──見つけた!
山岳の頂上にそびえるイシュガルドは、限られた土地を活かすためか高低差の大きい都市だ。堅牢な城壁は深く入り組んでいて、下層にいくほど光が届かず陰鬱な印象だ。
標高が高いせいか、厚い雲は低く広がり、一層重苦しく冷たい空気を漂わせている。
豪奢な建物と美術的な彫刻の並び、香水の香りが広がる上層部と違い、この下層には壊れかけの小屋と破壊された石塁が散らかり、小便と吐瀉物の匂いが鼻を突いた。
だが気温が低いおかげで、その匂いは砂都ウルダハの路地裏よりはマシだ。
俺が駆けているのは修理の行きどといていない城壁の上、そしてその下にそいつらがいた。
路地裏の袋小路になった場所に、神殿騎士の格好をした何人かが並んでいる。ジャンヌと名乗ったでかい男の姿も見えた。
向かい合って小柄な人影がひとつ立っている。あれが異端者だろうか。
俺は冷たい石塀に手をかけて強く足を踏み込んだ。高さ。10メートルは無い。これぐらいなら、問題は無い。
「さあ追い詰めたわよ。ちょこまかと逃げ回って……観念しなさい」
「な、なんで! 違うって言っているのに──」
「その捕物! 待ったァッ!!」
俺は声を張り上げながら、城壁から飛び降りた。
神殿騎士たちとフードの女の中間に着地した。両者が驚いたように下がる。
「えっ……な、何?」
孤立した方の人影が声を上げた。女の声だ。フードを被っている。
……はて、どこか見覚えがあるような……。
とにかく立ち振舞いは、素人のものだ。そこまで危険な相手ではないようだが、一応背中を見せないように、2、3歩下がった。
「あら、貴方……ダメよ、今は。忙しいの」
剣の柄に手をかけていたジャンヌは、俺であることに気付いたようだ。
ジャンヌは白い息を突き、首を振った。クソッタレめ、変な言い方をするんじゃない。
ジャンヌが手を軽く上げると、背後でうろたえていた4,5人の神殿騎士たちが大人しくなった。
俺はジャンヌの7倍ぐらい白い息を撒き散らしながら、声を絞り出す。
「わ、ハァッ……ハァッぜぇ、ひぃ……っ! わひ……ちょ、ちょっと待て……ひぃ」
「…………見苦しいわねェ」
まったく腹の立つ野郎だ。俺は膝に手をついて、苛立ちと呼吸を抑えるのに集中する。
息を出し入れしていると、音を立ててジンが俺のそばに着地した。まっすぐ立っているが肩で息をしている。ココルとトールも、遠くの方の階段を降りてくるの見えた。
ようやく呼吸が整ってきた。最後にひとつ大きく長く息を吐き、吸う。
俺は握っていたソレの鎖持って、見せびらかすように掲げた。
「ほらッ…………わ、忘れもんだぜ」
ジャンヌが酒場に忘れていったソウルクリスタルが振り子のように揺れ、へき開面に沿って光をキラキラと反射した。
「…………ッ!? …………やってくれたわね」
「……何?」
ジャンヌが吐き捨てるように呟いた。俺は耳が良い。それでようやく聞き取れる声量だった。
ひどく迷惑そうな顔をしている。憎々しげな目だ。なぜそんな目をする。
ジャンヌがクリスタルに手を伸ばそうとしたのか、小さく手を持ち上げ、すぐに止めた。
「その飾り……その鎖は!」
「バ、バカな……! そのクリスタルは……スコット殿のものだ!」
「なに!? なんだお前たちは! なぜ
背後の神殿騎士たちが、大きな声を上げた。
「……何だって?」
神殿騎士は俺の持つクリスタルを指差し、口々に声上げている。それでもジャンヌより前に出てこないのは、よほどきちんと教育されているのだろう。
それよりも……話について行けていない。
誰だ、スコットって。このクリスタルは、目の前の男のものではないのか?
