異世界に召喚されしはイレギュラーが率いる異界の艦隊   作:日本武尊

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第七十四話 準備と不安

 

 

 

 中央歴1640年 1月21日 フェン王国

 

 

 

 遠くない内にパーパルディア皇国の侵攻が予想され、フェン王国は厳戒態勢を取っており、国中で緊張した空気が漂っている。

 

 

 フェン王国のニシノミヤコ。水軍の軍船がいつでも出航できるように準備を整えており、水夫達の表情に緊張の色が浮かんでいる。

 

 そのニシノミヤコの港から離れた海域に、ロデニウス連邦共和国より派遣された艦隊が停泊しており、皇国の侵攻に備えている。

 

 

 フェン王国防衛を担う為に派遣された艦隊の概要は以下の通り――――

 

 

 

 戦艦:『ネルソン』

    『ロドニー』

 

 空母:『アーク・ロイヤル』

    『ヒョウリュウ』

    『エンリュウ』

 

 重巡洋艦:『妙高』

      『ヤクモ』

 

 軽巡洋艦:『マインツ』

      『ウネビ』

      『イズミ』

 

 駆逐艦:『涼月』

     『宵月』

     『春月』

     『名月』

     『フォックスハウンド』

     『時雨』

 

 

 

 『ネルソン』を旗艦とした艦隊であるが、特徴的なのはKAN-SENに混じってロデニウス海軍の巡洋艦と空母が居る事だろう。空母に関しては今回の戦闘が初の実戦投入であり、日頃の厳しい訓練の成果が、この戦闘で試されるわけである。

 

 

 

「……」

 

 その艦隊の中にいる『マインツ』の艦体の艦橋にて、観戦武官として同行することになったラッサンが外を眺めている。

 

(艦隊に同行して一週間か。確か皇国の艦隊はエストシラントを出て、昨日には中継点のデュロを出ているって『マインツ』さんは言っていたな。となるともうそろそろか)

 

 内心呟くと、窓から『マインツ』の周囲に停泊している軍艦を見つめる。

 

「しかしこれだけの戦力を見ると、パーパルディア皇国に勝てる要素なんて何一つ無いな。我が国の海軍でも勝てるかどうかも分からないのに」

 

 どの軍艦も自国の軍艦よりも性能が優れている物ばかりで、『ネルソン』と『ロドニー』というラ・カサミ級戦艦を超える戦艦が居るのだ。というより巡洋艦だけでもムーのどの軍艦を上回る性能と規模を持ち、その上マリンを上回る艦載機とそれを運用する空母も居るのだ。

 更に言えば、この場に居ないとは言えど、モンスター級の戦艦と空母も居るのだ。

 

 ムーの海軍ですら敵わないような艦隊を擁するロデニウスに、技術力が大きく劣るパーパルディア皇国が勝てる要素は無いに等しい。一応勝っている要素は物量ぐらいだが、技術力が違い過ぎて物量が多くても意味を成していない。

 

(その上潜水艦なんて物もあるんだ。どう足掻いても皇国に勝ち目なんて無いよな)

 

 ラッサンは潜水艦の存在を思い出して、もはや確定したようなことを内心呟く。

 

 当時潜水艦の存在を知った時、ラッサンが受けた衝撃は、計り知れないものだった。水中に潜み、水中から攻撃できる軍艦なんて、考えたことも無いからだ。もちろん技術者のマイラスとアイリスもまた、その衝撃は大きかった。

 

 だが戦術士官である彼は同時に潜水艦に対して非常に大きな脅威を抱いていた。魚雷という兵器もまた脅威の物だと認識しているが、それと合わさって潜水艦という存在は水上を航行する船舶からすればまさに天敵だ。

 

 海中に潜み、目標が通り掛れば魚雷を放ち、命中すればほぼ確実に目標を仕留めて、自身は海中深く隠れてやり過ごす。対抗手段がなければ正にワンサイドゲームだ。恐らくパーパルディア皇国においては、対抗する手段は無く一方的にやられる未来しかない。

 現に先のアルタラス島沖海戦では、潜水艦からの雷撃を受けた皇軍は攻撃の正体を知ることも無く一方的に撃沈させられていた。

 

