FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

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二話続けて投稿してます。こちら前半です。


4−2:前線参列 ◯◯◯・◯◯・◯◯◯◯◯ ①

 

「なぁ、どうして冒険者になったんだ?」

 

 大きな岩に背を預け、地に座っている小さい影がそう言った。陽は沈もうとしていて、そこらに転がる大小の岩が影を落としている。

 俺の前には3人、大きな岩の影に座っていて、顔は良く見えない。

 俺は片手で、クリスタルの欠片であるファイアシャードに、エーテルを軽く込めた。

 それが熱を持つ前に、手元に寄せた小枝の束に乗せた。そこには、いくつかのファイアシャードを重ねて置いてある。

 そうしながら、小さな影の声に答える。

 

「急だな。別に、大した理由はねぇよ。霊災で世話してくれてたやつらが、みんな死んじまったからな。他に道が無かったのさ。エーテル量に恵まれたのは、幸いだったな」

「……そっか」

「そういうお前は、何だってんだ? 食うに困ってたわけじゃねぇだろ?」

 

 俺は手についた木くずを払って、小さな影に問う。エーテルを込めたシャードが、徐々に、小さく赤く光り始めていた。

 

「……家に本があったんだ」

「本?」

「そう、冒険の物語の。宙に浮かぶ大陸。惑星を覆うような巨大な樹。主人公は仲間と一緒に冒険して、世界を救ったり、救えなかったりするんだ。そういうのに憧れたんだ……なんだか、お気楽な理由だよな」

 

 小さな影は、嬉しそうに本の話をしたが、気後れするような言葉で締めた。

 どうやら、気でも使っているつもりみたいだ。

 

「そんなことねぇさ。仲間にも、恵まれただろ? だから、有り金を寄越しな。お仲間代だ」

「……ふふ、つまんねーこと言ってろよ。お前らこそ、金を払えっての……ま、悪かないね」

 

 小さな影は、気を取り直したようにふんぞり返る。

 悪くないってのは、 一番大事だ。

 

「お前は? なんで冒険者に?」

 

 小さな影が、でかい影に水を向けた。

 石で囲んだ中央に、薪木を組んでいた、でかい影が声を出す。

 

「ああ。そうだな……世界に。村の外に。どんな美味いものがあるのか、知りたかったんだ」

「ふはっ、お前らしいな。村の飯、そんなに不味かったのか?」

「うるせえ…………俺の村は、でかい山に囲まれてた。ひでえ山奥だった」

 

 でかい影は、ゆっくりと言葉を探しなら、話を続ける。

 

「それでも。時折、行商人がやってくる。山の物資と引き換えに、塩とかな。そいつは毎回、違う食い物も持ってきてた。山中探しても、ねえような食い物だ」

 

 俺の手元では、エーテルを込めたシャードの熱に反応して、重ねたシャードが赤く明滅していた。それらの下にある小枝が、薄く白い煙を登らせている。

 

「その行商人が来るたびに。あんなにでかく見えた山が、小さく見えた。体がでかくなるほど、息苦しくなった。だから、山を下りた。冒険者になったのは……成り行きだ。詐欺師みてえな奴に、引っかかった」

「……へぇ……良いじゃん。いつか、その村も行ってみたいな」

 

 小さな影が、感心したように言う。詐欺師みてぇな奴ってのは、まさか俺のことじゃねぇだろうな。

 ひとり、まだ声を上げていない奴がいる。角つきの、のっぽの影だ。

 

「お前は……まあ、そのうちでいいか」

「……」

 

 俺が角つきの影に向かって言う。

 そいつは、話が分かっているのか、分かっていないのか。ただ柔らかく微笑んで、黙ったまま頷いた。

 

 シャードたちは既に、赤々と光っていた。十分に熱が伝わった小枝に、ぼっと火が点いた。

 薪木は組み終わっている。計算通りのタイミングだ。

 俺はそっと火の着いた小枝の束を、両手ですくい上げる。そして、でかい影が組んだ薪木の中心に、慎重に置いた。

 

 火は大きい枝に燃え移り、だんだんと、炎を大きくし始めた。枝がパチパチと音を立てる。薪は十分にある。

 

 明日には、戦場に着くだろう。体を休める必要がある。

 この辺りは、夜になると冷える。火は絶やさないようにしないといけない。

 夜を越すための薪も、話の種も、十分にある。

 

 

────────────────────

 

 

 頭上にある、巨大なパイプに目がつく。チョコボが入ったとしても。十分に走れそうな太いパイプだ。パイプは工場のような建物から伸びている。

 工場から生える煙突からは、青みがかった蒸気が登っていた。蒸気は辺りに拡散して、霧のように景色をぼかしている。

 

 ここは北ザナラーンに位置する、青燐精製所。その名のとおり、”青燐水”を精製するための場所だ。

 この青みがかった霧も、採掘する過程で発生している。パイプは精製した青燐水を、遠くへ運ぶためのものだ。

 

 青燐”水”とは言うが、実際は油で、要は燃料だ。船や飛空艇に使われている。特に、ガレマール帝国の魔導技術は、この青燐水を動力源とした青燐機関が発達している。

 帝国は、この青燐水を、喉から手が出るほど欲しがっている。そのためこの辺りは、以前から帝国との争いが絶えない。

 

