「死神、か」
鎌を緩く構え、長い刀を抜き身にして佇む男と対面する。
黒い長髪をローポニーのようにまとめた男の名は【オドリック】。主に攻略組を狙う殺人者。わざわざ55層という最前線すぐ手前の層まで登ってくる理由になった殺人者だ。
「ようやく俺のところに来たか。待っていたぞ」
会話をするつもりはない。一歩で最高速まで加速して切りかかる。
それを向かい打つのは刀ソードスキル《辻風》。脇から切り上げる一撃でもって振り下ろした大鎌を受け止められる。
ソードスキルの発動が早い。それはつまりソードスキルの発動に対して無駄な動きが少なく、この世界で戦う上で"上手い"ということだ。
簡単な相手じゃないことをそれだけで理解した。
「数々のレッドプレイヤーを屠ったその腕。そしてこのソードスキルを使っていないにもかかわらずこの重い一撃。予想以上だ死神」
発動硬直の間に押し切れない程の筋力ステータス。一度後ろに飛んで仕切り直そうとすれば今度は向こうから距離を詰めてくる。
鋭い袈裟切りを柄で弾き、切り返しを回り込むように回避しながらその場で回転して鎌を叩きつける。
刀で軌道を逸らされながら更に回転。後ろ回し蹴りとなる体術ソードスキル《月打》を放てば咄嗟に引き戻された腕で受け止められ、また距離が開く。
もう一度突っ込んで来ようとするのを鎌の峰で突くようにして牽制し、左手で足のホルスターから抜いた短剣を投擲する。投げた勢いのまま左足で踏み込み、半身を引いて短剣を回避したオドリックに対して胴の正面を捉えるように薙ぎ払う。
峰を片手で支え縦に構えた刀で強引に受け止められる。そこに右足で《水月》を放つと左足を大きく持ち上げて受け止められる。
敢えて弾かれるように力を抜き半回転。そのままもう一度薙ぎ払いを叩き込んで防御ごと吹き飛ばし、勢いをつけてもう一度回転しながら大鎌を投擲する。
くるくると回転しながらオドリックに迫る鎌を見ながら右手でウィンドウを叩く。大鎌は崩れた態勢を無理矢理地面に沈めることで回避され、直後に光の粒を散らして消滅する。それを視界に捉えながら私の手の中に新しい感触が生まれるのを感じて走る。
起動するのは突進
スキルMod《クイックチェンジ》。武器を即座に装備変更、もしくは手元に呼び戻すことが出来る。私は【死神の大鎌】の変更先にこの二又の槍【ビヘルシャナ】を設定していた。
「ああ強いな……! 今まで殺してきた奴らも強かったがもっと強い! 楽しくなっちまうなぁ!」
切られた胸から左肩にかけての傷を押さえながら立ち上がり、刀を再び構える。浅かったらしくまた武器を保持できている。
そしてどうやらコイツは戦闘狂と呼ぶべき部類らしい。殺し合いを楽しみ、強者との戦闘にこそ喜びを感じる。戦うだけで喜ばせるなんて面倒な相手だけど、殺してしまえば結局は変わらない。
「おおぉ!」
気合と共に一閃、二閃、三閃と刀の軌跡が描かれる。躱し、弾き、受け止める。
前蹴りで距離を離せば直後に踏み込んでくる。早い。しかも刀が紅く輝いている。そのモーションは見たことがある。刀ソードスキル《緋扇》。
上下の連撃を縦にした槍で受け止め、一泊置いた突きを下から切り上げる槍ソードスキル《ワイルドスラッシュ》で迎え撃つ。レベル差はこっちが上でもSTRステータスの差で地面を削りながら後ろに押し飛ばされる。
態勢を強引に支えながら右手一本で槍を持ち替えて肩に引き絞る。起動するのは槍ソードスキル《ブラスト・スピア》。ビヘルシャナを投擲しながらフリーになった右手でウィンドウを操作し、再度クイックチェンジ。
その間にも槍を搔い潜り突っ込んでくるオドリックに対して左手でホルスターから引き抜いた短剣を手首のスナップで投擲する。手から短剣が離れたと同時に手元に死神の大鎌が再出現するのを右手で掴み取り、即座に地面ごと抉るように切り上げる。超反応で上半身を仰け反らせて回避されるのを認識する前に両手で握り直した大鎌を斜めに振り抜く。頬を僅かに抉ったところで刀によって刃の進行が止まった。
