ざくざくアクターズ二次創作 -夢、筋トレ後に浮かぶ汗の如く泡影に消え之く-   作:網場朱鷺

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四滴

「う~ん、いい仕事しておるのぅ」

「な、なぁ……本当にこんな服が流行ってるのか……?」

「何を言うか! 友人に疑われるとは心外じゃぞ。わらわがこうして、お主とオシャレを楽しむのをどれだけ心待ちにしたと思うておる! 夢の中なら不慮のポロリが無いことも実証済み、この程度は埋め合わせとして序の口なのじゃ!」

 

 控室中央に立たされたローズマリーが、今にも泣きそうな顔を羞恥に赤く染めて懇願していた。

 

 ポロリの実証って何してたのこいつ等? R-18表記もないので淫らな行為に及ぶのは謹んで欲しい。

 

「そうは言ってもこれ……ほ、本当に隠せてるかも分からないんだが……」

「隠れとる隠れとる! 恥ずかしいと思うからその様な眼で見られるのじゃ。もっと堂々とせい!」

 

 彼女の顔を紅潮させる原因は、夢の衣装棚から勝手に見立てられたであろうあられもない服装にあった。白味の強いグレーの毛糸で編まれた大型のセーター一枚、しかしその(よそお)いは防寒具として名高いセーターを侮辱するかの如き邪念に満ちていた。

 

 背中と両脇に大穴を開け、腰どころか尻の上まで大きくカットして大部分の素肌を晒している。ワンピースの様に縦長の構造を取ってはいるが、太腿すら隠せておらず腰よりやや下程度の位置で丈を止めており、とてもスカートとしての役割を両立してるとは言えない出来栄え。

 

 そんな破廉恥極まりない服を着せられた彼女を衆目に晒し、笑みを浮かべて悦楽に興じるカレー色の姫君。

 

 オシャレに使うお金は勿体ないと、これまで友人の誘いを断り続けてきた彼女だが夢の中ならばタダであるという事で方便を失い、着せかえ人形と化して弄ばれていた。

 

「ちょっと! 何勝手な事してるんですか!」

 

 この夢の世界に於ける(あるじ)である私に対し、了承も得ずに衣装を私物化する身勝手への怒り。

 

 司会の進行を断りもなく邪魔する不届きな輩を、黙って見過ごす様な無能ではない。ここらで一つ、弛んだ気を引き締めるべく活を入れてやらねばなるまい。

 

「私を差し置いて、ざくアク界のファッションリーダーの座を簒奪(さんだつ)しようとは不埒千万! 神をも恐れぬ行いですよ! なんですか、そんなスケベな服を着て……! 両親も出払って彼氏と二人きり、勇気を持って一歩踏み出して奥手な彼を誘惑しちゃおう。そんなシチュエーショナルアイテムであって、ファッションとしての実用性は皆無! そんなもん着てたら痴女ですよ痴女!」

「~~~~っ!」

 

 流行を終えた化石のようなファッションで我が神眼の前に出ようとは、浅薄愚劣も(はなは)だしい。必殺の辛口ファッションチェックが炸裂すると、自分がどんな格好でいるのかを客観的な視線で捉えてしまった彼女が、一層顔を赤くして(すそ)を掴んで下に引き伸ばす。

 

 下半身への視線を避けようとするも、毛糸の伸縮性を考えれば背面の大きな穴まで釣られて伸びてしまうのが道理。ヒップをギリギリの位置で隠すよう計算された淫らな装いは、羞恥の心を持って隠すことを許さぬ巧妙な設計になっており、彼女もまたその毒牙に掛かって下着を晒していた。

 

 夢の衣類は自己認識の外殻とは言ったが、ドリントルの見立てで衣装棚から取り出されたのならば自己ではなく、ドリントルの認識によって形成されるマナの外殻という事になる。

 

 よってドリントルの羞恥心に基づいて下着までなら物理法則が優先され、そこから先のポロリは無しという設定になっているのだろう。下よりも遥かにガードの甘いバストは意外なサイズがあり、スカスカの両脇から何時こぼれ落ちるかと見ていて冷や冷やイライラさせられるが不自然なまでに守りが堅い。

 

 言うまでもないがこの苛立ちの原因は、絶対にそのふしだらな格好に対する物であって、断じてサイズへの嫉妬ではない。

 

 そのような痴態を晒すことに我慢も限界に来たのか、ダッシュで化粧室へと向かおうとする彼女だが肩を掴まれて逃亡を阻まれる。

 

「待つのじゃ! 親友を痴女呼ばわりされるのを許しては、我が王家末代までの恥となろう! わらわの願いを聞き届け、オシャレの為に勇気を振り絞って一歩を踏み出してくれたマリーの心意気に報いる為、共に邪智暴虐なるファッションモンスターを打ち破ろうぞ!」

「いいから速く着替えさせてくれお願いだから……!」

 

 今にも泣き出しそうな彼女の肩に手を乗せたまま、神へと向かって敵意に満ちた眼差しを寄越す不届き者。スケスケのいやらしい衣装で得た人気を、スタイリストとしての実績と勘違いしている思い上がりをへし折ってやるべくその挑戦を受けて立つ。

 

「えぇ……頭にタワー乗っけてる奴がファッションリーダーなワケ?」

「……は?」

 

 突然の不意打ち、今ここに最強のオシャレを決めようとしていた所へイロモノ枠の分際で口を挟む場違いなサイキッカーが一人。

 

 オシャレから掛け離れた太腿の露出だけを()り所にプレイヤーの視線を集める、この様な不審者からの暴言を捨て置くことなど神の名に於いて許すまじ事。怒髪衝天ならぬ怒塔衝天の我が怒りは、唄に効く火竜の炎よりも強く激しく燃え盛る。

 

