さて、ハロウィンが近づくにつれ、学内の装飾はどんどん豪華になっていきます。生きたコウモリが大広間に飾られ、森番のハグリッドがこしらえた巨大かぼちゃのジャック・オ・ランタンがいくつも置かれました。あちこちにある蜘蛛の巣も装飾だったのか、元からあったものなのかわからないです。
ドラコは去年のハロウィンの『トロール襲撃事件』について話してくれました。と言ってもクィレルという先生(去年亡くなった方です)が走ってくるやいなや気絶しただけみたいですが。
「そのトロールを撃退したのがハリーなんでしたっけ?」
というととっても苦い顔をします。とてもかわいいですね。
ハロウィン当日には、どこからかかぼちゃパイの焼ける匂いが漂ってきて生徒たちの腹の虫を起こしました。
「ソーフィアッ!いかないの?」
寮のベッドで本を読んでいると、ウキウキのマリアが話しかけてきました。私は本を閉じ、答えます。
「ジニーを待とうかなと」
「ジニー?さっき寮から出ていったよ」
「そうですか。…マリア、私ジニーを探してきます」
「へ?どうせ大広間にいるって」
マリアの制止を無視して私は寮を飛び出しました。
もしかしたら今日やっとこの寮に入った理由…
そうです。私は父の秘密を暴きたいがためにグリフィンドールに入ったのですから。
兄が聞いたら「そんなことのために七年間も無駄にして!」と怒るでしょう。
私は入学してからずっとジニーを観察していました。
彼女に渡された黒い手帳。
彼女が寝てるすきにそれをこっそり拝借したことがあります。古ぼけた黒い表紙で文字は擦り切れていましたが、中の紙はきれいでした。一番はじめのページにT・M・リドルと署名がありました。しかしそれ以外は白紙です。
ジニーは毎晩しきりにそれに何かを書き込んでいるはずなのに白紙だなんて妙ですよね?
世の中には様々な呪いの品があります。父がこっそり我が家の秘密の部屋から出した物品となれば、もちろんそういう如何わしいものでしょう。
寮を出て階段の下を覗き込むとジニーの姿を見つけました。大広間に向かう生徒たちの群れから離れ、彼女は三階の廊下に進みます。私は音を立てないように階段を駆け下りました。3階の廊下の空気はなぜかとても冷たく感じました。
ジニーの影は見えませんでした。私は全神経を研ぎ澄ませ、かがり火だけで薄暗い廊下に目を凝らしました。実は一度、ジニーがこっそりどこかへ行くのをとり逃したことがあります。今回こそは現場を押さえなければいけません。
ジニーの向かった先は物置や空き教室、あとは嘆きのマートルのいるトイレくらいしかありません。私はひっそりと各部屋をチェックしました。ですがどこにも人がいません。最後にマートルのトイレを覗き見ました。やっぱりここにも人の気配がありません。
おかしいですね。ジニーは一体どこに消えたのでしょうか?
私はもう一度、今度は特に人に気づかれるとかを気にせず空き教室や物置を調べました。やっぱりなにも不審な点はありません。
となるとトイレになりますが…あまり長居はしたくないです。マートルはとても気難しいゴーストでして、よく癇癪を起こしてトイレをつまらせたりするのです。
ですがマートルの啜り泣きは聞こえません。…そういえば今日は絶命日パーティーでしたか。もしかしたらそっちに行ってるのかもしれませんね。
トイレには冷たい空気と湿気が漂っています。個室の一つ一つを開けて調べても、ジニーはいません。私は床をよく観察しました。ホコリでも積もっていればわかりやすいのに、マートルが頻繁に水を流すせいで足跡なんて見つかりません。
「こまりましたね」
トイレに私の声だけが響きます。そうだ。響くといえば。
私は足元を見ます。洗面台の下。この部分だけ、足音の響く感じが違います。
「……巨大な排水管…でしょうか?いえ。他のトイレにはそんなもの…」
汚いなと思いつつ耳を地面につけようとした瞬間でした。足に微かにですが、振動を感じました。遠いですが、何かが這いずるような音です。
「あ」
洗面台が動きました。私は慌てて個室の一つに入り、息を潜めます。
ドアの隙間から様子をこっそり窺います。するとなんということでしょう。洗面台がゆっくりスライドし、大穴が出現しました。おやまあと口をふさいでいると、そこからジニーがよじ登ってきました。一体どこに通じているのでしょうね?