「お前達、何をぼーっとしているの。こいつらも異端者よ。ひっ捕らえなさい。
目の前の男、ジャンヌが冷たい声で言った。
神殿騎士たちは戸惑うように顔を見合わせている。
良くない雰囲気だ。俺はそっと手の甲で剣の柄に触れ、その位置を確かめた。
大審門で拾った剣と盾はそのまま使っている。盗んだわけじゃないぜ。コルベール卿にも頼んだが、遺族は見つからなかった。だったら使い倒してやるのが供養ってもんだ。
神殿騎士のひとりが1歩前に出て声を上げた。
「し、しかしジャン隊長……し、失礼しました……ジャンヌ隊長。こうしてクリスタルがあるのは、どういうことでしょうか。
な、なぜこの者たちが、スコット殿のクリスタルを、あなたに渡そうとしているのでしょうか」
ジャンヌはその騎士を睨みつけて、口を歪ませながら開く。
「そんなの知らないわ。こいつらがスコットを殺したのか、どこかで拾ったのか……そんなところでしょう」
「で、ですが。ジャンヌ隊長。あなたは彼らと面識があるようですが……それは」
「……なぁに? 貴方、私を疑っているの?」
「い、いえ。ただ、説明をいただきたく……」
意味の分からない構図だ。俺たち、神殿騎士、おろおろとしている異端者らしきフードの女。神殿騎士たちはジャンヌとその他に別れ、四つ巴となっていた。
俺たちの視点では、ジャンヌが悪いに決まっている。コイツは嘘を付いている。クリスタルの出どころは、俺たちにとっては確かなのだから。そうするとフードの女が異端者というのも、怪しい話だ。
しかし俺たちの立場は良くない。彼らはこの国の軍人で、俺たちは所詮は余所者だ。命の優先度が低いのだ。もし俺たちがこいつらに手を出そうものなら、優先して殺される。
幸い神殿騎士は一枚岩じゃない状況だ。もっとジャンヌ対する疑念を持ってもらわないといけない。
俺が自分たちの正当性を示そうと口を開きかけたところで、ジャンヌの言葉に遮られた。
「馬鹿ねェ。私はもともとコイツラを疑っていたのよ。こうして出てきたのは、おおかた仲間を庇ってるのか、
いいから、早く捕まえなさい。貴方達、私を怒らせたいの?」
「……は、はいッ」
ジャンヌは苛立ちを隠さずに、騎士たちを睨みつけた。神殿騎士たちは怯えるように返事をして、剣を抜いて俺たちに向けてきた。
俺はむらむらと怒りが湧いてくるのを感じていた。
好き勝手言いやがって! 無実の人間を捕まえて罪を着せ、権力や暴力を笠に着て他人を思い通りに動かそうとする。むかっ腹が立つぜ。
「このヤロォ……舐めたことほざいてんじゃねぇぞ!! てめぇの懐から
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ガシャン、と錠の落ちる音が、地下室の冷たい壁に響いた。
「真偽については、追って尋問する。心当たりが無いと言うなら……大人しくしていろ」
兜を被った神殿騎士の男がそう言った。ジャンヌに最も食って掛かっていた奴だ。
俺たちが武器を押収され、押し込まれたのは地下牢だ。牢の数は少なく、俺たちしかいない。どうやら刑を与える収容所ではなく、一時的に身柄を拘束するための留置施設のようだ。
俺は太い鉄格子を叩き、不運を嘆いた。
「クッ……何故だ!」
「何故だ……じゃねえんだよッ! このタコ!!」
「ぎゃあッ!?」
後頭部に強い衝撃があり、つんのめって鉄格子に顔面をぶつけた。
俺は振り向き、げんこつを作っている巨漢に声を上げる。
「何しやがるッ、トールてめぇ!!」
「スッただの、余計な事を言うからだ!!」
「だっ……うるせぇ!!!」
かっとなって言った。
だが正直さは褒めてほしい。
「大人しくしていろ……!」
「あっ、待て……クソ、行っちまった」
兜の騎士は金属のブーツを鳴らして去っていった。
色々と知りたいことがあったのだが、聞きそこねてしまった。
俺は牢屋の外側に手を出し、錠に触れて大した錠ではないことを確かめた。開けるのは難しくないだろう。襟の辺りに針金も隠してある。海都に居た頃、双剣士ギルドでこういう鍵開けの技術も学んだのだ。
ただ、今飛び出しても、立場を悪くするだけだ。もう少し情報が欲しいところだ。
「ね、ねぇ……!」
牢屋の中で、聞き慣れない声が響いた。
そいつの存在を忘れていた。俺たちと一緒くたに牢屋に放り込まれた、フードの女だ。
俺が振り返ってみると、まだフードは被っていた。
「あの……ごめんなさい。巻き込んじゃった……のか、よく分からないけど……」
おずおずと手を前に出して、口淀んでいる。