「はぁぁぁぁぁあ!? 頭に目玉焼き乗せたハムエッグのコスプレイヤーに言われる筋合いはないんですけど!? このゲームでオシャレ度ナンバー1は誰か、このモテカワスリムのゆるふわガールを前に言ってみろってんですよ!」

「何処からハム要素持って来たこの性悪娘! モテカワなんて一昔前のファッション誌が作った流行に、何時までもしがみついてみっともない。この流れるような流線型を映し出す、超未来派スーツこそが最先端! 時代が追いついてないってだけ!」

 

 出ましたよ負け犬の常套句、時代が追いついてない宣言。S○GA以外に未来の先取りを証明して見せた例は何処にもなく、このようなヘンテコタイツを皆が(こぞ)って着るような滅びの未来が訪れる事も決してない。

 

 私服のセンスを買われているだけあって、モテカワが魔王タワーアップデート当時の流行で有ることは覚えているらしい。

 

 しかし水着イベントによって袖とスカートの裾を大胆に詰め、ゆるふわを殺さぬ程度にシュッとさせた新衣装は世俗のつまらない常識など通じぬ理外の外にある奇跡。創造神の手により生まれた、十年戦える神のオシャレであり後七年もの猶予が有る。

 

 まぁモルペウス戦でしか着ないんだけど。スカイツリーの頂点辺りは相当な高所であり、当然ながら寒いので仕方ないね。

 

「はむすたゲーミング、スタイリスト部門代表顧問の私が着続けている限り、現役バリバリ最強ナンバーワンなんだが!? その流線型の丸い腹からハム要素を持ってきたんですよ! 何時になったらそんな時代が来るのか、得意の超能力で言ってみてはどうですか!? 後何時間何分何秒何ターン? ほら!」

「少なくともアンタの服装は未来なんて見なくても、今ここでタワーと一緒に崩落してるのが目に見えてるわね! モテカワもゆるふわも既に死語、緩くてふわふわなのは髪型だけじゃなくてオツムの方まで回ってるみたいね!」

 

 この滑らかな手触りと艷やかさを兼ね備えたキューティクルヘアに向かって、それを乗せている頭の出来がゆるふわだとは神に対してなんたる不遜(ふそん)。耐え難き侮辱。

 

 更には不慮の事故からバレてしまったこのタワーが、低身長対策として最早機能していない事を栄光の瓦解と結びつけて崩落と呼ぶその不敬。もはや許し難い。

 

 思い返せば面接の日、私が夢の女神からタワーの女神となる事を決意したあの日に果たした運命の出会い。

 

 絞り込み検索の条件こそ満たしていたものの、魔王タワー等というド田舎の低俗な観光業に付き合わされては神の沽券(こけん)に関わると、スキップしようとした所で目に止まったこの秘宝。我が半身は社員正式採用ユニフォームとして写真の中で燦然(さんぜん)と輝いていた。

 

 胸の高鳴りを秘めたまま面接会場に向かえば、怪しげな紫色のオッサン一人がお出迎え。まさか私の美貌を目当てに、如何わしい撮影会でもするのかと警戒した物だ。

 

 稼働したてで福利厚生が行き届いておらず、当時まだ椅子もテレビも本棚も何もなく、だだっ広いだけのスカイツリーエントランスで面接を受け、この優れた能力と人格が当然ながら目に止まり無事採用に至る。

 

 帰り際、お土産のカニと一緒に手渡されたあの感動が蘇る。私の身長160cm生活に始まりの鐘が鳴り響いたあの日、もう決して肌身放さぬことを誓った我が半身。

 

 それは効力を失った今でも、我が魂として朽ちること無くこの頭部に残されているというのにこの言い草。慈悲深く穏やかで純粋な私であってもこの様な仕打ちには我慢ならず、その心へ消えない悪夢を刻みつけてやろうかと思った瞬間――

 

「やめんかお主等!」

 

 一喝の下に互いの口は縫い合わされ、その威風溢れるカリスマの叱咤(しった)により場の空気を掌握されてしまった。

 

「オシャレは他人を傷つける為の物にあらず、自らを高め着飾る遊戯にして礼節。己の心を映し出す鏡ぞ! 女神様の乙女心、わらわにも(しか)と見えておる。流行が過ぎようとも似たりよったりな格好をする者がいなくなった今、時代遅れでもなくその個性を発揮する武器である事は明白。頭のタワーも目玉焼きも等しくチャームポイントではないか」

「いや目玉焼きじゃなくてアンテナだからね? 外宇宙からの電波を受信する装置だからね?」

 

 外宇宙から電波を受信してる人、その字面からして危険を感じさせる事に気づかないのだろうか。酒やクスリで見えてはいけない物が見える様になる例はままあるが、素面(しらふ)でそんな事を言い出すのはやべー奴に他ならない。

 

 不審者の頭に巻かれたアルミホイルと変わらぬ役目を果たしている目玉焼きと、神の威光を示すこのタワーを同列に並べられては遺憾だが服装についての考えは(おおむ)ね正しい。

 

 加えて言うなら過ぎ去った流行をあえて取り入れる事で、過去に見たノスタルジーを呼び起こすモダンアートの手法であり芸術の分野では度々使われる表現法を取り入れているのだ。

 

 無策のまま奇抜な格好をしているだけのサイキッカーと比べ物になる訳もないが、低俗な争いに加わってはそれこそ同列にまで落ちぶれてしまうというもの。

 

「フン、曲がり(なり)とも流石はスタイリスト二十二階位の一人……ファッションを見る眼はあるようですね!」

「な、なんじゃスタイリスト二十二階位って?」

「自覚がなかったんですか。ざくアク業界のファッショニスタ達に与えられた名誉称号で、【塔】の暗示を持つ私や【死】の暗示を持つデスノちゃんも名を連ねています。良くファッション誌に顔を出してるじゃありませんか」

 

 当然【悪魔】のイリスや【太陽】のマリオンちゃんもそれに続いて末席に控えている。両者ともに胸元の露出が高く、極めて不健全であるという事で選抜委員会に意義を申し立てたが棄却されてしまった。

 

 卑劣で淫猥な悪魔は語るに及ばずとも、思わず私の過去を重ね見てしまうような幼気(いたいけ)な少女が恥じらいもなく胸部を晒しているのは目に余る。生意気なクソガキばかりの王国で、ベルくんとマリオンちゃんだけが唯一のオアシスであり、それを守るのは保護者の立場に無くとも大人の責務であろう。あ、ここ魔王様にはオフレコでお願いね?

