「──ハァッ!? お、王家転覆ゥ? あ、あの、”光の戦士”が?」
俺はその話を聞いて、思わず声を上げた。
話の主は慌てたように小さな指を口に当てながら、器用に小声で叫ぶ。
「しぃ──ッ! ばかっ! 大きい声出すなよ……そういう
リンクパールを通じてそういう話を聞いたと、ララフェル族のココルは高い声を抑えて言った。
このクルザス地方から離れたエオルゼアの中心地では、その話で持ち切りらしい。
俺たちがいる”忘れられた騎士亭”は、クルザス地方の皇都”イシュガルド”にある大衆酒場のひとつだ。今は昼食を食べに来た客で賑わっている。
このイシュガルドに着いて、何日かが過ぎていた。この酒場はお気に入りだ。
「そいつは。ちょっと信じられねえな……何でそんなことをするってんだ」
低い声でうなるように言ったのは、トールだ。ルガディン族らしく、赤く錆びた剣山のような
ココルは両手でジョッキをいじりなら、うつむきがちに口を開く。
「なぜかなんて、知らないけど……かなり確かな話らしいんだ。あのウルダハの王女も、もう何日も姿を見せてないって……あ、暗殺されたって噂も出てるのに……」
「……信じられねえな。強ぇ奴が、暗殺だと?」
認めたくない。そう言いたそうにトールは繰り返し答えた。
光の戦士とは、ここエオルゼアでは有名な人物だ。”英雄”だの、”蛮神を征するもの”だの……その噂は、枚挙に
ソイツは
……俺とトールは一度だけ、その背を戦場で見かけたことがある。その強さを目の当たりにした。腹立たしいことに、それは大きな借りだ。そう思っている。
俺は給仕の人に手を上げ、エールを追加で注文した。
ここクルザスは環境エーテルの影響で、年中雪の降る気温の低い地域だ。だが、だからこそ、
渋い顔を作り黙る二人に、俺は言う。
「いや、俺はやると思ってたぜ……そりゃそうだろ? 英雄だなんて祭り上げられてりゃ、そりゃあ次は王座にだって着きたくもなるぜ」
間違いなくそうする。俺だったら、そうする。
トールは鼻から息を吹き出すと、少し残念そうに呟いた。
「……フン。英雄も、人間か……それでココル。捕まったのか? ”光の戦士”は」
「逃げたって。”
暁の血盟もエオルゼアでは知られた名だ。
俺たちもしばらく所属した、”クリスタルブレイブ”の母体のようなものだった。エオルゼアの救済を目的とした集団で、”蛮神”問題の解決に加え……ア……アシ……なんとかって言う
”英雄”も、続く戦いの中では少しくらいおかしくなっても不思議じゃないさ。
「案外、この辺りに逃げてきてるかもな! ハハハッ──おっと」
笑う俺のそばに、小柄な影が立っていた。エプロン姿で、エールの入ったジョッキを持っている。
「お待たせしました、エールでっす」
「ああ、ありがとよ。あとアンテロープの串焼きも追加で」
最近見かけるようになったララフェル族の給仕さんだ。かしこまりましたでっすと、頷きながら立ち去った。
俺は木をくり抜いたジョッキを口に寄せながら、辺りを眺める。
イシュガルドにはララフェル族があまりいないと、ココルや、ココルの親父のコルベール卿の話で聞いていた。だが全くいないというわけでもなさそうだ。
酒場の隅ではなんと、黒い角を生やしたアウラ族もいる。エオルゼアではあまり見かけない種族のはずだ。そいつは見るからに凄腕だ。だが拒絶の雰囲気が強く漂わせ、近寄る気にはならない。
イシュガルドは閉鎖的と言うが、意外に多様性のある国かもしれないな。
アウラ族と言えば……またか。ジンがいない。
ジンは俺たちの仲間の一人だ。背が高く、東方の格好に刀を差したジンは、ひどく目立つ。フラフラ出歩いて迷子になるならまだマシだ。妙な厄介事を持ってこないといいが……。
頭上でカラカラとドアベルが鳴る音がした。
屋外へつながる扉が、吹き抜けになったこの建物の上の方にある。壁に沿うように取り付けられた階段から、足音が降りてくる。
足音で分かる。ジンだ。
そして……足音で分かる。
「貴方達がこの迷子の仲間? ……イヤだ、もう飲んでるの?