 ムーはロデニウスより潜水艦に関する情報を得ており、潜水艦を建造する研究はもちろんだが、潜水艦に対抗する為の技術や兵器の研究開発が優先して行われている。

 

 というのも、ロデニウスの技術力から見て、グラ・バルカス帝国の推測された技術力から潜水艦を保有し運用している可能性が出てきて、上層部は焦りを見せていた。グラ・バルカス帝国がムーに対して本格的に潜水艦を用いれば、今のムーには成す術が無い。

 だからこそ、ムーはグラ・バルカス帝国対策の一つとして、潜水艦に関する研究を優先的に行っているそうな。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 すると艦橋出入口の扉が開き、音に気付いてラッサンが振り返ると、『マインツ』の姿があった。

 

「暇な時間ばかりで、なんだか申し訳ないな」

「『マインツ』さん。そんなことないですよ。むしろこんな近くで他国の軍艦を見学出来るのですから、飽きることはありません」

 

 『マインツ』はカートを押している妖精を連れてラッサンの元へ近づいて声を掛け、ラッサンは笑みを浮かべつつ彼女の艦体や周囲にいるKAN-SENの艦体を見渡す。

 軍人である彼からすれば、この光景に飽きる事は無いのだろう。

 

「そうか。そう思ってくれるのなら、こちらとしては気が楽だ」

「ハハハ……」

 

 『マインツ』が微笑みを浮かべると、ラッサンは気恥ずかしく頭の後ろを掻く。

 

「? この香りは」

「あぁ。休憩がてら、コーヒーを淹れてきた」

 

 ラッサンは漂い出す香りに気付き、『マインツ』は自身の後ろにある妖精が押しているカートを見ると、コーヒーが淹れられたポットとカップが二つ置かれている。

 

「わざわざありがとうございます」

「構わないさ」

 

 『マインツ』はポットを手にしてカップにコーヒーを注ぎ、二つを持って片方をラッサンに渡して、彼は受け取りながらお礼を言う。

 

「それにしても、戦艦の方に君は乗艦すると思っていたんだが、なぜわざわざ巡洋艦に? 出来れば観戦武官には安全な場所に居て欲しいのだが」

「それは、我が国ではまだ未熟な水雷戦を見学する為ですよ」

 

 彼女はコーヒーを一口飲んでからラッサンに問い掛けると、彼はコーヒーを飲む前に答える。

 

 というのも、ムーより観戦武官として派遣されたラッサンだが、てっきり『ネルソン』か『ロドニー』のどちらかに乗艦すると彼女は思っていたようだ。まぁ観戦武官である以上、安全な場所から戦闘を見学するのかと思っていたからだ。

 しかし彼が乗艦に選んだのは、最前線で戦う為、大きな危険を伴う巡洋艦だった。

 

 なぜラッサンがわざわざ巡洋艦を選んだのかというと、それはムーで発展途上の水雷戦を学ぶ為であった。

 

 ムーには魚雷という兵器が無いので、当然駆逐艦は無いし、ムーの巡洋艦はどちらかと言えば小型で足がある戦艦に近い代物なので、ロデニウスの巡洋艦のそれとは本質が異なる。

 

 魚雷の運用法もそうだが、それを用いた軍艦の戦術に関してムーは全くといって素人同然である。なのでムーは演習等で戦術を学んでおり、今回実戦での水雷戦を学ぶ為に、ラッサンは『マインツ』に乗艦したのだ。

 

 まぁ彼的には、顔見知りの方が気が楽なので、巡洋艦のKAN-SENで顔見知りとなれば、『マインツ』が選ばれるのは必然と言える。

 

「戦艦の運用やまだ浅いですが、航空母艦と艦載機の運用、そしてそれらの軍艦を用いた戦術の蓄積はあれど、水雷戦に関しては全くノウハウがありません。必死に学んでいますが、やはり実戦での動きと空気はその場でなければ味わえませんからね」

「なるほど」

 

 ラッサンがわざわざ巡洋艦を選んだ理由を知り、『マインツ』は微笑みを浮かべる。

 

