アルゴの口から滑り落ちるように出た名前。アザっち……もといアザミ。
俺と同じベータテスターらしく、デスゲーム開始からあの事件が起こるまでは当時の攻略組の中でトップクラスの活躍を見せた彼女らのパーティの中でも、更に一段階上の技量を持っていた。
大盾に片手混を携えたタンクのサブ。盾持ち片手剣のタツとユキ。両手斧使いのケンスケ。そしてリーダーにして攻略組トップクラスの実力者だった両手槍のアザミ。前線を次々と入れ替えてのリスク管理が上手いパーティだった。故に強かった。
ベータテスター時代のことはわからないが、デスゲームにおけるアザミは強かった。実力は勿論だが、俺がデスゲームが始まったばかりの時に選べなかった、パーティメンバーと一緒に強くなるという選択をとれる強さがあった。
【黒の剣士】なんて呼ばれるようになったが、そんな今でもあの頃の彼女は俺より強い。心が強かった。
『皆行こう! 今回のボス戦も皆で生き残るよ!』
そして戦闘時には目の色が変わるが、普段はどこかふわふわとした人だった。口調は間延びしがちで、ニコニコと日向ぼっこするのが好きな、そんな人だった。
『もー。またソロにこだわってるの? アスナにはギルドを進めておいて自分はソロとか通用しないよー?』
『アスナもキリトも強いんだから引く手数多だと思うけどなー。特にキリトはどっちかっていうと人付き合いの問題でしょ? それで死んじゃったら元も子もないよー』
その上俺たちのことをよく気にかけてくれた。リアルの年齢はわからないがおそらく俺やアスナよりも上だったんだろう。頼れるお姉さん、といった風だった。
キッチリとした性格のアスナと相性が良かったのかもしれない。アスナは懐いていたし、親友と言っていいくらいには仲が良かった。
俺自身も、彼女たちと動くときはどこか心地よかった。皆いい人だった。
誰も、いなくなってしまったが。
俺はようやく割り切れた。割り切れてしまった。誰もいないということを心のどこかで認めてしまって、空虚感が残るばかりだった。
俺でこれなのだ。当事者であったアザミの悲しみは、月夜の黒猫団の一件を超えた今でこそわかるが、当時の俺にとっては計り知れないものだった。
『……あ、キリト、アスナ。ごめんね。攻略、参加できないや』
たまに顔を見に行く度に憔悴していた。この世界では頬がこけたりなどはしないが、一目見てわかるくらいに弱っていた。当然だ。親友たちを目の前で殺されて、そうならないはずがない。
アスナもそんなアザミにあてられていつもの調子が戻るまではかなり時間がかかった。何ヶ月かかけてようやく戻ったところに、また事件が起こった。
アザミが失踪した。それを告げられた時のアスナの表情は忘れられない。
あらゆる感情がないまぜになったような顔だった。フレンドからも消えていたことで目に見えて錯乱しているようだった。
ヒースクリフに言われるまでずっとアザミを探していたのに、それでも見つけられなかった時の悔しそうで悲しそうで怒っていた彼女は、俺が何を言っても届く気はしなかった。
アザミ。どこにいるのかアルゴですらわかっていない。一体、どこにいるんだ。アスナはあんなにも心配している。どうか見つかってくれと願うばかりだ。
声がした。悲痛な叫び声。
「誰か! 誰でもいい! 皆の仇を……討ってくれ!」
最前線第54層。滅多にこんなところには顔を出さないけれど、とある情報を耳に挟んだ。その情報を確実にするためだけに、また紫の髪を染め直して、アザミとは別の姿で転移した。
そしてその場で、耳にそんな慟哭が入ってきた。どうやら今回の情報は当たりらしい。
「奴らを……【タイタンズハンド】の奴らを……捕まえてくれ……!」
もう何時間もいや、何日もかもしれないけれどそうしていたのだろう。声が枯れることも衰弱することもないこの世界だというのに、足にちゃんとした力は入っておらず、縋りつくように道行く攻略組プレイヤーに呼び掛けている姿は痛々しい。
……あ、キリト。と無意識に姿を人だかりに紛れ込ませる。
巷では黒の剣士だなんて呼ばれているらしい全身黒の装備で身を包む盾無し片手剣の使い手。攻略組の中でも実力はトップクラス。昔はよくアスナと行動していたのを覚えている。
あの真っ黒剣士は妙に勘が鋭い時がある。《隠蔽》を発動させたうえで変装しているとはいえあんまり姿を見せるべきではないだろう。見せるなら死神としての姿の方がまだ安心できる。
