ざくざくアクターズ二次創作 -夢、筋トレ後に浮かぶ汗の如く泡影に消え之く-   作:網場朱鷺

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五滴

「ね、ねぇ相手はどんな人なの!? 私も知ってる人?」

「いやぁ誰かに唾でもつけられたら困るし、そいつぁ教えられないね」

「こいつぅ! 色気づいちゃって、何処まで行ったんだ何処まで!」

 

 マッスルとの見合いから帰ってくるなり、王国民に包囲網を敷かれ怒涛の質問攻めに合う鳥娘。

 

 女所帯ということで中々上がらない(うわ)ついた話題を目の前にぶら下げられ、飢えた野獣の如き食いつきを見せる雪だるまキッカーズを()したる物でもないと猛獣使いの様にして軽くあしらっている。

 

 運動11を誇る雪乃の超人的足捌きも、()いた話題の上では覚束(おぼつか)無い。サイキッカー特有のどっしりとした重量感あるディフェンスでハピコを止めに掛かる。

 

「皆が考えてるほど進んでないさ、私も嫁入り前の身体だし……当分はA止まりかな?」

「「ええぇ~っ!?」」

 

 二人の関係性をチラつかせ、動揺を誘ってからの二枚抜き。更には今し方の二人のやり取りからAまで行ったと推測できる人間は皆無、まんまと皆が考えるハピコの相手候補からマッスルを蚊帳(かや)の外へと追い出し疑惑の眼から逃れる事に成功している。

 

 詐欺師として磨き上げた人を煙に巻く手腕、そして高度な次元で展開されるタクティクスによって周囲を翻弄。その両翼が示す通り、彼女もまた恋愛球技界の○空翼として縦横無尽にフィールドを駆け回っていた。なんか等身おかしくなってない? 気の所為(せい)

 

 しかし(たか)がAの一つや二つで色めきだつとは、同じ女子として嘆かわしい。今でこそ急激に発展を遂げた先進気鋭の大国だが、この恋愛弱小国としての実態は十年もすれば大きな問題となって王国に降り注ぐ事だろう。

 

 鳥娘にしても事件当日、大声でチューがどうこう言って騒いでいたのをバッチリこの耳で聞いている。ちやほやされて調子に乗りやがって、相手がマッスルである事を公言してやろうか。大体Aってどっちにしたんだ、口か? ほっぺか? ほっぺなんてノーカンですからね、カウントしませんよ私は。

 

 そうは思えど証拠不足は否めない現状、口の上手い鳥娘相手では逃げられてしまう。今回の件でハグレ警察の監視も厳しくなるだろうし、この情報は彼女を脅すのに使って転売ルートを拡大する方向へ持って行く為にも今は黙っておこう。

 

「フフ、Aだけにええ~って……」

「すいません、ウチら恋バナの最中なんで黙ってて貰えますか?」

 

 またローズマリーによって室内が酷寒(こっかん)の試される大地と化す所だったが、恋バナの炎により温暖化に成功。超氷耐性をも貫通する圧倒的猛威を振るっていた彼女のダジャレへ、唯一対抗できる希望の星となって燃えていた。でも態度は冷たい。

 

「あっ、ご、ごめんね……」

「だ、大丈夫じゃマリー! 誰だって失敗の一つや二つある! 皆ボケに慣れとるからちょっと厳し目のチェックが入っただけじゃからの!?」

 

 自慢のギャグを一切の慈悲無く切り落とされてしょんぼり佇む彼女とハピコを取り巻く熱気を見比べ、どうした物かと悩むカレーの星だったが、強い意志で恋バナの誘惑を振り切って友人を慰めることを選んだらしい。

 

 ハピコの周囲に広がる熱狂を見て名残を惜しみながらも、先の邪悪なセーターで失った信頼を取り戻そうという魂胆が衣装同様に透けて見える。

 

 そうして差し伸べられた手に、窮地の中にあっても目の色を変えない聡慧(そうけい)さを含んだ瞳が捨てられた子犬の様に丸く潤んで向けられる。透き通るようにクリアな紫水晶(アメジスト)虹彩(こうさい)は涙を(たた)えて輝きを増し、狡猾で残忍な首切り魔女から年頃の乙女へとジョブチェンジした様に錯覚(さっかく)させ救いの手になろうとしたドリントルを一撃で粉砕し顔を赤く染め上げていた。

 

 なんて顔をするんだ、先の邪悪なセーターといい、まさかギャップ萌え部門を狙っているのか。本編で皆の印象に強く残る美しく理知的な神としての印象が、NG集等のちょっとしたドジを切っ掛けに崩れてしまった時のバックアッププランとして出走を予定していたのだが思わぬ強敵が生まれようとしていた。

 

「オホン……それじゃ、次は私の番でよろしいですか?」

「あっ、はい。それでは福の神様、お願いします」

 

 放っておくと脱線してばかりの王国民達の中、率先して名乗りを上げてくれるのは素直に助かる所であった。

 

 三度(みたび)頭の中から消え去っていた無益な行事を思い返し、強い決意を込めてモニターに映るマヌケ面を(にら)みつければ健やかな精神と同様に息災を貫き通すこの整脈に奇妙な乱れが現れる事も無い。

 

 たったの二、三日で強固な貞操観念と鉄壁のガードによって鋼鉄の不沈艦、攻略フラグを実装し忘れたヒロインと称された私が知性もデリカシーも欠けているミノタウロスに心惹かれる事など有ってはならない。

 

 冷静になってこれまで奴との間に起こった出来事を思い返せば、怒りこそ沸けど恋心など抱くような場面は存在しなかった筈だ。

 

 無礼極まりない訪問と設問によって、元々低かった奴の印象は最低まで下がりきったのを高身長ブーツという至上の秘宝で巻き返したのが一日目。

 

 最悪のスタートを切ったのだが、貰い物の高身長ブーツが余りにも強すぎた。マーロウオーナーのセンスが光る、ケモフサ印の最新ファッションを前にして胸踊らない女子などこの世に存在しない。道具を使うことで奴の持つマイナス要素を打ち消してきたのは、(なまり)を入れたバットを使う如き卑劣な行いと言えよう。

 

 清貧で慎み深く奥ゆかしい私は、生まれ持った高貴なる気高さによって物欲に惑わされる事は無い。とはいえ悪漢の邪悪な奸計によって、身長180cmになった自分を見るのがもう楽しすぎて嬉しすぎて寝不足のまま最悪のコンディションでお見合いの真似事をしてしまったのは運の尽きであった。

 

 体調不良を抱えたままプレイボール、神界の○ツルハナ○タ2000と称された私の猛虎魂が早々に炸裂。天気に趣味などと箸にも棒にも女にも掛かる事のない、マッスルのクソザコ投球を自慢のノックアウト打法により打ち取り続けるも(ろく)に眠れず集中力を切らしてしまったせいで突然に過去の亡念の中へ囚われてしまう。

 

 (はかな)くも美しい女神の流す涙を前にチャンスと見てか、奴の気遣いが大リーグボール一号となってバットを襲う。ノーコンの分際でこんな小狡(こざかし)い球はしっかり当ててくるとは嘆かわしい。この様な逃げ球を投げて○嶋茂雄に申し訳ないと思わないのか。

 

 そして凡退から戻ってみればサンタやら誰も交換しないモーモードリンクやら、私とは関係ない所へ放られるボール球に嫌気が差した所で飛んできた大リーグボール2号。頑張り屋という自覚無き私の長所を見抜き、それを隠れ蓑にカッコいい等と予想できる筈もない褒め言葉を立て続けに投げかけられてしまった。

 

 聞き慣れない評価に浮かれてしまったが、勤勉(きんべん)で上昇志向が強く日頃の研鑽(けんさん)を怠らない女神の鏡である私が努力家である事など言われるまでもない只の事実であった。意表を突いてからのカッコいい等と、こんな愛らしい女神に向けるとはとても思えない不意打ちに次ぐ不意打ちにより立て続けにツーストライク。

 

 まぁ私の優美で可憐な姿を見れば、水面下で見えない努力をしている水鳥と同様の苦労を抱えているとは思えぬのも無理はない。その点に気づいた事は褒めてやっても良いだろう。

 

 しかし今度こそ奴の年貢の納め時。次に投げてくるであろう大リーグボール3号は、NG集やら続くトラブルにすっかり疲弊して脱力した今の私ならば打てる確信がある。

 

 打倒○人の星に執念を燃やしながらも優秀な私は巻き進行で司会を進め、その折にアリガトなと礼を言われてそれが胸にストンと収まって……。

 

 ん? アレぇ!? 私もしかして三振しとる!?