「だが、魚雷を使う機会が来るとは限らないぞ」

「その時は、他の戦闘を観察します。ロデニウスで行われる事は我が国からすれば、決して無駄になるものじゃありませんので」

「そうか。まぁ、無駄にならないことを祈るよ」

「……」

 

 彼女はそう言うとカップを口に付けてコーヒーを飲み、ラッサンも続いてカップを口に付けてコーヒーを飲む。

 

「っ! 美味しい……!」

 

 コーヒーを飲んだ瞬間、彼はその美味しさに思わず声を漏らす。

 

「コーヒー独特の酸味が少ない。それに仄かに甘みもある。こんなコーヒー初めてです」

「そうだろ。何せ私が集めたコーヒー豆の中でも、希少性がある高級品だ」

「そうなんですか?」

 

 得意げにコーヒーに使った豆の事を語る『マインツ』に、ラッサンが問い掛ける。

 

「特殊な製法で作られた豆を焙煎した物だ。通常と異なる製法ゆえに、流通数が少ない高価な豆なんだ」

「そうなんですか」

「だが、この世界ではその製法が確立されていなくてな。だから、この豆は私が持っている分しか残っていない」

「えっ!? そんな貴重な豆をわざわざ使ったんですか!?」

 

 『マインツ』より告げられた事実に、ラッサンは驚きを隠せなかった。何せ高級で、尚且つ今ある分しかない貴重な豆を自分の為に使ってコーヒーを淹れてくれたのだ。嬉しさと共に申し訳ない気持ちが出てくる。

 

「……何だか、申し訳ないです」

「気にするな。同じコーヒー好きとして、ぜひとも味わって欲しい味だったからな」

「そうですか。本当に、ありがとうございます」

 

 そんな貴重な豆でコーヒーを淹れてくれた彼女に、ラッサンは感謝してコーヒーを飲む。

 

「ところで、その豆ってどんな名前何ですか?」

「『コピ・ルアク』という豆だ」

「変わった名前ですね」

「現地の言葉でコーヒーを意味する名前だそうだ」

「なるほど。そういえば、特殊な製法で作られたと言っていましたけど、どんな製法なんですか? 普通なら焙煎だけで済むんですが……」

「それは……」

「それは?」

 

 『マインツ』は一息入れてから、微笑みを浮かべて答える。

 

「秘密だ」

「え、えぇ?」

 

 間を置いて答えたのが秘密とあって、ラッサンはズッコケそうになる。

 

「こういうのは、秘密である方が美味しいだろう?」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものだ」

「は、はぁ……」

 

 彼女の答えにラッサンは戸惑いながらも、コーヒーを飲む。やはりコーヒーが美味しいのか、彼は顔が緩み切ってゆっくりじっくりと味わっている。

 

(……まぁ、ジャコウネコの〇に混じった豆と聞かない方が……気にせずに済むからな)

 

 『マインツ』は内心呟きながら視線を逸らし、コーヒーを飲む。

 

 

 世の中知らない方が……良い事もあるのだ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 『名月』の艦体の甲板に一人の少年が立ち、周囲を見回している。

 

 勝気な雰囲気の少年で、灰色の髪に狼の耳が生えて、尻辺りに同色の毛で覆われたフサフサの尻尾が生えている。水兵のセーラー服に短パンという恰好をしており、耳と耳の間に錨のマークが描かれた略帽を被っている。

 

 彼の名前は『名月』。『冬月』の弟に当たる男性型KAN-SENである。

 

「『名月』!」

 

 と、声を掛けられて彼は声がした方を向くと、オレンジ色の髪が特徴的な『フォックスハウンド』が手を振りながらやって来ると、『名月』を抱きしめて彼の頭に顔を埋める。

 

「フォックス。どうしたんだ?」

「むぅ。僕は狐じゃないよ。ワンワンだよ!」

 

 彼が狐で名前を読んだせいか、彼女は頬を膨らませて抗議する。

 

「だって、ハウンドで呼んだら文句言ったじゃんか」

「だったら普通に呼べばいいのに」

「長いんだよ、フォックスの名前は」

「むぅ」

 