 

「何処のスタンドじゃ……! 出演依頼が多すぎて把握出来とらんかったが、そんな事になっとったのか。しかしデスノちゃんとは意外な所が出て来たのう。貧乏神と服装大して変わらんし、ドクロのアクセ一本勝負ではミトナ辺りが居た方がしっくり来そうじゃが」

「前任者はミトナだったんですが、貴方達がレア武器欲しさに貢いだ金で出版業界を買収してましたからね。何度やられても懲りずに過去の栄光に執着する姿を今では【愚者】として扱ってますが、実際はデスノちゃんの権力パンチで追いやられた形になります」

「む、(むご)い……」

 

 魔王タワーボス勢の中ではタコタンクと並ぶ難敵に指定されているミトナであっても、築いた栄華は遥か彼方に過ぎ去った後。現代社会に存在する権威を、利権とマネーで操られてしまっては手の出しようがない。

 

 高貴なる神である私にこそ、本来そういった権力が備わっているべきではないか。願いの欠片を奉納する唯一の信徒である王国の働きが足りないせいで、権力どころか将来の不安なんて俗な心配事を余儀なくされてしまったのはこいつ等の信心不足のせいに他ならない。

 

 質素倹約、私が節制に務めているからこそ奇跡の恩恵に預かれる事を思い浮かべ、貧しい生活を神にさせている事を恥じて欲しい。魔王タワーアプデ直後は週に三度の焼肉通いだったのも月一に減ってしまい、新作のブランドも今では殆ど手を出せなくなってしまった。

 

「じゃがそうなると、わらわは【星】に(あた)るのかのう」

 

 私の苦悩になどまるで目を向けず自分の肩書を気にするとは、(まさ)しくこれが信心の足りていない証拠と言えよう。

 

「まぁそうですが、ドリントルさんは大祭りでのアイドル活動を始めとして知名度だけなら二十二階位で最上位。ファッション業界への功績を讃えて貴方の【星】の座が、不動の地位である事を示す特別な称号を与えられています」

 

 神としておいそれと地上に出向くことなど出来ない重鎮である私が下界に足を踏み入れる事など、転売に使うお土産の買い出しの他に美容院での手入れや新作ファッションチェック等、オシャレ活動や休暇を過ごす時しかなく知名度で言えば僅かに劣るのはどうしようもない。

 

 スカイタワーまで来れる者もそうそう居ないのでファッション誌への露出はほぼゼロ、謎に包まれたミステリアスな美貌の女神としてミトナ共々この名前だけが下界に伝わっている。

 

「そこまでの栄誉に預かっていたとは光栄じゃな。して、特別とは一体? 【○ター・プラチナ】的な奴か?」

「いえ【カレーの星】ですね」

「んあーっ!?」

 

 胸元から下を局部だけ覆って全面シースルーにする痴女一歩手前、インベタの更にインまで踏み込んでスパイスを効かせた攻め気の姿勢を評すべく彼女を表す言葉、色、象徴であるカレーを以てそのファッションは讃えられている。

 

「オシャレ女子たちからは親しみを込めて【カレー・プラチナ】とも呼ばれて……」

「星の方を残さんかい! 何時までも服の色を引っ張りおって、水着では艶やかな華の如きグラデーションで攻めておるじゃろ!?」

 

 星が残ったら丸パクリになってしまう。原作者でも少し外した所へ投げるのに、そのように無謀な直球勝負を挑んでは勝てる道理が無い。

 

 後に続く我々に守るべきラインを示してくれている以上、それを遵守するのは当然の務めと言えよう。バリバリに続くナンバーワンは、本来なら英数表記なのでカタカナならリスペクトの範疇であり一切の利権に触れていない。

 

 従って他意は無いんですほんと口論の中でちょっとカッとなって出ちゃっただけなんで許して下さいお願いします。

 

「私に言われましてもこういうのは普段のイメージですから。そんなに嫌ならマリーさんの着てるセーターもどきでも着てれば印象変わるんじゃないですかね」

「普段着にあんなん着てたら痴女じゃろうが! ……あっ」

「……」

 

 彼女の背後で人間の淫猥な邪念をそのまま形にしたような衣装が集める視線から、モジモジと身を(よじ)って逃れようとしていたローズマリーだが、その一言に眼からは光が消えとても友人に向けられているとは思えない冷たい眼差しを送っていた。

 

「ドリントル……」

「い、いや室内着みたいな物であって、外行きには着れんという意味でな? ほ、ほれ置いてあった雑誌にも、爆発的な人気と売上を誇ってると書いてあったじゃろう?」

 

 オシャレに疎い彼女に対し、都合の良い情報を厳選して提示することで言い(くる)めたという訳か。全くの無知なジャンルへ足を踏み入れてしまい、如何に知力9組とはいえ抵抗する事も出来ぬまま時代遅れの童貞殺害系防寒着をその身に纏ってしまったらしい。

 

 ちなみに置いてある雑誌も、私が過去に見て記憶の奥底に眠っている物を形にした物だ。内容をまるで覚えていなくとも、脳は自身の思っている以上に正確に記憶しているらしく読み飛ばしていない限りは忠実に反映されている。

