誰が為に微笑むか   作:MYON妖夢

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花弁が黒く染まるまで

 この姿(死神)と出会ったのは、4ヶ月くらい前だっただろうか。

 あの事件以降、とあるギルドのギルドハウスの1部屋を以て保護されていた、抜け殻のようになっていた私に当時の最前線である第35層の話が届いた。《聞き耳》スキルを取っているわけではなかったが、それほど高価ではなかっただろうあのギルドハウスでは、声が筒抜けになることもあるのだ。

 

 曰く、迷いの森と名付けられた酷く迷いやすく、転移結晶ですら森の中の他のエリアに飛ばされてしまい、抜け出すことが出来ないという森だという。

 ここならば抜け出して死んだとしても目撃者は早々出ないだろう。いつ死んだかという情報は生命の碑に刻まれてしまうが、見つかるまでの時間が長くはなる。

 生き残った私が死ぬことを、死んでいった彼らは望まないかもしれないが、他でもない私が望んでいた。アスナやキリト、アルゴやクラインさん達。それに向こう(リアル)の家族には悪いと思うが、あの時殺された皆はそれだけリアルでも長い付き合いだった。

 それに、どうせ今のままではどこかで死ぬか殺されるだろうとも思っていた。ならば自分で決めて死のうと思った。

 

 更に最前線が2層ほど上がったところで行動に入った。ずっといたからこそわかる一切誰にも気付かれないタイミングで抜け出した。事実、後で探ってみたら本当に誰も察知できていなかったらしい。

 

 ダンジョンの特性上人気のない迷いの森に、誰にも見つからずに向かうのは簡単だった。最前線からそう離れていない層は、中層プレイヤーはまだあまり来ないし、攻略組のような前線プレイヤーは最前線につきっきりになりやすい。だからこそこのタイミングが最も見つかりづらいタイミングだった。

 

 迷いの森の中は、確かに厄介なモンスターも多い。しかし当時メイン武装としていた両手槍での迎撃は辛うじて可能な範囲だった。当時のレベルは38。戦って死ぬ方がマシな様な気がして槍を振るっていたが、それが成立する本当にギリギリだったのだろうとは思う。

 

 宛てもなくフラフラと迷いの森を歩いていた。ランダムに切り替わるエリアはどれだけ長い時間滞在していても見覚えはない。回復アイテムも少しずつ減っていく。全てを出し切ってここで死ぬつもりだった。

 何日滞在したかすら覚えていない。レベルは2つほど上がっていた。ようやく見覚えのある景色が出来てきた頃に、それを見つけた。

 

「クエストカーソル……?」

 

 何もない空間に急に現れたクエスト受領が可能であることを示す!マークのカーソル。戦闘中であったにも拘らずそれが気になってしまい、猿人モンスター【ドランクエイプ】の棍棒による一撃をまともに食らってしまった。メイス系統による攻撃のクリーンヒットはノックバックと軽度のスタンが生じる。反応が間に合わなくなった身体に立て続けに横薙ぎの一撃をもらってしまい、クエストカーソルの位置まで地面に叩きつけられるように飛ばされた。

 

 たったそれだけで残りHPは2割を切った。やはり安全マージンを取れていない階層かつ、見るからに筋力(STR)に大目に割り振られているだろう猿人の攻撃は、防具更新すらしていなかった私には酷く重い。

 これで終わり。と思ったが、この世界に馴染みつつあった身体は何か希望を求めるように無意識にそのクエストカーソルを見た。

 やはりただ宙に浮いているだけ。描画のバグかとも思ったが、茅場晶彦がそんなチンケなバグを残しておくとは思えないし、クエストの自動生成をも可能としているらしいこのシステムもまた、そんなバグが生じるとは思えない。

 ならば、とクエストカーソルに震える手を伸ばす。猿人はもうすぐそこまで来ている。何も起こらなければ死ぬが、目的通り死ぬだけだ。

 

 チョン。と指先がクエストカーソルに触れると同時、視界が白に覆われ、僅かな浮遊感が全身を包む。転移のそれと同じだ。

 次に視界が戻った時目に映ったのは、崩壊した家、中央に立つ炭化した巨大な木、倒れ伏すNPCの死骸。つまり、滅びた村のような何かだった。

 

 振り向いてみるが転移場所には何も残っていない。このエリアに閉じ込められた可能性はあるが、かと言って転移結晶を使って帰ろうとも思わない。

 索敵スキルでモンスターが近くに存在しないことを確認しつつHPを回復させ、足を踏み出す。

 

「ここは……」

 