 不満です、と言いたげに『フォックスハウンド』は目を細めて頬を膨らませる。 

 

「どっちかというとフォックスの方が響きがカッコ良くないか?」

「分からなくは無いけど、僕は狐じゃないよ!」

(そこは否定しないのか)

 

 『名月』の指摘に彼女は彼を強く抱きしめながら、最後まで狐呼びを否定する。

 

「あ~、フッカフカ♪」

 

 とはいうものも、『フォックスハウンド』は気持ちを切り替えて『名月』を抱き締めたまま彼の頭に顔を埋め、そのフカフカ具合を堪能している。

 

「ってか、こんな事するために来たのか?」

「そうだよ?」

 

 あっけからん様子で答える彼女に『名月』はため息を付く。

 

「『ネルソン』さんに見つかる前に帰った方が良いぞ。ただでさえピリピリしてんだから」

「うっ……」

 

 『名月』の言葉で容易に想像できたのか、彼女は言葉を詰まらせる。

 

 ちょうど『名月』と『フォックスハウンド』の艦体は『ネルソン』から見て死角の位置に停泊しているので、『ネルソン』が注意深く周りを見ていない限りばれることは無いだろう。

 

「分かったよ。でも、もうちょっとだけ」

「……」

 

 彼女はそう言うと『名月』のフカフカな毛並みを堪能し、彼は彼女に成すがままだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 所変わり、『ネルソン』は艦体の艦橋にて腕を組み、外を見つめていた。

 

『敵艦隊がエストシラントを出て一週間近く。そしてデュロを出たのが昨日……そろそろかしら?』

「そうね。皇軍の戦列艦の速度を考えれば、そろそろ哨戒中の潜水艦が見つけるはずよ」

 

 『ロドニー』より通信が入り、『ネルソン』は組んでいた腕を解き、右手を腰に当てる。

 

 パーパルディア皇国の工業都市デュロとフェン王国の間で、潜水艦による哨戒ラインを引いて監視を行っているので、艦隊が発見されれば潜水艦から自ずと報告が入るわけである。

 

(にしても、フェン王国への侵攻は予想されていたとは言っても、アルタラス王国での一件があったのに、こんな短期間で他国へ侵攻しようだなんて、愚かだわ)

 

 彼女は内心呟き、パーパルディア皇国の行動が理解し難かった。

 

 アルタラス王国の侵攻で、相手に損害を与えるどころか、そもそも相手が誰なのかすら把握する前に艦隊が壊滅した以上、他国へ侵攻しようなんて気はまず起こらないはずだ。

 

 『ネルソン』からすれば正気の沙汰とは思えない行動だったが、その相手がアルタラス王国侵攻で艦隊が壊滅した事実を隠蔽し、それを分かった上でフェン王国へ侵攻しようとしているなんて、彼女は思わないだろうが。

 

(まぁ、相手がどんな考えを持っているかなんてのはどうでもいい事だわ。仕掛けてくる以上、こっちは迎え撃つだけよ)

 

 色々と憶測が流れるものの、彼女は頭を切り替えて前を見る。

 

 

「艦長! 哨戒中の潜水艦『ノーチラス』より入電!」

 

 すると艦橋に電文を持ってきた妖精が入って来て報告する。

 

「……内容は?」

「ハッ!『敵艦隊発見。戦列艦を前衛に、後方に竜母及び揚陸艦を伴い、6ノットの速度にてフェン王国に向かって航行中』です」

「そう。ようやく来たわね」

 

 妖精より報告を聞き、『ネルソン』は頷いて声を上げる。

 

「全艦に通達! 第一種戦闘配置! 航空隊は直ちに発艦!」

『ハッ!』

 

 彼女は指示を出し、直ちに指示は他のKAN-SEN達と軍艦に伝えられる。

 

 

 

「司令! 旗艦『ネルソン』より入電! 航空隊発艦せよと!」

「来たか!」

 

 航空母艦『ヒョウリュウ』に乗艦している第一航空艦隊の司令シャークンが頷く。

 

「航空隊! 発艦用意! 総員、日頃の訓練を成果を見せろ!」

『ハッ!』

 