ジニーの目は虚ろで、足元も覚束ないようです。関節の駆動が変でした。まるで下手くそな人形芝居です。
彼女はフラフラとその場を出ていきます。
私は彼女を追ってトイレを出ました。耳を頼りにジニーの跡を追います。
ジニーは廊下の奥へ進んでいるようでした。
私も廊下を一歩進みます。
同時に、あの這いずる音が聞こえました。私は立ち止まります。
とても嫌な感じがします。
私のすぐ後ろになにか不吉なものがいる。胸の奥からその嫌な感じが湧き上がって、止まりません。
思わず私は杖を握りしめます。”なにか”の気配を明確に感じました。人間のものでも獣のものでもない冷たい殺気です。
私はすぐさまそばの階段を駆け上りました。私は直感を信じます。今ジニーを追うべきじゃありません。この先どんなに大きな秘密があったとしても、今怪我をするのは得策ではないでしょう。
ほとんど寮の手前まで来て、私はようやく胸をなでおろしました。命の危険というのを初めて感じました。ジニーは大丈夫なんでしょうか?もしかしてあれがジニーの気配?だったらまあ確実に無事だしいいか。
さて、ハロウィンパーティーはまだやってるはずです。ケーキだけでも食べに行きましょうか?いや…どうせほとんど残ってないに違いありません。私は泣く泣くおいしいデザートたちに別れを告げ、寮へ急ぎました。
談話室には誰もいません。私はベッドに入り、今日の自分は具合が悪いということにしようと思います。
「ふう…」
暇だしお腹が空いています。実家から送られてきたお菓子でも食べようかと荷物を漁っていると、誰かがベッドルームに入ってきました。
なんと驚き、ジニーです。いやはやラッキーですね。
彼女はフラフラです。私は慌てて肩を支えました。
「ジニー、大丈夫ですか?」
「ソフィア…?」
とりあえずベッドに寝かせ、布団をかけてあげます。彼女の頬は僅かですが、血で汚れています。私はこっそりそれを拭ってやりました。よく見ると服にもちょっと血がついていますが、返り血という感じではありません。
「ここ…?」
なんだか夢うつつというか、意識がはっきりしていないようでした。私は母のようにやさしく問いかけます。
「貴方のベッドです。なにか欲しいものありますか?」
「ない…ないわ。なんだかずっと夢を見てるみたいで…」
「そうですね。そんな感じがしますよ」
私は朦朧としているジニーの頭に杖を押し当て、さらに額をくっつけました。
「ジニー…なにがあったんですか?思い出して…」
「わからない…ぼんやりしてて…」
「頑張って。大切なことですよ」
ジニーは辛そうに目を閉じました。健気に思い出そうとしてくれてるんですね。
私は念の為金平糖を入れていた小瓶に、彼女の記憶を引き抜き保管しました。仕上げに忘却術をかけておしまいです。
ジニーはぼんやりとした顔をして、そのまま寝てしまいました。ここ二時間ほどの記憶を忘れたことでしょう。
ジニーのローブのポケットを弄ると日記が出てきました。私はそれを自分のトランクのポケットにしまいます。
それにしてもラッキーです。ジニーが何をやらかしたにせよ、ここでジニーを看病してれば彼女のアリバイと私のアリバイは一応は担保できるわけです。最悪なのはジニーが捕まることでした。
日記も一応手中に収めたことですし、折を見てマートルのトイレに行くとしましょう。あの這いずる音の気配がなんだったのか、この日記の所有者が何者なのか。大丈夫、すぐわかりますから。
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ハロウィンの夜起きた出来事は学校内にすぐ知れ渡り、生徒たちを恐怖の渦に叩き落としました。
なんとミセス・ノリスが石にされ、その横に血文字でこう記してあったそうです。
秘密の部屋は開かれたり
継承者の敵よ、気をつけよ!
おどろおどろしいですねぇ。
残念ながらすぐに現場にはいけませんでした。ミセス・ノリスの飼い主であるフィルチが血走った目で監視しているので危険で近づけないのです。彼は愛猫を石にされたせいでだれかれ構わず罰しようとする狂人と化してしまいました。
どうやら第一発見者はハリー・ポッターだったらしく、そのせいで何人かはハリーを疑っているみたいです。
「いやあ、ソフィアは見れなかったのか。なんというか…劇的だったよ」
ドラコは身振り手振りでその時の光景を描写してくれます。
「石になった猫と血文字を見て廊下が静まり返ったんだ。それで僕はいってやったのさ、次はお前たちの番だぞ、穢れた血め!ってね」
私達は代々スリザリンに所属しているのマルフォイ家の子どもで、昔からスリザリンの活躍や昔話を聞いて育ちました。この血文字の意味するところもすぐにわかります。
そして父がジニー・ウィーズリーに持たせた黒い日記帳。
「秘密の部屋、それに継承者。…ふふ、はははは!」
私の笑い声にドラコはびくりとしました。当然でしょう。私がこんなふうに笑う事なんてめったにありませんから。けれども笑うしかありません。一気にすべてのピースがはまったようなものなんですから。
「ど、どうした?ソフィア」