 

 いやいやいやいやノーノーノーノー待って待って待って待って? 天気と趣味なんて雑な話題をかっ飛ばして2安打からの、凡退と三振でも打率3割なのに負ける事ってある? 私のヒット何処行った? もしかしてこれ黄色いクマのホームランダービーだった?

 

 栄光有るはむすたゲーミングにおける一角(ひとかど)のメインキャラクターで有りながら、数多の子供を泣かせてきた魑魅魍魎の世界に人を引きずり込む非道を犯すとは許されることではない。あのルールで大リーグボール1号は強すぎるだろロビカスでも使わんぞ。

 

 悪質な手口で神を(かどわ)かそうとした邪悪な不届き者に神罰を下す必要がある。

 

 この手で討ち取れない事は不服であるが、皆からの見送りを受けて歩を進める福の神に後を託すべく祈りを込めた眼差しでその背にエールを送る。

 

【福ちゃん】

 

 足取りから微塵の気後れも感じさせない、悠然とした身構えのまま扉が開かれる。

 

(流石は隊長(クラス)、堂々たる振る舞いですね……!)

 

 女神の眼には福の神から煙のようにして立ち(のぼ)る気炎が見えていた。恋身煙(こいみけむり)恋空(れんくう)隊隊長級の実力者がその身に纏う闘志の熱気。

 

 彫りの浅い東洋風の顔立ちの中で端麗(たんれい)に整った目鼻立ちの上、絶えず浮かべている明朗快活な笑みは彼女の持つ癒やしの力を象徴するかの様に眩しく輝く。

 

 更には年甲斐もなく太腿から下を全て(さら)け出そうとも恥ずべき所のない成熟した肉感、男達を一撃で粉砕するエステル級ダイナマイツボディに【黄金恋活闘士(ゴールドセイント)】の風格が漂う。ウエストがグラマーと言うにはギリギリとはいえ、サイキッカーと違い嗜好(しこう)の違いで済ませられる範囲に収めている。

 

 このレベルに達した女性から提示される要求となれば、マッスルが満たしているのは身体の丈夫さと年収位な物。世の女子達が男子に切望する情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ、そして何よりも、顔が足りない牛男とは到底釣り合う筈が無い。

 

 恋愛経験ゼロのまま東(中略)不敗スーパー女神を名乗る恋活女子界の未来を見通す慧眼に、戸口を開き朗らかな笑みを含んだままマッスルの待つ部屋へ入場した福の神の姿は(さなが)ら飢えた黒豹。未婚――いや、無冠の帝王○ーロス・リベラとして映っていた。

 

『こんばんわ、でいいのかしら? 夢の中だし、きっと夜の筈よね』

『ふ、福ちゃん……』

『フフ、そう硬くならないで下さい。普段通りにお話しましょう?』

 

 早々に怖気づくマッスルと違い、歴戦の風格と大人の余裕を(かも)し出す。クール要素が氷属性くらいしかないのでクールビューティー部門ではぶつからないが、単純な人気投票ではライバルと成り得る存在としてその動向は女神から警戒されていた。

 

『ほら、私って天界だと名が知れちゃってたでしょう? 恋愛とはちょっと違うけど、どうすれば相手に好かれるのかわからなくて尻込みしちゃう気持ちも分かるのよね……』

 

 極めて自然な会話の導入、そして鮮やかな先攻奪取。自主的に話題を振って場のイニシアチブを掌握、自分のペースを作り出す。

 

 古今東西、(あら)ゆる戦場に()ける先手の優位は語るまでもない。先攻の勝率が高すぎるので初手はドロー禁止、その様な情けは男女の間には存在しない。閃光の様なジャブと共に、必殺の隠し肘を仕込むその姿は正にベネズエラの戦慄。

 

 もはやマッスルなどリング上のタイガー○崎に過ぎない。ここからのフィニッシュを静観する気でいた女神だが、ふと疑問が沸き起こる。

 

「ん? ちょっとちょっと」

「何じゃ? (やぶ)から棒に」

「福の神様って天界だと有名だったんですか?」

 

 演壇を降りてそろそろとティーカップへ忍び寄って呼びかけて疑念をぶつける。神様会議からハブられている彼女に、福の神の正体など知る(よし)もなかった。

 

「まぁ、知らん者は()らんじゃろうな……」

 

 権力への欲求が人一倍強い彼女の耳に福の神の正体が入っていれば、召喚士娘達に危害を加えて神様会議を牛耳る首領(ドン)を敵に回すような行動も取らなかったであろう。

 

「へぇ、なんでまたそんな神様がハグレ王国の建国当時から居たんです? 噂の破壊神にでも喧嘩売って落ち延びたとか?」

「……当たらずとも遠からずというか、まぁ余り詮索(せんさく)せんでやってくれ」

 

 微妙に的を(かす)める様な推測に言葉を(にご)して対応する。ここで正体を明かす事で王国への動きを抑止する事も出来るだろうが、福の神を恐れず普通に接してくれる神は少ない。(いたずら)に彼女の過去を持ち出し、恐怖で支配するのは不本意であろうと考えての事であった。

 

 反省の色こそ薄い物の、悪夢事件で助力を得た事もあり女神の処遇は経過観察に留まっている。余りアグレッシブに外界に出る性格ではない事と、彼女の能力をブーストする為に願いの欠片を集められる人材は王国の外に()()う居ない事もあり警戒の必要性が薄いとして自由は保証されていた。

 

「ふぅん? まぁ如何にも長い物に巻かれるのが苦手そうな、いいとこのお嬢さんって感じですもんね。大分ヤのつく方面に寄ってそうですけど」

 

 まさか長いものとして巻く側の存在であるとは考えに至らず、幼いポッコに対する恐怖を(もち)いた精神支配を思い返して好き勝手な雑言を並べ立てる。

 

 当然これも次の人気投票に備えての政治活動に他ならない。福の神の印象にヤを付けて黒いイメージを植え付ける事で票を自分に集めようという魂胆であるが、天界を武力で統一した明るくアットホームな職場である事はプレイヤーにとって周知の事実であり大した効果は見込めないだろう。

 

『最初の頃って天界の二の足を踏まないように、取り敢えず愛想良くしてただけなの。皆気を遣ってくれて自然と王国に溶け込めたんだけど……実の所、居間でポージングしてるマッスルさんとやってる事は変わらなかったのよね』

 

 ポッコやクラマ、派閥員の加入まで抑え気味だった理由を語るとバツが悪そうに苦笑いを浮かべて頬を掻く。

 

 この美貌で愛想良く突っ立ってるのと、マッスルが彫像のモノマネをしてるのでは行為の本質が同じであれ効果の程は段違いであり顔の持つ力が証明されてしまった。

 

『はぁ~それで会話への参加も少なかったんっスね』

 

 合点が行ったとばかりに頷くが、同じ行為における成果の違いに顔という根本的な壁が立ち(はばか)っている事には気付くこと無く華麗にスルー。知力3によって残酷な現実からのアイデア判定を逃れる悪質な立ち回りに歯噛みする女神であった。

 

『それでもハピコちゃんとマッスルさんの店舗チェックを切っ掛けに、時々ローズマリーさんの所へ持ち込む前の相談を受けたりしてたの。皆と仲良くなる切っ掛けを作ってくれて、二人には感謝してるわ。その節はありがとうね?』

『あ、いえいえこちらこそ……福ちゃんの後押しが有ったからモーモードリンクの出店にもゴーサインが出た訳で、ありがとうございました』

『フフフ、どう致しまして』

 

 改めて(かしこ)まった礼に頭を下げる彼女に、受けた恩義への返礼で答えれば常日頃より見慣れた柔らかい笑みを(ほころ)ばせてそれに応じる。何時もと変わらない彼女と対話を続けることで、余計な力も抜けたのか鯱張(しゃちほこば)っていからせていた肩を何時の間にか落として息をつく。

