異世界に召喚されしはイレギュラーが率いる異界の艦隊   作:日本武尊

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評価していただきありがとうございます!


第八十四話 過ちと出撃

 

 

 

 

 中央歴1640年 1月28日 パーパルディア皇国。

 

 

 

 ムー大使館では、本国へ帰還する為の撤収作業が行われており、既に重要な書類や機材の運び出しは終わっており、後は大使館職員がムー行きの船に乗るだけである。

 

 

(こんな忙しい時に……)

 

 鞄を手にした在パーパルディア大使館職員のムーゲは、職員三人と共に内心不平不満を呟きつつ第1外務局の建物の廊下を、職員の案内の下歩いている。

 

 皇国の第一外務局よりムー大使館に召喚要請が届き、ムーゲを含む四名の職員が応じることになった。しかし今日に至るまで、召喚要請があって数日後の事であるが。

 

 というのも、ムー側の都合もあったので、今日までに皇国には待ってもらっている。さすがの皇国も、格上と認識している相手には、強気には出れないようである。

 

(まぁ、召喚される理由は、我が国の国民と我々の帰国命令の一件だろうな)

 

 召喚された理由を彼は予想しつつ、どう第1外務局の人間に答えるか考える。

 

 皇国からすれば、列強国のムーが他国との戦争前に国内に居る自国民に加え、大使館職員に帰国命令を出したのだ。怪しまないはずがない。

 

(しかし、解せんな。なぜ皇国はロデニウス連邦共和国に対して宣戦を布告し、それに加え殲滅戦を宣言したのだ? 正気の沙汰とは思えん)

 

 何より、ムーゲからすれば先ほどの皇国がミリシアル帝国の世界通信を通じて行ったロデニウスへの宣戦布告と殲滅戦の宣言。

 

 彼からすれば無謀かつ、正気を疑うような行いだ。相手の力を理解していたら、まず行おうとする気は起こらないはず。

 

(まさか、彼らはロデニウス側の調査を行っていないのか?)

 

 彼の中で、ありえない予想が浮かび上がる。

 

 パーパルディア皇国がプライドが高い国であるのは周知の事実。一度決めたことを曲げない事は有名である。

 

 だが、さすがに皇国とはいえど連敗続きである以上現場の兵士や士官から事情聴取を行い、ロデニウス連邦共和国の国力、兵力に気付くはずである。その実力を知っていれば、宣戦布告などするはずがない。

 

 まさか、この期に及んで詳しく調査をしていないのか?

 

(いや、さすがにそれは無いか)

 

 ムーゲは軽く首を左右に振るい、頭を切り替える。

 

(まぁ、戦争になる可能性を考えて、国民の避難を行っていたのだがな)

 

 ロデニウスはその気は無いだろうが、彼の国が本気を出せば、このエストシラントを焼け野原にするのも容易いだろう。状況的に見てもロデニウス連邦共和国とパーパルディア皇国が戦争になるのは確実である。

 可能性は低いが、万が一を考えて国民が巻き込まれないようにムー政府は皇国に居る国民と大使館に帰国命令を出したのだ。

 

(まぁ、とりあえず当たり障りない説明で納得させるしかないか)

 

 プライドの高い皇国の人間に納得させられるような説明をしないといけないことに、彼はどこか辛そうな雰囲気を出しつつ説明する内容を考える。

 

 

 やがて第1外務局の職員に連れられて、小会議室の扉の前で止まる。

 

「ムー大使が来られました」

「お通ししなさい」

 

 職員がノックして中から入出を促されて扉を開け、ムーゲたちは中に入る。

 

 小会議室には第一外務局 局長エルトに加え、課長他幹部が出席し、その中に皇族のレミールの姿もある。

 

(皇族の方までもが出席しているとはな。余程今回の一件を気にしているということか。しかしよりにもよって彼女か…)

 

 ムーゲは表情には出さなかったが、皇族が出席していることに他の職員と共に少なからず驚いたものの、内心げんなりとする。

 