 その帝国の、拠点。ここから北に行ったところにある、カストルム・メリディアヌム。それが帝国の基地の名前だ。そこが、今回の作戦の目的地だ。

 

 それにしたって、物々しい雰囲気だ。武器を持った色んな奴が、あちこちを駆け回っている。これから、大きな作戦が行われる。そのための準備だろう。

 駆けている者の多くは、この地の軍事組織、不滅隊の連中だ。見たことのない制服を着た奴らもいる。冒険者らしい姿も、ちらほらと見かけた。

 

 なるほど、総力戦というのは本当らしい。

 実のところ、エオルゼアだって一枚岩じゃない。それぞれの国の思惑があって、小競り合いだって起きていたのだ。

 それが共通の敵でひとつになるってのは、皮肉な話だ。

 

 俺たちは、忙しそうにしている兵隊たちを、ぼんやり眺めていた。頭上高くには青燐水を中央に運ぶ、巨大なパイプが通っている。

 俺たちは、それを支える橋脚の足元にいる。近くには飛空艇の停留所があり、物資が次々と運び込まれていた。

 

「なぁ、いつ突っ込むんだ?」

 

 足元の方から声がした。呪具を手に持った呪術士、ララフェル族のココルだ。いつもは真っ白のローブが、汚れてくすんでいる。

 しばらくバタバタしていたからな。染め直す暇が無かったのだろう。

 俺もまだ迷っているが、とりあえずその言葉に答える。

 

「死ぬ気か。突っ込まねぇよ……正面からは、な。そういうのは、大部隊に任せよう。作戦の開始も、まだみたいだしな」

 

 作戦開始のタイミングは、敵の動きによって決まるらしい。だが早ければ、もう明日か明後日かって話だ。

 

 俺たちは、この作戦 ”マーチ・オブ・アルコンズ”への参加権を、裏ルートから得た。

 だが、ただの参加権だ。どこかの組織に、組み込まれたわけじゃない。

 この作戦に参加している奴らは、大抵どこかの国家組織グランドカンパニーに所属している。そうしていれば、上から指示なり来るはずだが、俺たちは宙ぶらりんだ。

 

 そっちの方が気楽で良いけどな。だけどリンクパールくらい、配給してくれても良かったんじゃねぇの? 独立部隊にもほどがある。4人しかいねぇのに。

 

「何か、考えでもあるのか? 後ろで弾丸運びなんざ。俺はごめんだぜ」

 

 斧を杖のように地に突きながら、ルガディン族のトールが言う。早く戦いがしたくて仕方がないって面をしている。血の気の多いやつだ。

 その横では、アウラ族のジンがぼんやり突っ立ている。どこから貰ってきたのか果実をシャリシャリとかじっていた。

 俺はトールの言葉に返事をする。考えっていうほどのものじゃないが。

 

「あとで説明するさ。言っても……ほとんど、出たとこ勝負だけどな」

 

 この地に着いてから、何時間かたったが、日はまだ高い。

 ある程度の情報収集は、済ませている。周辺の地図とか、作戦の概要とかな。

 

「フン。いつも通りじゃねえか。とっとと行こうぜ」

「よし、そろそろ出るか…………ん? あれは……」

 

 飛空艇の停留所の近くに、天幕が立てられている。そこへ機材のようなものが、いくつも運び込まれていた。

 その機材たちの中心に、見覚えのある顔があった。

 白い髪に、白い髭。珍しい形のゴーグルを着けている。

 

「ちょっと待っててくれ。顔見知りだ」

 

 俺は仲間にそう声をかけ、天幕の方へ歩いて近づく。

 あれは、マルケズという男に違いない。昔、ザナラーンに居たころの顔見知りだ。記憶喪失になっていてが、最近になって、探し人が現れていたみたいだ。もう会ったのだろうか。

 

「よう、マルケズ! 奇遇だな! ……おっと」

 

 俺がそうマルケズに声をかけようとすると、巨体が立ちふさがった。

 編み込んだ髪を逆立てた、ルガディン族の男だ。色の濃いゴーグルを着けていて、その双眸は知れない。

 その男が低い声を上げる。

 

「待て。何だ、お前は? 親方に何の用だ」

「親方ぁ?」

 

 訝しげな声だが、威圧するような雰囲気ではない。なんとなくだが、お人好しの気配を感じる。

 

「なに、ちょっとした顔見知りだよ」

 

 俺はその男の体越しに、マルケズの方を覗き見る。こちらに気付いてはいないようだ。

 なにやら集中した様子で、機材をいじっている。

 

「そうか。急ぎじゃないってなら、後にしてくれないか。悪いが、親方は忙しいんだ」

「ふうん……何してんだ?」

「チューニングだ。帝国は、リンクパールじゃない独自の魔導技術を使っている。リンクパールよりかさばるが、波長を自由に変えられる。その周波数を見つけるため、調整する必要が有るんだ」

 

 なるほど、分からん。こいつも技術者ってやつか。

 男は手のひらを左右に振りながら、言い聞かせるように呟く。

 