 この村自体がクエストのために用意されたエリアだろう。それはわかるが、なぜあのタイミングでクエストが現れたのか。

 滞在時間によるものか、一定数のモンスターの討伐によるものか、それともそもそも自動生成によってあのタイミングで丁度生成されたクエストなのか。

 クエスト名は【滅ぼされた迷い家の復讐鬼】。

 何もわからないがまた生き延びてしまった。私の生に対する執念は人並み以上だったらしい。

 

「はぁ……」

 

 死ねればよかったのに、と自分の無意識の行動を呪いながら探索するが、エリア自体もそこまで広くはない。村を少し出れば木々が生い茂る深い森が全方位を囲っている。マップデータもこの場所自体がUNKNOWNと表示されている。恐らくクエストをクリアしなければ出られず、森を徒歩で進んでもある程度進めばここに戻されるとか、そういうパターンだろう。

 

 周りを見ても家は全て破壊されつくしている。アイテムも【木片】だとか【砕けた石材】だとかそういうものしかない。低階層では装備の強化素材に使えたりするものではあるが、今となっては売却額も高くはなくアイテムの価値としては低いものだ。第35層のクエストエリアのアイテムとしてはしょっぱいと言わざるを得ない。

 

 残り探索していないのは、中央の炭化した大木だ。

 見るからにこの村のシンボル的な存在だろう。ゲームによっては世界樹とか守り木とか呼ばれるタイプのやつだ。

 SAOにおけるクエストは、世界各地の伝承や伝説などを自動収集し、それらを基にクエストを生成するとか聞いたことがある。しかし迷い家やマヨヒガに大木なんてものの伝承はなかったような気もする。そもそも門らしきものもなければ動物小屋らしきものもない。

 まるで急遽収集した伝承の一部一部を繋ぎ合わせて、足りない部分を想像で補ったかのようなちぐはぐ感を感じる。

 まぁ24時間稼働したままのシステムだ。いくら優秀なAIが存在していたとしてもたまにはそういうこともあるのかもしれない。

 

 死にに来たというのにしっかりとクエスト攻略に頭が切り替わってしまっている。そもそも私の意識というか、身体は死に直面した瞬間に無意識に生き残る可能性が高い道を選ぶなど、死ぬつもりがないのだろうか。死ぬことを選ぶなんて簡単に決意できるものではないということだろうか。

 

 大木に近付く。近くで見てもやはり変わったところは見られないが……。

 

「っ!」

 

 突然大木が黒い瘴気を吐き出しだした。反射的に後ろへ跳ぶ。

 クエストが進行したようだ。しかし嫌な感じだ。黒い瘴気なんて露骨が過ぎるが、SAOでは見た目が露骨に危険そうなものは実際に危険なケースが多い。両手槍を構える。

 

 瘴気は少しずつ形を造っていく。足元から造られていくのは黒い瘴気をそのまま人の形をした型に詰め込むように真っ黒の人影。

 纏うは黒のローブ。フードの下の素顔は仮面によって隠され、その手が力なく握っているのはモンスターですら使うことが少ない大鎌。形状は長柄が直線のタイプだろうか。農具として使われるものと異なり、ハンドルは付いていないようだ。

 まるで物語でよくある死神の姿。本来迷い家にはとても似つかわしくないが、クエスト名とこの村の惨状を見れば大体の察しは付く。

 

『復讐ハ果タシタ……ケレド村ハ、人ハ、帰ッテコヌ……』

 

 HPバーが表示される。本数は二本。クエストボスとしては控えめだが、装備が見合っておらず、回復アイテムも充分とは言えない状況。今度こそ死ぬのかもしれない。

 まぁ、皆の中で私だけ戦わずに死ぬのは何か嫌だ。死のうとしない私の身体も、回復が尽き死ぬしかない状態になれば大人しく死ぬだろう。

 

『デアレバ、今更止マル意味ガアロウカ』

 

 続いて名前が表示される。

 

【Grim Reaper the Vengeancer】

 

 復讐者の死神。と言ったところだろうか。そのままではあるが実にわかりやすい。THEの名称が頭に来ていないところを見るに、やはりフロアボスレベルではないようだ。

 

『殺シ尽クセ。私達ヲ害スルモノヲ』

 

 私よりも15センチほど高い位置の、仮面の奥の目で初めてこちらを見た。力なく下げられていた大鎌が高く構えられる。

 

『復讐セヨォォオオオオ!』

 

 同時に駆ける。振り下ろされる一撃に対して重心は低く、鎌の柄の下に沿うように真っ直ぐに槍を突き出す。

 鎌は地面に食い込み、槍は死神の左肩を捉える。肩ごと上に切り払い、下から満月を描くようにもう一度左肩を切り上げる。直後に大きくサイドステップで左に跳び距離を取る。先程まで私がいた位置を大鎌が斜め上に薙ぎ払う。