 シャークンの言葉に部下たちが答える。

 

 

 旧ロウリア王国の海将として艦隊を率いていたシャークン。マイハーク沖海戦を生き残った彼は捕虜となり、終戦後釈放された。

 

 三ヶ国が統一後、彼はその経験とスキルを買われて海軍将校として仕事に就いていたが、ワイバーンを用いた空からの攻撃に一定の理解があった上、終戦後はより一層空からの攻撃による戦術の勉学に励み、その甲斐あって彼は空母を中核にした艦隊の司令長官としての任に就いた。

 

 その後は重桜の第一、第二、第五航空戦隊を筆頭に、空母のKAN-SEN達からしごきを受けて、空母機動部隊としての指揮官の技量を上げたのだ。

 

 

 シャークンの指示で、すぐに『ヒョウリュウ』『エンリュウ』の甲板に烈風改と流星改二がエレベーターで格納庫から上げられる。

 

 烈風改と流星改二は甲板に埋め込まれた油圧式カタパルトを用いて一気に加速し、その重い機体を飛ばす。

 

 

 

「ふむ。準備から発艦までの時間は理想と比べればまだまだだが、及第点といったところか」

 

 『ヒョウリュウ』と『エンリュウ』の二隻より艦載機発艦を見ていた『アーク・ロイヤル』はその様子を見て、評価していた。

 

「まぁ、まだ一年と経っていないなら、この程度だろう。まだここからの鍛えようはある」

 

 彼女はそう言うと、艦橋から飛行甲板を見る

 

 『アークロイヤル』の艦体の飛行甲板では、F8Fベアキャットと『A-1スカイレイダー』が油圧式カタパルトを用いて次々と飛び立っていく。

 

 A-1スカイレイダーとは、A-1スカイパイレーツに代わるマルチロール機として開発された攻撃機だ。A-1スカイレーダーはA-1スカイパイレーツより少しだけ小型化された機体で、爆弾やロケット弾の搭載数が若干少なくなった代わりに、大型で搭載できる空母が限られるA-1スカイパイレーツと違い、A-1スカイレイダーは搭載可能な空母を選ばないのが特徴だ。

 

 とは言っても、A-1スカイレイダーが実戦配備されているものも、A-1スカイパイレーツが退役されるわけではなく、配備する空母ごとで使い分けるとのことで、しばらく両機は共同で使われるという。

 

「さて、皇国はどうするか、見物だな」

 

 『アーク・ロイヤル』は呟くとポケットより掌サイズの箱を取り出し、中から白い棒状の煙草のような物を出して口に咥える。

 一応言っておくが、これは煙草ではなく、煙草みたいな見た目の菓子であることを伝えておく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 

 パーパルディア皇国の皇都エストシラントにあるムー大使館。

 

 そのムー大使館に第1外務局の職員ニソールが訪れていた。その目的はムーがロデニウス連邦共和国に観戦武官を派遣した真意を探る為である。

 

 というのも、これまでムーは勝てる相手にしか観戦武官を派遣しない傾向があったので、今回も確実に勝利を収める皇国に観戦武官を派遣しなかったことにエルトは疑問を抱き、部下を大使館に行かせたのだ。

 

「……」

 

 同じ列強の大使館に入り慣れていないわけでは無いが、情勢が情勢だけに、ニソールは応接室で落ち着かない様子で待っている。

 

 少ししてパーパルディア皇国駐在ムー大使館に務めているムーゲが応接室に入室し、待っていたニソールに挨拶する。

 

「急な訪問に対応していただき、感謝いたします」

「構いません。しかし急な会談とは、一体どうされましたか?」

「はい。現在、我が国とフェン王国が戦争状態にあることはご存知かと思いますが……」

「はい。存じております」

「その戦争にロデニウス連邦共和国が介入しようとしているのも、ご存知ですか?」

「えぇ。その点についてもロデニウス連邦共和国より話を伺って、存じています」

「そのロデニウスにあなた方は観戦武官を派遣したと伺っております。今日はその真意を確認しに参りました」

「なるほど。確かに我が国はロデニウス連邦共和国へ観戦武官を派遣しましたことに、間違いありません」

 