 レミールの評判はムー大使館でも有名である。皇族の中でも最も過激であり、皇帝に一番近い人間だとしてだ。故に、納得させられる説明が難航する未来が見える。

 

 まぁ、だからこそムーゲは上層部より許可を得て、彼らを納得させるために必要な資料を要求し、その使用許可を求めたのだ。

 

「お待ちしておりました。どうぞお掛けになってください」

 

 ムー大使一行は促されるままにソファーに座る。

 

「それでは、会談を始めさせてもらいます」

 

 皇国側の進行係の前置きに続き、エルトではなくいきなりレミールが切り出す。

 

「我が国がロデニウス連邦共和国と戦争状態に突入していることはご存知かと思うが、今回のムー国の一連の対応についてご説明を願いたい」

「承知しました」

 

 ムーゲは咳払いをして、喉の調子を整えて説明を始める。

 

「この度、貴国とロデニウス連邦共和国の戦争は、激戦となる可能性があります。ムー政府は国民の安全を確保する為、貴国からの避難指示を発令するに至りました。今回の指示には、大使館の一時引き上げも含みます。これは、我が国の軍部が、皇国本土も戦地になると判断したのが理由になります」

 

 彼が説明を終えると、レミールの視線が鋭くなる。

 

「それは……我が国が負けると。貴国の軍部は判断している、と?」

「詳細はお伝え出来ませんが、軍部が判断しているのであれば、その通りなのでしょう」

「そうか。まぁ、そうであろうな。裏で糸を引いていたのだから、我が国が負けると判断するのは至極当然のこと」

「? 何を言って……」

 

 レミールの言葉に、ムーゲは怪訝な表情を浮かべる。

 

「既に調べはついているのだ。今更ありきたりな言葉を並べても無駄だ」

「……さっきから貴方は何を言っているのですか?」

「あくまでもシラを切るつもりか。ムーもとんだ狸を送り込んだものだ」

 

 レミールの態度が棘のあるものに変わり、変化した雰囲気にムー大使たちは身構える。

 

「先日我が国はフェン王国を攻め落とす為に軍を派遣した。だがその軍は一部が降伏し、壊滅した。降伏の際、魔信にて貴国の飛行機械と軍艦が目撃され、蛮族共によって運用されていたと報告があった」

「……」

「飛行機械と軍艦を作れるのは、貴国ぐらいなものだ。つまり、貴国は今まで決して輸出しなかった兵器をロデニウスに輸出したのだろう。そして今回の皇都からの自国民と大使館の退避……これが何を意味しているか、馬鹿でも分かるぞ」

(……まさか)

 

 先ほどから伝えられるレミールの言葉に、当たって欲しくない予想が当たりそうになっていた。

 

「なぜロデニウスに兵器を輸出した!! なぜ我々の邪魔をする!!」

「……」

「我が国が負ける? だろうなぁっ!! 貴国の兵器があれば馬鹿な蛮族でも楽に勝てるのだからなぁ!!」

 

 今にも襲い掛かってきそうなレミールの表情に畏縮すると同時に、内心呆れ返っていた。

 

(まさか、本当何も知らないのか?)

 

 あまりにも……あまりにも酷い状況に、ムーゲは頭を抱えたくなる。と、同時に納得出来ることでもあった。

 

 だから皇国はロデニウス連邦共和国の民間人を虐殺し、その上でロデニウス連邦共和国に対して宣戦布告をして、尚且つ殲滅戦を宣言が出来たのだ。向こうのことを知らないのだから、自分達の常識で勝手に決めつけ、それでこの状況が出来上がっているのだろう。

 

(なんて愚かな。これでは、この国の民があまりにも不憫すぎる) 

 

 温厚なムーゲではあるが、そんな彼でさえも怒りを覚えるほどであった。たった一人の皇族の暴走で、何の罪の無い民間人が巻き込まれてしまうのだから。

 

 当然ロデニウスは進んで皇国の国民に害を為すことはしないだろう。だが、戦闘になれば民間人が巻き込まれる可能性がある以上、犠牲者が出るのは確実だ。

 

