主人公補正の裏側で 作:神技:エーテル・ストライク
「神様」
女性は手を伸ばす。真っ赤に染まった右手を彼女は空へと伸ばす。真っ暗な空に、ぽつんと浮かぶまぁるい月。満月から伸びる光は、まるで彼女を見ているかのように照らしている。女性の出で立ちはおかしなもので、全身が真っ黒の服を着ている。もし真っ暗な夜に彼女と出会ったら、気付くのが難しいだろう。もしくは、女性の首が宙に浮いているかのように見えるかもしれない。
「ねえ神様……教えてください。この、愚かな私に」
ゴポゴポと紅い泡を口から吐き、カヒュ……と空気を漏らしながら、彼女は言葉を吐き出す。
「私は、私たちは、何のために戦っていたのですか?」
地面に横たわった彼女の周りに広がっていく赤い水溜り。彼女の腹には、まるで墓標のように、十字架のように、地面に縫い留める針のように、まっすぐに剣が突き刺さっていた。周りを見れば、彼女と同じような格好をした人間が、男女問わず転がっていた。しかし、首から上がない、右手、左手、右足、左足、そのいずれか、または両方を失っている、または身体の上下どちらかがないなど、どれもみんな惨たらしい死体になっている。
そして女性も同じように、左腕は肘まで切り取られたかのようになく、両足のは太ももからは何本ものナイフが突き刺さっていた。
もはや彼女の目には月の光さえ映らず、彼女の耳には何も聞こえない。そんな静かで真っ暗闇の中、崩れ落ちそうな右手を必死に空へと伸ばし続ける。
「お願いです、お願いです。どうか私を褒めてください、どうか私たちを認めてください。私の、私たちの行いは間違っていなかったと。どうか、どうか、お願いします」
彼女の言葉は叫びとなる。そこにいるのは、自分が頑張ったことを褒めてもらいたいだけの、ただの子供だった。
「ああ主よ!全てを見ているはずの主よ!お願いです、お願いです!どうか私の前に現れてください!そのお姿をお見せください!もはや命が朽ちるだけの私の前に!そのお姿を……!」
少女の両目から涙が滲みだす。
「私は、私たちは、正しい事をしたと言ってください、良い子だと頭を撫でてください」
もはや消えゆくだけの少女の願い。だがその願いを、伸ばした手を、主は握り返すこともなく、姿を見せることもなく、ましてや言葉すらかけることはなかった。
少女の顔が歪んだ。
「ああ、ああ!!どうして皆が死ななきゃいけなかったのよ!憎い敵を殺して何が悪い!敵を、敵を!!敵を殺せと言ったのは貴様らだ!それを強いたのは貴様らだ!私たちはそれを従った!全ては主への思いだった!誰かが救われると信じていたから!なのに!なのに!私たちからそれを取り上げ!邪魔になれば捨てるのか!保身のために捨てるのか!私たちをなかったことにして、私たちを悪として、『悪魔』と共に笑うのか!自分を正義と謳うのか!殺してやる!殺してやる!みんなみんな殺してやる!私、私たちを捨てていった奴らをこの手でみんな殺してやる!死ね!死ね!みんな死ね!何もかもが消えてしまえ!」
そして伸ばされていた右手は重力に従うように地面へと落ちた。
ああ……
「クソッタレ」
目から涙がこぼれ、少女はもう…何も言わなくなった。
「じゃ~ん♪今日はお姉ちゃん特製のスペシャルオムレツで~す」
目の前に出されたのは皿に乗ったオムレツ。半月の形をした黄色い塊は、その頂上に赤くハートが描かれていた。
「姉さん、一々ケッチャプで遊ばないでよ!前は文字を書こうとして失敗しちゃったでしょ」
「いやー、文字を書くのって大変だったんだなぁ~って。でも大丈夫、お姉ちゃんあの後ずっと練習したから、次はうまくいくわ」
「そのせいでケチャップの消費量が凄いことになったけどね…」
「あー、あー!聞こえませーん!」
一通りの会話の後、二人は互いに笑い合う。これがいつもの日常。両親がすでにいなかった二人の姉妹は、共に力を合わせて生きていた。時には町の人たちに手伝ってもらいながら、彼女たちは日常を生きていたのだった。そしてこれからも。
「「いただきます」」
そう、思っていた。
▶
「ごちそうさまでした」
