剣を握る手に力を込める。剣先を揺らすと重さと長さが伝わってくる。
盾を軽く回して、急いでその大きさを身体に覚えさせた。
俺の一撃で目を眩ませているドラゴンに胸を張るように立った。胸を張ると言っても、目の前のソイツがデカいから自然とそうなっただけだ。すぐにでも衝撃から回復してこちらに向かってくるだろう。
これからコイツの攻撃が俺に集中すると思うと、おっかなねぇな。
俺が身に付けている装備は守り手専用じゃない、動きやすさ重視の、汎用的な代物だ。こんな装備じゃエーテルを十分に伝えられない。俺の真の実力を皆に伝えられない。
……やっぱり、やめておこうか。
盾を持つのは久しぶりだ。そもそも俺は剣術士の頃から、正面は相棒に任せて背後から攻撃するスタイルだった。どうせ二つ名も”昼行灯”だ。
最初にもらった脇腹のダメージも、思ったより大きい気がする。今朝は
よし、そうしよう。今回はサブに回ろう。
俺はトールに振り返って口を開いた。
「フン……任せたぜ、フロスト。俺もたまには……好き放題ぶん殴りたかったところだ! そら──”シャーク”ッ!!」
「トール。げっ」
トールが俺の背に拳を当て、微量のエーテルを送り込んできた。俺の体表を覆ったそのエーテルのパターンは、直前のトールのものだ。
どんな生き物も無意識に相手のエーテルを見ている。モンスターはその傾向が顕著だ。”シャーク”という技は自身のエーテルのパターンを対象に写し、その敵視を誤認させるものだ。
ほとんど同時に、ドラゴンの目が開き俺を見た。怒りに満ちた目を俺に向けている。
クソッタレめ、”シャーク”の効果は抜群のようだ。
ボロボロなのに、目は1ミリも死んじゃいない。俺を見下すその目からは、強者の誇りを感じさせられた。
「…………やるしかねぇか」
『ガァァァアアア──ッ!!!』
「やってやらァ! 来い!! ──うぉッ!?」
ドラゴンがララフェル族をひと呑みにできそうな口で噛み付いてくる。
俺は突っ込んできた頭の下に、盾を潜り込ませるようにしながら”いなす”。盾は真正面から受けるのではなく、受け流すのに使うのが基本だ。
その試みは成功した。だがドラゴンは続けて何度も頭をぶつけてくる。
何度もだ。体勢を、崩される……!
「うっぐ、なんて力だッ! …………ッ!?」
ドラゴンは牙を振るいながら、俺を見ていた。
目の色が、さっきと少し違う。
その目は──おぉや、いつの間にかさっきと違う奴になっているなぁ、でもさっきの奴より与し易そうだなぁ──なんてことを考えている目だな!? このクソトカゲ野郎め!!
「舐めるな!!」
俺は剣術士の技を発動させる。
”
心臓が強く脈打ち、血とエーテルが加速して全身を巡った。
エーテルは脳にも作用して、全身のリミッターを外す。この技は、火事場の馬鹿力ってやつを引き起こすものだ。
大幅に上がった腕力を使い、剣で殴りつける。鈍器と変わりはない。思い切り殴りつける。
威力の向上に、ドラゴンが怯むのが分かった。
「”沼地より出ずる不浄の霊よ、その爪で我が敵を冒せ”! ミアズマ!」
ココルが紫煙の塊のようなエーテル塊をドラゴンにぶつけた。
瘴気の術だ。ドラゴンは臭いものでも嗅いだように、頭を振る。
「オラオラァァアア!!」
「シィィイイイッ!!」
好機を察したトールとジンが左右から攻め立てる。俺はそっちに矛先が向かわないよう、正面を捉え続ける。
盾の使い方で大事なことがもうひとつ。相手の視界のコントロールだ。
俺はドラゴンの頭に押し付けた盾を細かく動かし、とにかくいやらしくその動きを妨害する。視線をこちらに向けさせ続ける。
振り払おうとされればいなし、小さく剣を回して殴りつけた。
苛ついているのが分かる。だいぶ……思い出してきたぜ、剣術士の戦い方をな!
ドラゴンの目がぎらっと、再び色を変えた。
『ガァァアアア!! ムゥィク ゥイィッ! アク モーン ィイ アン エシュッ!!』
ドラゴンは腹に響くような声を上げ、一気に飛び下がった。
同時に、ドラゴンの瞳が怪しく光った。瞳にエーテルが渦を巻くように集中している。
「ぐっ……なんつう声を上げやがる……ッ。今のは……!?」
「ひぇっ!? な、なにか、しゃべった!?」
トールとココルがうめいているのが聞こえた。”なにか”だって?
いや、そんな場合じゃない。あの目が……何かマズい!!
