孫悟飯、その青春   作:マナティ

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第六章 金色の戦士

   Ⅰ

 

 

 

 オレンジスター・ハイスクールは東エリアの中でも比較的歴史が古く、今年に創立七十周年目を迎えている。些か月並みな言い方になるが生徒の自主性と多様性を重んじる校風であり、門戸も広く、純粋なヒトのみならず狼男や猫娘といった「獣と人の間の者たち」も幾つかの条件は付くものの自由に入学できる。特別な式典以外では生徒達に制服着用の義務もなく、よほど公序良俗に反しない限り生徒たちは自由な服装が許されており、一応その代わりに学校側は本校所属を示すバッジを生徒たちに配布しているのだが、きちんと身に付けている生徒はあまり多くはない。

 

 敷地面積は十ヘクタール以上にも及び、体育館の他にも屋外プールや野球、サッカーのグラウンドなどを備えており、設備の充実具合は全国を見渡しても十分平均以上と言える。クラブ活動にも力を入れており、なかでも近年はミスターサタンの影響もあってか武術・格闘技系が盛んであり、一昨年には空手部が全国大会に出場して上位四校まで勝ち残り、地元紙を大いに賑わせたりもした。

 

 東エリアの気風もあって敷地内には緑も多く、とりわけ正門から校舎入り口までの前庭は、中央に置かれた噴水から四方に芝生が広がるちょっとした庭園のようになっており、校内でも人気のスポットになっている。芝生には自由に立ち入りが許されており、天気の良い日は芝生の上で弁当を広げる生徒たちも多い。

 

 ちょうどこの日も澄み渡るような快晴であったため、普段は学内のカフェテラスで昼食を取っているとある学生五人組も、せっかくだからと揃って購買でサンドイッチ類を買い込み、前庭で優雅にピクニックを楽しむことにしていた。

 

 先陣を切って芝生に入っていくのは、発起人である金髪をショートにした少女だった。天気のせいか今日の前庭はいつもよりも人が多いようだったが、さすがに場所の取り合いになるほどでもない。適当にほどよく開けたスペースを選び、芝生の上にハンカチを敷いてその上に腰を下ろした。

 

「あーくたびれた。もう朝からずっと皆に質問攻め。いやー、ビーデルの気持ちがわかるわー。有名人って辛いわー」

 

 イレーザの聞こえよがしなぼやきを、後ろに続くシャプナーが鼻で笑った。

 

「なにを気取ってやがる、巻き込まれただけの奴が」

 

「あらあらシャプナーくんったら嫉妬? まぁ無理もないよねー。まさかあたしもこんな形でテレビデビューを飾っちゃうなんて夢にも思わなかったし。ふふふ、サインいる?」

 

「ほう、ぜひお願いしたいね。おっと、色紙にはちゃんと『金色の戦士に助けられた通行人A』って書いてくれよ? 本名を書かれても誰も羨ましがってくれないからな」

 

 これでもかと小馬鹿にしながらどっこらせと芝生に寝転がるシャプナーに、イレーザは笑顔を崩すことなく懐からサインペンを取り出し、彼の剥き出しの二の腕に言われた通りのことを書こうとした。シャプナーは慌てて鉛筆のように転がって退避し、その珍妙な格好にどっと皆の笑いが唱和した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 サタンシティのリッチアベニューの宝石強盗事件より四日が経過していた。四日前の午後九時頃、サタンシティの高級住宅地付近の宝石店に、武装した六人組の強盗が突如押し入り、客や店員を銃で脅しながら店内のショーケースや棚を次々に荒らし回った。店員の証言によれば非常に統率の取れた集団であったらしく、略奪の際には犯人の中の一人がストップウォッチを片手にタイムキーパーまで務めていたという。おそらく警報が鳴ってから警察が来るまでの時間を事前に把握しており、そこから逆算して略奪に掛ける時間を予め取り決めていたのだろう。六人が一斉に手際よくショーケースを襲っていけば、短い時間であっても店の被害は甚大なものとなり、事実彼らはものの数分の間に総額二千万ゼニーにも及ぶ金品をカバンに詰め終えてしまい、そのまま警察に一切姿を見られる事なく店から逃亡を果たした。侵入から逃亡までの時間はわずか十五分。銃も最初の脅しに数回発砲しただけで店側に死傷者はゼロ。まさしく電光石火の早業であった。

 

 襲撃については並々ならぬ手腕を発揮した彼らだが、しかし逃走シーンにおいては何か計画に手違いでもあったのか、やや杜撰な行動が目立った。強盗犯たちの乗るエアバンは一路郊外を目指して逃走していたが、その途中であっけなく警察の敷いた検問に引っ掛かってしまった。無理やりUターンすることで検問自体は脱したものの警察がそれを見逃すはずもなく、結果、強盗犯たちは深夜のサタンシティを舞台に大量のパトカーたちと怒涛のカーチェイスを繰り広げることとなった。パトカーの軍団から遮二無二逃げ回るうちに強盗犯たちのエアバンはミッドタウンの繁華街にまで辿り着き、やがて警察の発砲によって車体後部の反重力装置が故障。制御を失ったエアバンはきりもみしながら繁華街の交差点へと突っ込み、付近にいた二人の女学生……イレーザとビーデルを危うく轢き殺しかけた。

 

 最悪の結果に陥り掛けた事態は、一人の人物によって覆された。一ヶ月ほど前にも銀行強盗犯を瞬く間に退治した「金色の戦士」が、こたびもどこからともなく現れて、あろうことか飛来するエアバンを文字通りに一蹴、天高くまで蹴り飛ばしたのである。銀行強盗のときとは異なり、今回はカメラ映像などに彼の姿が捉えられることはなかったが、その代わりに多くの警官や通行人らがその目で彼の勇姿と蹴り飛ばされるエアバンを目の当たりにしており、こぞって現実と絵空事の境目を新たに引き直すことを強いられた。

 

 金色の戦士が姿を消した後、イレーザとビーデルはすぐに警察に保護され、病院へと搬送された。二人の家族も連絡を受けて病院へと急行し、その中にはビーデルの父親である英雄ミスターサタンの姿もあった。とりわけ数年前に妻を亡くして以来、一人娘のビーデルを溺愛するようになっていた彼の取り乱し様はひどく、女遊びもかなぐり捨て娘の病室へと駆けつけるや否や、彼女の身を案じるあまりその場にいた医師や警察にも食ってかかる始末で、娘を大いに恥入らせたものだった。

 

 幸いイレーザもビーデルも軽い擦り傷程度の軽傷であったため手当自体は簡単に済んだが、翌朝から開始された警察からの事情聴取には半日以上が費やされ、その日は両者とも学校を休まざるを得なかった。加えて世界的著名人の近親者が事件に巻き込まれたということで、此度の一件についてはマスコミの反応も相応に大きく、病院にまで取材陣が押し寄せる騒ぎとなった。

 

 しかし餅は餅屋というべきか、餌を見つけたライオンのような勢いでいる取材陣に対して、この手の経験に困らないミスターサタンが対応を一手に引き受けたため、イレーザたち自身がマイクやカメラに取り囲まれるようなことにはならなかった。そのままほとぼりが冷めるまで二人は二日ほど学校を休み、そして今日にようやく三日ぶりの登校を果たしたという次第だった。

 

「今日のオレンジ・ポストにも載ってるぜ。『またも現れた金色の戦士。ミスターサタンの娘を救う! サタンシティの真の王者は一体どちらか?』だとよ」

 

