FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

1 / 18
21/1/21 誤字とか修正


新生編
1−1:便乗上等 サスタシャ侵食洞


 

「ここから北にあるサスタシャ浸食洞にな、取りこぼしのお宝があるって話だ」

 

 俺はエールの入った木のジョッキを片手に、テーブルの向こうの相棒にそう言った。

ここは西ラノシア地方の港町エールポートの酒場。冒険者向けのボロで、可愛い店員もいない小さな酒場だが、港町だけあってエールと食材は新鮮でうまい。

 

「……」

 

 今はギルドリーヴの、モンスターの駆除の仕事をこなした帰りだ。よく動いた後の1杯は格別だ。日は暮れて、周囲は俺らと同じような冒険者や、漁師なんかで賑わっている。

 俺が、新しい儲け話を持ってきたというのに。『大金鎚』のあだ名を持つ、この大柄のルガディン族の相棒は、憮然とした顔で返事もしない。いつもこんな調子なので、気にせず続ける。

 

「ちょっと前にあの洞窟をアジトにしていた、”海蛇の舌”って海賊団が退治されたのは知ってるだろ?」

 

 相棒は鉄さびのように赤茶けた肌に生えた、鉄さびのような髭についたエールの泡をぬぐっている。ヒューランの俺には一生あんな髭は生えそうにもないな。

 

「ほれ、陸の洞窟口から突入して海賊団を壊滅させて、おまけにサハギン族の戦士まで倒しちまったって大型新人の話さ」

 

 ”海蛇の舌”ってのは敵対蛮族のサハギン族に肩入れしている、お尋ねものの海賊団だ。西ラノシア海に面する秘密の入江をアジトにしていた。

 そのアジトにつながる洞窟が、陸に口を開けていることが分かったらしい。

 そして、とある新人冒険者たちが、そこから突っ込んであっという間に制圧したのだ。

 

「……アヴィールの奴が手柄を横取りされたって吹いてたな。それがどうした」

 

 ようやく反応しやがった。まあルガディン種って奴らは、強いやつの話が好きだからな。俺も、わざとそういう風に話した。

 どうでもいい事だが、アヴィールってのは俺らと同じ冒険者だ。酒場で会ったら、互いに調子を聞く程度の仲である。

 俺はさらに相棒の興味を煽るため、身を乗り出して声を落とす。

 

「これはイエロージャケットのやつから聞いたんだがな、その新人ども、洞窟奥の船長の部屋に、お宝がどっさりあるのを見つけたらしい」

 

 イエロージャケットってのは、ここラノシア地方の治安維持組織だ。その名の通り、皆黄色い上着を着ている。目立つことこの上ない。

 

「それで……そいつら、何を考えてんだろうな。そのお宝には目もくれず、海賊を蹴散らして、結果を報告すると街を出てったらしい」

 

 眉をひそめるトールを尻目に、俺は鞄から丸められた羊皮紙を取り出し、少しだけ開いて見せる。

 

「そして、ここに、そのサスタシャ浸食洞の地図がある」

 

 じゃじゃーんと小さく口で言ってみせる。

 だが相棒は喜ぶどころか、俺をとがめるような目でにらみつけてくる。

 

「お前、その地図まさか……」

「おっと、そんな目で見るなよ。俺が盗ったんじゃない。そのイエロージャケットのやつから預かったんだ」

 

 一応本当だ。ただし、”その”イエロージャケットってのは、海蛇の舌のスパイだった。海蛇の舌が壊滅したってんで、色々盗んで脱走しやがったんだ。

 俺は、双剣士ギルドの一員として受けた依頼で、そいつをとっ捕まえた。その時に、この話を知ったんだ。この地図もそいつから拝借したのさ。

 

「なあトール、ぐずぐずしてるとクァールみたいなデカブツが、また住み着いちまう。やるだろ?」

 

 俺は、ギルドからの最低限の依頼はこなした訳だ。だがこの件についてはまだ、ギルドやイエロージャケットには報告を控えている。

 手付かずのお宝がそこにあるんだ、誰だって自分の目で確認したいだろ?

 相棒はこちらを睨んでいた目を、手元のエールの入ったジョッキに移す。それからその、重い口を開いた。

 

「……もしお宝が無かったら。フロスト。お前を地図ごと、黒渦団に突き出してやる」

 

 分かり辛い返事をする奴だが、これはつまり”やる”って意味だ。

 

「そうこなくっちゃな! 夜明けにここを立つ。寝坊するなよ」

 

 俺たちはエールはそこまでにして、宿屋で休むことにした。攻略済みのダンジョンに入って、お宝を回収するだけの簡単なお仕事だ。便乗上等。あいつと組んでから、ようやくツキが回ってきた。

 ここエオルゼアは、あの第七霊災を超えて5年が経った。今は活気と熱狂に満ちた、新生の真っ最中だ。物事が前に進むときは、必ずおこぼれが出るもんだ。

 別に成り上がろうなんて思っちゃいない。それでも、一冒険者が満ち足りた暮らしを得るには、一発逆転が必要なんだ。安宿の、箱に布を敷いただけの簡易ベッドに横たわり、お宝を思い浮かべながら目を瞑る。

 

 

────────────────────

 

 

 そしてエールポートの夜明け時に至る。砦門近くにあるエーテライトのそば、ぼんやり光るところで待ち合わせだ。

 宿を出た俺は、あくびをしながら冷たく湿った潮の香りを吸い込んだ。少し魚臭いが嫌いじゃない。海辺育ちの俺には慣れ親しんだ匂いだ。

 薄い暗闇の中で、船乗りや商人はとっくに活動を始めている。少し歩いて目的に着くと、トールは先に待っていた。

 砦壁を背に腕組みをして、ピクリとも動かない。寝てるのかと思ったが、近づくと声をかけてきた。

 

「洞窟は黒渦団が管理しているんだろ。見張りはどうするつもりだ」

「ときどき見回ってるだけって話だ、どうせ攻略済みの洞窟だしな」

 

 黒渦団はリムサ・ロミンサの軍隊だ。街道の見回りが定期的にチェックしてるだけらしい。依頼の出ていない時なら、常駐していなくても不思議はない。人手の無駄遣いだしな。

 双剣士ギルドには、こういう情報を仕入れるルートがいくつかある。

 

