長い洞窟を抜けると雪国であった。
洞窟に入る前も雪国だったので特に感慨はない。
雪を踏むと、ぎゅっぎゅっとなにかの鳴き声のような音を立てる。足がすねの辺りまで埋まった。
埋まった足の下も雪で地面ではなさそうだ。今降っているものが層になっているのだろう。
洞窟を出てからかなり歩いたが、目的地には着いていない。
天候は悪化し吹雪始めていた。あまりのんびりはしていられない。
「朝通った道はな、ダナフェンって聖人が旅で通った場所なんだよ。あちこちの地名になってる聖人なんだ」
「ふうん……知らねえな。有名なのか」
「まぁね。うそかまことか、邪眼の魔物相手に、目隠しして倒したって話があってさ。それで、戦神”ハルオーネ”の信徒として模範的な勇敢さだっ、てなったんだ」
いつもどおり俺が少し先行している背後で、ココルとトールが呑気そうに話をしている。
だだっ広い雪原だが吹雪で視界が悪い。どこまで見通せているのか見当もつかない。
「”ハルオーネ”……十二神か。俺が住んでた山じゃあ、”オシュオン”を祀ってたな。山の神だ」
”十二神”はエオルゼアで広く知られる神々だ。
「イイね。ココの推しは星神”ニメーヤ”ちゃんだな。ニメーヤちゃんは、お兄ちゃんの”アルジク”とくっついて、日神”アーゼマ”ちゃんを生むんだけど。面白いのがさ、東方には”太陽神アジム”ってのがいるんだってアジムステップって聞いたことない? そっちは男の神様らしいけど……同じ太陽の神でアーゼマとアジム……なんか関係あると思わないっ?」
「……待て。早い。登場人物が多くて分からねえ。あと神様の話してんだよな? 呼び方が不敬すぎるだろ」
視界は最悪な上に、雪が音を吸って後ろのふざけた会話しか聞こえない。集中力はとっくに切れて、まっすぐ歩けているかどうかも不安だ。
俺は立ち止まって、後ろを振り向いた。
「アージマだかアーゼムだか知らねぇけど……ココル! この方角で合ってるのか?」
「この雪じゃお手上げだよ。でも合ってたら崖にあたるから、それで分かると思う!」
「崖があるなら言っとけ!! 落ちたらどうすんだ!!」
さらっと大事なことを言いやがる。殺す気か。
俺は自分たちが歩いてきた方に目をやった。
トールとココルに続いてジンがいる。その後ろに、4人分の足跡が真っ直ぐに続いているのが見えた。
だが、本当にまっすぐ進めているとは思わないほうが良さそうだ。太陽の位置が分からなくなってから、それなりの時間も経った。戻ろうにも足跡は消え始めてるだろう。
「……どの辺りまで来ていると思う?」
「順調にいってれば、着いててもおかしくないかな。崖さえ見つかればそれに沿って行けばいいんだけど……」
「進むしか無いか……ココル、かーくん出してくれ。先行させる」
「えー、落ちたらどうすんだよ。かわいそう」
「早くしろ」
ココルはぶつぶつ言いながらもカーバンクルを呼び出した。
カーバンクルはぼんやりと黄色く光りながら俺の足元を通り、ぴょんぴょんと跳ねながら進んでいく。
これでひと安心だ。
俺が後を追いかけようと歩みだそうとしたところで、カーバンクルがひゅっと姿を消した。
「かーくん!?」
「お、落ちた!? 崖か!?」
俺が恐る恐る近寄ると、カーバンクルがひょっこりと雪の中から顔を出した。
なんだ、なにかに
目を下ろすと白い何かが目に入った。
それは人の形をしている。
俺はとっさに、だいぶガタの来ている腰の装備に手をやった。
短剣の柄に触れたところで、その手を止めた。
「なんだ……
うつ伏せの形で、鎧を着た男の死体がそこにあった。
俺は安堵の息を漏らす。
死体なんて珍しくもない、そんなのはとっくに慣れた。だからどうということはない。ただ、慣れてしまっただけだ。エオルゼアに住む人間なら、だれだってそうだ。
俺はその
簡素な装備だ。無骨な剣と、よくある円盾。どこかの兵隊だろうか。盾にも紋章のようなものはない。身分が高いものではない。
