主人公補正の裏側で   作:神技:エーテル・ストライク

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「ひぃ!?」

 

無意識かつ、無自覚に、私は私に向けられたその手を払ってしまった。

 

バチン!と音が響き、手の甲にヒリヒリとした痛みを感じる。

 

「えっ、あっ?」

 

私の目の前で呆然とする同僚。そして一斉に自分達を見ている周りの視線。私は自分が何をしたのかようやく気付いた。

 

「す、すみません!」

 

慌てて頭を下げると、相手も「すみません」と頭を下げる。彼いわく、肩に埃が見えたので取ろうとしたらしい。

 

「いきなり手を伸ばしてビックリしましたよね…。か、肩に埃が付いてたみたいだから…。お、驚かせちゃい…ましたよね。はは…す、すみませんでした」

 

と右手の掌を撫でながら彼は去っていった。

 

「先輩、さ、最近どうしたんですか?」

 

自分の仕事机に座り、一人ため息を吐きながら昼食を食べていると、隣の後輩ちゃんが声をかけてきた。彼女の顔を見ると、心配そうな顔でこちらを見ている。

 

「うん、ちょっと…ね」

 

私自身、最近の自分がとてもおかしく感じている。

 

とにかく男性が怖いのだ。それも面と向かって対峙されたりするのはもちろん、先ほどみたいに不意に手を伸ばされると怖くて堪らない。それこそ無意識に手まで出して拒絶してしまう。はっきり言って、極度の男性恐怖症になっている。しかもそれが唐突に起きていることが余計に異質に感じるのだ。最初からこうだったわけでもない。むしろ積極的に男性に挨拶をする方だった。挨拶は私のトレードマークみたいなものだったから。

 

目が覚めたら自分が虫だった、そんな話を思い出した。

 

男性が怖いということを話すと、後輩ちゃんはまるで信じられないとでもいうような顔をする。

 

「え、えぅ!?嘘ですよね?だって先輩、忘年会とかで後輩に絡んでたじゃないですか…、えっとその、何か原因とかは…?」

 

それこそ私自身が知りたいものだ。

 

最近の出来事と言えば、気分転換に有給をとり、久々に京都に行ったことぐらいだろう。ちょうど学生の修学旅行と被っていたのか、多くの制服を着た生徒を見かけたのを覚えている。久々の羽休めだったから気分はウキウキだった。それで自宅に帰った時は余計に疲れたのだから笑ってしまう。

 

でも覚えている限り、そこで男性に恐怖を抱く切っ掛けなんて記憶にないんだよなぁ。

だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

あれ?

 

 

ふと私は不思議に思った。

 

私は京都で何をしたんだっけ?

 

京都駅に着いた記憶はある。京都旅行をしたという認識はある。家に帰って来た記憶もある。

 

なのに京都で一体何をしたのかがまるで思い出せない。それこそ京都観光をしたはずだ、どこかの名所に行ったり、おいしいものを食べたとかしたはずなのだ。()()()()()()()京都駅に着いた時と家に帰ってきたことは覚えているのに、その間が空白なのだ。まるでそこの記憶だけ削り取らえれたかのように…。

 

なんで?

 

私は今までずっと、そのことについておかしいとも何とも思わなかった。疑うことすらなく受け入れていた。子供の日記のように『京都に行って遊んで帰ってきました。楽しかったです』で納得していたのだ。

 

「せ、先輩?だだ、大丈夫ですか!?」

 

どうやら私が急に黙って思いに耽り、そして顔を青くしだしたことで、後輩ちゃんが慌てて声をかけてきた。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

「え、で、でも」

 

私は不器用ながら笑みを作る。頭は混乱しているが、それでも笑う。

 

「先輩、あの、すごい失礼なことを言いますけど、その…一度病院で診てもらった方が…」

 

「心配してくれてありがとう。実はもう診てもらってるの。まぁ結果は異常なしなんだけどね」

 

当初、自分が男性恐怖症になってしまったことについて、あまりのことに病院に駆け込んだ。だがそこからは大変だった、らしい。待合室で隣に男性が来ただけで叫び声をあげ、医者が男性であるだけで喚いて拒絶したらしい。

 

らしいというのは、その時の記憶がないからだ。気がついたら病院のベッドにいた、としか言えない。

 