「盗賊ギルドに、名前を変えたほうが良いんじゃねえか」

 

 ほぼ当たりだよ。双剣士ギルドの成り立ちはそんな感じだったらしい。

 既に開いていた軽食の露店で、ビスマルク風のエッグサンドとオレンジジュースを買い食いして、白い城壁をくぐり街を出る。だいぶ明るくなってきたな。足元は問題なさそうだ。

 

 白い石畳の街道もあるが、俺たちは石畳のない方の高地ラノシアの方に続く道を行く。途中冒険初心者のための訓練館もある。

 この辺は木もまばらで、石灰岩だろうか、ところどころ白い岩がむき出しになっている。道沿いにしばらく歩いているとトールが話しかけてきた。

 

「おい。本当に松明は要らねえのか?」

「ああ、大丈夫さ」

 

 昨日のうちに、松明の不要を伝えていた。だが、そりゃ洞窟に行くわけだし、気になるよな。俺も聞いた話だから、イマイチ不安だけど。

 

「聞いた話だけどな、結構明るいらしい。それに、ああいう”ダンジョン”っなんて呼ばれるような場所じゃ、そういうことが良くあるんだよ」

 

 トールは俺の言葉に、疑わしげに鼻を鳴らす。良く見ると、少し緊張している様子だ。

 

「そうかお前、ダンジョンは初めてだったな。気を付けろよ、その辺にうろうろしているやつらより手強いぜ」

「フン。そりゃ楽しみだ」

 

 道すがらは、誰ともすれ違わなかった。高地に入る手前で道から逸れ、さらに歩いて着いたのが、サスタシャ浸食洞だ。

 太陽はすっかり昇っているが、遅くとも夕飯前には街に戻れるだろう。お宝が持ちきれれば、だけど!

 入り口の近くにキャンプの跡があるが、事前に調べた通り、今は人員はいないようだ。洞窟が光を吸い込むように、真っ暗に口を開けている。

 

「……」

「……目を、慣らしながら行けば平気さ。少し奥の方に行けば、明るくなる……らしい」

 

 トールはちょっと躊躇していたようだが、観念したようだ。肩を回し、短く息をつきながら言った。

 

「行くか。フロスト」

「当てにしてるぜ、トール」

「……フン」

 

 俺たちは洞窟に入り、足元に気をつけながら少しづつ進む。今は太陽の光が差し込み、壁ぐらいは見えているが、奥の方は真っ黒だ。

 太陽の光が、後ろで小さくなっていくのを不安に感じながら、壁に手を付けて進み続けた。

 

 

────────────────────

 

 

「……こりゃすげぇや。聞いてた以上だ」

「……世の中には、色んな景色があるな。山から降りてきた甲斐が、あるってもんだ」

 

 なるほど、話には聞いていた通り松明は要らなかった。

 しばらく洞窟を進むと急に広い空間に出た。普通のざらざらした岩肌だった洞窟の入口と違って、つるりとした湿り気を帯びた鍾乳石が洞窟を形作っている。

 空気は冷たい湿り気を帯びている、どうやら近くに大量の水が有るようだ。空間は横にだけじゃなくて縦にも広がり、俺達の声を軽く反響させる。

 鍾乳石が橋を渡すように道を作っていて、横を覗き込むと、すごく深い。底は水が満ちているようだが、その深さは知れない。こりゃ足を滑らしたら、上がってこれないな。

 明かりの正体は、ホタルのような発光生物、だと思う。大量の光の粒が水面から湧き上がるように舞っているが、近寄ってもよく分からない。もしかしたら、エーテルそのものなのかもしれない。

 さらに、植物なのか、イソギンチャクのようなサンゴのような固まりが、地面から所々に生えている。これが、またいろんな色に発光し、周囲に明かりを加えている。 

 

「……環境に満ちるエーテルの仕業か? こりゃあ、普通の生態系じゃねえな」

 

 トールは顎に手を当てながら、周囲を観察している。

 

「ああ。ダンジョンって呼ばれるような場所はな、エーテルがみちみちしている。こんな風に発光生物が辺りを照らしたり、エーテルを利用した発光器が備え付けてある、なんてことが多いんだよ」

 

 おかげで探索がしやすくて、都合がいいね。松明を片手にモンスターと戦うなんて、考えたくも無い。

 

「まあ、そういうのは学者連中に任せるとして……エーテルに満ちてるってことは、だ」

 

 俺も、周囲を観察はしていた。だが、もっと別のものに注意を払っている。

 洞窟の奥の方から、チチチチチッという不快な音と、バサバサと風を切るような音が聞こえている。

 

「モンスターどもも活性化してるってことだ! 頼むぜ、トール!」

「……」

 

 俺の声に反応したトールは、黙って背中に固定していた、ごつい斧を外す。両刃の、無骨なそれを両手で構え、前に出た。

 暗がりから現れたのは、黒くてデカいコウモリ。ブラックバットだ。大きさは、両手を広げたララフェルぐらいはあるな。数は3つ。

 

「……ッだらぁ!」

 

 トールは斧を振りかぶり、自身のエーテルを活性化させる。一瞬の溜めの後、5,6メートル先にいる奴らに向かって、振り下ろした。

 当然、斧の刃は届きはしない。だが斧に込められたエーテルの波動が、コウモリたちに衝撃を与えた。

 大きなダメージを与えるような技じゃないが、敵の気を引くのにはもってこいだ。コウモリ共は一瞬怯んだ様子を見せ、キィキィと激高した様子でトールに向かっていく。

 

 トールが攻撃を仕掛けるのと同時に、俺はエーテルを一気に沈静化させた。エーテルを鋭敏に感知するモンスターから見れば、昼に灯したロウソクぐらいには目立たないだろう。

 そのままコウモリの視界を避けるように、短剣を両手に構えながら、そいつらの後ろに回る。

 その間に、コウモリはトールに肉迫していた。トールが、その一匹に斧で斬りつける。

 斧術士ギルドで習ったであろうその”型”は、エーテルが最も効率的に使われるように、考えられ、伝えられている。

 トールはコウモリの一匹の羽を傷付けると、返す斧でその胴体を切り裂いた。鮮やかなもんだ。……俺も、負けてられないな!