 

 一部の天才と呼ばれる人間は固有の記憶術でこれを呼び起こすらしいが、夢の中ならば形にして他者と共有まで出来る私は天才以上の存在なのだと良く分かる事例であろう。

 

 まぁ本だと女性誌と小説と漫画位しかレパートリーは無いんだけど。読みたい奴も居ないだろうが、神学校時代の教科書なんかも有る。

 

「……服を買い換える時は、もう絶対に君の世話にはならないからな」

「マリィ~……そうつれぬことを申すでない。マッスルに親友を取られてしまう前に、せめて奴より先に晴れ着を拝んでみたかったのじゃ。このいじらしさが分からぬか?」

 

 この様な服とも呼べない物を着せられては、いじらしさ等という可愛気(かわいげ)な物は感じられる筈もなくいやらしさの方が際立っている。

 

 水着の破壊力を(かんが)みるに、彼女がオシャレに目覚めていたら私のファッションリーダーとしての地位を脅かす存在になっていた可能性もゼロではない。ドリントルの失策によって、当分のオシャレ活動を控えるようになれば今年度のオシャレ部門一位も私の手中にある物と見ていいだろう。

 

 念入りに(とど)めを刺すべく、ここは更なる不和を引き出すべく(けん)に廻る。

 

「これの何処が晴れ着だ! デートの約束一つ、しかも十年も後の話でこんな格好をさせられるなんて……!」

「えっ!? デ、デートの約束じゃったんかアレ。こ、婚約とも違うが、その位の約束かとばかり……」

 

 嘘でしょデートの約束だったの? 勘違いで殺っちゃう所だった。危ない危ない、良かった良かった。心底ホッと胸を撫で下ろす。

 

「深読みしすぎだろ。十年後にお互い独り身だった時にでも思い返そうって話じゃないか。流石にそれだけ時が経てば、マッスルも誰かしら良い人を見つけてるさ」

「じゃが来年にはざくアクも実装から十年を迎える訳で、果たして初期からプレイしてくれてるプレイヤーの何割に恋人が出来たかと言えば……」

「ちょっと!? 流れ弾が読者に刺さったらどうするんですか!」

 

 思惑から大きく外れ、観客席に向かって220kmの豪速球を投げ出す殺人的ノーコン投手。マッスル人気の屋台骨の一つとして、奴と同じ環境に身を置くプレイヤーは少なくない事が挙げられるのを知った上での発言なのか。

 

「初期メンバーであるマッスルの彼女いない歴は実質二十九年! この位は普通! 許容範囲内ですから!」

 

 冷静で的確な判断力によるフォローアップで、一部の読者が被る被害を最小限に留める。

 

 これは私の失言ではなくドリントルの物なので、今後もし人気投票が行われる暁には精一杯皆様を擁護するべく(つと)めたタワーの女神をお忘れなきようお願い致します。

 

 私の地位を脅かす政敵を排除すると共に、未来を見据えて広報まで行う要領の良さ。この溢れる知性から展開されるロジックによってシノブとメニャーニャ程の智者を追い詰めた事を(かんが)みれば、私が夢の力のみならず知略や智謀に優れた神である事がお分かり頂けるであろう。

 

「しかし、それで言うと私もアラサーになっちゃうんだが」

 

 あっ、やべ。違うんです最初期からずっと居る彼女をアラサー扱いした訳じゃないんです。

 

 待って待って投票用紙を捨てないで、他所の投票所に行かないで下さいお願いしますなんでもしますから。投票前に選挙活動した事も謝りますから、でも政治家が堂々とやってるんだし神がやったって問題ないと思いませんか? ね? そうでしょう?

 

 それに逆に考えてみればアラサーローズマリーって響きが淫靡じゃ有りませんか? 幾らでもむちむちに盛れる可能性の獣で……ん? 眠っていた原石を掘り起こしてくれて有難うですか、いいんですよ気にしな……ちょっと投票用紙は置いてって貰えますか!?

 

 なんたる不心得者か、しかし親愛なるざくアクプレイヤーの中にあのような狼藉者が二人と居る筈もない。ここを見て下さっている貴方様なら、きっとその豊かな知見を以て私に清き一票を投じていくれると信じています。……念の為、用紙に誰の名前を書いたか見せてもらえますか? 信じてますけど念の為。ほら書き間違う事も有り得ますからね?

 

「うーむ。そうなると三十を目前に控えて、そんな辛気臭いローブを纏っていては本物の魔女にじゃな……」

「魔女で結構! もし衣替えしようなんて気になっても、君じゃなくてゼニヤッタやシノブさんを頼らせてもらうよ!」

「待て待て! わらわが悪かったからの? 友人と一緒にオシャレを楽しみたかった、その一心で犯した過ちなんじゃよ許してたもれ……そうじゃ、今度はフェアにペアルックと洒落込もうぞ!」

 

 私が読者の中から人狼を見つけ出して八つ裂きにしてやるべく画策(かくさく)している横で、まだ痴話喧嘩を続けていたらしい。

 

 ずかずかとした足取りに憤る気持ちを表しながら化粧室へ歩いていく彼女を必死で(なだ)めている物の、その怒りが収まる様子は見受けられない。

 

 視聴率低迷時に無理やり挿入されるテコ入れの如きサービスを終えた彼女と共に、戸を開いた先へ姿を消してしまった。

 

 すると今度は新たな問題が発生する訳だ。

 

 長い寸劇に付き合わされて普段なら勘弁してくれと思う所だが、コントが終われば私には役目がある。

 

 願いの欠片を集めた褒美、夢の女神としての義務。

 

 ちらりとモニターを見れば、脳天気な顔をしてコーヒーを(すす)るその姿に胸が跳ねるように強く脈打った。

 