「とにかく、繊細な技術なんだ。親方じゃないと出来ない。邪魔をしないでくれ」

「何してるッスか! サボってないで、こっちを早く手伝うッス! すぐ西にも行かないといけないんスよ!」

 

 奥の方で、機材を運んでいる男が声を上げる。玉ねぎのように髪を尖らしたララフェル族だ。目の前のルガディン族と揃いのゴーグルと、服を身に着けている。

 

「西に、何かあんのか?」

「大物がいる。そいつを倒すのが、作戦の第1段階だ。だが、クソッ。兵器の場所すら分かっていねぇ。忙しすぎる」

 

 作戦や、”兵器”の事は聞いていた。なんでも蛮神すら圧倒する、帝国の切り札ってやつらしい。

 どうやらマルケズは、作戦の重要な部分を担っているようだ。

 邪魔するつもりはない、俺は素直に男の言うことを聞くことにした。

 

「分かったよ。なに、この戦いが終わったら、時間はいくらでもあるさ。そうだろ?」

「……ああ、そのとおりだ。冒険者か? そっちも、健闘を祈る」

 

 そう言い交わして、俺はその場を後にする。

 気のいい男だ。

 勝手に居場所をゾランに教えて、ちょっと心配していた。マルケズのやつ、悪い出会いでは無かったみたいだ。

 俺は仲間たちの方に足を向ける。

 とっとと、やりたい放題やらせてもらおう。戦争が終わったら、また会いに行けばいい。

 

「終わったか。で。どうすんだよ」

 

 寄るやいなや、トールがそう言った。そう焦るなよ。

 俺は足を止めず、北の出口に向かって歩く。

 

「カストルム・メリディアヌム。敵さんの基地だ……そこに入り込むぞ」

 

 ちまちまやり合うのは、性に合わない。俺たち、みんなそうだ。

 俺に合わせて歩き出したココルが、面白がるように口笛を吹いた。

 

「ひゅーっ。いいね、そういうの。壁を越えるのか?」

「いや。いくらなんでも、壁は高すぎる」

 

 基地カストルム・メリディアヌムは、巨大な城壁でぐるりと囲まれている。

 とてもじゃないが、登って越えるのは無理だ。飛空艇でも難しい。巨大な哨戒船が、うようよ飛んでいる。

 

「じゃあ。どうするんだ。正面の門から突っ込むのか?」

 

 トールがウズウズとした様子で言う。だから、死ぬ気かっての。

 俺たちは、青燐精製所の出口をくぐりながら話している。

 門の外には荒野が広がっている。遠くの方で、鬨の声が聞こえた。ちょっとした小競り合いも、起こっているようだ。

 俺は、ここからはまだ見えない、カストルム・メリディアヌムの方を指差しながら言う。

 

「正門の北に、もうひとつ入口がある。物資の搬入口だ……そこに、線路が伸びている」

「……ふうん。なるほどな、読めたぞ。てめえ」

 

 トールはニヤニヤとしながら応えた。

 その通りさ。敵の基地への潜入って言ったら、やっぱこれだよな。

 

「ああ。帝国の魔導機関、”魔列車”に、無賃乗車といこう」

 

 

────────────────────

 

 

 振動が、一定の間隔で伝わってくる。

 思ったより乗り心地は悪くない。チョコボキャリッジなんかより、ずっと快適だ。

 ”魔列車”というのは、帝国が輸送に使っている、輸送機関の一種だ。

 車輪の着いた箱型の”貨物車”を、いくつも連結して、先頭の動力機関が引っ張っている。

 動力は間違いなく、魔導機関だろう。それで、”魔列車”ってとこか。

 

「おい、気分はどうだ?」

「………………………………ぃな」

 

 俺は荷箱が所狭しと積まれている貨物室のすみっこで、膝を抱え、うずくまっているジンに声をかけた。

 返事の声は、泣けるほど小さい。

 具合が悪いようだが、これが乗り物酔い、ってやつだろうか。

 

 北ザナラーン地方とモードゥナ地方、それぞれの帝国基地を繋ぐ、鉄道が敷かれている。

 それを地図で見ていた時、俺は大きく曲がりくねった場所があるのを見つけていた。

 この辺りは山がちな地域だ。その地形に沿った線路は、どうしても速度を落とさざるを得ない場所がある。

 

 俺たちはその場所から、走る魔列車へと飛び乗った。

 扉は俺がこじ開ける手はずだったが、想像の形とは違い、おおいに焦った。

 自動仕掛けになっていて、持っているツールで、開けられるような代物ではなかったのだ。

 

 それでも四苦八苦して、がちゃがちゃといじっていたら、向こうから開けてくれた。

 飛び込んで、扉を開けたそいつを取り押さえて、身ぐるみを剥いで列車の外へ放り出した。モンスターを避けながらだが、運が良ければ、何日か後に基地に歩いて戻れるだろう。

 

 帝国兵から剥いだ服は、今は俺が着ている。サイズが合うのが俺だけだったからな。潜入するには、きっと役に立つはずだ。

 

「悪いなジン。俺は乗り物酔いなんて、なったことないからな。よく分からん」

「………………ぜぅぅ」

 