 

「……そらっ!」

 

 もちろん”型”は、双剣士ギルドにもある。

 再びトールが斧を振りかぶるのと同時に、俺は近いところのコウモリの両方の羽を短剣で切り裂き、そのまま地面へと蹴り落とす。

 俺はその勢いを殺さずに、もう一匹を後ろ回し蹴りに叩き落した。落としたコウモリに短剣を刺し込み、止めを刺す。素早く短剣を抜き、他のモンスターが来ていないことを確認する。

 

「………………よし。終わりみたいだ。先に行こうぜ」

 

 こうやってトールが敵を引き付けて、俺が後ろから数を減らすってのが、俺たちの基本戦術だ。

 それぞれの技は、ギルドに所属することで習うことが出来る。エーテルのコントロールってのは、俺たちのように近接武器で戦う奴らにとっても重要だ。

 魔術師のように、遠いところに威力を集中させたり、他人の傷を癒したりは出来ない。だけど技の威力を上げたり、体を硬くしたりするのに重要なんだ。そういった、継承されてる技を使うためにも、ギルドってのは冒険者に不可欠だ。

 

 

────────────────────

 

 

「随分。きれいに掃除していったな」

 

 ブラックバットを倒してしばらく歩いた後、きょろきょろと辺りを見回していたトールがそう呟いた。 

 

「ん?」

「……おい今どのへんだ?  地図貸してくれ」

 

 ああ大型新人のことかな。地図を渡しながら周囲を伺う。確かにそうだ、コウモリの他にモンスターが向かってくる気配がない。

 こういうエーテルに満ちた、洞窟や遺跡のモンスターは、外の生物より凶暴だ。

 モンスターの感覚からすると、外界のエーテルを纏うやつらってのは、異物、もしくは美味そうに見えるらしい。

 そういうわけで、こういう場所の生物は、積極的に侵入者に襲い掛かってくる。異なる生物同士が、共闘して向かってくることなんて、ざらだ。

 噂の新人冒険者たちは、そのモンスターたちを、綺麗にせん滅してくれていったみたいだ。

 

「楽でいいね。もし会う機会が会ったら、礼をしないとな」

「フン、なんて説明する気だ……。宝でも分けるのか?」

「へっ、冗談言うな……っと、ここだな。ここが、”海蛇の舌”のアジトだ」

 

 洞窟側からの侵入を防ぐためだろう、頑丈そうな扉がある。だが今は半開きで、素通りできる。

 俺たちが扉を進むと、やや広い場所に出た。箱や樽、資材なんか山積み置かれていて、ところどころにテーブルや椅子を転がっている。

 海賊ども、略奪で一稼ぎしたあとは、ここで呑み騒いでやがったんだろう。酒瓶も転がってるところを見ると、まさに呑んでるときにでも突入されたのかもな。

まあ、そんなことよりも!

 

「おっ宝のある部屋は〜、あっちだ!」

 

 わくわくしちゃうね。入り口とは反対側の、少し豪華な扉を指差した。

 トールが地図を覗き込んで眉をしかめる。地図には、広いこの部屋を囲うように、いくつかの部屋に別れている様子が書かれている。トールは、地図がそんなに得意じゃなさそうだ。自身の位置を確かめるのを諦めたのか、地図を丸めて仕舞い込みながら言った。

 

「本当に楽勝だったな。お前にしちゃあ、いい仕事を取ってきたじゃねえか」

「失礼なやつだな。そんなこと言ってるとたか……おぅっ!?」

 

 資材の影からふらっと出てきた、海賊風な男と目が合った。風というか、海賊そのものだ。

 男にとっても不意だったのか、あっとした顔でこちらを見ている。

 

「……あ? なっお前ら──がっ!?」

 

 なんとか男が声を上げきるより、早く動くことができた。

 俺は体を深く落としながら、男の腹の真ん中に拳を刺し込んだ。とてもじゃないが、声を出すことはできないはずだ。

 俺は、そのままそいつに足を絡めて転がしたあと、元居た資材の影に引きずり込んだ。斧を構えるトールを横目に、背後から組み付いて、首の気道と血管を締め上げる。

 男は、ほとんど抵抗できずに気絶した。

 

「あ、危なかった……」

「……! お、おい。後ろからも来るぞ……!」

 

 トールが焦った様子で、小さく声を上げた。

 クソッ。そりゃ叫ぼうとしたってことは、仲間もいるよな……!

 

「っ……隠れろ! こ、こっちだ!」

 

 俺は気絶した男を抱えて、資材の隙間へと入り込んだ。

 トールも直ぐ側の、樽の背後に隠れたが、かなりはみ出している。

 

「トール! もっと小さく! こう…………縮めって!」

「ふざけんな! どうしろってんだ!」

 

 俺たちが小声で叫び合ってると、足音が近づいて来るのが分かった。

 息を殺して様子を伺うが、向こうがこちらに気付いた様子は無さそうだ。

 今にも飛び出して行きそうなトールを手振りで抑えて、通り過ぎる連中を数える。8人。これで全部とは、限らないよな。

 ……くそったれどもめ。俺達が入ってきた辺りで、荷をあさり始めやがった。もと来た道には戻れねぇ。

 連中はやけに表情がなく、黙々と働いている。

 何とかして、この場をやり過ごさないとな。

 奥を見渡すと、離れたところにある門扉が、半開きになっているのが見えた。仕方がない、奥に進もう。トールに手振りで、着いてくるように示す。

 荷物の影になるようにコソコソと進み、門をくぐって音の出ないようにそっと閉める。

 俺は、トールが門を通るとすぐに、近くに落ちていた棒を閂として刺し込んだ。少しは時間稼ぎになるだろう。ようやく一息つけるが、そこまでの余裕はない。

 

「まいったな、こっちは海だ」

 

 風に乗って湿った洞窟のカビ臭さに、潮の匂いが混じっている。

 

「どうする。船を奪って逃げるか?」

 

 トールが嫌そうに呟いた。そう簡単にいけば、御の字だろうよ。

 あまり、良い状況とは言えない。だが、とにもかくにも。

 

「進むしかないな。あれで全員ならいいんだが……。挟み撃ちはごめんだ」

 