 

 流石は年長組、昔話に花を咲かせるのが上手い――相手の緊張を極自然に()(ほぐ)す熟達した手練(しゅれん)を遺憾なく発揮する姿へ素直に感嘆する女神。それと同時に胸中に一抹の不安が(よぎ)る。

 

 まさかざくざくアクターズ癒やし系ゆるふわ女子部門、その玉座を未婚――いや無冠の帝王に奪われてしまうのではないかと。

 

 奪われるも何も服装と髪型しかゆるふわ要素がないのに、どうやって入賞する気なんだろう。ここを読んでいる貴方が思いついた、そんな無情な一言に気づかない彼女もまたアイデア判定を逃れた幸運な探索者なのかもしれない。

 

『ローズマリーさんも言ってたけど、私もイベントの節目に落ち込んでるマッスルさんに何もしてあげられないのを気にしていたの。でも福の神としては未熟だったし、出会いや運気なんか呼び込む類は怖くて手が出せなくて……』

 

「おや? 【福の神としては】って事は、もしかして転職されてたんですか?」

「あ、あぁー……まぁな?」

「……もしや」

 

 女神の思案げな表情に浮かぶ確信の色に危機感を覚える。知性豊かで経験豊富、機転を脱する機知にも長けるティーティーではあるが誠実さに欠ける嘘を即興で続ける真似には不慣れであった。

 

 更に相手取る女神が、王国トップのブレイン二名を翻弄したという狡猾さも話に聞き及んでいる。自分から口を滑らせたり、プロモーションビデオをNG集と間違えたりとドジではあるがバカではない。

 

 今からではどう誤魔化しても言い訳臭いがどうするか――

 

「前職は縁結びの神とかですかね。通りで露出が多いと思ったんですよ、色恋の神出身だった訳ですか」

 

 眉根を寄せつつ端をキリッと釣り上げ、近づきつつあった答えを自信満々に放り投げる女神を前にして身構えていたティーカップの中でズッコケてしまった。

 

「ハ、ハハ……そ、そんな所かもしれんな」

「フフ、この期に及んで往生際が悪いですよ。ハッキリそうだと言えば良い物を」

 

 冷や汗を拭うティーティーを前に、持論が確信を突いたものと見たのか女神の中で仮説が確証に変わったらしく勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

 そのドジに助けられてみれば、こうして調子に乗る所も愛嬌に見えない事もない。窮地を脱した安堵にため息を一つ()けば、目の前で若く素晴らしい才能を持った女神が何時(いつ)自惚(うぬぼ)れから覚める日を夢に見てしまう。

 

『気にかけていただいてどうも……ご心配頂いたように何の成果も挙げられませんで……』

 

 福の神の素性を巡る二人のいざこざが繰り広げられる一方、移ろう時の中で街行くカップルを尻目に独り身のまま過ごしたきた日々を脳裏に思い浮かべているのか気落ちした声でその気遣いに痛み入っていた。

 

『うふふ、そう落ち込まないで下さい。それとも、今の私が未熟で頼りない神に見えますか?』

『え、いや、まぁ長い付き合いだしお互い成長したとは思うけど……何かアテがあるんで?』

『モチロンです! セクシーイベントの次とくれば恋愛イベント! 需要を見越して私、こんな物をご用意させて頂きました……じゃじゃんっ!』

『おみくじ……ですかい?』

 

 後ろ手を回したかと思いきや、すぐさま飛び出してきたおみくじ箱を見て困惑しつつ目にしたままを述べる牛男。隠せるような布面積は彼女の衣服には無い筈だが、一体どこから取り出したのか。

 

『フフ、これは只のおみくじでは御座いません。意中の相手を思い浮かべながらくじを引く事で、恋愛の行く末と互いの相性を同時に占える優れ物。更に引く直前で☆幸運の後光が発動し、運を二段階上げた状態で恋愛占いに挑める今時女子のマストアイテム! その名もラブフィーリングサーチャーシステム(恋愛共感反応探知機能)、【相愛(アイアイ)くん】ですっ!』

『へぇ……俺は女子じゃないんスけど、確かに需要は有りそうっスね』

 

 自信満々に取り出された相愛くんへの反応はまちまちだった。夢の食器に湧き出てる煮干しや黒豆、老人の様なチョイスに目を奪われる者。マッスルの様に微々たる関心を寄せる者。物凄く食いつきたいが友人の反応が薄くてどう話題を振っていいか分からず狼狽(うろた)える者。

 

 三者三様の様相を繰り広げる中で、気の緩み切った王国民とは違う鋭い眼光がモニターへ向けられていた。 

 

(アレで相性の良い芸能関係者を探し出し、この美貌で(とりこ)にしてやればそれを皮切りにスター街道への道を開けますね……!)

 

 邪悪な思考をフル活用、利益のために利用する方法を模索。王国の知恵者二名を出し抜く高い知性を以て、セコい皮算用を(くわだ)てるのであった。

 

『特産品に提案しようかと思ったんだけど、幸運の後光の発動に必要な運のチャージに個人差が有って実用化も難しいみたいなのよね……そこの目処がつかないと商品として登録出来ないんだけど、とりあえず効果の実証を済ませておきたいから協力して貰えると助かるわ』

 

 何気ない会話、しかしその中で遂に放たれた隠し肘を女神は見逃さなかった。

 

 需要への理解は示しつつも、イマイチ乗り切れないマッスルも女性からのお願いとあっては断れまい。奴と相性のいい女などこの世に存在する筈も無い。このおみくじの結果を叩きつけて落ち込んだ所で福の神に縋り付くマッスルを、御免なさいの一言で深く抉り込む必殺の高等反則エルボーが彼女の脳裏に浮かんでいた。

 

『福ちゃんにそう言われちゃ断れませんや。是非ともその言葉に甘えさせて頂きやすっ!』

 

 (うやうや)しく頭を下げておみくじ箱を受け取ると、じゃかじゃかと振ってひっくり返し中身を取り出す。

 

『ぬぅぅぅんっ……! 大吉ぃ!』

 

 中身を宣言すると同時にマッスルの背後から神々しい輝きが溢れ出す。それは年齢=彼女居ない歴に終止符を打つ希望の光なのだろうか。

 

『あ、☆幸運の後光の発動タイミング間違えちゃってますね……引いた後に設定してました』

『ズコーッ!』

 

 大吉を高々と掲げていた上体を大きく仰け反らせて頭から倒れ込む歴戦のズッコケ。こうして倒れ込むシーンへ対し「いや今の身体庇ってたでしょw」等と無粋極まりない言葉を投げかける輩も、この身体を張ったリアクションを前にすれば(うなず)かざるを得ないだろう。

 

『でも無事に大吉が引けて良かったですね。それで、誰の事を考えながら引いたんですか?』

 

 彼女の大らかな笑顔に、好奇心と少しだけ意地の悪い恭悦(きょうえつ)(まじ)えてマッスルの想い人をつつき出す。

 

 黄金恋活闘士らしくもない、少女然とした好奇心やあどけなさを押し出した立ち回りにやや苛立つ女神。ギャップ萌えを狙うにしても歳を考えろという悪態が漏れそうになるが、今日ここに至るまでに福の神が見せた冷たい瞳を思い返しグッと堪えて飲み込んだ。

 

『あぁ、福ちゃんだけど』

『え、ええぇーっ!?』

 

 思わず眉根を寄せて不機嫌さを(あらわ)にする女神だったが、先程まで福の神への疑問についてティーティーの側で語らっていたのを思い返す。一歩前に出て最前線に立ち、顔を見られないようにテーブルに控える王国民達に背を向ける。

 

 しかし牛男との相性が大吉だった程度で取り乱すとはなんたる(ざま)か。黄金の輝きもくすんで見え、纏った聖衣(クロス)も所詮は蟹か魚であろうと蔑む眼差しを画面に送る。

 

『いや……だって目の前に居たし、この状況で一番に思いつくのって普通は福ちゃんじゃね?』

『そ、そうですよね。あ、はは、は……』

 