まだ昼間よ、と悩ましげに言ったのは、もちろんジンではない。ジンは共通語を使えない。
ジンの背後から現れた見知らぬそいつに、俺は呆気に取られていた。トールとココルもぽかんと口を開けている。
ジンが気まずそうな顔で、のそのそとトールとココルの間に座った。
謎の人物は続けて言う。
「ドラゴン族を倒した
「……はぁ……どうも。えっと、どちら様で?」
見下した目で言葉を吐き捨てるそいつに、俺はなんとか声を絞り出した。
迷子を保護しただけじゃないな。どうやら俺たちが目当てで現れたようだ。
「貴方がリーダー? ……フン、がっかりね。神殿騎士団のジャンヌよ……覚えなくても良いわ。どんな面をしてるか、見に来ただけだから」
「……あぁ、そうかい」
失礼な奴だ。ま、それぐらいが接しやすいさ。
神殿騎士団とはイシュガルドの国防、治安維持に関わる軍事組織だ。あの有名な竜騎士の部隊もそこに含まれる。国軍だけあって大きな組織だ。
それにしても奇っ怪な姿だ。
ソイツは身体的な特徴はミッドランダー族を示しているが、背も高く鍛えすぎているせいか、そうは見えない。
やけにバサバサとしたまつ毛だ。唇になにか塗っているのか、白くテカテカとしている。肌は浅黒く雪国に合わない。髪はサイケデリックな色に染めている。
ジャンヌと名乗ったそいつは、背の高い筋骨隆々の男だった。
「大した連中には見えないわね。で、も」
だが、喋り方や化粧はどうだって良い。見せたい角度があるのか知らないが、体をくねくねさせられるのも心底うっとおしいが、まあ、良い。
気に食わないのは、その目つきだ。
そいつは口元を歪め、不躾な目で俺たちを順繰りに眺めた。感じが悪い、というより、気色が悪い。
値踏みするような目だ。興味と……憎しみも感じられた。
俺とトールの間に立ったジャンヌは、馴れ馴れし手付きでトールの肩に触れた。
「……アナタは、なかなか見どころがあるわァ」
「………………勘弁してくれ」
トールはぞわぞわと鳥肌を立て、小さな声で呟いた。俺が笑いをこらえて顔を伏せると、ココルが同じようにしていた。
「あなた、神殿騎士には興味なぁい? 私の分隊にって、口を聞いてあげるわ。こんな未来のないヤツらと、つるまなくても良くなるわよ」
その言葉にトールは表情をピクリと動かした。
そして肩に乗った手を払いのけると、目をギロリと動かして言った。
「興味ねえな。クソ退屈そうだ。おい……気安く触るんじゃねえ」
「…………ッ! この……」
何の
手を払われたジャンヌは目に怒りを浮かべ、唇をピクピクと震わせた。トールはその目を黙って睨み返している。
トールは”守り手”として、天性のものを持っている。それは腕力や体格だけじゃない。
低いトーンの声や乱暴な仕草、目つき、そして若さからくるだろう無鉄砲なクソ生意気な雰囲気。それに飲まれたものは萎縮し、そうでなければコイツに自分が上だと示すのに、やっきになるだろう。
つまり何が言いたいかと言うと……俺の仕事がやりやすいってことだ。
俺が笑みを噛み殺しながら視線を上げると、ジンが呆れたようにこちらを見ていた。目ざといやつだ。
「……まあ良いわ。精々大人しくしていなさい。迷惑をかけない虫けらなら、わざわざ潰さないわ。サヨナラ。異端者を追わないとイケナイの……貴方達がそうだったら良かったわ」
そう言ってジャンヌは背を向け、来た方の階段へ歩みだした。
……異端者? ああ、コルベール卿の話にあったな。ドラゴン族側に立った人間のことだ。屈服したのか、何か利益でもあるのか……色んな人間がいるものだ。
ドアの閉まる音を聞き、安心した俺は泡の引いたエールを持ち上げようとして、取り落しそうになった。
テーブルをバンバンと叩く者がいた。
「な、なんだアイツ……むかつく、ムカつく!! フロストッ! 何でお前はなにも言い返さないんだ!」
ココルだ。そういやココルにしては珍しく噛みつかなかったな。親族が貴族のコイツには、立場ってのもあるだろう。
「まぁ落ち着けよ。嫌味を言われたぐらい、別に怒るほどのことじゃねぇだろ? それに──」
俺は余裕たっぷりに見える態度を示しながら、
「一杯、奢ってくれるみたいだからな」
手に持った革の袋を持ち上げてみせた。
あいつが
「…………クッ、ガハハハ! やりやがったな!」
「アイツの財布? スったの? うわー……ひひひ、フロスト! このドロボーめっ!」