 気絶させた男が、いつ目を覚ますか分からない。海賊共がいなくなるまで隠れているって手は、無理そうだな。

 俺たちは警戒しながら、潮の匂いがやってくる、洞窟の奥の方に足を進めた。

 

 

────────────────────

 

 

 しばらく進むと、船着き場が見えてきた。

 開けた場所で奥の方に海と、岩壁の隙間から空が見える。見張り台や、荷物が高く積まれているのも見える。

 桟橋は広く、木の板が敷き詰められていて歩きやすい、樽がそこかしこに積まれているので、隠れながら進むには困らなそうだ。

 

「トール」

「ああ」

 

 トールを少し後ろ下がらせて、俺は様子を伺いながら船着き場の方に進む。

 空は遠いところにあり、あんまり明るくは無い。だけど松明がそこらに立っているおかげで、周囲は見渡せる。

 かなり、手の込んだ作りになっているな。軍艦だって泊められそうだ。落ち着いて見ると随分豪華、というか充実している。一海賊団には、もったいなくないか?

 今のところ、遠目に見えるほどの大きな船は見当たらない。幸い海賊共は大した数で来たわけではなさそうだ。

 

 船着き場が近くなると、人の気配を感じた。海賊たちが使ったはずだろう、小さいボートが三艘見えた。見かけた奴らプラス、数人で全員ぐらいの数だろう。

 俺は、樽の影からそぉっと気配の方を覗く。大きい人影が4つ、小さいのが1つ。だが、ありゃあ……参ったな。一筋縄じゃ、いかなそうだ。

 俺はとりあえず、トールに手招きして呼びよせる。

 

「5人? なんとかなるか……。よし。畳んじまおう」

 

 のそのそ近づいてきたトールは、乱暴なセリフを吐く。

 俺は、斧を構え、今にも突っ込んでいきそうなトールを抑える。

 

「無茶言うな……。普通に人間なら、なんとかなったかもな。だがよく見ろよ……ありゃあ、サハギン族だ」

 

 でかい体躯。青白い皮膚。背中に大きなヒレ。魚の特徴盛りだくさん。まさしくサハギン族だ。

 海に住むあいつらは、火薬や製鉄がなく、強い兵器を持たない。それでもエオルゼアから、あいつらをはじき出せないのは、”強い”からだ。

 体がでがいってのもあるが、なにより、一族ひとりひとりが戦士の心構えを持っている。それに加え、異常なまでの結束で繋がっている。

 要は全員が命知らずで、全員が仲間の死を全力で報復してくる。正直、相手にはしたくねぇ。

 そんなサハギン4人に囲まれて、一人ヒューラン族だろう人間がいる。

 そいつは、つばの広い、船長帽をかぶって、眼帯に、顔に青いペイントをしている。

 んん? あいつは……。

 

「ありゃあ、”海蛇の舌”の船長、マディソンだっ。サハギンに殺されたって話だったが……」

「生きてたみたいだな。……フンッ。あの様子じゃ、また殺されそうだ」

 

 トールの言う通りで、どうやら揉めてるらしい。

 マディソンが、サハギン族4人に詰め寄られている。物々しい雰囲気だ。

 俺は耳を澄ませて、音に集中する。なんとか何を話しているか、聞こえてきた。

 

『フスィーッ……。モウ言い訳はいらナイ! 貴様のせいで! ワレらが勇敢な戦士である、鯱牙のデェンが死んだ!』

『ヒレ無しに責任を取らせロ!』

『……フスィー!! そうダ!』

 

 すっげぇ怒ってるな。

 マディソンは大層しくじったようだ。大型新人冒険者に、してやられて件だろうな。

 

「……。なあフロスト。今なんのディーンだって言ったよ」

 

 全く重要じゃないことを聞いてくるトール。緊張感のねぇヤツだ。

 

「……良く聞こえなかったな。しゃちほこ? のデーンじゃねぇの?」

「しゃちほこ……? なんだそりゃ」

 

 でらどうでもいい。どうせ二度と聞くことはないから、気にしなくていいさ。

 この状況は何だ? 生き延びたマディンソンが、アジトの宝を回収しに来たところを、サハギンに見つかったってところか? もしくは処刑のために、わざわざここまで連れてきたとか?

 クソッ。アジトの方にいる奴らのこと考えると、あんまり時間はねえんだけどな。いつまでくっちゃべってやがる、とっととケリをつけてくれ!

 俺の祈りが通じたかは知らないが、サハギンが目を合わせてうなずきあっている。どうやら判決は下ったらしい。

 

『……フスィー……貴様にチャンスをヤル。ワレらの眷属になるチャンスヲ』

『フスィー……! コレはメイヨある、裁キだ!』

「おっ、おいおい待てって! そんなことしなくても、あのクソヤロウ共は、お、俺がふがッッ?!」

 

 おもむろにサハギンの一人が、片手でマディソンの顎を掴んで持ち上げた。

 俺もトールも、息を詰めて様子を見守る。

 マディソンを吊るしているサハギンは、何やら祈りの言葉だろうか、ブツブツ呟く。同時に、そのもう一方の手で持った、宝石……いや、クリスタルか? を掲げた。

 

『……ハ……ラガ……水神……ス祝福……レ……』

「ん──んんぐっ──!?」

 

 呟きが終わると同時に、マディソンはクリスタルを口にねじ込まれた。

 マディソンは、必死に抵抗する素振りを見せている。だが、あんな風に顎を掴まれちまったら、飲み込むより他はない。

 サハギンが手を離すと、マディソンはその場に崩れ落ちた。

 

「な、何を、飲ま……!? うう、ぅぐぁぁあああぁぁああ!?」

 

 マディソンは苦しそうに、手足をバタバタさせ、のたうち回る。

 しかし、そう時間は立たずに、その動きを止めた。

 囲んでいるサハギンたちは、動かなくったマディソンをじっと眺めている。

 1分ほどたっただろうか。サハギンたちが顔を見合わせる。

 1人のサハギンが、しゃがみ込んでマディソンに触れ、何かを確かめている。

 

『ダメだ。失敗ダ……。死ンだ。帰るゾ』

 