「いえ。大変なことになりましたね。兄さんはやはりマグル生まれの生徒が襲われるとお考えですか?」
「ああ。そりゃそうだろう。スリザリンの継承者だ。どんな手を使うかわからないが、やるにきまってる」
「秘密の部屋に封印された恐怖、ですか」
「なんなんだろうな?すごく強い武器だったりして」
「武器…ニワトコの杖とかですかね?」
「ああ!聞いたことある。最強の杖だろう?ありえるな…!手に入るならほしいよ」
「そうですね。一体誰が継承者なんでしょうね」
私はどさくさに紛れて兄の腕に抱きつきます。
「さあね。ああ、僕ならきっと力になれるのになあ…!」
ドラコはすっかりはしゃいでます。自分は絶対ターゲットにならないのですから当然でしょう。
「私がそうだと言ったら、兄さんどうします?」
「ソフィアが?それじゃあしもべのようになんなりとお申し付けを」
あら。それならやぶさかでもありませんね。
ジニーは怯えていました。猫がやられたということもありますが、気絶したところを見つけたという私の嘘のせいで「自分も化物にニアミスしたかも」と思っているからです。
日記を失くしたことには気づいてるはずですが、探そうとはしません。今回のことであの日記の不吉さに勘付いたのでしょうか?よく観察しておかなければなりませんね。
私は図書室でホグワーツの歴史が全巻貸し出されてるのを見つけました。みんな秘密の部屋について知りたいのです。
幸いホグワーツの生徒名簿は残っていました。それを机の上に持ってきて、以前借りた『生粋の貴族ー魔法界家系図』とならべました。
探しものはすぐ見つかりました。
トム・マールヴォロ・リドル 1945年に卒業。
生徒名簿と『生粋の貴族』は本棚に戻し、次に日刊預言者新聞のバックナンバーを1942年から順に借り、ザッピングします。ほとんどグリンデルバルド関連のニュースばかりです。
そしてようやく見つけました。1943年、6月16日の二面にあった小さな記事です。
ホグワーツで女子生徒死亡
昨晩ホグワーツの女子生徒(14)が同校のトイレにて死亡しているのが発見されました。校長は学内に緊急警戒態勢を……
もう十分ですね。
私は本を返して、寮に帰りました。
数日後、フィルチの警戒が解けたのでマートルのトイレに行きました。するとなぜか中にはロン・ウィーズリーがいました。
「げ…マルフォイ」
「ここは女子トイレですよ?」
「あーー……うん。でも使われてないだろ?」
「確かに使われてないですけど…」
「君こそここに何の用だ?」
どうやらロンはなにか疚しいことをトイレでしてたみたいですね。なぜかトイレの床には鍋がおいてあります。
私も馬鹿正直に答えるわけにも行きません。
「私は…嘆きのマートルをひと目見ておこうと」
「マートルなら留守だよ」
「残念です」
私は止めたそうなロンを無視して洗面台の前に立ちます。よくよくみてみると蛇口に小さな蛇の彫刻があるじゃないですか(蛇口なだけに?)他にも何かスリザリン的な象徴がないかぐるっと見渡した時、ハーマイオニーがトイレに入ってきました。
「えっ!嘘、ソフィア?……もう、ロン!」
「違う違う!急に来て…」
ハーマイオニーは慌てて私の腕に絡みつき、それとなくトイレの出口に誘導しました。
「あのね…私、みんなに秘密で魔法薬の勉強してるの。それ、推奨されてないでしょ?」
「まあそうですね」
「だからお願い!内緒にしてて」
「ええもちろん。ハーマイオニーの頼みですし」
「ありがとう!」
いったい何をしてるんだか。秀才のハーマイオニー、彼女が規則違反をしているとは一見考えにくいのですが、つるんでいる相手が相手です。何かやましいことなんでしょう。一体どんな薬を作るつもりなんでしょう。なんにせよこれじゃあしばらくトイレには近づけないですね。
けれどもまあ、いいでしょう。そこにいるだけで例の大穴が開くのなら千年の間にとっくに見つかっています。おそらく合言葉や呪文がいるのでしょう。
ジニーの記憶を見るまでは秘密の部屋はお預けですね。
残るはジニーから奪ったトム・リドルの日記です。が、なんだか嫌な感じのする本なのでとても触る気になれません。けれども虎穴に入らずんば虎子を得ずともいいます。
困ったものですね。
でも私は虎どころか毒蛇の潜む巣穴に手を突っ込む気はございません。秘密の部屋の継承権とも言えるこの日記は持つにふさわしい人物に渡すべきです。まあ継承権を手にしたら操られるみたいですけどね。
私に物理的に近い人物、それこそジニーに返すのも選択肢としてはありです。ですが優しいジニーを生贄にするなんて良心が痛みます。
それにベッドの横でこそこそやられたら結局気になって早急にすべてを知りたくなるに決まってます。
こういうのはアトラクションです。適度に謎めいていて調べにくく、行動が読めない人物に譲渡すべきでしょう。
父上のためを思うなら、ジニーに返すべきなんでしょうね。でも私はそうしません。
ええ、だって大人の考えることって退屈ですもの。
誤字報告ありがとうございます
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