戸惑うのも無理はない。ジャンヌに異端者に仕立て上げられたとしたら、一番混乱しているのはコイツだろう。
「別にお前のせいじゃねぇよ。異端者じゃない。そうなんだろ?」
フードが一度小さく揺れ、女は訴えるように声を上げた。
「……ち、違う! 私はただの技師! あのジャンヌって人は、前から私の工房に難癖を付けてきてたの」
「技師……? ……そうか、お前、コルベール卿の屋敷にいたヤツだな?」
どこかで見たと思っていた。俺たちがイシュガルドにやってきた日、コルベール邸に出入りしているという技師が居た。顔を見ていなかったので、気づくのが遅れたようだ。
再び、女のフードが小さく揺れた。
「ええ、いつかのお客さんたちだよね。あれから、卿のお宅では見かけなかったけど。ところで、その……
女はフードを下ろすと、小さく頭を下げた。
「私の名前はルカ・マカラッカ。ルッカって呼ばれてるの。そんな場合じゃないかもしれないけど、よろしくね」
そう名乗った女の耳は、頭の横ではなく、グレーの髪色の
このイシュガルドでは全く見かけずにいた、ミコッテ族だった。
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「よろしく、ルッカ! ココはココルだよ! このパーティの、ふふ、”癒し手”って感じかな」
「よろしくね! ココルちゃん」
ミコッテ族はその耳と、長い尾が特徴的な種族だ。エオルゼアには2つの部族が住むが、どちらも狩りを営んでいる。どちらかと言えば排他的な種族だ。だが、部族内の繋がりは強固だと聞く。
そのため彼女たちは縄張り意識も強く、多種族が寄り添う大きな都市では目立たない。
「俺はトール。そっちはジンだ」
「それ、東方のお辞儀? よろしく、ジン君。トールさんも」
「……
その体つきは華奢に見えるが、れっきとした狩猟民族だ。狩猟民族でもあり、少数民族でもある彼女らが、冒険者として名を馳せることは少なくない。
先天的な瞬発力やバランス感覚、高い五感は冒険者としての資質を備えていると言える。
ずうっと昔。大氷雪時代と呼ばれる、世界が氷に覆われた時代があったらしい。ミコッテ族がその頃に、氷の海を渡りこの地にやってきたという。ありがとう、第五霊災。
「それで。コイツが……おい。フロスト?」
「…………? あのぅ?」
目の前の女は大きな瞳を俺に向け、首をかしげている。髪と同じ色の被毛を持つ耳を、片方だけパタリと寝かせた。すごいぞ、耳を片方だけパタリと寝かせたぞ。
その吸い込まれそうな大きな目も、耳も、生まれ持った狩人としての特徴と言える。大きな目は言わずもがな高い視力を示し、左右を別々に動かすことができるその耳は、高い指向性を持って得物の音を探るだろう。
「……あの? …………ええっと……?」
「おーい、フロスト? え、とうとう壊れちゃった?」
彼女の瞳孔が丸く開き、口元から小さく牙が覗いているのが見えた。間違いない。月読の民とも呼ばれる、ムーンキーパー族だ。夜行生活を送るという彼女らは、森都グリダニアがある黒衣森に住むらしい。彼女がここにいるのは、なにか事情でもあるのだろうか。
彼女が名乗った時、”ルカ”と言う言葉には、呼気が混ざる独特の発音があった。種族独自の音声体系があるのだろう。ルッカという呼び名も名乗ったのは、正しく名前が発音されないことを嫌ったのかもしれない。
そして、ああ、なんてことだ。尻尾だ。尻尾が生えている。ゆらゆらと揺れている。
髪と同じ、鈍い灰色だが艷やかな被毛で、毛量は豊かで実った小麦畑のようにそよついている。わぁ……すごくふわふわだ。
「…………にゃ……」
尻尾が彼女の体の影に隠れてしまった。
なんてことだ……太陽を失ってしまったかのような喪失感だ。だが仕方がない、彼女は月読の民だ。闇に君臨する夜の女王の瞳は俺にとっては太陽だ。臆病な獲物にとってそれは夜だ。
彼女が不安そうな目で俺を見つめている。暖かな地域に住むはずの種族だ。同族も居ないこんな寒い国では不安になるのも無理はない。
そうだミスト・ヴィレッジに家を買おう。暖かく、海の見える小さくても庭のある家を。そして子どもは三人。上から女の子、女の子、女の子。他意はない。男は生まれにくいのだ。そして庭には大きな三毛猫を……! ああ、息が苦しい……! 尻尾が見えない。そうだ太陽が隠れてしまっては植物が大気の毒を浄化できないきっとそのせいだ、太陽が隠れたままでは世界が氷河期になり氷に包まれて遠い大陸からミコッテ族が渡ってくることになるだろう。なんてことだ世界はループしていたのか。うう、息が……しし尻尾ぉぉおお!
