「貴様達は手を出すな。この地の、冒険者という生き物を、よく見ておけ」
その男は、そう声を上げると、一歩一歩、前に踏み出した。そのたびに、身に付けた大鎧が、がしゃりと鳴った。
男の向こう側にいる帝国兵たちが、男の声に答えてかかとを揃えて直立する。随分と飼い慣らされているようだ。
ひとり、つま先で地面を叩きながら、苛つきを隠さない男がいる。
「無駄、無駄。なんと不合理な。害虫は毒で殺すほうが良い。潰せば中身が飛び出て、汚れるだけですよ。リットアティン殿」
「黙れ、ルギウス。貴様の所業、閣下の御心に反する行いだ。このままで済ますと思うな」
ルギウスと呼ばれた男は、肩をすくめて返事もしない。この男が、村にガスを撒いた張本人だ。
身内でごちゃごちゃ喋ってんじゃねぇよ。てめぇらガレマール帝国が、俺たちの、エオルゼアの敵だってことは、もう十分に確信させられた。
リットアティンと呼ばれた鎧の男は、村の広場の中心に立ち止まった。
「さあ、来い。冒険者よ。我等、第XIV軍団に歯向かう無意味さを、知らしめてやる」
この男、リットアティンに関する情報は、多くはない。
ガレマール帝国では、主要民族のガレアン人以外を、属州人と呼んでいる。基本的には差別の対象だ。帝国では、厳しい階級制度が引かれている。
だがこのルガディン族であろうリットアティンは、属州民でありながらエオルゼアを攻める総督の直下、陣営隊長になったらしい。
なんでも、類まれな用兵術を持って、その地位を得たという話だ。
用兵術ってのは、要は兵隊を動かす管理業務みたいなもんだろう。管理職がひとり、前に出てくるとは舐めすぎだ。
とにかく、殴る。それで終わりだ。1分で済む。
俺は状況を観察する。
リットアティンが前に出て、後ろに、ルギウスを入れて13。
舐めた態度のルギウスは除き、他は直立不動だ。だが、こいつらに背を向けるのは、リスクが大きい。やるなら正面からだ。
俺は深く体を沈めながら、仲間たちに声をかける。
「いつも通りだ。ココル──」
「──分かってる。……だけど、あいつら……許さないッ」
ココルは呪具を握りしめ、明らかに感情を昂ぶらせている。
それで良い。行動は冷静に選択しろ。ただ感情を、エネルギーとして使え。
……腸煮えくり返ってんのはよ、俺たち、全員だッ!
「行くぞッ」
俺は小さく合図の声を上げる。
同時に、トールが斧を振り上げて勢いよく前に飛び出した。
「この、黒カメムシがッ……頭を砕いてやる!!」
トールが声をビリビリと響かせ、挑発する。エーテルを体表に展開し、その巨体がさらに膨らんだようにも見えた。
ジンがトールの左を、腰を落としながら進む。刀はだらりと下げるように持つ。下から斬り上げる構えだ。
俺は、同時には出ない。
ひとつテンポをずらして、足を踏み出す。背後で、ココルが詠唱の言葉とともに、エーテルの極性を傾けるのを感じた。
トールとリットアティンが、ぶつかる。
トールの振り下ろした斧を、リットアティンが受ける。
リットアティンが両腕に着けているのは、巨大な矛と一体化した盾だ。
おまけに、リボルバーの様な機構に接するように、大きな筒が矛先へと口を開けている。その直線上も、警戒する必要があるだろう。
武器と武器が弾き合い、直ぐに鎧と鎧が鈍い音を立てた。
トールは至近距離で、斧を大きく振り回し続ける。
受けることは出来るが、無視することは出来ない。敵を引き付ける、斧術士の戦い方だ。
ジンが刀を閃かせて、リットアティンの鎧に火花を散らせた。
俺は、トールの背中で視線を切り、加速する。
「トールッ!」
俺は小さくトールの名を小さく叫ぶ。
トールがそれに答えるように、両足で地面をぐっと踏みしめる。
俺はトールの肩に手をかけ、背中を蹴り飛び越える。
全身を鎧で覆ったってよ、目は開いてんだろッ!
