主人公補正の裏側で   作:神技:エーテル・ストライク

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「聖女様…」

 

涙でぬれた瞳で、縋るような表情で、車椅子の少女は目の前に立つ女性の右手を握った。女性はその手を左手で包み込み、少女の目線に合わせる様にしゃがみ、にこりと微笑んだ。

 

「大丈夫です。私に任せてください」

 

聖女と呼ばれた女性はそっと少女の手を離し、自身の両手を少女の両足に当てた。するとどうだろうか、彼女が触れたところから緑色の光があふれ、狭い一室を取らす。その光が少女の足を包み込むように流れだし、しばらくした後に女性が両手をそっと離した。

 

「もう、大丈夫ですよ」

 

女性の言葉に従うように、少女は自身の両足に力を入れる。すると、少女は驚いたような表情で女性を見る。

 

「聖女様!足が…私の足が動きます!」

 

ぎこちなくも少女の足はゆっくりと動いた。彼女の足は、医者からも動くのが難しいと言われていたのにだ。目の前で起きている出来事に、その場に立ち会っていた医者自身も驚いている。

 

「信じられない…!どうして彼女の足が…?奇跡でも起こったとでも言うのか」

 

「奇跡でも何でもありませんよ」

 

医者の呟きが聞こえたのか、聖女と呼ばれた女性が答える。

 

「私はただ、彼女の頑張りを後押ししただけです。これは彼女自身の力です」

 

「だ、だが!確かに彼女の足は動くはずが…!」

 

「確かに、すぐに信じられるとは思っていません。ですが、世界には、信じられない出来事も起きるということです。ただし、それを『奇跡』などというありふれた言葉(思考放棄)で片づけるのは間違いです。それでは何も変わりませんそれにこれは………なのですから…

 

尻すぼみの言葉に医者が顔を傾げた。その際に聖女の顔に天井の灯りによって影が差してしまい、その表情を見ることはできない。

 

「聖女様ありがとう!私、これから歩くための練習を頑張る!頑張って、きっと前みたいに早く走れるようになるの!」

 

「あなたの夢が、叶うことを願っていますよ」

 

少女の両手を自身の両手で優しく包み込むように握る聖女様。その顔は微笑みを浮かべている。

 

少女の両親からの言葉を受けながら聖女は去っていった。去っていく彼女の背中を見た少女は、その背中が聖女と呼ぶにはあまりに儚く見えた。全てを照らす陽の光ではなく、まるで風に吹かれる蝋燭の火のように、ゆらゆらと揺らめいているようだった。

 

「もうよろしいのですか?」

 

屋敷の入口に立っていた騎士の一人が、家から出てきた聖女に声をかける。

 

「ええ、もう心配はありません。彼女は無事、主に救われました」

 

その言葉を聞いた兵士は、胸をなでおろすかのように息を零した。聖女はその騎士の姿を見て何を思ったのか、にこりと笑う。

 

「今度は貴方が、彼女を守ってあげてください。大切なひと、なのでしょう?」

 

「は、はい!」

 

何かを見透かされたのか、しどろもどろに焦る騎士。聖女は騎士の右手を両手で握ると、淡い光がこぼれた。

 

「な、なにを?」

 

「彼女を守れる力を少し、貴方に授けました」

 

聖女様の言葉通り騎士は、何やら自分の中から力があふれるような、高揚感を感じた。

 

「貴方と彼女が、幸せでありますように」

 

そう言い、屋敷の門へと歩いていく聖女様。門の前に留まっていた教会の馬車に乗り込み、彼女はそのまま去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「おゲえぇぇえぇぇぇえぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇ……」

 

 

私は吐いた。吐き続けた。胃の中のものを全て洗面台にぶちまけた。すえたにおいと口の中に残る酸っぱい味。洗面台に置いたコップの水を口に含み、このにおいと味を追い出そうと必死に口をすすいだ。途中何度か咽た。蛇口をひねり、吐しゃ物を洗い流す。そして吐き続けたで襲ってくる虚脱感に、一瞬膝から崩れそうになるが、洗面台に乗っかる様にして身体を支える。ただただ蛇口から流れる水の音だけが洗面室に響く。

 

「………」

 

目の前の鏡に映る自分の顔。まるで死人のように青白い顔色をしていた。茶色だった髪は色素を失い、老人のような白髪。光輝いていた瞳は、今ではガラス玉のようにくすんでいた。

