隻眼の梟はダンジョンに降り立つ   作:グリル鍋

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第2話「邂逅」

 

 

 

 

「——オレっち達が倒れてるお前を見つけたのは、『中層』のとある広間(ルーム)に辿り着いた時だ」

 

 大柄な蜥蜴人(リザードマン)はそう語る。

 頑丈そうな赤緋の鱗で覆われた肌に、爬虫類を思わせる雄黄の眼。口から覗かせている鋭い牙や爪は、生き物の命を容易く刈り取れるだろう。

 その体躯には胸甲(ブレストプレート)に手甲、腰具、肩当てや膝当てを装備している。怪物(モンスター)の見た目をしている反面、防具を付けるなどまるで人間のように理知的であった。

 

 彼のような存在を、ここでは異端児(ゼノス)と呼ぶ。

 ダンジョンに産まれ落ちたモンスターの本分である破壊や殺戮の衝動に支配されない、常軌を逸した怪物達。知性を有し、人間と何ら遜色ない意思と感情の総体——『心』を持っている特殊な存在。

 ダンジョン内にある『未開拓領域』を拠点とする彼等は、定期的に他の階層へ移動を行う。その際、自分達と同じく知性を宿したまま産まれ、右も左も分からない『同胞』を探して回る。ダンジョン内で産まれた異端児(ゼノス)を保護するのである。

 

 今日もいつものように異端児(ゼノス)達は『中層』の領域を移動し、同胞探しを行っていた。

 そんな時に、見つけたのである。

 石英(クオーツ)に囲まれたとある広間(ルーム)の奥に、傷だらけで倒れているエトの姿を。

 

「本当に焦ったぜ。なんせ両足はぶった斬られてるし、片方の羽ももがれてる。血だらけで息も絶え絶えだ。いくら魔石は壊されてないと言っても、こんな大怪我じゃ自己再生も追いつかねえ」

 

 フェルズが駆けつけてくれなかったらヤバかった——と、焦燥に満ちた心境を吐露する蜥蜴人(リザードマン)

 彼らは傷だらけのエトを出来るだけ早く近くの『隠れ里』に連れて行き、急遽駆けつけた″フェルズ″という人物が治療を施したのだった。彼の言う通り、少しでも治療が遅れれば命が無かったかもしれない。

 

 言いながら彼は胸に手を当て、深く溜息を吐いた。

 その仕草は本当に人間のように見える。姿形は怪物のそれでも所作の一つ一つは容姿とかけ離れており、見る者に強い違和感を抱かせる。

 ——そんな彼を、呆けた顔で見つめるエト。

 地面に寝そべっていた状態から上半身だけを起こし、掛け布団に両手を添えている。

 

「けど、安心してくれ『同胞』。ここにはお前を傷つける奴はいない。オレっち達はお前を歓迎するぜ」

 

 そう言って蜥蜴人(リザードマン)はニッと笑う。

 雄黄の双眸を弓なりに細め、牙を覗かせる大きな口角を緩やかに上げる。危険は無いと安心させるため、穏やかな口調で言葉を発している。

 牙や爪に、夥しい鱗、雄黄の両眼——その醜悪な相貌からは、およそ怪物の見た目に似つかわしくないほど柔らかな印象を感じた。

 

「オレっちはリド。こっちの歌人鳥(セイレーン)はレイで、石竜(ガーゴイル)はグロスって言うんだ」

 

 蜥蜴人(リザードマン)のリド。

 歌人鳥(セイレーン)のレイ。

 石竜(ガーゴイル)のグロス。

 それぞれ三人はエトに向き直り、顔を見合わせる。

 

「そんで、一角兎(アルミラージ)のアルルだ」

『キュッ!』

 

 リドの足下に立っていた小さな兎。

 言葉は話せないが理解はできるのか、名前を呼ばれたアルルは返事をするかのように鳴き声を発した。

 

「本当は他にも同胞はいるんだが、ひとまずはオレっち達だけで様子を見に来た。酷い怪我だったし、気が落ち着くまで無理をせずに………………って、どうした?」

 

 ——ポカンと口を開けて固まっているエト。

 目の前に広がる状況を受け入れきれず思考が固まってしまっているような、そんな様子。リドの話も碌に頭に入っておらず、呆けた表情を浮かべていた。

 そんなエトの反応をうけてリドは疑問を表す。何か様子がおかしいが一体どうしたのかと。

 

「————」

 