「キャアアア────ッ!?」
「うわあああ!? 何なんだてめえは!!?」
「ジン! はやくそっち抑えて! はやく!」
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「……ハッ……俺は何を……?」
気がつくと俺は冷たい石床に組み伏せられていた。なぜか酸欠にでもなったように、頭がくらくらする。
仲間たちが俺にのしかかり、ぜいぜいと息をしている。ルッカが牢屋の隅でしゃがみ込み、何かを警戒するように毛を逆立たせていた。
「
いつの間にやってきたのか、兜の神殿騎士が顔を真っ赤にして声を張り上げた。
「次騒いだら、脱走の意思ありと見なして槍で突いてやる!! いいな!!」
「あっ、ちょっと待て! どけ、てめぇら! ふざけてる場合ねぇっての」
俺は信じられないものを見るような目をしてる仲間を振り払って鉄格子に駆け寄り、肩を怒らせて去ろうとする騎士に声をかけた。
「待てよ! ……おたく、
「…………ッ!?」
俺はその名前に、親しみを込めて言った。当然だが、スコットなんて人間は知らない。
だが効果はあったようだ。背中を見せていた騎士が立ち止まり、こちらを向いた。
「……何だと? 貴様、やはり……!」
「まぁ、待ってくれよ。俺たちだって、戸惑ってるんだ。先に聞かせてくれ、あのジャンヌって奴のことさ。おたくだって、
「黙れ……余所者風情が……」
「ジャンヌは、一度も疑われなかったのか? そんなはずはない。ジャンヌとスコットは、何か関係はあった、そうだろ?」
俺は口を濁す騎士に、畳み掛けるように言った。
これもはったりだ。同じ隊なら関係があって当たり前だからな。言葉を
俺は騎士が口を開くのを待った。必ず開く。
「……ジャンヌ隊長と、スコット殿は、親友だった……」
……親友ときたか。
だが、そんなことよりも大事なことが分かった。少なくともコイツは、ジャンヌのことを疑っている。
俺はコイツの疑念を膨らませて、証拠を探らせれば良い。それでジャンヌのヤツはお終いだ。
もっとだ。確信に近いほど、強い疑念を持たせないといけない。
奥の牢屋のほうで、水滴が水を叩く音が響いた。地下は静かだ。仲間たちも俺の意思を読み取ったのか、黙っている。
俺は声を落として言う。
「親友だった。だが、あったはずだ。
「貴様……」
騎士は一歩前に進み、俺に近づいた。
声が聞き取りづらかったのだろう。もちろんわざとだ。
騎士は何か期待するような目で、俺を見る。俺はひとつも知らない。ありそうなことを言っているだけだ。
ただジャンヌが嘘を付いていることが、俺らにとって確かなことだった。だから、真実味も出る。俺の確信は、
男は考え込むように俯いていた。手を振って視線を誘導する。意識を散らせる。
「いつからだ……なにか、切っ掛けは……」
「そうだ……5年以上前だ……ジャン隊長とスコット殿が、クリスタルを継承した後だ……西部高地のダスクヴィジルの砦……ドラゴン族の襲撃を、2人は、救援を呼ぶために生き延びた」
長い付き合いのある2人だったようだ。クルザスの西部高地は、もっとも第七霊災の影響を受けた土地のひとつだ。黒い蛮神の火球によって引き裂かれ、変質した環境エーテルによって氷雪に覆われている。
騎士がもう一歩前に進んだ。
「あの日から……ジャン隊長は変わってしまった。奇抜な言動をして……スコット殿は、それを諌めた。だが、なんてことは無かった。それでも2人は友情で結ばれていた……」
戦場が人を変えてしまう。珍しい話でない。
だが、そんなことはどうでも良い。
俺が考えさせたいのは、ジャンヌが犯人の証拠に繋がるものだ。
「スコットが死んだのはいつだ」
「せ、先月だ……異端者共の……”氷の巫女”の襲撃があったとき……」
イシュガルド防衛戦と言われた、あの
クソッ……戦場で死んだのなら、追求されないはずだ。
「だが、お前は疑った。そうだろ? なぜ黙っていたんだ?」
「に、人間の仕業じゃない……あ、あんな真似……人間にできるわけがない……!」
「言え……言うんだ!」
兜の騎士はもう俺の目と鼻の先に居た。
騎士はぶるぶると唇をわななかせながら、口を開いた。
「あ、あんな追求できるわけがない。あの日……ス、スコット殿が
「黙れ」
いつの間にか騎士のすぐ後ろに、ジャンヌは立っていた。ぞっとするような低い声が、牢屋の気温を下げた。