 今朝発売されたばかりの、地元発行のタブロイド紙の見出しをノートンが淡々と読み上げた。見出しでは「サタンの娘」となっているが、記事の中ではビーデルの名前がはっきりと明記されており、一方でイレーザの名前は見出しと本文どちらにも載っていなかった。

 

「どうしてビーデルだけ名指しなのよ。あたしもいたのに、不公平じゃない」

 

「そりゃお前、俺もたまに忘れそうになるけど、一応ビーデルは結構な有名人だからな。新聞に名前が載るのも初めてじゃないし」

 

 ビーデル本人がその手の話題を好まないことを公言しているので、最近はクラス内でもあまり取り沙汰されないが、七年前に開催された第二十四回天下一武道会の少年の部で優勝した際、ビーデルは天才武道家少女として一躍脚光を浴び、一時はテレビなどにも引っ張りだこになっていた。少年の部の対象年齢は十五歳以下とされており、つまりは今のノートンらより一つ年下の腕自慢たちを、当時僅か九歳の少女が片っ端からノックアウトしていったのだから天才という呼び名も大袈裟ではなく、世間が騒ぐのも当然であった。加えて同大会の大人の部ではミスターサタンが優勝しており、前代未聞の親子同時優勝となったことがことさら話題性に拍車をかけていた。

 

 そしてミスターサタンがセルゲームを制して救世の英雄となったのも同じ年であり、さすがに父に比べればビーデルの功績も添え物にならざるを得ないが、それでもエイジ767はまさにこの親子の年であったとすら言われるほどの、いわゆる時の人であったのだ。

 

 そのビーデルはというと、サンドイッチを口に咥えながらノートンが他にも何冊か持ってきていた週刊誌やタブロイド紙を黙々と読み漁っており、水を向けられていることにも気付いていない様子だった。朝からこのような調子なのでイレーザたちも特に何も言わず、その代わりに彼女の頭頂部に千切った芝生をぱらぱらと撒いてひっそりと笑い合った。

 

 ささやかな悪戯を済ませたイレーザは軽く手を払い、一昨日よりクリアファイルに挟んで綺麗に保管していたタブロイド紙の切り抜きをバッグから取り出し、そして彼女の隣で呑気にホットドッグを齧っている少年の方へと、いそいそと身を寄せていった。

 

「ねぇねぇ悟飯くん、見て見て。これ一昨日のオレンジ・ポスト。ほらここ、あたしが写ってるの。あたしタブロイド紙なんて初めて買っちゃった」

 

 無心にホットドッグにかぶりついていた悟飯は、口の中のものをしっかりと飲み下してから「へぇ、よく撮れてますね」と平凡極まる感想を漏らした。イレーザが指し示したのは当日の事故現場の写真であり、そこには路上で互いを抱きしめ合うイレーザとビーデルの姿が鮮明に写し出されていた。

 

「あーん、髪がぼさぼさ。服もよれてるし、撮るなら撮るって言って欲しかったなぁ。せっかくのデビュー作なのに」

 

「モデルか」

 

「グラビアじゃあるまいし」

 

「でもすごくいい写真だと思いますよ。なんというか、絵になってますね」

 

 悟飯の言う通り、写真の中で固く抱き合う二人の姿には、お互いを家族同然に思う深い間柄と、九死に一生の事態を命からがらに生き延びた緊迫感が如実に表れており、見る者の心に強く訴えかけるものだった。加えて背景には駆け回る警察官やパトカーなども写っており、事故現場の生々しさが伝わると同時に、少女たちの無垢な抱擁がなおのこと際立つ構図となっている。一目でインパクトが伝わる見事な出来栄えで、なかなかに腕の確かな者が撮影したもののようだった。

 

「いやもう、本当に良かったです。二人とも大した怪我もなくて」

 

 空になった袋を丸めながら、悟飯はしみじみと言った。本件は彼にとっても全く他人事ではないので、自ずと言葉にも重みが加わった。

 

「ありがと。あたしはビーデルに突き飛ばされて、肩の辺りを擦りむいちゃったけどね」

 

 そう言ってイレーザが肩の生地を軽く引っ張ると、広がった襟口から僅かに白いガーゼが覗き、悟飯は痛ましげに眉を寄せた。いつもは肩を曝け出すチューブトップの服を好んでいるイレーザだが、この怪我のせいでしばらくはTシャツスタイルで通すことになりそうだった。隣席でたまに目のやり場に困っていた悟飯としてはほっとする面も無くはないが、それでも怪我には替えられない。一日も早い快復を願うばかりであった。

 

 

 

   Ⅱ

 

 

 

「や、それにしても今日はお腹が空くなぁ。もう一個食べちゃおうかな」

 

 些か棒読み気味に言いながら、悟飯は傍の紙袋から新しいホットドッグの包みを取り出した。二つ目を装っているが、実のところここに来るまでの間に皆に隠れていくつかつまみ食いをしており、このホットドッグも昼食としては本日七つ目の品となる。

 

 新たなホットドッグを齧りながら、悟飯は改めてイレーザから受け取った記事を読み直してみた。やはりイレーザの名前はどこにも書かれておらず、シャプナーの言う通り彼女はあくまで事故に巻き込まれた被害者A、もしくはビーデルの友人Aとして扱われている。しかしそのビーデルですら記事の中でさほど扱いが大きいわけでもなく、では記事の主役は誰かと言えば、やはりそれは二人の女学生の命を超人的な働きで救った「金色の戦士」その人に他ならなかった。

 

 どの記事もわずかな情報から少しでもその正体に迫ろうと躍起になっており、とりわけタブロイド紙やゴシップ紙はインパクト優先のためか好き放題に推測という名の与太話を書き散らしていた。とりわけ「金色の戦士の正体は宇宙人ではないか?」、「今は亡きレッドリボン軍が極秘に開発した戦闘用アンドロイドではないか」といった憶測などは、荒唐無稽すぎて逆に真に迫っているほどだ。

 

 市民の危機を二度も救ったということで、悟飯のクラスでもすっかり彼の話題で持ちきりになっており、四日前の事件発生から今日に至るまで、「金色の戦士」という名前を学校で聞かない日はなかった。新聞社やテレビ局も情報提供の依頼を公式ホームページに掲示しており、内容によっては報酬も出す意向らしく、あやうく悟飯も釣られかけてしまうところだった。

 

(なにもこんな大騒ぎしなくたって。そんなに気になるものかなぁ)

 

 自分の撒いた種と分かってはいるが、それでも悟飯としてはそうぼやきたくなる騒々しさであった。今更言うまでもなく、エアバンを空高くまで蹴り飛ばし、イレーザとビーデルの命を救った金色の戦士とは彼のことである。友人の窮地を救った点については悟飯も誇らしさを覚えないでもないが、それによってこうも世間が騒がしくなってしまうのはどうにも落ち着かないことであった。サイヤ人との戦いしかり、フリーザしかり、幼少の頃はどれだけ大事を為してもあくまで仲間内だけのことで済んでおり、このように世間を賑わすことは無かったのだが。

 

(いや、セルのときだけは違ったか。そっか、あれは結局サタンさんがそういうのを全部引き受けてくれてたんだな)

 

 先の二例と異なり、人造人間セルについては彼自身がメディアの前に姿を現したこともあって、世界中の人間がその名を知っている。それを打ち倒したとなれば当然世の注目を浴びずにはいられないはずだが、知っての通り世間においてはミスターサタンがセルを倒したことになっているので、実際にセルを討ち果たした悟飯に累が及ぶことはなかった。

 

(あんまり気にして無かったけど、こうしてみると結構お世話になってたんだな。今度お歳暮の一つでも送るべきかな)