 重さの消えた胸の中、代わりに熱を持った心臓の内側で太鼓を叩くように自身の鼓動が鳴り響く。誰かに聞こえていやしないかと不安になるが、燃えるように熱くなった頬は真っ赤に染まっているだろうし様子見の為と振り向くことも出来ずに壇上で背を向けたまま俯いている。

 

 全然ときめくようなポイントじゃない、マヌケ面を浮かべたままコーヒーを飲んでいるだけだ。自分に言い聞かせてもう一度モニターへ目を向ければ、暇を持て余しているのか姿見鏡の前に立って筋肉のコンディションを確認するその姿にふぅと息をついて落ち着けた。

 

 よく考えてみれば私の思い違いという可能性もある、というかそっちの方が確率が高い、というより間違いなくそうだ。心の中に芽吹いた醜い花から眼を背ける。こんな花なら無いほうがマシという物だ。

 

 アルフレッドくんにクラマくんにベルくんにマーロウさん。並み居るイケメン達に全く(なび)く様子を見せなかった鉄壁のガードを誇る貞淑(ていしゅく)で身持ちの堅い私の心が、こんな野卑で粗野で低俗な男に射止められるような事ある筈がない。

 

 そうだ、見れば見るほど全てにおいて私の好みから掛け離れているとは私の(げん)。ちょっと優しい言葉をかけられて浮ついただけに過ぎないならば、今一度じっくり見てやれば化けの皮も剥がせよう。

 

 モニターに三度(みたび)目を向ければ、鏡を前に両腕を見せつけるように持ち上げるダブルバイセップスをお披露目中。ご機嫌な口笛を吹き鳴らすその姿を見るに、満足の行く仕上がりらしいがそんな所も腹立たしい。

 

 鏡を見る自信たっぷりの目は、お見合いへの不安を前に仔牛のように震えていた男とは思えないエネルギッシュな輝きに満ちている。しかしローズマリーを前に慌てふためきのぼせ上がる醜態を晒し、その自信も肉体による解決の及ばぬ所では張子(はりこ)の虎に過ぎない事は立証済み。

 

 いいぞこの調子だ、やはり見るほどに浮ついた気持ちが冷めていく。今度はポーズを変えてサイドチェストの体勢を取ったままウインクの練習までし始めた。

 

 細かい所作がイチイチ癇に障るなこいつ、挑発の練習でもしてんのか?

 

 ここまでクールダウンすれば不覚を取ることはあるまい。冷静になって思い返すと、これだけの王国民が集まる中でローズマリーを手に掛けようとした事にゾッとする。完全にノープランでやってしまう所だった。

 

 なんでそんな事をと思い返せば、十年後に彼と並び立つ彼女の姿が頭に浮かぶ。

 

 彼女の肩に、項垂(うなだ)れて過去の過ちを思い返して嘆いている私を(すく)い上げてくれた、堅く大きく暖かな手が乗せられて私じゃない誰かにその熱が注ぎ込まれている。

 

 それが無性に、堪らなく嫌で、隣にいる彼女を私に塗り替えたくて、あの熱にずっと触れていたくて――

 

 そこまで考えてしまった所でハッと気付いてモニターを見れば、パッチリウインクを決める鏡の中に居る牛男と目が合ってしまった。

 

「ハァ……」

 

 (しお)れていくハート。根拠なき謎の自信に満ちたその姿に、ここ三日で何度目になるか分からない溜息が漏れ出してしまう。ローズマリーの言う十年後の約束が、デート一つである事を知って安心してしまった自分のバカさ加減も腹立たしい。

 

 夢を自在に操る私が、まさかこのような悪夢に引きずり込まれてしまうとは、これまた夢にも思わなかった。また気の迷いが起こらない内に、さっさと司会を進めてこのような茶番劇は終わらせてしまおう。

 

 名簿順だと次はハピコだが、こんな序盤で切り札を切る様な下手(へた)を打つ私ではない。

 

 女性陣全員から袖に振られボロ雑巾の様にして背水の陣を引くマッスルに対し、大トリまで残したハピコを()てがう事で、彼女の方から仕方ないので拾ってやろうと言いやすい空気を作る完璧な計画が()え渡る。

 

 正に石兵八陣の霧の中、二人して我が術中に迷い込みなし崩しに結ばれる……筈だったのだがローズマリーの余計な一言で、十年も待てば彼女が出来ると勘違いしている可能性が出てきた。なんとかそこを修正して陣を建て直さなければ、恋模様の諸葛亮孔明と呼ばれた私の名声に傷がついてしまう。

 

 取り敢えず名簿からハピコを飛ばせば、次は福の神の番となる。彼女にそれとなく誤解を解消してもらえるように頼んでみよう。

 

「それでは再開したいのですが、次は福の神様お願い出来ますか?」

「えっ? どうせ名簿順だからって言って、もうハピコちゃん中に入っちゃったけど?」

「……なん……だと……」

 

【ハピコ】

 

 折角築いた石の陣を完全放置したまま、我が意思の及ばぬ所で戦いが始まろうとしていた。

 

 何が水魚の交わりだよ人の話も聞かずに突っ込みやがって、前々からあのニヤケ面には反骨の相があると思ってたんだよね。

 

 鳥と水の中では交われないという事か、ハピコの独断専行により我が策は無に帰した。手元に例のモコモコした扇子があったら、怒りに任せてへし折っている所だ。

 

『よっす!』

 

 腹に抱えた邪悪さをまるで感じさせない、明るく溌剌(はつらつ)とした笑みと共に部屋の中へ飛び込む鳥娘。

 

 一向に進まないこいつ等の仲を取り持ってやろうとお膳立てをしてやっていた私の苦労も知らずに、平時と変わらぬ様子でいるその能天気っぷりは益々持って私の怒りに火を()べる。

 

