ざくざくアクターズ二次創作 -夢、筋トレ後に浮かぶ汗の如く泡影に消え之く-   作:網場朱鷺

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二滴

『さてさてさてさて! お待たせ致しまして、申し訳ございません。それでは早速……と行きたい所なのですが、マッスルさんの恋をプロモートしたいという男性陣の方々からメッセージが届いておりますので、そちらを御覧頂いてマッスルさんへの理解を深めてからのお見合いを予定しております』

 

 見合い部屋を抜けた後、この部屋に眠る女性陣を置いて先に男性陣へこの企画の趣旨を説明し協力を仰ぐ事に成功した。お見合いだからと女性だけ夢に連れ込むのは浅はかというもの。

 

 信頼できる人間からの言葉はセールスポイントを二倍にも三倍にも大きく見せ、時として全く何の価値もない壺すらも値打ち物にしてしまう。マッスルのような不良債権にイロをつけてしまうことも可能だ。これで多少なりとも好感度を稼いでお見合いに(のぞ)める事だろう。

 

 壇上に帝都博物館で見たプロジェクターの写身を置き、背後にスクリーンを設置する。

 

 博物館のこれは年代物だった様だが、実際にこの手の機械が使用されているシチュエーションをハグレ劇場で見た分にしか知らないので私の創り出したプロジェクターの性能や機能はそちらに準拠する。部屋の照明を落とすと、プロジェクターから光に乗せて映像と音声が投射された。

 

『それでは、上映致しますので皆様お静かにお願いしま~す』

 

【アルフレッド】

 

『はい! それでは、ご友人の方々からマッスルさんの魅力について聞いてみたいと思います!』

 

 プロジェクターから漏れる光の膜が、壇上の後ろに垂れ下がったスクリーンに私の声と視界を映し出す。夢の中なので当然だが電源や音響機器は必要ない。投影される物はカメラで録画した映像ではなく、私が見た記憶だ。

 

『一人目はこちら、若きゴーストハンター俊英アルフレッドさんです!』

『あ、アルフレッド……です、って自己紹介は必要ないよね。ハハ……』

 

 金色の髪を稲穂のように風に揺らす青年が、透き通る海のようなエメラルドグリーンの瞳に優し気な笑みを浮かべてスクリーンの中で照れくさそうに頬を掻いた。彫刻の様に端正な顔立ちに画面が釘付けになり、背景はボヤけ彼の何もかもが輝いて見える。

 

 これは私の記憶力が良すぎて補正がかかっているだけで、イケメンが一言喋っただけでベロンベロンになってしまうような軽い女という事ではない。決して。

 

『マッスルの魅力か……言うまでもないと思うんだけど、頼りになるよ。瀕死でも誰より前に立とうとして、みんなを庇ってるジュリア(ねえ)より前に立って敵を挑発してるのを引きずり倒されてるよね』

 

 苦笑いを浮かべながらも楽しそうにマッスルとの思い出を彼が語ると、控室でもクスクスと小さな笑いが広がった。

 

『でもこういう事って、バカだからやってる訳じゃないんだ。かなちゃんのフェアリーココイチバン中だって負けじと挑発してるけど……なんというかマッスルは、その時やれる事を絶対に全力でやり通すんだ。成功する、しないなんて関係なく全力で自分に出来ることをやって活路を切り開いてくれる奴なんだと思う』

 

 笑みを絶やさぬまま誇らしげに友の姿を語るその声に、皆一様に聞き入り自分の見てきたマッスルの姿と掛け合わせているのか静かに頷いている。

 

 流石売れっ子ゴーストハンターなだけあってセールストークが(うま)い。我々の様な顔面偏差値上位勢は他人を褒める姿すらもカッコよく美しく見えてしまう為、褒めている相手を意識させるのにも一苦労なのだ。

 

『丈夫な身体だけが俺の取り柄だ、なんて言って笑ってるけど丈夫なだけで今までみんなを守って来た訳じゃない。ボクらが相手にしてきたボスの方がよっぽど丈夫だし、力だって強かったけど……そんな相手に屈することなく立ち向かっていくんだ。身体じゃない。何時だってマッスルは心でボク達を守ってくれてるんだって、一緒に居て感じてるよ』

 

 マリオンや魔王様、他にも強敵出身者達が深く頷いている。対峙した者こそ、彼が倒れぬ姿を深く覚えているのかもしれない。私も不安に打ち拉がれ怯えながら抵抗していた彼が奮起する姿を知っている。それは夢の中の彼で、みんなが知っている現実の彼ではない。

 

 何故だろうか、本当の彼を知る者、彼の心に守られてきた者たちに疎ましいような感情が湧き上がり胸の奥に(もや)が掛かるような不快感に包まれる。

 

『これまで本当に色々あって、忙しすぎて今まで何をやってきたのか積み上げて来たものを忘れちゃいそうな時もあるんだ。でも根っこの部分だけは、デルフィナ様を助けて貰った時のことはこれから先も絶対に忘れない。あの時、男の国民はボクとマッスルしか居なかったよね。その……口に出すのは恥ずかしいんだけど、ボクはマッスルを一番の親友だと思っているよ』

 

 頬の赤みを一層強くしながらスクリーンから眼をそらし、恥じらいの微笑を(たた)える彼の姿は男とは思えない不思議で爽やかな色香に包まれていた。

 

「――ッシャオイィ!」

 

 奇天烈(きてれつ)な雄叫びと共にガタンという大きな物音が立ち上がり、それに続いてバタンと倒れ込む音が鳴り響いた。何事かと思えばウズシオーネが椅子から転んでしまったようで、謝りながら起き上がっている。彼女に不意を付かれたせいなのか、憑き物が落ちたように胸は軽くなった。

 

 ありがたい事ではあるが、何故この暗闇の中でサングラスをしているのだろう。

 

『だから、そんなマッスルなら任せられると思うんだ。姉さん達のこと』

「ブっ!?」

「なあっ!?」

 

 二人が赤面したままスクリーンを凝視する。ジーナは驚き(むせ)び、ジュリアは石化したように固まっていた。そんな様子に周囲も色めきだって画面と二人のどちらを見ていいかわからぬ様子で首を回して行ったり来たりさせている。

 

『マッスルなら力もあるし、鍛冶仕事だって物にできるよ。ジュリア姉はどうするんだろうね? 腰を据えるのか、それとも傭兵稼業を続けたいのかな』

「こ、このバカ勝手なことを……!」

「待て……何か違和感を感じないか?」

 

 言われてみると私も何か変に思えてきた。ここまで問題なく、順調なスピーチが続いているのに何故だかとても嫌な予感がする。

 

『いやぁ、姉さん達がどっちかでも結婚してくれればボクも肩の荷が降りるっていうかさ。流石に行かず後家を二人も置いて、ボクが先に恋人を作る訳にもいかないだろ?』

 

 浮ついた空気が凍りつき、二人の頬に差した朱も消えて額に青筋を浮かべ歯を食いしばり凶相を浮かべる。

 

 違和感の正体がハッキリした。これNGテイクだった。

 

『意外と彼氏が出来たら丸くなるんじゃないかって、有り得ないってわかってるんだけど期待しちゃうんだ。プッ……! ご、ゴメン。おしゃれして、誰かと腕くんでニコニコしてる姉さん達を想像したら可笑しくって……フッ! フフフ……う、腕組んでる時もハンマーとか盾持ってそうだなって思ったら……フッ! ……だ、ダメだぁ! 耐えらんないよ! ブッ……アッハハハ! 』

 

 冷たい殺気が部屋を埋め尽くし、重い空気が纏わりつく。おかしいな、氷属性物理悪魔が二体も追加されるアップデートなんて聞いたこともないのだが。プリシラの立ち位置が危うくなってしまいそうな所だが、当の本人はヅッチーが暴れないよう手綱を握りながら楽しそうに画面を見ていた。保護者の鏡か。

 

『ストップストップ! あの……これマッスルさんへのエールじゃなくて女性陣へのプロモートなんですけど……』

『ハー……えっ? あー……あの、姉さんとジュリア姉ってまさかと思いますけど女性陣に入ってます?』

『……残念ながら』

 

 二人の悪魔がくるりと首だけ回し、こちらを睨みつける。視線を合わせただけで斬りつけられそうな酷薄(こくはく)な瞳がただひたすらに恐怖を煽る。

 

「あ、あのメチャクチャ失礼な質問だなって、私も思ったんですけどこれはあくまでアルフレッドさんにとって残念ながらという意味でしてね……?」

 

 命乞いのような弁明に意を介さぬ様子で、二人は何も答えず再びスクリーンに視線を移す。

 

『申し訳ないんですけど今の映像を処分してもらうことって出来ますか? 撮り直しの手間賃は支払わせて頂きますので。あ、夢の中でカードって使えます? キャッシュは現実に戻れば用意できますし、足のつかない物をご希望ならギャンカーさんを通して美術品を用意しますけど』

 

 全力で証拠を隠蔽(いんぺい)しようとするその姿に、凍土よりも冷ややかな視線を送る4つの眼光が暗闇の中で爛々(らんらん)と輝いていた。

 

『仕方ありませんね。その代わりと言ってはなんですけど、この後ってお時間空いてますか? マッスルさんを今後も応援し続けるために、私達もお互いを知っておくべきだと思うんですけどぉ……』

 

 冷たい輝きを灯した鋭い瞳が再びこちらを向き直す。後ずさる事も許されず、二人に両肩を掴まれ地面に埋め込まんとする勢いで押し付けられて逃げれないよう拘束される。ブーツが、更には身長まで縮んでしまうのではないかと思い涙が溢れる。

 

「人の弟に色目使ってんのか?」

「殺人未遂に加えて転売に資金洗浄か。まだまだ出てきそうだな」

「ちっ、違うんです! これは円滑(えんかつ)な企画進行と念を入れた事前調査で次回以降の願いにお応えできるようにしようという(たゆ)まぬ企業努力なんです!」

 

 苦しい言い訳に無反応のまま、既にスクリーンに視線を戻しているが拘束が解かれる事はない。ただ私の話に対して聞く耳を持っていないだけだ。

 

 著名でハンサムで高収入、そして身長が高すぎて人のトラウマを抉らず、むしろ平均より少し低くて同じ悩みをシェアできつつも低すぎてカッコ悪い事もない。そんな理想的な男子とのデートが泡と消え肉体の死と社会的な死が両方とも目の前にぶら下がっている。

 

 昔の人も虎子を見かけても虎穴に入るべからずと、正しく伝えてほしかった。二匹の虎の手が鉤爪の様に私の肩を抉っている。メッチャ痛い。

 

『フー、参った参った。危うく殺される所だったよ』

 

 さも窮地(きゅうち)を乗り切ったかのように笑う青年を見て、闇の中で二つの影が目を合わせ薄く笑みを浮かべている。そう、これはきっと姉弟愛。よって当然ながら見ず知らずの私が口を出せることなど何もなく、夢の後で再会する姉弟の団欒(だんらん)にお邪魔する必要もない。

 

『はいテイクツー!』

『あ、アルフレッドです。って自己紹介は必要ないよね。ハハ。え? マッスルの魅力か、うーん、そうだなぁ』

 

 冒頭の下りを饒舌に再現する彼の空々しい姿を、新たに誕生した悪魔達はその眼に刻み込んでいた。

 

【取調室と化した控室】

 

「では供述書にサインして」

 

 暗く静まりきった室内にカリカリという小さな筆記音が響く。威圧のため目元に向けられていたスタンドライトが下を向き、手元を照らしてくれている。

 

 映像にないアルフレッドの発言を纏めた調書、カードの入金記録の確認、購入履歴が不明瞭な美術品の押収を経て供述書を残すことを条件に仮釈放の許可を得た。夢の中で資産を押収されるとは、正に夢にも思わなかった。

 

「あの……これだけは勘弁して下さい……」

 

 先程まで私の頭に凛然と輝いていたタワーや各種小物類の詰め込まれた証拠品入れの箱に縋り付き、涙ながらに懇願する。掴んだ手をジーナに無理やり剥がされそうになるが、ジュリアがそれを制止する。

 

「……もう二度とバカな真似はするなよ」

 

 そう言って立ち上がり、書類をファイルに入れるとジーナを連れて化粧室へと向かう。婦警コスから何時もの装備に戻すのだろう。

 

 二人と入れ替わるように化粧室から出てきたデーリッチが、何故かカツ丼を持ってきて私の前に差し出した。何処で作ったの?

 

「取調べといったらこれでちよ!」

 

 取調べ中に出されるものであって終わってから食べるものではないと思う。そう思いながら食べるカツ丼は、ちょっとだけしょっぱい味がした。

 

『……グスッ、えー、大変お待たせしました。それでは次の映像を再生致しますので再びスクリーンを御覧ください』

 

 カツ丼を食べ終わり、目尻を拭いながら登壇して司会を続行する。折角のアルフレッドの名演説も、失言の方がインパクトが大きくゴタゴタを巻き起こし間が空いてしまった。プロジェクターをジーナとジュリアに管理され、セットした記憶を取り出して編集する事は不可能となった。今みたいなミスはもう無いと思いたい。

 

 暗闇に伸びる光の道筋がスクリーンを照らす。次のスピーチをするのは忌々しいアイツだ。カットしなくて大丈夫なのかという不安を胸に抱えたまま、壇上の後ろにあるスクリーンを見上げた。

 

【かなづち大明神】

 

『はいはい、かなちゃんですよ~。いやぁ、マッスルさんの恋を応援しようだなんて女神様も粋な(はか)らいをしますねぇ』

 

 巨木のような体躯がスクリーンを埋め尽くし、クソデカい妖精らしき物体エックスがその身体に比肩するデカい声で朗らかに語りかけてくる。

 

『聞けば【モテ期】なんて高望みなお願いをしたって言うじゃないですか。まぁ叶わなかったのは残念ですけど、愛は自分の手で掴んでこそですからね。でも一蹴しないでお見合いなんてチャンスをくれる辺り、優しいですよ女神様は。人間的にも肉体的……っていうより物理的にも、大きくなった感じがします」

 

 やはりこのブーツと秘術の効果は抜群の様だ。私の頭に(そび)えるタワーを見逃して身長を勘違いしていた間抜けなかなづちでも明確に理解でき、尚且(なおかつ)このトリックに微塵も勘付く様子がない。

 

『フフフ! 本当の事を言われると照れちゃいますよ。あ、これマッスルさんじゃなくてお見合いされる女性陣へのプロモートなので下げ発言は程々に、ね?』

『おぉ、失礼しました……えーっと何々? 気は優しくて力持ち、とは彼のためにある言葉なのでしょう。ってね!』

 

 設定資料集を見ながら原作者からの一言をコピー&ペーストして読み上げる姿に、みんなの冷めた視線が突き刺さる。

 

『いや~彼とも長い付き合いですからね。こうして応援したいのは山々なのですが私も王国内にセクシーイベントが転がってないか見回らなければいけないし、野郎と組んだら得られるセクシー分が激減してしまいますからね。そういえば何方(どなた)とお見合いされるんですか?』

 

 マッスルの彼女が欲しいという願いより、有りもしないセクシーイベントを求めて城内を徘徊する時間をドブに捨てる行為の方が優先順位は上だったらしい。資料集のたった一行を読み終えただけで、マッスルへの務めを果たしたかのような顔をして興味を移し質問まで浴びせて来る。厚かましい奴だと呆れ果てながら、慈悲と慈愛の心を持って問いかけに答えてやった。

 

『ハグレ王国の女性陣とです』

『……は?』

『女性陣は全員別室で待機させてますよ。まぁ数撃ちゃ当たるって言いますから、誰か一人ぐらいはマッスルで妥協してくれる可能性も……』

『何やってんですかこの駄女神……! ブーツとタワーを(むし)り取られたいのか……!?』

『お、おま……女神に向かってなんだその態度は! 改めないと今すぐ水着イベントを閉鎖し、雪山ペンション遭難編を始めて全員スキーウェアの肌色成分絶対零度の殺人山荘に叩き込んでやるからな!』

 

 突如キレだす大明神の暴言に次ぐ不遜(ふそん)な態度に、烈火の如き私の怒りが画面に炸裂していた。しかし何故バレたのだろうか。この発言を切っ掛けに私の高身長アイテムがバレないか不安だったが、誰一人スクリーンからこちらへ視線を移すものはいなかったのできっと気付いていない筈だ。

 

『何度だって言ってやりますよこの駄女神! 美女の群れに野獣を解き放ちやがって……! ピンクのしおりを用意して一昨日来やがれってんですよ!』

 

 絶対エステルの絵が()されてる奴じゃん。心の中でツッコミをしたせいで怒りを途切らせてしまったが、目(めざと)狼藉(ろうぜき)者はそれを見逃さず畳み掛けてくる。

 

『いいですか? これはただ一組の男女が結ばれてめでたしめでたし、で終わる簡単な話ではないんです。もしカップルなんて出来よう物なら、我々の狭い居城で四六時中イチャついて幼子も含めた王国民全体に貞操観念の乱れを生んでしまうのです。恋人を持つことが羨ましくなった皆は、異性を誘惑すべく薄着に……あ、あぁっ!? ダメですよエステルさん殆ど見えちゃってます……』

「狭い居城か、耳が痛いよ。お望み通り改築する時はマッスルの三倍コキ使ってやる……!」

「あのヤロー何を勝手な想像してんだ……!」

 

 (いきどお)る緑とピンクの魔法使い。しかし改装の願いはマップ数的にもう限界という、原作者の(なげ)きを見るに不可能だろうなと心の内に秘めておく。

 

『コホン……うちの国は美人さん揃いですから、その気になってしまえば相手は簡単に見つかる事でしょう。しかしながら我がハグレ王国は、幾度となく近場の町や村に加え王都をも救う活躍を見せながら今も発展を続ける途上国。こんな規格外の戦力を有した国で、婚礼ラッシュが起きたらどうなると思いますか? 今まで頼ってくれていた近隣諸国が、これ以上の力をつけようとする我々に不安を覚え親交が途絶えるのは必然ですよ!』

 

 王道ファンタジーにありがちな展開が、ついにハグレ王国にも降り注ぐのか。相手が王都だけなら普通に勝てるであろう事が恐ろしい所で、またこの説にも現実味を与えてしまう。

 

『うむむ、確かに一理ありますね。私は王国民ではないので関係ありませんが、無為に波風を立てたと難癖つけられて逆恨みされても困ります』

 

 古来より神に願っておきながら浅ましさが(たた)り、それで受けた被害を逆恨みするのも人の(さが)。自身が特別大きな神でもない事もあるし、封印なんてバカな真似をしようとする者が現れても面倒かもしれない。

 

『そうでしょう! そもそも国民の八割が女性なんだから、大人しく女性同士でイチャラブしてればいいんですよ! プレイヤーの皆さんもそれを望んでます! 女神様もあの件で改心したというのなら、平和を築く為の大いなる奇跡にその力を使うべきです。たった20個のシケた欠片を集めてやる事がお見合いパーティーでは、私のように敬虔(けいけん)な信者は集まってくれませんよ!』

 

 マッスルの努力の結晶をシケたの一言で残酷に斬り捨て、自分の趣味嗜好の為に同性愛を無理やり推奨する姿にドン引きする女性陣。ここで好感度が減少した事で次のセクシーイベントは遥か彼方へ遠退いたことだろう。ざまぁみろ。