 

 などと悟飯は人の好いことを考えるが、救世の英雄という輝かしい実績と、それによって得られる様々な金銭的メリットを思えば、サタンこそ悟飯に多大な贈答をして然るべきだろう。しかしそこはそれ、猫に小判・豚に真珠という言葉もある。金銭だけならまだしも、街に名がついてしまうほどの名声や知名度となると、悟飯にとってそれは考えれば考えるほど手には負えない代物だった。おそらくそれは、イレーザの家族たちが病院に押し寄せるマスコミの群れに抱いたものと同種の恐れであり、それを進んで引き受けてくれたサタンには、やや奇妙かもしれないが悟飯もまたイレーザらと同じように感謝の気持ちを抱かずにはいられないのだった。

 

 餅は餅屋。力を持つ自分が巨悪を討ち、それによって生じる様々な騒動や気苦労は、それを苦にしないサタンが一手に受け持ち、そして彼はその代わりに名声なり金銭なりといった対価を得る。セルの件については、それで良かったのだろうと、今更ながらに悟飯は納得する思いだった。

 

 そのようなことを考えながら悟飯が記事を流し読みしている間にも、ノートンが身を乗り出してイレーザに金色の戦士の話をせがんでいた。

 

「なぁイレーザ。金色の戦士のことを教えてくれよ。午前中は他の奴らがうるさくてきちんと聞けなかったからな。生で見たんだろ? どんなやつだった?」

 

「おう、それだそれ。車を空高くまで蹴っ飛ばしたって、本当か? さすがに大袈裟だろ?」

 

 シャプナーまでもが食いつきを見せたことにイレーザはふふんと胸を反らし、一方悟飯はそっと視線を明後日の方向に逸らした。

 

「それがびっくり、結構若かったのよこれが。サングラスと変な光ではっきりは見えなかったけど、多分あたしたちとそう変わらないくらいよ」

 

「高校か大学くらいってことか」

 

「いやー高校か中学と見るべきね。服装のセンスからして」

 

 どういう意味だろう、と悟飯は通りかかった小鳥にパン屑を投げ与えながら思った。

 

「でも車を蹴っ飛ばしたのはホントよ。あたし、この目で見たもん。エアバンがまるでホームランボールみたくピューンって空に飛んでっちゃって、そのままお星様になっちゃったの」

 

「でも記事には、お前たちを保護したあと警察が同じ場所ですぐに犯人たちを逮捕したって書いてあるぜ? おかしいじゃないか」

 

 ノートンが論理の矛盾を指摘するが、人は空を飛ばず、車を持ち上げることもできないという大前提に目を瞑れば、なにもおかしいことはない。

 

 強盗犯のエアバンを空に蹴飛ばした後、金色の戦士こと悟飯はすぐさまバンを追って自らもまた空へと飛びたち、大気圏をも突き抜けてしまいそうな勢いで急上昇中であったエアバンを空中でキャッチしたのである。中を覗き込むと、六人組の強盗犯たちは軒並み目を回して失神しており、車内は彼らの涙と嘔吐物、そして排泄物でびしょ濡れになっていたが、ひとまず命に別状はないようで、犯罪者といえど悟飯はほっと胸を撫で下ろした。

 

 さながらラジカセかなにかのようにエアバンを肩に担ぎながら、彼らを警察に引き渡すべく元の場所へと戻った悟飯だったが、すでに地上ではイレーザたちや警察官を中心とした野次馬や報道陣の人だかりができており、とてものこのこと顔を出せる状態ではなかった。やむなく悟飯は群衆の輪の外側、高度十メートルほどのところまでこっそりと降り、バンからドアミラーを一つもぎ取って輪の内部にいる警官の一人の方に放り投げ、自分の存在に気づかせた。

 

 肩に自動車を担いで空中に静止する少年……などという怪奇現象そのままの光景を目の当たりにし、その警官は口をあんぐりとさせて五秒間ほど固まってしまったが、悟飯が二、三度バンと地面の方を交互に指し示すとなんとか意図が伝わり、すぐに周囲の同僚に呼びかけを始めた。周囲の野次馬も何人かは悟飯に気付き声を挙げ始めていたが、それらが伝わりきって大騒ぎとなる前に、悟飯はさっさとエアバンを地面に下ろし、急いでその場を後にしたというわけだった。

 

「ほんとか、それ。なーんか胡散臭くないか?」

 

 警察から聞いた話をそのまま伝えるイレーザに、さすがにノートンは疑心暗鬼な顔をした。

 

「む、どういう意味よ」

 

 眉間に皺を寄せるイレーザであるが、彼女自身、自分で説明しておきながら、そのあまりに現実離れした内容に不安を覚えないでもなかった。おそらくは当時現場にいた警官たちも、上役に対して同じ苦労をしたことだろう。人は空を飛ばないという社会通念は当たり前ながら根強く、目にしたことをいかに正確に説明しようと、実際に現場を目撃していない第三者に納得させることは非常に難しかった。実際、大手の新聞やニュース番組においても金色の戦士がイレーザたちを救出したこと自体は大々的に報じられていても、その具体的な手法については微妙に表現が誤魔化されている。

 

 イレーザは助けを求めるように悟飯に詰め寄り、悟飯は思わず同じ分だけのけぞった。

 

「ねぇ、悟飯くん。悟飯くんは信じてくれるわよね。あたしホントに見たのよ。金色の戦士が空を飛ぶのも、バンを蹴っ飛ばすのも」

 

 あまりこの話には加わりたくない悟飯であったが、悲しそうに眉を寄せるイレーザを無碍になどできなかった。多少演技臭さは感じないでも無かったが。

 

「も、もちろん信じます。イレーザさんたちが見たっていうなら、そうなんでしょう。疑ったりなんてしません」

 

「ほんとに? 絶対?」

 

「はい絶対。あの、顔が」

 

「ほっほーう。ではどうやって人間が空を飛び、車を吹っ飛ばせるのか悟飯先生に教えて頂こうか」

 

 シャプナーが意地悪気に口を挟むと、悟飯はますます困った。前門のイレーザと後門のシャプナーの板挟みに合い、悟飯は遮二無二に言葉を探した。

 

「それは……ほら、きっとあれじゃないかな。背中に個人用の反重力装置かなんかを付けて、車はたぶん爆弾でも使ったとか……」

 

「おまえ、そんな漫画のキャラクターじゃあるまいし」

 

「わ、わ、分からないよ? ほら、たとえばあの有名なカプセルコーポレーション。あそこなら、そんなものをこっそり開発しててもおかしくないんじゃないかな。いや、やっぱりおかしいかな。どどどうだろ」

 

 考えつくまま適当に捲し立てる悟飯だったが、意外にも皆の反応はそう悪いものでもなかった。

 

「たしかに、あそこの創業者一家って結構な変人揃いらしいからな。スチールマン紛いのものを実際に開発しててもおかしくないな」

 

 とシャプナー。スチールマンとはシャプナーらの少年時代に流行していた漫画のキャラクターであり、全身を鋼鉄のバトルスーツで覆う正義のヒーローである。

 

「なんせホイポイカプセルも、大量のエロ本を家族から隠す方法を考えている内に思いついたって、ビジネス番組のインタビューで創業者が真顔で答えてたからな。たしか東エリアのどっかにも工場があったはずだし、そこでスチールマン的なものを開発していて、テストでもしている最中、たまたまサタンシティを通りかかったってわけか。なんか、なくはない話に思えてきた」

 

 ノートンまでもが乗ってきてくれたことにより、悟飯は気を大きくしてさらに言い募った。

 