『ん? あぁ、そっか。デーリッチとお見合いするんだから、そりゃお前ともする事になるわな』

『おいおい! アタシはでち公と同列かよ。バレンタインでお前に一番投資してやったのは、一体誰だと思ってんだ?』

 

 何時もと変わらぬ調子で談笑に興じる二人だが、先ずはハピコが機先を制したと言えるだろう。立っていた腹の虫も収めてしまう鮮やかな手並み。

 

 バレンタインという一大イベントの中で、例えそれが駄菓子一粒か一本丸ごとの違い程度に過ぎずとも、一番マッスルの事を想っていたのが自分なのだという事をモニターを見る国民に悟らせないよう慎重にアピールしてみせる。

 

 流石はローズマリーやメニャーニャに並ぶ知力9、おそろしくさり気ないアプローチ。私でなきゃ見逃しちゃうね。

 

『へっ、まぁ見てろって。お前からのお情けなんて無くても、この夢が終われば来年こそ念願の手作りチョコを口に出来るって訳よ』

 

 しかし自然すぎたのが裏目に出たか、迂遠(うえん)な手に気付ける程こいつは気の利く男ではない。もっと直接的な手段を講じる必要があるが、対恋愛心理戦において彼女はシノブと同じ策士タイプと予想される。

 

 通常の範疇に収まる鈍感ならば軽々と策に(はま)って翻弄される物だが、策に掛かったことにも気づかないレベルの鈍感だとヅカヅカと距離を詰められてしまう。

 

 そうして罠にかかり続ける相手に気を良くして、撤退のタイミングを見誤り討たれてしまう未熟な軍師は少なくない。我々恋活女子の聖典(バイブル)である【RENKU―恋空―】にもそう記載されている。

 

 マッスル程度の男を手篭めにするのに手こずる様では、彼女の将器も知れたもの。やはり恋愛における強者とは、知勇を兼ね備えてなければいけない。これまでに巡らせた権謀、そして先に見せた男子もたじろぐ猛アタックを考えればここで言う知勇兼備にして三國無双の神が誰かなど確認するまでもない事。

 

 ここは私だったら――

 

 私だったら。そんな想いが胸を()ぎれば、モニターの中で朗らかな笑みのまま彼を前にして席につく自分の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 その顔に彼女の様な溌剌とした輝きは無く、嫌味ったらしい意地の悪さを貼り付けて「そうなる事を祈ってますよ」と皮肉を述べながら、憤る彼を見て楽しむ己を幻視する。

 

『ハイハイ、そうなる事を祈ってやるよ』

 

 胸を、締め付けられるような息苦しさに襲われる。思い浮かべた同じ言葉、胸の内にあるこの気持ちまで一緒なのだろうか。彼女の裏腹に隠された感情と同じ物をこの胸に抱えていると想えば、燃えるような羞恥心と不安が湧き起こる。

 

 ルックスは下から数えたほうが速い分際で、風体ばかり気にする滑稽な男。そのくせ人が弱みを見せれば、眩しい程に愚直な誠実さで手を差し伸べてくる。そうしてつけ込むようにして人の心に居座りながら、気がある素振りを見せる訳でもない事が腹立たしい。こいつに対してそんな感情を持ってる事に敗北感まで覚えてしまう。

 

 私じゃない誰かの手が取られて熱い程の温もりがその誰かを包む所を考えれば、その熱とは逆に胸の奥は脈動を止めるようにして冷たくなっていく。

 

 私だったら。そう思えば心の中で不甲斐ない彼女を笑っていた私が出せる答えは何もなく、叡智(えいち)に満ちている筈だった明晰な頭脳は黙り込み、締め付けられた胸の中で暴れる鼓動の音が鳴り響いていた。

 

『あっ! お前そんなナメ腐った態度取っていいんだな!? 後で吠え面かくなよ!』

『分かった分かった。ちゃんと祈ってやるよ……拝啓、この度はお見合いへのお招きを頂きまして誠に有難う御座います。慎重に協議を重ねた結果、今回は残念ながらご縁を結べないという結論に至りましたが、マッスル様に今後のご多幸が有ることをお祈り申し上げます』

『お祈りメールを寄越すんじゃねぇよ! 鉱夫辞めようと思った時に一杯貰ってんだよこっちは!』

 

 とんでもなくアホな会話の中で、就活の不況にあったトラウマを抉り込むように打ち抜かれてしまったらしい。

 

 私だったら。そんな想いも知り得ない過去を持ち出され、透けて見えていた筈の彼女の心中も(くも)りガラスの中へと消えた。

 

 しかし仮に知ってたと考えてみれば上品で奥ゆかしい私が、こんなボケボケの会話に……いやでもマッスル相手ならこの位の事は言っちゃうかも。

 

『あ、そうそう。勘違いしてそうだから言っとくけど、マリーの姉御が言ってたアレ付き合うとかじゃなくてデートの約束なんだってよ。紛らわしいよなぁ、ハハッ』

『追撃ぃー!? い、いやでも姉御が十年も独り身って事は無いだろうし、大して変わらねぇのかな……』

 

 現実はそんな物だと、素直に受け止めた様に見せてしょぼくれる。(いさぎよ)い様で、実際の所は未練がましい。こいつが見た目に反する男なのだと一目で分かる反応だった。

 

 ざまぁみろという清々(せいせい)した思いが胸中を満たそうとするも、何かつっかえるような感覚が残される。

 

『なんだ、姉御が居れば十年も待てたのか? 気の長い奴だな』

 

 嫉妬。見た目に全く変化のない晴れやかな笑み、そこに妬む気持ちが見えてしまうのは気の所為なのか。清々(すがすが)しかった胸の内、つっかえていたそれが臓腑に溢れ出して心身に重く伸し掛かる。

 

『そこは十年も待てません! って迫ってみれば、意外とOKしてくれるかもよ?』

 