 

『まぁそこまで言われたら応えない訳にもいきませんね。欠片を集めたマッスルは可哀想ですがここの皆さんを集めましょう』

『え? 集めてどうするんです?』

『どうってお前が言う事態を防ぐ為、男性国民全員から恋愛感情を剥奪します。夢は深層心理に通じてますから時間をかければ人格もイジれますよ』

「……これの説明も続きを見てればしますからね」

 

 何人かが立ち上がってこちらを睨みつけてくるが、座ってスクリーンを見るよう指し示す。せっかちな奴らだ。

 

『……あ、あのそういえば女性陣は全員別室に居るって言ってましたけどなんで私だけここに?』

『近頃はLGBT団体がうるさいですからね。ちゃんとお前は男性として扱ってますから、苦情が来ることもないでしょう』

『い、異議あり! 私は男じゃありませんよ!?』

 

 敵視という程でもないが、自分の聖域を侵させまいと警戒している対象と同様の扱いを受けていることに納得が行かないらしく手を上げて反論してくる。

 

『そりゃわかってますけどお前の絡みは全然レズっぽくないし、アセクシュアルだのインターなんちゃらだの分類が多すぎて分別が面倒でしたから』

『分別ってゴミと同じ扱いじゃないですか!? それこそ団体から苦情が来ますよ!』

『もう、揚げ足を取るんじゃありませんよ。お前は生物じゃなくて創造物なんですから』

『私がゴミ!?』

 

 ゴミ扱いされるかなづちを愉快そうに見るエステルだが、時折こちらに向けられる眼は相変わらず猫科の獣人のように鋭いままだ。

 

『女性陣に絡む姿が全然百合っぽくない……っていうか完全にセクハラ親父ですから、それを見てこっちに放り込んでおいた訳です。設定資料集でも原作者がお前を指すとき彼女(?)ってつけてますしね』

 

 設定資料集に書いてある以上、覆しようがない。創作物においてどれだけ理不尽であったとしてもそれは神の言葉と同義であり公式が勝手に言ってるだけやん、などとは逆立ちしても通用しないのだ。

 

『や、やっぱりポッコちゃんとクラマくんの様な年の差推定カップルを始めとしてプレイヤーの方も推してくれている男女の仲もある事ですし恋愛の形を縛るのは止めませんか? それに産めよ、増えよ、地に満ちよという主神の言葉にも反してます! 教義の違う神々との戦いが起こるかもしれませんし、残念ですがやっぱりやめておきましょ!? ね!!? 』

 

 主神の言葉を借りるならそれこそ同性愛は禁じられるべきだが、かの者の言葉が守られた時代は少なくとも私の知る限り存在しないのでどうでもいい事だ。

 

『いやぁ、50人程度の小さな国一つ滅ぶ程度じゃ動かないでしょう。世界が生まれてから今の今までずっと寝転んで何にもしてないような方ですからね。そもそも神なんてどいつもこいつも人の命なんかなんとも思ってませんから』

「……面目ない」

「……恥ずかしい限りです」

 

 ティーティー様と福の神が顔を赤くして頭を下げていた。急にどうしたのだろうか、何か恥じ入るような事をしたのなら神の名を汚さないよう気をつけて欲しい物だ。

 

 二人共、私のような年若く(うら)らかな女神には出席の許されない神様会議のメンバーだというのにこの体たらく。ワンチャンあればこの醜態を手土産に、上手く取り入って私がニューリーダーとなるのも夢ではない。

 

『そ、そうだ本業を忘れてはいけませんよ! 我々が滅びたら女神様の仕事がなくなっちゃいます! 今すぐって訳じゃないにせよ、魔王タワーの上級コースを攻略できる者が現れるかわからない以上、男性陣にも猶予を与えて然るべきではないでしょうか!』

 

『お前が言い出しっぺだっていうのにコロコロ宗旨替えしてるんでしょう……まぁいいですよ、サイキッカーがいたんじゃ精神の異常も見破られちゃいますから』

 

 そう、マインドコントロールをしようにも超能力者が居てはすぐに看破されてしまう。水着イベント一話でも洗脳する事は考えたのだが、むちむちポークのせいで出来なかったのだ。これに納得したのか警戒は解け、当のサイキッカーも何をしたわけでもないのに得意気にしている。

 

『まぁこれもお灸を()えてやろうかと思っただけですし、()りたのなら反省する事ですね』

『え、何をです?』

『この流れで人を駄女神呼ばわりした事以外に何があると思ってんだ……! 私の至宝にまで手を出そうとして、それ以上デカくなってどうする気ですか!』

 

 視界が急激に(さが)り、両腕がカメラを()ぎって頭を押さえる。今更だが私の記憶を映像化しているので、当然カメラは一人称視点になっている。要はFPSみたいな感じ。この視点ならば私が高身長の秘訣を守っていることは誰にもバレない。

 

『いや、身長には困ってないんで大丈夫です……遠慮しときます。私も少し熱くなりすぎちゃって、すいません。でも愛する王国女子達を、草食面して無害を装ったケダモノの前に差し出す女神様も悪いんですよ?』

『……そうですね。既に国民全員水着にひん剥いて、お前のような性欲魔神に差し出した後でまさかそんな些事(さじ)に文句をつけられるとは考えてませんでしたよ』

 

 マッスルに対して散々な言いようだが、どう考えてもケダモノはこいつだ。

 

『しかし恋愛感情なんか剥奪されても、お前は変わらない気がしますけどね。スケベ根性を剥奪したら植物妖精になってそうですが』

『失敬ですね……! 私は誰よりも愛の戦士ですよ。今だって愛故に傷ついているし、愛故に苦しんでるんです』

「さっさといらぬって言って投げ捨てろ……!」

 

 毒づくエステルだったが、それは投げ捨てても戻ってくることになる。まぁ死の間際ならいいのか、別に。

 

『では愛の戦士的にマッスルはどうなんですか? お前の3分の2程度とはいえ欠片を集めたその苦労に報いてやったらどうですか』

『真面目に答えちゃえば、誰が好きという訳でもないのに取り敢えず彼女が欲しいって寂しいだけじゃないですか。その寂しさが埋まってしまったら、賑やかしというだけで隣には居られませんしお互い傷つくだけですよ。スーパー○ラックスでストーン取った訳でもないのに広間でマッチョな石像ごっこをして遊んでいるより、もっと女性陣とコミュニケーションを取ってその中でお互い惹かれ合う様であれば応援しますとも』

『正論の中に危険球を混ぜるのは止めろ……!』

 

 どいつもこいつも危ない球ばかり投げやがって、脳みそに星○徹が詰まっているのか? 魔送球は栄光ある巨人軍にはふさわしくないってそれ言われてるから。それはそうと坂でマッチョが出るとポーズが変わるあのギミックは好き。

 

『コホン……言いたい事は分かりますが、そのコミュニケーションの機会も授けてやろうというのが今回の企画じゃないですか。この夢一つで、すぐにくっつく訳ではないんですから』

 

 正論ばかりで世は回らず、回してみてから正しく導く形もある。あぁ、神として深い知見を語ってる感じがする。私はなんて美しく聡明で身長も高いスーパー○ンノモデル級グラマー女神なのだろうか。

 

『私だって、そう信じたい……ですが我が国民達は恋愛経験率ゼロパーセント(大明神調べ)の超ピュアピュアワンダーランド! 押しの強さに負けて最初の一度目からOKしてしまい、餓えた野獣の毒牙に掛かるような事があってはこの大明神、何のために生を受けたというのでしょう!』

『押せるような度胸がないから欠片を持って私に縋り付いてきた訳ですけどね……』

 

 (すみ)で仏頂面をしていたハピコも、これにはウンウンと頷いていた。建国以前の間柄である彼女の見立てならその辺の習性に間違いは無さそうだ。

 

『いや、彼だってやる時はやる男です。ロリコンを見過ごさない程度の良識はあるので年少組は大丈夫としても、同じ火属性のクウェウリさんは要注意ですね……強く断れない所を狙ってきますから、気を強く持って! マーロウさんにもチクっておきます!』

『そんな器用な奴でもないでしょうに、というか属性は関係あるんですか?』

『単純に属性ブースト会議で時間を共にする機会も多いんでしょうけど、仲が良いと思いますよ。彼は盾職として面子を選ばず戦ってますけど、エステルさんやヴォルケッタさんと比べた時にプリシラやゼニヤッタさんとは険悪という事は無くても余り話しませんからね』

 

 意外と的を射ているのだろうか、魔法陣で送り返す位にしか国民の人間関係を知らない私でも聞いてて妙にしっくりくる感じを覚える。

 

『ふーん……物理と魔法も関係あったり?』

『同属性の物理と魔法で特に仲良くなりやすい様に見えますね。プリシラが最近はイリスさんとお友達になったみたいで、逆にミアさんには全く全然信用されてなかったのを寂しがってました。複数得意なのでミアさんのケースは保留中ですけどね』

 

 普段が普段なだけに頭から抜けてしまうが、こいつはPTを分割した多方面作戦の時に見えるように意外と切れ者なのだ。その頭脳をしょうもない参謀効果の改善に使おうとは思わないのだろうか?

 

『まぁこれも私が勝手に考えてるジンクスってだけですよ。この法則だとヅッチーかメニャーニャさんはマーロウさんと仲良くなる筈なのですが、年下すぎますからこれもケースに入れていいかどうか判断しかねてる所です。土風と正反対の属性で仲の良いポッコちゃんやクラマくんも居ますしね』

「おおっと~? この理論、メニャーニャさん的には如何(いかが)ですか~?」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて後輩の脇を突く。色恋に疎そうなメニャーニャをからかおうとしているのだろうが、疎そうなのは本人も同じなのでどちらの恋愛力が高いか地力が試される所だ。

 

「意外と面白い説ですよ。複数得意ならローズマリーさんやシノブ先輩、そしてミアさんの様に最初は人を寄せ付けない様に見えます。お互いの身体から放出されるマナへ、無意識下に反応して慣れるまで時間を要するのでしょうか? マオさんも加入してすぐの時は威圧的でしたが、すぐに誰とでも打ち解けたのは水と大地以外全ての属性を持っていて反発も同調もしやすいのかも……だとすればヒーラーは一体? デーリッチさん、福の神様、ティーティー様、ヘルさん、中でも氷と癒やしの術を持つ福の神様は天界で孤立していました。四人の共通点は……国王、神、秘密結社総帥、癒やしの奇跡は統べる者の才能なのか? あ、ウズシオーネさんも居たんだ……スキュラは捕食者として海で名を馳せていますが、詳しい生態がわからないとヒーラーとしての特性とは結び付けられないか。魔法を使わない癒やしのスキルを持つのはマリーさん、ベロベロス、ベルくん……参謀、番犬、道具屋、王佐の才に通じる物があるような、しかし内二名の薬草学は後天的に身につけられる物だからこれも保留ですね」

「お……おう?」

 

 低すぎる恋愛力と高すぎる頭脳が、茶化すために振った話題に没頭させてしまい困惑するエステル。

 

 その横で考察に加わるか、かなづちの話を聞くかでオロオロとメニャーニャとスクリーンの間で首を右往(うおう)左往(さおう)に回すシノブの姿があった。

 

「め、メニャーニャ! 気になるけど今はかなちゃんの説に耳を傾けて、後で話し合いましょう!」

「おっと、失礼しました」

 

 科学者として理論の解明に尽力する、女子として見合い話に喰らいつく。どちらかに決め兼ねたのかメニャーニャを静止して答弁を抑え、今は話に集中して後で議論を楽しむつもりだ。賢い。

 

『なるほど……しかしそれなら同じ属性で魔法使いのセクシー大使は相性がいいという事になりませんか? このままだと取られちゃいますよ』

『……え?あぁ、エステルさんなら心配ありませんよ』

 

 スクリーンに映るかなづちの言葉を受け、不敵な笑みを浮かべるエステル。自分は安い女ではないのだという自負に満ち溢れた顔をしているが、この後の受け答えを見てどんな顔をするか不安でならない。

 

『考えても見てください。あのエステルさんに恋愛なんて出来ると思いますか? 釣りやプールで引率したり、責任感の強さから大人組としての役割を果たしている姿に騙されますけど、そっちの方は丸っきりお子ちゃま……! あのダイナマイツボディを持っておきながらですよ? あっはーん! も、うっふーん! も出来ないなんて事ありますか? まぁやってる所を想像しても、精々ヅッチーのセクシーダンスと大差ありませんね。恋愛レベルもヅッチーで止まってますよあれじゃあ。ハハッ!』

 

 浮かべていた笑みが歪み、額に青筋を浮かべ怒りに震える口を開いた。

 

「出来ないんじゃなくてしないんだっつーのそんなアホな真似……!」

「に、似合うんじゃないですかね……先輩なら……フッ…フフ」

 

 燃え上がる闘志、セレブでなくともド根性の気炎を立ち上らせてフェニックスの姿を形成しそうな怒髪天。闘気で髪を浮かべるのは格闘家枠のお家芸なので止めてあげて欲しい。ヴォルケッタも自身の必殺技をパクられそうな不安で目尻に涙を浮かべている。

 

「かなちゃんの奴バカにしやがって……見てろ! この高い素早さとそこそこ高めの運から繰り出される全体状態異常を!」

「そうよヅッチー! ナイスセクシー! んんーっ、クリナップクリンミセス!」

「おミャーらやかましいみゃ……」

 

 踊り狂うヅッチーとそのセクシーダンスに狂喜乱舞するプリシラ。その動きたるやナマコのソーラン節とでもいう表現が相応しく、何時もは注意される側のルフレもMPを吸われたように脱力しきっていた。

 これと同列に語られているという事実が、エステルに薪や石炭を()べていく様にして熱く(たか)ぶらせる。

 

『マッスルさん相手なら会話は弾むと思いますけどね。猪突猛進タイプで、運動好きで、脳筋同士! まぁ脳筋でもタイプは逆ですね。お化けの噂で鉱石を独り占めする小賢しい脳筋と、頭は良い筈なのに身体が先に動くから結局何も考えずに行動してる知勇兼備のフリした張飛というか』

「ふっ……!? んんっ……! ふふっ……くっ…ふっ……!」

 

 シノブに秘められた謎の琴線に触れてしまったらしく、必死で笑うのを堪えているが燃える闘志の眼差しがそれを見下ろしていた。

 

『何処かに遊びに行こう、ってなった時にご飯食べる以外の選択肢を何も持ってませんよあの二人は。寿司屋とか鉄板焼とかのお店以外だと、魚釣りに行って食べるかキャンプで炊飯して食べるか……まぁ大凡(おおよそ)デートと呼べるようなプランを建てることは出来ないでしょう』

「ちゃきちゃきカフェ! ちゃーきーちゃーきーカーフェー!」

「はいはい……」

 

 名称への拘りで(いき)り立つ柚葉をどうどうと(なだ)めるローズマリー。年齢や人種を超えて誰にでも()(へだ)てなく接するその姿が、一瞬だけ母と重なる。

 だがすぐに我に返って考えれば、その母性で面倒を観ている相手は自身で経営する店を持つ立派な成人女性だ。ハグレ王国の闇は深い。

 

『フフフ! 食べてばっかりで何にもセクシー活動してないじゃないですかセクシー大使!』

『本当にもう……職務怠慢で参っちゃいますよ。まぁ食べたものは全部胸にいってるから大丈夫ですけどね!』

『……は?』

 

 チラリとエステルを見るも憤怒の形相でスクリーンを睨むその姿に、とても文句を言えるような気は起きなかった。自分の胸と彼女の胸とを見比べ、ただ悔しさに歯噛みすることしか出来ないのが恨めしい。

 

『そんな訳で万が一マッスルさんから迫られても、恋愛とかよく分かんないからの一言で終わりですよ。断るための方便じゃなくて、本当にマジで全くサッパリ(なん)にも分かってませんからね! いやぁ、気を揉む必要がなくて助かりますよ。ピュアで(笑)』

 

 赤紫に輝く瞳が鋭い眼光を燃やす。今度は炎属性悪魔、地獄の蓋でも開けたかのように次から次へと悪魔が誕生する。サバトの儀式を企画した覚えはないのだが一体どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 邪悪な儀式を執り行ってしまった事で、これまでのキャリアに傷がつかないか心配になってくる。モニターの中で能天気に笑う奴の姿が、そんな私を嘲笑っているかのように見えた。

 

『そうそう、応援したいと言った手前ですから言っておきますね。マッスルさんを好きだなんていう酔狂な方がおられましたら、何も考えず押せばいいんですよ押せば! ホントに簡単に落ちちゃいますから、所詮草食系ですから肉食の爪や牙には勝てませんって』

 

 草食動物の獣人に見られる恋愛の傾向、これもまた属性や物魔の法則に(つら)なる面白い仮説かもしれないがそんな事より湧き上がる疑問が一つ。

 

『恋愛経験率ゼロパーセントの国で強者とは一体……? そもそもゼロパーセントならマッスルに恋愛してる者も存在しない筈では……』

『んも~小さい事に拘るんですからぁ』

『は!? 小さくないが!!』

『いや身長じゃなくて……(大明神調べ)ってつけたでしょう? リサーチ不足の可能性もありますから念の為ですよ』

 

 紛らわしいワードを出しやがって。しかしハピコの悪夢事件に携わって居なかったとはいえ、彼女の気持ちは気取られていないようだ。実際の所、何処まで隠し通せているのだろうか。

 

『ふん……! しかし薄情な奴ですね。結局、マッスルの役に立つような事は一つも言ってやらない訳ですか』

『最初に言った通り、愛は自分で掴むものですよ。素直になって、気持ちをぶつけてね』

 

 素直、彼にも同じことを言われていた。愛の告白、謝罪の告白、新たな関係を作る告白と過去を修復する告白。まるで正反対の事をするのに、不思議とやるべき事は同じだ。

 

 母の都合の付く日が来れば、もう逃げることは出来ない。私は素直になれるのだろうか。そしてこれから行われるお見合いで、彼は素直な気持ちを誰にぶつけるのだろうか。それとも誰かが秘めたる気持ちを彼に明かすのだろうか。

 

 しかし、それにしてもだ。

 

『素直な気持ちをぶつける度に拒絶されてきた奴が言うのって、余り説得力がありませんけど……』

『フフ……念願叶って水着イベントに()ぎ着けられたのも、私がピュアなハートでぶつかり続けたからですよ!』

 

 鋼鉄で出来た毛むくじゃらの心臓が日夜を問わず襲い来るエステルの心労たるや、どれ程の物かと想像したがそれを言えばまた話が逸れて長引いてしまうと思いスルーした。

 

『ハァ……もう言いたい事もないなら、この辺にして次にいきますからね』

『お疲れ様でーす。あ、女神様も頑張って下さいね』

 

 そう思うなら疲れるような真似をするなと言いたい所だったが、相手をする程の元気は無くなっていた。

 

【ベル】

 

「あのぉ……そ、そのですね……プロジェクターのメンテナンスを行いたいんですけどもぉ……」

「そうか、良し。メニャーニャ! ちょっと見てくれ」

 

 プロジェクターを見張るジュリアとジーナに恐る恐る申し出るも、信用は得られずメニャーニャにお呼びの声がかかる。

 

「あっあっ、夢の中なので現実の機械とは違ってですね……」

「気になりますね。どうなってるんです?」

 