 全くもってそんな事はなく、普通は気になる女性を思い浮かべる物だ。主体性が無く、何時までも誰と決めかねているから目の前の女にしか眼が行かないのだと心の中で非難の声をあげる女神。その様な浮ついた心持ちのまま彼女を作ろうなどと片腹痛い。この場に居れば○セ・メンドーサばりの正論コークスクリューによって頭蓋骨をぶち割る気概で強く拳を握りしめる。

 

 王国男子の間をふわふわと行ったり来たりしていた彼女の戯言はさておき、当事者達の間でもすれ違いが生じていた。

 

(俺と相性が良くたって嬉しかねぇよなやっぱ。何時もクラマと一緒に居るし、俺がアイツに勝ってる部分って筋肉しかねぇもんな……まぁクラマに限った話じゃねぇんだけど……)

 

 周囲と比べてしまい己にモテる要因を見出(みいだ)せず、イケメン揃いの王国男子へ対しての劣等感に(さいな)まれるマッスル。

 

 自信を持って欲しいとの事で渡されたおみくじだが、彼女のリアクションによって全く逆の作用が働いてしまったのは皮肉であった。

 

(い、意外でした。てっきり彼女を思い浮かべて引く物だとばかり思っていましたから……)

 

 女神の言によって例えるなら彼女もまた策士型、長年(つちか)った経験と知識によって勝利を引き寄せる古強者であった。

 

(アッチーナでもナンパを掛けられる事も有ったし、男好きのする容姿をしている自覚が無い訳じゃないけどまさかこの美貌が二人の恋路を邪魔する事になるとは思わなかったわ……!)

 

 普段着からして高い露出を着こなし視線を集める事で油断すれば直ぐに出てしまう一部位に対しての戒めにすると共に、その視線にある意図を汲み取れば自信にも繋がる事も有って福の神の高めの自己評価は正当ではある。それを(もと)にした推測は、この場に於いて的外れ以外の何物でもなかったが。

 

(しかし本命は分かっています……! 同じ獣人、宿イベントでも二人はピックアップされ、極めつけの悪夢事件……! みんなこういう事には奥手だから気づいてないようだけど、ここまで来たら確定的に明らか!)

 

 伊達に長くは生きていない。ピュアピュアワールドの中、数少ない真っ当な了見を持った大人である彼女は若さを持て余す年頃の男子が見せる恋慕などお見通しだとニヤリと笑う。

 

(ズバリ、クウェウリちゃんに決まってます! かなちゃんの属性相性理論に従えば同じ炎の物理と魔法……これは占い業界に旋風を巻き起こす法則ね! 後はおじゃま虫にならないよう、この溢れる魅力を抑えなければ……!)

 

 天界ではぼっち、身近な男はクラマだけ。初めのうちこそ彼の初心(うぶ)な男心を弄んでいたが、今ではすっかり慣れてしまい軽くあしらわれる様になってしまった彼女に大した経験などある筈も無い。クラマの方から身を引いて(かわ)している物を、押せば押すほど飛んでいってしまうと己の力量の様に勘違いした彼女の自信は際限なく膨れ上がってしまった。

 

 その手の経験はゼロのまま、クラマを相手に王者の如き振る舞いを続けてきた彼女は風格こそ身につけれど中身はスカスカ。女神が見た黄金聖衣の輝きも、射手座(レンタル品)の放つ仮初(かりそめ)の光に過ぎない。

 

『そ、それじゃあこの結果が正しいか判別する為に相性診断してみましょう!』

『そりゃあ構いませんけど、どうやって確かめるんで?』

『フフ、私達も子供じゃないんですよ?』

『え?』

『男と女がお互いの相性を確かめる方法といえば決まってるじゃないですか』

『……えっ!?』

 

 ほんのりと桜色に紅潮した頬、淫靡に潤んだ真紅の瞳はその奥に奸計がある事をハッキリと主張しながらも逆らうことを許さない威圧的な輝きを放っていた。成熟した肉体を持て余す男女が、恋仲となるのに必要な要素の確認といえば思い浮かぶ事は一つだという。

 

(えっ!? 何この展開おかしいでしょう!? 普通の男じゃ飽き足らないからゲテモノに手を出そうって算段ですか!? かぁーっ! 卑しか女ですよ!)

 

 隠し肘どころかまさかのフェアプレーでマッスルに迫る姿に焦燥を隠しきれず、微動だにしないまま胸中で慌てふためき転がりまわる女神。このままクリンチにもつれ込み互いに身体を密着させて、そして顔を見合わせて、そして――

 

『化粧室に有った女性誌を幾つか持ってきたので、これに載ってる心理テストでお互いの相性を測ってみましょう!』

『……ハイ』

 

「ズコーッ!」

(キレの有るズッコケ……こやつマッスルに並ぶやもしれん……!)

(みんなやっぱり上手いわ……! 私も練習しなきゃ!)

 

 妖艶な雰囲気を漂わせるのも一瞬の事、ざくアクがお子様にも配慮された健全なゲームであるとアピールするかの様に既定路線へ進路を戻すフェイントによってダウンを奪われる女神。華の二十代とは思えない、懐かしく味わい深いズッコケで答える辺りに転んでも只では起きない性格が現れていた。

 

 ダウンはすれど対応が良かったため減点は取られず、評価をじわじわと上げていく。三白眼の中に光る黄金の輝きがティーカップの中から覗き込みそのリアクションを(たた)え、(くら)いオリーブグリーンの奥に黄金の知性を宿した瞳は未だ至らぬ高みに居る女神の姿に敬慕の情を送っていた。

 

『えー何々……目玉焼きは醤油派? それともソース派?』

 

 下らない痴話喧嘩の原因として上げられる最たる理由として、目玉焼きをどうやって食べるかは何時如何(いついか)なる時もその最前線に君臨している。心理テストというより、まずはくっついた時にこんなつまらないことで(いが)み合わないようにしてねという編集者からの心遣いみたいな物だ。

 

『あー、そもそも目玉焼きにする卵があったら玉子焼きにして欲しいかな……』

『確かに! でも玉子焼きの場合は何でお互いの好みを別けるのかしら、出汁まで(こだわ)るとか?』

 

 心理テストガン無視のまま脱線したレールの上を走り続ける二人に頭を抱える女神。

 

 朝は優雅に香り高いバターを塗りつけたトーストで始める物だ。体面ばかり気にする彼女はそう心のなかで独りごちるのだが、脳裏に浮かんだご飯と玉子焼きの誘惑を前にその主張は崩れかけていた。

 

『面倒なら砂糖とか醤油で適当に味整えた奴でもいいっスけどね。ベスト和牛に向けて身体作ってる時しか細かい所は気にしないかなぁ』

『そう! 砂糖で甘くした玉子焼きだってご飯にちゃんと合うのよ! 出汁を取る手間だって省けるのに、ご飯に甘いものは気持ち悪いなんて暴言を飛ばす人は分かってないわ! 何時か私の力でこの無益な戦いを終わらせます!』

『まぁ気持ちは分かるんで、ウィンナーとか別にしょっぱい物があると最高っスね』

『あぁ~ピクニック……は会議でやってるし、お花見ね! もうお祭りが終わったら絶対お花見! ワインや日本酒なんかも持っていけるし……』

『あっ……ちょっとタンマ……』

 

 白熱する議論に待ったをかけ、腰蓑の中からサングラスを取り出……何処に入れてんだよばっちぃな。

 

『……酒はダメなんで、オレンジジュース下さい』

『どっ!』

 

 態々グラサンを取り出して披露されたT(弟)さんのモノマネに大ウケする福の神。

 

 合コンの一発芸これしかなさそうだなこいつ。

 

 そう言いたげな女神の視線は、朝早くお弁当箱に詰め込まれてからランチタイムを迎えた玉子焼きよりも冷え切っていた。

 

『いやぁ~、私達って息ピッタ……ハッ!?』

 

 思わず興が乗ってしまったが、惹かれ合う二人(福の神視点)の縁を結ぶ使命をすっかり忘れ去っていた。

 

『あっ、そ、そう! ☆幸運の後光の効果が切れる前に、次の人も占ってみましょう! 後2回分の幸運が残されてますよ』

 