 サハギンどもは、あっさりとマディソンの死体は放ったらかし、海の方に向かった。

 そのままザブザブと海に入っていく。海の中で呼吸ができるってのは楽しそうだ。人間には、一生無理だけどな。

 そんなどうでもいいことを考えながら、海面からサメみたいに出ている奴らのヒレを眺める。

 ヒレが、遠くの方で海に沈んだのを待ってから、俺は桟橋に足を踏み入れた。

 辺りは静かで、特に気配は感じない。俺は、険しい顔をしていた相棒に向かって、頷く。トールはホッとした様子で、口を開いた。

 

「ふー……。コソコソするのは息が詰まる。何だったんだ、あいつら」

 

 トールが首を鳴らしながら、樽の影を出る。

 

「さあな。失敗した仲間の、粛清ってとこだろうな……。とんだ場面に出くわしちまった」

「なるほどな。おい、フロスト。使えそうなボートがあるぞ」

 

 

 俺はトールが指差したほうを見る。

 ああ、海賊たちが乗ってきたっぽいボートだな。使わない手はない。

 トールがドスドスとボートに近づき、へりに留めてある縄をほどき始める。オールも直ぐ側にあるな。なんとかこの状況から抜け出せそうだ。

 それにしても、収穫ゼロ? 何かないかね。

 俺は、マディソンの方に目をやった。

 

「何してんだ、フロスト。てめえも手伝え」

「ん? あぁ……」

 

 マディソンが生きてて、そんで死んだってのは、情報としては価値がありそうだな。

 黒渦団あたりが買い取ってくれるかな。サハギンの、怪しい動きとかもあるし。

 信じてくれるかは、怪しいところだが。

 

「トール、やっててくれ。手柄? 証拠? に、なるか分からねぇけど、マディソンの帽子を持っていく」

「……早くしろよ」

 

 準備はトールに任せ、俺は小走りにマディソンの死体に近づく。

 神像に祈るみたいに突っ伏した、マディソンの帽子を掴んで引っ張り上げた。

 帽子が取れると同時に、死体の頭が少し持ち上がり、地面をぶつかりゴッと音を立てる。

帽子じゃなくて首の方が良いかな、でも首持って帰るやだなぁ。

 それにしても、哀れなやつだ。

 

「しかし世の中、天罰覿面。天網恢恢疎にして漏らさず、ってやつだ。あの世で反せっとうぉぉっ!?」

 

 突っ伏していたマディソンの体が、突然ビビビビッと大きく震え始めた。

 

「フロスト! でけえ声を出すんじゃねえ!」

 

 てめえの声の方が響くっての。って、そんなことより。こ、こいつまだ生きてんのか!

 マディソンはブルブルと、震えをより激しくしながら、お、起き上がろうとしているように見える。

 

「ト、トール……。なんだか様子が変だ! 早いとこずらかろ……う……?!」

 

 そいつはとうとう、膝立ちに体を起こし始めた。かなり、マズそうだ。

 俺は頭を、戦闘用に切り替える。

 すぐにマディソン(?)の背中側に回り込みながら、短剣を抜き、後頭部の根本を目掛けて振りかぶる。

 だが、異常な様子に手を止めてしまった。

 見えているはずの髪や肌が、いつの間にかぬめぬめとした、飴か、いや粘膜のように変質している。あ、あと、な、なんか膨らんでいるような? いや膝立ちになったマディソンのような何かは、明らかにデカくなっている。

 

「……っ!」

 

 ちょっと躊躇ったが、関係ない! 振りかぶった短剣を、ぬめぬめに叩き込もうとした。

 その瞬間、膨らむ船長の体に耐え切れなくなった船長服が、音を立てて裂け始めた。

 

『グワアアァアアアアァァ!!』

「うお──っわ?!」

 

 そいつは、いきなり腕を大きく振り回しながら立ち上がった。

 振り下ろした短剣は、そいつの肩のあたりに掠ったが、手ごたえは小さい。

 それよりも、俺は振り回された、丸太みたいになった太い腕にぶち当たり、後ろに大きく吹き飛ばされた。

 

「はあっ!? フ、フロスト!」

 

 トールが吹っ飛んだ俺を見たのか、驚きの声を上げる。

 いや、衝撃を殺すために後ろに跳んだんだが……それにしても、飛ばされ過ぎだ。じっ地面まだ着かない? 7,8メートルは飛んでるぞ!?

 ようやく地面に着いて、俺はゴロゴロ転がりながら、受け身を取って衝撃を抑える。

 そのまま勢いを使って、立ち上がる。

 ちょうど、”そいつ”も立ち上がってこちらを振り向くところだった。

 ドコドコと音を立てながら、トールが駆け寄ってくる。

 

「おいどうした? ……!? ……おい。何なんだ、ありゃあ」

「マディソンだよ……。多分、だけどな……!」

 

 こちらを向いて、ぜえぜえと息をしながら立ち上がった”マディソン”の身長は、4メートル程だろうか。

 腕や足も随分太くなり、それこそルガディン族のようなバランスになっている。ただサイズは、段違いに大きい。

 引き裂かれて、体にぶら下がった布と化した服の下に、変質した皮膚が見える。その皮膚は、蛸やイカ、クラゲを思わせるぬめぬめした質感をしていて、体色は紫がかった灰色に変色していた。

 だが、一番眼を引くのはその頭が、あった部分である。

 頭の方は、もはや原型がない。質感や色はその胴体の皮膚と同じだ。

 ただ、まるでクモの腹のみたいに大きく膨らみ、鰓のような切れ込みが入っている。膨らみの根元の方に顔らしきものが見えるが、パーツは識別できそうにない。首は束にした触手のようなもので埋まっている。

 マディソンは息を整え終えたのか、自分の手や体を見て声を上げた。

 

『何だこれ!? どうなってんだよおい!』

 

 どこから声を出してるのか、くぐもった聞きづらい声に変わっていた。

 俺たちは後ずさって距離を取る。船長自身もその変化に驚いているのか、こちらには気づいていないみたいだ。

 今のうちに逃げるべきだ。だが。

 

「ト、トール。船は、もう出せるか?」

「……準備は出来てる。だが。あいつ……」

「ああ。泳ぐの、速そうだよな……」

 

 なんだかイカっぽいしな。

 

「まあ、でも体の変化に、な、慣れてねえってこと、あるかもしれねぇよ……?」

「海の上で戦うことになるのは、絶対にゴメンだぜ……」

 

 入ってきた方から逃げるか。あっちは最低8人か。どっちがマシだろうな。

 

『おい! 誰かいねぇのか!? ……おい! お前らッ……んん?』

 

 マディソンはぐぐっと体を前のめりにして、こちらの方を伺っている。

 

『おい……お、お前ら、うちのモンじゃねぇな?』

 

 こ、これはヤバイ雰囲気だ。海賊のフリでもするか。だ、ダメだ遅すぎた……!