 

溜め息が出た。

 

死人と違いなんてほとんどないだろう。あくまで私はまだ生きているのだから。命令通りに仕事をし、呼吸をし、食べ、眠り、そしてまた繰り返す。まるで機械のようだがまだ私は生きている。心がすでにぽっかりと穴が開いていたとしてもだ。それだけが死人との違いなんだろう。

 

ふらつきながらも洗面室を出て、自分のベッドに倒れ込む。私の身体がベッドに沈む。ここだけが私の安息地。

ちらりとベッドに備え付けられた棚をみる。いくつかの引き出しがあり、その一つには鍵がつけられていた。首から下げていた鍵を使い、引き出しから一枚の写真を撮り出す。

 

私は無意識のままその写真にキスをし、そっと引き出しに戻して鍵をかけた、誰にも見られないように。

 

コンコンと扉が叩かれる音が聞こえた。

 

「聖女様」

 

ドキリとしたものの、心を落ち着かせ、平然を装って応える。

 

「どうぞ」

 

ガチャリとドアノブが周り、入ってきたのは私のお世話をしている修道女(シスター)だった。顔は無機質で無表情。何を考えているかも分からない。はじめて顔を合わせた時から、私は彼女と日常的な会話をしたことがない。話しかけたこともあったが、なしのつぶてだった。あくまで彼女はお世話係であり、言付けを持ってくる鳩のようなものだった。

 

「聖女様、休まれているところ申し訳ありません。ですが、急を要することですので」

 

「解っています」

 

そういうと私は聖女の衣服をまとい、顔に化粧を施す。こうすれば、じっと見つめられない限り、誰も私の顔色に気付くことはない。()()()()()()()()()()

 

「では参りましょう」

 

修道女の後に続き、私はまた慈悲と慈愛を与える(切り売りする)

 

 

 

 

「おお!聖女様は今日もまた美しいですなぁ!」

 

私の顔を見るなり、大げさに褒めたたえる男。大層な鎧をまとい、厳つい風体はまるで岩石の人形のようだ。彼は教会の戦士(エクソシスト)を率いる長の一人であり、彼自身も上位の実力者である。まるで豪快が人になったような性格だが、一方で部下を大切にする人情家でもあった。彼と顔を合わせるのも数回ではなく、悪魔討伐や病人の治療の際に何度も頼られたことがあった。その度に、彼は頭を下げ、暑苦しいほどの感謝を見せる。

 

「お久しぶりです。確か1年前の中級悪魔討伐以来でしたね」

 

「ええ、あの時も私の部下を救っていただき感謝しかありません。そして心苦しいのですが、また聖女様にお願いをしたくこうしてお会いする次第です」

 

彼曰く、とある村が悪魔に襲われてしまい、その村を救うためにも聖女()の力が必要とのこと。

 

「解りました。この身は神の愛に支えられたもの。悪魔を滅し、人々を救うために力を貸しましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

「それで、その村とはどこなのですか?」

 

「ええ、北にある小さな村なのですが、●●●●●●という名前です」

 

「……………え?」

 

 

私はもう一度その名前を尋ねた。いったいどこの村だと。

 

「ですから、●●●●●●という村です」

 

私の視界はぐらつき、膝から崩れて床に倒れた。

 

 

 

 

異臭を放つ道、倒壊した家屋や灰となった建物、そして物のように積み上げられた人ひとヒト…。幼児に遊ばれたおもちゃのような有様に、私はただただ茫然とするしかなかった。すぐさま私たちはその村へと急ぎ、エクソシストたちによって悪魔らは悉く切り捨てられた。だがその戦闘によって村は蹂躙された。悪魔が放った魔力が様々なものを焼き、そしてエクソシストを傷つけた。私は治癒者と共に負傷者を癒し続けた。傷ついた者の血で聖衣が真っ赤に染まり、自分の口から血がこぼれるのを必死に拭い、負傷者の怒りや罵倒に耳を塞ぎながら癒し続けた。

 

そして悪魔がせん滅され、負傷者を癒し終えた私は、村の奥に建てられていたとある一軒の家の前で佇んでいた。木材で作られた質素な家は倒壊し、かすかに入口が分かる程度の形を保っているだけ。家の傍には小さな畑があるが、ぐちゃぐちゃにあらされて何が植えられているのか分かりようがなかった。