俺はドラゴンを追いかけようと前に出した足を急ブレーキで止め、体を大きくひねり振り返る。
「見るな!!」
叫んだがそれは遅かった。
俺の背後、ドラゴンの方から閃光のようなエーテルが放射されていた。
「がッ!?」
「うひっ?」
トールとココルが驚きの表情のまま、ぎしっと動きを止めた。これは石化、いや麻痺か!? クソッ……邪眼ってやつか!!
なんてクソッタレな攻撃だ。少しでも遅かったら全滅だった。
かろうじて、ジンが向こうに顔を背けその邪眼を避けていた。
流石だぜ。頼りになる。俺が振り向いたのに釣られて、ただ奥のほうを向いただけにも見えたが、そんなことは置いておこう!!
「…………ッ!」
「これが……ドラゴン族か」
ジンが飛び出してきて、俺の横に並ぶ。その顔には焦りが見えた。
まったくもって、バカ野郎は俺だ。
舐めていたのはこちらの方だった。
────────────────────
いつの間にか雪足は収まりつつあった。風は依然として強く吹いている。
ドラゴンはごうごうと音を立てて息をしている。最初から死にかけだったんだ。もう飛び立つ事もできないだろう。それなのに4人を相手に圧倒している。大した生命力だ。
だが、もうひと押し。そのはずだ。
「ジン、目を狙え。あれがエーテルの
邪眼を放ったからというわけではない。あの眼を中心にエーテルが作用していた。恐らく視覚としてだけじゃない、重要な器官として働いているようだ。
ジンは黙って頷き、刀を正眼に構える。
「来るぞ!!」
ドラゴンが突っ込んでくるのに合わせて、俺は前に出る。
頭を抑えようと盾を構えたところで、ドラゴンが鎌首をもたげるように頭部を引いた。
盾を嫌ったか、狙いに気づかれたか。
マズい……引き込まれた!
『ゴアアァァアアア────ッ!!』
ドラゴンは右腕を振るい、俺とジンを続けてなぎ倒そうとする。
俺はその腕を──
「貰ってやる! 来い──ッ!!」
エーテルを展開して踏ん張り、盾を身に寄せて
盾が身体に食い込んで骨がきしむ。ブチブチと血管や筋が切れる音が聞こえた。脳が揺れ、視界に光の点が飛びちった。もう頑張ったとしか言いようがない。
普段なら後ろに飛んで殺す衝撃を、全部受け止めたんだ。
「よ、避けちゃだめなんてな……ホント、性に合わねぇぜ……」
だが、俺の骨や筋を犠牲に、その攻撃を受け止めることに成功した。
俺の位置はほとんど動いちゃいない。
ドラゴンは苛立つように唸り声を漏らし、再びその腕を振り上げる。
『ガッアッ!?』
そして、異変に気付いたようだ。
振り上げた腕が、そのまま止まっている。
俺は垂れてきた鼻血を拭い、ドラゴンに声を投げる。
「ゲホッ、ど、どうした? 動きづらそうだぜェ。ハハッ、タダで殴られてやるのもな……性に合わねぇんだよ!!」
”アァ────ムレングス”ッ!!!
自身を足場に縛り付けるこの技は、”攻め手”だけではなく”守り手”も使う。
衝撃を吸収するような効果は無い。
だが、その縛り付けるエーテルを攻撃してきた
ようするにネバネバしたエーテルを押し付ける感じかな。ばっちぃ。
とにかく、
「ぜッアァァァアア!!」
ジンが大気を震わすような気合を上げて跳躍していた。
担ぐように構えた刀で、ドラゴンの目を斬りつける。長い刀身の
一瞬遅れて、ドラゴンの目がぱっくりと開き、傷口から血が吹き出した。
『ゴォオオッ!! ……ヤゥ……イィ! ──ズァー スィン アーン キン!!』
ドラゴンは後ずさりして、
声が雪の向こうへと消えると、遠くからギャアギャアと応えるような奇声が聞こえた。
仲間、眷属を呼んだんだ。2つ。いや、3つか。
「フ、フロスト……ざ、雑魚は俺が、引き受ける」
いつの間にかトールが近寄り、言った。
強引に動き出したのか?