 斜め上の持論を挙げる皇国側の人間の誤解を解くために、ムーゲは一つずつ確認するように答える。

 

「あなた方は、何か重大な勘違いをしておられる。我々ムーは、ロデニウスだけでなく、どの国にも兵器を輸出していない。それに、彼らは我々よりも優れた機械技術を有しているのです」

「文明圏外の蛮国が、第二文明圏の列強よりも発展しているなど、そんな話が信じられるか!! それこそ馬鹿でも分かる事だぞ!!」

 

 ムーゲの説明も火に油を注ぐ結果になり、レミールは彼に対して咆える。

 

「少なくとも、その認識は間違っていないでしょう。ですが、彼らは違うのです」

 

 ムーゲは怒り心頭な様子のレミールを前にして冷静にして、言葉を繋げる。

 

「ロデニウス……正確にはその一部ではありますが、その一部となっている諸島が文明圏外圏の常識的よりもはるかに発展した別世界から転移してきたからですよ」

 

 彼の口から出た予想外の事実に皇国側は唖然とし、レミールは未だに怒りの色を顔に浮かべる。

 

「なんだ、それは。この期に及んでふざけた事を!!」

「ふざけてはいません。その諸島に住む者達は高度な技術を持っており、そのお陰でロデニウス大陸の技術力は第三文明圏を超え、第二文明圏の我が国をも超えたのです」

 

 ムーゲは真剣な表情で説明をして、その姿勢に皇国側は困惑する。

 

「我が国以外では単なる神話と思われていますが、我が国もまた転移国家なのです。一万二千年前、当時王政でしたが、その頃の記録書に残っています」

「……」

「そして調査の結果、その転移した諸島は我が国が元居た世界から転移しているのが判明しました。そしてその諸島には、当時我が国の友好国である『ヤムート』の子孫が住んでいらっしゃるそうです。その方々によれば、元居た世界では、半ば伝説と化していましたが、我が国に関する記録が残っていたそうです」

 

 イマイチ信じられないレミール達だったが、ここに至ってムー側がくだらない冗談を言うとも思えなかった。

 

 ここでムーゲは彼らの誤解を解く為の切り札を出すべく、職員に目配りをして鞄より数枚の引き伸ばした写真を数枚取り出す。

 

「これはあなた方が飛行機械と呼ぶ、我が国のマリンをロデニウス製のカメラで撮影したものです。あなた方もよくご存じのはずです」

 

 ムーゲは説明しながらムーのマリンを撮影した写真を見せるが、皇国側はその写真を見て目を見開いて驚いている。

 

 というのも、マリンを写した写真が鮮明なカラー写真だからだ。皇国には魔写と呼ばれる撮影技術があるが、色は無く不鮮明と、あまり良くない精度をしている。ムーの写真も鮮明ではあるが、それでも白黒写真なのだ。

 それをロデニウス製のカメラは鮮明なカラー写真なのだから、彼らが受けた衝撃は大きい。

 

 ちなみに、ムーがマリンを登場させたことは世界に衝撃を齎し、皇国もその一人であり、そのマリンに対抗する為に長い年月を掛け、膨大な資金を消費して、ワイバーンオーバーロードを開発したのだ。

 

「そして、こちらはロデニウスで採用されているゼロ戦と呼ばれる飛行機械です」

 

 次にムーゲは零式艦上戦闘機三二型こと零戦改が写された写真を見せる。その写真に写る零戦改を見て、皇国側の人間は驚愕して固まっている。

 

 二枚ある翼を持ち、武骨なイメージのマリンと比べ、一枚の翼に、洗練された零戦改を見比べれば、どちらが技術的に優れているのは、一目瞭然であった。

 

「このゼロ戦はマリンを火力、防御、速度全てを上回る性能をしており、戦えば我が国のマリンの敗北は確実です」

「……」

「ですが、このゼロ戦はロデニウスでは第一線を退いた兵器で、今ではこのゼロ戦を上回る性能の戦闘機を採用しているようです」

「っ!?」

 