「そうそう、多分きっとそんな感じだよ。それかそもそも人間ではなかったとか。ほら、世の中、人間に化けられる豚や猫の人がいるんだから、同じ様に人間に化けられる恐竜の人とかがいたっておかしくないでしょ。それなら車を蹴っ飛ばせた理由にもなるし」

 

 論理的には無くはない話であるが、こちらの仮説にはイレーザたちはあまり共感を抱かなかった。武天老師の付き人であるウミガメやプーアルといった「知恵持つ獣たち」、そしてウーロンなどのような「人と獣の間の者たち」は大昔には人に仇なす妖怪や怪物として恐れられていたが、そんな彼らとイレーザたちごく普通の人間たちの融和が行われたのもまた随分と昔のことであり、このサタンシティにも多くの獣人たちが住んでいる。しかし人間たちの暮らしに溶け込むなかで、彼らの変身や妖術といった特殊能力は徐々に失われていっており、イレーザたちもその手の類のものは話だけは知りつつも一度も見たことがないようだった。

 

 中にはそういった古来からの伝統を遺そうと、昔ながらの妖術や魔術を教える専門の学校があったりもするのだが、サタンシティにはあまり浸透しておらず、街に暮らす獣人たちも人一倍嗅覚が鋭かったり、夜目が利いたりなどはするものの、あとは人間とほんとんど変わらない者たちが大多数を占めている。そのためどちらもでまかせには違いなくとも、先のカプセルコーポレーションの新発明という説の方が、イレーザたちにとってはまだリアリティを感じられる話であるようだった。

 

 なんにせよイレーザの顔を立てつつ、話を明後日の方向へと転がすことができ、悟飯は胸の内でほっと息をついた。イレーザたちも一応の仮説を立てられたことで満足したのか、すでに次の話題に移りつつあり、悟飯は安心してイレーザが家から持ってきたというマドレーヌに手を伸ばした。

 

 人の噂も七十五日。どれだけセンセーショナルな話題も、やがては時の流れと日々の暮らしの中に埋もれていくものであり、金色の戦士の話も悟飯が今後変身を控えていけば次第に収束していくだろう。いつぞやの銀行強盗のときもそうであったし、その点については悟飯はあまり心配はしていなかった。

 

 不安を抱くとすれば一つ、結局昼食の場で一言も口を開くことなく、ノートンが持ってきた数種類の記事にひたすら読み耽っているビーデルの様子だった。やがて記事を読み終えた彼女は鞄からハサミを取り出し、ノートンの許可を得てから記事を丁寧に切り抜いて、それらをA4サイズのファイルに丁寧に保管し始めた。ファイルの表紙にはでかでかと「金色の戦士 捜査資料」と書かれており、悟飯は非常に嫌なものを見た気分になった。

 

 

 

   Ⅲ

 

 

 

 余談であるが、一口にハイスクールといっても、その授業形態は地域によってかなりの差がある。たとえばオレンジスター・ハイスクールの場合、生徒達が使う教室はほぼ固定されており、教師の方が一コマごとに教室を移動する仕組みとなっているが、これが西エリアの方になると逆に生徒達の方が授業ごとに教室を移動する形態が多くなる。これはエリアごとの教育方針の差異に起因しており、西エリアの高校では科目選択の自由度が非常に高く、その日に履修する科目が生徒一人一人で全く異なるので、科目または教師ごとに固定された教室まで生徒達の方が足を運ぶ必要があるためである。必然的に教室の顔ぶれは授業ごとに全く異なるものになり、「自分の教室」または「自分のクラス」という概念がそもそもない学校も多い。

 

 それに対し、オレンジスターを始めとする東エリアの学校教育では、生徒達の個性を尊重しつつも一定の画一性もまた重視しており、科目選択はあくまで一部に留め、基本的には全ての生徒に同じ科目を履修させる仕組みを取っている。よって年の初めにクラスと教室を決められてからは、生徒達は一年の大部分をそこで過ごすことになる。科目選択の面白みには欠けるが、一年間を同じ顔ぶれで過ごすことによって育まれる情操や交友関係も間違いなくあり、一概に良し悪しを断ずるのは難しいところである。

 

 一つ明確なメリットと言えるのは、少なくとも次の授業の準備については間違いなく東エリアの生徒達の方が楽だという点だろうか。生徒達は授業の度にロッカーで教科書を交換するだけで良く、これが西であれば授業が終わるたびに教室移動のため廊下が生徒達でごった返している。

 

 悟飯達のクラスの午後最初の授業は化学であった。内容は物質の変化と化学反応式についてであり、どちらかというと人文系を得意とする悟飯にとっては不得手とまではいかずとも、理解に集中を要するところであった。

 

 ところがその集中を阻害する要因が隣席にあった。隣の席に座るイレーザは、さらにもう一つ隣のビーデルと一緒になって何やら授業とは別の内職に夢中になっており、別段大きな音を立てているわけでもないが、ちょくちょくと悟飯の気を逸らせていた。

 

「ここはたしかこんな風……」

 

「どっちかっていうとこうじゃ……」

 

 どうやらビーデルと一緒になって何かを紙に書いているようなのだが、イレーザの体に隠れて悟飯の方からは内容は見て取れない。そうしている間にも授業は進み、アンモニアと酸素が反応して、一酸化窒素と水に変わる化学反応式を実際に作成する段になっていた。教師が誰かに発表してもらおうと生徒達を見渡し、なんとなく嫌な予感を覚えた悟飯は自分のノートとは別にルーズリーフを一枚取り出した。

 

「そうだな。それじゃぁ、イレーザくんにしようか。イレーザくん、作った式を発表してみなさい」

 

「え、あ、うえぇ?」

 

 天網恢恢、疎にして漏らさず。名指しをされ反射的に立ち上がったイレーザだが、案の定答えどころか設問すら頭に入っていない様子であった。本来いの一番に助け舟を出すべき共犯のビーデルも、やはり授業を聞いていなかったのか目を点にしたまま固まってしまっている。

 

 非はイレーザにあっても、しかし恩は時に義に勝るもの。ルーズリーフに必要事項を書き終えた悟飯は、その紙を右手に持ち、少しだけ気を入れてさっと素早く動かした。ささやかな細工は瞬時に終えられ、教師は疎か隣にいたイレーザにすら音も影も感じさせなかった。途方に暮れたイレーザはせめて教科書だけでも手に持とうと机の上に視線を落とし、いつの間にか教科書の上に一枚のルーズリーフが乗せられていることに気付いた。

 

 考える前に、イレーザはそこに書かれている内容をそのまま読み上げた。

 

「ええと、反応物の系が4NH3 + 5O2 。生成物の系が4NO + 6H2O……です」

 

「うむ、よく出来た。座っていいぞ。他のみんなは出来たかな? この式の場合は係数の整理がすこし複雑なんだが、計算自体はなにも難しいことはなく……」

 

 苦境を脱し、気が抜けたようにイレーザは席に座り、すぐに赤ペンで忙しなくルーズリーフに何事かを書き付け、丁寧に二つ折りにした。そして悟飯の方に体を向け、深々と頭を下げながら、二つ折りのルーズリーフを恭しく差し出した。

 