兜から覗く顔でからミッドランダー族だろうということは分かった。
身元が分かるものを持っているだろうか。俺が死体の懐を探ろうとしたところで、トールが呻いた。
「おい。ひとつじゃねえ……何だ、これは」
俺はトールが見つめる先へ目をやった。
吹雪で広い範囲は見えない。だが、よく目を凝らすとそこかしこに、槍や、剣が雪から伸びていた。そして、雪が人の形を型どっているのも分かった。
もし雪が隠していなければ、凄惨な風景だっただろう。
「竜詩戦争……」ココルが、そうつぶやいた。
「……そうか……これが」
話には聞いていた。だが、ここまで
ここクルザスでは、人族とドラゴン族が、千年もの間、戦争を繰り広げているらしい。
俺たちが逃亡生活をしている間も、ここらで戦闘があったとは聞いていた。それでも俺は、もっと小競り合いのようなものを想像していた。
こんな戦いを千年も? とてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。それに普通はどっちかが滅びるものだ。
「ん………?」
遠くに光の点が見えた気がする。あれが太陽なら、方角が分かる。俺は死体から離れ、高いところから見通そうと考えた。
雪が大きく盛り上がったところがあるのに気づき、そこに登ろうと近づいた。
「………うぉッ!?」
また死体だ。
雪の塊かと思ったそれは、薄く雪を被った
俺は息を呑み、その姿を観察した。
巨大な体だ。太い四肢、硬質化した皮膚。体のほとんどを隠すような大きな翼。
それらを貫いて、矢や槍がいくつも刺さっていた。
俺はドラゴン族と戦ったことはない。そもそもクルザス以外には多くないからな。
酒場でドラゴンを倒したって自慢するやつは、たいていワイバーンなどの眷属を倒したことを言っている。以前、ラノシアでゴブリン族の野営地にドラゴンが出たなんて噂を聞いたが、眉唾な話だった。
ドラゴン族は知的な生物だとも聞いている。それがなぜこんな狂気に満ちた行いをするのか。
こいつらの寿命は知らないが、そんなに大昔の祖先がやったことが気になるかね。
しかし世の中
…………あ、嫌な予感がする。
ドラゴンが目を開いた。
その眼球を覆う膜のようなものが動き、光を返すのまではっきりと見えた。
連鎖するように雪が、ずぶずぶと持ち上がる。
クソッタレ──何でいつもいつも、不意打ちされるのは俺なんだ!!
余計なことを考えている場合ではなかった。
雪の中から勢いよく飛び出した
「──がァッ!?」
尾は俺の
周囲の景色が吹っ飛び、一瞬だけ、間抜け面で俺を見上げる仲間たちが見えた。アイツラには空飛ぶ間抜け面が見えただろう。
体が回転している。遠心力でそれは分かった。だが、クソったれッ! 景色が真っ白で、水平線を見失った!! だから雪は嫌いなんだ!!
俺は上も下も分からず、無様に頭を抱えることしかできなかった。
いつ来るか分からない衝撃に備える。それはやけに長く感じる。クソッ、早くし──
「ぶへぁァッ!」
備えてたって突然は突然だ。俺は全身で柔らかい衝撃を感じ、そのままゴロゴロと転がった。
……柔らかい? そうか、雪だ!
俺は雪によって殺された勢いで、体勢を立て直す。雪、最高!! 愛してる!!
顔を上げ、頭を素早く振る。
随分と飛ばされたらしい、離れたところでトールたちが武器を取り、ドラゴンと相対しているのが見えた。
ドラゴンは、トールよりもずっとデカい。その全身を見て、俺はぞっとした。
もう見るからに
さっきまで仮死状態だったはずとは思えない。
だが、そんなことは構わない。やってやるさ。
どんな強敵だって、俺たち4人で乗り切ってきたんだ。
俺は、武器を取るために腰の装備に手を当てる。重心を前に、駆け出す準備をする。
「…………?」
俺は、腰の辺りをパタパタと触る。
……腰がある……こ、腰しか無い。
た、た、た、短剣が、ない!!
