FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

10 / 18
4−1:あの鐘を鳴らすのはあなた②

 

「貴様達は手を出すな。この地の、冒険者という生き物を、よく見ておけ」

 

 その男は、そう声を上げると、一歩一歩、前に踏み出した。そのたびに、身に付けた大鎧が、がしゃりと鳴った。

 男の向こう側にいる帝国兵たちが、男の声に答えてかかとを揃えて直立する。随分と飼い慣らされているようだ。

 ひとり、つま先で地面を叩きながら、苛つきを隠さない男がいる。

 

「無駄、無駄。なんと不合理な。害虫は毒で殺すほうが良い。潰せば中身が飛び出て、汚れるだけですよ。リットアティン殿」

「黙れ、ルギウス。貴様の所業、閣下の御心に反する行いだ。このままで済ますと思うな」

 

 ルギウスと呼ばれた男は、肩をすくめて返事もしない。この男が、村にガスを撒いた張本人だ。

 身内でごちゃごちゃ喋ってんじゃねぇよ。てめぇらガレマール帝国が、俺たちの、エオルゼアの敵だってことは、もう十分に確信させられた。

 

 リットアティンと呼ばれた鎧の男は、村の広場の中心に立ち止まった。

 

「さあ、来い。冒険者よ。我等、第XIV軍団に歯向かう無意味さを、知らしめてやる」

 

 この男、リットアティンに関する情報は、多くはない。

 

 ガレマール帝国では、主要民族のガレアン人以外を、属州人と呼んでいる。基本的には差別の対象だ。帝国では、厳しい階級制度が引かれている。

 だがこのルガディン族であろうリットアティンは、属州民でありながらエオルゼアを攻める総督の直下、陣営隊長になったらしい。

 

 なんでも、類まれな用兵術を持って、その地位を得たという話だ。

 用兵術ってのは、要は兵隊を動かす管理業務みたいなもんだろう。管理職がひとり、前に出てくるとは舐めすぎだ。

 とにかく、殴る。それで終わりだ。1分で済む。

 

 俺は状況を観察する。

 リットアティンが前に出て、後ろに、ルギウスを入れて13。

 舐めた態度のルギウスは除き、他は直立不動だ。だが、こいつらに背を向けるのは、リスクが大きい。やるなら正面からだ。

 俺は深く体を沈めながら、仲間たちに声をかける。

 

「いつも通りだ。ココル──」

「──分かってる。……だけど、あいつら……許さないッ」

 

 ココルは呪具を握りしめ、明らかに感情を昂ぶらせている。

 それで良い。行動は冷静に選択しろ。ただ感情を、エネルギーとして使え。

 ……腸煮えくり返ってんのはよ、俺たち、全員だッ!

 

「行くぞッ」

 

 俺は小さく合図の声を上げる。

 同時に、トールが斧を振り上げて勢いよく前に飛び出した。

 

「この、黒カメムシがッ……頭を砕いてやる!!」

 

 トールが声をビリビリと響かせ、挑発する。エーテルを体表に展開し、その巨体がさらに膨らんだようにも見えた。

 ジンがトールの左を、腰を落としながら進む。刀はだらりと下げるように持つ。下から斬り上げる構えだ。

 俺は、同時には出ない。

 ひとつテンポをずらして、足を踏み出す。背後で、ココルが詠唱の言葉とともに、エーテルの極性を傾けるのを感じた。

 

 トールとリットアティンが、ぶつかる。

 トールの振り下ろした斧を、リットアティンが受ける。

 リットアティンが両腕に着けているのは、巨大な矛と一体化した盾だ。

 おまけに、リボルバーの様な機構に接するように、大きな筒が矛先へと口を開けている。その直線上も、警戒する必要があるだろう。

 

 武器と武器が弾き合い、直ぐに鎧と鎧が鈍い音を立てた。

 トールは至近距離で、斧を大きく振り回し続ける。

 受けることは出来るが、無視することは出来ない。敵を引き付ける、斧術士の戦い方だ。

 ジンが刀を閃かせて、リットアティンの鎧に火花を散らせた。

 俺は、トールの背中で視線を切り、加速する。

 

「トールッ!」

 

 俺は小さくトールの名を小さく叫ぶ。

 トールがそれに答えるように、両足で地面をぐっと踏みしめる。

 俺はトールの肩に手をかけ、背中を蹴り飛び越える。

 全身を鎧で覆ったってよ、目は開いてんだろッ!