 受け取った悟飯が紙を開くと、そこには「Thank you my prince!!」と大きく書かれており、その周りには大量のハートやら星のマークが紙一杯に舞い踊っていた。なにを大袈裟な、と思いつつ悟飯はほんの少し顔に熱を感じた。生まれて初めてラブレターを貰った……と、これを指して言って良いのかどうか、誰かに尋ねてみたい気持ちになった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 午後二つ目の授業は体育であり、種目は因縁のバレーボールであった。先々週に行われた授業の続きとなっており、チーム分けもそのまま前回のものが踏襲された。悟飯のチームメイトはリーダーのビーデル、イレーザ、運動部に所属しているボルぺとスケイル、そして見るからに文化系女子といった風合いのマーケの計六名になる。お馴染みの二人以外では、悟飯はボルぺとは何度か話をしたことがあるが、スケイルにマーケとは席が遠いこともあってあまり交流がない。

 

 オレンジスターの体育館は、バレーの場合だと一度に三試合を行えるため、全六チームが休みなくゲームを行うことができる。

 

 授業開始後すぐにチームに分かれ、試合開始前に十分間の時間が与えられた。時間の使い方にはチームごとに個性があり、念入りに準備体操や練習、作戦会議などを行うチームもあれば、ほとんど雑談しかしていないチームもあり、悟飯のチームはその中間といったところだった。

 

「いやー、さっきは助かったわ悟飯くん。ほんっとありがとう! 危うく公開処刑になるところだったわよ。ミストリッケ先生って、普段は優しいけど、一度機嫌を損ねるとしつこいから」

 

 形だけの準備体操を行ないながら絶え間なく口を動かし続けるイレーザに、悟飯はこちらは真面目にストレッチを行いながら「確かに」と苦笑いを浮かべた。幸い悟飯はまだ被害に遭ったことはないが、先のイレーザのように授業を聞いていなかった生徒が、長時間立たされっぱなしで説教を受けてしまうシーンがこれまでにも何度かあった。原因は生徒側にあるため善し悪しは諸説あるが、見ていて楽しい光景ではないことは確かだった。

 

「それに引き換えこっちときたら、いやーどういうことだろ。人を悪巧みに誘っておいて、明らかに他人のフリしてたわー。完全に見捨ててたわー」

 

「み、み、見捨ててなんかいないわよ!」

 

 悟飯も感心するほどの柔軟さで前屈運動をしていたビーデルが顔を真っ赤にして声を上げた。

 

「わたしだって助けようとしたわ。けど、わたしも聞いてなかったから答えなんてわからなくて……」

 

 やや言い訳がましく言い募るビーデルだったが、強く罪悪感を感じていることは傍目にも明らかだった。日頃強気な面が目立つ一方、繊細な一面もあるらしく、もしイレーザが彼女の言うところの公開処刑に処されていたら、あるいは当人以上に傷付いていたかもしれない。何事もなく済んで良かったと悟飯は改めて思った。

 

「それはそれとして、結局さっきの授業中はなにをやってたんです? えらく夢中になってましたけど」

 

「お、気になる? どうするビーデル、見せちゃってもいい?」

 

「別にいいけど。どうせ後でみんなに見せるんだし」

 

「そうと決まれば、ちょっと待ってて」

 

 イレーザはあっさりと準備体操を切り上げて壁際に駆け寄り、置いていたカバンから一枚の紙を取り出してきた。他のチームメイトも誘って輪になって座り、真ん中にその紙を置いた。外からは、まるで作戦会議をしているようにも見えただろう。

 

「じゃじゃーん、みんなも見て見て。二人でこれを作っていたの」

 

 そういってイレーザが披露したのは一枚のA4サイズの紙だった。

 

(手配書……?)

 

 と一見して悟飯が思ったのは、一番上に「WANTED!!」と凝ったレタリングで大きく書かれているためである。そのすぐ下にはとある人物の全身画が描かれており、真っ黄色に彩られた短い髪、不必要なまでに刺々しいデザインのサングラス、そして前面に大きくドクロのプリントされたケバケバしい黒Tシャツ、と随分特徴的な姿をしている。イラストの横には身長や年齢といった諸々の特徴が箇条書きにされており、さらに用紙の末尾は次の文で締め括られていた。

 

「この人を探しています! エイジ774年5月12日、サタンシティ・ミッドタウンで暴走車から女学生を救出した『金色の戦士』について情報を求めており、当日の写真、動画などをお持ちの方は、下記アドレスにご提供をお願い致します。『金色の戦士を捜す会』より」

 

 悟飯は目も眩む気持ちになった。

 

 

 

   Ⅳ

 

 

 

「え、うそ。これが金色の戦士なの?」

 

「まじか。へーこいつが」

 

 マーケやボルぺが目を輝かせてポスターに見入った。

 

「どう? 力作でしょ? ビーデルがさ、これを学校中に貼りたいって言うから、あたしも手伝ってたの」

 

 冗談じゃない、と悟飯は思った。

 

「誰も学校中だなんて言ってないわよ。わたしが言ったのは街中よ街中」

 

 なお悪い、と悟飯は思った。

 

「この絵はあたしが描いたのよ。自分で言うのなんだけど、なかなかのもんでしょ。ビーデルってば全く絵心がないもんだから」

 

「うっさいわね」

 

「実物を見てないから比べられないけど、このポスターはよく出来てるんじゃないか? でも『WANTED!!』ってのはどうかな。べつに金色の戦士って犯罪者じゃないだろうに」

 

(そうだそうだ。さすがスケイルくん)

 

 スケイルの発言に、悟飯は言葉なしに強く同調した。テニス部所属のスケイルは、日頃あまり口数は多くないが、その代わり何かを言う時は冷静で的確な意見であることに定評があった。これまであまり親しくしてこなかった悟飯も、そのことは何かにつけて感じており、密かに頼もしさを覚えている相手でもあった。

 

「別にそんなつもりはないわよ。求人とか迷子犬のポスターとかでも使われるでしょ?」

 

「それにしてもな」

 

「というか、そもそも金色の戦士を見つけてどうするの? 会いに行くわけ? それでどうするの?」

 

 スケイルの後を引き継いで、マーケが畳みかけるように質問した。イレーザなどに比べれば風貌的には目立たないマーケだが、実は演劇部で脚本係を務めており、脚本のネタに飢えているのか何かと好奇心旺盛なところがある。矢継ぎ早な質問になぜか答えあぐねるビーデルに、イレーザが助け舟を出した。

 

「さんざんニュースとかでヒロイン扱いされているのが気に入らないのよね、ビーデルは」

 

「……ふん、武道家の意地って奴よ。そうね、助けられたのは確かだし、見つけたらまずはお礼を言いたいわ。わたしとイレーザの命の恩人だもの、そこはちゃんとしないと」

 

(それはどうもご丁寧に)

 

「そのあとで正々堂々果たし合いを申し込むつもりよ。ヒロイン扱いされたまま黙ってられるもんですか。だれがこの街の王者なのか、この手で思い知らせてやるわ」

 

 そう言って威勢よくシャドウボクシングまで始めてしまうビーデルに、悟飯は心底げんなりとした。軽いウォーミングアップであろうとも、ビーデルの拳速も腰の入り方もかなりのものであったから、なおのこと気が滅入った。

 

 とはいえ、この時点までは悟飯もさほど強く危惧してはいなかった。手配書めいたポスター自体は丁寧に彩色もされており立派な出来栄えであったが、超化の秘密が暴かれない限り悟飯に結びつけられることはまず考えられない。現にイラストに描かれた人物の髪型やら身長やらは悟飯とほぼ一致しているのだが、誰も一言も言及しない。髪の色による印象の違いは、悟飯の思う以上に大きいようだった。

 

 ちなみに件のTシャツとサングラスは今も悟飯のアパートにある。チチの有無を言わさぬ言いつけにより一度は資源ゴミに出されたが、なんとなく名残惜しさを覚えた悟飯があとでこっそりゴミ袋から回収したのである。とはいえ、それもあくまで記念に取ってあるだけで、再び身に付けたい気持ちがあるわけではない。