……しぶとい。流石は攻略組を殺せるだけの上層プレイヤーといったところか。
「俺は強い自覚があった。攻略組を殺すことすら飽き始めていた。だというのにお前はこれほどに楽しませてくれるのか死神ぃ!」
「……うるさいな」
このまま筋力で押し切れないのはわかっている。体術ソードスキル《弦月》でサマーソルトキックを放ち、当たらずとも僅かに空いた距離を空中に逆さのまま大鎌を斜めに振り下ろす。刀で逸らされるがそのまま地面に突き刺し、筋力任せに鎌の柄を起点にして逆上がりの要領で蹴り飛ばす。
着地、同時に大鎌を抜いた勢いで今度は縦回転で投擲。追従するように最速で駆ける。左肩にひやりと冷気を感じた直後、踏みとどまったオドリックが周囲を薙ぎ払うソードスキル《旋風》を放つと大鎌がこちらへと跳ね返ってくる。走りながら左回転、隣を通り過ぎようとする大鎌を右手で掴み取り、相手の腹よりも低く、地面を這うように大きく踏み込んだ。
「ぬおっ」
「っ――」
タックルするように右肩をねじ込む。この零距離では刀でできることは多くない。そしてそのいずれの手段を取るよりも私の方が早い。
水平に大鎌の石突きを腹に突き込み、手首を捻って上向きだった刃の先端で頭を狙う。刀での防御が間に合ったようだが、更に腕を回すようにねじこめばその部分を支点に刃が左肩を抉り、さっき《ソニック・チャージ》で切り込みが入っていた肩が切り離され地面に落ち砕け散る。
同時に感じた冷気は私の左肩から脇腹にかけての一直線。手首の動きで引き戻した大鎌の柄で冷気が示した通りの斬撃を押し戻して距離を開ける。
「く……ははははははっ! まだだ! まだ楽しませろぉ! 死ぬその瞬間までなぁ!」
左腕が欠損したことでもう筋力でも私が勝る。大鎌を振るえば受け止めた刀を支えきれずに身体がブレ、その隙に放つ体術ソードスキルがHPを確実に削っていく。
大きく振り下ろした一撃がついに刀を両断し、その勢いのまま右腕の肘から先が空中で弾け飛んだ。
「終わり、か。存外あっけないものだ」
「そう。死ぬのなんてあっけなくてあっという間。さようならオドリック」
微笑すら浮かべて、満足そうに大口を開けて笑う。
「あぁ……楽しかった。楽しかったぞ死神! ははははははっ! 俺は! 強者と戦えて満足だ!」
それが無性に苛立たしくて、力任せに振るった大鎌が遠くまで飛ばした首の行き先すら、見なかった。
「お帰りアザミ。随分と機嫌が悪いようだ。自分のために殺したというのに気分が浮かないとは、相変わらず難儀だな」
「……うるさい。見ててもわからない程度の学習能力なら黙ってて」
「わからないなどまさかだよ。人殺しが気分よく逝くのが気に入らないんだろう? 復讐だものなぁ? なけなしの殺す快感も、殺したという達成感も、その不愉快と思う感情の前には嫌悪感に塗りつぶされてしまう。ふふふ、実にいじらしいなぁ君は」
「……黙って」
「なに、大丈夫さ。君の意志に綻びはない。むしろより強くなって君に根付く。それに壊れかねない心は私がちゃんと包み込んであげるのだからね。さぁ、もうお休みアザミ。いつものように殺した後は眠りたまえ。その寝顔すら私にとっては役得というものだ」
「……わかってる。私は止まらない。殺人者を殺す。私はそのために、生きながらえて今ここにいるんだから」
「……眠った、か。全く。殺しても心は揺れ動かないのに不愉快という思いは強く心に楔を残す。殺人者を殺すという意志に綻びはなくとも人間の心の崩壊は
隣に座った笑う機能の壊れた機械は、無表情に優しく紫の髪を撫で、愛おしそうに頬をなぞった。
無事更新。
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