俺は、体ごと飛びかかり、リットアティンの兜の目の部分に短剣で殴りつける。
「──チッ」
簡単にはいかないか。
リットアティンは瞬時に頭を動かし、狙いを逸らした。短剣は兜の金属を削り、ぎゃりと音を鳴らした。
そう早くは、終わらせてくれないようだ。
俺はそのまま、トールのそば着地して、両手に持つ短剣で斬りつける。
3人がかりだ。斧と刀と、短剣で、間髪入れずに武器を振るう。
だが……こいつ……ッ!
「フン……そんなものか、冒険者よ!」
リットアティンが、4つの刃を相手取りながら声を上げる。
金属音は、断続的に鳴り続けている。
有効打は、与えられていない。
い、いなされている……!?
リットアティンは両腕の盾を巧みに使い、さらに体勢を小さく動かすことで、鎧の厚い部分で刃を受け流している。
クソッ──話が違う。用兵術ってそうじゃねぇだろ!
だけどな、俺らにはメインの”砲台”が居るんだよ。
俺は体を翻し、踏み込みながら位置を変える。トールを見る。
「……フンッ」
トールは一瞬だけ目を合わせ、体を大きく開くように、ずらした。
実のところ、魔法を放つのに、詠唱の声を上げる必要なんてない。ココルはただ集中するための、ルーティンとして唱えているだけだ。
ただそれが、俺たちに魔法の種類と、タイミングを知らせる”符牒”になっている。
「『──集いて、赤き炎となれ』ファイアッ!」
トールのずらした体が作った隙間を、寸暇無く熱い塊が通過する。
空気を裂くように飛んできた火球が、高速でリットアティンに直撃した。
爆発と、鈍い金属の音が響く。
だが……クソッ。タイミングは完璧だったはずだ。
ココルの放ったファイアを、リットアティンはあっさりと盾で防いでいた。
「小癪な……!」
リットアティンはそう声を上げると、矛先をココルに向ける。
腕1本が軽々入りそうな銃口だ。クソッ!
「さ、せるかよオオッ!」
トールが雄叫びを上げ、強引に射線へと踏み込んだ。
銃口の直線上に、体を正面に置く。それは──マズいッ!
「ジンッ!」
「シイィイッ!」
俺が声をかけるのと同時に、ジンが鋭く気合を放つ。ジンはトールに向けられた、銃口の付いた盾へ、薪を割るように真っ直ぐに刀を振り下ろした。
盾はがくんと下がり、銃口がトールの足元に向く。
直ぐに持ち上がりそうになるそれを、俺が足で蹴り付けるように抑える。
ガギンと重い、撃鉄の音が聞こえ、銃口が火を吹いた。
瞬間、トールの足元から爆炎が生える。
「う、おおお!?」
爆炎は地面を大きくえぐる。トールは弾丸の破片に引き裂きかれながら、後ろへ吹き飛ばされた。
りゅ、榴弾かよ。腕に仕込むようなものじゃねぇぞ……ひとりで城でも攻める気か!?
クソッ、それより、盾役が……ッ!
俺は、一瞬呆気にとられたが、すぐに頭をリットアティンの方に戻す。
「がハッ──」
俺が正面に向き直るのと同時に、ジンの体が、くの字に曲がり、俺の視界の背後へ飛んで消えた。
蹴り……のようだった。こいつ、体術まで使うのか。
リットアティンが足を踏み込み、鎧が音を立てた。
俺は舌打ちをする。
……1対1かよ。
──上等だ──いや無理──せめて、あいつらが立ち上がる時間を──クソッ!