 

 仮にこのポスターが考えうる最大限の効果を発揮したとしても、とあるバーの近辺にオムスビくんと名乗る謎の少年がいたことを突き止めるのが精々だろう。情報の出どころとなる者は一応二人ほど考えられるが、いずれもこういったポスターに積極的に協力するタイプには思えず、大ごとになるとは思えなかった。

 

(や、でもそういえばライアさんには実家の番号を渡してたっけ。あれから連絡なんてないけど、ちょっと早まったかもしれないな。早いところ携帯を買っておけばなぁ)

 

 などと悟飯が明後日の方向に考えを巡らせている間にも、チームメイトらの会話は弾み続けており、なにやら物々しい領域にまで踏み込み始めていた。

 

「でもよビーデル、本当にこんなポスターで見つかるのか? 言っちゃなんだけど、これくらいの特徴に当てはまる奴って何百人といるだろ」

 

 そう質問したのはボルぺであり、教室内では悟飯らの近隣住民でもある。南部生まれの黒人で陸上部に所属しており、身体能力だけならシャプナーにも勝るのだが、手先が不器用のため今日のような球技の授業ではあまり活躍をしない。彼の素朴な疑問にビーデルは口の端を釣り上げて、にやりと笑って見せた。

 

「いいえ、案外そうでもないかもしれないのよ。このTシャツがちょっとした鍵になりそうでね。柄を詳しく覚えてたイレーザのお手柄よ」

 

 首を傾げるボルぺ、スケイル、マーケの三人にビーデルは次のように説明した。

 

 このポスターを作成することを事件後早々から考えていたビーデルは、搬送された病院でイレーザに記憶が薄れないうちに金色の戦士のイラストを書き残しておくよう依頼をした。絵心のみならず、彼女が他人の服装を覚えることを得意としていることを見込んでのことであり、そして結果的にイレーザは見事にビーデルの期待に応えた。

 

 その時にイレーザが描いた件のTシャツの柄は、細かなロゴなどは適当に処理されていたが、最も目立つドクロのイラストについては構図からデザインまで実によく特徴を捉えており、それを元にすこしネットを検索するだけで簡単に実物を探し出すことができた。

 

「そのTシャツは『ヘッジホッグ』っていうブランドの新作で、なんと先週に発売されたばかりなの。事件のあった日から数えると、たった四日前よ。さらにそのブランドに問い合わせたところ、サタンシティ内でこのメーカーを扱ってる店は七件しかなかった。つまり犯人はその四日間の間に七件の店のどれかに立ち寄っていると考えられるわけ」

 

 厳密に言えば購入ルートは他にも考えられる。そもそもサタンシティで買ったとは限らず、通販で買ったり他人からプレゼントされた可能性もある。発売されてから四日ではさすがに考えづらいが、古着屋で購入したというケースもあり得るだろう。

 

「可能性は色々と考えられるけど、なんにせよその七件の店に当たらない手はないわ。ポスターを配っておきたいし、聞き込みもしたい。けどやっぱり本命は店の防犯カメラよね」

 

「金色の戦士がTシャツを買ってるところが映ってるかもしれないってことか。けどどうやったって見せては貰えないだろ」

 

 スケイルのもっともな指摘に、ビーデルはあっさりと頷いた。

 

「そりゃね。でも少しでも興味を持ってくれれば、店員の方が自主的に店の防犯カメラを確認してくれるかもしれないわ。四日分程度なら探すのもそんなに手間でもないし、あわよくばTV局や新聞社にタレ込んでくれることも期待出来る」

 

「ちょうど、TV局とかが報酬付きで情報提供を募ってるでしょ? 聞き込みのとき、そのこともそれとなーく伝えちゃおうと思うの。店員といってもほとんどはあたしたちと同じ学生のアルバイトだと思うし、乗り気になる人もいるんじゃないかなって」

 

「そりゃいるだろうな。なんなら値段も脚色して伝えたらどうだ?」

 

 スケイルのアドバイスに、イレーザは悪巧みを楽しむように笑った。

 

「いいねいいね。ゼロ二つくらい足しちゃおっか」

 

「あ、わっるーい」

 

 イレーザとマーケはきゃっきゃと笑い合い、対してビーデルの方は、さすがにそこまでとんとん拍子には行くまいと考えていたが、しかし全く期待していないわけでもなかった。銀行強盗の際は金色の炎に阻まれて叶わなかったが、もし金色の戦士の鮮明な映像が世に出回れば、今の世の中でそれは片手に手錠が掛かったも同然である。街中の人間が監視の目になり、加えて今時は機械を使って映像から人を探すことも技術的には可能なのである。

 

「最近の顔認証システムってすごいのよ。街の色んなところにある監視映像を使って、顔全体の形やパーツの位置とかで検索をするから、犯人が普段サングラスを外していようが、髪を別の色に染めてようがお構いなしで探し当てちゃうの。もし奴がこの街に住んでいるとしたら、これさえ使えればもう問答無用で一発よ」

 

「おいおい、警察にも頼むつもりかよ」

 

「もちろん犯罪を犯しているわけじゃないから公の捜査はできないけど、幸い多少のツテはあるし、興味を持っている人も大勢いるし、駄目元で頼んでみようとは思ってるわ」

 

「それで晴れて正体を掴めれば、ビーデルも大手を振って彼に果し状を渡しに行けるってわけね。ふふふ」

 

「なに笑ってるのよイレーザ」

 

「べつにー? ふふ。そんなわけで、面白そうだからあたしもそれを手伝ってるってわけ」

 

 その意外なほど本格的な計画と、なによりビーデルの並々ならぬ熱意に、ボルぺ、スケイル、マーケの三人はそれぞれ大いに感銘を受けたらしく、出来上がったポスターをそれぞれのクラブの部室に貼ったり、知人・友人に配ることを申し出て、ビーデルを喜ばせた。

 

 会話に加わらずともしっかり聞き耳を立てていた悟飯は、一連の話の間に三度ほど肩を震わせ、二度ほど息を呑み、一度ほど心臓を吐き出しそうになった。そして話が終わったころには顔中脂汗だらけで、試合前から母手製のタオルで何度も顔を拭わなくてはならなかった。

 

(お、恐ろしい。なんて人達だ……)

 

 基本的に悟飯は謙虚な少年であったが、それでも自らの力についてある程度客観的な理解は持っており、この惑星で自分に危害を加えられる者など早々存在しないと自負していた。しかしそれは全くの誤りであったことがこの度判明した。人間の知恵とテクノロジー、そして社会システムの力を甚だ侮っていたことを、悟飯は痛感せずにはいられなかった。

 

(ちょぉぉっとまずそうだな、これは。さーて、どうしよう……)

 

 全くもって安穏としていられる状況ではないことを察し、悟飯はこれ以上の事態の悪化を防ぐべく、何食わぬ顔を装いながら必死で脳をフル回転させた。そうこうしている間にもマッスル先生のホイッスルが鳴り響き、ゲーム開始の時間となってしまった。

 

 

 

   Ⅴ

 

 

 

 前回の試合同様、初回のポジションは次のように決められた。なお番号はサーブ順を示している。

 

 ①バックライト:スケイル

 

 ②フロントライト:イレーザ

 

 ③フロントセンター:悟飯

 

 ④フロントレフト:ビーデル

 

 ⑤バックレフト:マーケ

 

 ⑥バックセンター:ボルペ

 

