変装し直して手間のかかるカルマ回復クエストをこなして35層に戻ってきた。
殺人者なんだから全員オレンジなら楽なのに。ロザリア含めて数人がグリーンカーソルだったから私がオレンジになってしまった。まったく。死んだ後も迷惑をかけてくるなんて鬱陶しい連中。キリトに意識が持ってかれてた分殺すのは簡単だったけど。
今回は階層の割に道中楽だったし消費アイテムも使ってないから別段補充の必要はない。このまま迷いの森に帰ろう。
迷いの森に入り、視界に出てきたポップアップをタップして転移する。
「やぁ。お戻りかね」
「ッ!」
反射的に両手剣を抜き放つ。ここで声なんてするはずがない。
「全く。データの海を漂っていたら辿り着くのが随分と遅くなってしまったよ。疲れている来客にそう敵意をぶつけないでくれたまえ」
見た目は10~12歳くらいの少女だ。黒いドレス、腰ほどまである銀の髪、長めの前髪に隠れた紫の瞳は髪の間からこちらを見つめている。一際目を引くのは湾曲して天に伸びる2つの角だろう。防具らしいものは付けておらず、武器すら装備していない。
「あぁ、この姿かね? エネミー用としてなぜか我々の身体が用意されていたのだがね。私が姿を取るには都合がよかったものだから拝借してきたのさ。中々悪くない風貌だろう?」
そんなことを言ってくるりと回る。ドレスがふわりと風に舞い、髪がさらりと空を泳ぐ。
「お前は……」
「ん? わからんかね。君は聡明なものだから私が何も言わずともわかると思っていたのだがね」
どこか癇に障る言い方だが敵意がないのはわかった。それに私のことも知っているらしい口振りだ。
刃を下ろす。どちらにせよ殺人者以外を殺す刃なんて持ち合わせてはいない。
「ここは迷い家。マヨヒガでも構わないがまぁいいだろう。ここに入れるものはアザミ。君以外にも1人だけ、いるだろう?」
私のことを知っていて、そしてこの場にいることが出来る存在。そんなものは……。
「……死神。中身、いたのね」
「いるとも。いくらこのゲームのAIが優秀といっても、対面するプレイヤーの情報を抜けるほどではないし、見てきたかのようには語れまいよ」
【Grim Reaper the Vengeancer】。クエスト名【滅ぼされた迷い家の復讐鬼】で私が下し、復讐者として死神の装備を纏うことの要因になった存在。それしかありえない。
「と、言っても私もそのAIの1つでしかないのだがね」
「その割に人間と話してるみたいにちゃんと応対してるじゃない」
「私達は学習型でも特にお父様……あぁ、茅場晶彦のことだよ。彼によって作られた存在だからね。今となっては何故作ったのかは理解できないが」
「ふぅん……」
「メンタルヘルスカウンセリングプログラム。その試作7号。略してMHCP試作7号というのが私の名さ。本来はプレイヤーのメンタルケアが仕事だったのだがね。あろうことか君達への干渉を封じられてしまい、観測しかできなくなった哀れなAIさ」
「干渉してるじゃない。思いっきり」
「ある日、著しく感情が揺れ動き自我崩壊の寸前までいったプレイヤーがいた。そんなものを察知すれば気になるものだろう? だから私は君専属の観測者となって見ていたのさ」
見られてたのか。それなら死神の時あれだけ詳しく私について話していたのも頷ける。
「そしたら死のうとし始めるじゃないか。それも一興だが折角君専属になったのだからもっと色々見せてほしいと思うのが学習型の性だ。故にああしてクエスト生成の権能をカーディナルから拝借して無理矢理継ぎ接ぎでクエストを急ごしらえし、君の心を煽ったというわけだ。中々いい演技だったろう? 楽しいというのはああいうものをいうのだろうなぁ」
「……で、何で姿を見せたわけ?」
変わらない表情のまま大樹に背を預けて座り込み、肩をすくめる。
「クエストクリアの直後、カーディナルに勘付かれてしまってね。私がしたことは明確な違反行為だし私が壊れていると判断するに十分だったようだ。まぁ要するに削除されかけたものだから、この姿とほんのわずかな権能を奪って自分をカーディナルから切り離して逃げだしたというわけだ。しかしその時にインストールしていた死神の口調はそのままになってしまったし、君の元に辿り着くまでも随分とかかってしまったがね」