 

『ぬ、盗っ人か? 俺の、た、宝を横取りに来やがったな?!』

 

 海賊に盗っ人呼ばわりされる筋合いは、ない。

 

「トール……構えろ──ッ!」

 

『〜〜〜ッ!! クソがああああッ! どいつも! こいつも! 俺を舐めくさりやがってッ!!』

 

 マディソンが叫び声を上げながら、こっちに走ってくる。速い、一歩がでかすぎる!

 斧を構えたトールが前に出る。俺はいつも通りトールの背後に動いて、敵の視線を切る。だけど、クソッ。いつも通りで良いのかなんて、分かんねぇよ!

 

「ぅうおおらあッ!!」

 

 トールは斧を体に寄せ、小さく振りながら体ごとマディソンに突っ込んだ。

 ズドンッと鈍い音を立ててぶつかり、桟橋の板がミシミシと音を立てる。

 と、止めた!

 トールは半歩後ろに滑ったが、その巨体の突進を止めてみせた。頼りになるやつだ……!

 

「トールッ背中借りるぞ!」

 

 俺は言うやいなやにトールの肩に手をかけ、その背中を駆け上る。

 いきなり目の前に現れた俺に、マディソンはぎょっとしたように仰け反った。

 俺はそのまま、マディソン頭に組み付き、うへえ、ぶよぶよする、こめかみのありそうなところに短剣を二度、三度と叩きつけた。

 ……あっ、ダメだ。ゴムの塊に木の枝でも刺そうとしているみたいな感触だ。ほとんど刃が入らない。

 

『イッ!? この……離れやが──ぐぇッ!?』

「オラァッ! ……おぉ、硬ッ?!」

 

 下の方でトールが、マディソンの胴体に斧を叩きつけ、弾き返されたようだ。

 だが、腹を斧でぶん殴られたのは、効いてるようだ。マディソンは呻きながら一歩下がった。こ、このまま、まともにやり合うのは、無理そうだ。

 

『テメエら……! ぶっ──!? 何だ!?』

 

 俺は、マディソンの体にまとわり付いている服を剥ぎ取って、急いでその頭にぐるぐると巻き付けた。キツく固結びにして頭から飛び降りる。

 ど、どうるすか。とにかく、作戦会議……!

 

「トールッ! どうだ!?」

「腹はダメだ! 頭だ……! おい。さっきの背中飛ぶやつ、俺にやらせろ!」

「無理!! 冗談言ってる場合か?! …………っ?!」

「ちがッ他にどうするってんだ!? ……! おいおい何してんだ! ぼおっとしてんな……!」

 

 俺は頭を振り、目の前に集中する。マディソンは力任せに服をむしり取ろうとしている。指が太くなって、上手くいかないみたいだが、もう時間がない……!

 

「ト、トール。俺が、隙を作る」

「……あ?!」

 

 クソッ、分の悪い賭けだ。だがマディソンの指が、巻いた服の結び目の辺りに引っかかるのが見えた。すぐに千切られるだろう。

 

「いつもと逆だ。俺が正面。お前が後ろから。チャンスは一度だ、そこに全力で打ち込んでくれ」

 

トールは、ギロリとこっちを見る。

 

「…………分かった。頼むぞ」

 

 話が早くて助かるぜ。俺たちの会議が済むのとほとんど同時に、服を引き千切ったマディソンが叫び声を上げる。

 

『ガアアァァアアアアッ!! ……このッ……クソ虫どもッぶち殺してやる!!』

「フン。ぎゃあぎゃあうるせえんだよ! 来いやあぁあ!!」

 

 トールが叫び返し、正面から突っ込んでいく。……って、おいおい、話聞いてたのか!? 俺、正面! お前、後ろ!

 マディソンが右腕を大きく振りかぶり、横薙ぎにトールを殴りつけた。殴られたトールはやけに勢いよく吹っ飛び、ゴロゴロと転がりながら木箱に音を立てて突っ込んだ。

 ……ッ、なるほど、あいつは、かくれるとか出来ない。やられたフリってわけか。……だよな? ……ホントに起き上がれるんだろうな?

 とにかく今度こそ俺の番だ!

 

「どこ見てんだよ! 喰らえ!」

 

 吹っ飛んだトールを追撃しようと、体を傾けるマディソンに不意打ちを仕掛ける。トールが最初に斬りつけた辺りを狙って短剣をぶつけた。

 うわ、だめ、全く刃が通らない。完全にダメージゼロだ。

 それでもチクリとはしたのだろう。マディソンは明らかにイライラした様子で、こちらに向き直った。

 

『この……! 小物風情がぁあああ!!』

 

 殴りかかってくるが、怒りで大振りになっている。良し、これなら躱すのは難しくない。視線を読んで攻撃を察知する……ん?

 

『死ねえぇぇえ!!』

「うわあああ!? あぶねえ!」

 

 なんとかギリギリで身をよじって躱した。あぶねええぇ! 目ぇどこだこいつ!

 海の方を背に、徐々に下がりながら避けていく。視線が読めなければ、足や、重心の動きを見ればいい。なるべくぎりぎりで躱す。

 夢中にさせないと、こっちだ、気づくなよ。……だ、だんだん避けるのが難しくなってきた……!

 こいつ、体に、慣れてきやがった……!