 バレーの場合、ローテーションと言って、サーブ権を相手から奪うごとに初期配置から時計回りにポジション変更が行われる。その際、サーブはその時点でのバックライトの者が行うことになっており、先の一覧で言えばまず最初にスケイルがサーブを行い、次にサーブ権を獲得した際はローテーションを一つ進め、イレーザがサーバーとなる仕組みである。

 

 チームの主力であるビーデルとスケイル、身長があってブロック力に期待できる悟飯とボルぺが必ず前衛と後継で分かれるようになっていたりなど、それなりに工夫の盛り込まれた配置であり、本格的に戦術を組むならここからさらにセッターやブロッカーなどの役割分担や各ローテーションにおけるフォーメーションなども取り決めるところだが、良くも悪くもそこまでしているチームは少ない。ビーデルのチームにおいてもレシーブやブロック、トスは各自その場の雰囲気で対応し、アタックは基本的にビーデルかスケイルのいずれかが気合いでどうにかする……といった程度のことしか決められていなかった。

 

 今回の対戦相手はシャプナーのチームではないため前回の雪辱戦とはならなかったが、手強さで言えばむしろ今回の相手の方が上と言えた。男子バレー部に所属しているレーバンがリーダーを務めており、他のメンバーも部活には所属しないまでもバレーを経験している者が多く、前回の授業でも大差を付けて相手チームに勝利していた。「こりゃ今回も負けかぁ」と勝ち気なビーデルですら戦う前から諦めてしまうのも無理からぬ相手であった。

 

 まず最初のサーブ権についてはジャンケンで決めることになっている。チームのリーダーを務めているビーデルがその役を担おうとしていたが、意外な人物が手を挙げてきた。

 

「よければ僕にやらせてくれませんか?」

 

「悟飯くんが? なんでまた」

 

「実はジャンケンには自信がありまして。ここぞというときはだいたい勝つんです。今回も多分勝ちますよ」

 

「ジャンケンに自信も何もないでしょ」

 

 とは言いつつもひとまず任せてみると、悟飯は本当にあっさりとジャンケンを制して先攻を勝ち取って来た。たかが先攻、というわけでもない。試合形式は三セットマッチとなっているが、体育の授業である都合上チームの力が拮抗していれば時間内に二セット先取まで辿り着かず、その時点での得点で勝敗が決められる場合も多いので、基本的には先攻側が有利になるのだ。

 

「ほら、勝ったでしょ?」

 

「はいはい」

 

 得意げに戦果報告をしてくる悟飯を所定のポジションに押しやりながら、ビーデルはボールを最初のサーバーであるスケイルに投げ渡した。

 

(とりあえず、点差を付けられても熱くならないようにしなくっちゃ。またイレーザに叱られちゃうし、これも精神修養よね)

 

 今回の試合については、ビーデルは本当にそれくらいに考えていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 試合開始のホイッスルが鳴った。すかさずスケイルが鋭いサーブを打つ。相手チームはかろうじてレシーブを成功させ、続く者もややぎこちなくトスを行い、レーバンに繋げた。レーバンはさすがバレー部所属だけあって、その肩書きに恥じぬ力強いスパイクを繰り出したが、運悪く悟飯のブロックに阻まれ、ボールはコート内に落ちた。

 

 早速のポイント先取に、悟飯たちは歓声を上げて手を叩き合った。ブロックに関してだけは、悟飯も前回の授業からそれなりに活躍できていたので、皆もさして驚くことはなかった。

 

 皆が度肝を抜かれたのは次のプレイからだった。続けてスケイルがサーブを打ち、敵チームが受け止める。ネット間際まで良い具合にボールが浮いたので、トスを挟まずそのままレーバンが決めに行った。意表を突かれて前衛のブロックが間に合わず、ボールは見事なスピードでマーケの方へと飛び込んでいった。

 

「わ、わわ」

 

 構えるより咄嗟に顔を庇ってしまったマーケに罪はない。しかし幸いボールが彼女の体に当たることはなかった。前衛中央から滑り込んできた悟飯が、咄嗟に彼女とボールの間に腕を割り込ませ、代わりにボールを打ち上げたのだ。

 

「おっ!」

 

「まじか!」

 

 スケイルとボルぺが思わず声を挙げた。前回の授業で一度もまともにレシーブを行えず、見事A級戦犯の肩書きを不動のものにした悟飯の、まさかのフライングレシーブである。

 

「ほい!」

 

 浮いたボールをイレーザが軽やかにトスする。あまり派手なプレイはできない、またはやりたがらないイレーザだが、幼少時にビーデルに散々練習に付き合わされたこともあって、トスだけなら結構上手なのであった。

 

 アタッカー役はもはや言うまでもない。悟飯のレシーブを見てから、驚く前にすでに助走距離を作っていたビーデル。イレーザがボールを上げると同時に流れるように三歩助走を開始し、力強く両腕を振り上げながら、床に足跡が付くくらいに思い切り両足を踏み込み、全力で跳躍した。男性プロ選手もかくやという高さからの猛烈なスパイク。放たれたボールは目にも止まらぬ速さで相手陣地内に着弾し、大砲のような轟音を体育館中に響き渡らせた。

 

 見事、ポイント獲得。二点先取。予想外の好調な出だしにどっと沸き立つビーデルチームだったが、中でもビーデルは信じがたいものを見るように今の好プレイの立役者の方を見た。皆から囃し立てられながらも、悟飯はビーデルの視線に気付くと、「あれあれ? どうかしました?」とでも言わんばかりの、にんまりとした笑みを浮かべて見せた。

 

(も、もしやこいつ……)

 

 前回のゲームでミスのたびに思わず睨みつけてしまったことを、どうやら結構根に持っていたらしい。日頃平和主義者然としている悟飯からの思わぬ意趣返しと、たった一、二週間ほどできちんとレシーブが出来るまでになった努力家としての一面にビーデルは内心冷や水を浴びせられたが、胸の奥からふつふつと沸き立ってくる熱源によってそんなものはすぐに蒸発していった。

 

(ひょっとして勝てるかも。ううん、絶対勝つ!)

 

 似合わぬ諦観のヴェールを脱ぎ捨てて、勝利への意欲にビーデルの肌という肌が泡立っていった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 もともとビーデルたちのチームに欠けていたのはレシーブ力であり、前回のゲームにおいても相手のサーブやアタックにきちんと対応できるのがビーデルとスケイルしかいなかったことが最大の敗因であった。イレーザはトスは上手いが、力強いスパイクには後ずさってしまうし、ボルぺは度胸も身体能力もあるがボール捌きを苦手としていた。マーケは全般的に運動を不得意としており、悟飯に至ってはボールの破壊を恐れて地蔵と化す始末。これでは勝ちようがない。

 

 一方で攻撃面においては元来決して他のチームにも引けをとっておらず、隠れた万能選手であるスケイルはアタックもそつなくこなし、なによりビーデルが渾身のスパイクを放てば、受けられる者は前回の授業ではそれこそシャプナーくらいしかいなかった。

 

 もともとアタッカーは足りていた中、ほどよい力加減を身につけた悟飯がきちんとボールを拾えるようになったことで、チームの総合力は一気に向上し、結果実に痛快な快進撃が始まった。

 

 何度かローテーションが行われ、右から悟飯、イレーザ、スケイルが後衛となった。悟飯がサーブ担当となっており、前回の悔しさをバネに練習に練習を重ねて身につけた第二の技「ほどよいサーブ」を、悟飯は満を辞して披露した。放たれたボールは絶好球として相手に難なく処理されたが、きちんとラリーを始められただけでも大きな進歩であった。

 