 今更ながら脱線していた事に気づき、バフの効果時間を理由にして砂利道を超えて強引にレールへ復帰。

 

『あ、そうなんスね。でもなんかパッと思いつく人も居ないんすけど……』

『そうねぇ……こういうのは好みの問題だけど、私の見立てだと頑張り屋でいじらしくって守ってあげたくなるような人がマッスルさんには良さそうかなー?』

『頑張り屋でいじらしい……』

 

 好みの問題と言っておきながら、相手の特徴を絞り込む巧みな誘導尋問は知力8の証。

 

 いじらしい女性等という存在は王国内では数えるほどにしか存在しない。彼女の一番の特徴である料理上手はレプトスとも被る事になり、互いに控えめな性格も有ってそれとなく諭す場合には明確に判別をつけ難い。この難題を守ってあげたくなるという一文によってクリア、前衛であるレプトスよりもクウェウリの方がそうした感情の対象に選ばれる確率は遥かに高い。

 

 神の権謀術数によって練り込まれた謀略は、同じく神の眼によって見抜かれていた。

 

(自分に向いたタゲを外しに掛かりましたね……フン、流石にマッスルを相手にする様な事は有りませんでしたか)

 

 策は読めてもその中にある意図までには思い至らず、女神の眼にはただマッスルを避けているだけにしか見えなかった。こうなると大吉と出たおみくじの効果も疑わしい物だと、その心中から急激に興味が失われていく。

 

『あっ、また大吉』

『フフ、やっぱり私の見立て通りだったでしょう?』

『これ誰とでも大吉出るようになってるんじゃないっすか? 付き合い短い所か全然無いし、そもそもこういう話切り出したら怒られそうな感じするんすけど……』

『怒る? そんなタイプじゃないと思うけど、それに火属性ブーストで良く一緒に鉄板焼き食べてるでしょう?』

『え? いや王国まで態々食べにこないかなぁ……火属性って感じもしないし』

 

(ハァ……なんだ誘導失敗ですか。この程度の恋宇宙(コスモ)しか持ち合わせていないとは、これでは蟹か魚かも疑わしくなってきましたよ。まぁ見てくれはいいので、合コンに呼べば客寄せパンダにはなってくれるでしょう)

 

 立て続けの失策により女神内で福ちゃん株はジンバブエドルの様に急速下降しており、警戒の対象から利用する踏み台へと大きく格下げされていた。

 

 当然ながら神の間で合コンに福の神の参加を告げよう物なら、全員裸足で逃げ帰ってしまうので全くの逆効果である事は容易に想像がつく。昔なじみの同期と(たま)に話しをする事はあれど、福の神の存在は口にするのも(はばか)れると名前を言ってはいけないあの人として扱われていた為に耳に入ることはなかった。

 

 特定の派閥に入らない未所属のフリーランスこそ、働く女神の最先端である。ビジネス誌に流されてしまったがタワーに引きこもる事で行動範囲や積極性、情報にも疎く折角の意外と高い知能を活かす場が無くそのライフワークと能力は全く噛み合ってなかった故の悲劇と言える。

 

『んん? 誰との相性を占ったんですか?』

『女神様っすね』

 

「……っ!??!!!??」

 

 耳を疑う言葉に胸が強く締め付けられ、顔から火が出ているのかと思う程に上気した頬が熱を持つ。

 

 その胸中を縛るのは先のような冷たい鎖や蛇の様に不快な物ではなく、暖かな木綿に柔らかく包まれ高鳴る心臓を押さえつけられるような多幸感を伴う苦しみであった。

 

 衝撃に何も考えられない頭の中はふわふわと浮き立ち、自分で作り出した夢の中ですら感じたことのない夢心地の中に微睡(まどろ)んでしまいそうになるが直ぐに我を取り戻す。

 

(ふ……ふゥゥゥ……ん? 私のこと、そんな目で見てたんだ? まぁまぁまぁまぁ? 私ったら自立したしっかり者の大人のお姉さんキャラではあるんですけど? この儚げな美しさを前にして、いじらしくも守ってあげたい可憐な女の子に見えちゃうのも仕方ないかな?)

 

 胸の鼓動を押さえつけるように腕を組み、浮足立つ気持ちを抑えきれずパタパタとつま先を上下させ地面を鳴らして内なる情動を発散する。

 

「おい見ろよ女神様のアレ……」

 

 背後に響く、忌まわしきシティゴリラの声によって犯した過ちに気づく。なんたる目敏(めざと)さかと辟易する女神だが、堂々とパタパタ音を立てていたので別にエステルでなくとも気付いていた。

 

「あらら、ご機嫌斜め30度って感じですね」

「プライドが高い子だもの、庇護対象に見られるのが気に食わなかったのね」

 

 しかし女神の奇行に対する見解まで一致する事はなかった。事前にイケメン耐性の低さをこれでもかという程に見せつけていた事が功を奏し、マッスルは安定と信頼の恋愛対象外であると推測されているらしい。

 

 鳳雛(ほうすう)メニャーニャ、巨人シノブ。恋愛弱小王国の中に眠る希望の星を(あざむ)く神の智謀は、この夢においても健在であった。

 

「えぇ……そうかぁ? なんか嬉しそうじゃない?」

 

 ギクリと心臓が跳ね上がる。二つの巨星を欺けば見破るのもまたこの女なのか、お前は人のことより自分の周りに建てまくったフラグをどうにかしろと顔面に叩きつけてやりたい気持ちを押さえつける。今顔を見られる訳にもいかず、振り向く事も出来ないまま(えん)ずる事しか出来ないもどかしさに地を鳴らす足は加速していく。

 

『そういうタイプの子には見えないけど……』

『いや意外とそういうタイプなんすよ』

 

 やっぱり星座カーストは蟹や魚なんかよりも牛が上に決まってるんだよね。例えかませであってもクズよりマシなのは明白、今後は黄金恋活闘士最強議論スレでも牛を見かけたら優しくしてあげようと密かな誓いを胸に立てる。

 

『ほら、背伸びしてる所とか』

『あぁー……』

 

「あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”!!」

 

 胸の鼓動と共に浮足立っていた足は、怨恨(えんこん)と憎悪の叫声(きょうせい)と共に地団駄(じだんだ)へと変わる。数秒前に胸に建てた誓いはズタズタに引き裂かれ、議論スレでも牛の地位は崩落しようとしていた。

 

「ほら、あれが機嫌良さそうに見えますか?」

「うーん、見間違いかぁ。犬が尻尾振ってるみたいで可愛いなって思ったんだけど」

「ちょっと……あの子も気にしてるんだから、小動物を連想させるような単語は控えましょう?」

 

 激しい足踏みによる騒音によって、背後で(ささや)かれる召喚士娘達による追い打ちが耳に入らなかったのは幸いであろう。同時にエステルの疑惑からも逃れる事に成功したが、今となっては彼女の頭からそのような些事は吹き飛んでいた。

 

『守ってあげたいっていうか、誰かついててやらないとマルチとかに手を出しそうで……』

『確かに……』

 

 下賤で浅はかな詐欺に引っ掛かるようなマヌケに見られている。この侮蔑を否定せず、同じ眼で見ている福の神も牛男同様に神罰に値する罪人であると更なる怒りに火を焚べていく女神。余談だが一週間前、彼女は猫田に身長と言えばカルシウム、カルシウムといえば魚であると吹き込まれインテリメンタマをフルプライスで購入していた。

 

 今こそ付くべき勢力は決まった。天界の破壊神勢力へと身を寄せて、必ずやこの邪悪な王朝を滅ぼして見せる。当の破壊神へと、反逆の矛先を向けているとも知らずにその決意を固める女神であった。

 

『まぁこうして無茶な願いにも応えてくれるし、悪夢に水着イベントに一文の得にならない事でもなんだかんだ引き受けてくれるじゃないすか。ちゃんと尊敬されるような女神になろうと、あれで頑張ってるんすよ』

 

 今更フォローを入れてももう遅い。大体自分は努力するまでもなく既に尊敬されるべき女神であり、マッスルの述べた一連の偉業も捧げられた供物(くもつ)に対価を与えてやろうという大いなる慈悲であって努力ではない。悪夢の件は正直言って、どら豚まんじゅう如きで働かされすぎたので貸しという事になっているのだ。