「舐めるなァアッ!」
リットアティンは俺が、下がると思ったのだろう。盾に付いた矛を大きく薙ぐように振るった。
俺はその矛先をくぐり、懐に飛び込んだ。
だけど、クソッ、盾は2つある。
もう片方の矛が、今度は小さく、巻き込むように振るわれる。俺の胴体を、上下に分けようとしているようだ。冗談じゃない。
「う、おォ──”残影”ッ、残影ッ残ッ影!!」
俺は相手の認識をずらす技を使いながら、2度3度と斬撃を躱す。
とてもじゃないが、反撃する余裕が無い。
──というか、しっ、死ぬ。
「『──炎となれ』ッファイアァッ!」
飛んできた火球が、振り下ろされた矛先を弾いた。
出来た隙に、俺は大きく飛び下がり、距離を取った。
自分の体に触れ、両手両足が欠けていないかを、確かめた。首も繋がっているようだ。
トールとジンが起き上がった辺りまで、下がり追撃に備える。
トールが呻くように呟いた。
「クソッ……4人がかりだぞ。何て奴だ」
「……焦りすぎただけさ。だけど……温存している余裕は、ねぇな」
俺は、トールの呟きに答えた。
リットアティンは追い打ちに来ることは無かった。両手の盾を一度大きく振り、その場で、威圧するように仁王立ちして言う。
「……なるほど、大した連携だ。謂わば、1匹の獣の様相」
俺は息を強引に整える。短い時間やり合っただけにも関わらず、汗がひどい。
だが、動きには支障はない。ちょっと面食らっただけだ。
トールとジンも、見たところ何とか平気そうだ。
リットアティンは言葉を続ける。
「冒険者よ。貴様らは、何の為に戦っている」
「……言っただろうが、謝ってこいってな。地獄には、その後、勝手に落ちてろ」
俺はそう答えながら、仲間に視線を送る。
それぞれが小さく頷いた。直ぐにでも動き出せる。
リットアティンが唸るように声を響かせる。
「刹那的な事を、訊いているのでは無い。我は、閣下の大望を果たすため。弱き為政者と蛮神により疲弊しきった、このエオルゼアを平和に導くために、此処に居る。
……エオルゼアの冒険者よッ。今一度問う。何を求めて戦っている。力か、名誉か、富か! そのような低俗な望みで、我らの覇道に立ち塞がると言うのか!」
……こいつ、俺たちに、エオルゼア中の冒険者の代表でもさせようってのか? 荷が重えよ。
力に名誉に、富だなんて。全部欲しいに決まっている。大層な夢なんてない。地に足なんて着かねぇよ、ずっと
ただ、大望だか、覇道だか知らないが。力づくで人の意思をどうこうする奴の、気に入るように動くなんて、死んでもごめんだ。
ましてや、てめぇらは、戦えない人間にもそれをしたんだ。
「…………」
答える義理もない。俺たちは黙って、呼吸を合わせる。
俺たちの様子を見てか、リットアティンは呟いた。
「……答えぬか。ならば、ただ此処に屍を晒せ!」
さあ、第2ラウンドだ。
────────────────────
「……ココル。アレ、いけるだろ?」
「ああ、全力でいくからな。当たっても知らないぞ……!」
言い訳するわけじゃないが、俺たちはスロースターターだ。
ココルはエーテルの極性を偏らせるために、ジンはエーテルを溜め込むために、一定の手順を踏まないといけない。
その手順は、これまでの攻撃動作に組み込まれていた。あとはタイミングを合わせることで、最大の瞬間火力を得る。
「いくぞ……『地の底に眠る、星の火よ──』」
「…………ッ」
ココルが詠唱を始めるのに合わせて、俺たちは声を出さずに、突っ込む。今度は俺とトール、ジン、3人同時だ。
ある程度近づいたところで、俺は足に力を込め、一気に加速し、前に出る。
なんとかして、初撃を躱す。そして、”だまし討ち”だ。体勢を崩させる。
俺はリットアティンに、目の前まで来る。
「貴様が、獣の
リットアティンが、盾を脇腹の横に引くように置く。突き出すための構えか。
一瞬だ、目を離すな。
俺は息を詰め、さらに踏み込む。
突然、踏み込んだ足が、滑るように沈んだ。
俺は、思わず踏み込んだ足を見る。
足に、穴が開いている。血が吹き出した。遅れて、熱と痛みを感じた。
顔を上げ、リットアティンの斜め後ろに目をやる。
白外套の男が、銃を片手に、にやにやと笑っている。
あの……カス野郎……ッ!