 エトは、何も話さない。

 若緑色の前髪から覗かせる大きな瞳が、眼前に立つ四体の人外の姿を捉えている。身体の隅々まで注意深く観察し、解せないこの状況を理解しようとしている。

 

「…………あー」

 

 やがて、エトはポツリと呟く。

 ピンと人差し指を立てて、リドの方を向いた。

 

「まず、というか…………一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかな? そこの蜥蜴クン

「! お、おう、何でも聞いてくれ」

 

 予想とは裏腹に、流暢に言葉を話し始めたエトにリドは一瞬呆気にとられるが、気を取り直して大きく頷く。今の今まで無言であった同胞との会話を喜びつつ、ドンと胸を叩いて応えようとした。

 対するエトは、その眼差しに懐疑的なものを宿しながら話を続ける。

 

「——君らは、何なんだ?」

「……? それはどういう……」

「そのままの意味だよ。正直自分の目を疑ってる。着ぐるみやコスプレにはとても見えない。それとも、君らは『喰種』だったりするのかな? その鱗は赫子が変異した何かかい?」

 

 瞳に疑念を宿すリドに対して、エトは質疑を続けた。

 淀みなく言葉を話す彼女の表情は、先程までの呆気にとられた風のものではない。怪訝そうに眉を顰め、あり得ないものを見るかのようにリド達『異端児(ゼノス)』を見据えていた。

 

「……何を言ってるのかは分からねーけど、オレっち達が何かって——『怪物(モンスター)』に決まってるだろ?」

 

 少し困ったようにリドは答える。

 彼の反応は当然のものである。彼は喰種という言葉や生き物のことなんて知りもしない。コスプレ、などとオラリオに住まう神々のような言葉も知らない。エトの発する言葉は、ともすればリドにとって異星語のように聞こえた。

 

「……モンスター、ねぇ」

 

 そんな中、『怪物(モンスター)』という返答を受けたエトの表情は依然として芳しくなく、納得しているようには見えない。懐疑的な眼差しは更に強まり、リドの言葉や態度を注意深く吟味している様子であった。

 一体何の冗談なのかと、リドやその他の異端児(ゼノス)達、ひいてはこの状況に対して辟易とした感情を胸に募らせている。

 

 少しの間、どこか重苦しい沈黙が生じた。

 互いに互いを理解しかね、認識がすれ違う。

 まるで牽制をし合うかのように、リドもエトも口を閉ざしてしまう。

 ——そんな状況を見かねた『異端児(ゼノス)』が一人、おもむろに口を開いた。

 

「……リド、きっと彼女ハまだ頭ガ混乱しているノでしょウ。もう少し時間ヲ置いた方ガいいノかもしれませン」

「レイ……」

 

 透き通った玉音の声音。青色の双眸。金の翼を持つ歌人鳥(セイレーン)に、リドはハッと顔を振り向かせた。

 彼女の容姿は見目麗しい。くすんだ金の長髪は全ての毛先に青みがかかっている。『半人半鳥(ハーピィ)』と同じく両腕に当たる前肢は美しい金翼で、同色の羽毛に覆われる下半身は長い両足の先端に鳥の爪を有している。膨らみのある胸の上には女戦士(アマゾネス)が好むような戦闘衣(バトル・クロス)を纏っており、臍をはじめとした羽に覆われていない素肌が露出している。

 

 レイと呼ばれた金翼の歌人鳥(セイレーン)は、チラリとエトに視線を向ける。その青の瞳には『同胞』に向けられた気遣いや同情が感じられた。無残な姿になるまで傷を負わされた、『同胞』の心身を確かに案じていた。

 

「ダンジョンニ産まれタばかりなのカモしれませンし…………右モ左モ分からない状況デ、冒険者ヤ同族ニ襲われれば心ガ摩耗するのも無理ノないことでしょウ」

「……そうか、そうだよな」

 

 レイの言葉を噛み締めるようにリドは頷く。

 エトの懐疑的な態度や警戒心は、自分の身を襲った理不尽により心身が疲弊してしまった事に原因があると。

 

 

「——私もレイの意見に賛成だ」

「! フェルズ……!」

 

 ふとして、広間(ルーム)の出入り口から響いてきた中性的な声音に、リドを含めた異端児(ゼノス)達は一斉にそちらの方を振り向いた。

 新たに現れたのは、黒ずくめのローブを全身に纏った謎の人物。闇で塞がったフードの中身は何も見通せず、両手には複雑な紋様の手袋をはめている。肌の露出が一切存在しない。本当に人間なのかと疑ってしまうような、言葉にできない存在感がある。