半分残ったオムレツを見ながら、私は食べるのを止めてしまった。ケチャップで真っ赤に染まったオムレツ。この惨状を見ると、皿の上に一体何が乗っているのか分かる人はいないのだろう。私は椅子から立ち上がり、半分残ったオムレツに布をかぶせ、空っぽの冷蔵庫へと入れる。帰って来てからまた食べよう。私は冷蔵庫の中身を見ながら扉を閉めた。
カップにコーヒーを淹れ、台所から砂糖と書かれた瓶を取り出し、スプーンで何杯か入れてかき混る。正直、コーヒーの味なんて分からないので、ただ飲んでるだけでしかない。寝ている際に掻いた汗をシャワーで洗い流し、仕事着に着替えた私は、ゆっくりと外への扉を開けるのだった。
▶
鬱蒼と生い茂る木々の中を、一人の化物が走り続ける。その背中に生えていた翼は二つとも切り落とされてしまい、空へと逃げることは叶わない。もはや残った両足だけで地を走るしか、怪物に残された手段はなかった。
元々いた場所から飛び出した怪物は、生きるために幾つかの村を襲っていた。家畜を食い荒し、畑の野菜をを貪って食欲を満たし、時に性欲も満たしながら、怪物は邪魔するものは全てその爪と牙で噛み砕き、切り裂いてきた。そうして生き延び続け、山の中にあった掘っ立て小屋で一休みをしていたのだ。
それは突然起きた。掘っ立て小屋から火の手が上がり出したのだ。もちろん、怪物は外へと飛び出そうとするが、なぜか窓も扉も開かず、まるで固まってしまったかのように動くことはなかった。その巨体で何度も体当たりするもびくともせず、室内に満ちる煙で意識が朦朧としていく。翼を広げて天井を突き破った瞬間、自分の翼がちぎれ飛び、怪物はそのまま地面に叩きつけられてしまった。
突然の出来事と痛みに混乱する怪物。痛みに耐えながら起き上がると、今度は怪物の右腕が肩の根元からはじけ飛んだ。喪失した右腕からこぼれ出る血を止めようと残った左手で傷口を抑えるも、血が止まるはずもない。ここにいたら自分は殺される。そう確信した怪物は、そうして森の中へと逃げ込んだのであった。
あふれ出る血と走り続けたせいか、怪物の足は遅くなり、意識が朦朧としていく。どうして俺がこんな目に?怪物は自分を襲う理不尽を呪っていた。いけ好かない主にこき使われ、とうとう我慢が出来なくなって飛び出した。ずっとひどい目に合わされてきた分、自分の好きに生きようと決意し、そうして生きてきたのだ。酷い目に合わされたのだから、俺だって好きに生きていいはずだ。そのはずなのに、なぜ自分は死ななければならないのだろうか。
そうして視界すらもぼやけ、怪物は地面に倒れ伏した。もはや自分は死ぬだろう。そう嘆く怪物の前に何かが歩いてきた。それは全身を黒い服で覆った人影。片方の手には中世時代の銃が握られており、もう片方には液体が滴る刃の長い剣。怪物はそれが何なのかを知っていた。元居た場所の主から言われていたことを思い出したのだ。
「な、なんで
タァーンと音が森の中に響いた。
仕事を終えて帰ってきた教会の扉を開けると、意外な人物が立っていた。今は教会の司教様になった、私のかつての先生だった人。
「今まで何をしていた」
「お掃除です」
「随分と遠くに行っていたみたいだが」
「次からは気を付けます」
早々に会話を打ち切り、私は司教様の横を通り過ぎる。
「少しは言動に気を付けた方がいい。目をつけられているぞ」
司教様の言葉に私は足を止めて振り返る。
「構いません」
私の言葉に司教様の顔のしわが濃くなった。
「なぜ、そこまで無茶をする?今は協定の件で教会内の全員が目を光らせている。今は大人しくするべきだ。はぐれ悪魔なら悪魔が対応することになっ「私には!!」」
「私には誰も来ませんでした。天使も、悪魔も、堕天使も。そして……
私は踵を返し、言い淀む司教様の視線を無視しながら自室へと足を速めた。
「私はただ、貴方のようになりたくないだけです」
▶
和平協定による、悪魔殲滅者の行動制限。それが教会から、大天使様からの言葉だった。
「確かに私たちは悪魔や堕天使と戦ってきました。そして多くの血が流れ、互いに大切な者を無くし、憎しみが膨れ上がってきました。ですが、それでは私たちは永遠に争い続けることになります。それは決して主の望むことではありません。私たちは未来に進まなければならないのです」