 

そしてその家の前には、数人の人間が串刺しにされていた。口から飛び出した木の枝がまるで百舌鳥の早贄のような印象を抱かせるが、彼らの苦しんだまま固まった顔が、その痛みと苦しみを如実に見せられる。また彼らの足元には、裸に剥かれた女性が転がっていた。女性の身体にはところどころひっかき傷があり、そして口や足元には白いものが零れていた。

 

私はふらつきながらにその女性近づき、両の手で癒しの力を送り込む。だが反応しない。送り込む、だが反応しない。何度も何度も何度も何度も…繰り返すが、何も反応がない。視界は赤く染まり、口には鉄っぽい味が広がる。力を使うことによる反動。だがそれを無視して送り込み続ける。

 

「何をされているのですか!?」

 

声をかけられるが、私はそれを無視して力を送り込む。急にグイっと右腕を引かれる。そこにいたのはエクソシストの一人だった。

 

「助けるんですよ。ほら、まだ息があるじゃないですか。おかしなことを言いますね。だってまだこんなに暖かいんですよ?」

 

私の言葉に彼は顔をこわばらせた。彼を振り払い、私は目の前の女性に癒しの力を送り込む。おかしい、なぜ反応がないのだろうか。

 

「無駄だ」

 

誰かの声がした。

 

「そいつはもう死んでる」

 

声の方を見れば、そこにいたのは少女だった。少女はエクソシストの一員なのか、他と同じ出で立ちをしていた。一方で、彼女の手には他と異なる造形の剣が握られている。

 

「残念だが村の住民は全員悪魔に殺されている。目の前のそいつもすでに息をしていない」

 

「嘘です」

 

私は叫ぶ。

 

「違う、ありえない、そんなはずがない、みんなまだ生きている、ほら声が聞こえるでしょう?助けてと叫ぶ声が。ほら!今も聞こえました。私は聖女です。だからまだ助けられるはずなんです」

 

そして私は目の前の女性に手を置いた。

 

その身体は……氷のように冷え切っていた。

 

「あ」

 

そして幻想が解けて現実が押し寄せた。

 

 

 

「聖女よ、なぜここに呼ばれたのか分かりますか?」

 

煌びやかなステンドグラスの光を浴びながら、それらは私に語り掛ける。私はボロボロになった聖衣をまとい、ほこり一つなく清掃された床を見つめるだけ。

 

「貴様!司教たる私たちの問いを無視するとはどういうつもりだ!」

 

誰かが声を荒げ、それに同意するように別の誰かがしゃべった。だが私にとってはどうでもよくなっていた。

 

「それにしても、突然聖女を辞めるとはいったいどういうつもりだ」

 

「貴様の持つ癒しの力はまさしく聖女の力。そして聖女の力は人々に分け隔てなく与えられるべきもの。聖女の義務を放棄するなど、到底許されるものではない!」

 

「しかし不可解だ。なぜ突然聖女の義務を拒否するなど…」

 

誰もが勝手なことをしゃべり続けている。それが酷く五月蠅くてかなわなかった。私は懐から一枚の写真を取り出し言葉を吐いた。

 

「教えてください」

 

「貴様、誰がしゃべっていいと許可をした!」

 

「私は聖女として義務を果たしてきました。分け隔てなく力を注いできました。人々に慈愛を振りまき、神の慈悲を伝えてきました。ですが私には何もありません。私にはもう何も残っていません。故郷から引き離され、他者とのつながりを絶たれ、家族も、幼馴染も、愛した人も、故郷も何もかもを聖女のため無くしました。ですが私が聖女として神に仕えることで、人々が幸福になれると信じていたからこそ頑張れました」

 

私は彼らに笑いかける。

 

「ですがもう無理なのです。私の救いたかった人たちはみんな死にました。なぜ私が苦しまなければいけないのですか?なぜ神は私を救ってくれないのですか?どうして私が失わなければならないのですか?どうして私は幸せになってはいけないのですか?どうしてどうしてどうして………」

 

決壊したダムの水のように、私は思いを吐き続けた。理不尽を、疑問を司教らに尋ねた。

 

「くだらぬ」

 

誰かが呟いた。

 