大した傷じゃない。ただ、その隙は致命的だった。
リットアティンの手が伸び、俺の首を掴む。
そのまま、宙に持ち上げられる。文字通り、地に足が着かなくなってしまった。
「がァッ!?」
「ルギウス……勝手な真似を。だが、戦場だ。貴様もよもや、不平を言うまい」
「ぐっ、そ、そう言うなよ。仕切り直し、しようぜ……」
「……詰まらぬ終わりだ」
首を掴む腕に、力が込められる。ミシミシと首の骨が音を立てた。
クソッ、お、折られる……ッ!
「無視してんじゃ、ねえッ! シュトルムぅ──」
追いついて接近したトールが、怒号を上げる。エーテルを瞬かせながら、斧を頭上でぐるりと回し振りかぶる。
「ブレハッ──ァア!!」
振りかぶった斧を、真っ向から叩き下ろした。
リットアティンは、片方の盾でそれを受ける。
火花が散り、斧と盾がぎしぎしと鳴った。
「──ぉぁァああッ!!」
トールは叫び、盾にぶつけた斧を、そのまま食い込ませるように、押しつけた。
トールは額に血管を浮かべ、筋肉は隆起しているようにも見えた。目にも伝わる、凄まじい腕力だ。
リットアティンの盾が、ゆっくりと沈んでいく。金属が擦れて、嫌な音を立てている。
「グッ……貴様」
リットアティンは盾を動かそうとして、叶わなかったようだ。
トールは、全力を使い、片方の盾の動きを完全に封じた。
「『──古の眠りを覚し──』」
ココルの詠唱が、耳に届く。タイミングはシビアだ。これ以上、空中散歩を楽しんでいる場合じゃない。目の前も暗くなってきている。
俺はリットアティンの腕に手をかけ、ぶら下がった自分の体を持ち上げる。リットアティンの腕に、足で組み付く。関節を逆の方へ、思い切り力を込めた。
うわ、ぴくりともしねぇ。
関節は諦める。そのまま、靴の底で、リットアティンの兜に、踏むように蹴りを入れる。
無理な体勢だ。足に伝わる衝撃は大きくない。
リットアティンが苛立たしげに、声を上げる。
「無駄なあがきを──ムッ!?」
リットアティンが、小さく呻いた。
俺は、蹴るのを止めて、リットアティンの兜の目の穴に、そっと足を置いた。
大事なのは、スペースだ。俺がここでぷらぷらとぶら下がってたら、都合が悪い。
俺が持ち上げた、体の下に、ひらりと着物の裾が舞った。
ジンはすでに、刀を鞘に納めている。体を、背を見せるように大きく曲げる。
その鞘には、限界までエーテルが満ちていた。
「シィィァァアアッッ!!」
鞘に込められたエーテルが、刀を爆発的に加速させた。
刀を目で追うことは出来ない。十字に、そのエーテルが軌跡を残した。
「ッ……不覚」
これまでで一番の衝撃に、リットアティンは大きく体をずらした。
鎧が削られ、黒い破片が舞っている。
同時に、俺の首を掴む手が緩んだ。
俺は出来た隙間に、強引に指を差し込み、思い切り、引き剥がす。皮膚が少し持っていかれたが、気にはしない。
地面に着いた足を、すぐに蹴るようにして飛び上がる。
リットアティンの体を、駆け上がるように、ありったけの斬撃と、蹴りを浴びせる。
双刃旋、風断ち、旋風刃……影牙ッ──
「ッらぁァアッ!」
最後に、頭を踏み台に、蹴り込みながら後ろに跳ぶ。
俺は空中で、トールとジンが、既に下がっているのを確認した。
さ、て……本日は、お越しいただき、誠にありがとうございます。もう、お別れの時間だ。
ココルの詠唱が、終わる。
「『──裁きの手をかざせ』 ────ファイガ、ッァァアア!!」