 振り回された腕を体を反らして躱す。が、無理な体勢だ、後ろに軽く飛んで姿勢を戻す。

 リーチは圧倒的に敵の方がでかい。軽く下がっただけでは、間に合わない、隙が出来てしまう。

 

「くっ、ちょッタンマ!」

『ハハッ! 待つかボケぇッ!! 死ね!!』

 

 マディソンは勝ち誇った様子で、拳を振り上げ、右足で大きく踏み込んだ。

 ……狙い通りのその場所に。

 

 踏み込んだその足は桟橋の板を突き破り、そのまま足の付け根近くまで落ち込んでいく。

 

『──なぁ!?』

 

 マディソンは体勢を大きく崩しながら右腕を付いた。バッと顔を上げると、ちょうど俺と目が合う。

 俺は思いっきりの笑顔を見せてやる。驚いた? 今どんな気持ち?

 薄暗いしな、目もあんまり良くねえんだろ。気づかなかっただろ? 

 そこ、ボロボロなんだよ。そう、ちょうど、鯱矛のデェンが戦って死んだ場所だ……!

 

『……!! クソっがっぐわ!?』

「おっと!」

 

 両手を床につき抜け出そうとするところを、足で腕を払った。マディソンの頭が、ガクンとさらに一段下がる。

 俺はマディソンの背後の、肩を回しながら近づく、でかい影に声をかける。

 

「高さはこんなもんだろ? トール!!」

「ああ……丁度いいぜ!!」

『〜〜ッッ! や──!!』

 

「うぉおおオオォオッッラァッ!!」

『ッがガ!』

 

 トールは、マディソンの頭に、フルスイングに斧を叩きつける。だが、それだけで止まらない。

 振り抜いた斧の勢いを止めずに、8の字を書き、さらに2発頭に叩き込む。

 

『ア゛!? がッ!』

 

 ギルドで習う技には、効率よくエーテルをエネルギーに変換するために、”連撃”するように型が作られている。連撃は続くほど威力が増していく。

 トールの斧はさらに勢いを増し、暴風のように、続けてマディソンの頭を滅多打ちにする。

 

「ォオオオ! シュトルム……! ヴィントぉおおおおっ!!」

『──!! ……』

 

 トールは連撃の最後に、頭上から勢いよく斧を叩きつけた。

 それでも、マディソンの頭部は欠損した様子はない。原型を留めている。なんてやつだ。

 追い打ちをかけようと、俺も短剣を構える。

 マディソンは体を一度、大きく震わせた。

 

『…………』

 

 そして、そのままバキバキと、桟橋の穴を体重で広げながら沈んでいく。力が抜けきっているのか、なんかの軟体動物みたいだな……。

 全身が穴に、どぅるんと吸い込まれると、すぐにざぶんと水の音がした。

 

「……ッ……やったか?」

 

 肩を上下させ息をするトールを横目に、俺は穴の様子を伺う。何かが動く気配はない。や、やった……よな?

 

「や、やった……! だけど……」

「ああ……。早いとこずらかろう」

「そうだな、急ごう! ……っと」

 

 今にも広間のほうの海賊共が、ここになだれ込んで来たっておかしくない。

 俺とトールはそそくさとボートを出し始めた。オールは使われないように全部持っていくか。

 

 小さいボートだ、トールが狭そうに身を縮めながらオールを漕ぎ出した。何回も桟橋の方を振り返るが、特に問題なさそうだ。

 しばらく岩を避けながら進むとボートはようやく開けた空の下に出た。太陽は随分高いところにある、正午を過ぎたところか。入江は見えなくなるまでは急いで進む。

 

「フロスト。どっちに行けばいい」

「そうだな……陸を左手に進もう。ここがどの辺か分かんねえけど、エールポートか、リムサ・ロミンサが見えるはずだ」

「ああ。分かった」

 

 ……もう大丈夫だろう。俺は緊張を解いて、船のへりに体重を預けた。あとは陸を見失わない程度の距離で、南東に進めばいい。

 

「なんだ、帽子。拾ってきたのか」

「ん? ああ一応な。……ただ、なんて報告したもんかな……」

 

 トールはフンと鼻を鳴らし、そのまま黙ってオールを漕ぎ続ける。その沈黙は、「そういうのはお前の仕事だろ」って意味だろうな。

 あ~あめんどくせえなあぁぁあ。でもサハギン族も絡んでるんだ、報告はしないとまずい。命張ってタダ働きってのもゴメンだ。

 地図のことは黙ってたほうが良いな。そもそも新人の取りこぼした宝を、横取りにしようとしたなんて、どんな後ろ指をさされるか分からん。

 俺はマディソンの帽子を目深に被り、目をつむる。波が小さくボートに当たり、ちゃぷちゃぷと音を立てる。オールを漕ぐ音が一定の間隔で耳に届いて、結構心地よい。俺はリラックスした気持ちで深呼吸する。…………臭っせ、この帽子。

 

 

────────────────────

 

 

 俺は結局、黒渦団に、ほとんど全部説明することにした。

 海蛇の舌の残党。船長の変貌。サハギン族の怪しい行動。全部、情報としては役に立つだろう。

 その点は評価された。だいたいは、正直に話した。

 もとはと言えば、イエロージャケットのスパイが原因だからと、黒渦団や斧術士ギルドの連中は許してくれた。引きつった顔をしてはいたが。

 双剣士ギルドのマスターはカンカンだった。特に、ギルドの仲間に一言も無かったことに怒っていた。

 結果、功績と罰が相殺して、なんの儲けにもならなかった。

 

「ってな感じだった。すまん、トール」

「…………………ああ」

 

 今は、先に酒を飲んで待っていたトールに、事の顛末を報告したところだ。コイツは一言返事を返すと、エールを片手にがっくりとうなだれてしまった。

 ここはリムサ・ロミンサの「溺れる海豚亭」だ。冒険者ギルドも兼ねたこの店は、値段も安く飯も美味い。働いている子も可愛い。

 いつも仕事の後は、ここで報酬をもらって、そのままテーブルに乗り切らないくらいの食い物で遅くまで騒いでいた。

 今テーブルの上にあるのは、トールが握りしめている、ほとんど空のエールのジョッキと、ちょこんと小さい皿に、イカの干したやつがいくらか乗っている。

 とてもじゃないが、今日の運動量をまかなえてない。

 

「お、俺、エール貰ってくるな……。お前の分も、取ってきてやるから」 

「…………ああ」

 

 仕方ない。一杯ぐらい貸しにしといてやるか。

 俺は立ち上がってカウンターに近づき、書類を眺めているマスターに声をかける。

 