どうやらキリトは彼――ギルド【シルバーフラグス】のリーダーの依頼を受けるらしい。
内容はシルバーフラグスのメンバー4人を殺害したタイタンズハンドを黒鉄宮の牢獄に送ること。本来ドロップでしか手に入らない
……牢獄の幽閉だけでいいだなんて、甘いわね。殺されたら殺さなきゃ。
私と同じ境遇なのに、こんなに差が出るものか。……まぁ、私はあの死神に出会わなければただ死ぬだけだったけど。
「安心してくれ。絶対に仇は討つ」
そう、シルバーフラグスのリーダーの肩に手を置き、キリトが言う。
どこまでも善人というか甘いというか。それなのに生き残れるくらいに相変わらず強い。
さて、私もタイタンズハンドについて調べることにしよう。
……結局35層にタイタンズハンドは今は留まっているらしい。というか顔を把握した今ならわかるけど確かに見たことあったな。
それを追ってか35層にキリトも現れた。ツインテールの小さい少女……竜使いシリカと一緒に組んでいるらしい。今は使い魔の小さい竜いないみたいだけど。あのお人好し、何をやってるんだ。
まぁ、お人好しってだけじゃないんだろう。多分数時間前のシリカとタイタンズハンドリーダーのロザリアの言い合いを見ていたってことだろう。ならばシリカと行動していれば釣れるかもしれない、というのもあるのはわかる。
なら私は彼らを利用させてもらうとしよう。多分それが一番楽だろう。
とりあえず今日は宿に泊まるようだ。ロザリアに絡まれていたが内容にあまり興味は出なかった。
ただ、あの小竜はやっぱり死んだらしい。そしてそれを生き返らせに【思い出の丘】に行くんだそうだ。確か、47層にある花畑のマップだっただろうか。レベリングには全く向いていなかった記憶がある。
2人はすれ違って宿へ向かっていった。それを見送るロザリアの顔は、見たことのあるような嫌な笑みで塗られていた。
キリトたちの行き先はどうでもいいが、ロザリアをここで確認できたのはこの後が楽でいい。
とりあえず行動方針は決まった。変装して隠蔽してロザリアの後を追えばいい。レベル差があることは間違いない以上、それで問題ない。
とはいえ今日はロザリアも宿に入っていった。動くのは明日になりそうだ。
隠蔽スキルを発動させる。髪の色は今度は紅色に変えてローポニーにまとめる。まぁローブで隠してしまうのだが。
武器は定番の鋼鉄シリーズである両手剣の【鋼鉄の両手剣】。スキルは取ってないけどカモフラージュ程度には使える。
ロザリアが出てきた。後を追えば人気のないところに入っていき、タイタンズハンドの構成メンバーらしき男に何か話しているのを盗み聞きする。どうやらキリトとシリカの後をつけるらしい。
テイムモンスターの蘇生アイテムである【プネウマの花】とかいうレアアイテムのために構成メンバー全員で襲うなんて言ってた。キリトの前で姿を現すのはあまり望ましくないが、そんな望ましくないことになるらしい。ため息が零れそうになるのをこらえる。
まぁ、そう簡単にはバレないでしょ。と高を括るしかない。リスクがあるという事実よりも殺人者をまとめて一網打尽にできるチャンスのほうがずっと大事だ。
さて、準備をしよう。
「――そこで待ち伏せてるやつ、出て来いよ」
シリカの目的であったプネウマの花は手に入った。
だがこれから一悶着起こす必要があった。レッドギルドであるタイタンズハンドが周りに潜んでいる気配を感じる。それに数日前から感じていた妙な視線も感じる。俺の《索敵》には引っかからないがたまに感じるそれを、何となく感じ取れていた。
……いや、そっちの気配はひとまず置いておくしかない。シリカを利用するようで悪いが、ここで俺はタイタンズハンドを全員捕まえる。ここが一番のチャンスだ。絶対にここで決める。シルバーフラグスのリーダーの無念を晴らすために。
レッドプレイヤー特有の力を誇示する特性を利用するためにそう声を掛ければ、昨日シリカに絡んできた女、タイタンズハンドリーダーのロザリアが不敵な笑みを浮かべて出てくる。
プネウマの花を狙って出てきたということだ。昨日の宿の中での《聞き耳》スキルを使っていたのは彼女の仲間で間違いないとあたりをつけていたし、索敵にもずっと反応していた。
俺がタイタンズハンドのリーダーであると告発すれば、ずっとシリカがいたパーティを狩りの対象に定めていたことを明かし、そしてそのシリカがプネウマの花を取りに行くことを知ってそれを奪いに来たのだと言う。