 大丈夫だ、というよりも、構わないでくれ、といった感じだ。

 こいつ、東方から来たはずだが、こんな調子で良く船に乗れたな。

 まあいいや。船乗りたちがよく言っていた。船酔いで死んだやつはいない。放っておこう。

 

 貨物車の見張りは、ひとりだった様子だ。

 計算通りなら、あと1時間と少しで基地へと入るだろう。

 俺はもう一度、貨物室の中を見回した。

 

 大小、様々な大きさの箱がある。入っているのは、物資ってとこだろう。

 その中に、ひときわ目立つ存在がある。

 

「……これが帝国の、魔導技術ねぇ」

 

 俺は、その物体に注視して、独りごちた。

 それは、この貨物車の後ろ側、奥に置かれ、ここにある荷の中では最も大きい。

 全体が、金属的な物質で出来ている。左右に取り付けられている、螺旋状に刃が着いた、円錐状の物体が目を引く。要は、ドリルだ。

 

 その物体の高さは座った状態で、俺と同じぐらいだろう。

 ”座った状態”と言うのは、こいつがまだ、立ち上がっていないということだ。

 この場所に入った時に、ココルが言った。「”魔導ヴァンガード”だ……帝国の無人兵器だよ」と。

 動かない理由は、ココルにも分からないらしい。青燐水が入っていないとか、そのあたりだろうって話だ。

 壊してしまおうかとも思ったが、下手に衝撃を与えて、動き出しても面倒だ。そのままにしてある。

 

「…………これが、”兵器”ってんなら、楽で良かったんだがな」

 

 帝国の切り札。噂の、”兵器”とは、別物らしい。

 俺は貨物車の揺れを感じながら、改めて帝国について考えていた。

 ガレマール帝国は、率直に言って、()()()()()()()

 

 あの帝国が出来たのは、50年ほど前らしい。国としては若い方だろうか。

 別に国ができたり、滅びたりするのはそう珍しくない。異常なのは、その発展の速さだった。

 

 そもそも、あの国に住む、ガレアン族という人種は、先天的にエーテル放射が不得意だ。

 それはつまり、魔法や、クリスタルを反応させて現象を起こす、あらゆることが出来ないことを意味する。それは、ずっと昔から、人の生活とは切り離せないものだった。

 

 ガレアン人の首都は、大陸の最も北側に、冬が過酷な場所にある。ずっと昔の話だ。力ない彼らは、追いやられたのだ。

 

 そこに、”ソル”とかいう名前の男が、のし上がって皇帝になった。そのへんは詳しくは知らない。

 とにかく当時、魔法の代用品でしか無かった青燐機関に、その皇帝ソルが目をつけた。そして、それを軍事へ転用した。

 青燐機関はそれまで、暖房器具として使われていたらしい。

 ストーブが50年経ったら、巨大飛空艇や、歩く無人兵器に生まれ変わるってのは、意味が分からない。

 

 技術が発展するのは、まだ良い。自然なことだ。その異常な技術発展の速さの背景には、ガレマール帝国独自の国政がある。

 やたらと厳格な階級制度が、そのひとつだ。国民全員が、どこかの階級に位置して、その階級に応じた振る舞いが徹底されている。

 差別が生まれたり、奴隷が存在したりなんて、そう珍しくはない。

 だが、帝国の制度は、才能さえあればガレアン人でなくとも、階級を上げることが出来る。

 あのリットアティンという男は、大層立派に聞こえる思想を語っていたが、きっと本気だった。

 そういった人の感情までも、計算に入っているのだろう。その合理性は、異常だ。

 

 そして帝国は、その技術力や国家体制、あらゆる人間の思想をフルに使って、全方位に喧嘩を売っている。

 政治のことなんか、さっぱり分からないが、どう考えても常軌を逸している。

 まるで、戦乱そのものが目的にすら思える。

 

「さて、と。お前ら、準備はOKか?」

 

 俺は仲間に声をかける。

 そうだ。帝国が何を考えているかなんて、関係ない。

 

 小さめの荷箱に腰をかけ、足をぶらぶらさせながらココルが答える。

 

「ココは、おーけーさ。ココより……トールっ。お前は、もう少し落ち着けよ」

 

 ココルに声を投げられたトールは、扉に取り付けられた小さな窓に向かいながら、腕を振りつつ屈伸を繰り返している。

 

「フン。もう少しで、戦場だと、思うとな。フンッ気が昂ぶって、しょうがねえぜ」

 

 トールは言いながら、屈伸を止めない。凄まじく暑苦しい。今すぐ止めて欲しい。

 ココルが「ガキか、お前は」と呆れたように言った。まあガキと言って良い年齢だがな、こいつは。

 そういうココルも、いつもよりソワソワとした様子だ。手に持った呪具を、ずっと持ち直したり動かしたりしている。

 こいつらも、それなりに緊張しているのだろう。

 だが、そうとうに無謀な事をしようとしている。多少は、緊張してもらわないとな。

 

 着いた時点でほっとしてしまいそうな雰囲気だ。だが、乗り込んで、めでたしめでたしってわけには、当然いかない。

 俺は気持ちに区切りを付けさせるため、これからのことを伝えることにする。

 俺は手近な荷箱を引き寄せ、ココルの側に腰掛ける。

 