 

 その胸中でつらつらと湧き上がる恨み節の数々とは反対に、聞き慣れない賛詞を耳にして地団駄は収まり軽快なリズムの足踏みに戻っていた。

 

『へぇ~あの子の事、良く見てるのね。私も気に入っちゃったし、少し目をかけてあげようかしら』

 

 フンと鼻息を荒げ嘲笑の笑みを浮かべる。王国の傘下も同然の弱小神など必要ない、神界にその名を広く轟かせた悪名高き破壊神こそ自分の様に優秀な神を庇護するに相応しいのだ。

 

 嘲りの視線をモニター越しに送る女神。彼女が菓子折りを持参して天界の屋敷を訪れる時、どのような顔をするのか。それは神すらも知り得ない事であった。

 

『ああっと! そろそろバフが切れちゃいますから、ラスト一回! どうぞ!』

『ウッス! ぬぅぅぅ~ん……!』

 

 再び丹田に気を練り込むような唸り声を上げ、じゃかじゃかと音を立てて箱を振るマッスル。今度こそ失敗は許されない。笑顔の奥、深紅の赤眼がその姿を射抜くように鋭く見据えていた。

 

(バフが切れかけていたので急かしてしまいました……! 二人を分かつワード……毛並みはあからさま過ぎる。太眉……いや、カワイらしい特徴とは思うのだけど本人が気にしている可能性もあるし止めましょう。ええい、やはり料理上手で行くしか無い! 前述した特徴がマッスルさんの脳裏に残ってるうちに付け足せば、クウェウリちゃんを思い浮かべる可能性は高い!)

 

 コンマ数秒の間、福の神の脳裏に思惑と策謀が渦巻くも事ここに至って最善策を模索する時間は無い。料理上手は互いに同条件、今のような例外を排除すべく付け足せば次こそ思い浮かべる可能性は高いと踏んで打って出る。

 

『やっぱり女の子は料理……』

『フンッ! え? あ、小吉……』

『あ、あら?』

 

 一手遅れてしまい料理で途切れてしまった所で、おみくじ箱から運勢を告げる棒が飛び出小吉を指し示していた。幸運の後光が掛かった上でこの結果ならば、二人の前途は余り良い物とは言えないだろう。

 

『あ~……まぁ小吉も悪い結果では有りませんから……』

『まぁハピコはこんなもんだろうな』

『あれぇ!? 料理は!?』

『アイツ足でフライパン振ってんすよ……コケねぇのはわかってるけど見てらんなくて……』

 

 珍妙な技法を身に着けていたことで、その姿はいじらしい物として見られていたらしい。この理屈で言えば料理中の○ーガル・○ライアンもいじらしく守ってあげたくなるヒロインに数えられるのではないか。

 

『でも意外ね。合体技もあるんだから、もっと相性が良くてもいいと思うんだけど』

『相性っていうか、腐れ縁で一緒に居るようなもんですから。でこぼこパワーズ覚える前は、一緒に居てシナジーが有った訳でもないし……』

 

 二人の間にある絆に対し意外にも淡白な返事で答えるマッスル。

 

『いい相方ってのは確かっすけど、王国に入る前を考えりゃ大吉なんて言えるような環境に居ませんでしたからね。アイツも鉱夫から博打で金巻き上げて恨み買って、逃してやったのに懲りずにそこらで同じような真似を続けて結局てこてこ山で捕まったって聞いて……デーリッチが居なかったらどうなってたやらだ』

 

 語られる腐れ縁。心からハピコを案じる様子であるが、それは保護者としての心境に近かった。

 

『詐欺やイカサマで身を立ててもロクな事にはならねぇとは思ったけど、マジメに働けったって手の使えねぇハグレのガキじゃあ雇ってくれる所もありゃしないだろって止めもしなかった……俺も人の三倍働いて給料は一人前、養ってやるとも言えねぇで……情けない話でさぁ』

 

 貧しさと搾取(さくしゅ)、不当に受けた仕打ちの数々は眼を閉ざせば昨日のように思い出せるのだろう。

 

 小躍りするような足踏みは何時の間にか、晴れぬ思考の(もや)へと足を踏み入れ憐憫(れんびん)と焦燥に揺らぐ中で緩慢(かんまん)に沈んでいく。

 

 人々の夢を渡り歩けば、ハグレの惨状など彼等以上に広く眼にしている。その上で何の能力も持たない者達が行き着く場なのだと、気にも掛けてこなかった。

 

 神として、自分を一番に置いてそれ以外には平等に接してきた。一々全てのハグレに夢で啓示を与えるだの、救いの手を差し伸べるような真似は出来ない。

 

 それなのに彼がその中へ居た事を改めて認識すると、彼の身に降りかかった艱難(かんなん)が過ぎ去った過去の不条理であっても(いきどお)る気持ちが湧き上がる。

 

 それは彼が鉱夫から神に手の届くほどの勇士へと成長して人の持つ可能性を見せ、根付いていた矮小(わいしょう)な価値観を打ち破ったからなのか。それとも、贔屓目に見てしまうのは彼の事を――

 

 顔が焼けるように熱くなっていくのを感じ取り、頭を振って脳裏に過ぎった世迷い言を振り払う。

 

 雑念に惑わされる苛立ちに足踏みが加速しかけるが、先のエステルの様に勘付かれでもしたら厄介だとグッと堪えて踏み止まった。

 

『いえ、決してそんな事はありません』

 

 当時の自分を不甲斐ないと責めるように自戒の念を(こぼ)した彼に、優しく温和な声色で明確な否定が返される。

 

『確かに、二人のされた行いは悪徳として数えられる物です。しかし貴方達を迫害した者、利用しようとした者にも受けるべき因果があった筈です。一度はその因果応報の中に身を置いても、流されること無く理念を持って遺恨を残すような真似はすまいと心掛けている貴方を私は心から尊敬します』

 

 薄く開かれた眼差しから覗く赤い双眸(そうぼう)が、真っ直ぐに彼を見つめていた。流れる血の様に赤く生命力に溢れた瞳は、当人のおっとりとした佇まいとは逆に情熱的で自らの審美眼に有無を言わせぬ程の自信に満ちている。

 

『人を搾取しようとする者が、騙されるのも当然の事。私も別に裁判官という訳ではありませんから、善に基づいた秩序が心にあればとやかく言いません。同じ様に貴方の努力も報われるべくして報われた物であり、単に拾った幸運という訳ではありません。きっとね』

 

 以前までの女神だったら、自分の力で救ったわけでもないのに口先だけで成果を生み出して大したものだと皮肉を浮かべていただろう。

 

 実績と名声、それが信仰に繋がり神を神たらしめ地位を築く。綺麗事や優しさ、上っ面ではなく実績によって神たらんとする彼女は怠け者という訳ではない。なのに人望や信頼、敬意をその身に集める事が出来ないのは何故か。

 

 今、彼女はその理由を眼にしていた。

 

『あぁ……福ちゃんが言うなら、きっとそうなんだろうな』

 

 長く降っていた雨の中、天光の下へと抜け出した様に彼は晴れやかな笑みを浮かべている。誰しも心に陰を抱える物、善良な青年である彼であってもそれは変わらない。

 

 セラピストも友達ごっこも、神の仕事に内に無い。願いを具現化し物欲を叶えるでもなく、運が上がるという曖昧(あいまい)な効果のバフは結局その効果があったのか定かではない。

 

 それでも彼女は、間違いなく彼を幸福へと一歩近づけた。彼がこの世界に無理強いされた孤独と、受けた仕打ちへの報復とはいえ欺瞞(ぎまん)に手を出し、不徳に苦悩していた心の内を照らす癒やしの奇跡。

 

 何の力を使った訳でもない、やろうと思えば誰にでも出来る筈の行い。それは取るに足らない事の筈なのに、彼女の姿は聖堂の奥に佇む神像の様に神々しかった。

 

『いやぁ、愚痴っぽくなっちまってスイマセンでしたホント』

『いいのいいの、面白い話も聞けたから』

 