 俺は、体ごと飛びかかり、リットアティンの兜の目の部分に短剣で殴りつける。

 

「──チッ」

 

 簡単にはいかないか。

 リットアティンは瞬時に頭を動かし、狙いを逸らした。短剣は兜の金属を削り、ぎゃりと音を鳴らした。

 そう早くは、終わらせてくれないようだ。

 俺はそのまま、トールのそば着地して、両手に持つ短剣で斬りつける。

 

 3人がかりだ。斧と刀と、短剣で、間髪入れずに武器を振るう。

 

 だが……こいつ……ッ!

 

「フン……そんなものか、冒険者よ!」

 

 リットアティンが、4つの刃を相手取りながら声を上げる。

 金属音は、断続的に鳴り続けている。

 有効打は、与えられていない。

 

 い、いなされている……!?

 

 リットアティンは両腕の盾を巧みに使い、さらに体勢を小さく動かすことで、鎧の厚い部分で刃を受け流している。

 クソッ──話が違う。用兵術ってそうじゃねぇだろ!

 

 だけどな、俺らにはメインの”砲台”が居るんだよ。

 俺は体を翻し、踏み込みながら位置を変える。トールを見る。

 

「……フンッ」

 

 トールは一瞬だけ目を合わせ、体を大きく開くように、ずらした。

 

 実のところ、魔法を放つのに、詠唱の声を上げる必要なんてない。ココルはただ集中するための、ルーティンとして唱えているだけだ。

 ただそれが、俺たちに魔法の種類と、タイミングを知らせる”符牒”になっている。

 

「『──集いて、赤き炎となれ』ファイアッ!」

 

 トールのずらした体が作った隙間を、寸暇無く熱い塊が通過する。

 空気を裂くように飛んできた火球が、高速でリットアティンに直撃した。

 爆発と、鈍い金属の音が響く。

 

 だが……クソッ。タイミングは完璧だったはずだ。

 ココルの放ったファイアを、リットアティンはあっさりと盾で防いでいた。

 

「小癪な……!」

 

 リットアティンはそう声を上げると、矛先をココルに向ける。

 腕1本が軽々入りそうな銃口だ。クソッ!

 

「さ、せるかよオオッ!」

 

 トールが雄叫びを上げ、強引に射線へと踏み込んだ。

 銃口の直線上に、体を正面に置く。それは──マズいッ!

 

「ジンッ!」

「シイィイッ!」

 

 俺が声をかけるのと同時に、ジンが鋭く気合を放つ。ジンはトールに向けられた、銃口の付いた盾へ、薪を割るように真っ直ぐに刀を振り下ろした。

 盾はがくんと下がり、銃口がトールの足元に向く。

 直ぐに持ち上がりそうになるそれを、俺が足で蹴り付けるように抑える。

 ガギンと重い、撃鉄の音が聞こえ、銃口が火を吹いた。

 瞬間、トールの足元から爆炎が生える。

 

「う、おおお!?」

 

 爆炎は地面を大きくえぐる。トールは弾丸の破片に引き裂きかれながら、後ろへ吹き飛ばされた。

 

 りゅ、榴弾かよ。腕に仕込むようなものじゃねぇぞ……ひとりで城でも攻める気か!?

 クソッ、それより、盾役が……ッ!

 俺は、一瞬呆気にとられたが、すぐに頭をリットアティンの方に戻す。

 

「がハッ──」

 

 俺が正面に向き直るのと同時に、ジンの体が、くの字に曲がり、俺の視界の背後へ飛んで消えた。

 蹴り……のようだった。こいつ、体術まで使うのか。

 

 リットアティンが足を踏み込み、鎧が音を立てた。

 俺は舌打ちをする。

 ……1対1かよ。

 ──上等だ──いや無理──せめて、あいつらが立ち上がる時間を──クソッ!