 彼の言葉に、レミール達は目を見開く。ただでさえムーのマリンよりも優れた飛行機械が示されたのに、そんな機体でさえ既に型落ち品で、それよりも性能が高い機体が採用されていると聞かされたのだ。

 どんな性能なのか想像がつかないが、少なくとも、パーパルディア皇国が苦労して開発したワイバーンオーバーロードでも、敵わないだろう。

 

「ちなみに、軍部ではその最新鋭機の型落ち機を輸入して採用しようとする動きがあるそうです。このゼロ戦よりも性能が良いらしいので」

 

 ムーゲのその言葉を聞き、一部の職員が顔を青くして一瞬身体が揺らぐ。

 

 マリンに対抗する為に長い年月を掛け、膨大な資金を消費してようやく開発したワイバーンオーバーロード。それが目的を達せられることもなく陳腐と化してしまったのだ。

 

 決してワイバーンオーバーロードの研究開発自体が無駄に終わったわけではないが、それでも技術者からすればあまりにも非情な現実を突き付けられたのだ。

 

 ちなみにムーがその航空機を輸入して採用しようとした理由は、後々明かされるだろう。

 

「次に、こちらは我が国の最新鋭の戦艦『ラ・カサミ』です」

 

 と、皇国側の人間の様子を気にせずにムーゲは説明を続け、『ラ・カサミ』が写った写真を見せる。もちろんこの写真もロデニウス製のカメラで撮影されている。

 

「そして、これがロデニウス連邦共和国の軍艦です」

 

 次に以前ムーの港にて披露した『エンタープライズ』と『ティルピッツ』を写した写真を見せると、皇国側は何度目かになる驚愕な表情を浮かべる。

 ちょうど『ティルピッツ』の前に『ラ・カサミ』が停泊している構図となっているので、『ティルピッツ』の大きさが分かりやすく表されている。

 

 もちろんこの二隻はKAN-SENのものなのだが、ムーゲは敢えてKAN-SENに関する情報は提示しなかった。まぁ開示する理由も無いのだが。

 

「片や『ラ・カサミ』同様戦艦と呼ばれる軍艦です。片や航空母艦と呼ばれる海上で航空機を運用する為の軍艦です。あなた方でいう竜母のようなものだと思ってもらえればよろしいかと」

「……」

「こちらの戦艦は我が国の『ラ・カサミ』よりも大きいです。空母ですらもこの大きさですからね。もちろん戦艦が搭載している砲は『ラ・カサミ』よりも大きいです。しかもロデニウスにはこの戦艦よりも大きな戦艦や空母がまだ多くあるそうです」

 

 ムーゲの言葉に、皇国側の人間の顔は真っ青に染まって、何人かは胃痛によるものか、胸を押さえている。

 

 ムーの『ラ・カサミ』ですら皇国のどの戦列艦よりも強力であるのに、それすらも上回る戦艦を見せられ、その上で飛行機械を海上で運用する軍艦を多数保有している。これがロデニウス連邦共和国が言っても虚勢だとして信じなかっただろうが、第二文明圏の列強国のムーがここまで言う以上、信じるしかなかった。

 

「最後に、こちらの写真をご覧ください」

 

 と、ムーゲは最後の写真を皇国側の人間に見せる。

 

 その写真には、ムーの港に現れた『尾張』が写っており、当時偶然カメラを持っていた水兵によって撮影されたものである。しかも高台から撮影されているとあって、『ティルピッツ』と『エンタープライズ』を含め、周囲にある物と大きさが比べ易くなっている。

 それによって皇国側に与える衝撃は尋常では無く、誰もが体を震わせている。さっきまで怒鳴っていたレミールも、最初の写真を見せられてから徐々に顔色が悪くなっていき、沈黙している。

 