「憎み合っていた歴史をここで終りにし、悪魔や堕天使と共に手を取り合っていかなければなりません。そして彼ら共に手を取り合い、来るべき敵に対して戦っていかなければならないのです!」
大天使様の言葉。
「ゆえに今回の和平協定で、私たち天使はまずは悪魔殲滅者たちの行動制限することを取り決めました。悪魔殲滅者の中には、悪魔によって大切な人を奪われたものもいるでしょう。殺したいと思うほどに心に傷を負った方もいるでしょう。しかし、憎しみに囚われ続けてしまえば永遠と憎しみが続いていくだけなのです」
「どうか未来のために、その憎しみの拳を下ろそうではありませんか」
天使、堕天使、そして悪魔たちのトップによって結ばれた和平協定。
形だけであった停戦状態を明確に共同体とすることで、事実上戦争の終結が決まった。それにより、各勢力の技術が共有されることになった。一方で、協定を崩しかねない行為に対する制限も取り決められた。
結果として、悪魔殲滅者たちによる悪魔の浄化は全面的に禁止された。天使様のおっしゃる通り、悪魔殲滅者は得てして多くの者が、悪魔によって不幸になった者たちだ。ゆえに彼らが暴走しないように、との理由だった。憎しみを終わらせるために。
それに呼応するように、悪魔殲滅者に対する支援も少しづつ削られていくことになる。
悪魔を狩ることを生業していた組織が、その悪魔狩りを事実上禁止されたのだ。もはや活動をしない組織に金を出すことなど、教会からすれば無意味と判断されたからだろう。
そして資金を打ち切られたことによって生活が困窮し、悪魔殲滅者を続けることが出来なくなっていく者たちが増えていった。また、天使様の思惑とは逆に、大天使様や教会によってその憎しみを強制的に押さえつけられたことで、
その結果がこれか。
私を取り囲む教会の戦士たち。面白いのは、彼、彼女らは全員、同じように白い髪をして同じような顔をしていたこと。
彼らの手には、私の持っている光の剣よりも大きな、より光を放つ両刃剣が握られていた。
確か、悪魔から聖魔剣なるものを入手し、その量産が行われているなどの噂を耳にしたけど、どうやら完成したようだ。
そして教会内での噂として、悪魔殲滅者のクローンが作られているとかいないとか。何人もの同じ顔の悪魔殲滅者の姿を見た等の内容だったが、これが真実と言うことか。
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「酷い顔ね~」
「ね、姉さん?」
ベッドから起き上がると、姉さんが私を見ていた。記憶の中と変わらない、あの時と同じ服を着ていた姉さんだ。
「どうしたの?お仕事が辛いのかしら?大丈夫?私の妹ながら、私と違って色々と溜め込みがちなのよね」
「な、なんで姉さんが?」
「なぁ~に?私がいちゃ駄目なのかしら?」
「だ、だって姉さんは、姉さんは…」
頭にこびりついた、あの時の記憶。
『私が守るからね』
『姉さん!嫌だ!行っちゃだめだ!』
『あなたはここに隠れてなさい。大丈夫よ、私の足の速さは知ってるでしょ?』
そういって、外へと飛び出していく姉さんの背中。
『姉さん!おねぇちゃぁぁぁぁぁぁん』
そして、両足を喪い、白濁液にまみれた、物言わぬ姉の姿。
「顔を洗ってきなさい。朝ごはん出来てるから」
姉さんに言われるまま、私は顔を洗いテーブルの席に着く。目の前に置かれたのは、オムレツの乗った皿。
「冷めないうちに食べなさい」
私はナイフとフォークを手に取り、切ったオムレツを口に運ぶ。味がした。
「おいしいよ姉さん」
「よかった」
私はオムレツを食べ終わると席を立った。
「まだ頑張るの?」
姉さんの問いかけに私は頷く。
「もう嫌なんだ。姉さんや私のような人を見るのは」
「そう」
姉さんが笑った。
「せめて貴女に、主の導きがありますように」
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