 まずい事になった。もしアルフレッドの時みたいに未編集の記憶フィルムが間違って入れられていたら、次のフィルムには極秘映像が混入している可能性がある。

 

 どうにか誤魔化そうと回収を試みるが、メニャーニャに解体され中身を(さら)け出す。

 

「あー……なるほど、構造を理解してないので見た目だけなんですねこれは」

 

 中は色とりどりの魔力が渦巻くばかりで空っぽの箱になっている。彼女の言う通り、どんな用途で使う物なのかという私の認識だけで形作られるこれは機械としての中身を持っていない。

 

「仰る通りこれでは手が出せませんよ。弄ってみたい気もしますが、皆さんに無駄な時間を過ごさせるのは申し訳ないですしね」

「オ、オホホ。まぁ夢の世界は人の深層心理に精通してないと、幾らメニャーニャさんでも……」

「色付きの魔力が記憶媒体ですか? 多分これを引っこ抜かなければ細工はされませんよ」

 

 なんで分かっちゃうの……? 理屈や理論ではなく、精神や感情への理解が無ければ分からない筈なのに。人の気持ちに無関心な顔を装って置きながら、猫のように音もなく相手の信頼を掴む必殺の対人スキルを持つコミュ強者の勘だとでも言うのだろうか。そういえばさっきも属性間の違いが生む友好関係の傾向について考察してたっけ。

 

 頭が良くてコミュ充で可愛いなんて存在がズルじゃん。せめて身長ぐらいは交換しろという不平不満の声を胸に閉じ込めたまま、見張りの眼から逃れることも出来ない絶望に震える指先で再生を開始する。

 

『はい、続いてのスピーチを行ってくれるのはこちら!』

 

 かなづちのスピーチとは打って変わって生き生きとインタビューに(のぞ)むスクリーンの中の自分と違い、今ここにいる自分はこの悪夢から逃げたい気持ちで一杯だった。

 

『ベ、ベルです! 皆さん、この度はマッスルさんとお見合いされるということで、おめでとうございます!』

 

 マッスルとお見合いが出来ることに微塵も目出度(めでた)さは存在しない筈なのだが、祝辞を述べる彼の青い瞳が空のような晴れやかさで光彩を放つと本当に良いことが起きているかのような気持ちになってしまう。

 

 この反則級の愛嬌に加え薬学の腕も確かなのだから店が繁盛するのも頷けるというものだ。

 

『ハグレ王国初のカップルが誕生するかもしれないと言う事で、それを記念してカップルの方に特別なセールやキャンペーンを開催したいと思います!』

 

 かなづちの邪悪な(くわだ)てとは正反対に、これを機に王国内での恋愛イベントを推し進めようという心遣いが見て取れる。しかし王国男子は僅か五人、そしてその中でもマッスルの女子ウケは不動の最下位(タワーの女神調べ)という事もあり他の面子(めんつ)で済ませてしまえるような案では王国女子の心は掴めまい。

 

『まずはこちら! 先着1名様に王国より徒歩4分の森の中、36LDK和室洋室書斎応接間広間暖炉トイレ噴水浴槽足湯サウナプールテラスガーデンキッチン完備の邸宅をプレゼントさせて頂きます!』

 

 満面の笑みでエゲツない間取りの図面を開いて見せる。現在進行中のお見合いもあり、この先着1名は事実上マッスルと付き合ったものに与えられるという宣言だった。

 

「ほ、本気でマッスルのお見合いを後押ししている……!」

「間取りを見るに、風水的にも良好。これは幸福の家と銘打っても差し支えない、完璧な邸宅です……!」

 

 福の神のお墨付きまで出てしまった。この王国から徒歩4分の素晴らしい好条件に首を捻らせるのはこたつドラゴンだけとなった。こいつどうやってこたつ喫茶まで通勤してるんだ?

 

『まだ土地を確保しただけなんですけど、ボクたちのお城に負けないぐらい立派なお家を建てて見せます!』

「豪邸だな……しかも設備はこっちの城より完全に上……」

「う、うおおぉぉ! 負けてられんでち! うちにも和室洋室書斎トイレ浴槽サウナをつけるでちぃ~!」

「うちは全洋室で書斎トイレ浴槽はあるだろ……! 我慢しなさい!」

 

 意気込むベルくんに対抗心を燃やす国王だったが、財布を握るものに頭を押さえつけられ野望は一瞬にして潰える。

 

『こ、これ大丈夫? どこからそんなお金を……?』

『……ボクの私財を投げ売って出来る、最高の家を考えたんです。商人として、褒められた事では無いとは思いますが、それでもこの王国で一番お世話になった人に……ボクができる最高の恩返しがしたいんです』

 

 ベルくんの空のように青く輝く大きな瞳に自信が満ち溢れている。自分に出来る、最善を尽くしたという自負が彼の一挙手一動に表れていた。

 

『それから次に……気が早いんですけど、ボクから結ばれる二人へのご祝儀です!』

「ブッ……!」

「あーあー、まぁ足じゃ飲みづらいだろうな。ほら、ストローやるよ」

 

 口に含んでいた紅茶を吹き出すハピコの口をブリギットが拭いてやると、何処からともなく取り出したストローをカップに添える。流石のお世話力と感心するが、そういえばこいつ等所構わずパフェなりカレーを食うのに食器をどうしているんだろうか。

 

『これは誰とお付き合いする事になるのか分からないので、皆さんが喜びそうな目録だけご用意させて頂きました。東方からの来訪者が残した船に付着していた苔、若返りの妙薬、ミスリルに始まり竜眼石まで全てのレア鉱石を用いて造られた鉄床(かなとこ)(さい)を振ったものを主役にしてゲームが始まるボード板、帝都が選ぶ名パティシエ達の合作オリジナルジャムセット……』

 

 一人一人を狙いすました垂涎(すいぜん)必至のラインナップに誰もが喉を鳴らし、ショーケースの中にあるトランペットを眺める少年の様にして瞳を輝かせていた。

 

「も……モス……モッスル……? 筋肉と苔はこうして見れば同位体と呼べるのでは……」

「スッ! フッ! スッ! フッ! スペースッ! ヤエちゃんッッ!」

 

 事象改変によって筋肉を苔として愛そうとする者、長年夢見た主役の座を眼にして今更感溢れるダイエットを行う者、様々な反応を示しお見合いへのボルテージを高めていく女性陣。

 

 やはり最後に物を言うのは欲望、どれだけ己の願いを叶えてくれる男性かという事に尽きる。どう考えても叶えるのはマッスルではなく、ベルくんであり株も気風(きっぷ)もマッスルより良い羽振りを見せているのだが本人はそれに気付かず何処吹く風だ。

 

『ご心配の方も居られると思いますが、余った物はセール終了後に販売も致しますのでご安心を! ただどれも希少品なので取り寄せにお時間を頂く事と、予約後のキャンセルは受け付けられませんのでご了承下さい。それでは皆さん、マッスルさんをよろしくお願いします!』

 

 セール終了後に高額で売りつけて元手を取り戻す算段までつける手際の良さ、自立した商人としての強かさが伺える。それでもあれだけの豪邸なら赤字は出るだろうが。

 

「さ、さぁ終わったんだしスキップを押しましょう! ジュリアさん!」

 

 今はベルくんの財政を心配している場合ではない。今この絶体絶命の窮地を逃れるため、ここから先を無かった事にするのだ。

 

「スキップ? どれだ……」

「再生マークと棒の奴ですよ!」

「これかな?」

 

 ギュルギュルと音を置き去りにして画面が流れていく。この説明でどうしたら早送りを押してしまうのかはわからないが、このまま次のチャプターまで飛ばしてくれれば結果としては変わらない。

 

『フフフ……さ、撮影お疲れ様、ベルくん……所でじ、自己紹介がまだだった気がするんだけど?』

 

 何故また再生ボタンを押してしまうんだ? 間違えた者が自己判断で余計な事をすれば事態の収集がつかなくなるのは組織運営において避けるべき基本だというのにはぐれ警察はこんな体制で大丈夫なのか?

 

 場面が変わりセットを片付けて次のスピーチに向けて組み直すのを手伝ってくれているベルくんが映る。

 

『あ……すいません、タワーでもハピコちゃんの件でもお世話になりました。道具屋のベルです』

『フ、フフ……タワーの女神、正しくは夢の女神です。よろしくねベルくん。あ、ベルくんは今幾つになるのかな……? ハァ……ハァ……』

 

 突き刺すような視線が汗腺を突き刺して穴を広げるような感覚に襲われ、だらだらと冷や汗が流れ落ちる。

 

『あ、あのボク物心ついた時からはぐれだったので正確には……ちょ、ちょっと息が荒いですけど、大丈夫ですか?』

『し、心配してくれるの? 優しいね……フーッ……! フゥーッ!』

「あ……あの、スキップはですね……」

「機械に触れるな」

 

 この状況をスキップしたい。そんな気持ちでスキップを押してもらえるよう催促してみるも冷たい声で一蹴されてしまった。

 

『い、今すぐ解熱剤を用意しますから……』

『ヒャア! もうガマンできねぇっ!』

 

 肩に手を置かれ万力のように締め付けられた指先が骨を掴んでいるのを感じ取り、激痛にうめき声を漏らすがスクリーンから再生される自分自身の声にかき消され誰にも聞こえなかった事だろう。

 

『う、うわああぁっ!?』

『お姉さんはねぇ……君みたいなかわいいねぇ……子の悶絶顔が大好きなんだよ!』

 

 これ以上見るに堪えなかったのか、映像が一時停止すると腕を後ろに組まされ拘束される。

 

「あ……あの、これはですね……」

「汚い……!」

 

 弁解の余地もなく何処からともなく罵声が飛ぶ。比喩(ひゆ)ではなく本当に汚い物に対して、ただ只管(ひたすら)に嫌悪を(つの)らせた眼差しが胸を貫く。

 

「ち、違うんです! 誤解なんです!」

 

 このまま反論も許さず私刑を続行するのは野蛮すぎるよね? はぐれ王国はちゃんと文明ツリー伸ばしてるよね? そんな淡い期待から弁明を続けてみるも返ってくる視線は冷え切っていた。

 

「みんなこたつの中に入るじゃん! わ、私……私が、残された子供たちを守るじゃん!」

「押すな押すなって! イデデデデ!? 羽踏むなって!」

「マ、マリオンは子供じゃな――!」

 

 風呂の中にもこたつを持ち込む危険な行為も辞さないこたつドラゴンですが、仲間の窮地にはこのように自分から外に出て守るべき対象をこたつの中に押し込むんですねぇ。そんなナレーションの入りそうな一幕だが、自身の強すぎる冷気と怒りに震えるその姿が本気モードである事を悟らせる。

 

「何時の時代も、子供は国の宝さ……お前の甘言に乗るべきじゃなかった。よくもオレ達の宝を傷物にしてくれたな……!」

「10かそこらの子供を相手に、何をしたかわかっているのか!? 恥を知れ!」

「何がざくアク二次創作よ……! アンタのせいでケダモノアクターズになっちゃったじゃない! 原作者に謝れ!」

 

 誰も話に耳を貸してはくれず、続々と非難の声が上がり四面楚歌の様相を成す。

 

「ねぇマリー? ベルくんはどうなっちゃったんでちか?」

「大丈夫、大丈夫だよデーリッチ。でもね、まだ君には見せられない世界があるんだ。君が私に教えてくれた空の青さや、お日様の暖かさ、そして一切れのパンは月の無い夜みたいに真っ暗な私の世界を照らしてくれた。でもそれより前、私が知ってた世界はそうじゃない……そして君がどんなに綺麗で、優しい世界を見せてくれても、それは変わらず存在しているんだ。いつか君も知るときが来るかも知れないけど、心配しないでデーリッチ。私がこんな世界、壊してあげるから……」

「のあぁーっ!? 世界の醜さにマリーが闇堕ちしてしまったのじゃ!」

「フッ……フフッ、フォールダウン! 光を失っていくその瞳……美しいぞマリー」

 

 生気のない曇りきった瞳のままスクリーンを自らの身体で隠し、こたつからあぶれたデーリッチをあやすローズマリーの姿を恍惚とした表情で眺めている悪魔。真の邪悪はあちらなのだと責任を押し付けられないだろうかと策を練るも、押しよせる罵倒の嵐には抗えない。

 

「広い宇宙じゃ、珍しくもない事みゃ。勇者と呼ばれるミャーだって、悪の全てにゃ手が回せん。それでも、あの時以来みゃ……ミャーの仲間を、この手が届く所に居ながら守ってやれなんだのは……!」

「すっ、すみっ……ずびば……ぜ……で、でぎっ……でぎごごろ……だんでずぅ……」

 

 最早(もはや)ここまで、そう思い泣き落としにかかる。哀れみ、猜疑、軽蔑、様々な視線が向けられている中で唯一、瞳に慈悲の光を宿しているのは意外にも柚葉だった。

 弁護を求めてチラリと見上げると、表情を変えぬままに言葉が綴られる。

 

「悪いが私から君に贈れる情けは介錯だけだ。約束しよう……痛みは無い」

 

 返ってくるのは希望を切って落とす一言だった。罪が重すぎないかという疑問の声を上げた所で、誰も相手にはしてくれない雰囲気でただ命乞いをするしか無かった。

 

「ぢがっで……ぢがっでだにもじでまぜんがらぁ……ひぐっ……なにどぞぉ……」

「もう言い逃れは出来ないな。断頭台が、お前のゴールだ……!」

「夢の中で焼き尽くしておくべきだったわ……」

「……気は進まないが続きを見よう。ベルくんの身に何が起きたか、確認するんだ」

 

 子供たちに悪影響を及ぼさないようにこたつの縁をきっちりと密閉し、再び再生ボタンが押される。それ中の空気は大丈夫? 一酸化炭素中毒にならないの?

 

『だ、大凶爆弾!』

『ぶえっ!?』

 

 一枚一枚丁寧に集められた大凶おみくじで厄を封じ込めたお手製の爆弾が至近距離から炸裂し、二人の間に黒煙が吹き出した。スクリーンの中で麻痺に痙攣(けいれん)している私を、煙幕の中で立ち上がる影が見下ろしていた。

 

「だ、だがら何もじでないっで……」

「返り討ちにあっただけだろ……!」

 

 スクリーンを覆う煙が晴れると、持ち前の状態異常耐性でゼロ距離起爆した大凶爆弾の被害を軽微に抑えたベルくんの姿が顕になる。

 

『ハアッ……ハアッ……騙したんですか!』

『ち、違うんです! 出来心なんです!』

「こればっかだなこいつ……」

 

 より一層、憐れみと軽蔑の視線が強くなった気がするが怒りは収まってきたのか殺気やピリピリとした空気は静まりつつある。取り敢えず、断頭台は(まぬが)れそうだ。

 

『ウソだ! マッスルさんのお見合いの事もウソなんだ! ボク、少しでもマッスルさんの役に立ちたかったのに……』

 

 悲しげに(うつむ)き、首も耳も項垂(うなだ)れる。その落ち込みようは自分が騙されたことよりも彼の力になれない自身への(いきどお)りが見えるようだった。

 

『マッスルさん、何時もは筋トレの後に自分の筋肉へ語りかけてるんです。タンパク質が欲しいのか、まだまだ糖質は我慢しろよ、オイルのノリが悪いぞどうしたんだ、大腿四頭筋は昨日頑張ったから無理するなよ……って』

「ヒエッ……」

「怖……」

 

 マッスルの知られざる私生活の一面に恐々とする一同。スクリーンの中の私も麻痺が無ければ恐怖に怯えて震えていたことであろう。

 

『でも最近、それも忘れて寂しそうな顔をして下を向くんです……ボクはマッスルさんに前を向いたままでいて欲しい。みんなを守ってくれるカッコいいマッスルさんでいて欲しくて、色々励ましたり、ボク特製のプロテインをプレゼントしたりはしてみたんですけど……ボクに気を使って作った笑顔なんてすぐに消えちゃうんです。ボクじゃ、ボクじゃダメなんだって……ボクじゃマッスルさんを、本当に笑顔にはしてあげられないんです……』

 

 ベルの秘めたるマッスルへの思いの丈が吐き出されていく。感謝、親愛、そういった言葉一つでは足りない情熱的な思いの丈が明かされる。

 

「スウゥゥ~~~っフウゥゥゥ~~~~っ……!」

 

 ウズシオーネの深呼吸が張り詰めた空気を吸い込むように響き渡る。突然の大きな呼吸音に毒気を抜かれたのか、みんなが肩の力を抜いて私への警戒も忘れ画面に見入ってベルくんの話に耳を澄ましていた。

 

 圧し掛かる威圧感から助けられたものの、何故かサングラスの奥に私とは違うタイプの邪念を感じるような気がしてならない。

 

「ウズシオーネさん、呼吸一つで怒りを沈めて……凄いです。私は許せません、こんな卑劣な真似……!」

「えっ!? あ、あぁ……そう……そうね……」

 

 心中穏やかならぬ様子のレプトスが感情を制御できない自らの未熟を嘆く傍らで、怒りに(とら)われず物思いに(ふけ)っていた様子のウズシオーネがそれを大した事でもないと流す様を見て一層強く熱い羨望の眼差しを送っていた。

 

『だから……だから、何時もみんなを守ってくれてありがとうって、今までの恩返しがしたかったのに……こんなのって無いよ……』

 

 涙を流さぬよう堪えながらも、溜まった水が溢れる道理は覆せない。せめて泣いた跡を残さぬようにと、俯いて頬を拭っていた。

 

『そ、その言葉が聞きたかった……!』

 

 逸れていた軽蔑の眼差しが再び集まるのを感じる。こんな時に何を言っているんだという、言い逃れにうんざりしたような苛立ちが混じり合った空気の中で怒りが膨れ上がるのを感じる。

 

「は? 何してんの? 暴行未遂の犯罪者が使っていいセリフではないんだが? テッヅーカ先生に謝りに行くか? お?」

「い、一度でいいがらいっでみだがっだんでずぅぅぅぅ……!」

「ウ、ウズシオーネさん!?」

 

 触手が絡みつき関節をあらぬ方向へと極められる。○グゾディアの手足を適当に配置して変なポーズを取らせて遊んでいるかのように奇怪なポーズを強要され体の節々が悲鳴を上げる。残虐超人顔負けのサブミッションを見かねたレプトスが何本か抑えてくれているが、即死を免れているだけで全身がバラバラになって死にそうな感覚が続く。

 

『いい? ベルくん……君の、その想いこそが一番マッスルさんの助けになるんですよ。豪邸や個人の趣味嗜好に沿った贈り物なんかじゃないんです』

 

 騒音にならぬよう配慮してか、締め付けが解かれ地面に投げ出される。もう少し長く極められていたら耐えきれず夢の欠片残高を切って緊急脱出していたかもしれない。こんなヒドイ目に合うならやっぱり二十個じゃ割に合わない気がする。

 

『それぞれに込められた想いが、ベルくんを今まで可愛がってくれたマッスルさんがどれだけすっ……ぶっ、ふふ……く……ひひ……すっ素敵な、男性か……』

「言えてないじゃない……」

(むご)いですぅ……」

「じゃあ雪乃さん言えるんですか!? 筋肉に話しかけてるマッスルの話を聞いてドン引きしてた雪乃さんが! マッスルを思い浮かべながら【素敵な男性】って言えるんですか!? 言ってみろオラッ!」