 変わらぬ様子の二人だが、その間を見て浮かぶ不安に(さいな)まれる。この状況は非常に良く似ている。

 

 捻くれた神に救いの手を差し伸べるミノタウロス、対するは古傷に苦しむ牛頭の男を癒やす神。そう思えば、ああして優しい言葉を掛けてやるべきは自分だったのではないかと思う。

 

 彼から彼女へと向けられている視線が気になる。女と見ればデレデレとだらし無く頬を緩める何時もの顔と、明朗快活な笑みを浮かべる顔との間に眼差しで互いに敬意を贈り合っていた。

 

 あの時に彼から貰った気持ちを、彼にも返したい。その様に殊勝な気持ちより先に浮かぶのは彼の視線の先、敬意の視線を持って自分を見て欲しいという虚栄心だった。

 

 その事に気づくと羞恥に顔が燃え、胸の締め付けに不快感が戻ってくる。そんな浅ましい女が、どうして彼女のように救いの言葉を掛けてやれるというのか。自分だったら、ハピコの時はすらすらと彼女と同じ様に失敗する自分を思い浮かべることが出来たが彼女には一切のシンパシーを感じられなかった。

 

 心の中の荒れ地に生えた芽が、醜い花を咲かせようとまた一つ大きくなった気がする。

 

『でもそっかぁ~、ハピコちゃんかぁ……』

 

 ハッと気づいて福の神を見やる。そう、結局は彼女の気持ち次第。

 

(仲間として尊敬する気持ちはあっても、まさか身内の好きな男を横から取ろうなどという泥棒猫属性は……あっ、この人猫耳持ってる……!?)

 

 会議で猫化を習得する三大泥棒猫。姉弟への割り込みやクラマを巡って年甲斐もなく幼児に対抗心を燃やす姿から、牛肉路線を選ぶのはハオのみと思われていた所へまさかのダブ取りを狙うべく出走。ざくざくアクターズ卑しか女杯、その一番人気にマガカミフクキタルが輝こうとしていた。

 

『ハピコがどうかしたんで?』

『ほら、相棒って言っても色々あるじゃない? 友達だったり、仲間だったり……パートナー、伴侶だったり』

 

 朱に濡れた妖しい瞳の下に、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。ここまで通して仕込みの段階、見切ったと思ったのは只のフェイントだったのだ。

 

 なんたる完璧な偽装、強すぎる恋愛力を悟られないようピエロを演じるショーガールだったというのか。福の神の眼に映る彼女は、傷ついたパンチドランカーから飢えた黒豹として蘇った。

 

『うーん、相棒の意味かぁ……デーリッチとベロベロスでいいんじゃね?』

『ペット!?』

『そうじゃないけど……主従関係でもないし、でも言ったら近いかなって』

 

 女子との関係をペットに対する好意と同一にしてしまうとは、ここまで拗らせては非モテなのも当然。もはや救い難い。

 

『ふぅ~ん、つまり二人は家族同然って訳ね♪』

『いや、別に、そんなんじゃ……』

 

 ポリポリと頬を掻くマッスルを見て、クラマも昔はこういう初心な反応を示してくれたものだと思い出に浸り込む。

 

 こうして恥じらう青少年分を摂取し、その精力を吸い取る事も若さの秘訣なのかもしれない。クラマの物と比べ、ややワセリン臭そうではあるが。

 

『照れない照れない! お姉さんにはお見通しですからね、ハピコちゃんも……』

 

 胸の内が跳ね上がるのを感じ取る。本人が内緒にしてるのに、まさか第三者からのダイレクトアタックを通そうというのか。

 

『マッスルさんをお兄さんみたいに思ってますって!』

『えぇ……兄妹なの? ヤな妹だなぁ……』

 

「ズコーッ!」

(え? 今のコケるタイミングだったの? お、奥が深いわ……!)

 

 どんなファインプレーも気づかれなければ無意味。ハピコの心中へ無理解な王国民達から、タイミングを間違えた天丼とみなされ大きく減点を取られてしまった。

 

(えっ? ハ、ハピコを援護する筈だったのでは? まさか本当に気づいてない!?)

 

 ようやく彼女が青銅恋活闘士(ブロンズセイント)である事に気づく女神。そもそも(さと)いから気づいたのではなく、偶然二人の言い合いを聞いて気づいたに過ぎない。性格的に言えば乙女座っぽい女神だが、恋活闘士の中でも最強と謳われるその聖衣を纏うにはやはり荷が重かったらしい。

 

『さて、長々話しちゃったしこの辺にしときましょうか。余り力になれなくて、ごめんなさいね?』

『い、いや。いいんすよ……愚痴も聞いてもらったし』

 

 そうは言うものの、去ろうとする彼女を見るつぶらな黒目は淋しげだ。

 

 前回をお読み頂いた皆様ならご存知の事とは思うが、この牛野郎は潔い様で実際の所は未練がまし……え? 前回から二ヶ月も間が空いて覚えてない? 止めましょうよそういう時節の話は後々になって風化してしまう物なんです休載明けにハンモックでお休みしてるロビン○スクを見て現行読者と二世から入った読者で温度差が産まれてしまうように我々もこの話はそっと蓋をしておくべきなんですウマ娘のせいです本当に申し訳ございませんでした。

 

『お詫びに今度、デートにでも行きませんか?』

『……へ?』

 

 口をぽかんと開け、微動だにしなくなった牛男。モニターを見つめる女神も、全く同じ様にして呆けたまま動かなくなってしまった。

 

『多分ですけどマッスルさんどうやったら、とか何をしたら彼女が出来るんだろうって分かっていませんね?』

『う”っ』

 

 ぬか喜びさせて動きを止めてからの鋭い一突き。それがわかっていれば居間でミケランジェロごっこなどしていない。仮装大会でマーロウさんの使っていた亀甲羅を借りてカワバンガなど……これは違うミケランジェロだ。

 

『簡単……という訳では有りませんが、単純ですよ。まずは仲良くなる所から始めましょう。今日は二人でお話できて、少しですが今まで以上に距離を縮められたように思います。私もマッスルさんを恋人にと言っても全然ピンと来ないんですが、そんなにイヤかと言われるとそうでもありませんよ?』

『ホ、ホントですかい!?』

 

 陰でどれ程フラれてきたのか分からないが、喜色ばった声を上げて詰め寄る牛男を見て浅はかな奴だと呆れる女神。

 

 長い付き合いを重ねてきた現段階で全然ピンとこない物を、顔から何から良いとこ何も無しのスーパー非モテ人がどうやって評価をひっくり返そうというのか。唯一の取り柄である頼り甲斐などという物も、これまでの戦いの中で見飽きるほどに見てきた上での評価であり(くつがえ)せる見込みは無いと見ていいだろう。

 

『仲良くなって必ずしも恋愛に発展するとは限りませんが、待っていればやってくる物ではありません。願いの欠片を使って叶えてもらおうというのは少し他力本願でしたが、只待つよりは行動に移す方が良いのは間違いないでしょう。皆と仲良くしてみて下さい、手始めにまずは私からという事で♪』

 

 単純明快、仲良くなる内にそういった感情を覚えれば良し覚えなければ友達で居れば良し。どうやって愛されよう、ではなくお互いの仲を深める過程の仲で自然と芽生えるのを待つフリースタイル。主体・即効性には欠ける物の、それをマッスルに望むのは高望みが過ぎる。

 

 誰にでも自然体のまま無理なく出来る関係の築き方を伝授する彼女は、今こそペガサスの聖衣を捨てて射手座の正当なる後継者となったと言えよう。

 

『な、なるほど……それなら俺にも出来るかもしれねぇ! 一丁お願いしますっ!』

『それじゃあマッスルさんの次のお休みにでも帝都に行きましょうか。箪笥(たんす)や棚を買おうにも、流石にクラマくんには持たせられないかなぁって……』

『それ荷物持ちじゃないっすかぁ!?』

 

 箪笥や棚を持ち歩かせるつもりなのだろうか、もはや扱いが牛馬と変わらない。薄給に不満を抱いて犯した過去の(あやま)ちを精算をする時が来たのだろう。無賃無給の労役を押し付けられ、無事解散となってモニターに項垂れる牛男が取り残された。