「良いか? 基地に入ったらだ。戦闘は、極力避けるぞ」

 

 カストルム・メリディアヌムは広大な基地だ。街ひとつが、軽く収まるぐらいの規模がある。

 この列車が停まる、停留所さえやり過ごせば、そこまで帝国兵に囲まれるリスクは高くない。そう踏んでいる。

 そうでもなければ、意地でもこんな目立つ奴らを、連れてはこない。

 俺は続けて言う。

 

「俺たちは、基地に入ったら。適当な情報収集と、可能な限りの嫌がらせをして、逃げる」

 

 たった4人で出来ることは、限られている。

 黙って聞いていたココルが、「うわぁ」って顔をしながら言う。

 

「汚なぁ……さすがフロスト、きたない」

「フン。まあ、そんなところだろうよ。情報収集だ? 何をだ」

 

 トールが近寄り、床へそのまま腰を下ろしながら言った。

 俺は自分のカバンを漁りながら、答える。帝国兵の服を重ねて着ているため、少し動きにくい。

 

「施設の場所、敵兵の位置。そんなところだな。あとは”兵器”の場所とか……」

 

 兵器については、難しいと思っている。警備が厳重そうな場所だけでも、あたりを付けておこう。

 ただ、ひとつ、考えていることはある。

 俺は言葉を続ける。

 

「これが大体の地図だ。紙とペン持ってるか? これに書き込みながら……」

『──おい。聞こえたら返事をしろ──』

 

 不意に、言葉を中断されて、俺は顔を上げた。

 トールもココルも、いぶかしむような、微妙な顔をしている。

 

「……何か言ったか? トール」

「いや……お前が、変な声を出したように聞こえたぜ」

「ココにも……フロスト、お前の方から、なんか声が……」

 

 顔を見合わせていると、ざらざらとかすれるような、声が響いた。

 

『──おい、見張り。定期報告が無いぞ──』

「うわッ? な、なんだこれ!?」

 

 声は俺の、腹から聞こえていた。

 俺は急いで、着ている帝国兵の服の、腹の部分を探った。

 そこには、弁当箱を半分に割ったぐらいのサイズの、箱状のものがあった。

 その箱状の物体から、三度(みたび)声が響く。

 

『──見張り。返事をしろ。通信範囲には、入っているはずだ。どうぞ──』

 

 手に持ったそれは、なにかの機器のようだ。

 俺は、かなり慌てながら、仲間に問いかける。

 

「お、おい、どうするんだこれ!? ボ、ボタンが、沢山あって、分かんねぇ!?」

「し、知らないよ……! で、でも、はや、早く返事しないと!」

「フン、俺に貸せよ。叩き壊せば、止まんだろ」

「バカ言えッ!? これ、そういう問題じゃねぇだろ!」

 

 状況の分かっていないトールは、放って置いて、俺はその箱を観察する。

 返事を求めてきているってことは、こちらの音声を送ることが出来るはずだ。

 今こっちの音声が聞こえてないなら、ボタンのどれかが音声を送るためのスイッチだろう。

 普通に考えれば、それはきっと押しやすい場所にあるはずだ。

 このまま返事をしなければ、俺たちは異常事態と認識された状態で、敵の基地に突っ込むことになる。確定的に明らかだ。普通に死ぬ。

 

「フ、フロスト! 早くってば!」

『起動シークエンス終了、スキャン開始』

「ま、待てって。ようやく分かりかけてきたぞ……」

「…………おい。誰だ。今の?」

 

 俺は、トールの言葉に顔を上げた。確かに、妙な声が混ざっていた。

 左右にいるトールとココルと、顔を見合わせた。互いに、首を振る。

 今度は、明らかに人の声ではなかった。手に持った箱からでもない。

 声は後ろから、聞こえてきていた。

 俺たちは、ゆっくりと背後を振り返る。

 

「おいおい、これ以上の面倒事は、ごめん……だ……」

 

『スキャン終了、敵性存在ヲ確認、戦闘ルーチンヘ移行』

 

「……これ、名前なんだって言ったよ?」

「…………ま、”魔導ヴァンガード”」

 

 ()()()()()()、魔導ヴァンガードが、肩の突起を天井に擦らせていた。肩から伸びる腕には、ドリルがひとつずつ。それは、ララフェル族の、全身ほどのサイズはある。

 ドリルは耳障りな音を立てて、回転を始めていた。

 それを支える体の上部に比べて、下半身はかなり小さい。それでも、貨物車にぎりぎりだ。見上げるような大きさだ。

 

「……う、動かねぇんじゃねぇのかよ!!」

「知らない! 言ってないッ!」

 

 言い争う俺とココルに、前に出たトールが怒声を上げる。

 

「寝ぼけたこと言ってる場合かッ! ジン! 仕事だ!」

「………………ッ」

『目標ノ、排除ヲ開始』

 

 いつのまにか、近くに立っていたジンが、刀を抜いている。魔導ヴァンガードが、積まれた荷箱を倒しながら、前に出る。

 俺は、こぼれた荷箱の中身に、目を見張った。

 

