異世界に召喚されしはイレギュラーが率いる異界の艦隊   作:日本武尊

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第百一話 全ては、この時の為に

 

 

 

 場所はパーパルディア皇国 皇都エストシラント。

 

 

 辺りはすっかり暗くなり、街の各所に少数配置している松明の火が、僅かにエストシラントに明るさを周囲に与えている。

 

 

 戦争が始まり、皇国の歴史上類を見ない二度の空襲に遭い、エストシラントの雰囲気は最悪であった。

 

 

 港は破壊され、湾内は戦列艦や竜母の残骸に埋め尽くされているので、事実上海上封鎖されて船の行き来が出来ない上に、属領が全て解放されたとあって、穀物や布類、鉄製品といった皇国の主な物流は完全に止まっている。

 

 その為、生鮮食品が手に入らなくなるのは当然として、それ以外の様々な品々が手に入らなくなると噂が流れたことで(実際手に入らなくなったが)、市民達はそれぞれの店に殺到して品物を買い漁った。

 

 中には買い占めや独占によるトラブルが相次ぎ、一騒動も発生する等、一時期毎日が騒然と化した。

 

 長期にわたって騒動が起きたことで、現在エストシラントのほとんどの店は営業していない。

 

 何より、二度目の空襲を受けたことで、市民たちの恐怖は積りに積もって昼間ですら外に出歩かない者が多い。そうなれば元から出歩くことが殆ど無い夜は、完全に無人と化している。

 

 本来なら警備の為の兵士が街を巡回しているのだが、その兵士すらいない状況であり、夜中は浮浪者や犯罪者がうろついて偶々で歩いていた市民の身ぐるみ剥がしたり殺人が起きたりと、事件が起きて対処しようにも人員が全く足りていないので対処できない状況とあって、日に日に治安は悪化の一途を辿っている。

 

 

 そんな誰も出歩かないであろう時間帯の街に、駆け抜けるいくつもの影があった。

 

 

 


 

 

 

 エストシラントの街を駆け抜けているのは、トラック泊地所属の忍びのKAN-SEN達である。

 

 今回彼女達は総旗艦『大和』より重要な任務を帯び、本来各所に散らばって諜報活動を行っている彼女達は、このエストシラントに集結して行動を開始した。

 

 『十六夜月』を先頭に『黒潮』、『暁』、『黄昏月』が建物の屋根の上を走って次々と建物の屋根から別の建物の屋根へと飛び移って移動している。

 しかし彼女達の中に『霧島』の姿が見当たらないが、その理由は後程判明する。

 

 彼女達は素早く、それでいて足音を殆ど立てずに市街地を駆け抜けている。

 

「……」

 

 先頭を走る『十六夜月』は狐の面の上にゴーグルと言う異様な姿であったが、彼は何かを確認してから後続の『黒潮』達にハンドサインを送って走り、『黒潮』達はそれに従って彼の後に追従する。

 

 やがて彼女達の目標地点が近くなるが、目標地点付近には建物が少ないので、彼女たちは建物から降りて道を駆け抜ける。

 

「……」  

 

 すると『十六夜月』は何かに気付き、ハンドサインで後続に止まれを合図し、彼らは建物の陰で立ち止まる。

 

「どうしましたか?」

「進路上に浮浪者です」

 

 『黒潮』が問い掛けると、彼は質問に答えつつ前を指差す。

 

 指差された先には、何か無いかと物を求めて彷徨っている浮浪者の姿がある。ここは富裕層が住むエリアなのだが、夜になると貧困層のエリアに居る浮浪者が物を求めてここにやって来る。

 本来なら巡回している兵士に不審者として捕まるようなものだが、その兵士がいないので、このような状況が起きているのだ。

 

 彼女達は隠密に行動している最中とあって、道中姿を目撃されるのは避けておきたい。かといって今から進路を変更すると時間のロスになる。時間との勝負においてそれは手痛いのだ。

 

『こちらハンター4。対処は任せて』

 