 茶化すようにマッスルを(そそのか)す様とは裏腹に、言葉が返ってこないことを祈って震える子供の姿にも見えた。

 

 素直になる。ただそれだけの事が出来ずに怯える姿も、心にもない事を言って強がる(さま)も、まるで鏡を見ているようだった。彼女への憐憫(れんびん)を抱くと同時に、そこに居るのが自分だったら同じ様にしか振る舞えないであろう事が忌まわしい。

 

『いやぁ、そうはならねぇだろ……それにブリちんの話だと、皆に一度考えて貰えるって事らしいじゃねえか』

『おっ、皆の中から選り好みか? 贅沢だねぇ~』

『違うっつの! 姉御も考えた上で言ってくれてんだから、ただ好意に甘えるより俺もちゃんと考える必要があると思う訳よ』

『ふ~ん……そりゃ殊勝な心掛けで、精々頑張るこったね』

 

 女性陣と親密になれる機会を素直に受け入れる彼に、憎まれ口をきく事しか出来ずにいる。自分で蒔いた種ではあるが、この状況に苛立つのは私も同じだった。

 

『偉そうに言いやがってこいつ……! そういうお前はどうなんだよ!』

 

 胸の中、締め付けられた心の臓が痛い程に強く脈打った。私だったら、どう答える?

 

 それを考えれば知恵熱を起こしそうな程に頭がカッと熱くなる。答えが出ない、どうしていいのか分からない。

 

 テストなんかは得意だった。夢を見れば過去を遡り、簡単に公式を見つけ出せたから。

 

 お前はどうなんだ、その答えは過去に無い。見てきたドラマや小説にも無い。

 

 今の私は、どうなんだ。

 

 その問いは私の中に広がる虚ろな夢で、見て見ぬ振りを決め込んだ嫉妬に芽吹く醜い花を思い起こした。

 

『悪いけど、私は優柔不断なあんたと違って、とっくに目星を付けてんのさ』

『えっ……ええっ!?』

 

 彼女に重ねていた自分の姿が掻き消える。

 

 素直になって。私が踏み出せないその一歩を、彼女が踏み出そうとしているのが怖い。

 

 彼女は何も感じては居ないのだろうか。ここまで来ても(いま)だ顔色を変えずにいる姿からは、これまでのように胸に抱えた想いを(うかが)うことはできなかった。

 

 この想いを拒絶されたら、そんな考えが()ぎる度に足が(すく)んでしまう。恐怖に震える私と違って、彼女は飛び立ってしまうのか。

 

『そりゃもう飛び切り良い男、アルフレッドもクラマもマーロウさんも霞んで見えるね!』

 

 えっ、誰それ? まさかここまで来てハピコをオリキャラと恋愛させて処理すんの? 大ブーイング間違いなし、そのような危機的状況を回避する為にも、今すぐ私にそのイケメンの特徴趣味特技から年齢学歴職業年収住所電話番号まで教えて欲しい。

 

『そいつときたら、ヘタレの分際で無い見栄張ろうと突っ張っててさ』

 

 ――風体ばかり気にする滑稽な男。

 

『頼りになるのは見てくればかり、そう思って(あなど)ってたけどやる時はしっかりやる訳よ』

 

 ――そのくせ人が弱みを見せれば、眩しい程に愚直な誠実さで手を差し伸べてくる。

 

『それで見直してやったのに、女と見りゃあ見境なしに鼻を伸ばす軽薄な奴で参っちゃうんだこれが』

 

 ――そうしてつけ込むようにして人の心に居座りながら、気がある素振りを見せる訳でもない事が腹立たしい。

 

『ホントに手の掛かる奴でさぁ、このハピコ様に世話を焼かせてどう落とし前をつけてくれるのかと思って首輪を付けてたら……何時の間にか、そいつの事が頭から離れなくなっちまった。もう完敗、何時何処で負けたかも分かんねぇでやんの』

 

 ――こいつに対してそんな感情を持ってる事に敗北感まで覚えてしまう。

 

『へ、へぇ……そんな相手が居たのかよ』

『まぁね』

 

 彼女に重ね見た自分の想いが明かされてしまったかの様な気恥ずかしさに身悶えするも、何処まで鈍感なのかここまで言って気付く素振りも見せずにいた。

 

『しかし、まぁ、そいつも気の毒だな! 付き纏われるのがお前じゃよお! ワッハハハ!』

『……へへ、やっぱそう思う?』

 

 変わらぬ笑みが、哀しげに歪んで見える。何処までポーカーフェイスが上手いのか、何時からあの顔で自分の想いを隠し通してきたのだろう。

 

 張り付いた笑顔を道化の仮面と見るのなら、涙の模様が薄く浮かんでいた事だろう。

 

『んじゃま、そういう訳だからここらで失敬させてもらいますかね』

 

 それを隠すかのように席を立つと、ひらりと身を(ひるがえ)してその場を後に扉へ向かう。

 

 窮屈さから解き放たれて意気揚々と羽を伸ばして広げた背中は、やはり震える子供のように小さく淋しげに映る。

 

 結局、素直にはなれない。その姿は、ここまで彼女に重ね合わせてきた己が辿る未来にも思えた。

 

『あっ、ハ、ハピコ!』

 

 彼女を呼び止める声に、今度こそ心臓が止まるかと思うほどに息を呑む。

 

 答えが、出てしまうのか。受け入れて彼女の手を取り、私にこんな気持ちを抱かせたまま置き去りにして何処かへ行ってしまうのか。

 

 そう思って逆の姿を思い浮かべるが、拒絶される所も見たくなかった。彼女に重ねた自分までも、一緒に突き放されてしまうのが怖いから。

 

『……なんだよ?』

『いや、悪かったな。他に相手が居るってのに、こんな事に付き合わせちまってよ』

 