 続いて相手のアタックからの守りに移る。前回はこういうときイレーザと悟飯が重点的に狙われ、スケイルや前衛のビーデルもフォローしきれなかったが、今回に至っては悟飯の守備に不足はない。さすがにボールを上げる方向まで自由自在とはいかず、うまくアタックに繋がらないこともあったが、それでも敵からの鋭いサーブや力強いスパイク、そしてボルぺがブロックしたこぼれ球まで次から次へと難なく拾い上げていった。調子に乗って人間離れした能力を見せつけないよう、他のチームメイトの守備範囲には手を出さないようにしていた悟飯だが、隣にいるイレーザだけは自分の領地の一部と判定し、しっかりとフォローまでこなした。打ち上がったボールは前衛中央のマーケがつなげることが多く、イレーザ同様彼女もトスの精度はさほど悪いものでなく、多少ボールが乱れようがお構いなしにビーデルが得点へと繋げていった。

 

 もう一つローテーションが進むと、後衛は右からビーデル、悟飯、イレーザ、前衛は同じく右からマーケ、ボルぺ、スケイルが担い、結果的にはこれがもっとも強力な布陣となった。なにせビーデルと悟飯が揃っているため後衛の守備は盤石、加えて難易度の高い後衛からのバックアタックもビーデルがこなせてしまうため、攻撃面ではスケイルとビーデルの左右二枚看板になり、派手なアタック合戦となり面白いほど点を稼げた。

 

 華々しい活躍を見せるビーデル、スケイル、ついでに守りの面では悟飯であったが、今日の試合のハイライトとなったのは、その三者のうちの誰でもなかった。再度ローテーションが進み、前衛は右からボルぺ、スケイル、イレーザ、後衛が右からマーケ、ビーデル、悟飯となっていた。ビーデルたちがすでに一セットを先取しており、二セット目のポイントは現在、24対20。あと一点ビーデルたちが得点すれば試合が決まる、いわゆるマッチポイントであった。

 

 サーブ権はマーケにあり、彼女の緩やかなアンダーハンドサーブを相手側は難なく処理し、逆にレーバンが今日一番のスパイクを繰り出した。狙いは後衛右側のマーケのすこし手前。彼女の力量ではレシーブは厳しく、左隣にいたビーデルもフォローが間に合わない速度とタイミングであった。

 

(ありゃ、これは取れないな)

 

 悟飯さえもそう見極めた。彼の場合は、全力を出せばひょっとしたら間に合いはしたかもしれないが、諸事情あってそうするわけにもいかず、次のプレイへと気持ちを切り替えようとしていた。

 

 しかし悟飯の予想は外れた。マーケがボールを受けたのだ。これまで逃げるばかりであったレーバンのスパイクに彼女はこの日初めて立ち向かい、組んだ両手を必死に前へと伸ばしてボールを空中へ弾いた。

 

 弾かれたボールはコート右側に大きく弾き飛ばされた。後衛右側のマーケよりさらに右なのだから、ボールが床に落ちれば確実にアウトである。誰よりも早くに駆け出したのは、前衛右側のボルぺだった。自分の短所を弁えている彼は、ブロック以外ではあまり積極的にボールに触ろうとしなかったが、この時だけは自慢の俊足を生かして誰よりも早くボールに食らいつき、力任せにボールを殴りつけた。

 

 ボルぺ渾身のパンチングトスによりボールは再度打ち上げられたが、やや勢い余って自陣内を横断し、前衛左側のイレーザのところに来た。しかしスパイクを仕掛けるには明らかに高さが足りず、角度も悪い。ひとまず相手陣地にボールを返すしか打つ手は無いように思われ、実際イレーザはそうした。

 

「てい」

 

 しかし手がすっぽ抜けたのか、はたまた意図してのことなのか、トスしようとした手は見事にボールの芯を外し、ボールはまるでネットに引っかかったかのように明後日の方向へと打ち上がり、そのまま相手陣地のネット間際にぼてんと落ちた。見事なフェイントにより完全にタイミングを外され、相手ブロッカーは反応することもできなかった。

 

 ポイント25対20で二セット目獲得。ビーデルたちのチームの勝利が決まった。

 

 歓声が爆発した。ビーデルのチーム総勢六名、一人残らず頭を真っ白にしながら一箇所に駆け寄り、こぞって抱き合い、手を取り合い、やがて全員で円になって肩を組み、力一杯に勝鬨を挙げた。

 

「わー! わー! わー!」

 

「勝った勝った勝った!」

 

「なにあれ嘘でしょなにあれ!」

 

 悟飯もまた皆に習い、声を挙げていた。言葉にできない興奮が胸の内から突き上げてきて、皆と分かち合わずにはいられなかった。

 

「なにを喜んでるんだ?」

 

 どこからか声がする。いつぞやにも聞いた、自らの内側からの声だった。

 

「なにがそんなに嬉しいんだ。敵味方含めても、お前だけまったく本気を出していないじゃないか。超化もせず、気も使わず、実力の十分の一も発揮しないで勝って、何が楽しい。楽しいふりをしているだけじゃないのか?」

 

 そうかもしれない、と一部については悟飯は思った。しかし決してそんなことはないとも一部については思った。確かに悟飯は、試合中、一欠片とて気を解放すまいと己を制限し続けていた。もしその戒めを解いていれば、仮にメンバーが悟飯一人であっても、一つの失点も無いまま勝利することも出来たかもしれない。

 

 しかし悟飯は思うのだ。それこそなにが楽しいのか。たった一人で戦い、勝って、それの何が楽しいのか。確かに悟飯は自分の力を最大限に抑えていたが、それは人間として戦うためだ。サイヤ人の末裔ではなく、一介の学生として皆と共に戦い、その上で皆の力で勝利した。たとえ卑小な自己満足に過ぎずとも、それでもいま瞳に滲むものも、心に流れる熱いものも確かなものに思えた。

 

 マーケとボルぺの最後のプレイが、悟飯の心に焼き付いてた。それまでずっと控えめだった二人が、最後の最後で懸命にボールに手を伸ばし、奇跡のシーンを産んだ。二人がそうした理由が悟飯にはなんとなく分かった。きっと、そうせずにはいられなかったのだ。

 

 ゲーム開始と共に喜びと興奮を共有し続ける内に、いつのまにかチーム全員を包み込んでいた抗い難い一体感があった。目に見えずとも確かに肌に感じられる、自陣地内に陽炎のように立ち籠める暖かな結束の渦があった。それらが二人の体を突き動かし、片や文化系の女子生徒がバレー部所属の男子のスパイクを見事にレシーブするという、なかなかお目にかかれない稀少な光景を生み出すに至った。

 

 そうして得られた勝利。誰一人脱落せず、死者も生まれない本当の意味での「全員での勝利」。生まれて初めて経験するそれは、悟飯自身が思ってもみなかったほどの眩さをもって、悟飯のこれからの行先を真っ白に照らしているようだった。

 

 心のうちで、悟飯はイレーザとビーデルに謝罪を告げた。金色の戦士を探し当てたいという二人の願いは、この先永劫叶わない。叶えさせるわけにはいかない。これからも二人と友人でいるために、そして今のこの気持ちを失わないためにも。

 

 学校に通う。たったそれだけのことを悟飯は、力の限り守りたいと思った。それこそ超サイヤ人の全ての力を尽くしてでも、今の自分の暮らしを守りたいと思った。

 

 それは地球を救うためでも、仲間を救うためでも、父の期待に応えるためでもない。彼があくまで彼個人のためだけに抱く、ちっぽけで他愛のない、しかし心からの願望だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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