「この写真に写っている戦艦は、ロデニウスが保有する戦艦の中でも最大の物です。どれほどの性能を秘めているのかは機密につき分かりませんが、少なくとも我がムーの軍艦が束になって攻撃しても、沈めるのは不可能です。むしろ返り討ちになるだけでしょうね」

 

 彼はそう言いながら、テーブル広げた写真を集めて職員が持つ鞄に戻す。

 

「軍にしても、技術にしても、ロデニウス連邦共和国は我々よりも遥かに強いし、先を進んでいるのです。我々の調査では、神聖ミリシアル帝国よりも上という結論に達しました。そんな国にあなた方は宣戦を布告し、殲滅戦を宣言しました。それは逆に、相手から殲滅される可能性も当然あるという事です」

 

 ムーゲの口から殲滅戦という単語が出ると、レミールが一瞬肩を震わせる。

 

(やはり、彼女が元凶か)

 

 彼は内心呟き、この前の処刑の一件を思い出して、レミールが元凶であるのを見抜く。

 

「最初に申し上げましたが、ムー政府は国民を守る義務があります。このままではエストシラントが灰燼に帰す可能性もあると判断し、ムー国民に帰国命令を出したのです。我々も会談を終えた後、貴国より引き上げます。もしも戦いの後、貴国がまだ残っていたのなら、私たちはここに戻って来るでしょう」

 

 ムーゲはそう言いながら他の職員と共に立ち上がり、小会議室の扉へ向かう。

 

「あなた方の幸運と、また会えることをお祈り申し上げます」

 

 彼らは一旦レミール達に向き直り、一礼してから小会議室を出る。

 

 

『……』

 

 残されたレミール達は、一言も発することなくただただ時間だけが過ぎて行く。

 

 ムーゲの言葉が正しければ、自分達は超列強国相手に侮り、挑発し、そしてその国の民を処刑してしまった。

 

 更に最悪なのは、神聖ミリシアル帝国の世界通信を通じて世界中にロデニウス連邦共和国に宣戦を布告し、殲滅戦を宣言してしまったのだ。少なくとも魔信がある国には伝わってしまっているし、皇国と連邦共和国は互いに記録しているだろうし、どう足掻いても言い逃れは出来ない。

 

 あまりにも残酷な真実だった。しかし矢は放たれてしまった以上、どうすることも出来ない。

 

 具体的な対抗策はおろか、方針さえ定まらないままただただ時間だけが過ぎて行き、結局何の話し合いも出来ずに解散するのだった。

 

 

 


 

 

 

 そして……その二日後……

 

 

 

 まだ夜が明けない海に、八隻の空母がゆっくりと突き進む。

 

 アルタラス王国の港から出撃した『大和』率いる第一艦隊と『エンタープライズ』率いる第二艦隊は途中で別れ、それぞれ海をかき分けて進んでいく。

 

 大和型航空母艦『大和』『武蔵』『蒼龍』の三隻と、改装によって大和型航空母艦と同規格の艤装へと進化した『赤城』と『加賀』、『飛龍』、元の艤装に改良を加えた『翔鶴』、『瑞鶴』の計八隻の空母。

 

 

『総飛行機、発動ぉっ!!』

 

 号令と共に飛行甲板に並べられた艦載機が一斉に発動機をセルモーターで始動させ、プロペラがゆっくりと回り出して轟音と共に発動機が始動し、プロペラを高速回転させる。

 

「……」

 

 防空指揮所より『大和』はその光景を一瞥し、周りを見渡す。

 

 彼の艦体の両側を『武蔵』と『蒼龍』が速度を合わせて並走しており、飛行甲板では『大和』と同じく艦載機が発動機を始動させて暖気運転を行っている。その後方に展開している『赤城』と『加賀』、『飛龍』、『翔鶴』、『瑞鶴』も飛行甲板に艦載機を広げて発動機を始動させている。

 

(こうして三隻揃うのは……あの時以来か)

 

 彼の脳裏には、『カンレキ』にある記憶の中で、初めて三隻揃った時のことを思い出す。

 

 