 性別もわからない黒衣の人物に、エトは警戒心を強めるように双眸を細めた。

 

「まずは、無事に目覚めたようで何よりだ。もし治療が間に合わずに君を死なせてしまっていたら、彼ら『異端児(ゼノス)』達が悲しむだろうからね」

 

 歩み出てきた黒衣の人物——フェルズは、そう言いながらリド達の隣に並んで足を止めた。

 

「私はフェルズと言う。こんな怪しい見た目をしているが、決して君の敵ではないという事を言っておく。警戒を解いてくれると助かるよ」

「…………蜥蜴クン達の親玉かい?」

「生憎そのような関係性ではない。そうだな……『地上』と『異端児(ゼノス)』の橋渡し役、とでも言っておこうか」

 

 『地上』——その言葉にピクリと反応するエト。

 黒衣の奥に隠された視線は、その微弱な反応を目敏く見据えていた。

 

「リド、少しいいかな」

「ん、何だ?」

「彼女と少し話がしたい。出来れば二人でだ。暫く席を外して貰いたいんだが、頼めるか?」

「? 別に構わないけどよ……何の話をするんだ?」

「なに、傷心の女性を労るだけさ。心配はいらない」

 

 フェルズの申し出に、リドは心なしか気遣わしげな表情でエトを見やる。思いやりの感情からくるリドの憂いを失くそうと、穏やかな声音でフェルズが言った。

 

「……分かった。レイ、グロス、アルル、オレっち達は先に行こう」

 

 リドは静かに頷き、隣の異端児(ゼノス)達に呼びかける。歌人鳥(セイレーン)石竜(ガーゴイル)が付いていく中、一角兎(アルミラージ)のアルルは最後までエトの方を心配そうに見つめていた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「アノ同胞、妙ナ『目』ヲシテイタナ」

 

 最初に口を開いたのは石竜(ガーゴイル)のグロスだった。

 フェルズに言われた通りあの場から離れ、他の異端児(ゼノス)達が待機している『里』の広間(ルーム)へ向かう道中——点々と生えた石英(クオーツ)に囲まれた通路を歩いている最中のことだ。

 

「『目』って、どういうことだよグロス?」

「言葉ノ通リダ。……昏イ目ヲシテイタ。瀕死ノ状態カラ助カッテモナオ、アノ同胞の瞳ニハ光ガ宿ッテイナカッタ」

 

 先程の光景を思い返すようにグロスは語る。

 彼自身、同族や冒険者に襲われ無残に殺された同胞達は数多く見てきた。自分の身に襲いかかる理不尽に絶望しながら絶命した同胞達を見て、彼は何度も拳を握りしめ憤慨したことか。

 だが、エトの『目』は今までの経験を凌駕していた。死の淵から助かってもなお彼女は『死人の目』だった。

 

「それは……レイが言ってた通りなんじゃないのか? 酷い怪我を負わされて、まだ精神が不安定なんだって」

「ソウ、ダトハ思ウンダガ……何故カ気ニカカッタ」

 

 リドの言葉に頷きはするグロスだが、依然として心に引っかかりを覚えている様子。彼とて数年前に知性を持って産まれたばかりで、相手の本質を見通す洞察力なんてものは持ち合わせていない。自身の胸に残る気がかりの正体は、今は気づけなかった。

 

「ソレニ、随分ト人間ニ近イ姿ダッタ。イクラ異端児(ゼノス)ト言ッテモ、アレホド人型ニ似セタ体ヲ持ツノハ普通アリ得ナイ。一体何ナンダアレハ……」

「確かに、一見するト人間にしか見えないくらいでしたネ。爪の無い手に小さな口、綺麗な肌……少し羨ましいト思ってしまう程ニ綺麗でしタ」

『キュッ!』

 

 モンスターとは思えない程人間に近い姿を持つエトに対し、グロスが疑問を呈する。隣のレイは、エトの醜くない綺麗な体躯に羨望の念を覚え、それに同調するようにアルルが鳴き声を発した。

 

「ヒョットスルト、我々ハ同胞(モンスター)デハナク人間ヲ助ケタノデハナイカ?」

「馬鹿を言うなよグロス。オレっち達がアイツを見つけた時、アイツの体には同胞(モンスター)の特徴がバッチリとあった筈だ」

 

 『中層』のとある広間(ルーム)でリド達がエトを発見した時。

 まず、無残に切断されていたエトの右脚には赫子で作られた鱗のようなものに覆われており、片方の肩からは力無くしなだれた羽赫の赫子が見られた。そして何と言っても右目に発現していた赫眼こそが、怪物(モンスター)である最大の特徴と言っても過言ではない。