 

「舐めるなァアッ!」

 

 リットアティンは俺が、下がると思ったのだろう。盾に付いた矛を大きく薙ぐように振るった。

 俺はその矛先をくぐり、懐に飛び込んだ。

 だけど、クソッ、盾は2つある。

 もう片方の矛が、今度は小さく、巻き込むように振るわれる。俺の胴体を、上下に分けようとしているようだ。冗談じゃない。

 

「う、おォ──”残影”ッ、残影ッ残ッ影!!」

 

 俺は相手の認識をずらす技を使いながら、2度3度と斬撃を躱す。

 とてもじゃないが、反撃する余裕が無い。

 ──というか、しっ、死ぬ。

 

「『──炎となれ』ッファイアァッ!」

 

 飛んできた火球が、振り下ろされた矛先を弾いた。

 出来た隙に、俺は大きく飛び下がり、距離を取った。

 

 自分の体に触れ、両手両足が欠けていないかを、確かめた。首も繋がっているようだ。

 トールとジンが起き上がった辺りまで、下がり追撃に備える。

 トールが呻くように呟いた。

 

「クソッ……4人がかりだぞ。何て奴だ」

「……焦りすぎただけさ。だけど……温存している余裕は、ねぇな」

 

 俺は、トールの呟きに答えた。

 リットアティンは追い打ちに来ることは無かった。両手の盾を一度大きく振り、その場で、威圧するように仁王立ちして言う。

 

「……なるほど、大した連携だ。謂わば、1匹の獣の様相」

 

 俺は息を強引に整える。短い時間やり合っただけにも関わらず、汗がひどい。

 だが、動きには支障はない。ちょっと面食らっただけだ。

 トールとジンも、見たところ何とか平気そうだ。

 リットアティンは言葉を続ける。

 

「冒険者よ。貴様らは、何の為に戦っている」

「……言っただろうが、謝ってこいってな。地獄には、その後、勝手に落ちてろ」

 

 俺はそう答えながら、仲間に視線を送る。

 それぞれが小さく頷いた。直ぐにでも動き出せる。

 リットアティンが唸るように声を響かせる。

 

「刹那的な事を、訊いているのでは無い。我は、閣下の大望を果たすため。弱き為政者と蛮神により疲弊しきった、このエオルゼアを平和に導くために、此処に居る。

 ……エオルゼアの冒険者よッ。今一度問う。何を求めて戦っている。力か、名誉か、富か! そのような低俗な望みで、我らの覇道に立ち塞がると言うのか!」

 

 ……こいつ、俺たちに、エオルゼア中の冒険者の代表でもさせようってのか? 荷が重えよ。

 力に名誉に、富だなんて。全部欲しいに決まっている。大層な夢なんてない。地に足なんて着かねぇよ、ずっと浮遊(レビテト)状態だ。

 

 ただ、大望だか、覇道だか知らないが。力づくで人の意思をどうこうする奴の、気に入るように動くなんて、死んでもごめんだ。

 ましてや、てめぇらは、戦えない人間にもそれをしたんだ。

 

「…………」

 

 答える義理もない。俺たちは黙って、呼吸を合わせる。

 俺たちの様子を見てか、リットアティンは呟いた。

 

「……答えぬか。ならば、ただ此処に屍を晒せ!」

 

 さあ、第2ラウンドだ。

 

 

────────────────────

 

 

「……ココル。アレ、いけるだろ?」

「ああ、全力でいくからな。当たっても知らないぞ……!」

 

 言い訳するわけじゃないが、俺たちはスロースターターだ。

 ココルはエーテルの極性を偏らせるために、ジンはエーテルを溜め込むために、一定の手順を踏まないといけない。

 その手順は、これまでの攻撃動作に組み込まれていた。あとはタイミングを合わせることで、最大の瞬間火力を得る。

 

「いくぞ……『地の底に眠る、星の火よ──』」

「…………ッ」

 

 ココルが詠唱を始めるのに合わせて、俺たちは声を出さずに、突っ込む。今度は俺とトール、ジン、3人同時だ。

 ある程度近づいたところで、俺は足に力を込め、一気に加速し、前に出る。

 なんとかして、初撃を躱す。そして、”だまし討ち”だ。体勢を崩させる。

 俺はリットアティンに、目の前まで来る。

 

「貴様が、獣の()だな。前に出るとは、笑わせるな!」

 

 リットアティンが、盾を脇腹の横に引くように置く。突き出すための構えか。

 一瞬だ、目を離すな。

 俺は息を詰め、さらに踏み込む。

 

 突然、踏み込んだ足が、滑るように沈んだ。

 俺は、思わず踏み込んだ足を見る。

 足に、穴が開いている。血が吹き出した。遅れて、熱と痛みを感じた。

 

 顔を上げ、リットアティンの斜め後ろに目をやる。

 白外套の男が、銃を片手に、にやにやと笑っている。

 あの……カス野郎……ッ!