その後、カウンセリングなどをやってもらったお陰か、病院の時のように暴れることはなくなった。そして今でもカウンセリングを受けに行っている。男性にも少しづつではあるが、慣れるようにはなった。でも先程のように不意に近づかれたりすると無意識に動いてしまう。しかし何度カウンセリングを受けてはいるが、結局は原因が分からずじまいなので半ば頭打ちのようなものだ。

 

「もしかしてですけど先輩、それってトラウマ…じゃないですか?」

 

「トラウマ?」

 

「そうです。私、よくバラエティー番組を見るんですけど、そういう話を最近見たんですよ」

 

後輩曰く、人は極度のトラウマを受けると心を守るためにその記憶に蓋をして無かったことにするらしい。しかし、身体はその時の恐怖を覚えているせいで、無意識にその原因を拒絶するとか。

 

「じゃあ私が男性に対して怖いと思うのは、忘れているだけで、男性に何かされた……ってこと…?」

 

私の頭に最悪の予想が浮かんだ。

 

「い、いえ!そういうことじゃなくて…その、そんな話がテレビであったなぁ…て…す、すみません!」

 

「あっ」

 

居たたまれなくなったのか、席を離れていく後輩ちゃん。その背中を見しかできず、私は何も言えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

マンションの自室に帰ると、私は仕舞っていたあの時に観光パンフレットを取り出す。そこにはびっしりと予定やオススメ名物に丸が書かれていた。『どこどこの名所はパワースポットだから行くべし』『ここの喫茶店は抹茶パフェが絶品』『ご縁の神様を祀る神社』など、私の文字で間違いなかった。私は、京都観光に色々と予定を立てていたことは確かなのだという証拠。だがやはり記憶にない。◎が書かれたオススメ抹茶パフェだが、食べた記憶もなければ店に行った記憶もない。

 

どういうことなの?

 

そんなことを思いながら、気分を変えるためにテレビをつける。映ったのはバラエティーニュース番組。

 

『それでですね~、この問題はどうなるんでしょうかね。これ聞いただけでも異常ですよこれは』

 

画面には、京都警察の怠慢!?大量の誤認逮捕!と言う見出し。

 

『いやこれほんと、どう言うことなんですかね。ちょっとこれだけでも信じられないんだけどさ』

 

司会者の男性が若干大袈裟に話し出す。

その言葉に促されるようにニュースキャスターの男性が内容を説明する。

 

京都市内で起きた大量の誤認逮捕騒動。

警察はワイセツの現行犯として百人もの男性等を逮捕。当時、『おっぱいもみもみ~』『ずむずむいや~ん』など支離滅裂な意味不明の言葉を言うことから、麻薬やアルコールなども疑われていた。

ところが何度検査した者の、薬物・アルコールなどの反応は何も出てこず、まるで催眠術にかかったかのようだったとのこと。

 

そして数日後、まるでそんなことなど無かったかのように、『どうしてこんなところにいるんだ!?』『私は何もしていない!出してくれ!』などと、男性全員が人が変わったかのような供述。それこそあの酩酊状態は何だったのか?と言うように、自分の潔白を説明しようとしている。更に不思議なのは、調書も含めてそのような記載は綺麗になくなっている上、被害者側も『そんなことありました?』と証言。目撃したはずの付近の住民も同じ答えを繰り返し、結果的に騒動事態もまる嘘だったのかと言うほど、綺麗さっぱりなくなっていたのだ。結果的に警察によって無実の人間が逮捕されたと言う話だ。

 

『なんとも不思議な話だよね~』

 

『でも実際に逮捕者がいるわけだし、誤認逮捕ですまないですよこれ!』

 

付け加えるならば、誤認逮捕された男性等は、その後風評被害を受け、職を止めざるを得なかったり、家庭崩壊などが起きているもよう。

 

『これ、裁判まで起きているんだよね?』

 

更にいえば警察や国を相手取り、賠償やら名誉毀損などに裁判にまで発展。警察側からは記者会見などが行われたが、ハッキリとしたことは分からずじまい。

 

やんややんやとコメンテイター等も警察批判や事件に対する疑問、痴漢冤罪などの過激な話題まで飛び火して終わった。

 

プツン、とテレビの電源を切った私は、しばらく呆けていた。なんというか、まさに私の悩みに繋がったから。

 

だからこそ、私は知らなければならない。私は机に放ったパンフレットを見返し、職場に電話をするのだった。

 

 

「で、なんであんたがいるのよ」

 

「だ、だって私、先輩が心配なんですよ~」

 