「よしっ『まばゆき光彩を刃と──』うぶっ!?」

「魔法はよせ! か、火薬だ! クソッ」

 

 魔法の詠唱をしようとするココルの顔面を、俺は手で塞いで言った。

 こぼれ出た荷からは、クリスタルや金属材に混じり、破れた袋から火薬らしき粉が飛び散っていた。

 これは、エオルゼアの代物だ。おそらく、モードゥナあたりの村々から奪い取ったのだろう。

 ちょっと火が当たったくらいで、一斉に起爆するような物ではないが、万が一がある。それに、かなり派手な音が出る。こんな狭い中で破裂されたら、耳がもたない。

 

 俺は、手に持ったしゃべる箱を、服の中に仕舞いながら言葉を続ける。

 

「ココル……! コイツ強いのか……?」

「ぷはっ……聞いた話だぞ! 並の兵士なら、10人分ってとこらしい……!」

 

 じゅ、10人分だと……!? クソッ!

 

 俺は短剣を抜き、前に飛び出しながら、前衛の2人に声を投げる。

 

「お前ら、時間がもったいない……”一撃”だ!」

 

 俺の言葉に応え、トールとジンが合わせて前に出た。

 

「フン……”バーサク”──”シュトルム”──ッ」

「シィィイイイ──」

 

 魔導ヴァンガードはギィィイイイッと異音を響かせながら、こちらに向かって加速を始めた。

 俺たちは、エーテルを励起させ、その頭部に狙いを定めた。

 

「──”ブレハ”ッ!!」

「ゼァアアッ!!」

「”影牙”ァッ ”双刃旋”ッ!!」

 

 俺たちは一点に、集中して力を開放した。

 

『──排ジッビッッッ』

 

 激しい衝突音とともに、魔導ヴァンガードの頭部がひしゃげ、火花が散る。

 叩きつけた短剣から、ずしりと重さを感じるが、全力で押し込む。

 魔導ヴァンガードは、胴体を中心に、後ろへ半回転しながら床へと落ちた。

 ドリルの付いた腕をがくがくと震わせ、すぐに動かなくなる。青燐水が漏れたのか、油の匂いが貨物車の中へ広がった。

 

 俺はヴァンガードが動作を停止したのを確認し、すばやく懐に手を伸ばした。

 

『──おい! どうした、異常事態か──』

「こちら見張り、失礼しました。異常はありません。ど、どうぞ」

 

 俺は目星を付けていた、箱の横にあった、ボタンを押し込みながら声を上げた。

 そしてボタンから手を離し、様子を伺う。

 

『──……あまり、サボるなよ。エオルゼアの奴らが、なにか企んでいるらしい──18小隊へ直行しろ、良いな?』

「ハッ、承知しました。18小隊へ直行します」

『──以上、通信を終える。回線を本部に切り替えるのを忘れるな──』

 

 ざーざーと聞こえていた音声が消え、静かになった。

 

 俺は、息を長くつきながら、沈黙する魔導ヴァンガードを見る。

 クソッ、ビビらせやがって。

 

「”10人分” 程度、目覚ましにもならねぇよ」

 

 リットアティンみたいな化け物のせいで、自信を無くしかけていたが、これでも俺たちは、”腕利き”で通ってるんだ。

 

 危機をなんなく躱した俺は、ふと顔を上げた。

 仲間の様子が、おかしいことに気付いた。

 

「お、おい。ジン、だめだって。それは、だめだよ」

「……た、頼むぞ。おい、マジだぜ」

 

 ココルとトールが、ジンに向かって何やら言っている。

 ジンは魔導ヴァンガードの残骸の前で、ぼんやりと突っ立ている。

 なにやら小刻みに震えながら、ゆっくりとこちらを振り返った。

 

 片手で口元を抑えるジンは、目がうつろで、顔色は真っ青だった。

 

「……! ジン、し、深呼吸だ。そうだ、せめてこの荷箱を使え!」

「お、俺たちの乗っちまった列車はよ、途中下車はできねえぜ! だから耐えろ!」

「そ、そうだジン! がーんばれ、がーんばれッ!!」 

 

 俺たちの、必死の応援を受けたジンは、口元から手を離して、柔らかく微笑んだ。

 

「ぜっおろろろろろ──」

 

「うぎゃああああ! やりやがったあああ!?」

「早く。早くッ! ドア開けろおおお!!」

「うぷ。あ、ごめん。ココもう無理」

「うおおおおおおお!?」

 

 到着まで、どれぐらいだろう。とにかく、一刻も早く到着してほしい。

 立ち込める酸っぱい空気の中、俺はこみ上げる気持ちを抑え込みながら、そう思った。

 

 

────────────────────

 

 

 貨物室の全体を軋ませながら、列車はゆっくりと止まった。

 俺は扉を開け、外を覗く。左右を確認する。

 列車の先頭の方に、帝国兵が見えた。だが、こちらに注意を向けてはいない。

 タイミングを見計らい、仲間に合図を出して貨物車を飛び出した。

 停留所には、コンテナが所狭しと並んでいた。その影まで進み、ようやく俺は新鮮な空気を堪能できた。

 

「ぶはッ、ハァッ。お、お前ら。落とし物は無いな?」

 