 

 大した傷じゃない。ただ、その隙は致命的だった。

 リットアティンの手が伸び、俺の首を掴む。

 そのまま、宙に持ち上げられる。文字通り、地に足が着かなくなってしまった。

 

「がァッ!?」

「ルギウス……勝手な真似を。だが、戦場だ。貴様もよもや、不平を言うまい」

「ぐっ、そ、そう言うなよ。仕切り直し、しようぜ……」

「……詰まらぬ終わりだ」

 

 首を掴む腕に、力が込められる。ミシミシと首の骨が音を立てた。

 クソッ、お、折られる……ッ!

 

「無視してんじゃ、ねえッ! シュトルムぅ──」

 

 追いついて接近したトールが、怒号を上げる。エーテルを瞬かせながら、斧を頭上でぐるりと回し振りかぶる。

 

「ブレハッ──ァア!!」

 

 振りかぶった斧を、真っ向から叩き下ろした。

 リットアティンは、片方の盾でそれを受ける。

 火花が散り、斧と盾がぎしぎしと鳴った。

 

「──ぉぁァああッ!!」

 

 トールは叫び、盾にぶつけた斧を、そのまま食い込ませるように、押しつけた。

 トールは額に血管を浮かべ、筋肉は隆起しているようにも見えた。目にも伝わる、凄まじい腕力だ。

 リットアティンの盾が、ゆっくりと沈んでいく。金属が擦れて、嫌な音を立てている。

 

「グッ……貴様」

 

 リットアティンは盾を動かそうとして、叶わなかったようだ。

 トールは、全力を使い、片方の盾の動きを完全に封じた。

 

「『──古の眠りを覚し──』」

 

 ココルの詠唱が、耳に届く。タイミングはシビアだ。これ以上、空中散歩を楽しんでいる場合じゃない。目の前も暗くなってきている。

 

 俺はリットアティンの腕に手をかけ、ぶら下がった自分の体を持ち上げる。リットアティンの腕に、足で組み付く。関節を逆の方へ、思い切り力を込めた。

 

 うわ、ぴくりともしねぇ。

 関節は諦める。そのまま、靴の底で、リットアティンの兜に、踏むように蹴りを入れる。

 無理な体勢だ。足に伝わる衝撃は大きくない。

 リットアティンが苛立たしげに、声を上げる。

 

「無駄なあがきを──ムッ!?」

 

 リットアティンが、小さく呻いた。

 俺は、蹴るのを止めて、リットアティンの兜の目の穴に、そっと足を置いた。

 

 大事なのは、スペースだ。俺がここでぷらぷらとぶら下がってたら、都合が悪い。

 俺が持ち上げた、体の下に、ひらりと着物の裾が舞った。

 ジンはすでに、刀を鞘に納めている。体を、背を見せるように大きく曲げる。

 その鞘には、限界までエーテルが満ちていた。

 

「シィィァァアアッッ!!」

 

 鞘に込められたエーテルが、刀を爆発的に加速させた。

 刀を目で追うことは出来ない。十字に、そのエーテルが軌跡を残した。

 

「ッ……不覚」

 

 これまでで一番の衝撃に、リットアティンは大きく体をずらした。

 鎧が削られ、黒い破片が舞っている。

 同時に、俺の首を掴む手が緩んだ。

 俺は出来た隙間に、強引に指を差し込み、思い切り、引き剥がす。皮膚が少し持っていかれたが、気にはしない。

 地面に着いた足を、すぐに蹴るようにして飛び上がる。

 リットアティンの体を、駆け上がるように、ありったけの斬撃と、蹴りを浴びせる。

 双刃旋、風断ち、旋風刃……影牙ッ──

 

「ッらぁァアッ!」

 