「ひっ! す、すいません……」

「ええい、神妙にしろ!」

「べみょ!」

 

 怯える雪乃を庇うように前に出てきたサイキッカーのサイコブラスター(弱)が圧し掛かると、天使が囁くように甘く澄み透った美声を奏でる喉からカエルが潰れたような音を出してしまった。

 

 地面に張り付けられ視界を支配するのは張りのある大根のようなごんぶとの足と、その後ろに隠れる白雪を被った細枝のようにしなやかな足だった。屈辱から目を背けスクリーンへと向き直る。

 

『……』

 

 ムッとした顔のまま、涙を拭い去り無言で大凶爆弾を掲げるベルくん。乙女心にマッスルを素敵な男性としてみるのは無理があることを理解して欲しい。

 

『あっ、あっあっ! ゴ、ゴホンゴホンエヘン! みんなにマッスルさんの良さをもっと知ってほしい、彼のみ、みりょ……くっ、くくっ……み、みりょく! 魅力に気づけば自然と彼女も出来るだろうって……。そうプレゼントに込められた想いを、ベルくんの瞳に映るマッスルさんを伝えないとみんなに見えてないマッスルさんの魅力に気付かないでしょう?』

「良く回る口だな……」

「ホント! ホントにこう思ってたんですって!」

「じゃ私達に見えてないマッスルの魅力って?」

「それはベルくんがプレゼントに込めているので私の口から言うのは無粋と言うか何というか……」

 

 そんなもんあるなら私だって教えて欲しいくらいだ。デリカシーはゼロを通り越してマイナス、顔面偏差値は平均以下、気は利かないしむさ苦しい、ただ頼りになるだけの男だ。

 

 なんだ一つはあったんだなと思い返すと彼の硬く、熱い手の感触や潤んだ黒い瞳、そしてかけられた言葉の数々が脳裏に浮かぶ。

 

「か、顔赤くなってない?」

「あっと、強すぎたかしら……」

 

 サイコブラスター(弱)の重圧が軽くなったが、胸の息苦しさはまだ消えていなかった。だが雷属性攻撃を喰らった直後の不整脈はよくあることだと、深呼吸して脈を正常に戻すべく(つと)める。

 

『王国民のみんなは、プレゼントに釣られて好きでもない人と添い遂げる様な人じゃないと思うの。だからこうして一芝居打って、ベルくんの気持ちを……貴方に見えてるマッスルさんをみんなに伝える必要があるって、本当にそれだけですよ』

「本当にそれだけか?」

「だから……誤解だっていったのにぃ……」

 

 尚も疑いの眼差しが向けられているがこの先を見れば分かってもらえる可能性はある。今は耐え忍ぶ時。

 

『……分かりました。治療薬をお渡しします』

『ご心配には及びません、よっと』

 

 麻痺していた身体を起こすとベルくんが何故とでも言いたげに口をパクパクさせて驚いていた。

 

『曲がりなりにもボスキャラですから、麻痺は通りませんよ。演技だって分かってもらえましたか?』

 

 まぁこれは嘘で単純に時間経過で麻痺が解けただけだった。耐性を持ってるのは私じゃなくてモルペウスの方だし……あ、暗闇が通るのはここと攻略wikiだけの秘密ね?

 

『ど、どうして……そこまでしてくれるんですか?』

『……私は信じる者の願いを叶える、立派で素敵な女神様ですからね』

 

 画面の中では穏やかな微笑を(たた)えた素面(しらふ)で言っているが、何故だか下手なドヤ顔を映されるよりも恥ずかしい気持ちになる。

 

『あ、あの……ありがとうございます。疑って、すいませんでした』

『フフ、いいんですよ。マッスルさんを応援する者同士、仲良くしましょう』

 

 ベルくんとの和解を示す。これで不当な拘束から解放され無罪放免となる筈だ。

 

「むぅ……我々の早とちりだったか。考えてみれば彼女もまだ子供だしな」

「うぼあっ!?」

「私も介錯は言いすぎた。ポッコ殿も加入当時は我儘で皆を困らせた事だし、(わらべ)に必要なのは躾だったな」

「むぎゃおおっ!」

 

 カワイイ美少女の罪を(ゆる)そうと優しく擁護の言葉を投げかけてくれている筈なのに、まるで林檎を頭に乗せたピエロ目掛けて投げられる素人のナイフが如く心に突き刺さっていく。

 

 しかし実年齢を明かそう物なら手錠に繋がれ監獄行き、少なくとも今は年下のジャリ共から幼女扱いを受ける精神的苦痛を甘んじて受け入れるしか無い。

 

「どちらにせよ凄い演技力です……演技指導に来て貰えればハグレ一座でもっとレベルの高い劇も狙えますよ!」

 

 言葉の暴力が生み出す痛みの中で甘美な囁きが響く。流石ハグレ一座監督の娘というだけあって見る目が高い。隠していたがついに見抜かれてしまったか、私のスター性を。

 

 しかし幾ら完璧超人の私でもモデル兼俳優兼タワーの女神という三足草鞋(わらじ)の生活は少し息苦しい。タワーの女神捨てちゃうか?

 

「マリー! 悪い夢は終わったのじゃ! 皆の元へ戻ろうぞ!」

永久(とこしえ)は夢……冷たき(うつつ)の手を離れ……夢幻の熱に(うな)されて……()の行く末は絶え、()に元より道は無し……」

「なんかヤバそうな詠唱してるぞ!?」

「……その彼女の演技のせいで未だに闇から帰ってこれない者がいるようだが」

 

 闇堕ちしたままのローズマリーがバリアの中で謎の呪文を唱えていた。音までシャットダウンしてるのか周りの声は一切聞こえていないらしく、私の主演女優賞物の演技を見逃すなんて勿体ない事をしましたね。なんて冗談も勿論通りそうにない。

 

「先輩! 雪乃さん! 念の為に壁スキルを……だいこんピリジャン使いますから!」

「わ、私ジャム派――もごご! か、辛……! 」

 

 ジャムではTPが回復しない。そんな訳で訴えも虚しく口に大根でマイルドに抑えた豆板醤を詰め込まれるがやっぱり辛いものは辛いらしい。

 

「私が盾になる……ジーナ!」

「はいよ」

 

 全身を鎧に包んでいるとは思えない素早さでローズマリーを包むバリアへ肉薄し、その勢いのまま盾で殴りつけるもバリアはビクともしない様子だった。それに続けてジーナも肩を回し、軽く筋肉を(ほぐ)してハンマーを叩き込む。

 

 しかし結果は同じく、バリアに何の反応も見られず反対側で魔法を連打している後衛陣も同様の有様だった。

 

「なんなのじゃこれは! どうすればよいのじゃ!?」

 

 何をしても動じなかったバリアが輝き出す。それを反撃の(きざ)しと観て守りを固める王国民達。

 

 死闘が繰り広げられるであろう横で、もはや誰も見聞きしていないスクリーンに音と映像は流れ続けていた。

 

『ですからぁ……このお見合いだけで上手くいくとも限りませんし今後の事を考えて、連絡先だけでも……ね?』

 

 みんな戦いに夢中で良かったと心の底から思うのであった。

 

【マーロウ】

 

 貼られていた魔力のシールドを放出し衝撃で耐性無視全体スタンを撒き散らしたり、放出される属性に応じた魔法で攻撃しないとカウンターで追撃されたり、炎と氷を合わせた魔法防御を無視した極大ダメージ全体攻撃等の猛攻を凌いだり、物理攻撃は一切してこないのに何故かこたつカウンターに反応してカウンター無効化レーザーを撃ってきたり、苛烈な猛攻を乗り越えつつ全員のTPを最大まで溜め込みデーリッチに注ぎ込んで打ち込まれた王国フルスイングでシールドを叩き割って無事説得に成功してめでたしめでたし。

 

 という事で続行しようとしてはいるのだが。

 

「は、はぁい皆さん! 闇堕ちマリーさんとの戦いで疲れた身体を(おもんばか)り、特別にご用意させて頂いたこちら悪魔の実をどうぞご賞味……」

「申し訳ないのだけれど、近寄らないで頂ける?」

 

 私の主演女優級の演技を逆に信じ込んでしまった者もおり、私のケダモノ疑惑は晴れたとは言えず一部の国民からは警戒されたままとなっている。激しい気性と暴力的な炎の魔法とは対象的な、理知的な輝きを放つ澄んだ夜空を想わせる蒼い瞳が冷たくこちらを拒絶していた。

 

 記憶にある飲食物の再現程度の事は願いの欠片を使うまでもなく出来るとはいえ、この味と効果を生み出すのにどれだけ苦心したと思ってんだこの小娘。十四そこらでそのデカい胸と態度が許されると思っているのか?

 

「は、はい! それでは次はクラマくんのスピーチを再生致しますのでね……」

 

 怒りを抑え、策を決行する。今度こそすり替えてみせる。

 

「待て、今まで加入順だったのに何故いきなりマーロウ殿を飛ばした?」

「え”っ!」

 

 光の速さで(くわだ)てがバレる。何も考えずに編成画面でキャラの並んでる順番に名簿作って進行してたんだけどそりゃそうなるか。先のベルくんの一件で不信を募らせてる以上、()くなる上の手段は一つ。

 

「お、お願いします後生ですからこの映像だけは……これだけはご勘弁を……」

 

 平伏し許しを請う。夢の欠片残高を全てぶち込んだモルペウスで決戦を挑んだ所で、あの時の3倍程度の強さが関の山。始めに言ったように全メンバーが集結しているここで戦っても勝ち目は一切ないので謝罪で切り抜けるしか無い。

 

「ま、まさかパパにも……?」

「いや、マーロウ殿に限ってそんな事は起こり得ない。御身の安否よりも女神の企みのほうが気になる」

「あ、あぁーっ!! お客様!! 困ります!! あぁーっ!! 困ります!! 困ります!! 困ります!! お客様!! 困ります!! あーっ!! 困ります!! お客困ーっ!! 困ります!! 困り様!! あーっ!! お客様!! 困ります!! 困ります!! お客ます!! あーっ!!」

 

 謝罪で切り抜けられない以上は駄々をこねる、とみせかけて記憶媒体の破壊へと作戦を移行する。ジタジタと往生際の悪い様を見せつけ、隙を見てプロジェクターにすり寄っていく。

 

「アバドンストームっ!」

「……えっ?」

 

 荒れ狂う暴食の風に乗せられて天を舞う。それは(いなご)のように肉を喰らい疫毒を運ぶ風、その中で息継ごう者の肺まで切り裂き、皮膚に潜り込んで勢いを止めぬまま神経を蝕む悪夢の名だった。

 

「よしっ、これで大丈夫じゃな!」

「得意気にボス耐性を語ってた割に麻痺まで入っておらんか……?」

 

 手加減してくれているが当然痛い。主に毒が痛い。沈黙は喉がムズムズする程度に抑えてくれているがスリップダメージは加減のしようもなくモリモリとHPを削っていく。

 

 家賃の滞納も無くタワーをイベントで賑やかす働き者の従業員が、こんな残酷な仕打ちを受ける事に社会的問題があるのは確定的に明らか。この夢が終わったらすぐにでも労基に駆け込んでやる。

 

『オホン……えー、この度はマッスルくんのお見合いにご足労いただきまして誠に有難うございます。応援演説をさせて頂きます、マーロウです』

 

 抵抗も許されぬまま、我が創造物である筈のプロジェクターはこの意に反して映像を流し続ける。その中で精悍な身体つきの獣人が、演壇の上に用意した原稿用紙を読み上げていた。

 

 痛々しく残る胸元の傷跡、(たずさ)えた刃にも劣らない切れ味鋭い眼光、凶相の自覚があるのかなんとか表情を緩めようとしているが、まるで笑顔を作れと命令された殺戮兵器のように顔が引き()っている。

 

『我々の馴れ初めは、忘れもしないケモフサ村……』

『す、ストップストップ! ……け、ケモフサって、あのケモフサですか!?』

 

 迂闊だったとは思う。しかし、どうしてこの胸焦がす熱情を抑えることが出来ただろうか。

 

 このタワーのボスが落とす秘宝、海の祈りが込められた雷槌を退ける指輪、不浄を焼き尽くす竜のオーラを秘めた宝珠、世界三大美斧、六魔が恐れた正義の拳、古今東西の(うた)に聞くあらゆる宝物の中で高身長ブーツを超える秘宝は打ち出の小槌以外にない。ギャンカーに莫大な資産を奪われているが未だに出ず、ロイヤルタマルが三個でダブっている。殺すぞ。

 

 そんな至極の宝が生産される秘境の住人から話を聞けるとなってどうして落ち着いてなどいられようか。

 

『おや、あんな田舎村を知ってくれてるとは嬉しいな。そういえばそのブーツ……』

「ゲッ……ゲエッホ! グゴゴゴゲェェェッボ!」

 

 乙女が出してはいけないような必至の嗚咽を振り絞り、音声を少しでも妨害しようと足掻(あが)く。知られるわけにはいかない。このタワーとブーツ、そしてマーロウさんに授かった秘術の正体だけは。

 

『ハイ! マッスルさんより奉納されました! そ、そのっ、私……最近ケモフサブランドを知ったばかりなんですけど、ブーツの他にもこういうのって色々あったりしますか!?』

『そうだね……君と同じ悩みを抱えている()が、拠点にも二人いるよ』

『み、見ただけで私の悩みが分かっちゃうんですか!?』

『フフフ、勘は良い方なんだ。しかし君の場合はタワーにブーツ、二つもアイテムを使っているので物を増やすのはオススメしないな』

 

 嗚呼、遂に白日の下に晒されてしまった。ざくざくアクターズクールビューティー部門不動のナンバーワンである私の美貌を支える屋台骨、静かに力強い高みが見せる厳粛なイメージを固めつつミステリアスな雰囲気を演出し神性を象徴するこのタワー。そして宇宙創造より幾星霜の時を迎えた星々の内からただ一つ産まれた奇跡、ファッションブランド『ケモフサ』が創り上げたこの銀河の至宝である高身長ブーツ。

 

 二重に張り巡らされた完璧な美の計略が、こんな所で(おおやけ)になってしまうなんて一体何処で何を間違えたというのか。

 

「あのタワーって身長アップの意味でつけてたんだ……」

「そんなんでいいなら、俺みたいに椅子浮かしてその上に立ってた方が高くなれそうなもんだけどな」

 

 バカにしやがって、所詮タッパも胸もデケぇ無機物に崇高なる神の悩みと苦しみが理解できるはずもない。

 

『や、やっぱりそうですか……』

『落ち込む必要はないよ。まだ二人には伝えていない、取っておきの秘策がある』

「マーロウ殿!? ど、どういう事じゃ転売屋!」

「抜け駆けだぞ! お前は同志ではなかったのか!?」

 

 ちびっ子二名が天井に貼り付けにされているこちらを涙目で睨んでくるが、泣きたいのはこっちの方だ。沈黙で反論すら許されないが、少なくともこんなエグい状態異常の塊をぶち込んでくる奴等と同志になった覚えはないし転売屋呼ばわりも危ないから止めて欲しい。

 

『椅子に座って楽にして欲しい。カットはしないが、少しだけ髪を弄らせて貰って構わないかな?』

『は、はい!』

 

 言われるがまま席に着くと、腰布の中から(くし)を取り出す。ちゃんと(ふんどし)の中ではないのを確認できたので精神的にも衛生的にも問題はなかった。

 

 椅子に座る私の後ろに廻り、髪に櫛を通す音とセットを見つめる私の視点だけが延々と映るつまらないシーンが続く。年少組が退屈してスキップを押してくれないかと期待してしまう。

 

『初対面の相手に、女性の命を預けさせるような真似をしてすまないね。だが期待には答えてみせるよ』

 

 紳士的な物腰と自信に満ちた笑み、そこに秘められた確かな自信が伺える。優しくゆっくりと髪の質感を確かめるように櫛を通し、形作っていたのだがスクリーン越しではその感触は得られない。

 

『……こうしてると昔を思い出すよ。あの娘が小さい頃は、私がこうして髪を()いてやっていたんだ』

「あ、あの……やっぱりスキップして次に行きませんか? パパも大丈夫そうなので……」

 

 幼少の時分を明かされる事に抵抗があるのか、以外な助け舟が飛んできた。父親譲りの意思と芯の強さを併せ持つ彼女なら必ずやスキップまで持ち込んでくれる事だろう。

 

「いや、余罪は全て洗い出したい。ここまで罪を重ねてきた前科を(かんが)みれば、これを見過ごして先に進むことは出来ないからな」

「や、やっぱりそうですよね……すいません」

 

 たった一言で潔く身を引いて席に付き、羞恥に俯いて時がすぎるのを待つことにしたようだ。設定資料集と話が違うじゃん切れ長の瞳に宿る意志の強さはどうしたんだどうしてそこで止めるんだそこで! もう少し頑張ってみろよ! ダメダメダメダメ諦めたら!

