誰が為に微笑むか   作:MYON妖夢

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殺人者を殺す殺人鬼

 過去に浸りすぎたか。

 これから戦いに行くのに集中力が欠けていたらしい。

 

 セーフルームを後にする。索敵スキルにはやはり魔物以外の反応はない。

 ギルラッドがいる場所の目星は付いている。道中の魔物でも狩って意識を戦闘に切り替えよう。

 

 ここの敵はずっと昔に私の敵じゃなくなった。鎌を振るえばスケルトン系の敵の首が飛び、柄部分で殴りつければ砕け散る。

 経験値としては美味しくないし、落ちる素材も最前線から離れすぎて相場が安い物ばかり。

 レベル差が高い今、ここの魔物は私に挑んでくることもないから本当は戦う必要もないが、私の意識を研ぎ澄ますにはちょうどいい。

 

 迷宮区を駆け上がる。道中は邪魔な位置にいる魔物を狩る。1階層上がる度に、魔物の首を飛ばす度に冷たい冷気のような感覚が再び身体を満たしていく。

 

 迷宮区20階。大きな扉が鎮座している。第26階層のフロアボスの部屋だ。

 扉を押す。途中まで開ければあとは勝手に扉が開く。

 

 ここまで誰とも会わなかった。索敵にも引っかからなかった。つまり私の目星は間違っていなかったということ。

 

 クリアされた階層のボスフロアに来る人は滅多にいない。この先には次の階層の街があるだけだからだ。次の町に行きたいなら各街エリアにある転移門で飛ぶだけでいい。

 しばらくは殺した人の持ち物で食い繋ぐこともできる。だからほとぼりが冷めるまではここで待つしかない。

 

「そうでしょ? ギルラッド」

 

 一人の男が両手斧を構えて立っている。短い黒髪に少し大柄な身体。特徴は右耳に着けられている髑髏型のピアス。アルゴの攻略本に乗っていた顔写真と一致する。つまり彼が2人の人間を殺したレッドプレイヤー【ギルラッド】であると認識する。

 

「死神……!」

 

「そう。私はお前の死神。ここでお前も、お前が殺した人達のところに逝くの」

 

「クソ!」

 

 両手斧単発ソードスキル《スラッシュ》で踏み込んでくる。手にした大鎌を回転させるようにして弾き、《水月》を脇腹に放つ。

 打撃系体術ソードスキルの特徴は軽微なノックバックとスタン。怯んだところに大鎌を水平に切り払う。

 屈んで回避されたところに体術ソードスキル《翔脚》――少ないモーションから放たれる膝蹴り――を放てば、回避も防御も間に合わず顎を捕らえ、身体ごと宙を舞う。

 

 そこに大鎌を切り上げる。《翔脚》に使った右脚で強く地面を踏みしめ、全身を捻りながら放つ渾身の一撃。そして空中で取れる策は少ない。彼は迎撃を選択した。

 振り上げられた斧が光り輝き、単発重攻撃《グランド・ディストラクト》を大鎌にぶつけるように放って来る。このソードスキルの特徴は怯みに対して強いスーパーアーマー。つまりソードスキルの発動保障とその後の隙の少なさだ。

 

 だが――

 

「無駄」

 

 それが有効に働くのはレベル差が大きく離されていない場合でしかない。

 ソードスキルですら、この世界の絶対であるレベル差を覆すには至らない。

 だから、こうして彼の両手斧は天高く弾かれるのだ。

 

「なっ……!」

 

 中空を薙ぎ払う。斧が身体ごと弾かれ、さらに高い位置まで宙を舞ったギルラッドの両脚が地面に落ちて砕け散る。

 もう一歩踏み込む。姿勢は低く、振りは大きく。右肩に引き絞る様に。

 ギルラッドの着地と同時に斜めに振りぬく。左肩から右脇腹まで大きく抉り切った。

 

 両脚がなくなったことで着地の体勢が崩れ、致命傷は避けたらしいがその距離も私の距離だ。

 柄の下の方に両手を滑らせて遠心力を付けた切り払い。

 割り込んだ斧が砕け散る。それでも大鎌は止まらない。

 

「待っ」

 

 両手に伝わる軽い感触。いつだって誰かの首を切り離した時は、思っているより軽い感触。

 