 最後に、頭を踏み台に、蹴り込みながら後ろに跳ぶ。

 俺は空中で、トールとジンが、既に下がっているのを確認した。

 さ、て……本日は、お越しいただき、誠にありがとうございます。もう、お別れの時間だ。

 

 ココルの詠唱が、終わる。

 

「『──裁きの手をかざせ』 ────ファイガ、ッァァアア!!」

「グッ……これは、ぉおお!」

 

 リットアティンの足元に、巨大な、紅蓮の炎が出現する。炎は生き物の様にリットアティンを飲み込み、直ぐに、轟音を響かせながら、爆発した。

 離れた俺たちにまで、熱が肌を刺す。衝撃が耳に届き、鼓膜がびりびりと揺れるのが分かった。

 

「や、やったか……!?」

 

 トールが肩で息をしながら、言った。

 炎はまだ、大きく立ち上がったままだ。心配ないさ。ありゃ、黒焦げだ。もっとも、最初っから黒かったけどな、ふはっ。

 

 俺は、呼吸を整え、炎の向こう側に目をやる。帝国兵たちは、動揺しているようだ。だが、動く気配は無い。まだいける。

 連続で使えない技も、いくつか使ってしまった。全員、あと何が残っている? この勢いに乗って──

 

 突然、炎の中心から、空に向かって、細い煙が何条も立ち上った。同時に、風切り音が続けて耳に届く。打ち上げ花火のような音だ。

 リットアティンの、盾に仕込まれた火薬が、引火したのだろうか。

 

「──おいおい、冗談じゃ、ねぇぞ」

「クソ。化け物め……」

 

 黒い影が、炎を割って現れたのを見て、俺とトールが毒づいた。

 炎を背にした影から、低く、くぐもった声が響く。

 

 

「大したものだ。冒険者よ……これは”手向(たむ)け”だ。我が盾『タルタロス』の真髄。見たものは、多くは無いぞ!」

 

 

 俺には過去視の他に、もうひとつ特技がある。相手の攻撃を、予見する力だ。

 特別な力じゃない。誰でもやっていることだ。

 ただ、その精度に自信がある。俺は環境のエーテルを、感じるのが得意なのだろう。

 俺には、その予感された場所が、熱を持つように薄っすらと光ってすら見える。俺がパーティの、指示役みたいな真似をしているのは、それができるからだ。

 

 なぜ、そんなことを突然、思い返していると言うと。

 今、目の前、炎からこちら側の全部が、燃えるように光り、俺たちを飲み込んでいた。

 

 

「──よ、避けろぉおおッ!!」

 

 今度は予見の光じゃない。轟音が続けざまに響き、それと同時に、爆発の光で視界が埋まっていった。

 

 

────────────────────

 

 

 全力で走っていた。

 俺と並んで、トールとジンが山を駆け上がっている。ココルは、トールに抱えられている。

 細かい枝が、顔に当たり、切り傷を作った。

 

 ”迅速魔”。詠唱を破棄する、呪術士のとっておきだ。ココルがとっさにそれを使い、氷の壁を作らなければ、今ごろ丸焦げだったかもしれない。

 あの瞬間。俺たちは、爆発に背を向けて、村の外へと走り出した。逃げた。逃げたんだ。脇目も振らずに、退散した。

 今もまだ、あの凄まじい爆撃が振ってくるんじゃないかと、びびっている。

 

「……ううっクソッ、クソぉッ……ううぅぅ」

 

 ココルが、トールの腕にしがみついたまま、うめき声を漏らした。

 誰も、声をかけられない。

 ただ、黙って走り続けた。

 

 

─────

 

 

 俺は、その石で出来た扉を、乱暴に開いた。

 ここは、砂都ウルダハの一角、パールレーンと呼ばれる裏路地にある建物だ。

 壁も床も、石で出来たその部屋に踏み込むと、俺に続いて仲間たちも入ってくる。

 その後ろを、細い目をした男、確かロドウィックとか言った男が、すこぶる迷惑そうな顔をして、追いかけてきた。

 

「フロスト。貴様……よく顔を出せたな」

 

 部屋の奥から、威圧的な声が聞こえる。

 大きな机に向かっていた、獅子の様な顔をした男、ゾランだ。

 ゾランは、何でも屋の皮を被った、ヤクザな商売をしている。前にウルダハに居た時には、何度か仕事を頼まれていた。

 