 しかし、それが大和型航空母艦が揃った最初で最後の機会であった。

 

 

「……」

 

 様々な感情が胸中に渦巻く中、烈風改 二機が艦首側の蒸気式カタパルト二基に車輪を引っかけ、アングルドデッキ側のカタパルトに疾風(しっぷう)改が車輪を引っかけると、発艦準備を整えている光景を『大和』は見つめつつ、左手首にしている腕時計を見て時間を確認する。

 

 

 暖気運転を行う中、烈風改、疾風(しっぷう)改、流星改二などの艦載機の搭乗員の妖精達と甲板要員の妖精達が静かに前方を見つめる。

 

 『大和』もまた、静かにその時を待つ。

 

 

 ―――ッ!!

 

 

 するとブザーが鳴り響く。

 

『発艦始めぇっ!!』

 

 スピーカーより号令が発せられ、搭乗員の妖精達は額に上げているゴーグルを目元に下ろし、搭乗機の風防を閉め、操縦桿を握り締める。

 

 そして甲板要員にハンドサインで発艦合図を送り、カタパルトによって勢いよく烈風改が加速して飛び立つ。アングルドデッキ側でも疾風(しっぷう)改がカタパルトによって勢いよく加速して飛び立つ。

 

 戦闘機隊に続いて艦爆隊の流星改二が、艦首側とアングルドデッキ側のカタパルトを用いて次々と飛び立つ。

 

 最後に重い装備を抱えた艦攻隊の流星改二がカタパルトを用いて飛び立っていく。艦攻隊の流星改二はそれぞれ魚雷二本を抱えた雷撃隊と九七式六番陸用爆弾10発を爆弾倉に、両翼に同型の爆弾を2発ずつ計4発と、計14発の爆弾を搭載して水平爆撃隊に分かれている。

 

 周囲では同じく他のKAN-SENの艦体から次々と艦載機がカタパルトを用いて発艦してく。

 

 

 『エンタープライズ』率いる第二艦隊は第一艦隊より早く艦載機の発艦を行っていた。というのも、彼女達の攻撃目標は第一艦隊の攻撃目標よりも少し離れた場所にあるので、同時に攻撃を行うには早めに出撃しないといけない。

 

 KAN-SENの艦体よりF8F ベアキャット、A-1 スカイパイレーツ、A-1 スカイレイダーがカタパルトを用いて発艦していく。

 

 

「凄いな……」

 

 艦載機が発艦する光景を目の当たりにしたマイラスは、その圧倒される光景に思わず声を漏らす。

 

「これだけの数の艦載機を発艦させる展開能力と、空中衝突を起こさないようにする管制能力。今の我が国では到底できないな」

 

 マイラスの隣で発艦して編成を組み、少しずつ明るくなりつつある上空を飛行する艦載機をラッサンが見つめながら呟く。

 

「カタパルト……やっぱり是非とも我が国の空母に取り入れたいわね」

 

 流星改二がカタパルトで加速し、発艦する光景を観察するように見つめるアイリスは、片眼鏡の位置を整えながら呟く。

 

 留学生としてロデニウス連邦共和国に派遣されているこの三人が、なぜ『大和』の艦体に乗り込んでいるのか。というのも、今回三人はムー政府より指示を受けて、観戦武官として同行している。

 

「しかし、これほどの戦力を目の当たりにすると、さすがに皇国には同情するよ」

「あぁ。しかもこの艦隊とは別の艦隊も居るんだからな。皇国は歴史上類を見ない被害を被るな」

「皇国に同情はするけど、自分達が招いた結果よ」

 

 三人は攻撃目標に向かって飛行する編隊を見ながら言葉を交わし、事前に『大和』より受けた説明を思い出して目を細める。

 

 

 第一艦隊、第二艦隊の攻撃目標はそれぞれ指定されており、『大和』率いる第一艦隊の攻撃目標は……

 

 

 

 パーパルディア皇国の皇都……エストシラント。その港と湾内に集結している艦隊、そしてパラディス城である。

 

 

 

 




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