 どうするかと悩んでいると、彼女達に通信が入る。

 

 するとゴミ箱を漁っていた浮浪者の背後に小柄の何者かが忍び寄り、浮浪者の足を払って尻餅着いたところで首に腕を回して強く絞める。首を強く圧迫されて血液と酸素が脳に行き渡らなくなって浮浪者は一瞬にして気を失う。その者は気を失った浮浪者の両脇に腕を通して引き摺って運び出す。

 あくまでも失神した程度なので、浮浪者は数分後には目を覚ます。

 

『ハンター1。障害は排除した。引き続きナビゲートを行う』

「カラス1。対応感謝します」

 

 『黒潮』は通信越しに感謝を送り、『十六夜月』は再び走り出す。

 

 

 今回の作戦は忍びのKAN-SEN達に加え、特戦隊のUボートのKAN-SEN達も参加している。

 

 特戦隊は主に忍び達の支援に当たっており、彼女達を目標地点へのナビゲートに進路上の障害の排除をしている。しかし隠密作戦故に道中では可能な限り殺害は避けておきたい。目標を達成した後でバレて騒動が起きる分には構わないが、まだ目標に接触していない今の段階で騒動を起こされるわけにはいかない。

 人の出が殆どない今のエストシラントの状況からすれば、そうそう見つかるものではないだろうが、先の浮浪者を考えれば今の状況に頼るわけにはいかない。

 

 それに、自身に何かが起きたかを理解する前に意識を奪ったので、少なくとも目を覚ましても彼は気を失った程度にしか思わないだろう。

 

 

 今回トラック泊地の裏側を支えている忍びと特戦隊が集まってこのエストシラントで行っている作戦――――――

 

 

 

 

 

 ――――――それはパーパルディア皇国の皇族にして、シオス王国での観光客虐殺事件の首謀者であるレミールの身柄確保である。

 

 

 シオス王国で起きた観光客虐殺事件の首謀者であり、ロデニウス連邦共和国が是が非でも身柄を確保したかった人物である。

 

 実質上この戦争は彼女の身柄確保が目的と言っても過言ではない。これまでの戦闘はレミールの身柄確保のための過程に過ぎない。

 もちろんこの戦争の目的は他にもあるのだが、重要度はそこまで高くない。機会があればしておく程度の重要度ぐらいだ。

 

 エストシラントの港を徹底的に破壊し、パールネウスへの空襲とその後の攻撃は、レミールの逃亡を阻止する為である。もちろん日頃からレミールが逃亡しないように忍びのKAN-SEN達によって監視を続けていた。

 

 しかしわざわざここまで時間を掛けずに最初の内にこの作戦を行えば、ここまで激しく戦闘を行うまでも無いし、なんだったら早期に戦争を終わらせてレミールの身柄引き渡しを要求すればよかったのでは? と思うが、そうはいかないのが現実だ。

 

 前者はわざわざ厳重警戒されている中に忍び達や特戦隊を突っ込ませるわけにもいかないし、後者は皇帝ルディアスがレミールの身柄引き渡しに応じない可能性がある。例え身柄引き渡しの交渉に応じたとしても、影武者を使って本物のレミールを逃がす可能性がある。もしレミールに逃げられれば、この広いフィルアデス大陸で個人を探すのは困難を極める。下手すれば大陸外へと逃げられる危険性もあった。

 尤も、大国を滅びへと導いた疫病神みたいな女を匿う国はいないだろうが。

 

 これらの理由があったから、今日に至るまでレミールの身柄確保に動けなかった。

 

 しかしレミールが自ら命を絶つ可能性も考えられたが、あの手のプライドの高い傲慢な者は自らの死を選ぶのはあまり考えにくい。現に精神的に疲弊していたが、今も生存している。

 

 

 ともあれ、レミールの身柄確保に絶好の機会が訪れたので、忍び達に集まってもらい、特戦隊も数名が元属領を離れて集まっている。

 