「グッ……これは、ぉおお!」
リットアティンの足元に、巨大な、紅蓮の炎が出現する。炎は生き物の様にリットアティンを飲み込み、直ぐに、轟音を響かせながら、爆発した。
離れた俺たちにまで、熱が肌を刺す。衝撃が耳に届き、鼓膜がびりびりと揺れるのが分かった。
「や、やったか……!?」
トールが肩で息をしながら、言った。
炎はまだ、大きく立ち上がったままだ。心配ないさ。ありゃ、黒焦げだ。もっとも、最初っから黒かったけどな、ふはっ。
俺は、呼吸を整え、炎の向こう側に目をやる。帝国兵たちは、動揺しているようだ。だが、動く気配は無い。まだいける。
連続で使えない技も、いくつか使ってしまった。全員、あと何が残っている? この勢いに乗って──
突然、炎の中心から、空に向かって、細い煙が何条も立ち上った。同時に、風切り音が続けて耳に届く。打ち上げ花火のような音だ。
リットアティンの、盾に仕込まれた火薬が、引火したのだろうか。
「──おいおい、冗談じゃ、ねぇぞ」
「クソ。化け物め……」
黒い影が、炎を割って現れたのを見て、俺とトールが毒づいた。
炎を背にした影から、低く、くぐもった声が響く。
「大したものだ。冒険者よ……これは”
俺には過去視の他に、もうひとつ特技がある。相手の攻撃を、予見する力だ。
特別な力じゃない。誰でもやっていることだ。
ただ、その精度に自信がある。俺は環境のエーテルを、感じるのが得意なのだろう。
俺には、その予感された場所が、熱を持つように薄っすらと光ってすら見える。俺がパーティの、指示役みたいな真似をしているのは、それができるからだ。
なぜ、そんなことを突然、思い返していると言うと。
今、目の前、炎からこちら側の全部が、燃えるように光り、俺たちを飲み込んでいた。
「──よ、避けろぉおおッ!!」
今度は予見の光じゃない。轟音が続けざまに響き、それと同時に、爆発の光で視界が埋まっていった。
────────────────────
全力で走っていた。
俺と並んで、トールとジンが山を駆け上がっている。ココルは、トールに抱えられている。
細かい枝が、顔に当たり、切り傷を作った。
”迅速魔”。詠唱を破棄する、呪術士のとっておきだ。ココルがとっさにそれを使い、氷の壁を作らなければ、今ごろ丸焦げだったかもしれない。
あの瞬間。俺たちは、爆発に背を向けて、村の外へと走り出した。逃げた。逃げたんだ。脇目も振らずに、退散した。
今もまだ、あの凄まじい爆撃が振ってくるんじゃないかと、びびっている。
「……ううっクソッ、クソぉッ……ううぅぅ」
ココルが、トールの腕にしがみついたまま、うめき声を漏らした。
誰も、声をかけられない。
ただ、黙って走り続けた。
─────
俺は、その石で出来た扉を、乱暴に開いた。
ここは、砂都ウルダハの一角、パールレーンと呼ばれる裏路地にある建物だ。
壁も床も、石で出来たその部屋に踏み込むと、俺に続いて仲間たちも入ってくる。
その後ろを、細い目をした男、確かロドウィックとか言った男が、すこぶる迷惑そうな顔をして、追いかけてきた。
「フロスト。貴様……よく顔を出せたな」
部屋の奥から、威圧的な声が聞こえる。
大きな机に向かっていた、獅子の様な顔をした男、ゾランだ。
ゾランは、何でも屋の皮を被った、ヤクザな商売をしている。前にウルダハに居た時には、何度か仕事を頼まれていた。