「でもそこの剣士サン、そこまで解ってながらノコノコその子に付き合うなんて、馬鹿? それとも本当に体でたらしこまれちゃったの?」
「いいや、どっちでもないよ。俺もあんたを探していたのさ、ロザリアさん」
「……どういうことかしら」
「あんた、十日前に、38層でシルバーフラグスってギルドを襲ったな。メンバー4人が殺されて、リーダーだけが脱出した」
「……ああ、あの貧乏な連中ね」
「リーダーだった男はな、毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で泣きながら仇討ちをしてくれるやつを探していたよ」
声に無意識に力が入る。
「でもその男は、依頼を引き受けた俺に向かって、あんたらを殺してくれとは言わなかった。黒鉄宮の牢獄に入れてくれと、そう言ったよ。――あんたに、奴の気持ちが解るか?」
「解んないわよ。何よ、マジんなっちゃって、馬鹿みたい。ここで人を殺したって、ホントにその人が死ぬ証拠ないし。そんなんで、現実に戻った時罪になるわけないわよ。だいたい戻れるかどうかも解んないのにさ、正義とか法律とか、笑っちゃうわよね。アタシそういう奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈持ち込む奴がね」
やはりレッドプレイヤーはどこかおかしい。絶対におかしい理論で、絶対に自分が正しいと思っている。
そんな奴らにアザミたちは襲われたのだ。ギッと奥歯が鳴るが、平静を保つように心を落ち着かせる。
「で、あんた、その死に損ないの言うこと真に受けてアタシらを探してたわけだ。ヒマな人だねー。ま、あんたの巻いた餌にまんまとつられちゃったのは認めるけど……でもさぁ、たった2人でどうにかなるとでも思ってんの……?」
ロザリアの右手の指先が素早く2度宙を扇いだ。
同時、ロザリアの後ろの複数の木の後ろからいくつもの破砕音が連続して響いた。
ガラスが砕け散るような破砕音。俺はこの音を、よく知っている。
それを認識する前に、ロザリアの首元に湾曲した刃がかざされ、背後に黒い影が立った。
真っ黒なローブに真っ白な仮面。そして何よりも突き付けられた
「死神……!?」
レッドを狩るレッド。死神。
その姿を認識すると同時に背中の片手剣【エリュシデータ】を抜き放ち、シリカを手で下がらせ前に出る。
「えっ……?」
ヒュン、と。
これ以上なくあっけなく、状況を認識できていなかったロザリアの首が宙を舞った。
「きゃああああああ!」
シリカが絶叫する。誰かの死を見たのは初めてだろう。とっさに手でシリカの目を覆うが、きっともう遅い。
「死神……なんでだ。彼らは黒鉄宮に送って、クリアまで幽閉するはずだった。ここで手を出す必要なんてなかっただろう!?」
こわばる身体に反して言葉は滑らかに出た。レッドじゃない俺たちに襲い掛かってくる可能性は低いが、どうしても身体は緊張する。
『それが何か関係あるか? 人を殺したのだ。殺されても文句は言えない』
仮面のせいかくぐもった声。男か女か判断するのが難しい。
「……だからって殺すのか」
『殺人者は殺す。それが私の存在意義だ』
……レッドとは違う意味で価値観が違いすぎる。やめさせることなんて難しいだろうが、どうにか説得できないのか。
『黒の剣士。お前に何を言われても私は変わらない。私は、殺人者を殺す』
それだけを言い残してその場から消えた。
あれが、死神か。
間違いなく強い。俺と同じかそれ以上に。あれだけのプレッシャーはフロアボス戦と……キレたアスナ以外では久しぶりに感じた。
「はぁー……」
思わず詰まっていた息を吐きだす。とりあえずシリカに何もなくてよかった……。
……精神的にかなりのダメージを受けたらしいシリカをなだめるのは大変だった。しばらく一緒にいてくださいとまで言われて断るわけにもいかないし。まぁあんなのを目の前で見たら仕方ないだろう。彼女の精神を守り切れなかった俺の責任でもあるし。
そんなわけでしばらく彼女をなだめる日々が続いたのであった。
意外と早く次が書けました。
とはいえ今仕事がとても忙しいのでペースはあんまりかもしれません。
では解説することもありませんし、今回はここまで。
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