……おっと待てよ。今のは聞き捨てならないな。
俺はゆっくりと財布の紐をほどきながら、チッチッと舌を鳴らす。
「ど・ろ・ぼ・う? 俺を呼ぶなら──ん?」
答え始めたところで、意識を中断された。
財布から、貨幣ではない
「何だこりゃ? …………クリスタル?」
俺はそれを手に取り、目の高さに持ち上げて観察した。
それは確かにクリスタルだが、普通のクラフトなどに使うものとは、少し違うように見えた。
針金が固定され、細い鎖が繋がっている。装飾品にしては無骨な作りだし、クリスタルをそのまま装飾品にすることは余り無い。それに……強い
俺がそうしてソレを眺めていると、息を呑むような音が続けて聞こえた。
「うわっ!? フ、フロスト、それ!!」
「お、おい。まさか、ソイツは!?」
「………………ッ!!」
トールとココル、珍しいことにジンまでも、目を見開き、息を詰めるようにして俺が手に持ったソレに視線を注いでいる。
「な、何だよ。コレ、知ってるのか?」俺はその剣幕に、たじろぎつつも聞いた。
ココルがつばを飲み込むように頭をコクと動かし、口を開いた。
「一度見たことがある……間違いない。そ、それは、
────────────────────
「へぇ、これが……
もちろん、ソウルクリスタルについては聞いたことはある。冒険者を続けていれば耳にする。だが大したことは知らない。それを持てば技や力を得ることができるってことぐらいだ。
ソウルクリスタルを持つような者は多くない。それを持つ者は、冒険者が属するギルドと違い、一家相伝や伝統芸能のような形で、少数に受け継がれることがほとんどだ。
そういう限られた戦闘技能を持つ集団を、門戸を広く開いた”
「そう、それにそれは……”ナイト”のソウルクリスタルだ」
「”ナイト”……ウルダハのか? 何でアイツが」
”ナイト”とは、単に
ココルはクリスタルから目を動かさずに続けて言う。
「ウルダハとイシュガルドも、昔は技術交流もあったしね……その頃のものじゃないかな。それに神殿騎士も、ウルダハの騎士も、技術体系はほとんど一緒だよ」
なるほど。
ココルの言葉を、俺は意外には思わなかった。
エーテルを使った技術というのは、非常に洗練されている。どんな場所、どんな相手でも、同じ武器を持っていれば同じような動きになる。それぞれの武器の技術体系は、それほどに広く深く浸透している。
ナイトの技も発祥がウルダハの銀冑団というだけで、その技術はある程度広まっているのだろう。
俺は改めて、手のひらに収まるそのクリスタルを眺めた。淡く、揺れるように光っている。
不思議な輝きだ……俺は何か吸い付いてくるような、引き込まれるような感覚を受けた。その感覚に従って、俺はクリスタルに軽くエーテル伝わせた。
「う……こ、これは!?」
クリスタルが強く輝き、込めたエーテルが共鳴してある感覚が伝わってきた。
そのクリスタルの光を見たココルが声を上げた。
「お、驚いた! フロスト。お前、ナイトの才能があるんだよ!」
「……な、なるほどな、ソウルクリスタル……これは、技の記憶か……!」
俺に伝わってきたのは、”ナイト”の技術だった。妙な感じだ。使い慣れた道具を持ったときのように、乗り慣れた座席に座ったときのように、すでにその技たちを使い慣れたような感覚だった。
驚くべき代物だ。本来なら長い時間をかけた修練で得る
「ナ、ナイトだと……? フ、フロスト。ちょっと、俺にも貸してみろよ」
トールは体を前のめりにさせ、手を差し出してくる。
俺がエーテルを伝えるのを止めるのと同時に、クリスタルの光は消えた。
「ああ、ほらよ。ココルはともかく……お前もよく分かったな、トール」
俺はトールにクリスタルを渡しながら、これがソウルクリスタルと見抜いたわけを聞いた。
トールはクリスタルを受け取ると、そのまま強く握りしめた。
「ぐっぬぬぬ……俺が住んでた村に、
「ト、トール、次貸してっ! なあフロストっ、どんな感じだった?」
ココルは興奮した様子で俺に詰め寄ってくる。俺がクリスタルから何を感じたかを伝えると、ふんふんと頷いて考え込むようにしている。
「……なるほど、コツ……記憶か」
「ああ。何なんだこれは?」
「分からないよ……でも……なぁ、前に、トームストーンの話したの覚えてる?」
トームストーンとは古代帝国アラグの碑石だ。好事家が集めてはいるが、冒険者にとって直接利用できるものではない。ただの交換材料だ。