 

「鈍い……けどまぁまぁタフね」

 

 ソードスキルを使わなかったとはいえ大したダメージにはなっていない。しかしいくら大鎌が動きの鈍重な武器とはいえ、ある程度行動を把握しなければ硬直の発生するソードスキルはリスキーだ。まだ通常攻撃で戦うべき。

 

「何で勝とうって考えてるんだろうなぁ……」

 

 右払いを槍で受け止め、大鎌を引っ掛けたまま地面に槍を突き立てる。一度槍から手を放し大きく左足を踏み込み右足を引きながら身体を右側に引き絞る。

 一瞬の溜めの後、青く光る右回し蹴りを叩きつける。体術単発ソードスキル《水月》だ。

 その内容は水平回し蹴り。両足どちらでも使用可能だが威力はソードスキルにしては少々控えめ。その代わりに人型相手ならノックバックが入る。

 予想通りに死神がたたらを踏む。その隙にもう一度左足を踏み込み、右拳を握りこみそのまま放つ。体術単発ソードスキル《閃打》。右ストレートだ。同じ体術スキルの《エンブレイサー》よりも威力は控えめだが後隙が少ない。

 

 硬直が解除されると同時にバックステップして槍を掴み取る。死神が動き出すまで数瞬空いたが、大鎌はいつの間にか相手の手に戻っている。

 明確な隙を作ったために体術とはいえソードスキルを使ったが、武器を取り上げてもすぐに戻ると来たか。

 

「一撃は重いな……」

 

 右払いを受け止めた際にHPが1割削られた。相手のHPバーは1本目の2割が削れただけ。行動パターンの変化もあるだろうし油断するべきではないだろう。

 

 下から掬い上げるような切り上げを上体を逸らせて回避しながら槍を切り上げる。切り返しに振り下ろされた大鎌とぶつかり合うが、体勢が悪い。

 STRを両手槍と軽量鎧の最低限分しか振っていない私では、一撃偏重だろう死神との鍔迫り合いで下を取るのは不味い。その上身長も相手の方が上だ。体術ソードスキルか何かでどうにか打開を……。

 

「ぐっ……!?」

 

 突然背中に走る不快感。同時にほぼ無意識に体術ソードスキル《弦月》を発動させる。後ろに倒れこむように発動する蹴り上げ。更に不快感が増すが、鍔迫り合いの均衡が崩れたタイミングで半ば無理矢理頭の上に鎌の軌道を逸らし、転がるように距離を放す。

 

 背中の不快感は、大鎌の柄込みの部分で鍔迫り合いになっていた事で、相手が順手を逆手に変えれば柄込みを起点として、鎌の刃を私の背中に食い込ませることが出来る。ということだろう。食い込んでいた右の肩甲骨付近の位置から更に振り抜かれれば右腕が切り飛ばされていた。猪突猛進型かと思えば意外に頭が回るようだ。

 チラッと確認すればHPが4割も減らされている。このままではジリ貧か。

 ならば今度はこちらから攻める。元々私はAGI型なのだから受けには向いていない。

 

 死ぬにしたって受けに回って圧殺されるくらいならば真っ向からやってやる。きっとその方が死にがいがあるだろう。




 無事? 三話が出ました。過去話ですね。
 コイツホントに死ぬ気あるん? っていうところについてはどうなんでしょうね。精神的には死のうと思っていますが、デスゲームにおいて攻略組として活動していた身体と無意識の部分は、戦闘になれば最適解の動きをするような気もするのです。
 まぁ当然私自身にそんな経験はないので想像の産物になってしまいますが。

 では今回の解説をば。

・クエスト【滅ぼされた迷い家の復讐鬼】
 かつて迷い家と呼ばれる小さな集落があった。
 この集落に迷い込みモノを持ち帰った者は幸福に見舞われるとされ、その言い伝えが祟ってか集落の外から来た者達に全てを略奪された。
 唯一の生き残りである復讐者は死神の姿を取り、略奪を行った者達を皆殺しにしたがその心は満たされず、狂気に憑りつかれてしまった。
 彼にもたらされる救いは、恐らく集落の住民達と同じ所へ送ってやることしか残されていないのだろう。

 アザミが感じ取ったように、迷い家/マヨヒガの伝承としてクエストとなるには少々おざなりな点が多い。外敵はどうやって複数人で迷い込んだのか、大木の存在とは何なのか、全ての家が焼かれ隠れる場所もないのに復讐者はどうやって生き残ったのかなど、クエスト中に語られることもなく、整合性を取るには難しいクエストとなっているが、理由は後程本編で語られるかもしれない。


 では今回はここまで。
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