「ハァッ!? う、嘘だろ!?」
思わず声を上げて、俺は自分の腰を見下ろす。いつも短剣を引っ掛けているベルトごと、その姿を消していた。そんなアホな、早すぎる!!
俺は混乱した頭で、自分が転がった雪のあとの方を見る。
柔らかな雪はすでに輪郭を崩して、転がった軌跡は、もう薄っすらとしか無い。落とした装備がどこにあるか、当然、わ、分からない!
「バッ、クッ、んなぁあぁあッッ!? 雪ぃぃいいぃィイイ!!」
俺はその雪が残したわずかな跡に、ほとんど全身で飛び込んだ。
雪が視界を覆っていた。吹雪は強くなる一方だ。
空から降る分に加え、厚く積もった雪が風に乗って渦を巻いた。
太陽の位置は分からず、空は薄く輝いている。目に映るのは白色だけだ。
飛んできた雪が顔に当たり、体温を奪う。悪いことじゃない、頭を冷やすには役に立つ。
俺は地面に顔を向け、膝を突いて雪をかき分ける。膝が濡れるが、構っている場合ではない。
積もったばかりの柔らかい雪の層を、素手で押しのけて無くしたものを探す。安物の外套が水気を吸って、ひどく重い。
風の音をかき消して、咆哮が響いた。
それだけでも巨大な体躯であることを感じさせる、重い音だ。
俺は焦りで足を滑らせて、雪へ頭を突っ込ませた。
脇腹がずきずきと痛む。指は冷え切っていて、今にもぽろっと取れそうだ。
クソッたれめ! 何だってこんなことに!!
俺は雪の中で、この状況を招いたバカ野郎は誰だと呪った。
だが、そのバカ野郎は、断じて俺ではない!!
「馬鹿野郎ッ!! 何してんだ!! とっとと来やがれ!!!」
トールが怒声を上げるのが聞こえた。当然、俺に向かって言っているのだろう。
そっちに目をやると、ドラゴンの頭を抑え込むように斧を振るうトールと、正面を避けるように戦うココルとジンの姿が見えた。
慣れない雪上の戦闘だ。その動きは明らかに精彩を欠いている。
もうダメだ、やるしかない。嘘だろ……俺、これから素手でドラゴンに挑むのか!?
俺に格闘士の心得なんて無い! そもそも格闘士だって素手では戦わない!!
だが、クソッ!! やるしかない! 囮にだってなんだってなってやる!!
俺は覚悟を決めて、頭を左右に振って雪を落とす。前へと顔を向ける。
トールたちと俺の中央、雪上で何かが光を反射した。あれは。
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「ハアッ……ぐッ、こんな死にかけが……押しきれねえッ!?」
『ガアアァァアアア────ッ!!』
トールは体のあちこちに霜のようなものを付けている。ドラゴンのブレスを浴びたのだろう。
俺は雪を蹴り仲間の方へ駆け寄りながら、声を上げる。
「トール!! しゃがめッ!!」
「──ッ!?」
すぐに膝を曲げたトールを飛び越え、俺は左手に持った
それに込めたエーテルはドラゴンの頭部へ伝わり、脳をかき回す。
ドラゴンはうめき声を上げてのけぞった。
「お前らッ! 待たせたな!!」
「遅えッ! どこで油売ってやがった!!」
トールが立ち上がりながら怒鳴り声をあげる。
人の気も知らずに、うるせぇことを言うやつだ。脂汗なら売るほどかいたぜ。
俺は左手に持った
こいつらも覚えてないだろうな。俺は元々ウルダハで冒険者をやっていた、元
「泣き言は聞こえねぇよ──さぁ、トール!