 

 アバドンストームの沈黙が続く中で声にならないエールを送るが、無情にも彼女にこちらの想いが届く様子はなかった。

 

『昔から引っ込み思案な子で、あの娘が家に来てすぐの頃は物陰からじっとこちらを見るばかりで近寄れるのは食事の時だけだったよ。ある日、行商の護衛で帝都に寄ることがあったんだがそこで綺麗な櫛を見つけてね……娘に買ってやりたかったんだが、金欠で手が出せなかった私を見かねて行商の方が報酬にオマケをつけてくれたんだ』

 

 語られるのは過去の貧しい日々が見えるものの、何処にでも有りそうな平凡な過去。櫛が髪をなぞる度、髪型を整えようと彼の無骨な指先が頭を撫でる度に父の顔を思い浮かべてしまった。

 

『どうやって渡そうか部屋の中で櫛を見つめて考えてるうちに、あの娘が半開きにしたドアからじっとこっちを見つめていた。櫛を差し出すように手を伸ばすと、恐る恐る近づいて櫛を手にとってこれは何? と聞かれ使い方を実践して見せ……それからはあの娘が自分で出来るって言い出すまで、私が髪をセットしていたんだ』

 

 私が父を思い浮かべるように、彼もまた幼い頃の娘を思い出していたのだろう。血の繋がりなど無くとも、硬く力強い指先から伝わる優しい指使いが言葉もなく彼が父親である事を雄弁に物語っていた。

 

『後になって気付いたんだ、小さかったとはいえ女の子が櫛も知らないというのも変だってね。きっと、どう接していいか分からずにいた私と接する切っ掛けを作ってくれたのかもしれないな』

「ふぅ~ん、素直じゃないんだ?」

「だ、だって……パパ、昔から顔怖かったから……話し辛くて……」

 

 当事者はミアラージュにからかわれ、子供心に近寄りづらかった事を弁明していた。ピンクの体毛に覆われていても、頬が羞恥に赤く染まっているのがハッキリとわかる。

 

『フッ……退屈な昔話を聞かせてすまないね。娘以外の髪に触れたことはなかったのだが、痛くなかったかな?』

『あ、大丈夫です……はい』

「……私の時は痛かったわ」

「今なら痛くないかもしれませんわよ?」

「もうっ! 間に合ってます!」

 

 姉に便乗する様に顔をだした妹が、珍しく他人をからかう側に回って楽しんでいる。四つの黒紫色を帯びた瞳がアメジストを想起させる。

 

 同じ色の中で深く(くら)い奈落へ続く穴の様に底知れない妖艶(ようえん)な光を宿す物と、硝子(ガラス)の様に淀みなく透き通り覗き込まずにはいられない物とに別れ、四つの瞳が絡み合い虹彩の蜘蛛の巣が張り巡らされていた。

 

 それは幼い風貌の姉や、図体ばかり大きくなって頭は年少組と大して変わらない運動音痴の妹の物とは思えない蠱惑への誘いだった。

 

「……何か壮絶にディスられた気配を感じますわ」

「バカにされたくなきゃご飯前のおやつを我慢なさい? 年取ったらこういうの一気に来るって言うし」

「ちょっ……お姉ちゃ……やあっ……」

 

 何気にレア会議を見ていたらしく、見た目には分からない程度に肉のついた妹のお腹をつつき回すと瞳の輝きに相応するいやらしい声をあげながら身を(よじ)って胸を揺らし甘い吐息を漏らす。

 

 あざとい真似と肥えた胸とケツでうら若き画面の前のプレイヤー達を弄びやがって、回想魔法陣でもそうだ。初心(うぶ)なネンネじゃあるまいし、成人間近の女がフルチンの一言二言で恥じらう訳があるか。

 

 セクシー大使の影に潜む邪悪な裏ボスセクシーブラック。この美と正義の女神が必ずその野望を打ち砕いてやる。

 

『よし、長話で時間を無駄にさせたお詫びに……鏡を見てごらん』

「ケ、ケホッ……ヒュッ、ヒュウーッ……!」

 

 目の前の巨悪ばかりに囚われている内に問題のシーンはすぐそこまで迫っている。掠れた呼吸音で必至に気を逸らそうと抵抗するも、無駄な足掻きだった。スクリーンの中、鏡越しに映し出される綺羅(きら)びやかな装飾を纏った私が映し出される。

 

『ケモフサ流変装術奥義……エクスタシー天馬混合盛り!』

『あ……あぁぁーッ!?』

 

 螺旋を描くように盛り上げられた髪が、誇り高き一角獣の様に鋭く天を穿つ。散りばめられたヘアピン等の小物類で髪型を保持しつつ、一角の雄々しさを女性らしい華やかさへと落とし込む匠の手腕が光る。

 

 知られざる天才、秘匿されし芸術家、魔術と見紛(みまご)うアーティスト。武人らしい無骨な指先が生み落としたとは思えない、繊細で優雅な魔法に長年抱いてきたコンプレックスを余りにも容易く打ち破られてしまった。

 

『元々は斥候や密偵の変装がバレた時、囮役に奇抜な髪型をさせて注意を向けるための物だったんだが身長を(いつわ)るのにも使えると思って改良してみた。髪に多種多様なアクセをトッピング感覚で盛り付ける事で日々進化するオシャレを楽しめるのも利点と見ていいだろう。頂点にタワーを建てるのはバランスが悪いので、八合目当たりに置いてみたがどうだろうか?』

『こ、これが理想の私……?』

 

 まるで(さなぎ)が蝶となる瞬間をこの身で体感するかの様な鮮烈な衝撃と感動、熱く高鳴る胸の鼓動は高身長ブーツとの出会いに匹敵する激しいビートを私の心臓に刻んでいた。

 

 身長140cm、ブーツ20cm、そこに40cmの髪型が加わりその八合目から20cmのタワーが雄々しくそそり立つ事で16cm伸びてマーロウさんをも上回る身長216cmの世界。私の思い描いていた身長180cmあったらな、そんな夢を遥か高く超えた世界を実現してくれた。

 

「その髪型も身長アップだった訳ね……」

「芸術性は評価できるですよ。ただ派手な装飾品の中でタワーだけ地味ですから別のアクセの方が良さそうですね」

「マジ? 懐広いな芸術の神……」

 

 そして今、新たに産声をあげた私の夢は下賤(げせん)な人間どもの心無い言葉でズタズタに引き裂かれてしまった。私の新たな生命(いのち)、生きる希望、祝福された世界への扉、輝いていた未来は一日も経たない内にボロ雑巾にされてしまった。

 

「すごいのじゃ……こんな隠し玉を持っていたとは、流石マーロウ殿!」

「し、しかし仕組みを明かされてはもうこの奥義は使えない。この映像は我々の為にもスキップすべきだった……同志はこの秘密を守ろうとしてくれていたのか……」

 

 ガックリと膝から崩れ落ち、張り付くように保たれていた無表情の仮面が剥がれ後悔に歯噛みし目に涙を浮かべながら星の守護者は地に伏した。

 

「そ、そんな事とは露知らずワシはアバドンストームをぶち込んでしまったのか……!? 魔王ともあろう物が思慮に欠け、浅はかな疑念を部下に向けてしまった……許せ、ワシが愚かであった……!」

 

 ようやくアバドンストームが解かれ、地面に降ろされる。いや許しませんけど? 労基に駆け込んで部下への体罰と休日の無い違法な経営体制を告発しますけど?

 

『しかし気になるのだが、マッスルくんとのお見合いに応じてくれる女性とはどんな方達なのか聞いてもいいかな?』

『あ、王国の女性陣です』

 

 周囲の視線が一斉にこちらへと向いて矢雨のように降り注ぐ。かなづちじゃあるまいし無闇に発狂したりはしないだろうという私の浅慮を言葉よりも饒舌に非難していた。

 

『ほぉ! そうかそうか……私は新参とも古株とも言えない微妙な時期に加入した方でね。そんな身分で烏滸(おこ)がましいと思われそうだが、皆を娘の様に思っているんだ。マッスルの様に情に厚く、頼り甲斐のある男になら安心して婿にやれるというものだ』

「す、すみませんパパったら……」

 

 父親の逸る姿に赤面して迂闊な言動を謝罪するクウェウリだったが、皆の責め立てるような眼差しは依然として彼女ではなく私に向いたままだった。

 

『フフ! 気が早いですよ。でも規模は言うまでもないことですが、人数も五十人に届きそうな所まで来れば村と同じですし浮いた話がまだまだ足りない位じゃないですかね』

『いやはや御尤(ごもっと)も……幾ら皆若く美しいといえ、花の命と思えば時節の移り変わりなど(またた)く間の事。とはいえ彼女達の器量に見合う男が現れないことには難しい話でもある』

 

 勝手に色恋沙汰を心配される事のむず痒さに皆が顔をしかめているが、若く美しいという単語で年甲斐もなくご機嫌な神もいる。思わず鼻で笑ってしまうと同時に笑顔は豹変し凄まじい形相で睨みつけられ、余りの圧力に顔を下に向けることしか出来ぬまま首を落とされるのを待つ罪人の様な心持ちで地面を見つめていた。

 

『ところで……まさかと思うがその中にクウェウリは居たりしないだろうね?』

『へ?』

『へ? じゃあない! パパは許さんぞまだ若い身空で恋だの何だの! ベルは隠れ蓑だったか、待っていろニワカマッスル……雷獣と呼ばれた我が怒りの剣技が必ず貴様の喉笛を引きちぎってくれる! 奴を何処に隠したぁ!?』

 

 首の後ろの焼けるような感覚が消え、顔を上げると視線の主は画面の方へと向き直っていた。吹き出す冷たい汗を拭い危機が去ったのを喜ぼう。私の秘密が明かされてしまった今、スクリーンの先に隠すこともないのでハラハラする必要もない。

 

『あ、あの任せられるって今……』

『実の娘は別に決まってるだろうが!!』

 

 いや義理の娘でしょ、とは言えない空気だった。

 

「……うちの人間関係を魔法陣でしか確認してなかったのね」

「詰めが甘かったようですね、店舗提案も確認しておくべきですわ」

 

 姉妹揃って好き勝手言いやがって、昨日の今日で寝不足の身体に鞭打って一時間四十分かけて思い出アルバムを確認してたんだぞこっちは。そう言ってやりたい所だが反論の言葉を(つむ)ごうにも未だ治らぬ沈黙に歯噛みするしかなかった。

 

『お、落ち着いて下さいお父さん!』

『誰がお父さんかぁーっ! 呼ばせはせん……呼ばせはせんぞおっ! 貴様も娘を狙う毒虫かぁっ!? 覚悟オォォォォォッ!』

 

 私はノンケだ。異性愛者の俗称の筈だが女でもノンケって言うんだろうか?

 

 逃げ惑う中で後頭部を(かす)めた剣圧を感じ、この考えはノンケというよりも呑気だった事を思い知る。戦場で相手を殺すため極めた殺人剣、敵に回ると格段に強くなる困った人だ。実際ボスだった時はサイキッカーのお株を奪う全体暗闇と、お馴染みの暗闇三倍攻撃を用いるソロで強みを完結させたキャラになっていた。

 

 彼が今、腰布から取り出した閃光手榴弾はまさしくその時に使われていた物であろう。一対一なら全力のモルペウスで勝機を掴むことも出来るが、ギルティストリングを装備されていれば一巻(いっかん)の終わり。夢の欠片数個で作ったこのエコ空間の中、今度こそ欠片を貯蓄して当面の生活における憂いを断つ。

 

『わ、わかりました! 娘さんの時はモニターを用意しますので! マッスルの奴が手を出しそうになったら何時でも乱入出来るように準備させて頂きますから! ねっ!?』

『グゥルルルルルル……』

『ほ、ほら一人だけ不参加になるとのけ者にされてるみたいになっちゃいますし? 周りから付き合い悪いなって思われちゃいますし? 折角はぐれ王国さんは皆さん仲良しな訳ですし? 差し出がましいとは思うんですが娘さんの交友関係に父親が介入して、周りから冷やかされたりする事で娘さんからの悪感情を招き兼ねませんですし? ここは一つ手を打って頂ければなんて思いますし?』

『グッ……グゥゥ……』

 

 長い鼻に寄せていた(しわ)とむき出しにしていた犬歯を収め、納得まではしないもの理がある事を悟ってか剣を止める。

 

「親馬鹿モードのマーロウ殿を言い(くる)めるとは……」

「ハオォ……おすし! スゴイ!」

「説得に()()びを通すとは、見事な手並みムシャ……今のは自分がローニンだからと語尾を武者にしてみようと思った訳ではないモグぞ」

「ほっぺにご飯粒つけてりゃ誰でもわかるわい……! 」

 

 語尾に気を取られたのかアイテム欄から寿司を取り出して頬張り始める。生き延びることに必死で語尾に意味が有ったわけではないですし。

 

『そもそも相手はマッスルですよ? 聡明で可愛らしい引き手数多の娘さんが自分で望めばどんな相手でも意中に出来るのに、態々(わざわざ)マッスルを選ぶなんてこと天地がひっくり返っても有り得ませんって! そもそも普段からマーロウさんを見慣れている娘さんなら交際相手に親以上の物を求めるのは必然……ハンサムでダンディな大人の男を間近で見続けてきたのに、筋肉しか取り柄のない恋愛力小学生以下の牛男に(なび)く可能性はゼロです!』

『む、むぅ……確かに心配しすぎたのかもしれないな』

 

 剣を収め、見開いていた眼は冷静さと共に切れ長の鋭さを取り戻す。クラマくんやアルフレッドくんの恋愛相談じゃなくて本当に良かった。マッスル以外の男性メンバーだったら死んでいた所だ。

 

「納得しちゃうんだ……」

「そんな風に思ってる奴に私等を任せるつもりだったんかい……!」

 

 マッスルの応援などそっちのけで私の重大機密は白日の下に暴かれ、頼れる保護者の株も大暴落。これはみんなを不幸にする呪いのビデオだ。もう二度とこの技術を使わない事を堅く誓おう。

 

「もう! 何時もみんなパパに押し切られちゃうんだから……!」

 

 父親の横暴が(まか)り通ることに憤慨するクウェウリだが、あの剣幕でヤッパをブンブン振り回して迫られたら誰だって言いなりになるしか無い。

 

『納得してもらえたなら幸いです……でも……あぁ、折角セットしてもらったのにぃ……』

 

 もう全てが無為に帰したとも知らず、ガックリと肩を落として項垂れる画面に映った私が何処か幼く見える。もうそのセットを直し、天馬をエクスタシーさせて盛り上げた所で栄光の日々が戻ることはないのを知らない無邪気な顔。崩れた髪型を戻すだけで身長216cmの薔薇色に満ちた順風満帆な未来が訪れると信じている少女の姿は、私の心から失われてしまった物をそっくりそのまま映し出していた。

 

『す、すまない……娘のことになるとつい自分を見失ってしまってね。君さえ良ければやり直そう』

『はい……あ、もしよければ今後も髪のセットをお願いしたいんですけれどもお願いできますか?』

『あぁ、時間に都合さえつけば構わないよ』

『良かったぁ~! じゃあ事前にお暇を確認するためにも連絡先をですね……』

 

 もう失うものなど何もないと、空虚な余生に想いを馳せていたが背後に感じる強烈な殺気に生への執着が蘇る。

 

「……人の父親を誘惑したんですか?」

 

 犬歯を剥き出しにして詰め寄る姿に、父親の顔がフラッシュバックで蘇る。血は繋がって無くても親子だと確信を持てる一面を(うかが)いながら、私の頭は鷲掴みにされていた。

 

「ご、誤解です! お言葉に甘えてセットを直してもらいたかっただけなんですって! ホントちょっと渋めでダンディなケモおじに心惹かれた訳じゃなあっがががが!?」

 

 父親とは正反対に細く柔らかい指先が、父親以上の苛烈さで強烈に頭を締め付ける。

 

 パパに言いよる女が現れた時にクウェウリさんが嫉妬するのか、将又(はたまた)くっつけるべく張り切りだすかはケモニスト達の永遠の命題でありこんな場末の二次創作で勝手に出して良い答えではない筈だ。……なんか年下なのにさん付けしちゃうなこの人。

 

「ち、違うんです……正統派イケメンからショタにケモおじまで幅広く揃ってるせいで魔が差しただけなんですぅ……どちらかというと引き立て役がマッスル位しか居ない王国側に問題があああああっ!?」

 

 おかしい、こいつ等の中では私は年端も行かぬ麗らかな美少女の筈。マリオンちゃんやら魔王様やら小さい子をブン殴り続けて感覚が麻痺しているのか? バケモノと同列に扱うのは止めて頂きたい。

 

「何も違っとらん……」

「懲りんやっちゃのー……」

 

 小さい身体がティーカップの中からひょっこりと顔を出し、呆れたような冷めた眼差しでこちらを見下ろしている。私を差し置いて神様会議にお呼ばれしているからといって偉そうにしやがって、大体紅茶の神様ってなんやねん夢の女神の方が神格、言葉の響き、能力の実用性において完全に上でしょう常識的に考えて。

 

 紅茶の神に出来ることなんて睡眠無効、蘇生、全体回復、全体リジェネ、超再生付き全快蘇生ちょっとまってこのゲーム紅茶優遇されすぎでは? 緑茶と何処でこんなに差がついたんだ。

 

「あっ! あっあっあっあっ! あがっ! がっ!」

「そ、その辺にしといてやれ……頭が割れてしまうぞ」

 

 痛みのあまり切り離された精神で、痛めつけられる自分の肉体を尻目に取り留めのない思考に耽っていたが紅茶神の加護により解離性同一性障害のデバフも消え肉体と精神の統合を果たすのであった。

 

【クラマ】

 

「うっ……うおっ、ううう、の、のおが……脳が痛い……」

 

 クウェウリさんのアイアンクローにより、頭蓋に残された激痛にふらつきながらも壇上に上がる。夢や希望を打ち砕かれ、満身創痍の身体を引きずって登壇する健気な私を暖かく迎える様な歓声は起こらない。その変わりに、コメディ一辺倒のNG集を見せられてダレ始めた観衆の眠気混じりの視線が集まる。

 

「次はクラマくんの番ですね」

「むぅ……まさかポッコのクラマくんに手を出したりしてねーでしょうね!?」

「うぅ…時間も押してるので……次……行きます……」

 

 外野から飛んでくる戯言(たわごと)をスルーしつつ、司会を進行する。肉体的にも精神的にもズタズタにされた今の私に、こんな茶番に付き合う気力はない。

 

 私の身長の秘訣は暴かれマッスル唯一の功績も露と消えた今、どうしてこのお見合いイベントに取り組む義務があろうか。

 

「あからさまに意気消沈しとる……」

「本人の中ではバレてなかった身長対策が全部映し出されちまったからな」

「しっ! マオちゃん達の不安を煽りますからその話は……」

 

 一番の被害者は私だと言うのに心配するのはお子様勢のプライドなのか、身内贔屓の冷血女共め。

 

 今に見ているが良い、ざくざくアクターズ人気投票が集計された(あかつき)にはこの美しさと愛らしさを兼ね備えた美貌の女神がナンバーワンとなり、メニャ祭りもミア祭りも廃止して365日タワーの女神を崇め(たてまつ)る日にしてやる。

 

 苦痛を噛みしめるように閉ざした(まぶた)の裏で、栄華に満ちた未来を思い浮かべながらも今はイベンターとしての職務を(まっと)うするためプロジェクターのスイッチを押す。

 

『皆様、本日はお集まり頂き誠に有難う御座います。今回は常日頃お世話になっている皆様とマッスル先輩の親睦を、より深く強い絆とする一助となれる事を嬉しく思います』

 

 モニターの中で、度なしの厚底眼鏡をかけてパリッとしつつも野暮(やぼ)ったいスーツに身を包み、礼儀正しくお辞儀をする天狗の青年が原稿を手にこちらを見据えていた。

 

「硬っ苦しいな……」

「予報でアルフレッドを立てているのと同じだろう。マッスルの引き立て役になる為に(わざ)と垢抜けない格好をして、親近感も湧かないように硬い言葉遣いを選んでいるんだろうな」

 

 態度からは粗野な印象を受ける彼の細やかな気遣いだが、マッスルと比べることを考えればまだまだ足りないぐらいだろう。相手は腰蓑(こしみの)一枚の変態なのだから。

 

『先にスピーチされた先輩方との深い絆と長い付き合いから、きっと多くの魅力をお聞き頂けた事と思います』

 

「誰からも聞けてないんだけど……」

「ほ、ほら、アルフレッドさんが何か良いことを言ってたような?」

「アイツなんか言ってたっけ……思い出したら腹が立ってきたな」

 

 雪乃の一言で蘇る悪魔の怒り。一時とは言え忘れてくれていたのに思い出させてしまったのはお互いの預かり知らぬ所とはいえクラマくんの失態であろう。

 

 勿論ながら私が記憶媒体をNG集と間違えたせいではない。神がスキップしてって言ってるのに聞いてくれないほうが悪いのだ。

 

『対して自分は先輩方と比べ、マッスル先輩と過ごした時間が一番短い事は変えようのない事実です。今回はそこを逆手に取り、客観的に見たマッスル先輩を解説する事で新たな魅力の発見や再確認のお手伝いをしたいと思います。それでは第一にビジュアルから見ていきましょう』

 

 自分が応援演説の最後に回ることを考え、長く似たような紹介を続けることを避けるべく判断したのだろうがアクシデントにより誰もマッスルの魅力を伝えられなかった今ではクラマくんの双肩に全てがかかっている。

 

『まずこの王国にいつもの腰蓑(こしみの)と海パンの先輩に魅力を感じる筋肉フェチの方は一人も居ないでしょう』

「空前絶後のバッサリ感……! 私のムラサメシュートに勝るとも劣らぬ切れ味……!」

「まぁ居たらくっついてるわな……」

 

 全員が静かに頷き、満場一致でマッスルガチ恋勢の存在は否定された。脈アリと見ていたハピコですらも同様に深く頷いている。もう(望みがあるか)わかんねえなこれ。

 

『しかしながらここは夢の世界、タワーの女神氏の協力によりマッスル先輩のイメージ象をコーディネートした映像を作成する事に成功しました。まずは我が鞍馬天狗の装束からです』

 

 意外や意外、クラマくんからの提案を受けた時は絶対に彼以上に格好良くなる事はないと思っていたのだ。しかし、それがマッスルのサイズに合わせてみるとなんと仰天。

 

 ややダブついた服を盛り上げる程の長く鍛え上げられた赤い四肢が、緑とのコントラストで冴え渡る。深緑との調和をイメージさせる大人しげなデザインもマッスルが着ることで自然の中に溢れる野性味へと方向転換し、やや開けた胸元から見えるこれまた強靭な大胸筋が、強烈に目を惹きつけ意外にも大人のダンディズムを(かも)し出すのだ。

 

「に、似合ってるぞ!?」

「カ、カッケェ~~~~! 完全にボスキャラでちよこれは!」

 

 そう、この姿はマッスルアンチである私から見ても格好いいのだ。しかし……。

 

『続けてプレートメイル、武者甲冑、タキシード等々……』

 

 フルプレートではなく、マッスルの筋肉を魅せる為に正規品ではなく一般流通しているものを半身に割った粗野な作りの物を使う。これ要はレフトマニアックスじゃんお前ら見慣れてる筈では?