ゾランはその獅子顔を、思い切りしかめていた。
え、何だよ。もしかして、俺たち臭い? 仕方がない。霧の村を飛び出してから、3日3晩動き通しだった。
山を越え、谷を越え、キャンプに着けばテレポを使い、もうドロドロのへとへとだ。
俺はゾランの言葉は無視して、ずかずかと近づいた。
ゾランは机に片方の肘を置いて、椅子に座っている。うんざりした目で、俺を睨み据えている。
俺はゾランの向かう机に、両手を叩きつける。
そして、自分の頭を、その天板に叩きつけた。
「頼む」
硬い木の天板に、額をこすりつけると、ひんやりしている。熱くなった頭を冷ますにはちょうど良い。
「頼む、ゾラン。帝国に、一泡吹かせたい。知恵を、力を貸してくれ」
「…………」
返事はない。俺はただ、頭を冷やすことに集中する。後ろの方でロドウィックが「何と」とか、珍しいものでも見たような声を上げている。
しばらくそうしていると、俺の頭の上の方で、長く息をつく音がした。
続いてごそごそと、紙の擦れる音がした。
ざらざらした声が、ゆっくりと響く。
「……近々、帝国に対する作戦が行われる。三国が連携する、大規模な作戦だ」
「……ッ! ゾラン」
俺は頭を上げて、ゾランの顔を見る。ゾランはこちらを見ずに、羊皮紙に書かれた、手紙のような物を見ている。
ゾランは、手紙を見たまま口を開く。
「西ザナラーンには、腕よりが揃うそうだ。貴様は……北が良いだろう。……フン。無謀な作戦だ。死ぬぞ、貴様」
そう言うとゾランは、手紙から目を離して、俺を睨みあげる。
何だよ、心配してくれてるのか? 照れるじゃないか。
「ハッ、何言ってんだ。俺は、”冒険者”だぜ」
もとより命は、賭けの場に置きっぱなしだ。やばくなったら、また逃げるさ。そして、何度でもやり返しに行く。
後ろに立っていたトールが、声を上げた。
「”俺たち”は、だ。4人分。頼むぜ、オッサン」
「…………ッ」
俺は、トールの言葉に、ためらいを覚えていた。
これは、もはや冒険じゃない。戦争だ。つまらないことに付き合わせたくはない。
吐きかけられた唾を、返しに行くだけだ。俺だけでも良い。1人分で、良いんだ。
ゾランが、俺の顔を見て、小さく口角を上げた。
「……フ、なんだその顔は。傑作だ。俺が、貴様の、気に入るようにすると思ったか」
……嫌な野郎だ。
ゾランが、トールたちに向かって声を上げた。
「良いだろう……小僧共、これは貸しだ。必ず、この馬鹿に、返しに来させろ」
「……オッサン。恩に着る。約束するぜ」
「ありがとうっ、もふもふのおっさん! 利子も付けさせるよ!」
「ぜぅッ」
仲間たちは、勝手な約束をしている。ジン、お前は絶対に理解してないだろ。
仕方がない。これが、こいつらの意思だ。それをどうこうする権利は、俺にはない。
ゾランは新しい羊皮紙を取り出し、文字をしたため始めている。
俺は机から手を離し、背筋を伸ばす。慣れない体勢をするもんじゃない。
ゾランは、手に持った筆を、紙の右下のほうでびっと動かして、止めた。
ふと気になり、俺はゾランに訊く。
「その、作戦ってのは、どんななんだ?」
「……細かいことは、現地で聞いてこい。作戦名は──」
ゾランは横に置かれた紙を、ちらと見て言った。
「──”マーチ・オブ・アルコンズ”、だ。……さあ、行け」
俺は、丸められた羊皮紙を受け取った。
お呼びじゃないとは、言わないでくれよ。その行進に、加えさせてもらうぜ。