無茶な野郎だ。ココルを見るにまだ麻痺は解けていないはずだ。
トールはぎしぎしと体を動かしながら、眷属の声がする方に顎を向ける。
「うごご、こ、来いっやぁあ!!」
「トール……無理すんな。ハァッ……アイツは仲間を呼んだ……
「ああ? な、何言ってやがる」
ギャアギャアと遠くに聞こえる鳴き声が、ひとつ途絶えた。
風切り音が聞こえ、俺たちの近くに大きな何かが墜落した。雪を撒き散らし、何回転かして止まる。そのまま微動だにしない。
落ちてきたのは。前足がコウモリのような羽になったトカゲのような姿。ドラゴン族の眷属、ワイバーンだ。
『アン キン──!?』
そのワイバーンの体には、巨大な鉄の
エレゼン族の背丈程はある巨大な銛だ。
「プライドの高い生き物なんだ。いまさら仲間を呼ぶってことは、もう他に手がないって言っているようなもんだ」
またひとつ。ワイバーンの声が消えた。
俺は続けて言う。
「そして、
そうだここが噂の戦場だと言うことは、ここがあの
風がひとつ強く吹いた。
気圧のズレにそって、薄くなった雪の幕が割れて視界が開いていく。
まず見えたのは崖だ。続けて巨大な石橋が現れ、中央から左右に伸びていく。
はるか遠くに、雲海に浮くような巨大な城が見えた。
そして手前には、巨大な城壁を備えた門、”大審門”が現れた。
「フン……もう着いてたってことか。あれが……”皇都”、”イシュガルド”か!」
城壁に取り付けられた
でかい見張り台に火が灯っているのが見える。ドラゴンと戦う前に、太陽に見間違えたのもあれだ。
積もった雪が舞い上がる地面ならまだしも、空を飛んでる竜を見逃す可能性は低いだろう。雪が収まった今なら、そろそろ兵士たちがこのドラゴンにも気付いていい頃だ。
「どうする、ドラゴン。今なら見逃してやっても──」
『グルゥァァア──────ッ!! ガァァアアアア!!!』
「……そうかよ」
ドラゴンは振り絞るように叫んだ。
本当にしぶといやつだ。
こうなったらありたっけだ。全部見せてやるぜ!!
俺は雪に剣を突き刺し、エーテルを込める。
「”サークル・オブ…………”! ……ッ?」
──エーテルを展開しようとして、止めた。
「ハァッ……やっとか」
雪から剣を抜き、俺は息を漏らした。
ドラゴンは吼えたきり棒立ちで、ガクガクと四肢を揺らしている。
牙をむき出した口を開け、ごぼごぼと大量の黒い液体を吐き出した。液体はどろどろとしたタールに似ていて、雪を溶かし湯気を立てている。
ようやく、ココルの”ミアズマ”が効いきたようだ。
毒気の術は破壊的な衝撃は起こさず、じわじわと効く。軽視されがちだが、エーテルに寄る作用だ。どんな生き物も避けられないし、トータルでみたその影響力は、呪術にひけはとらない。
どこか重要な器官を冒したのだろうか。すでに、立っているのがやっとだったようだ。
つまり、俺たちの勝ちだ。
ドラゴンは牙の隙間からぼたぼたと液体を流しながら、俺たちを睨みつける。
ゆっくりと口を動かし始めた。
『……マァ アラ……モーン……ャ……ィイ』
そして、ようやくズシンと音を立てて雪に沈んだ。今度こそ、死んだ。
「……最期、何を言ったか聞こえたか?」
俺は仲間たちにそう聞いた。いつの間にかココルも麻痺が解けたのか、近くにいる。
「はぁッ、ハァ……ああ。喋ってたのか? ありゃあ」
「ひ、ひひ。き、きっと、ココたちの健闘を
……そうか、あの
なんとなく言いたいことが分かる程度だったが、ドラゴンの声が反響するようにその意味を伝えてきた。
最期も、思いっきり悪態ついてたな。
俺には仲間にも言っていない、過去の光景を知る力がある。
今のも、その力の一種だと感覚で分かった。妙な力だ。発動する時や、相手を選べない。役に立たない時の方が多い。この力が何なのか、そろそろ誰かに教えてもらいたいもんだ。
突然、視界が回転して、真っ白になった。
雪がちらちらと自分に向かってくるのを見て、ようやく自分がぶっ倒れたのだと気付いた。
結構もらったからな。
「フロスト!?」
「……大丈夫だ……早く……癒しの術をくれ」
カーバンクルが俺を気遣うように鼻先をこすり付けてくる。なでてやると嬉しそうに身をよじった。こいつ……今まで何してやがった。
「待ってな。フロスト、頑張ったからね。回復料20%引きだよ」
「…………早くしろ」
こうしてようやく、俺たちはイシュガルドの足下までやって来た。
いきなり名物のドラゴンと戦えるなんて、幸先の良いスタートだ……なんて、露ほどにも思わなかった。
ドラゴン語は公式の設定に沿うように書こうとしてますが、間違ってるかもしれません。
『弱っちい人間どもが! 俺の目で殺してやる!』
『糞人間が! 眷属ども、復讐の時だぞ!』
『俺の眷属が……!?』
『滅びろ……糞人間ども』
とか言ってます。