 

 甲冑も同様に半身に割って動きやすいよう各部装甲を一部カット。特に腹回りを大きく開けて腹筋を強調した事で赤い素肌が赤銅(しゃくどう)の鎧によく馴染む。

 

 そして唯一の正規品であるタキシード。上品な白と黒の布地がピチピチになるまで隆起した筋肉は、もう完全に非合法なカジノで用心棒をしているヤクザそのものである。

 

「スッゲェ……洋ゲーの初見で出会った時に絶対殺してくる奴じゃん!」

「カッコよさの方向がボスキャラにしか傾かない……」

 

 そう、どう見ても仲間キャラではないのだ。一目(いちもく)すれば言葉の通じない人種と判断され、目が合えば三十六計逃げるに如かず。とてもモテる容姿ではない。

 

 しかしそんな中で食い入るようにモニターを見つめる者が一人。

 

「あ、あの熱い眼差しはまさか見惚れて……?」

「マズいぞマッスル……カッコ良さと引き換えに命が……」

 

 大人しく優しげな雰囲気を纏いながら、妖しげな魅惑を携えて輝く金の瞳がモニターに熱い視線を送っていた。もしや父親の凶相を見慣れ、強面耐性を人一番強く持つ彼女にはボスキャラマッスル集がストライクゾーンだったのだろうか。

 

(パパのオシャレした所もちょっと見てみたいなぁ……)

 

 彼女の真意は分かりかねるが、好評ながらも効果の薄そうなマッスル着せ替えタイムは終わりを告げ総評に入る為にクラマくんへとカメラを戻す。

 

『この様にマッスル先輩はビジュアル面に於いても方向性さえ間違わなければ、我々のようなか細い男子共と違ういぶし銀の魅力を発揮する事が可能なのです。必要なのは筋肉の膨張に耐えうる素材、具体的に言うとサ○ヤ人のプロテクターみたいな奴です』

『ちょ、ちょっと危ない発言は……』

『ん……あぁ、失礼。コンプライアンスへの配慮を欠いた発言があった事を、この場にお詫び申し上げます』

 

 彼のように真面目な若者も、すっかり王国に毒され危険球を投げるようになってしまった。これは大ハグレ国民養成ギブスなる物の装着を義務付けて、恐るべきボケマシーンに国民を仕立て上げる危険な思想を持つ国家であるという私の密かな推理は的を射ている様だ。道理でみんな頭の中に星一○を飼っていると思ったんだ。

 

「オマージュに対して少し厳しすぎる気がするな。過度(かど)に押さえつけると意欲の消失や反発に繋がり(かえ)って制作サイドに混乱を(もたら)してしまう。他作品からの行き過ぎた流用や盗用を許さないクリエーターとしての姿勢は素晴らしいが物造りには勇気を持って踏み出すことも大事だぞ」

 

 王国の安全を守るべき警察のトップともあろう者が、何故かもっと攻めた姿勢を要求する。いやそんなガチ勢じゃないんですけど。転売で目をつけられてしまった今、目立つことは避けて潜伏していたいだけなんですけど。

 

「……ジュリアはもうちょい見習うべきだけどね。しかし伸縮自在のプロテクターか、面白そうだな」

 

 ガチガチに装備を固めたマッスルを見て、恋よりも創作意欲に火を付ける者が一人。折角深く掘り下げて見方を変えればカッコいい所を証明したマッスルだが、ビジュアル面の解説では何処にも恋の炎は燃え上がらなかった様だ。残当(残念ながら当然)

 

『では続けて経済力を見ていきましょう。まず王国でのそれぞれの職務がこちらになります。ニワカマッスル、モーモードリンク創設者にして海の家オーナーシェフ。ベル、道具屋店長にして花形劇団員。マーロウ、劇団座長。アルフレッド、ゴーストハンター及びゴースト予報士でゴースト予報の収入は自分と折半になっています』

 

 収支報告図が開かれ、各々(おのおの)の主要な職務が紹介される。グラフではベルをトップに続けてマッスル、マーロウ、アルフレッド、クラマと表記されていていて段々とグラフが短くなっていく。だが見えないほどに小さく書かれた数字ではベルくんが圧倒的収益を保持しており、これが円グラフだったら七割を埋め尽くす勢いで差をつけている。

 

 解説を終え開いた図を素早く(たた)み、グラフの絵だけが作り上げた印象を残しマッスルはベルくんに迫る稼ぎ頭のように見せる巧妙な印象操作を隠蔽している。清濁(せいだく)併せ持つのも器量の内、天界の派閥争いの中で彼の将来が期待されていたのも頷ける。

 

『モーモードリンク自体の収益は低めですが、コンビに依存する自分とアルフレッド先輩のゴースト予報、そして王国民を劇団員としているマーロウさんのハグレ一座は王国の傘下を離れられない体制となっており、対してベルの道具屋とモーモードリンクは利権の全てを企業主が持っているので王国から独立した企業となる事も可能でしょう。いつか王国を離れる可能性の有る方は、マッスル先輩を選んでおけば王国への出資をスポンサーという形で継続出来る訳ですから立つ鳥も跡を濁さずに済むという訳です』

 

「これってアピールポイントって言うのか……?」

 

 エステルの疑問も素人には当然の事、まして恋愛力ゴリラの彼女では荷が重い。だが流石イケメンなだけはあり、私程の恋愛強者でなければハッキリとは彼の恋愛戦略は読めないだろうと思った矢先、意外にもこの計略を見破ったのはメニャーニャであった。

 

「少々強引ですが、マッスルさん以外の選択肢を潰そうとしている様に見えますね。余りにも王国に壁がないので忘れがちですが、ルフレさんやドリントルさんを始めとして全ての国民が帰化している訳ではありません。王国から主要メンバーを引き抜く際に恋愛が理由では口を出し辛いので、今のうちから波風を立てないようにしろという牽制をして、そういうシチュエーションになった時に二の足を踏む様に仕向けて結果的にマッスルさんをパートナーにする選択肢に優位性を持たせた様です」

 

 恋愛力の低さを補って余りある知力、そしてコミュ力を持って見えない意図をあっさりと読み解く。彼女に経験を積ませてはいけない、速めにヒロインの座から引きずり降ろさなければ私の東西南北恋愛不敗スーパー女神の座も危うい。

 

「……そういうシチュエーションって?」

「へ?」

 

 好奇心に眼を輝かせ、メニャーニャに問いかける者が一人。恋愛力ゴリラのエステル、未だ(かえ)らぬ驚異の卵であるメニャーニャに続き第三の召喚師娘が立ち上がる。彼女は如何(いか)程の力を持つのか、(とく)と見させてもらうとしよう。

 

「……確かに、今の話でそこだけ変に不鮮明だな」

「そ、そんなに食いつくところじゃないでしょう? 男女が恋仲になる状況なんて吊り橋効果を始めとして幾らでもある訳ですから可能性なんて一々考えてられないし、大事なのはそんな事ではなくてクラマさんの演説の意図をですね――」

「吊り橋効果とは一体……? 浅学非才の身で申し訳ないのだが説明して貰えんかねメニャーニャ君」

(学はサッパリなのに勢いだけで爆炎サモナーやってるエステルは浅学有才ですけどね……)

 

 流れを誘導し、攻め手をエステルに任せる策士タイプ。周りの恋愛事情を引っ掻き回すのが非常に(うま)い反面、攻められるのには滅法弱いと見える。

 

「名称でなんとなくわかるでしょう……っ! 揺れる吊橋のような危険な状況下で、その、手を握られたり優しくされるとですね、こう……なんというか、危険への緊張を男性への意識と勘違いしてしまったり、そういう状況下で頼れる相手の庇護下に置かれる事で得られる安心感が、えと……し、信頼を強くするんですよ、きっと」

 

 正確な状況説明の中で、感情の起伏だけが曖昧に浮いている。科学者の殻を破れず自信のない未経験の世界を語る初々しい雛鳥の如き恋愛ファイターだが、既にその恥じらう姿が男心に突き刺さる必殺の一撃を生み出している。

 

「……メニャーニャのそれは名称から予測した効果ね?」

「え? まぁ詳細が気になった訳でもないので、私も詳しく調べた事は有りませんが、違いましたか?」

「ほぼ合ってるけど、揺れる吊橋の上という危険な状況だけで生まれる緊張や高揚を相手への感情と錯覚する心理的効果の事を指すわ。手を握ったりするのはより高い効果を得られると思われるけど、相手の所作(しょさ)とは関係ないのよ」

「あぁ、そうだったんですか。失礼しました」

 

 ほんの僅かな食い違い、しかし雛鳥はこれがどれだけの致命傷になるかを分かっていないのか呑気な顔で素直に非を認め謝罪している。ちなみに吊り橋効果の対象は美男美女に限定されることが実験で明らかにされているらしい。マッスルには縁がないという事だ。

 

「つまり……君は吊り橋効果を異性間における好意や信頼が深まる状況と考えて、危機的状況下で頼りになる相手に手を握られたり優しくされる事を想像した結果、そういうシチュエーションが効果的に機能すると考えた訳かね」

「……えっ!? ち、違いますって! わたっ、私は別にそんな……!」

「ふむ、違うのか……いやはや誤解して申し訳なかったねメニャーニャ君。ではどういった思考を巡らせてそのような結論に至ったのか、詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 

 優美な所作で紅茶を口にしながら後輩を問い詰める姿が全く似合っていないが、足組みされた二本の太ももの間に挟まれたスパッツが生み出す暗黒空間がさながらブラックホールの様に視線を引き寄せる。この分厚いカモシカの様な足が持つ脂肪と筋肉の配分は如何ほどなのか、恋愛力は低くとも戦闘力の高さを目の当たりにして侮れない強敵である事を再確認する。

 

「そ……れは、ですね……え、っと……あ! シ、シノブ先輩だって高い効果を効果を得られると仮定してるじゃないですか!」

「私はそういう状況に弱いと思って仮定したのよ? 実際に助けられた時は本当に嬉しかったし、デーリッチが男子だったら私の気持ちも分からなかったわ。つまり……?」

 

 攻め手に弱い策士タイプでありながら、見事にカウンターで切り落とす。恋愛の巨人が覚醒し、圧倒的火力で迫りつつも生半可な攻撃の通用しない回避率を誇る。まるで大猿○ジータが如きチート性能と絶望感。雛鳥が羽ばたく前に踏み潰そうというのか。

 

「えっ!? い、いやっ、私は助けられたことないんでっ! こっ、これはそう! 吊り橋効果を知らずに名を聞いた者がどの様な推察をするのかシュレディンガーの吊り橋効果としてですね……」

 

 苦しい状況でも持ち前の知性を用いた独特な切り口で逃げ道を切り開く。この手の科学や思考実験を恋バナの中で受け攻めに用いる事が出来るのは科学者ならではのアプローチだろうが、煙に巻くのに同門相手では分が悪い。

 

「ほう……興味深いテーマを議題に上げたねメニャーニャくん。サンプルケースとしてシノブくんが実体験を元にしてくれたが……はて、君の場合はどうなのかね? 研究者として謎を定義した以上は解き明かす義務があるのではないだろうか?」

「こっ……このっ……! 赤点ギリギリサモナーの癖にこんな時だけ学徒面をして……!」

 

 そしてシノブと連携して追撃を迫るエステル。後門の大猿ベジー○、前門の恋愛ゴリラ、圧倒的コンビネーションが光る二体の大猿が逃げ道を塞ぐように立ちはだかる。しかし猿率高いなこの空間。

 

「はいそこ! 一時停止して待っていたが、これ以上ヒートアップして進行を邪魔しないように!」

 

 ジュリアの呼び声で気付くが、そういえばマッスルの応援演説の上映中なんだった。どうでも良いと思う余りすっかり忘れて未来の強敵達の動向に目が向いてしまっていた。このままではイベンターの座まで取られてしまう。

 

「あ! そ、そうでした! いや、申し訳有りません……ほら! 続きをみましょうよ! どこまで話してましたっけね……」

 

 わかりやすい逃げの手だがこの場は飲むしか無いだろう。運も実力の内とあれば、やはり天賦(てんぶ)の才と言う他ない。

 

「あ~あ、逃げられたか……まぁこの辺で勘弁しといて……」

「あの子に時間を与えると上手い逃げ口を作られてしまうわ。クラマくんが最後に加入した男性である以上、スピーチがこれで終わりなのは確定的に明らか……! 終わり次第畳み掛けるのよ……エステル!」

「えっ、あっ、ハイ……」

 

 困惑するエステルを尻目に、執念の炎を燃やし追討任務を命じる小さな巨人。これからの戦いも目が離せない物になりそうだ。

 

『次に多くの皆さんは私より深く存じておられる事と思いますが、人物像を今一度見直してみましょう。新しい発見や、当たり前と思っていたマッスル先輩の良い所を魅力として再確認して頂ければ幸いです』

 

 召喚師娘の吊橋談義に聞き耳をたて、みんながすっかりマッスルのビジュアルを忘れ去り、直前に何を話していたかも忘れていそうな雰囲気の中で再生キーが押され映像が再始動する。

 

『ニワカマッスル、身長186cm、体重はお見合いへの不安から精神的筋肉のベストコンディションを保てているか不安な為ヒミツとの事でした』

 

「初っ端からムカつくな……」

「ベスト和牛の計量結果でも載せとけばいいじゃろ……なんじゃ精神的筋肉って……」

 

 折角クラマくんがここまで少しづつ積み上げてきたマッスルの魅力像も、奇妙なマッスルワードと共に体重を秘密にする事で反感を買って粉々に打ち砕かれてしまった。こんな崩され方をするなら賽の河原で小石でも積んでたほうがマシな時間を過ごせるというものだ。

 

 温厚な私も口元に人差し指を当ててひ・み・つ!等と(のたま)っているあの赤べこ野郎を想像してかなりイラっと来てしまう。

 

『ヘンテ鉱山に召喚され鉱夫として働いていた彼は、労働力に見合わぬ賃金に不満を感じ幽霊の噂で鉱山を閉鎖して資源を独り占めしていました。一人で鉱石を切り売りして行くのにも限界を感じていたある日、ハピコからの紹介で王国へ加入。まだコネも何もなく女手ばかりで行き詰まっていた王国の開拓を一手に担い、現在の基盤を固めた人物です』

 

 不満が後を引かないように、素早く来歴に話題をシフトする。簡潔で分かりやすいエピソードに、人手が増えて資金も潤沢(じゅんたく)な今では想像もつかないほど程に重要な人物だった事を説いて歴史上の偉人が如く扱いで解説される。

 

 実際、王国初期において経済から建築から多方面に渡って国を支えてきた彼ならば、王国歴なる物が編纂(へんさん)される暁にはこういった扱いを受けるに相応(ふさわ)しい男なのかもしれない。

 

「なつかしいでちねぇ……本当にマッスルには良く働いてもらったでちよ」

「あぁ……薄給(はっきゅう)に嫌気を差していた彼に大した賃金も出せずどう思われるかと思ったが、文句一つ言わずに一人で重労働を引き受けてくれたんだ。今でこそ人手を集めて大掛かりな設備を作れるようになったけど、そうなるまでにマッスルがしてくれたことへの感謝を忘れていたのかもしれない……」

 

 王国設立者による後押しで説得力を高めると共に、古参メンバーの懐古心を(くすぐ)ると皆が昔を懐かしみ当時を振り返る。

 

 クラマくんもこの展開を読んでいたのであろう。妙に不自然に間を開けるんだなどと思って撮影していたが、映像の再生が続く中で準備する振りをして皆に語らう時間を作っていた。見かけによらず、本当に気配りの巧い青年である。

 

「懐かしいなー。王国にグラウンドを創ろうって時に、整地ローラーを粘着ローラーかけるみたいにコロコロ転がしちゃってんの。それ引っ張る奴で押すやつじゃないって、まさか使い方の説明する事になるとは思わなかったわ」

「こたつ喫茶の建設でもお世話になったよ! 配線とかは業者さんを呼ぶ必要があったけどローズマリーに設計を任せて、建築もマッスルがほとんど全部やってくれて大工さんも顔負けの大活躍! ……でも後はこどらを背負って通勤してもらうだけだったのに、さっさと自分の営業に戻っちゃったのはちょっと薄情すぎるよ! お陰で灰色の通勤人生じゃん!」

「……アイツ意外と苦労人してるミャ」

 

 マッスルエピソードから理不尽に振り回される苦労人の一面まで、様々な彼が語られている。そのどれもが、私の知らない彼の話だった。興味をそそられ刺激される好奇心の側で、話に入れない疎外感を感じる。その間で膨らむ言い様のない不鮮明な不快感は、一体なんなのだろうか。

 

『戦闘においては庇う行動こそ持ちませんが、【挑発】による高いタンク適正を持ち常日頃から我々を守り、同時にアタッカーとしても高水準の優れた攻撃力を持ち合わせ、魔防と素早さに難を抱えている物の幅広い役割をこなし攻守の要として活躍しています』

 

 解説が人柄から能力面での魅力に移る。周囲の話が止み、胸に異物感を残しつつも少し楽になる。しかし挑発と言えばあの戦いで何故、私は非効率的と知りながらもマッスルを殴ることを止められなかったのか。

 

 脳裏に焼き付くマッスルのポージングが雪崩の様に押し寄せ、硬いわウザいわでイラつきっぱなしの戦いが思い起こされる。

 

「ウゥ……16連続0ダメージ……ソーバッドメモリー……」

「あれにはマリオンも驚いた。まさか倒すのに会心太陽を3発も当てなければいけないとは……」

「属性ウォールを切らした所にアバドンストームからの連続攻撃じゃな……大技は防御されてしまえばどうにもならん……」

「大婆様も水技各種と防御無視、大技以外まるで通らないことに大変満足そうでした……教えを請うべきなのでしょうが、あの猛打を耐えているマッスルさんを思い返すと震えが……」

 

 バケモン勢からのマッスル評おかしくない? まるで魔攻以外の全ての食物を注ぎ込み生まれた超戦士のように語られている。普通にプレイしてる人は頭使って対処してるからね? レベルを上げて物理で殴るプレイだからねそれ?