 

 何時もの朗らかな笑みと共に福の神が帰還したが、いとも容易く行われるえげつない行為を終えた後に見ればその印象は180度違って見える。

 

「ふぅ……ちょっとした失敗もありましたが、悩める若者を幸福へ導く神としての本懐は果たせましたね」

「お、お疲れさまです……」

 

 (いたわ)る素振りこそ見せているが、去り際にトドメを刺していった事に幼いポッコもドン引きしている。

 

 当てを外してばかりで見当違いの憶測に右往左往する乙女座、折角のいい話を明後日の方向へ射出した射手座。次代の黄金恋活闘士の行く末が、闇に閉ざされようとしていたその時女神に電流走る。

 

 この調子で王国女性陣の毒牙によって反撃を受け続け、汚いボロクズと化すであろう未来が見えているマッスル。

 

 当然ながら彼女が出来ること無くお見合いを終える訳だが、そこに颯爽(さっそう)と慈悲と慈愛の女神が登場。このグンバツのスタイルから滲み出る大人の色気と母性によって傷心の牛男を虜にしてやり、こちらに気を持ったところを切り落とす完璧な形でリベンジを狙う。(一敗)

 

「しかし福の神様も人が悪いですよ。本気でマッスルとデートするのかと驚きましたけんね」

「あら? ちゃんと行くけど?」

「……うえっ!?」

 

 思わずチビ神と同じ様な嗚咽に似た叫び声を上げる所だった。

 

「フフフ、ポッコちゃん。絶対に失敗しないデートっていうのはね、何の期待も抱かせない事が大事よ。デートだデートだと喜ばせてしまうと、実際に遊んで楽しくなかった時の落胆は大きいわ。でも荷物持ちと思って渋々始めたショッピングの途中、一緒に美味しいものを食べたり綺麗なものを見たり遊んだり楽しい思い出を共有すればどうかしら? 意外と楽しかったというサプライズの喜びが産まれるのよ」

 

 神算鬼謀。孫子の兵法にも恋空にも見た事のない狡猾さを前にして、再び女神に戦慄が走る。優雅に靡くストレートの黒髪を掻き上げながら、余裕たっぷりの笑みで紅茶を口にする姿は正に大人の女の理想像と言えるだろう。

 

 実戦経験の違い。如何に交際経験ゼロとはいえクラマを相手に男心を弄ぶ術を曲がりなりにも身に着けた彼女と、夢を見るばかりの自分では地力の差が如実に表れてしまったと焦る女神。

 

「おぉ、流石は相性大吉! こりゃあ私達の出る幕ないかぁ?」

「んむっ!?」

 

 そう言えばそうだったと思い、(むせ)て吐き出しかける福の神。

 

 実際の所は中年向け女性誌のコラムで、色恋の経験が少なくとも余裕を持って落ち着いた大人として振る舞える様に特集された物であり、対象年齢が違うだけで女神とは中身も知識も大して変わらないのである。

 

「んふっ、んっ! んんっ! まぁ誰と一緒でも相性の良い可能性も有りますからね! タンクですし!」

「戦闘の役割も関係あるんだ……?」

「実は恋愛をピンポイントで占えてるのかも調査中で……ハピコちゃんが大吉じゃなかったし、戦闘は余り関係なさそうだけど」

 

 くじの結果がただのおみくじである可能性まで出てきた。こうなっては運を上昇させるという、曖昧な能力によって恋愛運がちゃんと上がっているのかも疑問である。この水素水より胡散臭いおみくじを特産品とするのは、効力よりも倫理的に問題が有るように思える。

 

「ふーん、じゃあ試してみる?」

「試すって、何する気です?」

「おーい女神様」

 

 聞き慣れた忌々しい声に不快感が(あらわ)になる。戦闘が関係ないかどうか、自分の行動表でも見せてくれというつもりだろうか。そんな用事ならwikiでも見てきて欲しい。

 

「なんですか藪からスティックに……」

「ウチのマッスル貰ってくんない?」

「は、はぁぁーーーーーっ!?」

 

 素っ頓狂な声が上がってしまうと同時に、顔色を見られるわけには行かないと踵を返す。モニターを眺めていたお見合い中の所作をコピー、腕を組んで足をパタパタと上下させて不快感を顕にするように見せかける。

 

「何がどうなったらそうなるんですか……!」

「女神様おみくじで大吉だったからさぁ、試しにマッスルと付き合ってみりゃおみくじの効果も分かるかなって」

「ハァ……」

 

 溜め息に見せかけた深呼吸で胸の内を押さえつける。

 

 変幻自在のトリックスター、その素早いフットワークによって心中をかき乱されてしまったが自力の低さはお見通しである。強く足踏みを打ち鳴らし開戦の音頭を取ると、頬から赤味が引きその熱を眼差しに込めてエステルへと向き直す。

 

「いいですか? 貴女のように貞操観念の緩そうなピンク女には、男なんてどいつも変わらなく見えるのかもしれませんが、私のように若く美しい聡明で慎ましやかな深窓の令嬢、高原に咲く花に見合う品格という物が相手の男性には求められる訳です。マッスルさんにそれを感じますか? 腰蓑一枚、365日年中無休、筋肉モリモリマッチョマンの変態が勤務時間外は片時も自分の側を離れないんですよ? デリカシーは欠片も持ち合わせておらず、セコくて見栄っ張りの分際でヘタレ野郎のダメ男な訳です。それを人に勧めるって事は貴女『覚悟して言ってる人』ですよね? 人にマッスルを押し付けようとするって事は、逆に押し付けられるかもしれないっていう危険を常に『覚悟して言ってる人』って訳ですよね? あぁ~言われてみればお似合いじゃないですか、ピンクは赤の原色ですし隣に居れば良く映えますね。性格だって向こう見ずの暴れ牛と、飼いならされたヘタレ。丁度いい性格の品種改良を目指して、パワーのない暴れ牛が出てくる奴ですよどうですかほら……」

「わ、分かった分かった! 悪かったって、もぉー……取り付く(しま)もないわねこれ」

 

 ムキになって反論するのではなく、理知的な反論によって畳み掛ける怒涛の押し切りでエステルを討ち破る。

 

 憎きセクシー大使を打ち破り後顧(こうこ)(うれ)いを断ったかと思われた女神だが、演壇の上で安堵に胸を撫で下ろす彼女の小さな背を鷹の目が捉えていた。

 

(アイツ、妙にマッスルの事分かってるな……あんま付き合い無い筈なのに)

 

 タワーに入り浸っているマッスルの奇行も、ハピコの眼の内に映っていた。何をしてるか聞いてもはぐらかされるので、女の線を当然疑ったが後をつけても戦いに明け暮れるばかりでミトナや魔王タワーの従業員にちょっかい掛ける訳でもないしという事で警戒を解いていた。

 

 女神にしてもロリコンは犯罪であると、良識を守る一市民の鏡であるマッスルの好みとは大きくズレていた為、完全ノーマークだったがまさか(かどわ)かされたというのだろうか。こんなバカで下心丸出し、デリカシー皆無のヘタレ野郎に好いた惚れたを抜かす様な女は眼か頭のどちらかがおかしいに決まっている。

 

 思い浮かべた言葉の全てがブーメランとなって突き刺さり、ハピコの精神に深刻なダメージを与えていたが知力9と鳥人特有の優れた視覚に異常がない事を確認して己の正気を確かめる。

 

(考えすぎだよな……マッスルは無いだろマッスルは)

 

 頭に浮かんだ疑念は片隅に追いやって小さな背中を見つめれば、何故か見たこともない自分の背中を見ているような気持ちにさせた。




二ヶ月も掛かってすいませんでした。
ウマ娘のせいもありますが、普通に繁忙期だったり体壊したりコピペしたら手前の文章が全て消える変なバグを2回くらって10000字位書き直したり結構辛かったです。
この位の文章量を一ヶ月でコンスタントにお送りできればいいなと思うんですが、職場が色んな意味でヤバいので安定しそうにないです。申し訳なし。

恒例の櫓岳さんの支援絵です。ホントに何時も有難う御座います…。

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