「バデロンさん、エール2つおくれ。あ、あと安くて、腹にたまるもんを……これで……足りるだけ……」

 

 俺は注文しながら、財布にしている革袋の中身をひっくり返す。チャリンチャリンと、思っていたよりも少ない硬貨が転がり出た。

 

「よお、フロスト。エールはすぐ出してやる。食べ物は……ちょっと待ちな」

 

 バデロンさんは、陶器で出来たジョッキを2つ取り出して片手に持ち、樽に刺さった蛇口をひねる。蛇口からどぼどぼ出るエールを注ぎながら、話しかけてきた。

 

「お前さんら、また何かやらかしたんだってな。聞いたぜ」

 

 店の店長で、冒険者ギルドのマスターでもあるこの人だ。全部知ってて当然だろうな。

 

「まいったよ、ジャックのやつカンカンでさ。しばらく街のゴミ拾いのバイトでもしてろってさ。ったく、ゴミなんて落ちてねぇよ。先週も拾ったばかりだぜ」

「ハハッ。今、この辺にお前さんらに回せる仕事は無いが……」

 

 バデロンさんはエールを注ぎ終わり、2つのジョッキをカウンターに置き言った。

 

「なあ。グリダニアに、興味はねえか?」

「グリダニア? なんでまた?」

 

 グリダニアは内海を超えて、エオルゼアの東側にある都市国家だ。だだっ広い森林に囲まれて、森の都なんて呼ばれている。グリダニアには、行ったことが無いな。

 

「飛空艇の荷積みと荷降ろし、その他雑用って仕事があるんだが……片道でな」

「なるほど……向こうで降りて、そのままってことか。うーむ」

 

 俺はエールに口を付けて唸る。ラノシアに住み着いて、1年になる。リムサ・ロミンサはいい街だが、別に一生ここにいる、なんて決めたことは無い。もっと色んな所も冒険したい。

 

「悪かないな……。仕事はありそうなのか?」

「ああ。あっちじゃ蛮神やら帝国やらで、騒がしくてな。人手が足りないそうだ」

 

 バデロンさんは、さっきまで持っていた書類を振ってみせる。なるほど。入って来たばかりの話なのか、こりゃ他に譲るのもなんだか勿体ないな。

 

「……良しっ、受けるよ。トールも一緒で良いんだろ?」

「ああ、2人で問題ない。運が良いぜ、お前さんら。今アヴィールたちが、船と歩きでグリダニア向かってるんだ」

 

 げえ、アヴィールたちも行ってんのかよ。仕事被るとやだなぁ。

 バデロンさんが詳しい時間や場所を、さらさらと紙片に書いて渡してくれる。うわ、明日かよ、急すぎるだろ。

 

「ほらよ。いつでも戻って来いよ。……飯は大盛りにしといてやる」

「ああ、ありがとう、バデロンさん。1年ちょっとだけど、迷惑かけたな」

 

 バデロンさんは「大変だったぞ」なんて、呟きながら厨房に向かった。

 俺は少し泡の引いたエールを両手に持ち、空のジョッキと何も乗ってない小皿の前に座る、トールの方に向かった。

 

 

─────

 

 

 バデロンさんが持ってきた大量のコーンブレッドを食べ終わると、トールはすっかり元気になった。

 食いながらグリダニア行きについて話したが、多少渋る様子を見せたが、結局了承した。

 

「それより、フロスト。聞いておきたいことがある」

「何だ? グリダニアの酒なら、蜂蜜酒か果実酒だぞ」

「……それは知ってる。違う、今日のことだ」

 

 バデロンさんは気前よく、エールを飲み放題にしてくれた。……紹介料いくら入ったんだろうな。

 トールはジョッキに残っていたエールを飲み干すと、前のめりに肘を付いて続ける。

 少し怒っているようにも見えた。

 

「マディソンを、穴に落としたときだ。お前は、板が傷んでいるのが見えたって言ったな」

「ああ。帰りのボート話した通りだぜ……?」

「言われたときは、そうか、と思ったがな」

 

 トールは真っ直ぐに、こっちの目を見ながら続ける。

 

「だが……あんな風に穴が空くなんて、見ただけで分かるか?」

「……あー。た、確かに、分の悪い賭けだったな」

「…………フン。勝算があったんなら良いがな。そんな賭けしてると、すぐに命を落とすぞ」

「……」

 

 トールはそう言い切ると、ガタリと椅子から立ち上がった。

 

「眠い。俺は帰る。明日、遅れんなよ」

 

 ドスドスと立ち去るトール。俺は、まだ残っているエールに口をつけた。

 なんだか心配をかけちまったみたいだな。

 

 だけど、これは、誰にも言っていない。トールにも言えねぇ。頭がおかしくなったと思われかねないしな。

 ……俺はたまにだけど、人やその場所に、過去に何が起きたかを知ることが出来るときがある。

 感覚としてはエーテルの残像か、反響に触れている感じだ。反響と言ってもその解像度や密度は恐ろしく高い。それが起こっている時間は、一瞬から数瞬ってところだが、会話や、地形、あらゆる情報が頭に叩き込まれる。

 最近それが起こったのは、イエロージャケットのスパイを捕まえた時。対面したそいつからは、サスタシャ洞窟に関する状況や地形を知ることが出来た。あの地図は、俺がそいつのイメージを拝借して書いたやつだよ。

 それと、今日マディソンと戦っているときだ。あの時は鯱矛のデェンが、どんな風に戦って倒れたか、どれだけ桟橋が傷んでるか、なんてことを知ることが出来た。

 こんな話聞いたこともない。

 俺にそれが起こるようになったのは、第七霊災があった後からだったろうか。

 過去の残像だけじゃない。時折りここじゃない、どこか別の次元みたいなイメージが流れ込んでくることもある。たまにそのイメージが口をついて出るが、大体伝わらないで変な顔をされる。……こっちはあんまり役に立ったことは無いな。

 とにかくこの時間や次元の壁を”超える力”は俺の切り札だ。俺は俺のために、この力を使いたい。

 さあ探求の旅が始まる。待ち受ける新しい土地への期待や不安に、めまいさえ覚える。

 

 ……しまった…………飲みすぎだ。

  


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。