「聖女とは神の愛のみに生きる存在。人々に分け隔てなく慈愛と慈悲を与えることこそ幸福なのだ。それを自分の幸せを願うだと?貴様は聖女をなんだと思っている!」

 

「嘆かわしい。聖女ですらないほどに堕ちたということですか」

 

「自分の幸せを願う等、もはや聖女と呼ぶのも穢らわしい」

 

 

私の中で何かがひび割れた。パキリパキリと音を立てて、心の何かが剥がれ落ちていく。私は手の中にある写真に視線を落とした。そこには複数の人か映っていた。幼い少女が二人、男性と女性、そして一人の青年が映っていた。

 

自分の脳裏に思い浮かぶのは、幼き頃の家族の思い出。父親がいて、母親がいて、妹がいて、そして愛しいと思えた青年の姿。

 

癒しの力を発現させ、聖女として教会に招かれた私は聖女として義務を全うした。

 

私が聖女として人々に仕えていた時、青年が妹と結婚したという手紙が届いた。私は二人の幸せを願って祝福した。/どうして貴女が彼と結婚しているの?

かつて私が癒した、足が不自由な少女と彼女を守る少年騎士は、その後紆余曲折を経て結ばれたことを知らされた。/どうしてあなたたちが幸せになっているの?

聖女として私が助けた人たちから、幾度となく感謝と幸せになっていく手紙が送られてきた。/どうしてどうしてどうしてどうして

 

私は嬉しく(憎らしく)思えた。聖女である私は幸福(不幸)だった。相反する思いが体中に絡みつき、もう私には何が正しいのかもわからなくなってしまった。

 

ぽつりと私は呟いた。

 

「主は本当にいるのですか?」

 

 


 

私は一人さびれた教会にいた。襤褸を纏い、虫食いだらけの床に転がっていた。

私の呟いた言葉は司教たちの怒りを買い、私は魔女として教会を追放された。聖女と慕ってくれていた者たちは大半が手のひらを返し私を罵倒した。幾人かは私を擁護するも、その意見は全て切り捨てられた。そして次第にその声は煙のように消えてしまった。みんな、自分の幸せを失いたくないから。

 

私に残ったのは、聖女から堕落した『魔女』という汚名だけ。結局のところ、自分を犠牲にしてまで人々を救った『聖女』という役割さえ私は失ったのだ。

 

全てを犠牲した私の結末は、まさに何もない空虚な自分だった。

 

風化して形が崩れた主の石像に向かって、私は思いを吐いた。

 

「主よ、全てを愛してくださる主よ。私の幸せを返してください。私が切り売りした幸せを返してください」

 

『聖女は他者に愛情と友情を求めた時点で失格だ』

 

「どいつもこいつも私の幸せを奪いつくしておいて、最後まで私に不幸を押し付けるのか。ふざけるな、ふざけるな!許さない!許されるべきじゃない!聖女の義務などくそくらえ!」

 

『聖女はただ神の愛に生きるのだ』

 

「主の愛が飢えた腹を満たしたか!?苦しむ人たちの傷を癒したか!?私を幸せにしたか!!貴様らの言う主が全能ならば今すぐ死者を生き返らせろ!時間を戻して私を幸せにしろ!」

 

『魔女め!よくも私たちを騙してくれたな!』『穢らわしい!』『魔女!』『貴様は教会から追放する!神を疑った魔女なぞ本来なら処刑されるが、追放で許した神の慈悲に感謝するのだな!』

 

「私は……私はぁ!いったい何の…何のために…!」

 

泣き崩れて叫ぶも誰も私を慰めない。結局のところ私には何もないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うわ」

 

誰かが耳元でささやいた。

 

「奪われたなら取り返せばいいのよ」

 

周りを見渡しても誰もいない。だが確かにその声は聞こえる。

 

「あなたは幸せになるべきだわ。いいえ、幸せにならなきゃいけない。だってあなたはずっと我慢して、苦しんで、それでもみんなを幸せにしようとしたんだから。でもあなたが苦しむ必要なんてないのよ。あなたはあなたの幸せを願っていいの」

 

ふと誰かが私に手を差し伸べていた。

 

「さぁ、みんなに分けたあなたの幸せを取り戻しましょう」

 

聖女になる前の(幸せだった)私が、そこにいた。

 

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