 ゾランはその獅子顔を、思い切りしかめていた。

 え、何だよ。もしかして、俺たち臭い? 仕方がない。霧の村を飛び出してから、3日3晩動き通しだった。

 山を越え、谷を越え、キャンプに着けばテレポを使い、もうドロドロのへとへとだ。

 

 俺はゾランの言葉は無視して、ずかずかと近づいた。

 ゾランは机に片方の肘を置いて、椅子に座っている。うんざりした目で、俺を睨み据えている。

 俺はゾランの向かう机に、両手を叩きつける。

 

 そして、自分の頭を、その天板に叩きつけた。

 

「頼む」

 

 硬い木の天板に、額をこすりつけると、ひんやりしている。熱くなった頭を冷ますにはちょうど良い。

 

「頼む、ゾラン。帝国に、一泡吹かせたい。知恵を、力を貸してくれ」

「…………」

 

 返事はない。俺はただ、頭を冷やすことに集中する。後ろの方でロドウィックが「何と」とか、珍しいものでも見たような声を上げている。

 しばらくそうしていると、俺の頭の上の方で、長く息をつく音がした。

 

 続いてごそごそと、紙の擦れる音がした。

 ざらざらした声が、ゆっくりと響く。

 

「……近々、帝国に対する作戦が行われる。三国が連携する、大規模な作戦だ」

「……ッ! ゾラン」

 

 俺は頭を上げて、ゾランの顔を見る。ゾランはこちらを見ずに、羊皮紙に書かれた、手紙のような物を見ている。

 ゾランは、手紙を見たまま口を開く。

 

「西ザナラーンには、腕よりが揃うそうだ。貴様は……北が良いだろう。……フン。無謀な作戦だ。死ぬぞ、貴様」

 

 そう言うとゾランは、手紙から目を離して、俺を睨みあげる。

 何だよ、心配してくれてるのか? 照れるじゃないか。

 

「ハッ、何言ってんだ。俺は、”冒険者”だぜ」

 

 もとより命は、賭けの場に置きっぱなしだ。やばくなったら、また逃げるさ。そして、何度でもやり返しに行く。

 後ろに立っていたトールが、声を上げた。

 

「”俺たち”は、だ。4人分。頼むぜ、オッサン」

 

「…………ッ」

 

 俺は、トールの言葉に、ためらいを覚えていた。

 これは、もはや冒険じゃない。戦争だ。つまらないことに付き合わせたくはない。

 吐きかけられた唾を、返しに行くだけだ。俺だけでも良い。1人分で、良いんだ。

 

 ゾランが、俺の顔を見て、小さく口角を上げた。

 

「……フ、なんだその顔は。傑作だ。俺が、貴様の、気に入るようにすると思ったか」

 

 ……嫌な野郎だ。

 ゾランが、トールたちに向かって声を上げた。

 

「良いだろう……小僧共、これは貸しだ。必ず、この馬鹿に、返しに来させろ」

「……オッサン。恩に着る。約束するぜ」

「ありがとうっ、もふもふのおっさん! 利子も付けさせるよ!」

「ぜぅッ」

 

 仲間たちは、勝手な約束をしている。ジン、お前は絶対に理解してないだろ。

 仕方がない。これが、こいつらの意思だ。それをどうこうする権利は、俺にはない。

 

 ゾランは新しい羊皮紙を取り出し、文字をしたため始めている。

 俺は机から手を離し、背筋を伸ばす。慣れない体勢をするもんじゃない。

 ゾランは、手に持った筆を、紙の右下のほうでびっと動かして、止めた。

 ふと気になり、俺はゾランに訊く。

 

「その、作戦ってのは、どんななんだ?」

「……細かいことは、現地で聞いてこい。作戦名は──」

 

 ゾランは横に置かれた紙を、ちらと見て言った。

 

「──”マーチ・オブ・アルコンズ”、だ。……さあ、行け」

 

 俺は、丸められた羊皮紙を受け取った。

 十二賢者の行進(マーチ・オブ・アルコンズ)、か……仰々しい名前だな。

 お呼びじゃないとは、言わないでくれよ。その行進に、加えさせてもらうぜ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。