 俺は肺の空気を入れ替えながら、仲間に問う。

 

「おーけー……うぷ。二度と、列車には乗らないからな……」

「……………………ッ…………」

 

 ココルは地に両手を着きながら、吐き捨てる様に言った。ジンは黙って、何度も頷いている。

 帰りは、また魔列車に忍び込んで出ていくってのも、考えてたんだがな。

 あの惨状じゃ、行きよりも警備が緩くなることは無いだろう。何より俺も、列車は懲り懲りだ。

 

「少なくとも……ジン。てめえとは、二度と乗らねえぞ……フロスト。この箱、どうするんだよ」

 

 トールは上を向きながら、ふいごのように胸を上下させながら言った。片腕に、小さな荷箱を抱えている。

 俺は息を整えながら、トールの言葉に答える。

 

「ふぅ──もうちょっと、持っててくれ。すぐ見つかっても詰まらねぇからな」

 

 トールが抱えているのは、俺たちの”嫌がらせ”が詰まった、とっておきのプレゼントボックスだ。ただの嫌がらせ以上のものには、ならない。俺たちがここを出るまでは、見つからないほうが良い。

 貨物車のほうは、どうしようもなかった。バレるのは時間の問題だろう。

 

 今のところ、周囲に敵の気配は感じない。だが、ここが物資の置き場である以上、腰を落ち着けられる場所ではない。

 

「さて、と。移動するぞ……俺が先行する。ジン、後ろを警戒しろ。ココルは真ん中。トール……お前は、出来るだけ縮め」

「……ぬかしてろ。箱に詰めるぞ」

 

 その箱だけは、勘弁してくれ。

 

 遠足気分は、ここまでだ。すでにここは、完全な敵地だ。恐ろしいことに、俺の仲間は、誰も帰りのことを気にしていない。

 当然、俺にはいくつかのプランがある。そのひとつの、もう一度、列車に潜り込んで出る。ってのは、もう無しになったけどな。

 まったく。こいつら俺がいないと、あっと言う間に死んじまいそうだ。……同じことを、それぞれが考えていそうなのが、増して腹立たしい。

 

 

────────────────────

 

 

 俺たちは魔列車の停留所から、やや北へと移動した。このあたりは、飛空艇の発着場のようだ。さっきよりずっと広く、人もまばらだ。

 だが、戦艦のようなものは見当たらない。物資の運搬に使う、予備的な場所なのだろう。

 さっきよりも、ずっと巨大なコンテナが立ち並んでいる。

 地面も舗装されておらず、むき出しだ。点々とクリスタルが、地から伸びるように吹き出した。霊災で発生した偏属性クリスタルだ。

 

「……よし、箱はもうこれでいい。トール、ちょっと背中貸せ。上から見渡したい」

「ああ」

 

 コンテナの横に立つトールが、後ろを向く。

 俺はその背をよじ登り、肩を蹴ってコンテナの上の縁へ飛びついた。

 そのまま上部に登ろうとして、止めた。

 巨大な飛空艇が、巡回している。こちらに向かってきてはいないが、かなりの威圧感だ。遠くて大きさは分かりにくいが、リムサ・ロミンサでみた戦艦ぐらいのサイズはありそうだ……いや、それよりもでかい。

 俺はコンテナの縁に腕を掛け、ぶら下がったまま景色を観察する。

 

「……クソッ。だから、帝国(こいつら)とは、関わりたくねぇんだ」

 

 景色を前に、口から悪態が漏れる。

 物資が圧倒的だ。地図からもある程度分かってはいたが、砂都ウルダハさえ納まりそうな、あまりに巨大な基地だ。

 

 中心には巨大な、異形の城が鎮座している。”魔導城プラエトリウム”、この基地の中枢だ。

 城は、半球状の淡く光る膜で覆われている。魔導障壁と言うやつか。

 そんな大げさに覆わなくても良いだろうに。あんな巨大な戦艦が飛んでる中、飛んで突っ込めるような飛空艇はエオルゼアにはねぇよ。

 

 大勢の兵士や魔導兵器が、卓上ゲームの駒のように、きれいな陣形で動いている。

 もう何年もこの状態のはずだ。軍を維持するための、兵站なんて言葉もあるが、これじゃあ完全に採算度外視だろ。

 

 そもそもの話だ。あんな巨大な飛空艇が上空から爆弾でも落とした日には、あっと言う間に各都市はその機能を失うに違いない。

 

 だが、帝国はそれをしなかった。何故かは想像がつく。”神降ろし”を、警戒しているのだ。

 

 俺は5年前の霊災の時に、その脅威を見た。あの巨大な黒い飛竜は帝国の画策だったらしいが、それを跳ね返したのも、”神降ろし”だったという話だ。

 帝国は、それを警戒しているのだろう。

 極端に追い詰めれば、エオルゼアの人間たちがどういう祈りを持つか。それは想像するに容易い。

 だから帝国は、その圧倒的な物量を見せつけながら、真綿で締め付けるような戦略を採っていた、と思う。とにかくこちらの心を折るための戦法だろう。

 

 そして今、その均衡が崩れようとしている。

 