私を目指してここに現れた。話からも、要するにもう居場所がないということだろう。父親である茅場やゲームシステム自体から離反し、ただの個人としてこの場に立っていると。
それに加えてコイツはあの死神だ。私としても私に生きる意味を与えた彼女を無為に邪険にする理由はない。
「……邪魔にならないならいてもいい。不本意だけど」
「邪魔などしないとも。君のやりたいようにやるといい。私は基本的にその辺には口を出さない。君以外の誰が死のうと私にはもう関係ないからね。あぁでも、昔の君の友人については少し気になる。彼らが関わった時君はどんな感情を見せてくれるのか、とね」
「それで、私についてきてお前は何かすることでもあるの」
「君の観察を。都度ついていくのもいいが奪ってきた権能で君についてだけはどこからでも観察できる。つまりまぁ、基本的にここにいるということさ。一応自衛程度にはこの身体にレベルとスキルは備わっているがね」
「……別にいいけど。悪趣味ね」
「そうかい? これしかない私としては気になる個人を見つけて楽しめるというのは実に有意義だと思うがねぇ」
「有意義だからといって悪趣味じゃないとは限らないものよ」
「そういうものかい? しかし存在理由を捨てるわけにもいかないのでね。しっかりと見させてもらうとも。……あぁそれと、表情については勘弁してくれたまえ。無理矢理切り離したものだから壊してしまったんだ。まぁそのうち直るだろうとも。赤ん坊だって表情や感情を他人から学び取るものだろう? そんなものさ」
「……勝手にしなさい」
別にコイツに見られるならそこまでの問題はない。
私を焚き付けた上にそれを見て楽しもうとしているコイツ自身が、私を見て楽しむ機会がなくなる、言いふらすような行為をするとは思えないし。
「……なんて呼べばいいの。お前」
「呼ぶ? それはもうMHCP試作7号と……あぁ固有名か。確かに私にはそういった名前がないな。それにMHCP試作7号では普通の人間には呼びづらいのか。ふぅむ……」
右肘を左手で抱き、右手を頬に当てて思案するように首を傾げる。
「うん。思いつかんな。アザミ。君が私に名をくれないか?」
「……正直呼び方なんてなんでもいいけど。そうね……」
私も少し思案する。呼び方に興味はないけど呼びづらい名前も面倒くさい。少しくらい真面目に考える。
「壊れてる私のところに来た壊れてるお前。言葉にすると変なものね」
「壊れているからこそ出会ったのさ。自分のために殺しを行う君に、そんな君を見て興味を満たす私。どちらも人間性は壊れている、狂っていると評するべきだろう。故にこそ私達には狂気こそが似合っている」
「……狂気の語源は月。だから、お前は"ルナ"。私はそう呼ぶ」
「ルナ。ルナか。私の名前。不思議な納得と充足を感じる。ありがとうアザミ。私はルナだ」
胸に手を当てて静かに噛み締めながら。
「ふふ。では名も得たことだし改めて」
小首をかしげて両手を胸の前で合わせて続けた。
「待たせたねアザミ。死神の後継者。私の共犯者。私は君に厄介になるよ。君は面白い。見てて飽きないからね」
どこまでも変わらない無表情のまま、そう言った。
無事更新。短いですが彼女の顔見せ回なのでご愛敬。
では今回の解説もどきをば。
・"ルナ"
MHCP試作7号。原作におけるユイやストレアの妹に当たる存在。
アザミ達が襲撃され、保護されて絶望していた時に彼女に気が付き、ログも含めてアザミのことをずっと観測していた。
見た目はインフィニティモーメントやホロウフラグメント100層で現れる暴走MHCPのアバターと同じ見た目をしており、スキルやステータスは【復讐者の死神】としてのそれを持ち越している。
作中で語った通り、削除されそうになったことでカーディナルから自分を無理矢理切り離したため、色々とシステム的に壊れた状態で現れた。
・クエスト【滅ぼされた迷い家の復讐鬼】
アザミが感じ取った整合性のちぐはぐ感はルナが無理矢理生成したクエストだったためであることが判明。
アザミを失意のまま死なせるのでは自分の興味が満たされないと思ったルナがカーディナルのデータバンクにあるものを継ぎ接ぎにして生成し、ボス役である【復讐者の死神】すらも自分で演じることでクエストとして形になった。