「……普段2人に邪険にされてたのは、同情する。でも、それで殺してしまったらいずれこうなる。……他にも、いくらでも手なんてあったでしょうに」

 

 ギルラッドの目撃時、殆どが2人の世界に入り浸っていた2人に邪険に扱われていたらしいと聞いている。長く組めば組むほどそのストレスと恨みは募るだろう。特にこんな世界では自分の命にすら影響しかねない。

 でも一線を越えたなら、私が殺す。レッドプレイヤーは、私の敵だ。

 

 プレイヤーを殺した事でドロップしたアイテム群をストレージに格納する。またどこかのNPCの店で買い取らせよう。

 

 姿を死神から一般の中層プレイヤーに変える。確か前回は軽鎧と片手剣にしてたはずだから、今回は布鎧と片手棍を装備して、髪は白のポニーテールのままで構わないか。

 

「転移。【ミーシェ】」

 

 転移先は35層主街区。

 索敵も隠蔽もちゃんと機能している。このまま迷いの森に帰ろう。

 

 迷いの森に入れば迷い家に飛ぶポップアップが出る。誰もいないことを確認して転移する。

 大木を背にして座り込む。邪魔な装備を解除し、大鎌を取り出して視線を落とす。

 

「ふぅ……」

 

 楽に勝てることが精神的に楽なわけじゃない。

 でもまだ私が死ぬ時じゃない。私は、PoHの首を跳ね飛ばさないと死んではいけない。PoHだけは、私が殺さないといけない。他の誰にも譲らない。

 全身を巡っていた冷たい冷気が、PoHのことを考えるだけで熱くなる。それじゃ勝てないというのに。

 

 頭と身体を冷やし尽くす冷気。意志の力。"死神"はそう語った。

 この力を使わなければ私が同格以上のレッドに勝つことはできない。PoHは……きっとそういう相手だ。熱くなっちゃいけない。私は死神。冷たく相手を死に誘う死神だ。

 

 ……でも今はレッドの情報がない。アインクラッドは自分から情報を集めにいけるだけの広さでもない。

 アルゴの攻略本に頼りっぱなしというのは問題だけど、アルゴもレッドの情報を逃すわけにはいかないはずだ。私がレッドを殺しに行くことで攻略本に乗せないなんてことはあり得ない。……まぁ、自分が書いたレッドプレイヤーが悉く死ぬなんて状況にしているのは彼女の精神的によろしくないかもしれないけれど。

 まぁ、私に彼女の精神状態は関係ないか。彼女はどれだけ辛くても自分の責務は全うするって知ってるし。

 

 ストレージから取り出した回転砥石を稼働させて大鎌の刃を滑らせる。

 馬鹿げた耐久力と性能はしているけれど、メンテナンスしないと流石にいつか壊れる。しかしこんなものを使っているのは私だけだし、鍛冶師プレイヤーに任せてバレたら困る。NPCの店でも同じリスクがあるから仕方なく自分で《鍛冶》スキルを取った。メンテナンスするくらいなら問題ない熟練度まで上がっている。

 耐久値が元通りになったら今度は外套を取り出す。《裁縫》スキルで耐久値の減りを確認するが、今回は一撃も喰らっていない。耐久値が減ってるはずもないのだが、癖で確認してしまった。

 

「はぁ……」

 

 溜息を溢しながら大木に体重をかける。目を瞑り、消耗した精神を回復させることに努める。

 殺人者を殺した日だけは、色々と鍛えるのを避けている。肉体的な疲労はこの世界に存在しないが、精神的なものから来る疲労については身体を酷く蝕む。

 ただの睡眠不足や空腹にはとっくに慣れたし、殺人者を殺すことに対して罪悪感を感じることもない。命を懸けた殺し合いが疲れる。それだけだ。

 それだけだけど、それによって自分のパフォーマンスが落ちることもよくわかってる。だから殺人者を殺した日だけは他のことを一切しない。

 

 一眠り、しようか……。

 

 

 

 

 

「どう思ウ? キー坊」

 

 あの【鼠】が俺を呼び出すなんて珍しいこともあるもんだと思ったが、いつものへらへらした感じじゃなくて真面目だ。クリスマスの時の借りもあるしちゃんと聞いてやるか、と思ったところに示されたのは、【生命の碑】に横線を刻まれたいくつかの名前だった。