 肩透かしの、的外れな謝罪に安堵する。問題を先送りにしただけで、何も解決していないこの状況がただ只管(ひたすら)に有り難く、それを享受(きょうじゅ)する自分が情けなかった。

 

『それだけか?』

『あ? あぁ、そうだけど……』

『そっか、まぁ良いってことよ。じゃ、後は頑張んな!』

 

 そう言い残すと、器用に扉の取っ手に足を掛けて手で引くのと変わらないように開いてみせる。

 

 その中へ消える彼女は何を想うのか。私だったらどう想うのか。扉の奥へと去り行く彼女に、答えを求めるも返ってくることは無かった。

 

【???】

 

 鏡台の前。どっかりと椅子に座り込んで、行儀などまるで意に介さないまま足をその上へと投げ出した。

 

「気づかねぇでやんの、あのバカ」

 

 悪態を吐いてみせるが、予想の範疇でもあった。アイツの鈍感さと来たら牛より酷い。

 

 ベスト和牛でアンチに背後からドロップキックを受けても身動(みじろ)ぎもしないまま、自らのキックに押し負けてコケてるアンチをどうかしたのかと心配する程なのだから。

 

 これは物理的な例えだが、心の方はもっと鈍い。私のようなか弱い女の子が直隠(ひたかく)してきた秘密を、なんでもない事の様に聞こうとするあの夢での無神経さときたら呆れるばかりだ。

 

「花の乙女をでち公と並べるとは、一体どういう了見だってのよ」

 

 直前にローズマリーが見せたインパクトは大きく、それで順番を忘れるだけならまだ許してやったが比較対象がデーリッチなのは許し難い。

 

 この利発さの(にじ)み出る顔立ちは大人びて見えると評判なのに、やはり実年齢を超える効果は発揮しない物なのか。鏡を前にチェックすれば、バッチリこの笑顔の裏にある邪悪は隠されていた。

 

「念願の手作りチョコだって、くれてやってんのにさ! ……でもやっぱ、分かりづらかったか?」

 

 手渡したファーブルチョコ、既製品なのは容器だけで中身は自作したチョコを糖衣に包んで色付けした物だった。もし誰かがアイツにチョコを渡しても、実は一番乗りは自分だったのだと言って悔しがらせてやる為に。

 

 こんな一銭の得にもならない事に手間を掛け、何の効果も得られていないんだからアイツに負けず劣らずのバカかもしれない。知力9の座も返上したい気になってくる。

 

「目付きは、まぁ、しょうがないにしても、顔だって中々の美少女だってのに見る目ないよなぁホント」

 

 鏡の中に映る自分をまじまじと見返して、何時ものように顔を作れば向日葵を思わせる愛くるしい笑顔を返す。ちょっと眉根が寄りすぎて柔らかさが足りない気もするが、長年ハグレとして人を騙し騙されて来たことを思えばこの程度に(すさ)んでしまうのもしょうがない。

 

 マーロウの旦那みたいな強面にならなかっただけ、上手くやって来たほうだ。まぁあの人は子供の頃からあんな顔らしいが。

 

「やっぱ、可愛気がないからかな……へへへ」

 

 口を開けば悪態と皮肉、貸し借りと損得勘定。女の子としてアイツと接した事なんて、夢の彼方へ消えたあの一瞬だけ。しかも私だけ覚えてるなんて仕打ちがまた酷い、今回の件で女神も目をつけられるだろうし転売用の商品を流す時はたっぷり搾り取ってやろう。

 

「ん? まだ残ってるじゃんか」

 

 良く見れば櫛を入れ損ねたくせっ毛が残っていた。足で食器だって使ってみせるし、風呂上がりのタオル掛けだってお手の物だが髪に櫛を入れるのは中々難しい。タオル掛けの要領で頭に櫛を持っていくのだが、力任せに拭くことも出来ず加減を間違うと髪が引っ張られて少し痛い。

 

 そんな面倒を押してでも櫛を入れた所で、何の反応も返らなかった。分かっていた事だが、それでも腹が立つのを止める事は出来ない。

 

 もう私の手番も終わったので意味もないが、変に跳ねた毛を残しては無理して手入れをした事を周囲にツッコまれる。鏡台から片足を下ろし、残った足の親指と人差指に(くし)を掴ませ頭を押し付けて髪を()く。

 

「この辛さも説明してやったってのによぉ……やらせて下さいって自分から言いにこいよなぁ。クウェウリさんが羨ましいぜ」

 

 応援演説で語られた、マーロウさんに髪を梳いてもらう彼女を自分とアイツに置き換えればふっと笑いがこみ上げる。びっくりするほど絵にならない。お似合いの二人に並ぶのは、滑稽な凸凹コンビのマヌケな姿だった。

 

 くせ毛に引っかかり、ぐいと髪を引っ張られ顔を上げる。

 

 いててと声を上げて鏡を見れば、ヨガみたいにメチャクチャなポーズで自分の頭に足を掛ける自分の姿が映り込んでいた。

 

「んふっ……くっ、アッハハハハハ!」

 

 凸凹で揃ってなくても、私一人で滑稽じゃないか。

 

 思わず吹き出してしまい、足先から櫛が落ちればその下で水滴が跳ねる。

 

 鏡の中、向日葵は水を流してお天道様から目を背けるように項垂れていた。




二ヶ月近く待たせて文字数少なめで申し訳なし。
メニャ祭りを諦めたのが一週間前、そこから出来るだけ頑張ったので許してね。
断念した祭り用の奴も出だしとオチは気に入ってるからいつかはお披露目したい。

櫓岳(やぐらだけ)様よりまたまたまた作中のワンシーンを絵にして頂きました。
いつもありがとうございます。

【挿絵表示】

元ツイートhttps://twitter.com/eM5kc3t9/status/1371083852190347264
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