 ”兵器”のせいだ。

 神すら殺す兵器を前に、神に祈る気力を持つ人間がどれほど居るのだろう。

 

 俺が思っていたよりもずっと、エオルゼアは追い詰められた状態だったようだ。

 この強行とも言える、マーチ・オブ・アルコンズって作戦が開かれたのも、そういう訳に違いない。

 

 俺は重心を後ろに移し、腕の力を抜いた。重力に従って落下する。きれいにストンと着地して、そのままの体勢で少し考えこむ。

 しびれを切らしたように、ココルが声を上げる。

 

「黙ってないで教えろよ。どんな感じ?」

「うーん、隙は……そこそこあるな。ガチガチ過ぎるのが、逆にやりやすそうなんだが……」

 

 末端の兵まで、動きが決められているのだろう。イレギュラーな動きをしている様子は殆ど見られなかった。

 俺なら、見つからない自信はある。

 

「フン。煮え切らねえ言い方だな」

 

 俺の不安を読むように、トールが言う。そう不安、懸念事項だ。

 

「魔導兵器が多い。あれに囲まれるのはちょっとキツイな。それと……非武装の人間が全く居ねぇ」

「非武装? そりゃ居ねえだろ」

「これだけの規模の基地だぞ。飯炊き、荷運び、必要だろ。普通はそれなり居るんだけどな……まあいいや。いざとなったら、そいつらに紛れ込んで逃げよう思ってただけだ」

 

 飯炊きをどうしているかは知らないが、荷運びは魔導兵器が担っているようだ。

 巨大な、手の形をした不気味な兵器が、ふよふよと浮いて物資を運んでいる。

 とにかく、脱出プランがひとつ減ってしまった。魔列車に乗って帰るプランも無しだから、段々と雲行きが怪しくなっている。

 

 ここから先は、あまり気を抜けるような雰囲気じゃ無さそうだ。

 ”アレ”をやるなら、今しかない。

 

「お前ら。ちょっと、ここで待っててくれ」

「何だ。小便か? 早くしろよ」

「キンチョー感のないやつ。遠くでやれよな」

 

 お前らにだけは言われたくない。

 

 俺は仲間たちから少し離れて、地脈のエーテルに意識を向ける。

 転送魔法のテレポが使えるほど大きなものは無いが、地脈ってのはどこにでもある。

 地脈は地中の深い所にある。地表にぼんやりと影を落とすように、エーテルが網の目のように走っている。

 俺は比較的エーテルが強く感じられる所に当たりをつけ、片膝を地面に突く。手のひらをその地に押し当てた。

 

 マルケズの、部下らしき男の言葉。兵器の場所が知れないと言っていた。

 アイツの話を聞いてから、俺はずっと考えていたことがある。

 

 俺には、”過去視の力”がある。エーテルに触れ、その場所に起きた出来事を知ることがある。

 その情報量は、とても大きい。その場所の匂いも、風の動きも、人の感情すらも、エーテルが時間を超えて俺に教えてくる。

 

 俺は、運命なんて言葉は、全く信じちゃいない。

 

 だけど、今、俺は思う。

 俺の持つこの力。俺にこんな力があるのは、きっとこの時のためだったんだと。

 

 俺は地に触れた手に、エーテルを強く込める。地脈へ意識を集中し共鳴させる。

 

 さあ──応えろ! 過去視の力よ! 

 今ここに、この地の記憶を、脅威を! 俺に伝えろ!

 

 

「……………………!」

 

 

 

 

「……おい。何してんだ……馬鹿みてえだぞ」

「まさか……うんこしようってんじゃないだろうな。乙女の前だぞ。脳天吹き飛ばすぞ」

 

 少し離れた所に居る仲間たちが、後ろから声をかけてきた。

 地に手を着けていたのは、1分ほどだろうか。

 

「ふっ何でもないさ。ちょっと、手に砂を付けただけだ。滑り止めにな」

 

 俺は返事をして、手を払いながら立ち上がる。

 腰に両手を当て、真っ直ぐに立ち空を仰ぎ見る。息を、長めにひとつ吐いた。

 

 

 

 

 ……クソッッッたれめッ!! 

 

 

 過去視の力は、いっさい発動しなかった。

 

 俺は心の中で悪態を続ける。

 ──何なんだこの ”力”はッ!? マジでッ役に立たねぇッ!! クソッ!!

 

 何も聞こえないし、感じない。

 俺は、考えるのをやめた。

 

 振り返ると、仲間たちは怪訝な顔を見合わせている。トールが頭の横辺りで、自分の指をくるくると回している。とんだ赤っ恥だ。

 

「行くぞ! 時間がねぇ。あと数時間。太陽が外郭の城壁に沈むまでだ」

 

 俺は仲間に近寄りながら、手振りで出発を促す。

 あまり長居しても仕方がない。俺たちは残りの時間を決めていた。

 ”きり”を付けなければ、俺たちはだらだらやっちまう。

 

「……じゃあ。今の、無駄な時間は何なんだ……ジン、後ろは頼んだぞ」

「ぜぅ」

 

 仕切り直しだ。

 俺は周囲に意識を集中しながら、基地の深くへ足を向けた。 

 


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