 彼女達は特戦隊のナビゲートに従って市街地を駆け抜け、時々現れる障害を除去してもらい、レミールが暮らす屋敷の近くまでやって来る。

 

『こちらハンター1。屋敷の門の前に警備兵が二人。敷地内に数人が巡回している』

 

 と、狙撃班として後方に居るハンター1こと『U-666』より報告が入る。忍び達は木の陰から屋敷前の門を見ると、そこには警備の為に寄こされた近衛兵の姿がある。その奥の敷地内でも、見える範囲でも数人の近衛兵の姿がある。

 

 ルディアスはレミールの安全を確保する為に、先の空襲で被害を受けながらも近衛兵の中から、26名の近衛兵をレミールの警備に当たらせている。この人数を一人の人間に当たらせる辺り、ルディアスがレミールをどれだけ大切に思っているかが見て取れる。

 

 しかし先の空襲で近衛兵は多くの被害を被っているのにこの人数を出したので、パラディス城の警備が疎かになってしまっているという。そしてそれが後々響くことになる。

 

「特戦隊の皆様。お願いします」

『了解した』

 

 と、通信が終わると、屋敷の敷地内で動きが見られる。

 

 敷地内にて屋敷に近い方から近衛兵が突然倒れていく。物音に気付いて他の近衛兵が振り返るが、直後にその近衛兵もその場に倒れ込む。

 

 門の方で警備している近衛兵も門の柱の陰から覗き込むが、直後に二人して後ろに倒れる。よく見ると近衛兵の頭には穴が開いてそこから血が流れ出ており、左胸の方も穴が開いて血が出て軍服に染み込んで広がる。

 他に倒れた近衛兵達も、同じように頭と左胸に穴が開いて事切れている。

 

 直後に屋敷の陰から特戦隊の『U-73』と『U-81』、『U-101』の三人が小銃を構えたまま出てくる。

 

 三人が手にしているのは特戦隊で用いているカスタムAKMではなく、『AS』と呼ばれる特殊消音小銃である。

 

 銃身をサプレッサーで覆い、専用の9×39mm弾を用いることで、高い消音効果が得られるものであり、かつて北連の特殊部隊で用いられていたこれを妖精達が旧世界の北連の地で見つけて、リバースエンジニアリングを行って特戦隊に配備させている。

 

 今回は隠密性が求められているので、消音効果の高いASに加え、ASの狙撃銃仕様の『VSS』も投入されている。

 

 『U-73』と『U-81』、『U-101』、浮浪者を片付けていて後から来た『U-557』が素早く死体を物陰へと片付け、門前の死体を片付け終えると、狙撃班として少し離れた場所に陣取る特戦隊隊長の『U-666』と狙撃手の『U-47』に連絡を入れ、忍びのKAN-SEN達に手にしている物のスイッチを数回間隔を空けて押す。

 これは赤外線を出すライトであり、肉眼では捉えられないが、暗視装置であれば赤外線を可視化できる。『十六夜月』が着けているゴーグルは暗視装置であり、暗い道中を確認すると同時に道先の安全を確保した合図として特戦隊より照らされる赤外線を確認する為である。

 

 赤外線のライトによる合図を確認して『十六夜月』は『黒潮』達に合図を送り、移動を開始する。

 

 門を通って敷地内に入ると、『黒潮』はUボートのKAN-SENとアイコンタクトをして頷き合う。この後特戦隊は周囲警戒に入り、万が一に備える。

 

 『黒潮』達は屋敷の扉前に来ると、『黒潮』は『黄昏月』を見て頷いて合図を送り、『黄昏月』は肩に下げている小型の通信機のプレストークボタンを一定の間隔で数回押す。

 

 すると扉の鍵が静かに開錠され、扉が開かれる。そこにはメイド服に身を包んだ女性が立っている。

 

「状況は?」

「みんなスヤスヤ良い子におねんねしているよ」

 

 と、メイドの女性はそう言うと顎の肉を掴んで斜め上に引っ張ると、皮ごと剥がれる。

 