 ニソールの質問にムーゲは淡々とした様子で答える。事前に聞いていたが、事実であるのをムーの大使に肯定され、ニソールは胃に不快なものを感じる。

 

 ムーの分析力は正確であり、観戦武官が派遣されたということは、その国が勝つ可能性が非常に高いということを示している。故に観戦武官が派遣された時点で、勝敗が決していると実しやかに囁かれるほどだ。

 

 その上、その件の国であるロデニウスより話を聞いているとなれば、もしかすればロデニウスはムーと親密な関係にあるかもしれない、と彼の中に疑惑が生まれる。

 

 考えたくないが、状況証拠がある以上どうしても『もしも』というのを考えてしまうのが人間である。それがパーパルディア皇国の人間であっても。

 

「……派遣された理由をお伺いしたいのですが、可能でしょうか?」

 

 故にニソールは正直あまりこういうことを聞きたくないが、上司から命令を受けている以上、調査をしないわけにはいかない。

 

「私は軍務専門では無いので、詳しい事は不明ですが、我が国の軍部が冷静に分析した結果、ロデニウスに観戦武官を派遣することが相当と判断したと聞いております」

「……貴国は今まで、勝つ側にしか観戦武官を派遣しなかった。今回ロデニウス側に派遣したということは、まさか我が国が負けると分析したからなのですか?」

「それについては守秘命令が出ていますし、私の管轄ではありませんので、お答えできません。ただ、ムーはパーパルディア皇国と敵対する意思は無いということはご理解いただきたい」

「……分かりました」

 

 釈然としないが、敵対しない意思がないという言葉を聞けただけでも、ニソールは安堵する。

 

 皇帝や皇族、大臣はともかく、官僚くらいの下の者達になれば必然に視野が広くなるので、ムーの技術力を正確に理解している。もし彼らに敵対されたら、皇国に勝ち目は無い。

 

「あ、1つ……これは大使としてではなく、個人的な意見として申し上げたいのですが、よろしいですか?」

「はい?」

 

 と、ムーゲより問い掛けられ、ニソールは思わず声を漏らす。

 

「皇国はシオス王国にて、ロデニウス連邦共和国の国民を何十人も殺害したと耳にしましたが」

「えぇ。それが何か?」

 

 さも当たり前と言わんばかりにニソールは答える。

 

「あなた方はロデニウスという国を分析し、勝てるという結論に至ったからこそ、ロデニウス人を殺し、ロデニウスの逆鱗に触れるどころか切り落とすような行為に出たのだろうと思うのですが……」

「……それは、どういうことでしょうか?」

 

 ムーゲの言い方には、ある種の畏怖が含まれており、その畏怖がニソールにも伝わったのか、彼の額に嫌な汗を滲ませる。

 

「あくまでも私個人としての意見ですが……恐らくムーには同じ事は出来ないと思います。ロデニウスに敵対出来るほどの国力をムーは持ち合わせておりません」

「……は?」

 

 そしてムーゲの口から語られた言葉に、ニソールは間抜けな声を漏らす。

 

「仮に我が国がそのような状況になれば、あらゆる手段を用いて戦争回避に全力を注ぐと思われます」

「ちょ、ちょっと……」

「そしてロデニウス連邦共和国は平和を愛し、国民を愛し、国民を何より大事にする国です。そんな彼らの何の罪も無い民が虐殺されたとなれば、彼らの怒りは計り知れません。何かしらの報復があっても不思議では無いでしょう」

「あ、あの……」

「あぁ、何度も申し上げるように、これはムーの公式な意見ではなく、私の個人的な感想です。ただ単に、私は貴国の勇気に敬意を払いたいと思います」

「なっ!」

 

 ニソールは背中から冷や汗ばぶわっと吹き出し、目を見開く。

 

 あくまでも軍人ではない、大使館の一職員が言った言葉であるが、それでもあのムーがここまで言ったのだ。その事実は彼に衝撃を走らせるのに十分だった。

 

 

 会談終了後、彼は早急に第1外務局に戻り、「緊急調査報告書」の作成に取り掛かるのだった。

 

 

 




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