな事って?ただハグリッドの小屋とウィーズリーの家が似てるんじゃないかって言っただけじゃないか」
ドラコは笑います。ロンは早足にどこかに行ってしまいました。ハーマイオニーはそれを追いかけようか、ここで勃発してしまうかもしれない争いを止めるかで悩んでいます。かわりにいたたまれなくなったハリーが言いました。
「マルフォイ、君みたいなのにできた妹がいるのはもったいないよ」
「あら。ハリーには私ができた妹に見えるんですか?」
「え?うん…」
「だって兄さん。兄さんはどうですか?」
「当たり前じゃないか」
ならいいです。兄がどれだけ最低でもどうでもいい事です。私がちゃんと妹ならそれでいいじゃないですか。
「僕ら行くよ。君にかまってる暇ないんだ」
ハリーはこれ以上の衝突を避けるべくロンが歩いていった方へ去りました。あとでフォローを入れておくべきでしょうか。まあこの二人の間をとりなす意味は全くないので放っておきましょう。
「まったく、兄さんったらどうしてハリーを見ると喧嘩をしてしまうんですか?」
「そりゃ見てるとイライラするからさ」
「どうして?」
「どうしてって…あれだ、ええっと…生理的に無理ってやつだよ」
理屈じゃない。なるほど、その感覚はよくわかります。
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その日の私は"超"ご機嫌でした。というのもなんでもするという約束をつかい駄々をこねて兄さんに髪を結ってもらったからです。ちょっぴり高さのずれた二つ結びで、花飾りのついたヘアゴムで留めてあります。
あまりの上機嫌さにルーナが一言「取り憑かれた?」と感想を漏らしていましたが、気にしません。昼休みが終わる頃、ルーナ、ジニー、私で廊下を歩いて次の授業の教室に向かっていました。
「見ろよルーニーを。隣で歩いてんのはやつの看護師かね?」
突然失礼な声をかけられ、ジニーが憤慨して立ち止まりました。私はちょっとスキップしてたのでびっくりしちゃいました。
「誰?いまの」
「言葉が通じるってことはよかった、あんたはルーニーのお仲間じゃないんだ」
「私はルーナの友達。あんた誰?何様のつもりよ」
態度の悪い彼はレイブンクローのロジャー・スチュワートでした。彼は一年生のくせに背が高く、箒乗りが上手いと評判です。どこにでもいじめっ子はいるわけですが、彼は体格がいい分他のいじめっ子よりも強そうですね。ルーナの靴を隠すのも背伸びすれば簡単なのかもしれません。
「君こそ何?グリフィンドールのマルフォイに、変人のラブグッド、その飼い主とか?」
あら。私もルーナと同じ枠なんですか?いえ、ルーナを馬鹿にしているわけではないのですが、いわゆる色物枠って事でしょう、それ。でも今日の私はごきげんなので、以前のように足で蹴り上げたりはしません。
「ジニー、かまうだけ無駄ですよ」
「そうだよ。あたしぜんぜん気にしてないもン」
「でもっ…」
ジニーは顔を赤くして怒っています。しかしトラブったところで体格差のある相手には負けるし、魔法を使うのも大人げないですしね。ルーナ自身が本当に気にしてなさそうなのに私達が勝手に報復するのもなにか違います。
ルーナがジニーの手を握り、私達は失礼なロジャーの前を通り過ぎてます。
「気取ってんなよな!」
ロジャーは杖をふいっと振りました。その杖でどんな魔法をかけようとしたのか分かりませんが、杖先が運悪く私の髪の毛を掠めました。頭がくんっとひっぱられます。
「あ」
ルーナが声を上げました。
私は自分の頭を触りました。右側の髪の毛がグチャっとなっているのがわかりました。
ドラコの結んでくれた髪の毛が、です。
私は杖を抜きました。
そして数分後、慌てて駆けつけたマクゴナガル先生に職員室まで連行されました。
「友だちを侮辱され怒る気持ちも、頭を叩かれて怒る気持ちもわかります」
マクゴナガルは大変厳格な魔女で、グリフィンドールの寮監督を長く勤めている優秀な方です。当然叱る態度も毅然として、思わず私悪いことしちゃったかなって気持ちになります。
「ですが、その相手をナメクジに変身させ、しかも塩をかけるなんて反撃にしても過剰です!」
「でも、先生。そいつルーナをいじめてたんですよ」
ついてきてくれたジニーがフォローしてくれます。ルーナをいじめてたことより兄にやってもらった髪型を壊されたのが頭にきたんですが、まあそういうことにしましょう。
「だからといって許されることではありません!怒りに任せて変身術を行使するなんて、下手したら聖マンゴ病院行きです」
私の呪文上手が悪い方向に作用していましたね。へんてこりんな変身術だったら奴を視界から完全に消し去れたのに。私の呪文が上手いばかりに、やつは明日にでも寮に戻ってくれるでしょう。
「次からは気をつけます」
「…いいですか。私たちもいじめを良しとしているわけではありません。何か困ったことがあったら必ず相談しなさい。暴力に頼る前に、です」
「はい…」
「グリフィンドールから二十点減点です。そしてミス・マルフォイ。あなたは一週間の罰則を命じます」
「はい…」
減点はこれまで稼いだ得点で簡単に帳消しできますが、罰則を食らってしまうのは嫌ですね。両親にバレないよう祈りましょう。私がしょんぼりしてると、ジニーが手を挙げて言いました。
「待ってください。私も一緒に罰則を受けます。ソフィアがやらなかったら私がやってました。罰を受けるべきだと思います」
「じゃああたしもやる」
ルーナもそう言いました。マクゴナガルは驚きつつも三人の友情に、と肖像画の掃除を命じました。次の授業に行く気もせず、私たちは湖のそばで日向ぼっこすることにしました。
「驚いたよ。ソフィアって結構プッツンなんだね」
「そうよ。だって授業初日に上級生をぶっ飛ばしたんだから」
「うう…」
おしとやかな深窓のお嬢様を目指していたわけではないのですが、これじゃあ私が拳で解決するのが基本の人みたいじゃありませんか。すこし冷静にならないといけませんね。…でもやっぱりドラコにやってもらった髪型を崩されたのは許せません。
「ソフィア、ありがとう」
ルーナがそう言って、私にもたれかかってきました。
「ジニーも。二人とも大好きだよ」
ジニーも何故か私にもたれかかりました。女の子二人に挟まれて好きと言われてなんだか気恥ずかしいです。でもこんな午後なら、兄なしでもすこしはいいかも、なんて思いました。