 一見すればスプラッターな光景が広がっているが、本当に皮が剥がれているわけでは無く、顔を変装させるマスクの偽の皮が剥がれているだけで、その下からは彼女の素顔が現われる。

 

 変装マスクを剥いだメイドの女性の正体は……忍びの中にいなかった『霧島』である。 

 

 彼女は数週間前からレミールの屋敷にメイドに変装して潜入しており、屋敷内部の構造把握と工作をしつつ状況を逐一報告していた。変装にあたり『霧島』は自身の角を隠しつつ変装するのが大変だったとかなんとか。

 ちなみに変装元になったメイドの女性だが……大金を渡してメイド服や情報提供などの協力をしてもらっている。決して脅迫めいたことはしていない。

 

 メイドに変装して潜入していた彼女は、今夜邪魔者が出ないよう料理や飲み水に遅効性の睡眠薬を仕込み、この時間帯で効果を発揮するように調整していた。その結果、使用人達と交代要員の近衛兵たちは現在熟睡している。

 しかし肝心の確保目標のレミールはこの日に限って食事を取らず、水も睡眠薬を仕込む前に水を飲んだっきりで口にしていない。

 

 不安要素はあれど、目標確保の理想的な状況になっているのに違いはない。

 

「では、参りましょう」

「あぁ」

 

 『霧島』はメイド服を脱ぎ去って下に着こんだ忍びの服装となり、メイド服を物陰に隠してレミールの元に向かう。レミールの部屋は二階にあり、彼女は就寝している。

 

 忍びのKAN-SEN達は見張りの『黄昏月』と『暁』を除いた三人が音を立てず静かに素早く移動して二階へと上がる。『霧島』の案内で彼女達はレミールの部屋の扉の前まで来る。

 

 扉の前で『黒潮』と『霧島』が頷き合うと、『霧島』は事前に入手していたレミールの部屋の鍵を手にして、レミールの部屋の扉の鍵の開錠に入る。

 

 

 

 しかしその直前に『十六夜月』の耳が跳ね上がる。

 

「! 部屋から足音が!」

『っ!』

 

 部屋の中から足音がして『十六夜月』が小さく声を上げると、三人はとっさに隠れる。彼の声は下にいる『暁』と『黄昏月』にも伝わり、二人もとっさに隠れる。

 

 直後に扉のドアノブが回され、扉が開かれると、眠っているはずのレミールが出てきた。

 

『……』

 

 天井に張り付いている『十六夜月』、鑑賞用の壺の陰に隠れる『黒潮』、銅像の形に合わせて隠れている『霧島』は息を呑む。

 

 『霧島』の報告ではレミールは睡眠不足で中々寝付けないでいたとあったが、ここ数日は医者から処方された睡眠薬の服用で何とか眠れていたはずだったのだが、今日に限ってレミールは起きていた。否、彼女の様子からすれば目が覚めてしまった(・・・・・・・・・)というのが正しいだろう。

 

 彼女は顔中に汗を掻いており、汗は全身でも掻いているようで、彼女が身に付けている寝間着は汗の水分を吸っていて身体に張り付き、身体のラインが浮き彫りになっている。

 恐らく悪夢に魘されて目が覚めた、と言った所だろう。

 

 息を荒げている彼女の顔は中々にひどいもので、目元には濃い隈が出来て、見るからにげっそりとしている。疲労とストレスが溜まっているのが見て分かる状態だ。

 

 レミールは見るからにイライラした様子で舌打ちをして、ゆっくりと歩き出す。

 

『……』

 

 三人は静かに互いの顔を見て頷き合う。本来なら眠っている所を強力な睡眠薬を染み込ませた布を口元に押さえて深い眠りにつかせて無力化し、レミールを屋敷から運び出す予定だったが、当の本人が起きてしまってはその作戦は行えなくなった。

 

 だがちゃんと起きている場合を想定したプランBはあるので、慌てる必要は無い。

 

 レミールが階段を降りていくのを確認して、忍びのKAN-SEN達は静かに動き出す。

 

 

 




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