 人間とはかけ離れた見た目、そしてあの傷でもリド達が駆けつけるまで息があった生命力——エトがリド達と同じ怪物(モンスター)であることは、疑いの余地もないだろう。

 

「……言ッテミタダケダ。ソウ本気ニ捉エルナ」

「怖い冗談を言うんじゃねえよ。……でも、見た目が人間に近すぎるってのはオレっちも同感だ。あんな異端児(ゼノス)は見たことがねえ。一体何のモンスターなんだろうな?」

「私達ガまだ知り得ない、『深層』ニ生息するモンスターかもしれませン」

「『深層』のモンスターが『中層』に……? 同族か冒険者に追いかけられて、逃げてきたってことか?」

 

 レイやリドがうんうんと頭を悩ませるが、考えても答えは出てこない。正体が分からない『同胞』によって、リド達は少しばかり落ち着きを無くしていたのだった。

 

「——まあ、とにかくだ。今はフェルズがアイツと話をしてる。ひとまずは任せておこうぜ」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「私の傷が完全に治っているのは……一体どんな手品を使ったんだい?」

 

 両足を覆う掛け布団をペラリとめくり、自身の傷一つ無い白い素足を見やるエト。他にも無傷な箇所を確認し、半ば呆れたような表情でそう言った。

 完全に喰種の回復力を超えている。彼女自身の優れた再生力でさえ意味を成さない筈の重傷だったのだ。

 

万能薬(エリクサー)と同じ、いわゆる全癒魔法というやつだ。私の魔法でね。どれだけ疲労や負傷をしていても、全快にまで回復させることができる」

「……ほぉ〜〜、回復魔法とな。つまりはベホマズンかな

 

 フェルズの平然とした回答を受け、エトはフッと口元を綻ばせた。微笑みではない。無理やり茶化したような、ともすれば状況の理解の諦めからくる諦観の境地である。

 

「私が異端児(ゼノス)達から連絡を受けたのは数時間前のことだ。『中層』で瀕死の同胞(ゼノス)を発見した、とね」

 

 そう言いながらフェルズは手を懐に入れる。そこから取り出されたのは、小さな黄色の水晶玉だ。

 

「だが、その連絡を受ける直前にも——ウラノスから『ダンジョンに妙な存在が紛れ込んだ』と話を聞かされていたんだ。最初は意味が分からなかったが、今君の姿を見てようやく理解ができた」

 

 得心がいったようにフェルズはそう語る。思い起こされるのは数時間前の出来事だ。

 ギルド本部地下にある『祈祷の間』。

 中央の神座に君臨するウラノスが——決して腰を上げることのない不動の老神が突然立ち上がり、ダンジョンの異変を告げたのだ。

 

『ダンジョンに、妙な存在が紛れ込んだ』

『! ウラノス、一体どうしたんだ?』

『これは…………いや、何だ……? 何者だ……? ダンジョンに、いや——この世界に存在し得るものなのか……?』

 

「——あの時の、あんなウラノスの顔は初めて見た」

 

 黒衣の奥からひび割れたような声音を発する。

 エトの存在を感知したウラノスは、疑念や懸念が混ざり合わさった複雑な面持ちであった。いつの日も凝然と神座に腰かけていた老神が、その冷静な表情を崩したのだ。

 

「……まあ、こう言っても君には伝わらないか。私が何を言っているのかも理解できないだろう——異界の者よ」

「………………」

 

 異界の者、と含みを込めた語調で告げるフェルズ。

 そう言われた当事者であるエトは、口を噤んだまま眼前に立つ黒衣の人物を見据える。

 

「君は、何者なんだ?」

 

 そうして改めて、質問を投げかける。

 リド達とは違い、フェルズは明らかにエトを『自分達とは異なる存在』として認識していた。突如として舞い降りてきた『異常事態(イレギュラー)』として、冷静な声音と共に確かな警戒心を覗かせながら。

 

「…………私は」

 

 静謐な面持ちのまま、エトは口を開く。

 僅かな間も置かずに。

 自身の右目を片手で覆い、前に向き直る。

 

「私は、喰種(グール)だ」

 

 赫々とした赤と黒の色に変色した隻眼を剥き出しにし、目の前のフェルズに言い放った。

 

「——彼ら(リド達)と同じ、怪物(バケモノ)だよ」

 

 

 

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