 

『会話パートでも素早さの低さを感じさせない、ハイテンポで放たれるボケとツッコミを両立。そして恋人不在の状況に(はや)る若い血気と、俺のような新人を見守ってより良い方向へ導いてくれる成熟した大人の精神を持ち合わせた幅広い守備範囲で、かゆい所へ手の届く高いカバー力を見せつけてくれます』

 

 戦闘面の魅力は単純にして明快、ちょっとした解説で簡単に再確認を済ませて日常におけるマッスルの役割という点へ話をシフトさせる。

 

「むむむ、今までゴールキーパーやディフェンダーのようにドッシリ構えるポジションかと思ってたけど私と一緒でミッドフィルダーも行けるかも……次の対抗試合のシフトを見直さないと!」

「何故、今まで気づけなんだのか……宇宙広しと言えどこれ程の逸材は中々おらぬぞ……!」

「戦闘においては攻防一体の重戦車、そして日常ではボケとツッコミの不足側を手厚く補うスーパーサブ。悔しいが、この恵まれた才能には守備とツッコミ一辺倒で芸のない私は嫉妬するばかりだ……」

「……ツッコまんからな」

 

 ボケを殺されてしょんぼりと肩を落とす傭兵隊長を尻目に、若い血気や大人の精神には誰一人として触れず、ハグレスポーツにおける攻守の見直しとボケとツッコミを両方出来るという点で評価を急上昇させるマッスル。お見合い相手にそんなものが大事かどうか本当に考えているんだろうかこいつ等。

 

『総じて見れば王国への恩に報いる奉仕の精神から義理堅さが伺え、また戦闘での味方を守る献身の心と敵を前に後ろへ退かない勇猛さを兼ね備えた好人物である事がおわかり頂けた事でしょう』

 

 普段から目に焼き付いている戦闘面での頼もしさをここにきてドッキング。悔しいが味方になれば頼もしいであろうマッスルの勇姿が、深い義理人情をバックホーンに皆の脳裏に()ぎっていることだろう。願わくばそれが挑発ポーズでない事を祈るばかり、ムカつくんだよねアレ。

 

『そして貴女がボケであってもツッコミであっても、その心の欲求を満たしてくれる大人の包容力に満ち溢れています』

 

 それ念を押すほど大事? 本当に? 私だってボケもツッコミもいけるけどこれモテポ(モテるポイント)なの?? 皆が静かに頷いて賛同する中で、私だけが取り残されたような気持ちになり恋愛マスターとしての矜持(きょうじ)が揺らいでしまう。

 

『最後に、恋愛において二人の気持ちが通じるか否か……それが一番大切であるという意見には同意します。その大事な部分を考えないままに、この場に集められ憤慨されている方も多いことでしょう。ですがこの問題はこの場に()いて、存在しないも同然な些細な事であると断言します』

 

 問題の定義と即座の否定、余計な意思を介入させず相手の疑念を誘導した上で切って落とす古典的手法。先のローズマリーの倫理を有耶無耶(うやむや)にする時に私も用いた手段だ。

 

 しかし自由意志を無視して集められたという事を些細と言い切るには、少し頭を捻らねばならない場面の筈だが彼は違う突破法を試みる。分厚い度なしのメガネを外し、真っ直ぐにカメラを見据えて言い放つ。

 

『皆さん思い返して下さい。我々が今までに乗り越えてきた数多(あまた)の困難は、どうやって乗り越えてきたのでしょうか? 絆、友情、信頼……我々の旅路に心が欠けた事などかつてあったでしょうか? まだ短い期間ではありますが、自分はこの国で皆と寝食を共にし、時として命掛(いのちが)けの戦いに身を投じ、心の繋がりを(はぐく)み掛け替えのない仲間として今日この時を隣り合い寄り添い合って迎えることが出来たのだと思っています。これが新参者の見る甘い夢だと、偽りの笑顔を前に熱をあげる若造だと笑う者は誰一人として居ない事を確信しています。我々は既に気持ちの部分で通じ合っているのです。個々の性格による相性こそあるでしょうが、後は互いを異性として意識するかどうかの問題でしかありません』

 

 真摯なる訴え、王国に築かれた絆を信じての正攻法。曇りなき純真な眼に、王国に広がる絆という宝物を映して金色の輝きを放つ姿が見る者の心を打つ。

 

 偽らざる本音を明かした照れくささか、演説を終えると再びメガネをかけ直し視線を逸らす。本人は自分のキャラに合ってないと思っていそうだが、こういう時に真正面からあけすけに物を言えるのが彼のキャラではないだろうか。

 

「クラマくん……立派になって……」

「こ、こんなの実質プロポーズやん……ポッコにはまだ早すぎるですよ……!」

 

 ハンカチで目元を拭いながら、我が子の成長を喜ぶように感涙に浸る福の神。その横で芸術の神は真っ赤になった顔を両手で抑え、(かぶり)を振って浮足立つのを自制している様だ。どこをどう解釈したらそんな受け取り方が出来るのかサッパリわからなかった。ざくざくアクターズ謎理論大賞受賞も夢ではない。

 

『若輩者でありながら知ったような口を聞いてしまった事で、不快な気持ちにさせてしまったかと思います。失礼致しました。ですが、これも自分の見解を率直に述べたまでの事ですのでご容赦下さい。それではこれにて応援演説を締めさせて頂きます。ご清聴頂き、誠に有難う御座いました』

 

 ビジュアルを掘り下げることでマッスルの新たな魅力を開拓し、マッスルが今まで王国に注いできた献身と情熱を改めて思い返すことで彼の功績を労り、知りうる限りの魅力を総評して皆の心に焼き付く彼の勇姿と人柄に華を添えて送り出す。王国男児最高の援護射撃が通ろうとしている。

 

『はい、お疲れさまでしたー! それでぇ~この後なんですけどぉ……マッスルさんの恋愛成就を祈願して一緒に御神酒(おみき)バーにでも……』

 

「始まったよ……」

「む、ぅぅ~~~っ! なんたる尻軽ですか次から次へと王国男子に手を出して! 更には既婚者まで(かどわ)かそうとは不埒千万ですよ!」

 

 口を開けば妄言ばかりのお子ちゃまには意を介さず、静かにNGコーナーの内容を思い出す。私に大した失言はなかった筈だ。今度こそ平和に乗り切れると信じよう。

 

『……悪いがそんな気分じゃねぇんだ。マッスルの旦那が、これからどうなっちまうか気掛かりでな……』

 

「公的な場では【先輩】で、素だと【旦那】って呼ぶんだね」

「!?」

「お、おっ!? これ、溢れるじゃろ……!」

 

 なにか重大な発見をしたように椅子から飛び上がり、ティーティー様のカップを波立たせるウズシオーネ。サングラスの下、鋭い眼光が重大な機密に感づいたかのように発見の驚きに(またた)く。この人こんな目付きだったっけ? まぁ何時も閉じてるから思い返そうにもよくわからないんだけど。

 

『ど、どうかしたんですか? そんなに心配するようなことありましたか?』

『……アンタ、先輩の事どう思う?』

『へっ!? あ、私はっ、その、どう思うと言われても……そもそも欠片交換の時に顔を合わせることがある程度の関係で、友人とも呼べないような……』

 

 唐突に投げられた直球に私は困惑しながらもマッスルとの関係を冷静に思い返し、声を落としながら大した仲ではない事を説明していた。質問はどう思うかなのに、何故しょぼくれた声で二人の間柄を答えてしまったのだろう。

 

 どう思っているのか、私は答えるのが嫌だったのだろうか。それとも答えに自信がなかったのだろうか。鏡のないセットの上では、私の顔色は伺えずモニターを通して見えるのは若く精悍な天狗の青年が金色に輝く瞳に宿す憂いの色だけだった。

 

『まぁ付き合いのないアンタに聞いても仕方ないか……取り敢えず、礼は言っておくぜ。あんなナリだが旦那も奥手な人だし、王国内に不和を生んだらと思うとずっと踏ん切り付かなかったんだろうな。ちょっと強引ではあるが、アンタがチャンスをくれて感謝してる』

 

 こんなイケメンに忌憚のない感謝の言葉をかけてもらったのに、私の心はどうにも浮つくことができないでいた。マッスルなんぞに言われた時には、舞い上がりそうな気持ちになれたのに。格下の生物からの感謝が気持ち良いのだろうか、自分でも引く程に悪趣味だしそれは無いと思いたい。

 

『だが、これを逃したらもう旦那に後はねぇ……あの人の良い所を、間近で見てきた皆にまでフラれちまったらもう筋肉フェチの特殊性癖持ちの女を探すしか道はない……!』

 

 外部の者にマッスルの魅力は伝わらない事を確信している。酷な話だがその気持ちは痛いほどよく分かり、王国民からも渋面を浮かべながら静かに頷くしかない様子が散見される。

 

『それにフラれる旦那もだが、フッた方も気分が良いもんじゃないだろう。罪悪感で連携を乱すことがないように、後々フォローを入れてやらなきゃならねぇが俺も女性の扱いは苦手だしな……色恋沙汰って奴はどうしてこう面倒ばかり引き起こすんだか』

 

「もう後がないのにフラれる事が前提なんだ……」

「ムリゲーじゃん……」

(こどらの語尾取っちゃ嫌じゃん……)

 

 崖っぷちで有る事やフラれる前提を否定する声も上がらず、マッスルの現状がどれ程の窮地かを否応なしに再確認してしまう。

 

『まぁ、唯一可能性があるとしたらあの人だろうな……』

 

 文句を言いながらも色恋沙汰への理解はある辺り、流石はイケメンである。付き合いの長さ、これまでの態度、そして設定資料集付属の長編小説を見れば我々のような恋愛強者の前では秘めたる想いもガラス越しに見るようなもの。

 

 この時はそう思っていたのだが、彼はやっぱり自分で言う通り女心に疎かったのを思い知る。

 

『しかし、相手が福の神様っていうんじゃ旦那も気の毒だぜ』

「……んん?」

 

 当然ながらまるで身に覚えがないとでも言うように、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる福の神。しかも気の毒と言われた点に引っかかっているのか笑みが若干歪んでいる。

 

『……え? 福の神様に脈が有るんですか?』

『脈があるかは分からねぇけど、王国内で年齢的に婚期を逃してるのはあの人だけだしな』

 

「ブゥーーーーーッ!?」

「ハオディフェーンス! ティーティー様大丈夫!?」

「あ……あっ……ああ……」

 

 凄まじい反射神経を披露したハオの手によって作られた壁に、ポッコの口から吹き出されたアールグレイはシャットアウトされティーティー様を完全に守り抜いた。だが礼節を重んじるティーティー様も、ハオへの感謝を忘れる程の恐怖にカップをカタカタと音を立てて揺らし震えていた。ポルターガイストかな?

 

「……フフ」

 

 何時もと変わらぬ笑みを取り戻した福の神から、怖気(おぞけ)が出る程に強烈な冷気が吹き出すと控室が冷蔵庫のように冷たくなり、みんながこぞってこたつドラゴンの所へ押し掛けている。

 

 王国イケメン部は地雷を踏まないと気が済まないのだろうか。処分しようとしていた呪いのビデオに、壁に耳あり障子に目ありという(ことわざ)を、よくよく心に刻み込むべしという訓戒(くんかい)を刻み込む教育ビデオとしての価値が生まれた瞬間だった。

 

『はぁ……まぁ見知った間柄ではありませんが、美人ではありますし気の毒でもないのでは? 王国でも数少ないお(しと)やかな女性じゃないですか』

『ブッ!? クッ……ハハハ! あの人は物腰が柔らかいだけで、とんでもないお転婆だよ。エステルさんが受動的になっただけっていうか、自分から事は起こさないけど楽しめる面倒事を引っ掻き回して遠目から面白がってる一番タチの悪い裏番長タイプっていうかさ』

 

「あ、あの……クラマくんも悪気があっての事じゃなくてですね……」

「ポッコちゃん」

「は、ハイッ!」

 

 フォローに入った芸術の神を一声で黙らせる。前を見据え背筋を伸ばした美しい起立は、とても幼児に仕込まれた物とは思えない。あそこの派閥ってもしかしてヤバい所なんだろうか、近寄らないようにしよう。

 

「隣で座ってなさい……いい子だから。ね?」

 

 子供扱いされる事に反抗心をむき出しにするタイプの子だった筈だが、生気の抜けたような目で震えながら椅子に座り直していた。

 

『へぇ~……とても信じられませんねぇ。王国でティーティー様とクウェウリさんと福の神様だけがまともな女性だと思っていたんですが』

『ハッハッハ! 福の神様を抜いとけば間違いねぇよ! 空いた所にレプトスさんかメニャーニャさん辺り入れておけばいいんじゃねぇか?』

 

 女性陣からあからさまに敵意を込めた視線が飛んでくる中、つららが触れるように冷たい手が肩に触れる。(おぞ)ましい冷気を纏った指が首の近くを撫でる感覚にビクリと体を震わせると、優しく、そして拒絶できない力で抱き寄せるように指の持ち主へと近付けた。

 

「あ、あの……何か御用でしょうか?」

「フフ、見る目のあるいい子ですね……気に入っちゃいました。クラマくんの代わりに、ウチの派閥に入ってみる? 今度の神様会議で、書紀を務めてくれたら嬉しいのだけれども」

 

 彼女が何時も細めている眼を薄く開くと、凍りついた血の様に赤い瞳で優しげにこちらを見下ろしながら甘い言葉を(ささや)く。目の前にぶら下げられた出世街道は、蜘蛛が鎮座する巣の上でジッとこちらが触れるのを待っている。

 

 手を伸ばして掴みたい気持ちを抑えると、ようやく子供扱いされている屈辱を受けていることに気がつく。自分でも信じられないことに、その上で怒りよりもこの場から逃げ出したい一心が勝った。

 

「あ、あの、私まだ何処かに所属する前に自分の将来とか夢とか考えたりしたいのでお声掛け頂き誠に有り難い事なのですがまたの機会にという事で……」

「あら残念……でも神様同士、困ったら何時でもお姉さんを頼ってくださいね♪」

 

 只今絶賛困っている。それを知ってか知らずか取り敢えず離してはもらえたが、指が離れてもつららが突き刺さっているかのように冷たい感触が、首筋に押し付けられた刃物の様に残されていた。

 

『さて、そんじゃ御暇(おいとま)させてもらうぜ。御神酒バーは夢から覚めたら、みんなと一緒に連れてってくれや』

『二人で行きたかったんですけどぉ……まぁいいでしょう! また後でお会いしましょうね~』

 

「ふふふ、楽しみですね。どんなお店に連れていってくれるのかしら」

「しかしバーに誘うとはませた子供だ。福ちゃんは未成年が飲酒しないよう、目を光らせてくれ」

 

 ジュリアの念押しに手で丸を作って答えると、私の顎に指先を当てて顔を横に向けて耳元に囁く。

 

(本当は……飲めるんでしょう?)

 

 私は震えるしかなかった。児童という体面で許されている数々の悪行が、彼女の言葉一つでひっくり返り司法の裁きに身を委ねマリオンメテオで五体を砕かれる事になってしまう。

 

 ちらりと眼だけを横に向けて顔色を伺えば、何時もの優しい笑みを浮かべたままの彼女がそこに居た。三体目の氷属性悪魔は召喚した物ではなく、始めから身を隠してここに居たのだ。この恐るべき発見を口外するなど、私にはとても出来なかった。

 

【友情出演】

 

「これで男性陣からのプロモート映像……のNG集を終了いたします」

「そうなのか? まだ尺が残っているようだが」

「はぁ……ちゃんとしたプロモート映像がセットされてなかったのを見るに、私が不要と思って編集した記憶が詰まってるんじゃないですか?」

「ふむ……まぁ念の為見ておくか」

 

 疑り深い奴だ。前話と合わせればここまでで既に八万文字近い文章量になってしまったのに、余計な物を省かなければテンポを損なってしまう。このまま長くなって読者が読み飽きてしまったら責任は私ではなくハグレ警察にある。そう思いながら降りかけた壇上へ再び上がる。

 

『はぁ~忙し忙し……願いの欠片も節約しなきゃですからね。全く何が悲しくてマッスルの為に労働してやらなきゃならんのやら……』

『ワンワン! ウォフッ』

『ぐごご! もっけ! ぐもー!』

 

 愚痴りながらも額に汗かきセットを解体している所で、犬と謎の鳴き声に手が止まる。振り向けば王国のペット二匹が並んで地面に座っていた。

 

『なんですかお前達、男子控室に詰め込んでおいたのにどこから出てきたんですか。シッシッ!』

『クゥーン……』

『はぁ~お前たちもマッスルを応援したい訳ですか。殊勝なペットですねぇ、手短にたのみますよ』

 

 手で追い払うポーズを取るも、引き下がられ仲間外れにしておくのも不憫なのでしょうがなく相手をしてやることにする。この優しさと器量の良さが人気の秘訣ね?

 

「……なぁこいつちょっと」

「シッ! 失礼ですよ、そんな言い方……」

「でもちょっとヤバいじゃん? 聞こえちゃいけない物が聞こえてるじゃん……」

「あのですねぇ! 人を何だと思ってるんですか!? この夢を支配してるのは私なんですから、この世界なら言葉なんてなくても単純な思考と感情を読むこと位は朝飯前ですよ!」

 

 動物と会話が出来るぐらいの事で頭のおかしい奴と見なされ、心無い言葉が雨あられに飛んでくる。こいつらに人の心はないのか?