「ぬぅぅうう……情報がどうとか言ってたやつか……っぬぅぅぉおお」
「そう、情報媒体。恐らくだけど、それに近いものなんだと思う。
もちろん文章や音声としてじゃない。つまり技や術、そういうものがエーテル波長として、記憶されてるんじゃないかな。それと……これは、そのクリスタルによるんだろうけど……”思い”や”気持ち”……つまり、”魂”も」
どんなものにしろ、使い込んだ道具には”クセ”のようなものが残る。そういうものを手にした時に、自然とそれの動かし方が分かることがある。きっとそういうものなのだろう。知らんけど。
「ぬぅううぅうう!!」
「魂ね……
「わかんないよ、魂や記憶を結晶化するなんて……よほど長い時間か、アラグ並みの技術がないと」
「ふんッぬぉぉぉぉおおおお!!!」
「うっるせぇーーッ! トール、諦めろ!!」
トールは顔を真っ赤にして(元々赤い肌だが)、額に青筋を立ててクリスタルを握りしてめている。全く光る様子はない。そもそも力を込めればどうこうってモンじゃねぇ。
「──クソがあッ!! なんで俺がナイトになれねえ!!」
トールは吐き捨てるように声を上げ、テーブルを叩く。
ナイトに憧れてたのか? 分からなくもない。ナイトといえば物語にもよく出るいわゆる花形だ。コイツはそういうのに憧れる、ミーハーなところがある。まあ、フォローぐらいしておくか。
「ふっふーん。ま、しょうがねぇよ、トール。こういうのはさ、ほら、才・能だからさ……仕方が”ないと”いうもんさ。別にナイト才能が”無いと”言っても、これからじゃねぇか。”なっ、意図”的にどうこうできるもんじゃねぇよ。がんばら”ないと”な!!」
「…………う、うごごぉぉお……コイツコロス……いつか、ブッコロス……」
俺はトールに励ましの言葉を贈りながら考えていた。
そもそもトールは剣も盾も使ったことない。少なくともこのソウルクリスタルに込められたのは、ナイトの応用としての技術だ。
俺には剣術士の経歴があり、土台がある。そうではない剣を握ったことがない人間に、剣を使った応用技術の”コツ”を伝えたって分かるはずがない。面白いから言わないけど。
俺とトールのやり取りを、からからと笑いながら見ていたココルが口を開いた。
「まぁ、クリスタルがどれぐらい人を選ぶかなんて、知らないけどね。すごいんじゃん、フロスト。これがあれば、お前…………あっ……」
ココルは機嫌の良さそうな顔を一転させ、真っ青な顔で止まった。
…………ひどく、嫌な予感がする。
「お、おい、何だよ……か、顔がこわばってるぜ? お、驚かしてるんだろう?」
俺はすでに逃げ出したい気持ちになりながら、なんとか声を絞り出した。
「ははは。あ、あ、あのさ。そのクリスタルって……さっきのジャンヌってやつの、だよね?」
「そ、そりゃあ、そうだろうよ。アイツの財布に入ってたんだから……」
「その、さ。異端者を追ってるって言ってただろ? ほら、いざ戦うって時にさ、その、ソウルクリスタル、持ってなかったらどうなるかな? って、あはは……」
「……はは、そりゃ、おめぇ……」
戦闘中に使えると思っていた技が、突然使えなくなるなんて命取りもいいところだ。
普通に死ぬ…………あっ。
「…………」
「………………」
「………………ああ、ココル。さっき貸せって言ったな。渡すぞ」
「バッ、いらないよ! フロスト、ヘイっ!」
「投げんな!! クソッ……こんなつもりじゃ……! ジン、手ぇ広げてんな!! そういう遊びじゃねぇんだよ!!」
ま、まずい。流石にこんなつもりじゃなかった。
クソ野郎とは思ったが、死んで欲しいとまでは……信じてくれ、俺はそんなつもりは……!! クソッ、誰も聞かねぇ言い訳ほど無意味なものは無い!!
「おい! お、落としもんを届けに行くぞ……! クソッ、どこ行ったアイツ!?」
「興味ないね」
「あ、いってらっしゃ~い」
「ぜぅ」
仲間たちは急に善良な市民面をして姿勢を正している。舐めた野郎たちだ。当然、逃がすはずもない。
「いいから来い! もし俺が捕まったらあることねぇこと喋り倒すぞッ!!」
「ホント退屈しねえよ、このクソッタレが!!」
「ドロボー! ドロボー! ドロボーッ!!」
「……ッ…………ッッ!」
「うるさいッ! 全員、黙って付いて来い!!」
当然、一蓮托生だ。仲間ってのはそういうもんだろう。