 

「どうって……そりゃレッドに身内を殺されたんだろうなってことしかわからないだろ」

 

「オレっちや他の広報誌がレッドの情報を載せる度ニ、数日以内にそのレッドプレイヤーが死んでル。普通じゃないダロ」

 

「普通じゃないし許されるべきことでもない。けど、そうだな……わからないでもないんだ。大事な誰かを殺した元凶を滅茶苦茶恨む事。俺も、俺が憎くて仕方なかった」

 

 あのギルドのことは、つい最近のクリスマスでの一件が終わった今でも心に強く刻まれている。忘れることはできないし、忘れていいことでもない。俺がもっと早くレベルを公開していたらとか、あの27層迷宮区よりも低いところで稼ぐことを提案していたらとか、やれただろうことはいくつも頭をぐるぐると回る。

 

「オレっちは今回も【死神】の仕業だと思ってル。何カ、正体のあてとかないカ?」

 

「アンタにあてがないのに俺にそんなものあるわけないだろ。鼠の手が届かないのに一般プレイヤーの俺じゃ無理だって」

 

「そうカ。そうだよナ……」

 

「どうしたんだよ。アルゴらしくもない。もっとアンタはこう……正体を絶対暴いてやるってタイプだろ」

 

 理由なんてわかってるけどあまり踏み込むこともない。自分が書いた記事のせいで人が死んだとか、そういうことを思ってるんだろう。

 仮にそうだとしても危険すぎるレッドの情報は載せないとならない。それがわかっているからこそこうして煮え切らない感じなんだろうけど。

 

 しかし死神はいったい誰なんだろうか。急に現れた殺人者を殺す殺人鬼。レッドに襲われる瞬間に助けられた人によって目撃された姿はまさに死神のような出で立ちで、敵としてすら見ることが少ない大鎌を振るうプレイヤー。

 その上名前は隠されてるし、仮面のせいで顔もわからなければ、声を聴いたこともないから男か女かすらわからない。完全な秘匿主義……といっても恨みを買うような人殺しをしているのだから秘匿しない方がおかしいんだが。

 そういうところがただのレッドではないことを物語っている。レッドの連中はもっと自分の力を誇示する。死神にはそれがなく、一切の正体を隠している。

 

「……あーモウ! 暴いてやりたいなんてそりゃソウダ! でもオレっちの《索敵》に引っかからない奴なんて滅多にいないし、ようやく見つけたと思ったら《隠蔽》を看破されたことすらあるんだゾ。こんな相手は初めてダ」

 

「アンタの隠蔽も抜くのか。そりゃキツいな」

 

 加えて極めて高い索敵と隠蔽の熟練度か……。上の層のレッドにも横線が引かれているのを見る限り、攻略組にも届きうるトッププレイヤークラスってことか。

 

「て言ってもだ。死神が活動し始めたここ1、2ヶ月以内に攻略組から抜けたパーティやソロなんていないし、大型ギルド達ならだれか抜けたとしてもその後については確認してるはずだ。急に出てきた高レベルプレイヤーとしか思えない」

 

「それがネックなんだヨ。これだけの高レベル、どこかでオレっち達が知ってないとおかしいはずダ。なのに目星すら付けられない。……ハァ。アーちゃんからの依頼とオレっち自身の気持ちの問題でアザっちも探さないとならないってのニ、いつものことだけど情報屋は忙しいナァ」

 

 珍しい。アルゴが弱気とは。

 いつでもポジティブで、《体術》スキルを取るためのクエストでつけられた三本髭すら自分のアイデンティティとしてしまうような奴なのに。

 

「あーなんだ……何か奢るよ」

 

「……じゃあ35層の宿でチーズケーキでも奢ってもらおうカ。あそこのチーズケーキは美味いんだそうダ」

 

「……アンタってちゃんと女性プレイヤーらしいとこあったんだな」

 

「どういう意味ダ!」

 

 この後何皿食うんだってくらい奢らされたことを記しておこう……。




お久し振りです。
感想いただいてモチベが帰ってくるタイプの現金な人間なので無事書きあがりました。これだけ空いて無事とはこれ如何にという感じですが。

では今回はここまで。
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