 

「へぇ、夢の中ならブリちんみたいな事が出来るんだ」

「自分のホームグラウンドに引きずり込んでようやくブリちんの二番煎じかぁ」

「まぁオレの機能はアップデート出来るような技術者が居ないとこのままだけどよ、女神様はまだ子供なんだから神通力の修行を経てちゃんとした読心術になる可能性もあるだろ?」

 

 理由を説明した上でも言葉のナイフは降り止まず、私の純真で穏やかな心に突き立てられていく。このお見合いをして良かったな等という思いは、ここに至るまで只の一度も湧き出たことがない。本当に止めておけばよかった。過去に戻れるならこんな企画を言葉に出してしまった自分をリアルのナイフで刺しに行きたい。

 

「ぐっ、ぐごご……もっ……け」

「なんか地竜ちゃんみたいな鳴き声を上げ始めたけど……」

「修行なんじゃねぇか? 相手の心に寄り添ってるんだろ」

 

 ストレスによる一時的な失語症に悩まされる私を尻目に、さしたる事でもないとモニターに眼を移す人の心を持たない者たち。怒りを鎮めるべく自分で淹れたアールグレイを口にすると失語症デバフが回復した。やっぱこのゲーム紅茶優遇されてるな。

 

『仕方有りませんねぇ、フィルムは……あらら、NGばっかりだったからなぁ……もう余裕もないので一発撮りで行きますよ。私が通訳してあげますから女性陣にマッスルの魅力を伝えるか、マッスルを直接応援するか選んでください』

「邪険にしないでちゃんと付き合ってやるのか……意外だな」

「ええ、てっきり【畜生の相手をしてる暇はないんですよ!】とかいって先に進むものだとばかり」

「フン! 好きに言ってればいいんじゃないですかね」

 

 失語症という重大な脳機能障害の闘病から立ち上がった私に、またしても矢を射るように言葉が飛んでくる。スタンが終わればまたスタン、そんな卑劣なコンボを許すわけにはいかない。冷静になって受け流す。

 

「拗ねるなよ~良い所もあるなって、褒めてるんだからさぁ」

「下賤な人間の願いを聞き入れてやってるんです。犬猫の願いを聞き入れるのも大して変わらんだけですよ」

「……神の価値観じゃな。命を平等に扱う教えであって、下等に見よという物ではないぞ」

 

 今度は説教まで飛んできた。何が命を平等に扱う教えだ、主なる神の存在こそが不平等である事の証明ではないか。天が人の上に神を作り人の下に魔を作ったのだ。人はそれを真似て人の上に人を作るという訳だ。神に命を平等に扱う教えなど存在しない。

 

『ハッハッ……』

『もけもけ……』

『いや、そこを魅力と見るにはちょっと動物的すぎますけど……』

 

「犬猫の話し合いに参加するんだ?」

「もぉ~! 黙って見てられないんですか!?」

「は~い」

 

 余計な茶々を入れないと気が済まないのだろうか、詰まらない説教に対する答えも出したが口にすれば今度は口うるさい老神とこのやり取りが続いてしまうので今は余計な事など喋りはしない。

 

『ワン!』

『マッスルへの応援ですね。じゃあ行きますよ。よーい……アクション!』

「私達じゃなくてマッスルへのメッセージか。聞いちゃっていいのかな?」

「まぁペット共が秘密にしたいような話をしだしたらオレが止めてやるよ。動物から好かれる人間に悪い奴も居ないし、ペットにどう思われてるか見るのは人柄をより深く知る事が出来ると思うぜ」

 

 プロジェクターの側へふよふよと椅子を漂わせて移動して、何時でも映像を止められるようにスタンバイする。この話のオチどうなったっけ……また人に言えないような事になるんだったか。検挙の恐怖や戦いの余波、高身長グッズの暴露や失語症との闘病が重なりもう頭の中はごちゃごちゃで数刻前の事も思い出せなくなっている。もしや記憶障害デバフだろうか、紅茶をもっと飲まなければ。

 

『……ワン!』

『……マッスルさん、何時もボクたちを守ってくれてありがとう。戦いの時にマッスルさんが隣に居るのを頼もしく思うと同時に、ボクもご主人さまの力になれるよう頑張らなければと励みにしています。お(うち)に居る時もとても優しくしてくれて、先日はみんなと遊びに飛び出したご主人さまに代わりブラッシングをして頂いて助かりました。お陰様であの後、ブリギットさんに飛び乗っても抜け毛(まみ)れにしなくてすみました』

 

「ワンにそれだけの言葉が込められているのか……」

「デーリッチ……」

「い、いやぁ~生え変わりのシーズンだったんでちかねぇ? もう十分だと思ったんでちよ?」

 

 飼い犬の世話をサボったのを窘められる国王、この醜態はいつか利用出来るので私の記憶に止めておこう。現実世界での記憶の出力について、少し調べてみるか。

 

 あぁ、美しさと心優しさを併せ持ちながらも向上心を忘れない勤勉な女神。この二次創作が世に出れば全プレイヤーからタワーの女神プレイアブル化要請の声が届き、聡明な原作者もその声に答えると共に私を王国の支配者へと()し上げて一枚絵と設定も身長を大きくプラスしてパワーアップする事間違いなし。今の服装はちょっと可愛さに寄り過ぎだし、もう少しセクシーな奴を用意して欲しいかな。

 

 失った薔薇色の未来は、一度はこの手に掴んでみせた。きっと取り戻してみせる。密かなる誓いを胸に立て、まずは願いの欠片分の勤労に励むとしよう。こういう働き者な所も人気の秘訣なのだ。

 

『ヴォフッ! ハッハッ……』

『こんなにカッコよくて強くて優しい人なのにどうして(つがい)が出来ないのか、ボクが思うに単純に消極的すぎるのではないかと思います。よく広間でカッコいいポーズを取っていますが、これは動物の求愛に例えれば美しく羽を広げる孔雀に近い行為でしょう。そういった動物的なアプローチは同族に行う物なので、筋肉の美しさを見せつけても筋肉の美しい人しか寄ってこないのかもしれません』

 

「動物的視点から見た恋愛指南とは、面白い講説が聞けますね」

「あいつ……ペットから恋愛指南を受けるのか……」

 

 マッスルへの哀れみもピークに達した。と、思いたい。ペットから非モテ改善のアドバイスを受けるよりも先に身を(やつ)す所が果たしてあるのだろうか。

 

『ワンワン! ……ヴォン!』

『しかし逆に言うと、同族的アプローチを行えば興味を引く可能性があるかもしれません。ボクは魔法を使える事をスゴイと思いますが、実際の所はどうスゴイのか分かりません。同じ様に、みんなも筋肉の具体的なスゴさがわからないのだと思います。それなら相手の土俵に立って、自分を見てもらうのがいいと思います。何時もかけっこをしてるエステルさんやルフレさんと一緒になって走ったり、ローズマリーさんやシノブさんと本を読んだりするのは如何でしょうか。ジーナさんの仕事が一番上手く行きそうな気がしますが、あの人はナワバリ意識が高いので工房に入れてくれないかもしれません』

 

 しかし意外と侮れないのが王国忠犬ベロベロス。その知力は高い教養を持つ元・悪魔貴族令嬢ゼニヤッタと並ぶ6……んん? あれ知力6勢の中で一番下だと仮定してもこいつ王国で18番目に賢いんだけど……? 過半数のおつむがペットの犬以下だけどこの国大丈夫なの? 私のプレイアブル化の暁にはちゃんと知力7以上にしてねお願いだから。

 

「い、意外と的を射た意見が出てきたぞ……」

「人間も所詮は動物ですからね。単純な理屈だからこそ本質に根ざしているのかもしれませんよ」

 

 私の心配を他所に、犬だからと侮っていた事が透けて見える様な発言が飛び出した知力4のゴリラ。あれアルフレッドくんやクラマくんも知力4だ……王国の偏差値低すぎ? やっぱり蛮族集団だったんじゃないか。

 

『クゥーン……』

『しかし、相手の土俵に立った所で負けてしまうと(つがい)との力関係に悪影響を及ぼします。そういう訳で、ボクが今までのかけっこトーナメントの賭けで手に入れたエステルさんのオススメ人参二百本をマッスルさんにプレゼントします』

「ブフゥーッ!?」

「す、素早さ1200上昇!? あの質量の筋肉がハピコさんやクラマさん並のスピードで飛び回るんですか!?」

 

 聞いただけでもとてつもない破壊力を想像してしまうが、当然ながらマッスルの固有スキルに敏捷依存の攻撃は存在しないので挑発をターン開始時に安定して行える位しか利点はない。それに比べてハピコやクラマくんに注ぎ込んだ時、どれ程のバランスブレイカーとなってしまうのか興味を(そそ)られるが残念ながら行き先はマッスルの腹の中だ。

 

『ワンワンッ! ワンッ!』

『この間はグラウンドのやや湿った土がみんなの足を取る中で、焼け付くようなcotaⅡエンジンが自身の足場から泥濘(ぬかるみ)を奪ってベストコンディションに整え、強い追い風を受けたこたつ布団が帆のように推進力を高めていました。こどらちゃんもご飯前で軽量に収まっている姿を見てこたつさんが勝つのを確信していたので、そういう日が狙い目ですよ。夢から覚めたらボクの小屋まで取りに来て下さいね』

 

 動物的な勘ではなく、高い知力を持って戦いの勝敗を見極める慧眼に脱帽するしか無い。この犬を超える知力7となるメンバーはかなづちとベルくん、なんだかなづちが居るなら私も知力7で問題ないな。心配して損してしまった。

 

「こどらちゃんではなくこたつに全幅の信頼を寄せている……ちゃん付けとさん付けに見える格差よ……」

「なんでじゃん!? こどらも頑張ったよ! こどらの勝った一枚絵でも、ちゃんとゴール前はこたつから出て一人で走ってるじゃん!」

「直前まではこたつに走らせてたんかい……!」

「これ予想屋かなちゃんよりもベロベロスに任せたほうがよくない?」

 

 普通に考えれば反則になる所だがこたつとドラゴンで一体なのでどうにも扱いが難しい。しかしこたつに走らせた所で、それでも極稀にしか一位を取らないし深く文句をつける必要もないのだろうか。

 

 そもそも走るこたつとは一体何なのか、ゼンマイ山では背負ってたのに何時から機動するようになったんだ。cotaⅡエンジンで命を吹き込まれたのだろうか。謎は尽きぬばかりだ。

 

『ワンッ……ワンッ!』

『力ならボクが心配するまでもないと思いますが、魔力や頭脳はみんなのレベルが高すぎるので、諦めてリードしてもらいましょう』

「シビアな世界に生きるのもまた、動物らしさよ……」

 

 無理に短所を伸ばそうとして長所を疎かにするのは愚の骨頂。トラやチーターが持久走の訓練などしないように、マッスルが勉学に励んだ所で、シノブやメニャーニャの様なモンスターブレインに追いつくことは決して無い事をよく分かっている。

 

『ワン!』

『ここまで同族的なアプローチについて勧めてきましたが、今日この王国にいる皆が、様々な得手不得手を持ちながらも一丸となって困難に立ち向かうのを見るにこの話は絶対的な物ではありません。マッスルさんに好きな人ができて、どう積極的になって良いかわからなかった時に思い出してくれたらと思います』

 

 参考程度の物とはいえ、分かりやすい指標を決めておくのは悪いことではない。一番はこちらの土俵に引きずり込む事ではあるが、相手が登ってこなければ待つ意味もなし。理論上の最高ではなく今できる最善を尽くせという、動物らしいリアリズムに(のっと)った考えを刻み込む事で、指をくわえて見ているだけの恋愛弱者脱出の手引を図る王国18位の参謀犬。

 

 しつけ教室どころか普通に勉学を学ばせても良いのでは……めいかいQでも見せている通り、算数は既にデーリッチを超えている。まぁ自分のペットでもないので余計な口出しはせず、この事実に気付くかどうかは本人達に任せよう。

 

『キュゥゥゥーン……クゥゥン……』

『最後に一つお願いがあるのですが、一人でいると目付きの悪いお姉さんに見張られててゆっくりできません。こちらを見るだけではなく、モフモフさせろと言いながら相撲を取るような構えのまますり足で近寄ってくる事があってとても怖い思いをしています』

 

「イリス! あんたワンコ達になんて事……」

「ワッツ!? ドウ考えてもオマエの事デスヨ!? マイアイズイズクーリッシュ! エビルな目付きでペットをニラんでいるのはユーの方ネ!」

 

 目付きについて言及され必死になって反論しているが気にしているのだろうか。涼やかな眼と言えば聞こえはいいが、イリスが相手では冷たい眼と言ったほうがしっくり来るし、目付きが悪いと取られるのも無理はない。

 

「まだモフモフさせて貰えないんでちか……」

「いやなんで私って決めつけるの!? 最近少しづつ近付けるようになってきたから! 5メートルの所で逃げられてたのが4メートル86センチの所まで近寄れるようになったから!」

「それって誤差の範囲なんじゃ……」

 

 牛歩の歩みならぬゾンビの歩みで、ペット達との関係は前進していると主張する。最近のゾンビは走るやつばかりだけど、昔ながらの古典的ゾンビ派の私にはこの目付きの悪い小娘に好感が湧いてしまう。あ、でもこいつ運動神経いいんだっけ。やっぱりダメかな。

 

『ぐごご……もけー……』

『妹ちゃんと接している所を見るに優しい人なんだろうけど、息を荒げながら鬼気迫る表情で地面を這いずってるのを見ると正直お近づきになりたくありません』

 

 妹というワードで完全にイリスの線が消え、犯人はミアラージュに限定されてしまった。はぁ、可愛そうな小娘。私のように愛らしいパッチリお目々を持っていないばかりに動物から嫌われる上、遠くない未来に行われるであろう人気投票もここに居る美の女神に屈することになるのだ。お先真っ暗なゾンビ娘を見てみれば、周囲から哀れみの視線を集め今にも泣き出しそうな顔で悔しさに歯噛みしている。

 

「ホラー! やっぱりゾンビドーターの方デース!」

「お、今のは呼びかけるほら、とホラーをかけた冗談かい。 イリスにも侘び寂びが分かってきたね!」

「ごめん、こたっちゃん詰めてくれる? ここ寒くてさ……」

 

 無罪の証明を勝ち取り驚喜(きょうき)するイリスに、悪魔の眼差しや福の神の指先よりも冷たい凍土を呼び起こす言葉が投げかけられる。この絶対零度の空間を緩和すべく、空調機能を強化するのに願いの欠片を使ってしまった。お願いだから貯蓄させて欲しい。

 

「……お姉ちゃん……なんでそんな所ばかりゾンビっぽいの……?」

「ど、動物の目線でダメだったからもっと低い目線を試してみようと思ったのよ!」

「しかし、なんでまたマッスル相手にミアちゃんについてお願いするワケ?」

 

 ミアラージュの苦悩と見当違いの努力はさておいて、真っ当な疑問を投げかけるのは意外にもイロモノキャラを代表するサイキッカーだった。ここに来てようやくオチを思い出したが、やはり見せないほうがいいのかもしれない。

 

『ワンワン! ウオォーン!』

『しかしながら、我々も拠点の仲間として艱難辛苦(かんなんしんく)を共にしてきた仲間である彼女の願いを聞き入れてあげたい。彼女のモフモフにかける情熱と愛護の精神を尊重したい。よって我々ペット連合は協議の結果……』

 

 そんな私の気持ちが通じたのか、ここに来て二度目の一時停止が押される。いや今までにもっと止めるべき場面は幾らでもあったのだから、もっと早く通じてほしかったホントにマジで。

 

「え!? ちょっ!? ちょっとなんで止めちゃうのよ!」

「いや……この先はあいつ等も聞かれたくないかもしれねぇ。それに、多分お前の望むような結果にはならねぇよ」

 

 顎に手を当て少しばかりの思量をおいて、ブリギットの口から慎重に傷つけないよう相手を(おもんばか)った言葉が紡ぎ出される。そう、この先はマッスルの為でも私の為でもなく、純粋に彼女の為を思えばこそ闇の中へ葬るべきなのだ。

 

「何言ってるの! 私の情熱を認めてくれるのよ!? 目付きが怖いから目隠しをしろって話かもしれないし、モフモフはまだ出来ないけど3メートルまで近寄らせてくれるとか、ツッコミ一辺倒で一緒に居ても面白味がないから火輪(ひのわ)を潜れと言われたって構わない!」

 

 いや十分面白い人になってるけど、というかゾンビ相手に弱点属性に飛び込む要求をするペット達は鬼畜すぎるでしょう。どういう眼で見ているんだ。

 

「今までの関係から少しでも前に進めるなら、私は何だって喜んで受け入れるわ!」

 

 淫夢勢(ホモ)が反応しそうなワードと共に、高らかにペット達を受け入れる宣言をする。軽々しく口にしていい言葉ではないが、私も高身長ブーツを差し出された時には似たような反応をしてしまったので強くも言えずこれから起きる悲劇を見守るしかない。

 

「少しでもか……まぁ少しは進むのかもしれねぇし、それでも良いって言うならしょうがねぇな」

 

 ブリギットもこの覚悟を受け入れ、気の進まない様子ながらも再生キーに手をかけた。

 

『……ボクの抜け毛を集めて腰蓑を作りました。マッスルさん、これをつけてお姉さんに一杯モフモフさせてあげて下さいね』

「いるかぁーそんなもんっ! 何が悲しくてマッスルの腰蓑をモフらなきゃならんのじゃい!」

「あ、あの……お願いだから人前でモフモフするのは止めてね……?」

「人が居ようが居なかろうがやらんわ! 姉をなんだと思ってるの!?」

 

 このやり取りにデジャブを感じる。結局の所、ペット達の答えは代替を用意する事だった。目隠ししたままプレゼントに期待を膨らませていた少女を崖に案内するかの如き仕打ちだが、マッスル宛のメッセージなのであの二匹もこんな悲劇を引き起こしてしまったとは思わないだろう。

 

『はいっ! 撮影終わり! フッ、フフフ、よ、喜ぶといいですね……ミアラージュさ……ブッフ……!』

「笑うなーーーーーーーーーーーーっ!」

「お、落ち着……いっ……ぷっ……フ、くっくく……あっ、ちょ、ちょっとまってホントに苦し……」

 

 襟首を掴まれ締め上げられる。マッスルの腰蓑をモフモフする彼女の姿を思い浮かべた笑いに、酸素は吐き出されるばかりで息も()()えに首を揺らす。頭がぼんやりして目が霞んで指先が震えて、って酸欠寸前やんけこれ。

 

『もっけ!もけ、もー!』

『はいはい、お礼はいいですから部屋で大人しく……あ、ペットのトイレ用意してなかった……ハァ、願いの欠片でなんとかしますから、またタワーに来てここで使う分を返しに来るんですよ?』

『もっけー!』

『ワン!』

 

 低酸素の症状が重篤化する前に、彼女は力なく地面に崩れ落ちた。モニターの中で鬱陶(うっとう)しく私に纏わりつくペット達を見て涙を流して地面を殴りだす。

 

「ゲホ……た、助かった……」

「なんで……なんで私には寄り付かないのに……やっぱり隙がないとダメなの……? 私も計画性のない企みで大コケしたり、イケメンと見れば犬のようにすり寄ったり、ケーキに入れる角煮をイチゴと間違えたりすればいいの……?」

「ちょっと! アホだから懐かれてるみたいに言わないで貰いた……角煮!?」

 

 メシマズとは言えチョイスからもうおかしい。イチゴと間違えるということはスポンジの間やその頂点を、まさか角煮が支配するのが当然だと思っているのだろうか。(おぞ)ましいほどアホやんけこいつ。

 

「おっ! 今のは角煮の確認かい?」

「よせマリー! もう死んでる!」

 

 華麗に死体撃ちを決めて永きに渡る応援演説に幕を引く。ゾンビの(すす)り泣く声が響く部屋の中、真の戦いが始まろうとしていた。

 

 今更だけど、これお見合いする雰囲気じゃない気がするなって。




書き溜めはここまで
次からはメチャクチャ更新遅くなるから気長に待っててね

櫓岳(やぐらだけ)様よりまたしても作中のワンシーンを絵にして頂きました。
引き続き励みにして参ります。ありがとうございました。

【挿絵表示】

元ツイートhttps://twitter.com/eM5kc3t9/status/1338085478709391360

アルフレッドの眼を青と表記していたのを修正。ジーナ編書いてて気付いたけど、パッと見で青に見えちゃったので許してね。
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