京都駅に到着した私は、隣でスーツケースを持った後輩ちゃんにため息をつく。この子、私が京都に行くことを話したら、ついてくると言い出したのだ。

心配する気持ちもあるだろうけど、京都観光をしたかったでしょ、後輩ちゃん。

 

「それで先輩、何か思い出しました?」

 

「全然ね。まぁでも、すぐに思い出せるなんて考えてなかったし、取り敢えず行くわよ」

 

「は、はい!」

 

ガリガリとスーツケースを引っ張りながら、私たちは動くのだった。

 

 

 

 

 

「ほへぇ~、お茶が美味しい~」

 

「こぉら、なにだらけてるのよ。一休みしたら次に行くわよ」

 

「せ、先輩が色々と早いんですよ!こっちはついていくのに必死なんです!」

 

休憩がてら立ち寄った喫茶店。渡されたお茶を啜りながら、椅子にもたれ掛かっている後輩。歩き慣れていなかったのか息が上がっている。私は普段から観光で歩き回っているので、そんなに疲れを感じない。

 

「お待たせしました。京のお茶を使ったパフェになります」

 

「先輩、私、今生きててよかったって実感してます」

 

「はいはい」

 

なお、目の前にきらびやかなパフェが来た瞬間、溶けかけた氷が瞬時に固まるかのようにシャキッと姿勢をただす後輩に苦笑い。スプーンで生クリームを掬って一口食べ、「うーまーいーぞー!!」と言い出すのは流石にどうかと思うが。

 

私はお店のオススメお汁粉を注文。現れたのは黒い小豆の海に浮かぶ白玉の月、なぁ~んて詩人ぶるが結局は美味しいか不味いかしか分からないバカ舌だ。

 

「うん、おいしい」

 

市販の小豆よりも甘さ控えめ。だからこそ隠し味の抹茶の風味を感じる。白玉ももちもちとして、餅とは違う弾力。

ああ、ずっと噛み続けたい。

 

けふっ、とお汁粉を食べ終わり、次の予定を確認する。清水寺や三十三間堂、金閣を巡るためにも、時刻表とにらめっこ。

 

「さて行くわよ。次は金閣よ」

 

「ま、待ってくださいよせんぱ~い!」

 

御茶を啜る後輩を急かし、私たちは京都巡りを再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

結局、私の記憶が甦ることはなかった。微かになにかあやふやなものを思い出したが、ただそれだけ。

おぼろげながら、夜に巨大な狐か何かが京都の町に現れた、真夜中に沢山の人らが雪崩のように歩いていたとか、そんな荒唐無稽なものばかり。おそらく、昔見た映画か何かが混ざって夢でも見たのだらう。

 

歩き疲れた私たちは、最近建設されたサーゼクスホテルに泊まった。高層ビルのように突き出たホテルは、旧い雰囲気を纏う京の町からしたら逆に歪に見えた。旧い家屋の中にコンクリートの高層ホテルとか、目立ってしかたがないだろうに。

ホテルのベッドに腰を下ろし、隣のベッドでスピースピーと寝息をたてる後輩ちゃんを見て、無意識に笑う。実のところ男性恐怖症な私には、後輩ちゃんに大いに助けられていた。受付や移動中の電車も含めて、私一人では辛かっだろう。

ふと思い返してみれば、今の私もそうそう悪くないと思えるようになった。確かに男性が怖いに関しても徐々にだが治まってきている。もちろん昔の私に元通りとはいかないだろう。けれどだからといって、後輩ちゃんや周りとの関係が悪くなったわけでもない。今回の旅行で、それとなりに後輩ちゃんの良いところを知る機会を得たわけだし。

 

私は大きく伸びをして、外の景色を見るために窓へと向かう。それにしても綺麗なお月さまだ。こうして夜の京都を見下ろすとその美しさにため息を吐く。そう言えば、あの時もこうして外の景色を見ていたんだっけか。そこであのお城付近に大きな狐と蛇がいて、気になった私はホテルを飛び出して、そこで謎の人の波に呑まれ…

 

「あ?」

 

自分に伸びる黒い人たちの手

 

「あああ?」

 

身体中をまさぐられ、泣き叫ぶもそのまま胸や股などを触られ、

 

ああああああああ!?

 

「おっぱいもみもみ~」「ずむずむいや~ん」そんな声を聞かされながら、私はたくさんの手で地面に押さえつけられ

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩がいなくなった。




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